2014年08月31日

今日で8月も終わり(CLACLA日記)

 今日で8月も終わり。
 今年も残すところ4ヶ月となる。
 一日一日を大切にして、本当に為したいこと為すべきことを為していかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 どんよりとしたお天気。

 基本的に気温は下がっているものの、湿度の関係かむしっとした感じがして、あまり快ならず。
 気圧と湿度の魔の手が、昨日捻った腰にずしっと襲いかかる。


 安倍首相が京都を訪れていた。
 なんだか騒々しいと思ったら。


 昨夜、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読了する。
 ああ、面白かった!

 その後、シカゴ交響楽団音源でエド・デ・ワールト指揮シカゴ交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」&ブラームスの交響曲第4番(2013年1月、シカゴ・オーケストラ・ホール)、Radio4音源でウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィル他が演奏したエネスコの交響曲第2番(2013年9月14日、ブカレスト・グランドパレス・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『カルタ遊び その8』をアップしたりする。
 デ・ワールトのモーツァルトとブラームスは、至極オーソドックスな演奏。
 エネスコの交響曲は、作曲家の母国ルーマニアだからこそのプログラミングだろう。
 作品そのものはあまり好みでなかったけれど、こうして演奏に接することができたのはよかった。


 午前午後と、Radio4音源でヤニク・ネゼ=セガン指揮ロッテルダム・フィルが演奏したマーラーの交響曲第6番「悲劇的」(2014年8月19日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)や、NHK・FMの『きらクラ!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、8月の創作活動についてまとめたり、京都学生演劇祭の観劇レビューの準備をしたりする。
 ほかに、岩城宏之の『指揮のおけいこ』<文春文庫>の拾い読みもした。


 16時少し前に外出し、歩いて木屋町通の元・立誠小学校へ。
 音楽室で京都学生演劇祭のCブロックの上演を観る。
 詳しくは、これから団体ごとにアップする予定ですので、そちらをご参照のほど。

 開演前や休憩中、終演後に、関係各氏と話しをしたり挨拶をしたりする。

 で、仕事関係の用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて、21時少し前に帰宅した。


 遅めの夕飯後、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備をしたりする。


 明日がいい日でありますように!
 そして、来月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルタ遊び その8

「はい、向日町公平探偵事務所」
 と、俺が応えたところで、電話はぶつりと切れた。
「ねえ、これで三回目でしょう」
 薫が俺にそう言った。
 薫はソファーに寝そべったままだ。
 ソファーから飛び出た左足に、ずっとマルコンがじゃれついているというのに。
「いや、これで四回目だよ」
「えっ、だって」
「君はさっき眠ってたじゃないか。大きないびきをかいて」
「大きな、は余計よ」
 薫はマルコンを撫でるように蹴ると、胸ポケットから煙草の袋を取り出した。
「ライターある」
「ごめん、今禁煙中なんだ」
「嘘」
「ほんとに」
「ふうん」
 薫は煙草の袋をポケットに戻すと、仰向けになった。
「で、誰だと思う」
「電話の主が」
「だいたいの目星はついてるんでしょう」
「そうだね、全く見当がつかないってことはないよ」
「さすがは向日町公平ね」
「だけど、今一つ確信が持てなくてね」
「どうして」
「どうしてって、あいつはとっくの昔に死んでるからさ」
 薫は乾いた笑い声を上げて、
「どうやって死人が電話をかけてくるのよ」
とからかうような口調で言った。
「そうさ、それが問題なんだ」
 俺は、デスクの上の古い黒革の手帳をゆっくりと開いた。
「でも、鍵がここにある。謎を解く大きな鍵が」
posted by figarok492na at 04:35| Comment(0) | TrackBack(0) | カルタ遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

龍虎が亡くなった お芝居を観て帰りが遅めになった(深夜のCLACLA)

 青空が見えているなと思っていたら、どんどんどんよりとし始め、正午過ぎぐらいから雨が降り始める。
 おいおい。
 その後、雨はやみ、青空が見え始める。
 ほっ。

 気温は少しだけ上昇したか。
 暑さを感じるほどではないが、湿度が高い分、じめじめとしてあまり快ならず。
 加えて、気圧と湿度の関係で身体が重たし。
 やれやれ。


 大相撲の元力士でタレント、俳優の龍虎が亡くなった。73歳。
 現役時代は小結まで昇進し、引退後は放駒親方となるも廃業。
 芸能界での本格的な活動を開始し、TBS系列の料理番組『料理天国』の試食人として有名になる。
 また、『暴れん坊将軍』をはじめ、テレビドラマにも度々出演したほか、大相撲に関するコメンテーターも務めた。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、WGBH音源でラファエル・フリューベク・デ・ブルゴス指揮ボストン交響楽団が演奏したファリャの『三角帽子』組曲とベートーヴェンの交響曲第6番「田園」(2013年11月23日、ボストン・シンフォニーホール)&第7番(2013年11月30日、同)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 真向かいのマンションあたりがまたぞろかまびすしい。
 うっとうしいったらありゃしない。


 午前午後と、Radio4音源でイヴァン・フィッシャー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第6番「田園」&交響曲第7番のライヴ録音(2014年1月10日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第86番&第90番<ともにSONY>、シカゴ交響楽団音源でスザンヌ・マルッキ指揮シカゴ交響楽団が演奏したシベリウスの『テンペスト』組曲第1番のライヴ録音(2013年10月、シカゴ・オーケストラホール)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読み進めたりする。
 吉田修一は初期の作品から継続的に読み続けてきたが、このところ本当に凄みを増していると思う。
 プロの作家として書き続けることの意味についても考えさせられる。


 17時台に外出し、自転車で東山青少年活動センターへ。
 創造活動室で、演劇ビギナーズユニット2014の終了公演、劇団サイハテの『ナツヤスミ語辞典』(成井豊脚本、村上慎太郎君演出・脚色)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後、村上君はじめ出演者や関係者の皆さんと話しをしたり、挨拶をしたりする。


 寺町の業務スーパーでお米(10キログラム)を購入したりして、22時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、遅めの夕飯をすませ、シカゴ交響楽団音源でマルッキ指揮シカゴ交響楽団が演奏したドビュッシーの『海』のライヴ録音(『テンペスト』と同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備を行ったりする。


 以上、8月30日の日記。


 夜になっても、まだ真向かいあたりがかまびすしい!
 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

演劇ビギナーズユニット2014 劇団サイハテ『ナツヤスミ語辞典』

☆演劇ビギナーズユニット2014 劇団サイハテ『ナツヤスミ語辞典』

 脚本:成井豊
 演出・脚色:村上慎太郎
 演出補:阪本麻紀、稲森明日香
(2014年8月30日18時半開演の回/京都市東山青少年活動センター創造活動室)


 例年京都市東山青少年活動センターで開催されている演劇ビギナーズユニットだが、21回目となる今回は、夕暮れ社 弱男ユニットの村上慎太郎を新たな演出担当に迎え、劇団サイハテの名で終了公演を行った。
 とり上げたのは、おなじみ演劇集団キャラメルボックス・成井豊の初期の作品『ナツヤスミ語辞典』(1989年初演)で、それこそ残り少ない夏休みの一日に相応しい舞台となっていたのではないか。

 まず参加者が集まって、それから自分たちで上演する台本を決定するというのが、ビギナーズユニットの恒例だけれど、今回のサイハテの場合、参加者=出演者と登場人物のキャラクターがバランスよく重なり合っていたように感じられた。
 当然そこには、演出の村上君はじめ、演出補の阪本さん、稲森さんたちの大きなサポートが存在するのだが、「中学生」や「大人」の色分けがなかなか巧く決まっていたと思う。
 ライヴ特有の傷や、経験の有無など個々の差はありつつも、心の動きに合った緩急強弱の変化や演者間でのスムーズな言葉のやり取りがよく心掛けられていたのではないか。

 また、村上君は、原作の世界観をしっかりと踏まえつつ、作品の結構や骨法(モノローグの多用であるとか、異なる場所・時系列に存在する登場人物間の会話とか)をクリアに再現していた。
 加えて、成井豊ならぬ尾崎豊に通じる主題をパッションで流したり、過度にリリシズムを強調したりしない適度な距離感も、僕には村上君らしく感じられた。

 いずれにしても、腹の底をぐっと掴んでかき回す激しさや強烈な慟哭とは異なる、鼻の奥がツンとするような切なくて懐かしい気持ちを味わうことのできる作品であり、公演だった。

 今回のビギナーズユニットに参加した皆さんの今後の一層のご活躍を心より祈願します。
 そして、残すところあと1回、最後の公演もぜひぜひ頑張ってください!
posted by figarok492na at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする