2014年12月19日

作業に努めた一日(CLACLA日記)

 晴天へ。
 青空の見えた一日。

 気温は今日も上昇せず、寒さがとてつもなく厳しくとてつもなく激しい。
 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけくださいね。


 理研によるSTAP細胞に関する検証実験が打ち切られることとなった。
 いろいろと考えることあり。


 俳優の稲野和子が亡くなった。79歳。
 文学座に所属して舞台で活躍するとともに、映画やテレビドラマにも数多く出演した。
 映画では、中平康監督の『砂の上の植物群』や吉田喜重監督の『エロス+虐殺』を挙げるべきか。
 大きな瞳とぬめっとした感じが強く印象に残る。
 なお、夫は演出家・脚本家で今は亡き福田陽一郎。
 深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、KBS京都で岡村隆史のオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時半頃まで仕事関係の作業を進める。


 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ他が演奏したモーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』<SONY/BMG>第2幕の後半部分を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 ラルキブデッリが演奏したシューベルトの弦楽4重奏曲第10番&弦楽3重奏曲集<SONY>、クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック他が演奏したテレマンの協奏曲集<オワゾリール>、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団が演奏したロシア序曲集<ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを進めたり、『音な湯』のコントをさらったり、『ゆかいなどろぼうたち』の台本を読んだりする。


 永田俊也の『星になるには早すぎる』<文藝春秋>を読了する。
 ある出来事から刑事を辞め、ネゴ屋に転じた一ノ木薫を主人公とした書き下ろし作品集。
 薫と交渉の対象となった人物たちのやり取りがぐいぐい読ませる。
 ああ、面白かった!


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、マンフレート・ホーネック指揮ハンブルクNDR交響楽団のコンサートのライヴ録音(2014年10月19日、ハンブルク・ライスハレ)を聴く。
 マルティン・ヘルムヘンを独奏に迎えたモーツァルトのピアノ協奏曲第25番と、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『死と変容』&『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』が演奏されていた。

 続けて、ロシア序曲集とテレマンの協奏曲集を聴く。


 夕飯後、中島京子の『パスティス』<筑摩書房>を読み始めたり、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』の台本を読んだり、『音な湯』のコントをさらったりする。
 『パスティス』は、パスティーシュ・スタイルの短い小説を集めた一冊。
 面白し面白し。


 今日は、クレープを食す。
 壬生のローソンストアで、50円引きだったもの。
 バナナとカスタードクリーム、チョコレートソースを包み、アーモンドスライスをトッピングしたクレープで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クルレンツィスの『コジ・ファン・トゥッテ』

☆モーツァルト:歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』

 指揮:テオドール・クルレンツィス
管弦楽:ムジカ・エテルナ
(2013年1月/デジタル・セッション録音)
<SONY/BMG>88765466162 3枚組


 ばたばたしていて感想を記すのが相当遅くなってしまったけれど、テオドール・クルレンツィスと手兵ムジカ・エテルナが進めている、モーツァルトのダ・ポンテ三部作録音の第二弾となる『コジ・ファン・トゥッテ』は、クルレンツィスの楽曲解釈とそれによく応えた管弦楽・合唱、そして粒揃いの歌い手による、まさしく三位一体と呼びたくなるような充実した内容となっていた。
 前作『フィガロの結婚』でも示されていたように、クルレンツィスはメリハリの効いた音楽づくりで活き活きとして停滞しない演奏を生み出している。
 もちろん、「恋」「愛」を通じた人の心のうつろいと激しい感情の動きが肝な『コジ』だけに、単なる鋭角的な処理が行われるのではなく、描かれる場面、対象に合わせた細やかな変化が施されていることも確かだ。
 加えて、クルレンツィスが杓子定規にいわゆるピリオド奏法を援用しているわけではないことも、やはり忘れてはなるまい。
 例えば、第2幕のデスピーナのアリアでの休止の取り方など、のちのベルカント・オペラやヴェルディのオペラやヨハン・シュトラウスのオペレッタへの影響、ばかりでなく、逆にそれらの作品の反映のようにも感じられた。
 声質の好みという点では正直全てがストライクゾーンではないし、テイクの選択に関しても気になる点がないではないものの、ジモーネ・ケルメスのフィオルデリージ以下、歌手陣も、クルレンツィスによく沿った歌唱とアンサンブルを披歴している。
 中でも、デスピーナを歌ったアンナ・カシヤンの芝居達者ぶりが強く印象に残った。
 何度聴いても聴き飽きない、快活で耳なじみのよい演奏・録音な上に、2000円前後でこれが手に入るというのだから、掛け値なしにお薦めだ。
 そして、ギリシャ出身でありながら、どこかドストエフスキー的な雰囲気を醸し出しているクルレンツィスが、『ドン・ジョヴァンニ』で如何なるデモーニッシュな世界を再現してくれるか、とても愉しみである。
posted by figarok492na at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音な湯の稽古のあと、玉の湯さんへ行った(深夜のCLACLA)

 深夜から午前にかけて、雪が降る。
 その後、青空が見える。

 気温はどどんと下がり、寒さがとてつもなく厳しくとてつもなく激しい。
 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけくださいね。


 京都大学と京都橘大学の名誉教授で、日本近現代史が専門の松尾尊~が亡くなった。85歳。
 特に、大正デモクラシーなど大正時代の政治状況や政治思想(吉野作造や石橋湛山ら)の研究で知られ、著書も少なくない。
 このような状況の中で松尾先生が亡くなられたことについて、いろいろと想う。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、KBS京都でAKB48のオールナイトニッポン(宮崎美穂、内田眞由美、岩立沙穂の三人の出演。岩立さんというのは知らなかった)を聴いたりしながら、3時半頃まで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。


 今日も今日とて、朝早くから近所のボロ家の解体作業がかまびすしい。
 萬屋錦之助演じる叶刀舟じゃないけれど、いやあかまっしいやいこの野郎! である。
 やれやれ。


 9時台に外出し、かかりつけの病院へ行って診察してもらい、四条通のスギ薬局で薬を受け取る。
 その後、仕事関係の予定をすませる。


 帰宅後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』や、テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ他が演奏したモーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』<SONY/BMG>第1幕と第2幕の半ば頃までを聴いたりしながら、仕事関係の作業や『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』の台本を読んだり、音な湯の準備を行ったりする。


 荻野アンナの『えろたま』<中央公論新社>を読了し、永田哲也の『星になるには早すぎる』<文藝春秋>を読み始める。


 17時台に外出し、音な湯の稽古に参加する。
 今回の稽古は新たな出演者も参加して、コントの形が見えてきたような気がする。
 もちろん、これからの稽古が大事なんだけど。

 で、稽古終了後、参加者の面々と会場の玉の湯さんへ。
 久しぶりの銭湯で、結局1時間近く浸かっていたのではないか。
 ああ、すっきりした!

 その後、諸々あって帰宅が1時近くとなる。


 以上、12月18日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする