2015年03月25日

『三人姉妹』を完成させた(CLACLA日記)

 青空は見えつつも、どんよりとした感じも強し。

 気温は低く、寒さがとても厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。

 それでも花粉症は出て、くしゃみの連発や目の周りの痒みに悩まされる。
 やれやれ。


 ドイツのジャーマンウィングス社(格安航空会社)の旅客機がフランス南東部の山中に墜落したと報じられている。
 いろいろと考えることあり。


 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 なんたること!
 今度は、真向かいのマンションの奥のボロ家が解体作業を開始して、朝早くからかまびすしい。
 森鷗外の『普請中』そのまんまのあり様。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 うっとうしいや!!


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 気温もあって、乾きはあまりよろしからず。
 まあ、仕方ない。


 ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』(『ハイ!土曜日です』で共にレギュラーだった桂米朝の死についても触れられていた)や、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルが演奏したブラームス(シェーンベルク編曲)のピアノ4重奏曲第1番他<EMI>を聴いたりしながら、『三人姉妹』の筆入れと打ち直しをして完成稿を仕上げ、プリントアウトと郵送準備を行う。

 で、16時過ぎに外出し、近くの郵便局で某所に郵送する。
 これで、『三人姉妹』に関する全ての作業を終えることができたとともに、8日の『カルデモンメのゆかいなどろぼうたち』の本番から続く、3月の大きな波を乗り切ることができた。
 まずは、ほっとした。


 帰宅後、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」〜第10番<SONY/BMG>を聴いたりしながら、一肇の『少女キネマ』<角川書店>を読み進める。


 18時過ぎに外出して大切な予定をすませ、夕飯用の買い物をして19時半に帰宅する。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『堀江政生のほりナビ!』や、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮バーゼル室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<OEHMS>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『少女キネマ』を読み進めたりする。


 今日は、オイシスのチーズケーキタルトを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 サクサクとした食感のタルトにチーズケーキをのせて焼き上げたタルトで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 「三月のライオン」という言葉を、改めて思い起こす。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

隣席は機智害の人だった(深夜のCLACLA)

 晴天。
 いいお天気、いい青空の一日となる。

 気温はぐっと下がり、寒さがとても厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。

 それでも花粉の飛散は続いているようで、くしゃみの連発や目の周りの痒みに悩まされる。
 やれやれ。


 沖縄県の翁長知事が、米軍普天間飛行場の辺野古への移設関連作業の停止を指示した。
 政府は沖縄のUSJをどうこうする前にやるべきことがあるだろうに。
 見え見えのやり口だ。


 昨夜、4時40分頃まで仕事関係の作業を進める。


 午前中外出し、仕事関係の予定をすませる。


 帰宅後、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』や、デヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第7番&第8番<ARTE NOVA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の筆入れを行って『三人姉妹』の全体の打ち直しを行ったりする。
 『三人姉妹』は、あともう一度読み直して完成としたい。


 宮木あや子の『校閲ガール』<角川書店>を読了し、一(にのまえ)肇の『少女キネマ』<同>を読み始める。
 ほかに、古川隆久の『昭和天皇』<中公新書>の拾い読みをした。


 18時台に外出していくつか用件を片付けたのち、人間座スタジオへ。
 横山清正の一人芝居『不気味』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 観劇記録のほうには詳細は触れなかったのだけれど、非常に不愉快なことがあった。
 僕は客席から見て二列目左端の席に座っていたのだけれど、その右隣の席が開演少し前までずっと空席だった。
 自分の図体が大きいから、ということは建前、その実、えてして僕の隣には友人知己でない場合、機智害の人(精神的にどうこうではなく、字義通り、機智に害がある人)が座りがちなので、できれば隣に来て欲しくないアピールを発してもいた。
 もちろん、このこと自体自分自身が悪い。
 で、開演間際になって、三列目に座っていた若い男性が「ここ、空いてますか」と声をかけてきた。
 正直、なんとも嫌な予感がしたので、「この椅子壊れてますよ」(あながち嘘ではない)と口にしたものの、「大丈夫です大丈夫です」と気にしない。
 見た目は二の線で好漢然とした雰囲気だったが、もはやこの段階で諦めはついた。
 案の定、客電が落ちる直前というのに、アンケートやチラシの挟まれたバインダーを手にして肩をいからせる始末。
 そのままバインダーを手にしてカチカチカチカチ音をさせているものだから、つい「下におきなさい」と口にしてしまった。
 が、こちらの言葉などどこ吹く風。
 しばらくカチカチカチカチさせていて、気になること。
 そのうち話が面白くなってきたので集中していると、バインダーを下に置いたはいいが、今度は股や肩を大きく拡げてきた。
 こちらが年上をいいことに、こら若造邪魔するなとばかりどしんがしんと構えているならばいざ知らず、できるだけ肩を縮めて迷惑にならないようにしていたにも関わらずである。
 ならば足を左側に組もう、としたら、客席列下には臨時に設けられた席に座った先客がいる。
 このままだと、東京裁判時の大川周明が東條英機に行ったが如く、靴、もしくは目には目をバインダーにはバインダーをで隣席の若者をはったたきそうになったので、えいままよと立ち上がり、が、立ち見だと他のお客さんにも横山君にも迷惑と、客席左端の地べたに座ることにした。
 あとでちらと目にするとこの隣席の男、足を左側に余裕かまして組むわ、しまいには寒かったのかジャンパーを脚にかけるわと不遜の限りを尽くしていた。
 まさに機智害の機智害たるゆえん。
 800円も払ってなんで地べたに座らねばならぬのか。
 この若者、どうやら横山君の劇団(立命芸術劇場)の後輩らしいので、あまりとやかくは言いたくないし、もしかしたらこの風格、なかなかの演技者かもしれぬと感心したりもするが。
 やはり腹立たしいことに違いはない!

 開演前終演後、横山君をはじめ、関係各氏と話をしたり挨拶をしたりする。


 23時少し前に帰宅し、雑件などを片付ける。


 以上、3月24日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

横山清正の一人芝居『不気味』

☆横山清正の一人芝居『不気味』

 出演:横山清正
 脚本:作道雄、小川晶弘、丸山交通公園、月亭太遊
(2015年3月24日20時開演/人間座スタジオ)


 昨年2月のひとり芝居と落語「すてき」(AB両ブロックとも、2014年2月16日/壱坪シアタースワン)に続く、横山清正の一人芝居企画「不気味」が開催されるというので、迷わず観に行って来た。
 ついこの間まで、『カルデモンメのゆかいなどろぼうたち』の稽古で自分も絞られてきたばかりだからあえて記すのだけれど、正直横山君は器用な演者ではないと思う。
 その横山君が、一筋縄ではいかない四人の造り手の一人芝居に挑んだという点を、僕はまず高く評価したい。

 で、実は隣席の若い客人の不遜な態度に業を煮やして(東京裁判時の大川周明になりそうだった)、三本目からは客席端の地べたに座って観劇したものだから感想を書こうか書くまいか最後まで迷ったが、横山君の熱演に加え、脚本のほうも各々の魅力がよく示されたものだったこともあり、やはり書いておくことにする。

 で、まずは作道君の作品。
 三脚にセットされたビデオ(デジタルカメラ)を前に自殺しようかなどと口にする男、という設定で一瞬丸山君かなと思ったが、六角精二というワードの登場で、あっ作道君だと気がついた。
 どこに何を置いて、どこに笑わせ場を設けるかという見通しがよくつく脚本だ。

 続くは、小川君の作品。
 妻に子供ができたらしいが、それを素直に喜べない男の話。
 一例を挙げれば、「いやいやいやいや」といった言葉遣い、言葉の調子で、小川君の本であることがわかる。
 小物(チョコレート)を効果的に使ったりもして、小刻みに笑いを仕掛けていたが、器用でない横山君に「器用」でいたい、ありたいと言わせていることも僕には面白かった。
 終息のさせ方も小川君らしい。

 三本目の丸山君の作品は、予想通り自殺自死が重要な主題となるスケッチ。
 何度自殺に挑んでも死ねない男が、飛び降り(自殺)を見世物にする芸人となるが…。
 という展開には、ニール・サイモン/チェーホフの『名医先生』中の「水死芸人」をすぐに思い出した。
 一瞬生の輝きを覚えた男が、すぐに追い詰められていくあたりの苦々しさ、狂おかしさは、まさしく丸山印である。
 音声の使用も効果的だったが、より無機的というか、ドキュメント感が強くてもよかったかもしれない。

 さて、どんじりに控えしは月亭太遊。
 社交ダンスの先生あたりにぴったりのフリルつきのシャツを身に着けた男が紡ぐ、不思議で切実な物語。
 ゲイという言葉が飛び出しつつも、それがギャグのネタなどではなく、話の重要な鍵となっているあたり、当然のことながらネオラクゴの世界観と大きく結び付いている。
 表現することの意味、表現することによって何と向き合うかについてもしっかりと言及された内容で、とてもしっくりときた。
 公演のラストに演じられるに相応しい作品だったと思う。

 と、こうした四者四様の脚本に、横山君は真摯に対峙していたのではないか。
 一つ一つのテキストの要所急所の的確な再現という意味では、技術的にも精神的にも課題は少なくないし、作品によっては横山君の本質特性と書き手のそれとの齟齬を強く感じたりもしたが、まずは二回の公演を演じ切ったことを労いたい。

 残念だったのは、丸山君や合田団地、鯖ゼリー、中西みみずによるアフターイベント「すてごろ演芸会」つきのお昼の回を観ることができなかったこと。
 こちらにしておけば、不快な想いをしなくてもすんだのかもしれなかったわけだし。

 それにしても、横山君の声って千葉繁(『うる星やつら』のメガネ)の声にそっくりだなあ。
posted by figarok492na at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする