2015年08月04日

馬鹿につける薬はない(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 気温の上昇も続く。
 今日も今日とて暑さがとてつもなく厳しく、とてつもなく激しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 礒崎首相補佐官や下村文部科学大臣の辞任はもちろんのこと、早々に安倍内閣には退陣してもらいたいと思っている。
 しかし、彼彼女らが辞任したからといって、全てが終わるわけではない。
 そのことだけは忘れてはなるまい。
(礒崎氏に関して、自民党の高村副総裁が「潔くて良かった…」などと口にしたそうだ。馬鹿につける薬はない)


 自民党の武藤貴也衆議院議員の愚劣なツイートについて、朝日新聞朝刊が報じている。
 百田尚樹を呼んで呆けた勉強会を開催した文化芸術懇話会の一員で、ブログのほうにも得手勝手手前勝手な言説を垂れ流して恥じぬ人物だ。
 これまた、馬鹿につける薬はない。


 俳優の泉政行が亡くなった。35歳。
 『仮面ライダー555』よりも、『科捜研の女』のイメージが僕には強い。
 まだ35歳。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 明け方5時過ぎに眠る。


 午前中、仕事関係の予定をすませる。


 午後、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』を途中まで聴く。
 武藤議員のツイートについて、妹尾さんも怒りの言葉を口にしていた。


 アントネッロ・マナコルダ指揮カンマー・アカデミーポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第5番&第6番<SONY/BMG>(2回)とフォルテピアノのメルヴィン・タンが弾いたシューベルトの即興曲集<EMI>を聴き、それぞれのCDレビューをアップする。
 詳しくは、前々々回と前々回の記事をご参照のほど。

 その後、タンが弾いたシューベルトとベートーヴェンのクラヴィーアのための小品集<同>を聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、藤野眞功の『アムステルダムの笛吹き』<中央公論新社>を読み進めたりする。
 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みもした。
 安倍某や礒崎某、武藤某と大平正芳の格の違いを痛感する。
 大平さんのアメリカへの協力関係を知ってもなおだ。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、マナコルダ指揮カンマー・アカデミーポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第3番&第7番「未完成」<SONY/BMG>を聴いたりしながら、雑件を片付ける。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、プロムス2015から、アンドリス・ネルソンス指揮バーミンガム・シティ交響楽団のコンサートのライヴ録音(2015年7月19日、ロイヤル・アルバート・ホール)を聴く。
 ベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』序曲、ウールリッチの『フォーリング・ダウン』(マーガレット・クックホーンのコントラファゴット独奏)、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」が演奏されていた。
 いっとう面白かったのは、ウールリッチの作品。
 真夏の第九は今一つしっくりとこず。


 続けて、ヒュー・ウルフ指揮セント・ポール室内管弦楽団が演奏したレスピーギのボッティチェッリの3枚の絵、組曲『鳥』、リュートのための古風な舞曲とアリア第1&第3組曲<TELDEC>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 夕飯後、仕事関係の作業を進める。


 『アムステルダムの笛吹き』を読了し、オタ・フィリップの『お爺ちゃんと大砲』<春風社>を読み始める。


 今日は、クリームたっぷり卵プリンを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 ホイップクリームをのせた柔らかい食感のプリンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 本当に、馬鹿につける薬はない。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の好きなレスピーギ 組曲『鳥』他

☆レスピーギ:組曲『鳥』他

 指揮:ヒュー・ウルフ
管弦楽:セント・ポール室内管弦楽団
 録音:1993年2月、9月、1994年2月
    セント・ポール オードウェイ音楽劇場
    デジタル・セッション
<TELDEC>4509-91729-2


 ハリウッドがまだ力を誇っていた頃に製作された、古代ローマを舞台にした歴史劇が苦手だ。
 エリザベス・テーラーあたりが派手派手しい衣裳で身を包み濃い目の化粧をして大仰な芝居をしれっとやっている、あの嘘臭さがどうにも苦手だ。
 これが同じ派手派手しい衣裳を身に包んだ大仰な芝居でも、東映歴史劇、ならぬ東映時代劇なら無問題、大いに愉しめてしまうのは不思議だけれども。
 同様に、古代ローマを舞台にしたレスピーギの交響詩『ローマの祭』も本当に苦手だ。
 冒頭の下卑たファンファーレからして、ファシスト大進軍てな感じすら覚えて聴くのが辛くなる。
 だから、財布紛失による中瀬財政破綻を受けた中古CD売却の際、参考までに買っておいたダニエレ・ガッティ指揮のローマ三部作のCDは迷わず売ってしまった。
 ただし、レスピーギでも、ロッシーニの音楽を仕立て直したバレエ音楽『風変わりな店』とラモーらのクラヴサン曲を仕立て直した組曲『鳥』だけは、話が別。
 ストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』をはじめ、新古典派期に流行した過去の音楽の仕立て直し、造り直しが、僕はどうにも大好きなのである。
 そういや、これって、当方の文章のあり様にもうかがえることじゃございませんか?
 で、『風変わりな店』は、シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団のCDがずいぶん前から手元にあったんだけど、『鳥』のほうは今まであいにくこれはというCDを見つけることができないでいた。
 それが、先日ワルティ・クラシカルの閉店セールでこのアルバムを見つけることができた。
 あな嬉し。
(って、正確にいえば、このCDの存在自体は前々から承知していたが)

 セント・ポール室内管弦楽団はとびきり精度の高いオーケストラとまではいえないものの、個々のソロもなかなか達者だし、アンサンブルだってインティメートな具合にまとまっている。
 それに、ヒュー・ウルフも音楽の勘所をよく押さえたシャープな音楽づくりを心掛けていて、こちらも問題ない。
 カップリングは、春、東方博士の来訪、ヴィーナスの誕生の三枚の絵をイメージしたボッティチェッリの3枚の絵に、リュートのための古風な舞曲とアリアの第1&第3組曲。
 ところどころ、ちょい悪親父ならぬ、ちょい鳴る音楽というか、古代ローマ風の音型やら若干派手目なオーケストレーションの芽みたいなものがうかがえるのだけれど、嫌になるほど気にはならず。
 有名な第3組曲のシチリアーナなど、やっぱり親しみやすく美しいなあと思った次第。

 大げさなレスピーギは苦手という人にこそお薦めしたい、悪目立ちしない一枚だ。
posted by figarok492na at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メルヴィン・タンが弾いたシューベルトの即興曲集

☆シューベルト:4つの即興曲D.899&D.935

 独奏:メルヴィン・タン(フォルテピアノ)
 録音:1987年 モールティングス・スネイプ
    デジタル・セッション
<EMI>CDC7 49102 2


 今やモダン・ピアノに戻ってしまったメルヴィン・タンの、フォルテピアノの気鋭として活躍していた頃を代表するアルバムである。
 1814年製のナンネッテ・シュトライヒャーのコピー楽器を使用して、シューベルトの二つの4つの即興曲集(計8曲)を録音したものだが、作品の持つ叙情性や歌唱性がフォルテピアノの繊細な響きでもってよく再現されている。
 技術的に見れば(聴けば)、若干気にかかる部分もなくはないのだけれど、訥弁の雄弁、訥弁の能弁というか、めくるめくテクニックのひけらかしではないからこそ、シューベルトが刻みつけた様々な心の動き、音の逡巡に気づかされたりもする。
 馴らされ矯めされたシューベルトに倦み疲れた方々にお薦めしたい一枚だ。

 できれば、タンにはハンガリーのメロディーなど、もっとシューベルトの小品をフォルテピアノで録音しておいて欲しかった。
 そのほうが、より彼の身の丈にもあっていたはずで、とても残念でならない。
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マナコルダが指揮したシューベルトの交響曲第5番&第6番

☆シューベルト:交響曲第5番&第6番

 指揮:アントネッロ・マナコルダ
管弦楽:カンマー・アカデミーポツダム
 録音:2012年8月 ベルリン・テルデックス・スタジオ
    デジタル・セッション
<SONY/BMG>88765426962


 イタリア出身でマーラー・チェンバーオーケストラのコンサートマスターだったアントネッロ・マナコルダと、若き手兵カンマー・アカデミーポツダムが進めているシューベルトの交響曲全集から、第5番と第6番を収めたCDを聴く。
 緩急強弱のメリハリがよく効いた音楽づくりに、金管楽器やティンパニはピリオド楽器を使用するという、まさしくピリオド・スタイルを貫いた演奏だが、表面的なスタイルをなぞっていることにこのCDの魅力があると考えれば、それは大きな間違いだろう。
 このCDに限らず、マナコルダとカンマー・アカデミーポツダムが演奏したシューベルトの交響曲の魅力は、粗さざらつきを感じるその音色を含めて、そうしたピリオド・スタイルがシューベルトの音楽の持つ感情の激しい動きと切実さ、虚無感を痛いほどに明示しているところにある。
 一般的には穏美な作品と目されがちな第5番のシンフォニーだけれど、マナコルダとカンマー・アカデミーポツダムはシューベルトが下敷きにしたモーツァルトの交響曲第40番を想起させるかの如く、エモーショナルに再現する。
 例えば、第3楽章での金管の微かな鋭い響きなど、それこそピリオド楽器を使用しているからこそ生み出されたはっとする瞬間だ。
 一方、同じ調性の「ザ・グレート」に比して、小さなハ長調と呼ばれることのある第6番では、この作品が内胞する劇的な拡がり、音としての鮮烈なドラマが余すところなく表現されている。
 両端楽章の疾走感と、ときに訪れる逡巡、第2楽章の叙情性と歌唱性、第3楽章のコントラストの妙と、全篇全く聴き飽きることがない。
 シューベルトの交響曲第5番と第6番で「ふるえる」想いがしたいという方に、大いにお薦めしたい一枚だ。

 なお、hr(旧フランクフルト放送)交響楽団の楽団アカウントが、youtubeにマナコルダ指揮のシューベルトの交響曲第6番をアップしている
 オーケストラの違い、ライヴとセッション録音の違い、音質の違いはありつつも、マナコルダの解釈自体はCDと共通していると思う。
 ご参考までにぜひ。
posted by figarok492na at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御用御用の風が吹く(夜明けのCLACLA)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。
 と、思っていたら夕方になって雷鳴が轟き始めた。
 ありゃ。

 今日も気温は上昇し、とてつもない暑さとなる。
 暑い暑い暑い暑い!
 皆さん、くれぐれも熱中症などにはお気をつけくださいね。


 参議院の安保法案関連の特別委員会で、礒崎陽輔首相補佐官の参考人質疑が行われる。
 この間の愚言暴言に関する質疑だが、なんとNHKはこの模様を中継しなかった。
 御用御用の風が吹く。

 警視庁が、安倍首相批判のトイレの落書きを器物損壊の容疑で捜査と。
 いやはやなんともはや。
 御用御用の風が吹く。


 昨夜、フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーとアレクセイ・リュビモフが弾いたシューベルトのハンガリー風ディヴェルティスマン<TELDEC>、Radio3音源でトーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したモーツァルトの歌劇『皇帝ティートの慈悲』序曲とブラームスの交響曲第2番(2015年6月12日、リューベック・ムジーク&コングレスハレ)、ファジル・サイが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第12番(2015年7月10日、モンペリエ・ベルリオーズ歌劇場)、アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団が演奏した同じくモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」(2015年7月26日、ザルツブルク・モーツァルテウム)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 午前中、仕事関係の予定をすませる。


 フォルテピアノのアレクセイ・リュビモフが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第21番「ワルトシュタイン」<ERATO>を2回聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 ほかに、フォルテピアノのメルヴィン・タンが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第1番〜第3番<EMI>も聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、藤野眞功の『アムステルダムの笛吹き』<中央公論新社>を読み進めたりする。
 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みもした。


 19時少し前に外出して仕事関係の用件を片付けたのち、錦湯さんへ。
 月亭太遊さんのネオラクゴ企画、ネオラクゴ・フロンティアsection42を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終了後、打ち上げに参加したが、常連さん手造りのサングリアが美味しくって聞し召しているうちにいい気分になってしまい、北杜夫もびっくりの躁状態に陥ってしまった。
 いやはやなんともはや。
 お恥ずかしいかぎり。
 穴があっても入りはしないけど。

 その後、非常に遅めの夕飯をすませたのち、3時過ぎに帰宅する。
 これじゃ身体にいいわきゃないよ、わかっちゃいるけどやめられない。
 おや、まだ酔っているようだぞ…。


 以上、8月3日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 04:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネオラクゴ・フロンティアsection42(月亭太遊さんのネオラクゴ企画)

☆ネオラクゴ・フロンティアsection42

 ゲスト:作道雄君
(2015年8月3日20時開演/錦湯)

 section42となる月亭太遊さんのネオラクゴ企画、ネオラクゴ・フロンティアは、前回エキストラとして来られた方や留学生のご新規さん、さらにはおなじみ常連さんといつもの如く幅広いお客さんを集めて開催された。

 で、まずは作道雄君を迎えて、撮影が終わったyoutubeドラマ『フェイク・ショウ』の撮影秘話(桂あおばさんの様子等々)をはじめ、昨日の滋賀県は伊吹山での太遊さんのお仕事の話で盛り上がる。
 ホームグラウンドに戻って話がはずむ太遊さんに対し、作道君も水を得た魚の如くジャブを繰り出す繰り出す。
 おまけに、A-Studioでの鶴瓶さんの一人しゃべり風の場つなぎを作道君が務めていた。

 そして、太遊さんのネオラクゴの新作は『ノブレスオブリージュ 〜カルデラの大翼龍チアゴ〜』。
 ノブレスオブリージュとは、本来「高貴なる者の責任」とでも訳すべきだろうが、ここではより幅を広くとって「人知れぬ栄誉」としたほうが内容によく沿っているように思う。
 てか、もっと簡単にいえば「偉ぶらんで」、「偉ぶるなや」とでもなるか。
 鳩に餌をやっている鳩おじさんがここにも一人、ところがこの鳩おじさんが実は只者でなくて…。
 といった具合に話は進んでいく。
 一見何の変哲もない、どころか一見愚かに見える人たちが、その実世のため人のために尽くしていたという筋立ては、設定も登場人物も異なるとはいえ、前回の『プロポリスマン』の返歌反歌とでも評することができるのではないか。
 もちろんそこはネオラクゴ、駄洒落をあえて多めに盛り込んで、笑いの仕掛けを心掛けていたが。
 どうやらネオラクゴに新しいシリーズが加わったようだ。
 今後の展開が愉しみである。

 別件の所用があると挨拶のみで作道君が退座し、『フェイク・ショウ』や別の作道君との共同作業に関する説明を行ったのちは、マニフェストというか、太遊さんがネオラクゴとフロンティアに対する想いを大いに語った。
 これからさらに活動の幅を広げていくだろう太遊さんだけれど、全てはネオラクゴがあってこそのものという太遊さんの強い意志が伝わってくる話だった。
 太遊さんの一層の活躍を心から期待するとともに、ネオラクゴ・フロンティアをますます愉しみにしていきたいと思った。
 ああ、面白かった!

 なお、来週のネオラクゴ・フロンティアはお休みですのでお間違いなく。
 そして、再来週のネオラクゴ・フロンティアに皆さんもぜひ!
posted by figarok492na at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語・ネオ落語記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする