2014年08月31日

今日で8月も終わり(CLACLA日記)

 今日で8月も終わり。
 今年も残すところ4ヶ月となる。
 一日一日を大切にして、本当に為したいこと為すべきことを為していかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 どんよりとしたお天気。

 基本的に気温は下がっているものの、湿度の関係かむしっとした感じがして、あまり快ならず。
 気圧と湿度の魔の手が、昨日捻った腰にずしっと襲いかかる。


 安倍首相が京都を訪れていた。
 なんだか騒々しいと思ったら。


 昨夜、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読了する。
 ああ、面白かった!

 その後、シカゴ交響楽団音源でエド・デ・ワールト指揮シカゴ交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」&ブラームスの交響曲第4番(2013年1月、シカゴ・オーケストラ・ホール)、Radio4音源でウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィル他が演奏したエネスコの交響曲第2番(2013年9月14日、ブカレスト・グランドパレス・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『カルタ遊び その8』をアップしたりする。
 デ・ワールトのモーツァルトとブラームスは、至極オーソドックスな演奏。
 エネスコの交響曲は、作曲家の母国ルーマニアだからこそのプログラミングだろう。
 作品そのものはあまり好みでなかったけれど、こうして演奏に接することができたのはよかった。


 午前午後と、Radio4音源でヤニク・ネゼ=セガン指揮ロッテルダム・フィルが演奏したマーラーの交響曲第6番「悲劇的」(2014年8月19日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)や、NHK・FMの『きらクラ!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、8月の創作活動についてまとめたり、京都学生演劇祭の観劇レビューの準備をしたりする。
 ほかに、岩城宏之の『指揮のおけいこ』<文春文庫>の拾い読みもした。


 16時少し前に外出し、歩いて木屋町通の元・立誠小学校へ。
 音楽室で京都学生演劇祭のCブロックの上演を観る。
 詳しくは、これから団体ごとにアップする予定ですので、そちらをご参照のほど。

 開演前や休憩中、終演後に、関係各氏と話しをしたり挨拶をしたりする。

 で、仕事関係の用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて、21時少し前に帰宅した。


 遅めの夕飯後、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備をしたりする。


 明日がいい日でありますように!
 そして、来月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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カルタ遊び その8

「はい、向日町公平探偵事務所」
 と、俺が応えたところで、電話はぶつりと切れた。
「ねえ、これで三回目でしょう」
 薫が俺にそう言った。
 薫はソファーに寝そべったままだ。
 ソファーから飛び出た左足に、ずっとマルコンがじゃれついているというのに。
「いや、これで四回目だよ」
「えっ、だって」
「君はさっき眠ってたじゃないか。大きないびきをかいて」
「大きな、は余計よ」
 薫はマルコンを撫でるように蹴ると、胸ポケットから煙草の袋を取り出した。
「ライターある」
「ごめん、今禁煙中なんだ」
「嘘」
「ほんとに」
「ふうん」
 薫は煙草の袋をポケットに戻すと、仰向けになった。
「で、誰だと思う」
「電話の主が」
「だいたいの目星はついてるんでしょう」
「そうだね、全く見当がつかないってことはないよ」
「さすがは向日町公平ね」
「だけど、今一つ確信が持てなくてね」
「どうして」
「どうしてって、あいつはとっくの昔に死んでるからさ」
 薫は乾いた笑い声を上げて、
「どうやって死人が電話をかけてくるのよ」
とからかうような口調で言った。
「そうさ、それが問題なんだ」
 俺は、デスクの上の古い黒革の手帳をゆっくりと開いた。
「でも、鍵がここにある。謎を解く大きな鍵が」
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龍虎が亡くなった お芝居を観て帰りが遅めになった(深夜のCLACLA)

 青空が見えているなと思っていたら、どんどんどんよりとし始め、正午過ぎぐらいから雨が降り始める。
 おいおい。
 その後、雨はやみ、青空が見え始める。
 ほっ。

 気温は少しだけ上昇したか。
 暑さを感じるほどではないが、湿度が高い分、じめじめとしてあまり快ならず。
 加えて、気圧と湿度の関係で身体が重たし。
 やれやれ。


 大相撲の元力士でタレント、俳優の龍虎が亡くなった。73歳。
 現役時代は小結まで昇進し、引退後は放駒親方となるも廃業。
 芸能界での本格的な活動を開始し、TBS系列の料理番組『料理天国』の試食人として有名になる。
 また、『暴れん坊将軍』をはじめ、テレビドラマにも度々出演したほか、大相撲に関するコメンテーターも務めた。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、WGBH音源でラファエル・フリューベク・デ・ブルゴス指揮ボストン交響楽団が演奏したファリャの『三角帽子』組曲とベートーヴェンの交響曲第6番「田園」(2013年11月23日、ボストン・シンフォニーホール)&第7番(2013年11月30日、同)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 真向かいのマンションあたりがまたぞろかまびすしい。
 うっとうしいったらありゃしない。


 午前午後と、Radio4音源でイヴァン・フィッシャー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第6番「田園」&交響曲第7番のライヴ録音(2014年1月10日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第86番&第90番<ともにSONY>、シカゴ交響楽団音源でスザンヌ・マルッキ指揮シカゴ交響楽団が演奏したシベリウスの『テンペスト』組曲第1番のライヴ録音(2013年10月、シカゴ・オーケストラホール)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読み進めたりする。
 吉田修一は初期の作品から継続的に読み続けてきたが、このところ本当に凄みを増していると思う。
 プロの作家として書き続けることの意味についても考えさせられる。


 17時台に外出し、自転車で東山青少年活動センターへ。
 創造活動室で、演劇ビギナーズユニット2014の終了公演、劇団サイハテの『ナツヤスミ語辞典』(成井豊脚本、村上慎太郎君演出・脚色)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後、村上君はじめ出演者や関係者の皆さんと話しをしたり、挨拶をしたりする。


 寺町の業務スーパーでお米(10キログラム)を購入したりして、22時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、遅めの夕飯をすませ、シカゴ交響楽団音源でマルッキ指揮シカゴ交響楽団が演奏したドビュッシーの『海』のライヴ録音(『テンペスト』と同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備を行ったりする。


 以上、8月30日の日記。


 夜になっても、まだ真向かいあたりがかまびすしい!
 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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演劇ビギナーズユニット2014 劇団サイハテ『ナツヤスミ語辞典』

☆演劇ビギナーズユニット2014 劇団サイハテ『ナツヤスミ語辞典』

 脚本:成井豊
 演出・脚色:村上慎太郎
 演出補:阪本麻紀、稲森明日香
(2014年8月30日18時半開演の回/京都市東山青少年活動センター創造活動室)


 例年京都市東山青少年活動センターで開催されている演劇ビギナーズユニットだが、21回目となる今回は、夕暮れ社 弱男ユニットの村上慎太郎を新たな演出担当に迎え、劇団サイハテの名で終了公演を行った。
 とり上げたのは、おなじみ演劇集団キャラメルボックス・成井豊の初期の作品『ナツヤスミ語辞典』(1989年初演)で、それこそ残り少ない夏休みの一日に相応しい舞台となっていたのではないか。

 まず参加者が集まって、それから自分たちで上演する台本を決定するというのが、ビギナーズユニットの恒例だけれど、今回のサイハテの場合、参加者=出演者と登場人物のキャラクターがバランスよく重なり合っていたように感じられた。
 当然そこには、演出の村上君はじめ、演出補の阪本さん、稲森さんたちの大きなサポートが存在するのだが、「中学生」や「大人」の色分けがなかなか巧く決まっていたと思う。
 ライヴ特有の傷や、経験の有無など個々の差はありつつも、心の動きに合った緩急強弱の変化や演者間でのスムーズな言葉のやり取りがよく心掛けられていたのではないか。

 また、村上君は、原作の世界観をしっかりと踏まえつつ、作品の結構や骨法(モノローグの多用であるとか、異なる場所・時系列に存在する登場人物間の会話とか)をクリアに再現していた。
 加えて、成井豊ならぬ尾崎豊に通じる主題をパッションで流したり、過度にリリシズムを強調したりしない適度な距離感も、僕には村上君らしく感じられた。

 いずれにしても、腹の底をぐっと掴んでかき回す激しさや強烈な慟哭とは異なる、鼻の奥がツンとするような切なくて懐かしい気持ちを味わうことのできる作品であり、公演だった。

 今回のビギナーズユニットに参加した皆さんの今後の一層のご活躍を心より祈願します。
 そして、残すところあと1回、最後の公演もぜひぜひ頑張ってください!
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2014年08月29日

『深雪またなん』の第4稿を完成させた(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。
 夕方頃から、雨も降り始める。

 気温は下がったものの、湿度が高い分、じめじめとしてあまり快ならず。


 石破茂自民党幹事長が、安倍改造内閣に入閣するらしい。
 大騒ぎした結果がこれか。
 なんともかとも。

 そういえば、自民党がヘイトスピーチの規制とともに国会周辺での大音量でのデモの規制に言及し始めたと報じられている。
 いろいろと考えることあり。


 KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポンを、RTVE音源でヘルベルト・ブロムシュテット指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』から第1幕への前奏曲と愛の死&ドヴォルザークの交響曲第8番のライヴ録音(2013年12月13日、ストックホルム・ベルワルドホール)を聴いたりしながら、明け方5時頃まで『深雪またなん』の筆入れを行う。

 9月25日の番組終了が先週の放送で発表されたナイナイのオールナイトニッポンだが、実は矢部浩之のみが退き、岡村隆史一人で新番組のパーソナリティーになるということだった。
 どこかでやっぱりとは思いつつ、ヘビーリスナーのaiko同様、ほっとするとともに、矢部さんがいなくなったあとは、岡村さんもいろいろと大変だろうなと、これまでのあれこれから考えたりもする。
 まあ、そのことは本人たちが充分承知しているだろうけど。
 ゲストは、おなじみ出川哲朗。
 ナイナイのオールナイトで違和感を覚えない、数少ないゲストのうちの一人だ。
(JEUGIA四条店でアルバイトをしていた頃、ナイナイのオールナイトニッポンを聴き始めた。火曜日の吉井和哉、水曜日の松村邦洋、木曜日のナイナイ、金曜日のYUKIは欠かさず聴いていたんだよなあ)

 ブロムシュテットは、ここでも若々しくエネルギッシュな演奏を披歴していた。


 8時台には目が醒める。


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 乾きはあまりよくないが、まあ仕方ない。


 10時台に外出し、仕事関係の用件を片づける。


 帰宅後、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読み進めたりする。
 吉田修一の文章の巧さには、いつもながら舌を巻く。


 Radio4音源でリカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルが演奏したシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」&ブルックナーの交響曲第6番(2014年8月15日、ザルツブルク祝祭大劇場)、スウェーデン放送音源でノルムント・シュネ指揮シンフォニエッタ・リガが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」(2014年8月28日、ストックホルム・ベルワルドホール)、再びRadio4音源でマレク・ヤノフスキ指揮ベルリン放送交響楽団が演奏したブラームスの交響曲第1番と、ギル・シャハムが弾いたヨハン・セバスティアン・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番からガヴォットとロンドー(2014年1月)のライヴ録音を聴く。
 ムーティは、両曲ともよく歌う演奏。
 中でも、ブルックナーの第2楽章が美しい。
 シュネとシンフォニエッタ・リガは、流行りのピリオド・スタイルのモーツァルト。
 ヤノフスキのブラームスはよく引き締まっていて、しっくりとくる。


 眠気に勝てず、1時間ほどうとうととする。


 夕方になって再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ブルーノ・カニーノの来日ピアノ・リサイタルのライヴ録音(2013年6月25日、トッパンホール)を途中から聴く。
 様々なワルツを集めた、カニーノらしい機智に富んだプログラムだった。


 続けて、Radio4音源でネーメ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団が演奏したモーツァルトの音楽の冗談とピアノ協奏曲第21番(カレ・ランダルの独奏)、ランダルが弾いたピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲」から第1楽章の冒頭部分、そしてその冒頭部分の旋律を主題としたレーガーの『モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ』(2014年2月21日、タリン エストニア・コンサートホール)、WGBH音源でダニエル・ハーディング指揮ボストン交響楽団が演奏したマーラーの大地の歌(クリスティアーネ・ストーティンのメゾ・ソプラノ独唱、ミヒャエル・シャーデのテノール独唱。2013年10月26日、ボストン・シンフォニーホール)のライヴ録音を聴く。
 パパ・ヤルヴィのほうは凝りに凝ったプログラミング。
 音楽の冗談は大人のユーモア感覚による艶やかな味わい。
 レーガーも音楽の勘所をよく押さえた演奏だ。
 一方、ハーディングとボストン響の大地の歌は、まずもってオーケストラの巧さ立派さに感嘆する。


 夕飯後、打ち直しを行って『深雪またなん』の第4稿を完成させた。
 細かい直しも含めてまだまだ本当の完成には程遠いが、一応見なし完成稿としたい。


 今日は、パスコの「おやつかすてら」を食す。
 近くのグルメシティで、税込み70円に値下げされていたもの。
 カステラ風のしっとり柔らかなスポンジケーキで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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福田さんとお茶をして、柳川の公演を観た(深夜のCLACLA)

 深夜から午前中にかけて、雨。
 それも強い降りの。
 その後もどんよりとしたお天気が続く。
 青空は見えつつも。

 気温が下がる。
 ただし、じめじめとして思ったほどには快ならず。
 夜になって、涼しさが増した。


 安倍首相と同じようなことを、ドイツのメルケル首相が行ったらどうなるのかを考えてみる。
 日本とドイツの違いや国内でどうこうの問題ではなく、対外的な評価として。


 昨夜、吉田修一の『愛に乱暴』<新潮社>を読み始める。


 その後、スウェーデン放送の音源でダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』(2012年、ストックホルム・ベルワルドホール)、CAT音源でシモーネ・ヤング指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したドビュッシーの牧神の午後への前奏曲&サン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(2014年3月21日、同)、RTVE音源でイリイチ・リヴァス指揮ハノーヴァーNDRフィルが演奏したチャイコフスキーの幻想的序曲『ロメオとジュリエット』&ショスタコーヴィチの交響曲第1番(2013年11月15日、ハノーヴァー北ドイツ放送会館ゼンデザール)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時近くまで『深雪またなん』の筆入れを行う。


 午前午後と、仕事関係の作業を進めたり、『愛に乱暴』を読み進めたりする。


 RTVE音源でイオン・マリン指揮スイス・イタリア管弦楽団が演奏したブラームスの交響曲第1番のライヴ録音(2013年12月12日、ルガーノ)を聴く。
 先日大阪フィルとの交響曲第4番を聴いていたのである程度予想はしていたが、こちらものっぺりとしたなんだか締りのない感じのする演奏。
 正直、面白くない。


 15時過ぎに外出し、北方面へ。
 京都を離れることになった福田みゆきさんとお茶をしながら、いろいろと話をする。
 西和賀でのことや今後のことについてゆっくりと。
 自分自身のあり様を省みることもできたりして、とても貴重な時間を過ごすことができた。
 福田さん、本当にありがとうございます。
 そして、ぜひまた近いうちに!


 その後、アトリエ劇研へ移動し、柳川の第25回公演『奥さん、柳川がまたおかしなもの作ったらしいわよ』(津野允さん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。


 開演前終演後、関係各氏と話しをする。


 夕飯をすませたのち、23時頃帰宅した。


 お茶をしながら、シュークリームを食す。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、8月28日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

柳川 第25回公演『奥さん、柳川がまたおかしなもの作ったらしいわよ』

☆柳川 第25回公演『奥さん、柳川がまたおかしなもの作ったらしいわよ』

 作・演出:津野允
(2014年8月28日19時開演/アトリエ劇研)

 あいつらが戻って来た!
 って、何度戻って来とんねん、もう戻って来んでええわ!!

 とは、昔懐かし『特攻野郎Aチーム』の日曜洋画劇場での放映に対する至極真っ当な突っ込みだけれど、これが

 柳川が戻って来た!

 となれば、全く話は別だ。

 途中、オムニバス集の『昔、柳川がいた』(2011年10月30日、アトリエ劇研)は観たものの、本格的な公演は第21回の『フランケンシュタイン』(2010年2月21日、同)以来となる、柳川の第25回公演が行われるというのだから、これはもちろん観逃すことはできない。
 その名もずばり『奥さん、柳川がまたおかしなもの作ったらしいわよ』。
 野球のピッチングでいえば、超速球速球、ストライクとボールきわきわのゾーンから暴投気味のボール、はてはフェンス直撃の大暴投とあの手この手。
 バーバル・ギャグに体技、べたなネタから時代ずらしネタ、演劇ネタ。
 だれ場退屈場もあえて辞さない、「笑わば笑え」の確信犯的な舞台が繰り広げられていた。
 それでいて、徹頭徹尾己の道を進む真摯さや含羞の念、切なさおかかなしさを伴った余韻が残るのも、柳川らしいところだろう。
 初日ということで、まだ固まりきれていない部分もあったりはしたが、それが巧く笑いにつながっていたことも事実だ。

 おなじみ浦島史生、津野允に加え、伊藤隆裕、合田団地、佐々木峻一、永榮紘実、廣瀬信輔、松野香澄、そしてあの伝説の帝釈天アニーと、演者陣に個性豊かな顔触れが揃った。
 今夜はサプライズライヴ付きで、渋い選曲ともども嬉しいかぎり。

 31日までの公演。
 よろしければぜひ!
 そして、柳川の次回の公演を心待ちにしたい。
 何度でも戻って来い!!
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2014年08月27日

米倉斉加年が亡くなった 京都学生演劇祭のカウントダウンのこと(CLACLA日記)

 俳優で演出家、絵本作家の米倉斉加年が亡くなった。80歳。
 福岡の出身で、西南学院大学を中退後、劇団民藝の研究所に入り研鑚を積む。
 劇団青年芸術劇場を結成し活動を続けたのち再び民藝に戻り、2000年の退団まで民藝を代表する俳優、さらには演出家として舞台で活躍した。
 また、映画やテレビドラマにも数多く出演し、善良で小心であったり、鬱屈した内面を抱えていたりするインテリや芸術家、一癖も二癖もある不可思議な人物などを得意とした。
 加えて、絵本作家としても著名で、耽美的な趣もあるその作品は、書籍の表紙を飾ったりもした。
 ひょろ長い顔に、しゃがれた感じのくせのある声。
 民藝をはじめとした舞台や、『男はつらいよ』シリーズでの渥美清とのからみ、モランボンのジャンのCM等々、そのいずれもが強く印象に残る。
 そして、自作の絵本『おとなになれなかった弟たちに…』に詳しい自らの体験に基づく、徹底した反戦主義者だった。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 青空は見えつつも、どんよりとした感じの強いお天気。

 気温は下がり、徐々にしのぎやすくなってきた。
 皆さん、寒暖の差にはくれぐれもお気をつけくださいね。


 ガザ地区の長期停戦が発効されたというが。
 どうにもたまらない気分だ。


 広島市北部の土砂災害で亡くなられた方が70人になったと報じられている。


 内閣改造内閣改造と馬鹿の一つ覚えの如くかまびすしいけれど、今度の内閣改造は、安倍内閣の終わりの始まりになるのではないか。


 昨夜、Radio4音源でマルク・ミンコフスキ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第33番とヴァイルの交響曲第2番(2014年8月10日、ザルツブルク・モーツァルテウム)、リカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2014年6月6日、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス)とマリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2014年8月25日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『死と変容』と『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、RTVE音源でファンホ・メナ指揮BBCフィルが演奏したメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」(2013年11月1日、マンチェスター・ブリッジウォーター・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『カルタ遊び その7』をアップしたりする。
 シャイー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とマリス・ヤンソンス&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏した同じ曲2曲を続けて聴けたのは、愉しかった。
 あと、メナのスコッチ・シンフォニーはスピーディーで歯切れのよい爽快な演奏だった。


 午前午後と、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』、スウェーデン放送音源でヘルベルト・ブロムシュテット指揮ロイヤル・ストックホルム・フィルが演奏したベートーヴェンの交響曲第8番&ステンハンマルの交響曲第2番(2014年8月24日、ストックホルム・ベルワルドホール)、シカゴ交響楽団音源でスザンネ・マルッキ指揮シカゴ交響楽団が演奏したアイヴズの『答えのない質問』&『ニュー・イングランドの3つの場所』のライヴ録音(2011年10月、シカゴ・オーケストラ・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、荻原浩の『月の上の観覧車』<新潮社>を読み進めたりする。
 ベートーヴェンにせよステンハンマルにせよ、ブロムシュテットの音楽は本当に若々しくてエネルギッシュだ。
 ロイヤル・ストックホルム・フィルも達者なオーケストラである。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、アンヌ・ケフェレックの来日ピアノ・リサイタルのライヴ録音(2014年5月8日、王子ホール)を聴く。
 あともうちょっとで後半の最後の曲が終わるところで気象情報が入ってしまい、尻切れトンボの感がぬぐえず。
 事が事だけに仕方がないとはいえ。


 続けて、RTS音源でハインリヒ・シフ指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したハイドンの交響曲第91番(2013年9月25日、ローザンヌ・メトロポール・ホール)と、レオン・フライシャー指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第2番(2013年10月29日、同)のライヴ録音を聴く。
 シフがピリオド・スタイルを身につけていることは、今から20年前のケルン滞在中に聴いたドイツ・カンマーフィルのコンサート以来承知していたことだけれど、ピリオド・スタイルとは異なるものの、フライシャーのほうもすっきりとしてもたれないベートーヴェンだった。
 昔共演した、ジョージ・セルたちの流儀を受け継いでいるのだろうか。


 夕飯後、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行う。
 この筆入れと打ち直しで、見なし完成稿としたい。


 『月の上の観覧車』を読了する。
 文体自体にはしっくりこないものを感じるのだけれど、筋運びがとても巧く、その部分でやられてしまう。
 ああ、面白かった!


 今日は、第一パンのツイストデニッシュを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 できることなら黙っていたかったが、僕は嘘がつけない性分なので記すけど、沢大洋さんの顔を前面に押し出す京都学生演劇祭のカウントダウンは、あれでよいのだろうか?
 これが沢大洋記念学生演劇祭であるとか、沢大洋顕彰学生演劇祭を名乗っているならまだしもだ。
 はっきり言って趣味的にもどうかと思うし、全国学生演劇祭を視野に入れた戦術戦略的にも拙いだろうし、それより何より学生演劇祭の本来の趣旨や精神に外れるのではないか。
 僕にはどうにもそう感じられてならない。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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カルタ遊び その7

 街一面の雪景色。
 センデリーヌとヘンデリーヌは、今朝も一緒に手をつないで、学校目指して歩いています。
 センデリーヌは赤い長靴、ヘンデリーヌは青い長靴。
 赤と青。青と赤。
 ああっ。
 どうしたの?
 あれっ。あれっ。
 どれっ。
 ほらあ。あそこ。
 センデリーヌが道端を指さしました。
 なんとそこには、白い長靴が片方落ちていました。
 誰のだろうね?誰のだろうね?
 センデリーヌもヘンデリーヌも首をかしげました。
 右に右に。左に左に。
 だめだよ、遅れちゃう。
 ヘンデリーヌがセンデリーヌの手を引きます。
 ほんとだ、遅れちゃう。
 ヘンデリーヌは紺色の手袋、センデリーヌは飴色の手袋。
 紺色と飴色。飴色と紺色。
 ああああっ。
 どうしたの?
 あそこ。あそこ。
 どこ。
 ほらあ。あそこ。
 ヘンデリーヌが道端を指さしました。
 なんとそこには、白い手袋が片方落ちていました。
 誰のだろうね?誰のだろうね?
 ヘンデリーヌもセンデリーヌも首をかしげました。
 左に左に。右に右に。
 そして、今朝はなんて不思議な朝なんだろうと二人は思いました。
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2014年08月26日

京都造形芸大映画学科の卒制・小川組の撮影に参加した 京都学生演劇祭のこと(CLACLA日記)

 どんよりとした感じの強いお天気。
 青空が見えたりしたものの、途中激しく雨も降る。

 気温は下がったが、湿度が高い分、じめじめむしむしとして思ったほどには快ならず。


 映画監督の曽根中生が亡くなった。76歳。
 日活入社後、にっかつロマンポルノの作品を多数撮影。
 中でも、石井隆原作による『女高生 天使のはらわた』や『天使のはらわた 赤い教室』で知られる。
 また、どおくまん原作による一般映画『嗚呼!!花の応援団』シリーズや坂口安吾原作による『不連続殺人事件』(ATG製作)、長谷川法世原作による『博多っ子純情』(光石研のデビュー作)、小林信彦原作・横山やすし主演による『唐獅子株式会社』なども監督した。
 横山やすし主演の『フライング・飛翔』を撮影してしばらくのち、長らく消息不明となり、すでに亡くなっているのではないかと実しやかに噂をされたりもしていたが、2011年になって公の場所に姿を現した。
 プログラムピクチュアの手堅い造り手であったが、どこかでプログラムピクチュアに留まりきれない心の澱というか、表現表出意欲を持った監督だったようにも思う。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 東日本大震災による東京電力・福島第一原子力発電所の事故のために居住地(福島県川俣町)からの避難を強いられ、一時帰宅中に焼身自殺した女性に関する訴訟で、東京地裁は東京電力に対して4900万円の賠償を命じる判決を下した。
 とても大きな意味を持つ判決だと思う。
 今後の展開を注視していきたい。


 広島市北部の土砂災害で63人の方が亡くなられたという。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、WGBH音源でレオニダス・カヴァコス指揮ボストン交響楽団が演奏したプロコフィエフの古典交響曲とシューマンの交響曲第2番(2013年11月16日、ボストン・シンフォニー・ホール)や、スウェーデン放送音源でダニエル・ブレンドゥルフ指揮マルメ交響楽団が演奏したベートーヴェンの序曲『コリオラン』とシベリウスの交響曲第2番(2013年9月14日、マルメ・コンサートホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、3時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 朝早めに起きて、仕事関係の作業を進める。


 10時過ぎに外出し、市内某住宅へ。
 京都造形芸術大学映画学科の卒業制作、小川組の撮影に出演者として参加する。
 久しぶりの撮影で、最初の通しではついつい緊張してしまったが、小川監督や共演者の皆さん、スタッフの皆さんのおかげで無事終了することができた。
 それにしても、小川監督はじめ、月世界旅行社のマチヤ映画夜行などで1、2回生の頃から親しく接している面々も少なくなく、ああ、もう卒業制作なのかと感慨深かった。


 17時半過ぎに帰宅し、雑件を片づける。


 19時過ぎに再び外出し、仕事関係の用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませ、20時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、フェルディナント・ライトナー指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」&バレエ音楽『レ・プティ・リアン』序曲<タワーレコード/ドイツ・グラモフォン>、NHKラジオ第1の『みうらじゅんのサントラくん』を聴いたりしながら、荻原浩の『月の上の観覧車』<新潮社>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりする。
 『みうらじゅんのサントラくん』は、「あっち系」(大ヒットしているけれど、ちょっと遠い距離にある内容の作品)の特集で、『ゴースト』や『ボディガード』、『タイタニック』の音楽などが続けて流されていた。
 後半はいつもの調子だったけど。
 曽根さんの作品の音楽がかからなかったのは、残念!


 京都学生演劇祭の観劇レポーターに関して。
 僕が京都学生演劇祭の観劇レポーターとなったのは、まずもって参加する学生さんたちの一助となればと思い、なおかつそれが自分自身の大きな刺激となればと思ったからである。
 学生演劇祭とは、そもそも一体誰のためにあるのか、なんのためにあるのか。
 そのことを重く肝に銘じておきたいと思う。
(詳細は、改めて総評に記すつもりだ)


 今日は、焼きプリンを食す。
 撮影現場でスタッフさんにごちそうになったもの。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさまでした!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月25日

リチャード・アッテンボローが亡くなった(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。
 夕方になって雨も降る。
 各地の土砂災害がとても気になる。

 湿度が高く、むしむしじめじめとして快ならず。


 イギリスの映画監督で俳優のリチャード・アッテンボローが亡くなった。90歳。
 ケンブリッジの生まれで、王立演劇学校に学び、第二次世界大戦中映画デビューを果たす。
 『大脱走』や『飛べ!フェニックス』、『砲艦サンパウロ』などハリウッド作品にも出演したのち、『素晴らしき戦争』を監督。
 以後、『遠すぎた橋』や『ガンジー』、『コーラスライン』、『遠い夜明け』、『チャーリー』と、エンターテインメント性に富みながら、骨太で強い社会性を持った作品を生み出した。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 土砂災害と同じように、ガザ地区の現状がとても気になる。
 日々殺害されている人の数が増えている。


 昨夜、小和田哲男の『戦国史を歩んだ道』<ミネルヴァ書房>を読了する。
 ああ、面白かった!

 そういえば、今日の朝日新聞の夕刊に、伊丹市で小和田さんの文化講演会が開催された旨、掲載されていた。
 時代考証を担当する大河ドラマ『軍師官兵衛』と伊丹つながりで、荒木村重が講演の中心となっていたようで、明智光秀や石田三成など敗者=悪人史観の払拭に努めてきた小和田さんらしく、村重の再評価を促す内容だったと報じられている。
 これはぜひ聴いておきたかったなあ。


 その後、シカゴ交響楽団の音源でリカルド・ムーティ指揮シカゴ交響楽団が演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」&第2番(2014年3月、シカゴ・オーケストラ・ホール)と第3番(2012年1月、同)、サカリ・オラモ指揮シカゴ交響楽団が演奏したニールセンの交響曲第5番(2013年4月、同)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時近くまで仕事関係の作業を進める。


 午前中、仕事関係の作業を進める。


 正午過ぎに外出し、仕事関係の用件を片づける。


 帰宅後、シカゴ交響楽団の音源でムーティ指揮シカゴ交響楽団が演奏したシューマンのピアノ協奏曲(内田光子の独奏)とシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」のライヴ録音(2014年3月、同)、ヴァイオリンのヴェラ・ベスやチェロのアンナー・ビルスマらが演奏した同じくシューベルトの弦楽5重奏曲他<SONY>、ブルーノ・ヴァイル指揮ザ・クラシカル・バンドが演奏した同じくシューベルトの「ザ・グレート」<同>を聴く。
 第2番や第3番では、ロッシーニとの親さを感じさせる快活な演奏を行っていたムーティとシカゴ交響楽団だが、大曲「ザ・グレート」では、緩やかな歩み。
 地獄的、ではない天国的な長さを感じる。
 一方、ヴァイルとピリオド楽器のオーケストラ、ザ・クラシカル・バンドのほうは、快速調だ。


 仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の打ち出しを行ったり、荻原浩の『月の上の観覧車』<新潮社>を読み始めたりする。


 夕方になって再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、ヴァイル指揮ザ・クラシカル・バンドが演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」<同>、Radio4音源でアレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮オランダ放送フィルが演奏したチャイコフスキーの序曲『ハムレット』とラヴェルの『ラ・ヴァルス』(2014年8月23日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)、クリストフ・エッシェンバッハ指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏した再びチャイコフスキーの『ハムレット』と、クリストファー・パークが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第10番から第1楽章(2014年2月23日、ハンブルク・ライスハレ)、リスト・ヨースト指揮タリン室内管弦楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第1番、オーボエ協奏曲(カレフ・クリユスの独奏)、交響曲第41番「ジュピター」(2014年3月8日、タリン エストニア・コンサートホール)のライヴ録音を聴く。
 マルタ・アルゲリッチのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番<EMI>で、スイス・イタリア管弦楽団を指揮して見事な伴奏を行っていたヴェデルニコフだが、オランダ放送フィルとのコンサートでも優れたオーケストラのコントロールを聴かせてくれる。
 『ハムレット』、『ラ・ヴァルス』ともに、間然とするところのない引き締まった演奏だ。
 一方、同じ『ハムレット』でも、エッシェンバッハは粘りのきいた歌う音楽づくり。
 ヴェデルニコフのほうが若手劇団との斬新な演出の『ハムレット』としたら、こちらは大悲劇といった感じの強い大芝居に聴こえる。
 パークのベートーヴェンはアンコール曲だが、機智に富んだ演奏で面白い。
 ヨーストとタリン室内管は、いわゆるピリオド・スタイルの影響もうかがえる軽めのモーツァルト。
 クリユスの清澄なソロも聴き心地がよかった。


 仕事関係の作業を進めたり、明日の撮影の台本を読み返したり、『月の上の観覧車』を読み進めたりする。


 今日は、第一パンの森のたまごのメロンパンを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 しっとりとしたメロンパンで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日は、午前中から小川組(京都造形芸術大学映画学科の卒業制作作品)の撮影に出演者として参加の予定だ。
 いい撮影となりますように!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月24日

戸田恵子の「声の美人っぷり!」に感嘆した(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気。
 お昼過ぎぐらいから、強い雨になる。
 京都をはじめ、近畿地方等での土砂災害が心配だ。

 気温は下がるも、湿度が高く、じめじめとしてあまり快ならず。


 特定秘密保護法の施行等に関するパブリックコメントを提出する。
 喉元過ぎれば、のような状況になっていることが実に歯痒い。


 昨夜、RTVE音源でトーマス・ダウスゴー指揮フランス放送フィルが演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」とシベリウスの交響曲第6番(2013年12月10日、パリ・オペラ・コミック座)や、シカゴ交響楽団音源でロリン・マゼール指揮シカゴ交響楽団が演奏したブラームスのセレナード第2番(2005年2月、シカゴ・オーケストラ・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時近くまで仕事関係の作業を進める。
 未完成交響曲はピリオド・スタイルを援用したスピーディーで見通しのよい演奏。
 シベリウスもシャープでクリアな音楽づくりと、いずれも聴き応えがあったのだけれど、前者では終演後、余韻もへったくれもない激しい咳が、後者でも同じく、余韻もへったくれもないフライング気味の拍手が会場を襲う。
 お気に召さない向きの抗議行動か。
 マゼールのブラームスは滋味あふれたオーソドックスな解釈で、シカゴ交響楽団も優れた演奏を披歴していた。


 午前中、仕事関係の予定をすませる。


 ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレー指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのオペラ・アリア集<Virgin>と、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>を聴き、それぞれのCDレビューをアップする。
 詳しくは、前々回前回の記事をご参照のほど。


 その後、NHK・FMの『きらクラ!』(途中から)、ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルが演奏したハイドンの交響曲第96番「奇蹟」&第101番「時計」<DECCA>、シカゴ交響楽団音源でシャルル・デュトワ指揮シカゴ交響楽団が演奏したブリテンの青少年のための管弦楽入門(2012年11月、シカゴ・オーケストラ・ホール)や、WGBH音源でクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ボストン交響楽団が演奏したブラームスのヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲から第1楽章(アウグスティン・ハーデリッヒのヴァイオリン、アルバン・ゲルハルトのチェロ)&交響曲第2番(2013年9月21日、ボストン・シンフォニー・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、小和田哲男の『戦国史を歩んだ道』<ミネルヴァ書房>を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 傘をさしても、濡れた濡れた。
 やれやれ。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』でイオン・マリン指揮大阪フィルのコンサートのライヴ録音(2014年5月29日、フェスティバルホール)を聴く。
 ブラームスの交響曲第4番とベートーヴェンの交響曲第2番から第4楽章が放送されていたが、やはりホールの音響がよくないのかどうにも締りのない感じがする。
 伊東信宏も、そんな演奏に似通ったもやもやねちゃっとした解説で面白くない。


 続けて、NHKラジオ第1の『アートドラマ 美女と巨匠〜ヒッチコックを愛した女〜』を途中から聴く。
 アルフレッド・ヒッチコックとその夫人アルマ、さらにイングリッド・バーグマンとのエピソードをドラマとおしゃべりでつないだ番組。
 1時間弱な上に途中から、しかも時折、それも一番大事なところで気象情報が割り込んでくるものだから、内容に関しては、まあ、まあといったものだが、アルマとイングリッド・バーグマンを演じた戸田恵子の「声の美人っぷり!」には感嘆した。
 この人が優れた声優でもあるということを再確認できたし、おしゃべりの部分での素の感じもとてもよかった。
 ヒッチコック役のアナウンサーの人も頑張っていたんだけれど、これで西田敏行が相手役だったらなあ…。
 そうそう、ヒッチコックから大きな影響を受けている上に、戸田さんの出演ということで、日本の有名な劇作家、脚本家にして映画監督経験者でもある人のことを思い出したのだが、これはまた別のお話。


 さらに、Radio4音源でセミョン・ビシュコフ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」のライヴ録音(2014年2月2日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴く。
 若干力で押している感じもしなくはないが、適度なテンポ設定ということもあり、もたれる演奏では全くなかった。
 天国的ならぬ、煉獄的な長さの演奏か。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『戦国史を歩んだ道』を読み進めたりする。


 今日は、ヤマザキのロボニャンのダブルケーキドーナツを食す。
 近くのグルメシティで、税込み30円に値下げされていたもの。
 まあ、30円ですからね。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サイモン・ラトルとバーミンガム・シティ交響楽団のブルックナーの交響曲第7番

☆ブルックナー:交響曲第7番

 指揮:サイモン・ラトル
管弦楽:バーミンガム・シティ交響楽団
(1996年9月/デジタル・セッション録音)
<EMI>CDC5 56425 2


 サイモン・ラトルも、来年1月の誕生日で満60歳か。
 いや、アバドもマゼールも、ブリュッヘンも亡くなったんだから、ラトルが60歳になるのも無理はないことだけど。
 ちょうどクラシック音楽を聴き始めた頃とラトルの初来日が重なって、FMで聴いたその颯爽として若々しい演奏が未だに鮮明に記憶に残っているせいか、時の流れの速さにはやはり唖然としてしまう。

 ラトルの実演に接したのは、まだ2回しかない。
 そのうち、1991年2月12日にザ・シンフォニー・ホールで聴いたバーミンガム・シティ交響楽団の来日公演のほうは、マーラーの交響曲第9番という大曲をまだ巧く掴みきれていなかったこともあって、音の波に流されているうちに演奏が終わり、ああ左利きのヴィオラ奏者がいたなとか、終演後の拍手が早過ぎたんじゃないかとか、些末なことばかりを思い出す。
 1993年9月8日、ケルンのフィルハーモニーで聴いた、これまたバーミンガム・シティ交響楽団とのコンサートのほうは、はっきりと音楽のことも覚えている。
 シャープでクリア、切れ味抜群のバルトークの管弦楽のための協奏曲に始まり、バーミンガム・コンテンポラリー・グループだったかな、小編成のアンサンブルによる精度の高い、シェーンベルクの室内交響曲。
 休憩後のお国物、エルガーのエニグマ変奏曲も、歌わせるべきところはたっぷり歌わせ締めるべきところはきっちり締めるドラマティックでシンフォニックな演奏で、おまけにアンコールのドビュッシーの牧神の午後への前奏曲の清澄な響きと、オーケストラ音楽の愉しさを満喫することができた。
 終演後、感極まった実業家然とした恰幅のよい見知らぬ壮年の男性から、「よかったねえ!」とドイツ語で声をかけられ、「はい!」と応えたほどだった。

 ラトルとバーミンガム・シティ交響楽団にとって後期の共同作業となる、このブルックナーの交響曲第7番は、彼彼女らの特性がよく表われたCDとなっている。
 先達たちの演奏と同様、叙情性に富んだ部分は伸びやかに歌わせつつ、音色自体は透明感にあふれていて、重たるくべたべたと粘りついたりはしない。
 また、第2楽章・トラック2の19分19秒から50秒あたりを作品の頂点に置きながらも、後半の第3、第4楽章でもしっかりメリハリをつけて飽きさせない音楽づくりなど、ラトルの本領がよく発揮されているのではないか。
 バーミンガム・シティ交響楽団も、そうしたラトルの解釈によく沿って、過不足のない演奏を繰り広げている。
 個々の奏者の技量云々より何より、アンサンブルとしてのまとまりのよさ、インティメートな雰囲気が魅力的だ。

 ただ、だからこそ、いつもの如きEMIレーベルのくぐもってじがじがとした感じの鈍くて美しくない音質がどうにも残念だ。
 実演に接したからこそなおのこと、クリアで見通しのよい録音がラトルとバーミンガム・シティ交響楽団の演奏には相応しいように感じられるのに。
 正直、ベルリン・フィルのシェフに就任してなお、EMIレーベルと契約を続けたことは、ラトルにとってあまり芳しいことではなかったように思う。

 いずれにしても、すっきりとして美しいブルックナーの交響曲第7番の演奏をお求めの方には、お薦めしたい一枚である。

 それにしても、ベルリン・フィルを去ったあとのラトルは、一体どのような音楽を聴かせてくれるのだろうか。
 非常に興味深く、愉しみだ。
posted by figarok492na at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナタリー・デセイが歌ったモーツァルトのオペラ・アリア集「モーツァルト−ヒロインズ」

☆モーツァルト:オペラ・アリア集「モーツァルト−ヒロインズ」

 独唱:ナタリー・デセイ(ソプラノ)
 指揮:ルイ・ラングレー
管弦楽:エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団
(2000年8月、9月/デジタル・セッション録音)
<Virgin>VC5 45447 2


 流れる時間は均一でも、年齢を重ねるごとにその感覚は大きく変わっていくのではないか。
 ナタリー・デセイが歌うモーツァルトのオペラ・アリア集「モーツァルト−ヒロインズ」を耳にしながら、へえ、このCDって14年も前に録音リリースされたものなのか、14年なんてほんとあっという間だなあ、という具合に。
 ただ、感覚はそうであったとしても、やはり時間はしっかり経過しているのであって、実際、このアルバムできれいな高音を聴かせているデセイも、14年のうちに声がどんどん重たくなってオペラで歌う役柄を大きく変えていき、ついには昨年秋オペラからの引退を発表するに到ってしまった。
 まあ、それはそれ。

 有名な『魔笛』の「復習の心は地獄のように」で、コロラトゥーラの技巧をばりばりと披歴して、つかみはOK。
 さらに9曲、いくぶん鼻にかかって気品があり、伸びがあってよく澄んだデセイの美しい歌声が続くのだから、これはもうこたえられない。

 で、フランス出身のコロラトゥーラ・ソプラノといえば、どうしてもパトリシア・プティボンのことを思い起こすのだけれど、あちらが歌劇の「劇」にも大きく踏み込んだ行き方をするのに対し、こちらデセイは歌を中心にした、言い換えれば歌そのもので劇空間を造り込む行き方に徹しているように思う。
 わかりやすい例を挙げれば、プティボンはダニエル・ハーディング指揮コンチェルト・ケルンの伴奏で歌っている<ドイツ・グラモフォン>、『ツァイーデ』の「けだもの!爪をひたすら磨ぎ澄まして」の、最後の「ティーゲル!」という一節。
 プティボンが彼女の魅力でもある地声っぽい声で台詞風に言い放つのに比して、デセイはあくまでも歌として締める。
 両者の違いがよく表われた部分なので、ご興味おありの方は、ぜひとも聴き比べていただきたい。

 それと、デセイの柔軟性に富んだ歌唱を識るという意味では、『後宮からの逃走』の「なんという変化が…深い悲しみに」と「ありとあらゆる苦しみが待ち受けていても」の2つのアリアを忘れてはならないだろう。
 前者での細やかな心の動き悲痛な表情、一転後者での激しさ力強さ。
 デセイという歌い手の表現力の幅の広さが端的に示されている。

 ルイ・ラングレーの指揮は、歌の要所急所をよく押さえているのではないか。
 上述ハーディングのような鋭敏さには欠けるが、デセイの歌にはラングレーの抑制のきいた音楽づくりがぴったりだとも思う。
 エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団も達者だ。

 モーツァルト好き、オペラ好きには大いにお薦めしたい一枚。
 デセイのファンはもちろんのこと。
posted by figarok492na at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

『晴れたり曇ったり』を読み終え、『戦国史を歩んだ道』を読み始めた(CLACLA日記)

 深夜、激しく雨が降り、雷鳴も轟く。
 日中、青空が見えたりもしていたが、夕方になって再び雨。
 どんよりとした感じの強い一日。
 広島をはじめ、全国各地の土砂災害と被害にあわれた方たちについて想う。

 雨に伴い、気温はだいぶん下がったか。
 ただし湿度が高い分、それほど快ならず。


 昨夜、RTVE音源でダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したマーラーの「さすらう若人の歌」(クリスティアン・ゲルハーヘルのバリトン独唱)&交響曲第7番「夜の歌」(2014年1月24日、ストックホルム・ベルワルド・ホール)、シカゴ交響楽団の音源でトン・コープマン指揮シカゴ交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第6番「朝」(2012年5月、シカゴ・オーケストラ・ホール)、アッシャー・フィッシュ指揮シカゴ交響楽団が演奏したワーグナーのジークフリート牧歌(2013年3月、同)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時半頃まで仕事関係の作業を進める。
 「さうらう若人の歌」では、ゲルハーヘルの声の衰え(不調?)が気になる。
 あと、シカゴ交響楽団はやはりピリオド・スタイルになじめていなさそう。
 フィッシュによるオーソドックスな解釈で堂に入ったジークフリート牧歌と比べると、なおのこと。


 WGBH音源でフランソワ・グザヴィエ・ロト指揮ボストン交響楽団が演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲第1番とベートーヴェンの交響曲第4番のライヴ録音(2014年4月12日、ボストン・シンフォニー・ホール)、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 ボストン交響楽団のほうは、ピリオド・スタイルがなかなか様になっているのではないか。
 特に、ベートーヴェンの交響曲は活き活きとして聴き心地がよい。


 川上弘美の『晴れたり曇ったり』<講談社>を読了する。
 これまでの雑文類をまとめた一冊だが、書くことについていろいろ考えさせられる内容でもあった。
 ああ、面白かった!

>大正時代に反戦の言論を張った知識人は多いが、昭和の長い、十五年つづく戦争の中で、誰がその立場を守り得たか?
 大正から昭和へ、教授たちは、はじめは平和を説き、やがて戦争を支持した。その中の何人かの例外をもって、教授全体を代表させることはできない。
 日本の知識人全体の、この連続転向を問うことが必要だ。
 戦争反対の根拠を、自分が殺されたくないということに求めるほうがいい。
 理論は、戦争反対の姿勢を長期間にわたって支えるものではない。
 それは自分の生活の中に根を持っていないからだ<
(鶴見俊輔の『身ぶりとしての抵抗』<河出文庫>から、川上さんが引用した部分より)


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯時、愉しい誘いを受けるが、すでに明日の予定が決まってしまっていて、断らざるをえず。
 残念だけれど、仕方がない。


 夕飯後、RTBF音源でダニエレ・ガッティ指揮フランス国立管弦楽団が演奏したハイドンの交響曲第96番「奇蹟」、ラヴェルのピアノ協奏曲、チャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」のライヴ録音(2013年10月17日、シャンゼリゼ劇場)を聴く。
 ハイドンはオーソドックスな解釈で、あまり面白くない。
 ラヴェルは、ティボーデのきらめくような音色と技巧的なソロが聴きもの。
 チャイコフスキーは劇性に富んで叙情的な音楽であり、ガッティの本領がよく発揮されている。


 仕事関係の作業を進めたり、小和田哲男の『戦国史を歩んだ道』<ミネルヴァ書房>を読み始めたりする。
 『戦国史を歩んだ道』は、今川氏や後北条氏、浅井氏など戦国史の研究で著名な小和田さんが自らの生涯について綴った、シリーズ「自伝」my life my world中の一冊。
 小学校高学年で戦国時代にはまったことのある人間としては、大いに共感し大いに納得のいく内容だ。
 また、行進曲を好きになり軍艦マーチのレコードを聴いていた小和田少年がシベリア抑留の体験のある父親から戦争の悲惨さを知らされ、戦国史を権力の側からのみではなく、庶民の目線からも見ることの重要性を気づくところも強く印象に残った。

 そういえば、小和田さんは城郭の研究でも有名だが、『日本城郭大系』<新人物往来社>という高額な書籍(手元にある大阪・兵庫編は1981年刊行で、6800円。消費税などない頃の価格だ。他に、実家に長崎・佐賀編もある)を両親から買い与えてもらったんだった。
 こうやって書籍類を惜しむことなく与えてくれた両親に、改めて感謝する。


 今日は、山崎製パンの吹雪まん(つぶあん)を食す。
 近くのグルメシティで、税込み64円に値下げされていたもの。
 おなじみ粒あんたっぷりの饅頭で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

『薔薇とビスケット』が面白かった(CLACLA日記)

 どんよりとした感じがさらに増す。
 陽光は見えつつも。

 日中は気温が上昇し、まだまだ暑さが厳しい。
 夕方以降はだいぶん涼しくなってきているが。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 広島市北部の土砂災害による被害が拡大している。
 行方不明の方々が、なんとか無事救出されることを心から祈る。
 また、全国各地で土砂災害が発生しているとも報じられており、これ以上被害が拡大しないことを切に願う。


 昨夜、桐衣朝子の『薔薇とビスケット』<小学館>を読了する。
 厳しい現実を踏まえた上で紡がれた、痛切なファンタジー。
 これは読んでおいてよかった。
 ああ、面白かった!


 その後、KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポンを、シカゴ交響楽団の音源でハリー・ビケット指揮シカゴ交響楽団が演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲第6番とストラヴィンスキーの協奏曲「ダンバートン・オークス」(2012年12月、シカゴ・オーケストラ・ホール)、ラモーの『ボレアド』組曲(2008年5月、同)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時半頃まで仕事関係の作業を進める。
 作業に集中していたため聴き逃してしまったが、番組終わりにナイナイのオールナイトニッポンが9月25日に終了することが発表されたという。
 ナイナイが一部に移ってからほぼずっと聴き続けてきただけに、いろいろと感じることがある。
(ヘビーリスナーのaikoも、twitterに番組終了のショックを呟いていた)

 あと、シカゴ交響楽団はいまひとつピリオド・スタイルになじめていないような気がする。


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 思ったほどには乾きがよろしからず。
 うむむ。


 正午過ぎに外出して仕事関係の用件を片づけてから、下京図書館へ。
 『薔薇とビスケット』、中島岳志の『岩波茂雄』<岩波書店>、大久保房男の『戦前の文士と戦後の文士』<紅書房>、赤坂英一の『最後のクジラ』<講談社>、塩田武士の『盤上のアルファ』<同>を返却し、予約しておいた川上弘美の『晴れたり曇ったり』<同>、小和田哲男の『戦国史を歩んだ道』<ミネルヴァ書房>、荻原浩の『月の上の観覧車』<新潮社>、吉田修一の『愛に乱暴』<同>、東直子の『キオスクのキリオ』<筑摩書房>を新たに借りる。


 帰宅後、KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』、KDFC音源でアッシャー・フィッシュ指揮サンフランシスコ交響楽団が演奏したワーグナーの『ローエングリン』から第1幕への前奏曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第22番(ダヴィッド・フライの独奏)、ブラームスの交響曲第4番のライヴ録音(2012年10月、サンフランシスコ・ディヴィーズ・シンフォニー・ホール)、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『晴れたり曇ったり』を読み始めたりする。
 モーツァルトのピアノ協奏曲では、フライの清澄なピアノの音色が強く印象に残る。
 伴奏も達者だ。
 ブラームスの交響曲は、クラシック音楽を聴き始めた頃よく聴いたような、とてもオーソドックスな解釈の演奏。
 懐かしさを覚える。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、RTS音源でダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラが演奏したドヴォルザークの交響詩『野ばと』と交響曲第9番「新世界より」のライヴ録音(2014年8月19日、ルツェルン)を聴く。
 ハーディングとマーラー・チェンバー管のドヴォルザークは、クリアでシャープな演奏。
 「ボヘミアの郷愁」的な鄙びた感じとは対極的な音楽づくりで、爽快だ。


 夕飯後、『晴れたり曇ったり』を読み進めたり、『カルタ遊び その6』をアップしたり(前回の記事をご参照のほど)する。


 今日は、昭栄堂製菓株式会社の兵庫神戸パイを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み53円だったもの。
 メイプル風味のきいたスティックタイプのパイで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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カルタ遊び その6

 ふるごすふるごすあうかんとす

 ふるぎすふるぎすまるかんとす

 あぶるつけるとおふかんと

 いんもらしうすみのべうす

 ていらていんげおねすいだきしす

 もべりてあうねいおしおしす

 うるぶんそるげすひうあきんとるす

 みてもてているねすあうておす

 でねでねきおれきおれきあうす

 おるべるていおねしおでしとうです

 こんあみらあとすめうれきだあもす

 あんたきれえてすもうりこでいもす

 いおくるでいしすゆびらんと

 いおくるでいしすゆびらんと

 あめんとあめねすまきれくでうす

 るつかあるばすゆきででしす

 へろこんでいてすみおもてでんとす

 ふるごすふるごすあうかんとす

 ふるぎすふるぎすまるかんとす

 どなどねどるねのうびすぱあちえむ
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2014年08月21日

音楽を聴きながら作業を続けた一日(CLACLA日記)

 どんよりとした感じは増しつつも、青空と陽光の見えた一日。

 夕方以降だいぶん涼しさを感じるようにはなってきたが、日中はまだまだ厳しい暑さが続く。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 広島市北部の土砂災害。
 これ以上被害が拡大しないことを願うばかりだ。

 天皇皇后両陛下が静養の予定を全て中止したとのこと。
 くどくどとは記さないが、どうしても安倍首相のあり様と比較せざるをえない。


 昨夜、KBS京都でAKB48のオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時半過ぎまで仕事関係の作業を進めたりする。
 AKB48のオールナイトニッポンは、柏木由紀、横山由依、川栄李奈という一軍レギュラー陣の出演。


 午前午後と、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は』の手直しを行ったりする。


 塩田武士の『盤上のアルファ』<講談社>を読了する。
 筋運びとキャラクター設定がよく、ああ、面白かった!


 ヴァイオリンのアレクサンドレ・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴き、CDレビューをブログ等にアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 ほかに、カタルーニャ・ムジカ音源のエイヴィン・グルベルグ・イェンセン指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したメンデルスゾーンの序曲『フィンガルの洞窟』とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」のライヴ録音(2013年12月14日、ラショー・ド・フォン音楽ホール)、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、シカゴ交響楽団ラジオ音源のエサ・ペッカ・サロネン指揮シカゴ交響楽団が演奏したシベリウスの交響詩『ポヒョラの娘』と交響曲第7番のライヴ録音(2013年2月28日〜3月2日、シカゴ・オーケストラ・ホール)を聴く。
 イェンセンとローザンヌ室内管のベートーヴェンの交響曲といえば、以前NHK・FMで第4番のライヴ録音を聴いたことがあるが、このエロイカ・シンフォニーも、ピリオド・スタイルの影響がうかがえる軽快で見通しのよい演奏で、なかなか聴き心地がよかった。
 サロネンとシカゴ響のシベリウスは達者も達者、横綱相撲と呼びたくなるような安定した演奏だ。


 18時台に外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 帰りがけ、近くのコンビニで週刊文春の小林信彦の連載を立ち読みしたりもする。
 今回は、原爆に関する記憶が詳しく記されていた。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ゾルタン・コチシュ指揮ハンガリー国立フィルの来日コンサートのライヴ録音(2014年6月23日、サントリーホール)を聴く。
 リストのゲーテ記念祭の祝祭行進曲(第1稿に基づくコチシュ編曲版)とピアノ協奏曲第1番(金子美勇士の独奏)、愛の夢第3番(美勇士のアンコール)、ブラームスの交響曲第1番とハンガリー舞曲第1番&第10番などが放送されていた。


 続けて、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、Radio4音源のヨーン・ストルゴーズ指揮BBCフィルが演奏したシベリウスの交響詩『フィンランディア』と交響曲第2番のライヴ録音(2014年8月14日、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、桐衣朝子の『薔薇とビスケット』<小学館>を読み始めたり、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>の拾い読みをしたりする。
 『薔薇とビスケット』、面白し面白し。


 今日は、山崎製パンの吹雪まん(つぶあん)を食す。
 近くのグルメシティで、税込み64円に値下げされていたもの。
 おなじみ粒あんたっぷりの饅頭で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 畢竟、愚か者を支持し、許容し、黙認する者こそ、一番の愚か者である。
 一番の愚か者にはなりたくない!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのアルバム

☆サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他

 独奏:アレクサンドレ・ダ・コスタ(ヴァイオリン)
 指揮:マルツィオ・コンツィ
管弦楽:オビエド・フィラルモニア
<WARNER>2564628144


 スペインのオーケストラが充実している。
 経済的状況の悪化で知られるスペインだが、スペイン国立管弦楽団やRTVE(スペイン放送)交響楽団、マドリード交響楽団といった首都マドリードのオーケストラばかりでなく、定期演奏会の回数や指揮者の顔触れを見る限り、地方のオーケストラの活動も非常に活発である。

 一例を挙げればガリシア交響楽団。
 CDだと、村治佳織がソロを務めたロドリーゴのアランフェスの協奏曲の伴奏程度しか思い浮かばないが、楽団が公式にアップしているyoutubeの動画を観聴きすれば、その充実ぶりがわかると思う。
 先頃亡くなったロリン・マゼールとのマーラーの交響曲第1番「巨人」やスタニスラフ・スクロヴァチェフスキとのブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」もそうだし、トン・コープマンやリチャード・エガーとのピリオド・スタイル全開の演奏もそうだけど、アンサンブルとしてのまとまりのよさ、インティメートな雰囲気が実に魅力的なのである。
 技術的な高さ、ではなく音楽性の高さを持ったオーケストラだと評したい。

 オビエド市交響楽団を母体に、1999年に新たに設立されたオビエド・フィラルモニアにとってメジャーレーベル・デビューとなる、このサン・サーンスの作品集も、そうしたスペインの地方オーケストラの現状を象徴する一枚になっているのではないか。
 なお、CDの売れ行きを考慮してか、今回のアルバムは、ワーナー・レーベル売り出し中の若手ヴァイオリニスト、アレクサンドレ・ダ・コスタ独奏のヴァイオリン協奏曲第3番と交響曲第3番「オルガン付き」をカップリングの両端に置くという、「両A面」体制がとられている。

 で、まずはヴァイオリン協奏曲だが、モントリオール出身のダ・コスタは、別のアルバムのブックレット写真から受けるイメージとは異なり、流麗で細やかな美音が持ち味のように感じられる。
 パッションに任せてエネルギッシュにぐいぐいと音楽を動かす行き方に比べれば、線の細さは否めないが、その分サン・サーンスの音楽の持つ古典的な明晰さと旋律の美しさにはぴったりだ。
 その意味でも、有名な序奏とロンド・カプリチオーソのほうが、よりダ・コスタの特質に合っていると思う。
 コンツィ指揮のオーケストラは、若干粗さはありつつも、丁寧な伴奏を心がけている。

 一方、オーケストラがメインとなる交響曲第3番では、第1楽章後半がとても印象に残る。
 同じ楽章の前半部分や、第2楽章前半の早いパッセージ、そして後半の高揚する部分では、オーケストラの硬さ、表面的なならされなめされていなさが、どうしても気になるのだが、第1楽章後半部分の静謐で官能的な美しさには、やはり強く心魅かれる。
 この部分を聴くためだけでも、といえば大げさになるけれど、このアルバムの聴きどころの一つであることは疑いようがない。
 そして、管弦楽のための「ホタ・アラゴネーサ」。
 僅か5分にも満たない小品だが、スペイン趣味にあふれた陽気で軽快なのりで、オーケストラの本領が発揮されている。

 メインの作品のファーストチョイスとしてはお薦めしにくいものの、スペインのオーケストラの今を識るという意味では、外せないアルバムだろう。
posted by figarok492na at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

映画の打ち合わせを行った 『最後のクジラ』を読了した(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。
 ただし、豪雨による被害が各地で拡がっており、特に広島市では大きな土砂災害が発生していると報じられている。
 非常に心配だ。

 気温は今日も上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 昨夜、赤坂英一の『最後のクジラ』<講談社>を読了する。
 「大洋ホエールズ 田代富雄の野球人生」と副題にもあるように、大洋・横浜大洋ホエールズ(現DeNAベイスターズ)の最後の引退野手で、強打者として知られた田代富雄の半生を描いた一冊。
 と、まとめると著者の想い(田代富雄らへの深い愛情と、横浜ベイスターズ等経営陣への強い憤り)は伝わらないな。
 ここでは、華々しい活躍に到る現役時代と同じ重さで、二軍監督として充実した活動を行っていた田代富雄が、途中で解任された大矢明彦監督の代行に突然指名され苦闘する姿と、当時の横浜ベイスターズ経営陣の拙劣で人間性に欠けた球団運営が克明に描かれており、たとえベイスターズ・ファンならずともやるせなく、腹立たしい気分を抱かざるをえない。
(本書では実名は記されていないが、TBS出身で田代らに心ない仕打ちを行ったオーナーは若林貴世志である)
 また、高木由一や山下大輔、松原誠、クリート・ボイヤーらについて詳述されているのが実に嬉しい

 その後、ORF音源でリカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルが演奏したシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」から第1楽章(2014年8月15日、ザルツブルク祝祭大劇場)、BBC音源でネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズが演奏したベートーヴェンの交響曲第1番から第1楽章(2014年8月10日、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)と、マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団が演奏した同じくベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」から第1楽章(2014年8月9日、同)、KDFC音源でマイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第15番のライヴ録音を聴いたりしながら、4時近くまで仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の見直しを行ったりする。
 ネット音源の音質の悪さ(お風呂の中で演奏しているような、もわうわずった感じ)はある程度仕方ないと思っているのだけれど、ORFとBBCはちょっと辛いものがある。
 なので、今後はあまり手を出さないつもり。
 MMTのショスタコーヴィチは音で勝負というか、オーケストラをよくコントロールした、その意味で非常に優れた演奏だと思う。


 午前午後と、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、RTVEの動画でヘスス・ロペス=コボス指揮RTVE(スペイン放送)交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第5番と第6番「田園」から第1楽章のライヴ録画、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>を聴く。
 ロペス=コボスのベートーヴェンは、若干粗さはありつつも前進力と快活さに富んだ音楽づくりで、モダン楽器によるベートーヴェン演奏の見本だと思う。


 仕事関係の作業を進めたり、塩田武士の『盤上のアルファ』<講談社>を読み始めたりする。
 『盤上のアルファ』は筋運びが巧く、ついつい読み進めてしまう。


 さらに、RTVE音源でクラウディオ・アバド指揮モーツァルト管弦楽団が演奏したシューマンの歌劇『ゲノヴェーヴァ』序曲&交響曲第2番、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」のライヴ録音(2012年11月21日、ウィーン・ムジークフェライン大ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、『夏美の夏は』と『千春日和』の手直しを行う。


 20時過ぎに外出し、百万遍へ。
 まもなく撮影に参加する(すでに撮影は始まっているが)映画の監督さんと、共演する主人公役の演者さんと夕食をとりながら打ち合わせを行った。
 撮影がとても愉しみである。

 で、22時50分頃帰宅した。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月19日

古美術店で傷の入った皿を2枚購入した(CLACLA日記)

 晴天。
 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えるお天気。

 気温は上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 今回のシリア北部における日本人拘束事件の報道に、ふと中村震太郎大尉(他)の殺害事件を思い起こした。
 もちろん、中村大尉と今回拘束された人物とでは、立場その他大きな違いがあるのだけれど、事件の状況がなんとなく類似しているのである。
 いずれにしても、どうにも胡散臭く、きな臭い。
(中村震太郎大尉らの殺害事件とは、満洲事変直前、陸軍の中村大尉らが蒙古内の立ち入り禁止地域に身分を偽って入り、張学良支配下の軍隊によって殺害された事件)

 そして、新聞をはじめとした大手メディアは今回の事件をどう報道するだろうか。


 昨夜、大久保房男の『戦前の文士と戦後の文士』<紅書房>を読了し、赤坂英一の『最後のクジラ』<講談社>を読み始める。

 その後、カタルーニャラジオの音源でヤニク・ネゼ=セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼンとベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」(2013年8月16日、エディンバラ・アッシャー・ホール)、wgbh音源でアンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団が演奏した同じくベートーヴェンの交響曲第5番(2014年7月20日、タングルウッド・クーセヴィツキー・ミュージック・シェド)、マンフレート・ホーネック指揮ボストン交響楽団が演奏した同じくベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』序曲(2014年7月25日、同)、マーティン・パールマン指揮ボストン・バロックが演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲第4番とカンタータ第211番(コーヒー・カンタータ)の一部(2014年1月1日、ケンブリッジ・サンダーズ・シアター)のライヴ録音を聴きながら、4時半頃まで仕事関係の作業を進める。


 午前午後と、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、Radio4音源でトン・コープマン指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したヘンデルの組曲『水上の音楽』(2013年5月10日、クリーヴランド・セヴェランス・ホール)、rtve音源でマルクス・シュテンツ指揮ハレ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第1番から第1楽章(2013年11月27日、ノッティンガム・ロイヤル・コンサート・ホール)、マルチェロ・レーニンガー指揮ベルリン・ドイツ交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」から第1楽章とチャイコフスキーの交響曲第5番(2014年5月21日、ベルリン・フィルハーモニー)、wgbh音源でレーニンガー指揮ボストン交響楽団が演奏したチャイコフスキーの弦楽セレナードから第1、第2、第4楽章、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番(ジャン・イヴ・ティボーデの独奏)、シューマンの交響曲第4番から第1楽章(2014年8月1日、タングルウッド・クーセヴィツキー・ミュージック・シェド)のライヴ録音、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴く。
 コープマンとクリーヴランド管の『水上の音楽』は、いわゆるピリオド・スタイルがしっかり決まった演奏。
 それにしても、このオーケストラの達者なこと。


 仕事関係の作業を進める。
 ありがたいことだけれど、いろいろ予定が入っているときにかぎって急な用件が入るのはなぜか?


 17時台に外出し、烏丸方面へ。
 京都文化博物館前のアンティークショップに入り、年代物の小物、皿等を眺めつつ、アルバイトの人としばらく話をする。
 今後必要となってくることのための準備も兼ねて。
 ついでに、傷の入った小皿が安くなっていたので、2枚購入する。
 一枚は赤を基調とした柄で、もう一枚は青を使った柄のものだ。


 少し時間があったので、文化博物館のフィルムシアターで成瀬巳喜男監督の『あにいもうと』の冒頭部分(15分程度)をのぞかせてもらう。
 山本礼三郎、浦辺粂子、久我美子、京マチ子、森雅之と、主な顔触れが出切るまで。
 そういえば、フィルムシアターは夏の間無料なんだった。
 しまった!


 その後、仕事関係の予定をすませる。
 本格的な古美術店巡りは持ち越しなり。


 帰宅後、BBC(Radio3)音源でヴァシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルが演奏したエルガーの交響曲第2番から第1楽章(2014年7月31日、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)、マーティン・ブラビンズ指揮BBC交響楽団が演奏したウォルトンの交響曲第1番から第1楽章(2014年8月1日、同)、RTBF MUSIQ3音源でラルス・ウルリク・モルテンセン指揮コンチェルト・コペンハーゲンが演奏したヘンデルの『イェフタ』序曲、ヨハン・クリスティアン・バッハの交響曲、ハイドンの交響曲第34番、スウェーデン放送音源でダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』組曲(2012年9月8日、ストックホルム・ベルワルド・ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

木田元が亡くなった 氷で湯をなんとかしようという魂胆だろうか(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えた一日。

 気温も上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。
(暑さ寒さも彼岸まで、と言うけれど、夕方以降はだいぶん落ち着いてきたが)


 哲学者の木田元が亡くなった。85歳。
 ハイデッガーやフッサール、メルロ=ポンティの研究で著名だが、一方で幅の広い教養人、読書家としても知られ、著書も多数。
 その半生については、自著の『闇屋になりそこねた哲学者』<晶文社/ちくま文庫>が詳しい。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 シリア北部でイスラム過激派のイスラム国により日本人が拘束され、ネット上ではすでに処刑されたとの情報(憶測?)も流されている。
 拘束された人物の背景となるものを、いくつかネット上で目にしたが、民間軍事会社の代表という肩書きや人脈等々、なんとも曰く言い難い後味の悪さを感じる。
 それにしても、かつて自己責任論を展開した人たちは、今回の出来事に対してどのような反応を示すのだろうか。


 そうした中、氷川きよしが書類送検された。
 氷で湯をなんとかしようという魂胆だろうか。


 昨夜、RTSの音源でアダム・フィッシャー指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第31番「パリ」、サン・サーンスのチェロ協奏曲第1番(ソル・ガベッタの独奏)、ハイドンの交響曲第100番「軍隊」(2010年11月9日、ジュネーヴ・ヴィクトリア・ホール)、rtveの音源でジョン・アクセルロッド指揮スイス・イタリア管弦楽団が演奏したオネゲルの夏の牧歌とシューマンの交響曲第3番「ライン」から第1、第5楽章(2013年11月7日、ルガーノ会議場)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時40分過ぎまで『夏美の夏』や『千春日和』の見直しを行ったり、『カルタ遊び その4』をアップしたりする。


 午前午後と、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の見直しを行ったり、大久保房男の『戦前の文士と戦後の文士』<紅書房>を読み進めたり、『カルタ遊び その5』をアップしたりする。
 『戦前の文士と戦後の文士』を読みながら、さらに書くこと、表現することについて考える。


 夜に続いて、rtveの音源でグスターヴォ・ドゥダメル指揮ベルリン・フィルが演奏したストラヴィンスキーの小管弦楽のための組曲第1番、シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」、ストラヴィンスキーの組曲第2番、ベートーヴェンの交響曲第4番(2013年12月7日、ベルリン・フィルハーモニー)、アロンドラ・デ・ラ・パラ指揮スウェーデン放送交響楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』組曲(2013年11月28日、ストックホルム・ベルワルド・ホール)を聴く。
 シューベルトの交響曲は、第1楽章のゆったりとしたテンポ設定など、若干後づけというか、技巧的なものを感じた。


 続けて、NHK・FMの特別番組「吉田秀和が語ったモーツァルト」の1回目「−三大交響曲きき比べ−」を途中から聴く。
 長寿番組『名曲のたのしみ』の音源を利用したもので、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第40番やブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルが演奏した同じ曲の第1楽章、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏した交響曲第41番「ジュピター」の第1、第3、第4楽章などが放送されていたが、それより何より、吉田秀和の声と言葉を多めに聴くことができたのが嬉しかった。


 さらに、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴く。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 で、マンションを出ようとしたところで、通りがかりの女性に声をかけられる。
 駐車場に停まっている車の底に猫が入り込んで出られなくなっているのではないか、こここをお昼と今(夕方)、二度通りかかったけれど、ずっと鳴いている、とのことで、猫が出て来る気配はなく、家主さんの部屋の玄関に貼り紙をしておくことにした。
 なんとかなればよいが。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ピアノのティル・フェルナーとネヴィル・マリナー指揮NHK交響楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第22番のライヴ録音を聴く。


 しばらく間を置いて、wgbh音源でファンホ・メナ指揮ボストン交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第6番「昼」から第1楽章とベートーヴェンの交響曲第2番から第1楽章(2014年8月3日、タングルウッド・クーセヴィツキー・ミュージックシェド)、カタルーニャムジカ音源でヤニク・ネゼ=セガン指揮ロンドン・フィルが演奏したベルリオーズの歌曲集『夏の夜』から第1曲(サラ・コノリーのメゾ・ソプラノ)とサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(2014年3月26日、ロンドン・ロイヤル・フェスティヴァル・ホール)のライヴ録音を聴く。
 音質の問題はありつつも、こうして様々な演奏を聴くことができるのは本当に嬉しい。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『戦前の文士と戦後の文士』を読み進めたりする。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 目くらましには騙されたくないものだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月17日

ばったりびっくり!(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えるお天気の一日。
 久しぶりの陽光だった。

 気温も上昇し、暑さが厳しい。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 昨夜、NRK(ノルウェーのネットラジオ)の音源からニコラス・コロン指揮トロンヘイム交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第7番から第1と第4楽章のライヴ録音(2014年2?3?月27日、トロンヘイム・オラフ・ホール)や、RTS(スイスのネットラジオ)の音源から山田和樹指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」のライヴ録音(2014年4月8日、ローザンヌ・メトロポール・ホール)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は』や『千春日和』のちょっとした手直しを行ったりする。


 ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は』や『千春日和』のちょっとした手直しを行ったりする。


 中島岳志の『岩波茂雄』<岩波書店>を読了する。
 戦時下の岩波茂雄の抵抗とその限界が、本書の肝となるのではないか。
 そして、『原理日本』の蓑田胸喜や三井甲之によるファナティックな攻撃と岩波茂雄の対峙に関しては、明らかに現在の諸状況が意識されているものと僕には感じられた。
 読んでおいて本当によかった。


 続けて、大久保房男の『戦前の文士と戦後の文士』<紅書房>を読み始める。
 先日亡くなった『群像』の元編集長大久保房男による文章をまとめた一冊だ。


 17時過ぎに外出し、仕事関係の予定(用件)をすませる。

 その後、移動中ばったりがあって。
 とてもびっくりする。

 で、諸々あって帰宅が21時頃になった。
 いやあ、本当にびっくりした!


 帰宅後、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 京都学生演劇祭2014の観劇レポーターとなることが公表されたので、そのことに関する文章をアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都学生演劇祭2014の観劇レポーターとなりました

 すでにサイト上でも公開されていますが、この度京都学生演劇祭2014の観劇レポーターを務めることとなりました。
 基本的には前々回前回の学生演劇祭と同様、バランスはとりつつも自分自身の感覚に正直なレビューを記していきたいと考えています。
 ときに厳しい内容となるかもしれませんが、皆さんの今後の活動の一助となれば幸いです。
 何とぞよろしくお願いいたします。

 ところで、今回おなじみの顔触れ(石田さん、タカハシ君、高間上皇、そして中瀬)のほかに、龍谷大学1回生の徳本恵理さんが観劇レポーターに参加されて、僕は本当によかったと思います。
 一つには、同じ(年齢層の)学生さんに学生演劇がどう見えるのかということが非常に興味深いからです。
 そしてそれはまた、そもそも学生演劇祭とはいったい誰のために存在するものかという命題とも深くつながってくることではないでしょうか。
 もう一つには、もし徳本さんが応募されなかったとしたら、審査員、観劇サポーター(加えて、ユーストリーム中継に出演された学生演劇の先輩たち)全員が男性のみで占められることになってしまっていたからです。
 諸々事情はあるでしょうから、今回の結果に関しては、もちろん故意のものではないと信じています。
 ただ、様々な視点や社会性の担保という意味からも、学生演劇祭というパブリックで開かれた企画における審査評価に関しては、一方の性に偏ることのない人選が行われてしかるべきだとも僕は考えます。
(と、いうかもっと単純に、「男ばっかりて!」と違和感を覚えるんですよ)
 今年度は試行期間のためかとも思いますので、次年度以降は、女男老若バラエティに富んだ観劇レポーターが寄り集まることを心より願ってやみません。
 そうしたことについても留意しながら、観劇レポーターを務めさせていただければと思っています。

 なお、当方の勘違いで、公式発表以前に観劇レポーターに関するツイートをtwitter上で行ってしまい、学生演劇祭の実行委員会の皆さんや他の観劇レポーターの皆さん、さらには関係の皆さんにご迷惑をおかけしてしまいましたこと、改めて心よりお詫び申し上げます。
posted by figarok492na at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月16日

激しく強い雨の一日(CLACLA日記)

 激しい雨の一日。
 本当に激しく強い雨。
 時折雷鳴も轟く。

 それでも、五山の送り火は決行されたけれど。


 湿度が高い分、むしむしじめじめとして全く快ならず。


 気圧と湿度のダブルパンチ。
 身体が重たい。


 昨夜、Radio4でフランス・ブリュッヘン指揮オランダ放送室内フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」のライヴ録音(2006年3月6日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。


 午前中外出し、仕事関係の用件を片づける。
 それから下京図書館へ行き、『村上春樹 雑文集』<文藝春秋>、都築政昭の『黒澤明の遺言』<実業之日本社>、高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』(書き忘れていたけれど、<映画の仲間>は、岩波ホールのエキプ・ド・シネマを日本語訳したものだ)<岩波書店>、野口武彦の『幕末明治不平士族ものがたり』<草思社>、中澤日菜子の『お父さんと伊藤さん』<講談社>を返却し、予約しておいた中島岳志の『岩波茂雄』<岩波書店>、大久保房男の『戦前の文士と戦後の文士』<紅書房>、赤坂英一の『最後のクジラ』<講談社>、塩田武士の『盤上のアルファ』<同>、桐衣朝子の『薔薇とビスケット』<小学館>を新たに借りる。

 帰りがけ、雷鳴が轟き雨が降り始める。
 濡れた濡れた。
 でも、午後の大雨に比べれば、まだ大したことはなかったけど。


 帰宅後、rtveでグスターヴォ・ドゥダメル指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したマーラーの交響曲第7番「夜の歌」のライヴ録音(2013年11月14日、ロンドン・ロイヤル・フェスティヴァル・ホール)や、RTSでクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮スイス・ロマンド管弦楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第25番から第1楽章のライヴ録音(2004年4月21日、ジュネーヴ・ヴィクトリア・ホール)、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴く。
 ドゥダメルの「夜の歌」は、精緻に作品の骨格結構を掘り下げるというのではなく、エネルギッシュに一気呵成に突き進むといった感じの演奏。
 傷はあるけど、生なら興奮するだろうなあ。
 ドホナーニのモーツァルトは、ちょっと重いので第1楽章だけでパス。


 仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行って第3稿を完成させたり、『岩波茂雄』を読み始めたりする。
 『深雪またなん』は、まだゲネにはいたらず。


 夕方になって再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 京都学生演劇祭がらみでフライングのミスあり。
 反省しきり。


 夕飯後、NHKラジオ第1の『ワクテカ・ラジオ学園サタデー』を少し聴き、RTSでハンヌ・リントゥ指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『オルフェウス』と『プルチネッラ』組曲(2014年5月13日、ローザンヌ・メトロポール・ホール)を聴く。
 達者な演奏とまではいえないが、大好きな『プルチネッラ』を聴けるということでまずは満足。


 夕飯後、『夏美の夏は』と『千春日和』のちょっとした手直しを行い、『岩波茂雄』を読み進める。
 「リベラル・ナショナリストの肖像」と副題にもあるように、『岩波茂雄』は、岩波書店の創始者である岩波茂雄の生涯について、リベラル・ナショナリストという思想的立場、思想的背景について留意しつつ詳述した一冊である。


 今日は、ヤマザキのロボニャンのダブルケーキドーナツを食す。
 近くのグルメシティで、税込み40円に値引きされていたもの。
 ココア地と普通2種の中小ぶりなドーナツ2個で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

敗戦の日 映画の衣裳合わせを行った(CLACLA日記)

 日本の敗戦から69年が経った。
 戦争で犠牲となられた全ての方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

「歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願」う、天皇陛下。
 一方で、「平和への誓いを新たに」しながらも、「世界の恒久平和に、能うる限り貢献」することを強調し、不戦を誓わぬ安倍首相。
 いろいろと、本当にいろいろと考えることあり。


 青空は見えつつも、どんよりとしたお天気の一日。
 そして、夜になって雨が降り出す。
 強い降りだ。

 気温は今日も上昇し、蒸し暑さがとても厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 昨夜、KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポン(能年玲奈がゲスト)を聴いたりしながら、3時50分頃まで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 青空陽光が見えているうちにということで。
 乾き、思っていた以上によろし。


 Radio4でフランス・ブリュッヘン指揮オランダ放送室内フィルが演奏したハイドンの交響曲第102番、第103番「太鼓連打」、第104番「ロンドン」のライヴ録音(2005年9月17日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、中澤日菜子の『お父さんと伊藤さん』<講談社>を読み進めたりする。
 ブリュッヘンのハイドンは、音楽の旨味とブリュッヘンの特性魅力がよく絡み合い噛み合った演奏。
 細かな傷はありつつも、オランダ放送室内フィルもいいアンサンブルを聴かせてくれる。
 これは、ぜひとも生で聴いておきたかった。


 14時半過ぎに外出し、北白川の京都造形芸術大学へ。
 映画学科の卒業制作作品の衣裳合わせのためなり。
 関係者の皆さんと軽いあいさつをしたのち、衣裳合わせ、そして監督さん、出演者さんと撮影に向けた打ち合わせ(擦り合わせ)を行った。
 いい作品となるよう、こちらも努めたい。

 終了後、百万遍で仕事関係の用件を片づけ、河原町でも仕事関係の用件を片づけ、ついでに河原町オーパのブックオフで中古CD2枚(税込み1000円)を購入し、夕飯用の買い物をすませて、19時頃に帰宅した。

 そうそう、トイレがしたくてミーナの地階に寄ったとき、ミニチュアのアクアリウムコーナーがあって、ああいう小魚や甲殻類の類いを目にしているのが好きなのでしばらく立ち止まっていたのだけれど、中に小さな瓶にクマノミ(オレンジ色が主体で、白のラインに黒の縁取りが入った小さな魚。かわいい)が一匹だけ飼われているのがあって、しきりとガラスをつついていた。
 なんだか申し訳ないというか、切ないというか、哀しい気分になった。

 結局外出中は雨は降らず。
 これだったらバスではなくて、自転車で出かければよかった。


 帰宅後、購入したばかりの中古CD、ソプラノのナタリー・デセイがルイ・ラングレ指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の伴奏で歌ったモーツァルトのアリア集<Virgin>を聴く。
 デセイの伸びがあって澄んだ美声を存分に愉しむことができる一枚だ。


 途中夕飯を挟み、NHKラジオ第1で、奈良岡朋子による井伏鱒二原作の『黒い雨』の朗読ライヴの再放送を聴く(途中まで)。
 ライヴによる傷はありながらも、奈良岡さんの朗読に改めて感心し感嘆する。
 8月15日に相応しい内容だとも思う。


 続けて、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<EMI>、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴く。
 ラトルのブルックナーは、作品の持つ叙情性やロマンティシズムにも充分に配慮しつつも、見通しがよくて重たるさのない演奏に仕上がっている。
 残念なのは、いつもの如きEMIレーベルのくぐもってがしがしじがじがとした音質。
 演奏の特性魅力と全く合っておらず、聴いていて本当にもどかしい。


 夕飯後、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行う。


 『お父さんと伊藤さん』を読了する。
 ああ、面白かった!


 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>の拾い読みもした。
>日本国民は、今、初めて「戦争」を経験している。
 戦争は文化の母だとか、「百年戦争」だとかいって戦争を讃美してきたのは長いことだった。僕が迫害されたのは「反戦主義」だという理由からであった。
 戦争は、そんなに遊山に行くようなものなのか。
 それを今、彼らは味っているのだ。
 だが、それでも彼らが、ほんとに戦争に懲りるかどうかは疑問だ。
 彼らは第一、戦争を不可避なものだと考えている。
 第二に彼らは戦争の英雄的であることに酔う。
 第三に彼らに国際的知識がない。知識の欠乏は驚くべきものがある。
 当分は戦争を嫌う気持ちが起ろうから、その間に正しい教育をしなくてはならぬ。
 それから婦人の地位をあげることも必要だ。
 日本で最大の不自由は、国際問題において対手(あいて)の立場を説明することができない一事だ。日本には自分の立場しかない。この心的態度をかえる教育をしなければ、日本は断じて世界一等国となることはできぬ。
 総ての問題はここから出発しなくてはならぬ<
(1945年1月1日条より)


 今日は、ヤマザキのフルーツロール・マンゴーを食す。
 近くのドラッグランドひかりで、半額引き、税込み49円だったもの。
 マンゴークリーム入りのクリームを巻き込んだロールケーキ一切れで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

書くことについて考えて(CLACLA日記)

 どんよりとした感じの強いお天気。

 気温も上昇し、むしむしと蒸し暑さがとても厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 オランダ出身のリコーダー奏者、フラウト・トラヴェルソ奏者、指揮者のフランス・ブリュッヘンが亡くなった。79歳。
 詳しくは、前々回の記事(『フランス・ブリュッヘンのこと』)をご参照のほど。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 沖縄の米軍普天間飛行場の移設計画に関し、防衛省が名護市辺野古での海底ボーリング調査に向けたブイの設置を始めた旨、報じられている。
 いろいろと考えることあり。


 昨夜、ちょっと後味の悪いことあり。
 自省あるのみ。

 その後、Radio4(やyoutube)でブリュッヘン指揮オランダ放送室内フィルが演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータ第80番「われらが神は堅き砦」、メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」、ヨーゼフ・シュトラウスの『とんぼ』のライヴ録音(2013年7月14日、アムステルダム・コンセルトヘボウ/オランダ放送室内フィルの解散コンサートでもあった)を聴いたりしながら、4時少し前まで『深雪またなん』の筆入れを行ったり、仕事関係の作業を進めたりする。


 午前午後と、Radio4でブリュッヘン指揮18世紀オーケストラが演奏したグルックのバレエ音楽『ドン・ジュアン』抜粋、ハイドンの協奏交響曲、モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」(1984年12月3日、同)、バッハの「音楽の捧げ物」から6声のリチェルカーレ、ラモーの『ボレアード』組曲、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」&歌劇『皇帝ティトゥスの慈悲』序曲(1986年1月1日、同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行ったり、『フランス・ブリュッヘンのこと』や『カルタ遊び その3』(前回の記事をご参照のほど)をアップしたり、中澤日菜子の『お父さんと伊藤さん』<講談社>を読み進めたりする。
 ブリュッヘンと18世紀オーケストラが活動を始めて間もない頃の演奏は、快活で生気に満ちている。
 特に、劇性に富んで活き活きとした「プラハ」の面白いこと面白いこと。
 これはぜひ、生で聴いておきたかった。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの特集『ヨーロッパ夏の音楽祭2014』で、ルツェルン・イースター音楽祭から、アンドラーシュ・シフ指揮カペラ・アンドレア・バルカ他が演奏したベートーヴェンのミサ・ソレムニスのライヴ録音(2014年4月9日、ルツェルン文化会議センター・コンサートホール)を聴く。


 続けて、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>、Radio4でブリュッヘン指揮オランダ放送室内フィルが演奏したフォーレの組曲『マスクとベルガマスク』、ハイドンの交響曲第82番「熊」のライヴ録音(2012年3月9日、フレデンベルク)を聴く。
 『マスクとベルガマスク』は、フォーレの作品の旋律の優美さ、たおやかさ、秘めた官能性がよく表わされた演奏だと思う。
 一方、ハイドンはじっくりゆったりと歌い込んだ演奏で、通常とは異なり不思議というか、ある種神秘的で妖しい美しさすら感じる。


 今日は、オイシスのもちもちオムレットオレンジショコラを食す。
 もちもちとした食感のココア生地でオレンジカスタードクリームとチョコホイップクリームを包んだオムレットタイプのケーキで、まあまあ美味しうございました。
 近くのローソンストア100で、50円引きだったもの。
 ごちそうさま!


 書くということを考える。
 何をどう書くかということについて考える。
 考えているうちにいてもたってもいられなくなってきて、駄文を重ねてしまっている。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルタ遊び その3

 むべなるかな。
 元禄八年の冬、母方の伯父である鳥取藩の国家老荒尾氏のもとに身を寄せていた俊藤修理は、かつての同輩十河弾正より届いた書状に目を通し、そう嘆息した。
 書状には、播磨国三日月藩三万石の藩主で先頃奏者番に任ぜられたばかりの高遠摂津守有宇が江戸藩邸において激高した家老職の塩見豊後によって刺殺されたこと、さらにはそれがすでに御公儀の耳にも達し、三日月藩の改易が免れぬだろうことが記されていた。
 弾正は、摂津守の日頃の言行が今度の御沙汰につながったものとも付け加えていた。
 幕政進出の野望を胸に、策謀の限りを尽くしておられたあの方がこうも易々と亡くなるとは。
 世の中とは、なんと不可思議なものか。
 と思う反面、修理は因果応報、当然至極とも考えざるをえなかった。
 あの方は、一度たりとて腹の底から笑ったことのないお方だった。
 目の底はいつも笑ってはおられなかった。
 人を利用する術はよく心得られておられても、人の心を動かす術は全く心得られておられなかった。
 それがまた、家臣一同ばかりか、民百姓にまで見抜かれてもいた。
 しかも、家臣が諫言を重ねれば諫言を重ねるほど不機嫌の度合いを増し、結果身近な場所より遠ざける始末だった。
 一度丹後宰相頼尋卿よりその姿勢を厳しく叱責されたる際も、ただただ自らの手元の扇子を見つめるばかりで言葉もなく、頼尋卿立ち去りしあとは、あの老候を失脚させる手立てはないものかと俄然怒りの声を上げ、塩見豊後の心を強く苦しめたものだ。
 その塩見豊後があの方を殺したのである。
 何か途方もないことが起ったに違いない。
 と、修理は思い到らざるをえなかった。
posted by figarok492na at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | カルタ遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フランス・ブリュッヘンのこと

☆フランス・ブリュッヘンのこと


 昔、四条通から木屋町通を南側・五条京都駅方面に少し入ったところに、コンセール四条というクラシック音楽専門のレコード・ショップがあった。
 大学に入ってすぐのことだから、もう25年以上も前になるか、長崎にいた頃から『レコード芸術』の広告で見知っていたこの店に僕は足を運び、アルバイトを募集していませんかと突然口にした。
 お店のご主人は、「今、人が足りてるんですよ」と申し訳なさそうに応えたが、こちらがあまりに無念そうな表情をしているからだろう、「本来一人でやるものだから、アルバイト料は払えませんが、試しに物販の手伝いをしてみますか。まあ、手伝いといっても長椅子を並べたり片づけたりする程度だけど」と言葉を続けた。
 そうして手伝いに出かけたのが、完成したばかりの京都府長岡京記念文化会館で開催されたフランス・ブリュッヘン指揮18世紀コンサートの来日コンサート(1988年5月20日。このコンサートがこけら落としだったかもしれない)だった。
 物販の手伝いなのだから、当然音楽のほうは聴けないと思い込んでいたら、ご主人が1曲目のハイドンの交響曲第86番が終わったところで、「協奏曲だけど聴いてきたらいいよ」と言ってくれたのである。

 ブリュッヘンが亡くなったことを知ってすぐに思い出したのも、あのときのことだ。
 あのときは、コンラート・ヒュンテラーがソロを務めたモーツァルトのフルート協奏曲第1番を聴くことができたのだが、初めて生で接するオリジナル楽器の質朴な音色を愉しんだという記憶が残っている。
 その後だいぶん経ってから、ヒュンテラーとブリュッヘン&18世紀オーケストラはモーツァルトのフルート協奏曲集のCDをリリースしたのだけれど、あの時ほどの感慨を覚えることはなかった。
(その間、ヨーロッパ滞在中にオリジナル楽器による演奏や、ピリオド・スタイルによる演奏に慣れ親しんだということも大きいと思う)
 それにしても、ブリュッヘンの実演に接することができたのは、結局あの一曲限りになってしまった。

 1934年10月30日にアムステルダムで生まれたフランス・ブリュッヘンは、はじめリコーダー、フラウト・トラヴェルソ(フルートのオリジナル・スタイルで、まさしく木管)の名手として活躍した。
 その後、指揮者に転じ、1981年にはオリジナル楽器のオーケストラ、18世紀オーケストラを結成し、母国オランダのPHILIPSレーベルから数々のCDをリリースするなど、世界的に脚光を浴びた。
 また、モダン楽器のオーケストラの指揮にも進出し、最晩年には新日本フィルとも何度か共演を果たしていた。

 ブリュッヘンの音楽の特徴をどう評するべきか。
 ちょっと観念的な物言いになって嫌なのだが、それは、リコーダーにせよフラウト・トラヴェルソにせよ、指揮にせよ、彼自身が信じる音楽の真髄(神髄)を綿密真摯に再現するということに尽きるのではないか。
 例えば、同時期にオリジナル楽器の一方の雄として立ったニコラウス・アーノンクールのような、激しい強弱やアクセントの変化を多用してアクの強い音楽を確信犯的に再現する行き方とは、一見対極にあるように感じられるブリュッヘンだが、その実、自らの核となるものを遮二無二再現するという意味では、やはり相似たものを僕は感じずにはいられない。
 オリジナル楽器とモダン楽器の共演というコンセプト云々以前に、音楽の持つ尋常でなさとブリュッヘンの意志の強さとが絡み合ったベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」、青空の中に薄墨色の雲が時折混じっていつまで経っても消えないようなシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」、ハイドンの音楽の活き活きとした感じがよく表わされた交響曲第86番&第88番<いずれもPHILIPS>。
(表現のあり様の違い、オーケストラの向き合い方の違いもあって、ブリュッヘンはアーノンクールやロジャー・ノリントンらほどには、いわゆるメジャー・オーケストラとは共演していないのではないか。その分、オランダ放送室内フィルやノルウェーのスタヴァンゲル交響楽団といったオーケストラと興味深い演奏活動を繰り広げてもいたが)

 ただし、僕自身は、ブリュッヘンのあまりよい聴き手だったわけではない。
 と、いうのも一つには、ブリュッヘン指揮のCDのほぼ全てがライヴ録音によるものだったからだ。
 単に好みの問題ではあるのだけれど、初めの頃のような拍手つきの一発録り(たぶん)ならばまだしも、ライヴ録音を継ぎ接ぎするという行為になんとも曰く言い難い割り切れなさを感じる。
 おまけに、交響曲第29番&第33番<PHILIPS国内盤>での弦楽器のみゅわみゅわみゅわみゅわした音色がどうにも気持ち悪く、以来ブリュッヘンのCDは敬遠しがちだった。

 それならば実演で。
 と、いうことになりそうなのだが、上述したヨーロッパ滞在中(1993年9月〜1994年3月)にもブリュッヘンの生のコンサートに接する機会はなく、それ以降も結果としてブリュッヘンの実演を耳にする機会は逸してしまった。

 数年前、最初の新日本フィルへの客演が決まった頃から、音楽関係の何人かの方に「ブリュッヘンはもう危ない」といった趣旨の話を聞かされていた。
 昨年の来日が告別の挨拶代りのものであったということや、18世紀オーケストラの解散、それからyoutubeでアップされた彼の最近の姿を目にし、その音楽を耳にするに、彼の死は充分予想されたものだった。
 だから、先日のロリン・マゼールの死ほどに激しい驚きを与えられることはなかった。
 けれど、何か大きなものを失ってしまったという重さを強く感じたことも事実である。
 そしてそれは、彼の実演を避けて来た自分自身のとり返しのつかなさ、深い後悔とも大きくつながっている。

 昨夜、彼の死を知ってから、2013年7月14日にアムステルダム・コンセルトヘボウで行われたオランダ放送室内フィルの解散コンサートでの演奏をRadio4の音源とyoutubeにアップされた動画で繰り返し聴いた。
 マルティン・ルターによる讃美歌『神はわがやぐら』を引用したヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータ第80番とメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」には、音楽的な関連性云々ばかりでなく、オランダ放送室内フィル解散への「プロテスト」を感じる。
 そして、日本の最後の客演でも演奏されたアンコールのヨーゼフ・シュトラウスの『とんぼ』。
 幾重にも別れを告げているかのようで、なんとも美しく哀しい。

 深く、深く、深く、深く黙祷。
posted by figarok492na at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月13日

カルタ遊び その2

「房子さまはそうおっしゃって、部屋をお出になりました」
「それじゃあ、房子さんは部屋を出たと言うんだね」
「はい」
「房子さんにはそういうところがあるからなあ」
「そういうところってどういうところよ」
「だって、そりゃ。永井さん。永井さん、永井さん」
「この人なら寝てますよ」
「たぶんお疲れになられたんでしょう」
「なんだかんだ言っても、もう八十過ぎの老人だからなあ」
「おい、何か言ったかい」
「いいえ、何も」
「警部、失礼します。庭のほうを調べましたが、櫟さんと思しき足跡は一切ありませんでした」
「ううん、そうか。それでは、房子さんはどこへ行ったんだろう」
「そういえばあなた、前にも一度こういうことがあったじゃありませんの」
「そうそう、あったなあ。あれは、叛乱事件の前の日のことだった」
「叛乱事件ってなんのこと」
「ニ・二六事件のことだよ。伊勢君、君もあのとき櫟さんのお屋敷にいたんだろう」
「ええ、いましたが。しかし」
「そ、そ、その話を、ぼ、ぼ、ぼくに聞かせていただけませんか」
「それよりも、房子さんの行方を探すことが先じゃないのかね」
「まあ、汚い。テーブルがフケだらけ」
「あっはっは。等々力さん、房子さんなら大丈夫ですよ。ねえ、そうでしょう伊勢さん」
「まあ、そうですね。ねえ、芝山君」
「はあ、実はその、房子さまはですね、すぐそこに」
「えっ!!!!!!!!」
posted by figarok492na at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | カルタ遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローレン・バコールが亡くなった(CLACLA日記)

 アメリカの俳優、ローレン・バコールが亡くなった。89歳。
 モデルから映画界に入り、『脱出』でデビュー。
 共演者のハンフリー・ボガートと結婚した。
 その後も、『三つ数えろ』や『キー・ラーゴ』、『百万長者と結婚する方法』、『オリエント急行殺人事件』など数々の作品に出演する。
(ほかに、『死海殺人事件』や『ミザリー』にも出演していたはずだ)
 スレンダーな姿態と鋭く美しい容貌、ハスキーボイスで知られた。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 晴天からどんよりとした感じへ。

 気温は上昇し、暑さがとても厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 昨夜、Radio4でサカリ・オラモ指揮BBC交響楽団が演奏したベートーヴェンの『エグモント』序曲(2014年8月7日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)、ティエリー・フィッシャー指揮BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団が演奏したラヴェルの高雅にして感傷的なワルツとラ・ヴァルス(2014年7月27日、同)、ブロドスキー・カルテットが演奏したドビュッシーの弦楽4重奏曲と亜麻色の髪の乙女(1998年4月20日、ティルブルグ大学)、ピアノのアミール・テベニキンが演奏したブラームスの8つの小品作品番号76、リストの『さまよえるオランダ人』によるバラードとハンガリー狂詩曲第15番「ラコッツィ行進曲」(2014年1圧11日、ブレーメン放送ホール)のライヴ録音を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。

 作業の合い間、文章のエチュードなどと称して原稿用紙2枚分の駄文を即興で書く。
 詳しくは、前回の記事(『カルタ遊び』その1)をご参照のほど。


 朝早くから、諸々かまびすしい。
 腹立たしいかぎり。


 午前午後と、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>(2回)や、Radio4でアンドレア・オロスコ=エストラーダ指揮hr交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第59番「火事」とチェルハの管弦楽のための「日記」(2014年2月7日、フランクフルト・アルテ・オーパー)、アダム・フィッシャー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第6番「田園」&第7番(2014年1月10日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行ったりする。


 野口武彦の『幕末明治不平士族ものがたり』<草思社>を読了する。
 内容自体は面白いが、ちょっと女性観が古いなと思ったりもした。


 17時台に外出し、メガネ・ショップでメガネのメンテナンスを行う。
 その後、夕飯用の買い物をすませて、18時45分に帰宅した。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの特集『ヨーロッパ夏の音楽祭』で、第3回ユトレヒト国際室内音楽祭から、ヴァイオリンのジャニーヌ・ヤンセンを中心としたアンサンブルによる室内楽コンサートのライヴ録音(2014年6月25日、ユトレヒト チボリ・フレデンベルク大ホール)を聴く。
 ショスタコーヴィチの弦楽8重奏のための2つの小品、ヴァインベルクのピアノ3重奏曲、メンデルスゾーンの弦楽8重奏曲が演奏されていた。


 続けて、サン・サーンスのCDを聴く。


 夕飯後、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行ったり、中澤日菜子の『お父さんと伊藤さん』<講談社>を読み始めたりする。
 『お父さんと伊藤さん』は、まず地の文章の巧さを感じる。
 地の文章が苦手な人間にとっては、とても気になるところなのだ。


 今日は、オイシスの半熟チーズスフレを食す。
 近くのローソンストア100で、50円引きになっていたもの。
 チーズ風味のきいた柔らかい食感のスフレで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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カルタ遊び その1

 お芝居や音楽にエチュードがあるように、文章にだってエチュードがあっていいじゃないか!
 なあんてもったいはいらないわけで。
 作業を進めていると、どうにもそこから先に進めない状況に陥ることもありまして。
 で、息抜き代わりに、原稿用紙2枚分800字の脈絡のない断片を、気が向いたときに即興で書いていこうかと思った次第。
 内容のひどさは言うまでもなく。
 あくまでも中瀬宏之自身のためのエチュードということでここは一つご勘弁のほど。
 ちなみに、『カルタ遊び』というのは以前書き始めて途中で断念した連作掌篇のタイトルをスライドさせたものですので悪しからず。


**********


 『カルタ遊び』は、ストラヴィンスキーが一九三六年に作曲した三場のバレエ音楽であり、ロッシーニの歌劇『セビリャの理髪師』序曲をはじめ、様々な音楽がパロディ的に引用されている。

 そこまで記して、木嶋は筆を置いた。
 ここから先はCDを聴いてみないことにはわからない。世の中には、CDを聴かずしてCDレビューをものしてみせようとする猛者もいるらしいが、いくら文章書きが仕事とはいえ、クラシック音楽ときたらあいにくこちとらずぶの素人、そんな馬鹿な真似はできるわけがない。
 それにしても、このコンスタンチン・コンスタンチノヴィチ・ストロガノフスキーという指揮者ときたらどうだ。乃木大将かボニージャックスのメンバーかと言いたくなるような村夫子然とした面構えではないか。ドベチンスク交響楽団というオーケストラの名前もまたロシアの田舎田舎しているし。
 はたして両者はどんな演奏を披歴しているのだろうか。
 などと、木嶋はCDのブックレットを睨みつけながら一瞬物想いにふけった。

 と、そのときだ。
 窓の外から、女の悲鳴が聞えてきた。
「助けて、助けて、斎藤道三よ」
 木嶋は、あまりにあまりな言葉ゆえ、思わず手にしたCDブックレットをぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃと丸め捏ねた上で、びりびりびりびりと引き裂いてしまった。
「畜生、何馬鹿なこと言ってやがる。てめえは人間じゃねえやたたっ斬ってやる」
 木嶋は座右に置いた胴田貫をさっと手に取ると、やおら戸外へ出ていこう。
 としたところで、恐るべし、ほわほわほわほわあと鳴り轟く法螺貝の音。
 ああ、そはきっと斎藤道三の軍勢。
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2014年08月12日

ロビン・ウィリアムズが亡くなった 日航機墜落から29年(CLACLA日記)

 アメリカの俳優、ロビン・ウィリアムズが亡くなった。63歳。
 はじめスタンダップ・コメディアンとして人気を博し(ジュリアード音楽院などで専門に演技を学んでいたが)、その後テレビ、映画と活動の幅を拡げていった。
 『ガープの世界』、『ハドソン河のモスコー』(ロビン・ウィリアムズ初期の傑作だが、日本では劇場未公開)、『グッドモーニング,ベトナム』、『いまを生きる』、『レナードの朝』、『フィッシャー・キング』、『フック』、『ミセス・ダウト』、『バードケージ』、『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』、『パッチアダムス トゥルー・ストーリー』等々、数多くの作品に出演した。
 一時薬物やアルコール依存で苦しみ、最近もうつ状態にあり、自殺とも報じられている。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 日航ジャンボ機の墜落事故(乗客乗員520人が亡くなられた)から、29年が経った。
 犠牲となられた全ての方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 昨夜、たまたま坂本九ちゃんの『上を向いて歩こう』を歌ったんだった。
 哀しい。


 昨夜、Radio4でフォーレ・カルテットが演奏したリヒャルト・シュトラウスのピアノ4重奏曲、ブラームスのピアノ4重奏曲第1番、シューマンのピアノ4重奏曲から第3楽章のライヴ録音(2014年5月10日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 フォーレ・カルテットは、以前実演に接したことがあるが、そのときと同様、多少の傷はなんのその、活き活きとしてスリリングな演奏を披歴している。
 リヒャルト・シュトラウスも、ぜひ生で聴いてみたい。


 午前午後と、Radio4でヴァシリー・ペトレンコ指揮ヨーロッパ連合ユースオーケストラが演奏したショスタコーヴィチの交響曲第4番のライヴ録音(2014年8月5日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)や、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、野口武彦の『幕末明治不平士族ものがたり』<草思社>を読み進めたりする。
 ショスタコーヴィチの交響曲第4番は一筋縄ではいかない大曲だけれど、ペトレンコは若いオーケストラをよくコントロールして間然としない演奏に仕上げている。


 夕方になって外出し、かかりつけの病院へ行き、スギ薬局で薬を受け取る。
 ついでに、夕飯用の買い物もすませる。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの特集『ヨーロッパ夏の音楽祭』で、今年のスティリアルテ音楽祭からニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンのライヴ録音(2014年7月5日、グラーツ シュテファニエン・ザール)を聴く。
 モーツァルトの交響曲第39番から第1楽章、第40番、第41番「ジュピター」、ということで、先日Radio4のオンデマンド音源で聴いたものと同じではないか(収録日が異なるが、Radio4のほうが間違っていると思う)。
 アーノクールらしい癖の強い、強弱のはっきりした、しかし真摯で誠実な演奏である。
 と、感想も基本的には以前聴いたときと同じだ。
 時間の関係で、第39番が全曲放送されていないのが惜しい。


 続けて、Radio4でアイヴァー・ボルトン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団が演奏したモーツァルトの歌劇『クレタの王イドメネオ』からバレエ音楽、ピアノ協奏曲第17番(クリスティアン・ベザイデンホウトの独奏)、セレナード第3番による交響曲のライヴ録音(2014年8月3日、ザルツブルク・モーツァルテウム)を聴く。


 夕飯後、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行ったり、『幕末明治不平士族ものがたり』を読み進めたりする。
 『深雪またなん』に関しては、いろいろと迷っている。
 一日で原稿用紙2枚分程度しか進めきれていない。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 たまにはドライブに行きたいなあ…。
 って、免許は持ってないけどさあ…。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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人と人との繋がりや交わりについて想い、考えた(深夜のCLACLA)

 台風一過、と言うほどの晴天ではないけれど、一応青空の見えた一日。
 夜には、雲間に月も見えていた。

 気温はそれなりに上昇したが、湿度が低い分、しのぎやすかった。
 それでも、皆さんくれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 夏の甲子園が開幕する。
 京都代表の龍谷大平安は初戦敗退という残念な結果に終わってしまったが。


 Radio4でフォルテピアノのクリスティアン・ベザイデンホウトを中心としたアンサンブルによるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの室内楽曲4曲(2014年7月28日、ロンドン カドガン・ホール)、ピンカス・スタインバーグ指揮オランダ放送フィル他が演奏したプッチーニの歌劇『トスカ』第3幕(2012年5月19日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)のライヴ録音を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの室内楽曲は、時折音楽の冗談も仕掛けられたりしていて、会場が大きな笑いに包まれていた。
 名手ベザイデンホウトらの演奏もインティメートで万全なものだった。
 『トスカ』は、けれん味の少ない歌唱に加え、ピンカス・スタインバーグのオペラ職人ぶりを発揮した手堅い音楽づくりも印象に残る。
 それにしても、プッチーニは巧い。


 午前午後と、Radio4でドナルド・ランニクルス指揮BBCスコティッシュ交響楽団が演奏したヴォーン=ウィリアムズのトマス・タリスの主題による幻想曲、マーラーの交響曲第9番のライヴ録音(2014年8月4日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)や、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。
 ランニクルスとBBCスコティッシュ交響楽団の演奏は、彼らの共同作業の好調ぶりが表われた充実した内容だった。


 高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』<岩波書店>を読了する。
 後半駆け足になっていくあたりに高野さんの健康状態がうかがえたりもして、いろいろと考えてしまう。


 続けて、野口武彦の『幕末明治不平士族ものがたり』<草思社>を読み始める。


 夕方、仕事関係の予定をすませる。


 その後、20時に外出し、大切な予定をすませる。
 人と人との繋がり、交わりについて想い、考えたりもした。
 自分自身は誠実に謙虚に生きられているか。


 以上、8月11日の日記。


 で、1時少し前に帰宅する。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月10日

台風直撃(CLACLA日記)

 台風11号が直撃し、京都は午前から午後にかけ激しく雨が降り強い風が吹く。
 その後もどんよりとしたお天気が続く。

 気温は下がったものの、湿度が高い分、じめじめとして快ならず。


 気温と湿度のダブルパンチで、今日も体調が芳しからず。


 落合賢監督の『太秦ライムライト』が、モントリオールで開催されたファンタジア国際映画祭で最優秀作品賞に選ばれ、昨年谷口正晃監督の『父のこころ』の現場でご一緒させていただいた福本清三先生が最優秀主演男優賞に選ばれたとのこと。
 本当におめでとうございます!
(福本先生に関しては、小田豊二による二冊の聞き書き『どこかで誰かが見ていてくれる』と『おちおち死んでられまへん』<ともに集英社文庫>が詳しい。ぜひご一読のほど)


 昨夜、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時半過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 9時台に目が醒める。


 Radio4でマーク・エルダー指揮ロッテルダム・フィルが演奏したマーラーの交響曲第5番のライヴ録音(2014年1月10日、ロッテルダム デ・ドゥーレン)、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンティ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」<WARNER>、カルミナ・カルテットが演奏したドヴォルザークの弦楽4重奏曲第12番「アメリカ」<SONY/BMG>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』<岩波書店>を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 雨がやんでいたので、自転車で出かけることができた。


 夕飯後、再びサン・サーンスのCDを聴き、Radio4でイルジー・ビエロフラーヴェク指揮BBC交響楽団が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第10番のライヴ録音(2014年7月23日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール、プロムス)を聴く。
 ビエロフラーヴェクもそろそろ巨匠扱いになるのだろうか。
 クラシック音楽を聴き始めた頃の、『N響アワー』で目にした野暮たい指揮ぶりが今も記憶に残っているため、今一つピンとこないのだけれど。
 ただし、勘所をよく押さえた音楽づくりとBBC響の達者さもあって、この演奏はなかなかの聴きものだった。


 『深雪またなん』の筆入れを行ったり、『岩波ホールと<映画の仲間>』を読み進めたりする。
 『深雪またなん』は言葉の選択に難渋する。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 夜郎自大、忌むべし。
 自省あるのみ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

長崎への原爆投下から69年が経った(CLACLA日記)

 アメリカ政府による長崎市への原子爆弾の投下から69年が経った。
 犠牲となられた全ての方々へ、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 日本政府が推し進めている集団的自衛権の行使容認や武器輸出、さらには原発の再稼働への危機感に言及した被爆者代表の城台美弥子さんや田上富久長崎市長の言葉に心を強く動かされる。
 一方で、安倍総理の言葉の上っ面さ薄っぺらさ。
 本当に腹立たしい。

 そういえばNHKのラジオ第1では、午前11時2分から1分間の黙祷の時間に気象情報が流されていた(11時2分になったところでラジオをいったん消す)。
 台風11号の接近中だけに仕方がないと思う反面、なぜこの1分間を外すことができなかったのか、そこまで切迫した状態だったのか、編成なりニュースセンターなりは11時2分という時間にしっかり思いが到っていたのか、とも思わざるをえない。


 台風11号が接近し、雨と風の強い一日となる。

 気温は上昇せず、涼しい感じが強い。
 ただし、気圧と湿度のダブルパンチで、体調が芳しからず。


 昨夜、KBS京都でアルコ&ピースのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時半頃まで『深雪またなん』の筆入れを行う。


 上述した気圧と湿度の関係もあって、朝早く起きることができず。
 10時半過ぎになって起きて、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』<岩波書店>を読み進めたりする。


 Radio4でトーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第39番&第40番&第41番「ジュピター」のライヴ録音(2013年12月20日、ハンブルク・ライスハレ)、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴く。
 ヘンゲルブロックのモーツァルトは、ピリオド・スタイルを援用したスピーディーで活き活きとした聴き心地のよい演奏。
 実に愉しい。


 17時半頃外出し、烏丸五条(烏丸通から万寿寺通を河原町寄りに少し入ったところ)の居酒屋タナゴコロへ。
 笑福亭羽光×ハラショー二人会「酔拳」を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 旧知のハラショーや羽光さん、来場の高間響上皇(笑の内閣)と話しを少し。

 終了後、仕事関係の用件をすませ、21時台に帰宅する。


 帰宅後、NHK・FMの『クラシックの迷宮』の終わりのほうを聴く。
 生誕100年を記念して、先週に続き早坂文雄の作品が放送されていた。


 続けて、同じNHK・FMの「FMシアター」で『父の代理人』(今井雅子作。今井さんは、『パコダテ人』や『てっぱん』の書き手でもある)を聴く。
 20年間音信のなかった父(兄)が生活保護を申請することとなって…。
 代理人と、息子やその嫁、娘、弟や妹のやり取りを通して、生活保護(法改正)の問題を巧みに描いた作品。
 強い怒りや憤りをストレートに表現しつつ、滑稽な語り口を保っている点にも好感を抱く。
 これは聴きものだった。
 出演は三谷幸喜の作品でもおなじみ今井朋彦(声でわかった)他。


 仕事関係の作業を進める。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笑福亭羽光×ハラショー二人会「酔拳」

☆笑福亭羽光×ハラショー二人会「酔拳」


 烏丸五条(烏丸通から万寿寺通を河原町寄りに少し入ったところ)の居酒屋タナゴコロで開催される落語会の一回目、関西出身で衛星の初期の舞台に立ったこともあるという、笑福亭鶴光一門の笑福亭羽光と、同じく関西出身で伝説の一人芝居役者、三遊亭圓丈一門の色物芸人ハラショーの二人会「酔拳」を観に行って来た。

 まずは、羽光さんから。
 初めての会ということもあって、お客さんの様子をしっかりうかがいつつ、おなじみの『ちりとてちん』を。
 デフォルメも大きくきかせながら。

 続けてハラショーが、酒井のりぴーの裁判の傍聴券入手できずの顛末を活写した漫談を披露。
 そのぞろっぺいな筋運びがまた懐かしい。

 短めの仲入り後は、羽光さんが『はてなの茶碗』をかける。
 多少粗さは感じるものの、オーソドックスな語り口であり、よく張る声の持ち主ということもあって、こうした大ネタが柄に合っているのではと思った。
 『愛宕山』など聴いてみたい。

 そして最後は、映画をネタにしたハラショーの漫談。
 これまたぞろっぺいの極みだが、黒澤明の『夢』を持って来たのには、ついつい大笑いしてしまった。

 台風11号の影響でキャンセルが多かったのが、非常に残念。
 羽光さんの高座やハラショーの芸に今後も接していきたいと思った。
posted by figarok492na at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

台風接近中 びわ湖の花火大会の音で黒澤明監督の『八月の狂詩曲』を思い起こす(CLACLA日記)

 台風11号が接近中。
 朝方は青空が見えていたものの、どんどんどんよりし始め、夕方になって雨が強く降り出す。

 気温は下がったが、じめじめとして快ならず。
 気圧と湿度がこたえる。


 夜、どんどごどごどごと轟いていたのは、びわ湖の花火大会の音だったのか。
 はじめのうちは雷鳴かと思い、後述『黒澤明の遺言』を読んだばかりな上に、明日が8月9日ということで、黒澤監督の『八月の狂詩曲』のラストシーンを思い出してしまった。
 映画としての面白さはひとまず置くとしても、長崎市出身の人間としては、あの『八月の狂詩曲』での被爆地長崎の描写は、良くも悪くも「外の人間」によるものという気がして仕方なく、おまけに黒澤さんの表現主義からの影響の残滓(例えば盲目の被爆者たち)には若干辟易もするのだけれど、原作(『鍋の中』)者の村田喜代子ではないが、あのラストシーンには強く心を動かされる。
 雷鳴をピカと勘違いして、激しい雨風の中を駆け出す村瀬幸子演じる主人公。
 彼女を追いかけるも、全く追い付けずすっ転び出す息子やその嫁、孫たち。
 そして…。
 観ようによってはぶち壊しともとられかねないが、あのシーンを観ることができただけで、その他の不満はすごんと解消されてしまう。
 築地の小劇場出身で長年俳優座に属し、確かな演技力で舞台、映画、テレビドラマの脇をしっかり堅め続けてきた村瀬さんにとって、この『八月の狂詩曲』の主人公役は、大森健次郎監督の『地震列島』での因果応報押し潰される義母、吉田喜重監督の『人間の約束』での痴呆症の女性ともども、その最晩年に到達した生涯屈指の演技であると思う。


 アメリカ政府がイラク北部のイスラム過激派に対して「限定的空爆」を行うと。
 いろいろと考えることあり。


 明け方5時過ぎまで、『深雪またなん』の筆入れを行う。


 なのに、8時過ぎには目が醒める。
 おじいちゃん。
 てか、昨夜、コーヒーやジャスミンティーを飲んでしまったせいだろう。


 まだ青空が見えているうちにと、毎週恒例の洗濯をすませる。
 乾き、思ったよりもよろし。
 ほっ。


 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。


 13時過ぎ、眠気に勝てず寝直す。
 1時間半から2時間。


 ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンティ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>、Radio4でアダム・フィッシャー指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」のライヴ録音(2014年7月27日、ザルツブルク・モーツァルテウム)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の打ち直しを行ったりする。


 都築政昭の『黒澤明の遺言』<実業之日本社>を読了する。
 黒澤さん自身が遺した言葉は、ぐっと胸にも腑にも落ちるが、都築氏の解説は善意はうかがえるもののどこか上っ面という感じがして、どうもしっくりこなかった。


 続けて、高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』<岩波書店>を読み始める。
 高野悦子というと、どうしても立命館大学の先輩で『二十歳の原点』の彼女のことを思い出してしまうが、長年岩波ホール総支配人を務めた高野悦子についても忘れてはなるまい。
 岩波ホールで映画を観たのは、アンジェイ・ワイダ監督の『婚礼』だけだけど、サタジット・レイ監督の『見知らぬ人』など、彼女のおかげで接することのできた作品は、やはり少なくない。
 なお、高野さんはこの回顧録が刊行された昨年2月に亡くなられてしまった。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 小雨だからと自転車で出かけたら、買い物をしているうちに雨が強くなって、けっこうびしょびしょになる。
 自業自得。
 やれやれ。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、スピーチェル弦楽4重奏団のコンサートのライヴ録音(2013年10月16日、ラトヴィア・リガ ギルド・ホール)を聴く。
 ヴィートルスの弦楽4重奏のためのミニアチュール、ヴァスクスの弦楽4重奏曲第5番、シューベルトの弦楽5重奏曲(クリスティーネ・ブラウマンのチェロ)が演奏されていた。
 真摯な演奏なれど、どうにも塩辛い音であまり愉しめず。


 続けて、Radio4でバリー・ダグラスとヴァレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団が演奏したブラームスのピアノ協奏曲第1番(2014年7月24日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール プロムスの公演)、チェロのクレメンス・ハーゲンとピアノのキリル・ゲルシュタインが演奏したベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番(2014年7月27日、ヴェルビエ)のライヴ録音を聴く。
 ベートーヴェンのチェロ・ソナタが聴きもの。
 重々し過ぎずあざと過ぎずと、実に魅力的な演奏だった。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『岩波ホールと<映画の仲間>』を読み進めたりする。


 今日は、不二家のヤスダヨーグルトのクリームパフを食す。
 近くのグルメシティで、税込み53円に値下げされていたもの。
 ヤスダヨーグルトを原材料としたクリームを包んだホイップケーキで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お芝居を観たあともいろいろあって、帰宅が遅くなる(深夜のCLACLA)

 どんよりとしたお天気の一日。
 夜になって雨も降る。
 台風11号が接近しているからか。

 じめじめむしむしとして暑さが厳しい。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 リーダビリティーについて考える今日この頃。
 そして、文章を書くことについて考える今日この頃。


 昨夜、KBS京都でAKB48のオールナイトニッポンを拾い聴きしたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。
 AKB48のオールナイトニッポンは本の出版を記念して指原莉乃が出演していたが、秋元康やリリー・フランキーといったおっさん陣がべしゃっているのがなんとも辛く、拾い聴きになる。
 あと、指原が本の内容を覚えていないみたいなことを言って、思わず松本伊代のことを思い出した(自分が書いたはずの本を「読んでないからわからない」と答えて、片岡鶴太郎に突っ込まれた一件)が、彼女のインタビューを谷口という人が巧くまとめた本のようで、疲れていたときのインタビューなので内容を忘れたと付け加えていた。


 午前午後と、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』やヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンツィ指揮オビエド・フィルが演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番&交響曲第3番「オルガン付き」他<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、都築政昭の『黒澤明の遺言』<実業之日本社>を読み進めたりする。


 17時半に外出し、仕事関係の用件を片づけたのち元・立誠小学校へ。
 木工室でイッパイアンテナの怪談『遠野物語』(柳田國男原作、大崎けんじさん脚色・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。


 以上、8月7日の日記。


 終演後、いろいろあって帰宅が1時半過ぎる。
 確かに、愉しいことを優先させるのは大切なことだと痛感する。
 ああ、愉しかった!


 帰宅後、観劇記録の準備をすませ、『深雪またなん』の筆入れを行う。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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イッパイアンテナの怪談『遠野物語』

☆イッパイアンテナの怪談『遠野物語』

 原作:柳田國男
 脚色:大崎けんじ
 演出:大崎けんじ
(2014年8月7日19時開演/元・立誠小学校木工室)


 諸々あって一旦活動を停止したイッパイアンテナが、大崎けんじ(崎は、本当は大ではなく立)を中心とする団体としてこの度活動を再開した。
 その第一回目の公演となる『遠野物語』は、柳田國男が蒐集した岩手県遠野地方の怪奇譚そのものとともに、柳田と遠野の若者佐々木鏡石らとのやり取りを織り込むことで、怪奇譚怪談の背景となる地元の自然や生活であるとか、都市と地方との関係性、さらにはアクチュアリティの問題に目配せした、意欲的で幅の広い作品づくりが試みられていた。
(その意味でも、井上ひさしのことをすぐに思い起こした)
 1時間という上演時間もあってか、物語の構成等で喰い足りなさを覚えた部分もなくはなかったが、イッパイアンテナのこれからの方向性がよく表われた作品であり公演となっていたことも確かだろう。

 金田一央紀は、張りのある美声と滑稽なキャラクターが持ち味。
 表層的であるとともにどこか狂躁的でもある柳田國男の再現に努めていた。
 公演回数を重ねることで、さらにならされ造り込まれていくのでは。
 一方、佐々木鏡石役の、あぶ潤(芝居ぶる男)は、若干粗さはありつつも、岩手出身という強みに加え、あぶさん自身の鬱屈した感じが巧く重なり合って、リアリティのある人物像を生み出していた。
 特に、終盤、この作品の肝となる部分での声が強く印象に残る。
 三鬼春奈は、プレイベントの「ストリート怪談」も含めて、いつもながらの巧さ達者さ。
 ただ、行燈(蝋燭)程度の明度であるはずのものが、ガスランプ程度の明度をもって示されているというか、芯の強さが透けて見えるというか、本来求められているだろう役回りといくぶん齟齬を感じたことも事実だ。

 いずれにしても、イッパイアンテナの今後の活動に注目するとともに、出演者はじめ関係者の皆さんの今後の一層の活躍に期待していきたい。
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2014年08月06日

広島への原爆投下から69年 河原町でサン・サーンスのCDを買った(CLACLA日記)

 アメリカ政府による広島市への原爆投下から69年が経った。
 犠牲となられた全ての方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 それにしても、海外に武器を輸出することを大っぴらに認めた人間の口にする言葉の薄っぺらさよ。
 腹立たしいかぎり。


 台風11号が接近しているというが、京都は陽光と青空が見えた一日。

 気温は今日も上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 俳優の仲村秀生が亡くなった。79歳。
 劇団くるみ座で学んだのち東京へ移り、舞台での活動を続ける。
 その後、端整な美声を活かして洋画や海外のテレビ・ドラマの吹き替え、アニメの声優として活躍した。
 『あしたのジョー』の力石徹、『宇宙戦艦ヤマト』の島大介で知られる。
 深く、深く、深く黙祷。


 コメディアンのマンガ太郎も亡くなった。72歳。
 舞台上で漫画やイラストを描く藝を持ちネタとしていた。
 なお、漫画家の漫☆画太郎とは別人である。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、比較的強い地震(震度4)が発生する。
 いろいろと想い、いろいろと考えることあり。

 その後、ラジオ深夜便で古今亭志ん生の『寝床』(詳しくは、前回の記事をご参照のほど)や、Radio4でフランス・ブリュッヘン指揮オランダ放送室内フィルが演奏したモーツァルトの交響曲ト長調、ハイドンのピアノ協奏曲第4番&第11番(ロナルド・ブラウティハムの独奏)、交響曲第87番のライヴ録音(2008年2月1日、ユトレヒト フレデンベルク音楽センター)を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』の筆入れを行ったりする。


 午前午後と、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したレーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」&ヒンデミットの「ウェーバーの主題による交響的変容」<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『村上春樹 雑文集』<新潮社>を読み進めたりする。


 15時台に外出し、河原町へ。
 仕事関係の予定をすませたのち、タワーレコードでCDを購入し、ついでに夕飯用の買い物をし、17時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、購入したばかりの、ヴァイオリンのアレクサンドル・ダ・コスタとマルツィオ・コンティ指揮オビエド・フィル(スペインのオーケストラ)が演奏したサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番、序奏とロンド・カプリチオーソ、ホタ・アラゴネーサ、交響曲第3番「オルガン付き」<WARNER>を聴く。
 ダ・コスタは盆栽的な美しさというか、線の太さやエモーショナルな情感には不足する分、細やかさや流麗さが持ち味のようだ。
 そういったこともあってか、コンチェルトよりも序章とロンド・カプリチオーソのほうがより柄に合っているように思われた。
 交響曲では、コンツィとオビエド・フィルの誠実な音楽造りがよく表われていた。
 特に第1楽章の後半や第2楽章の中間部での穏やかな美しさが強く印象に残る。
 そして、カエサルの物はカエサルではないが、スペイン的風情が横溢するホタ・アラゴネーサはオーケストラのノリもよく、とても愉しかった。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ニュー・オーフォード弦楽4重奏団のコンサートのライヴ録音(2013年7月26日、カナダ・オーフォード・アーツセンター)を聴く。
 ベートーヴェンの弦楽4重奏曲第6番、イチュモウラトフの弦楽4重奏曲第4番、ブラームスの弦楽4重奏曲第2番が放送されていた。


 続けて、再びサン・サーンスのCDを聴く。


 夕飯後、『深雪またなん』の筆入れと打ち直しを行う。


 『村上春樹 雑文集』を読了する。
 ああ、面白かった!


 続けて、都築政昭の『黒澤明の遺言』<実業之日本社>を読み始める。
 黒澤明の遺した言葉に、著者が解説を付したものだ。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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二晩続けて落語を聴いた

 突然ががっと揺れて、「誰がこんなぐるぐる回ってるマンションなんかいるもんかあ!」、なんて剛毅なことは言わず、おいおい地震かい、おまけに余震ときたか、こりゃ困ったなとびくつきながらラジオを聴いている。
 で、大地震とまではいかなかったので、地震速報は入ったもののNHKのラジオ深夜便では、予定通り古今亭志ん生の『寝床』が放送された。
 1966(昭和41)年の口演だから、志ん生にとっては引退間際の録音ということになるか。
 脳出血からの復帰後ということで、元来あんにゃもんにゃの気があったものが、さらにその気を強めているのだけれど、その分ぞろっぺいな味わいも増して、会場もわきにわいている。
 ところどころ織り込まれるくすぐりのおかしさ面白さ。
 そして通常のサゲまでいかず、旦那に義太夫を無理から聴かされた番頭が「書置きをおいて行方不明になった」「今はドイツにいる」で終わる突拍子のなさ(確か、これは師匠柳家三語楼譲りのものだ)。
 解説役の当代の金原亭馬生も言っていたが、これは真似しようたって真似のできない藝である。

 昨夜は、その志ん生の長男、先代の金原亭馬生の『たが屋』が放送されていた。
 1968(昭和43)年の録音で、渋さも渋しの語り口を、そうそうこれこれとうんうん頷きながら愉しんだ。
 ところどころつっかえるのも味のうちだ。
 ただ、自分自身口跡が悪いこともあってか、落語に親しみだした小学校から中学校の頃は、先代の馬生に限らず、先代の文治とか、つっかえる落語家はあまり好みじゃなかったんだよなあ。
 だから、古今亭志ん朝とか若き日の春風亭小朝とか、すらすら流れるような語り口の落語家が大好きだった。
 それでいて、志ん生や可楽といった人たちにも魅かれていたのは我ながら不思議だが。
 そうそう、昨夜は馬生の声がときに志ん生に、ときに志ん朝に聴こえたりして、ちょっとだけ哀しくなったりもした。
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2014年08月05日

村上春樹の「壁と卵」を何度か読み返した(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えるお天気の一日。
 ただし、台風11号が接近中と。

 気温は上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が亡くなった。52歳。
 自殺と報じられている。
 いろいろと想い、いろいろと考えることあり。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、Radio4でデヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』のライヴ録音(2014年7月21日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール)を聴いたりしながら、3時40分頃まで仕事関係の作業を進める。


 9時台に起きて、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの劇音楽『夏の夜の夢』抜粋&序曲集<DECCA>、ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第5番<ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 『村上春樹 雑文集』<新潮社>を読み進める。
 イスラエル政府によるガザ地区の攻撃下、エルサレム賞受賞に際して語られたスピーチ、「壁と卵」を何度か読み返す。
>もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます<
>私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。
 個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。
 我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。
 私はそう信じています<

 また、『ステレオサウンド』誌への聞き書き「余白のある音楽は聴き飽きない」での、
>たとえば、プーランクのピアノ曲が一枚のCDにぶっ続けに七十分入っているというのは、たしかに情報としては便利で都合がいいんだろうけど、普通に音楽を楽しむ人にとってはやっぱり乱暴ですよね。
 プーランクは、そういう聴き方をする音楽ではないんじゃないか<
>CDというのはLPに比べれば便利で効率的な容れ物です。
 でもだからといって、七十何分入るからとにかくぎゅうぎゅうに詰め込んじゃえ、というのではあまりにも発想が安易なんじゃないかな。
 便利で効率的なCDがある一方で、不便で非効率的なCDがあったっていいと思うんです<
という言葉には、全くもって同感だ。


 仕事関係の予定をすませる。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、チョン・ミュンフン指揮ウィーン・フィルが演奏したドヴォルザークの交響曲第6番<ドイツ・グラモフォン>、Radio4でジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第6番「田園」のライヴ録音(リヒャルト・シュトラウスと同)を聴いたりしながら、『深雪またなん』の筆入れを行ったり、『村上春樹 雑文集』を読み進めたりする。


 昨日諸々に追われて大切なことを忘れてしまっていた。
 反省しきり。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月04日

図書館で友人に遭遇した(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。
 雨も降る。

 湿度が高く、じめじめとむしむしとして快ならず。


 腰はだいぶん痛みがひいてきた。
 気圧や湿度の影響はもろに受けつつも。


 イスラエル軍によるガザ地区の攻撃によって、1800人以上の人々が殺害されたと報じられている。
 いろいろと想い、いろいろと考えることあり。


 昨夜、4時半過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 体調もあって、あえて昼寝坊を決め込み、正午過ぎに起きる。


 アルテミス・カルテットが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第11番「セリオーソ」&第7番「ラズモフスキー第1番」、ドヴォルザークの弦楽4重奏曲第13番&ヤナーチェクの弦楽4重奏曲第2番「ないしょの手紙」、シューマン&ブラームスのピアノ5重奏曲(レイフ・オヴェ・アンスネスのピアノ)<いずれもVirgin>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 柏木博の『日記で読む文豪の部屋』<白水社>を読了する。
 夏目漱石、内田百閧フ章が、特に興味深かった。


 18時ちょうどに外出し、下京図書館へ。
 友人と遭遇し、しばらく立ち話をする。
 それから、『日記で読む文豪の部屋』、畠中恵の『ちょちょら』<新潮社>、福澤徹三の『シャッター通りの死にぞこない』<双葉社>、綿矢りさの『憤死』<河出書房新社>、小野沢稔彦の『大島渚の時代』<毎日新聞社>を返却し、予約しておいた『村上春樹 雑文集』<新潮社>、都築政昭の『黒澤明の遺言』<実業之日本社>、高野悦子の『岩波ホールと<映画の仲間>』<岩波書店>、野口武彦の『幕末明治不平士族ものがたり』<草思社>、中澤日菜子の『お父さんと伊藤さん』<講談社>を新たに借りる。

 その後、夕飯用の買い物をすませ、19時過ぎに帰宅した。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、アルテミス・カルテットのコンサートのライヴ録音(2012年11月27日、スイス ラ・ショー・ド・フォン音楽ホール)を聴く。
 メンデルスゾーンの弦楽4重奏曲第6番、ヒナステラの弦楽4重奏曲第2番から第3、第4、第5楽章、シューベルトの弦楽4重奏曲第15番が放送されていたが、いずれもアルテミス・カルテットというアンサンブルの音楽性の豊かさを強く感じさせるものだった。
 できることなら、ヒナステラは全曲を聴きたかったなあ。
(そうそう、今日アルテミス・カルテットのCDをまとめて聴いたのは偶然のことで、この放送のことは全く知らなかった。シンクロニシティにちょっとびっくり!)


 続けて、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」<RCA>、フォルテピアノのジョス・ファン・インマゼールとラルキブデッリが演奏した同じくシューベルトのピアノ5重奏曲「ます」<SONY>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『村上春樹 雑文集』を読み始めたりする。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妄想ドラマ館・帰って来た古畑任三郎『ショウ・マスト・ゴー・オフ』

☆妄想ドラマ館・帰って来た古畑任三郎『ショウ・マスト・ゴー・オフ』

*アバンタイトル
 ええ、ご無沙汰しています、どうも古畑です。
 ええ、人に何かをしてもらおうと思う人、してもらおうと思うことの直前に相手に連絡してませんか。
 ええ、それでは相手の心は動かせません。
 ええ、こまめに相手に連絡をとってください。
 ええ、試験の直前になってノートを借りようとだけする人、そんな人に誰もノートは貸してくれません。
 ええ、選挙の直前になって突然電話をかけてくる人、そんな人の推す政党に誰も投票なんかしてくれません。
 そして一番よくないのは、公演の直前になって公演案内を…。

*タイトル テーマ音楽
 田村正和
 古畑任三郎
 田村正和
 堺雅人
 黒木華
 野田秀樹(特別出演)
 脚本 中瀬宏之

 おなじみ古畑任三郎(田村正和)は、気のある女性にドタキャンされた今泉(西村雅彦)に誘われて、とある有名劇団の復活公演『夢のまた夢』を観ることとなる。
 舞台上には板付きの、劇団主宰野平詩劇演じる黒野巣城城主土岐頼時(野田秀樹)。
 そして、開幕直後はどうにも退屈する古畑だったが、主人公合歓里今日知郎(堺雅人)のある所作に強い興味を示して…。
(以下省略)

 ちなみに、黒木華の劇中劇の役は、有愛/幽女(いずれも「ゆめ」)の一人二役。
posted by figarok492na at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想映画館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月03日

軽いぎっくり腰(CLACLA日記)

 台風12号の影響で、どんよりとしたお天気の一日。
 激しい雨も降る。

 気温はそれほど上昇しなかったものの、湿度が高い分、じめじめむしむしとして快ならず。


 さあらば天まで伸びよ夏の雲
 収石


 土建屋よしゆきと元落語家笑福亭小松が相継いで亡くなった。
 あえて詳しくは触れないが、一方はプロとアマチュアの境界線を行き来した人物、他方は覚醒剤の使用もあってプロの肩書きを捨てなければならなかった人物という違いはありつつも、関西の芸能界の一端を象徴するような人たちだった。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時20分頃まで仕事関係の作業を進める。


 朝9時前には目が醒める。
 で、思わず腰をぴきっとやってしまう。
 動けぬほどにひどくはないが、動くと痛みが走る。
 軽めのぎっくり腰か。
 やれやれ。


 NHK・FMの『名演奏ライブラリー』を聴く。
 今回は、先頃亡くなったスペイン出身の指揮者ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの特集で、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団他とのオルフのカルミナ・ブラーナについては別に感想を記した(前回の記事をご参照のほど)。
 同じくニュー・フィルハーモニア管他とのファリャのバレエ音楽『恋は魔術師』は、お国物の強みというのか、ぐいぐいエネルギッシュに押しつつも、音楽の流れ、勘所をしっかりと踏まえた演奏に仕上がっていたと思う。


 Radio4音源から、カザルス・カルテットが演奏したアリアーガの弦楽4重奏曲第3番、ショスタコーヴィチの弦楽4重奏曲第3番、モーツァルトの弦楽4重奏曲第1番から第2楽章のライヴ録音(2006年9月17日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)、NHK・FMの『きらクラ!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、柏木博の『日記で読む文豪の部屋』<白水社>を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 腰の痛みは気になるが、一人暮らしゆえ仕方ない。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』を聴く。
 ダン・エッティンガー指揮東京フィルが演奏したチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のライヴ録音が放送されていた。


 しばらく間を置いて、フォルテピアノのロバート・レヴィンとクリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第17番<オワゾリール>、Radio4音源からラドゥ・ルプーが弾いたシューマンのウィーンの謝肉祭の道化とフモレスケ、シューベルトのピアノ・ソナタ第17番と即興曲D.935-2のライヴ録音(1983年5月29日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴く。
 ルプーは、やはり弱音をはじめとした細かい表現が魅力的だ。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『日記で読む文豪の部屋』を読み進めたりする。

 今日は、ヤマザキのメロンパンを食す。
 近くのグルメシティで、税込み40円に値下げされていたもの。
 何かのキャラクター関連のメロンパンで、やけにメロン風味が強いメロンパンでした。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オルフのカルミナ・ブラーナを聴いて

 明け方4時過ぎに眠ったというのに、夏の朝ということもあってか9時前には目が醒めた。
 起き上った拍子に腰をぴきっとやって、超軽いぎっくり腰状態になったので、再び布団の上に横になる。
 で、ちょうど9時になったのでNHK・FMの『名演奏ライブラリー』を聴くことにした。
 今回は、先頃亡くなったスペインの指揮者ラファエル・フリューベク・デ・ブルゴスの特集で、30代の彼がニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音したファリャのバレエ音楽『恋は魔術師』やオルフのカルミナ・ブラーナが放送されていた。

 オルフのカルミナ・ブラーナ。
 という曲名は知らずとも、冒頭とラストに置かれた禍々しくてよい意味で大仰な音楽ならば、映画やテレビのBGMにもよく使われているから、耳にしさえすれば、あああの曲ね、と多くの方が納得されることと思う。
 まさしく、キャッチーでつかみはOKな作品だ。
 また、中世ヨーロッパのざれ歌をもとにした乱痴気騒ぎの大はしゃぎは、いわゆる現代音楽の範疇にありながらも、実に耳なじみがよい。
 合唱フリークならずとも親しみやすい音楽といっていいだろう。

 ただ、このフリューベク・デ・ブルゴスの演奏を聴いて僕は、なあんかいまひとつ乗り切れないというか、なんとも曰く言い難い気分になってしまった。
 と、言ってフリューベク・デ・ブルゴスとニュー・フィルハーモニア管他(大好きだったソプラノのルチア・ポップも独唱に加わっている)の演奏がひどい代物という訳ではない。
 どころか、解説の諸石幸生も口にしていたように、エネルギッシュでパワフル、リズミカルな上に、分離のはっきりした録音の加減もあってか実に明瞭な演奏に仕上がっている。

 が、である。
 だからこそ、主旋律の裏でポコポコガシャガシャ刻んでいる打楽器や何やらに、作曲家の巧緻さや狡知さ、それが言い過ぎならば、何か造り物を机の上で造っているかのような意図と意志を必要以上に聴きとってしまったことも事実である。
 喩えが適切かどうかわからないが、例えばアフリカの現地の人々にとって彼彼女らの踊りや歌は当為のものであり生活と密接した自然なものだ。
 またそうした踊りや歌に心動かされ、現地以外の人々が我も我もとリズムに乗って踊り歌うのも不自然なことには感じられない。
 だが、オルフのカルミナ・ブラーナには、文化人類学者がフィールドワークで彼彼女らの踊りや歌を採取採譜して、ああ、ここでは拳を三回振り上げた、ここでは槍を二回突き上げたなるほどなるほど、それじゃあ再現してみましょう、あっと、彼彼女らはもろ肌脱いで踊っていたなあ、それじゃあそれも再現してみましょう、という持って回った感じがどこかにする。

 加えて、オルフのカルミナ・ブラーナには、元ネタの素朴さ質朴さに比して、増村保造監督の『巨人と玩具』で、劇中アイドル歌手みたくなった野添ひとみが「原住民」を模した扮装をして歌う、「土人の女に売りつけろ!」という塚原哲夫(哲は、本当は口ではなく日)作曲の俗悪な歌と同様なあざとさを感じずにもいられない。
 いや、野添ひとみのあの歌は、映画そのものが持つ同時代日本への激しい批判精神と断念の象徴であるのに対し、オルフのほうは時局への迎合すらうかがえてどうにも仕方ないのだ。
(オルフのカルミナ・ブラーナは、1936年に完成し1937年に初演された。オルフ自身はナチスの積極的な党員ではなかったとされているが、時局=政治権力ではなく、当時のアトモスフェアを反映した作品であり、音楽であることも、やはり否定できまい)

 もちろん、僕自身の偏見もあるのだろうけれど、朝からちょっと心地がよくない。
posted by figarok492na at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

大阪で友人と会った(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。

 気温はいくぶん下がったが、じめっとした感じが強い分、それほど快ならず。


 悪い予想があたり、イスラエル軍とパレスチナ側の停戦はすぐに破られた。
 暗澹たる気分。


 昨夜、実家から電話があり、母と1時間ほど話をする。
 まずは元気そうで何より。
 そして、ありがたいかぎり。

 その後、KBS京都でアルコ&ピースのオールナイトニッポンを聴いたり、Radio4音源のニコラウス・アーノクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したモーツァルトの交響曲第39番と第40番のライヴ録音(2014年7月20日、グラーツ・シュティファニエンザール)を聴いたりしながら、4時半過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 朝早めに起きて、Radio4音源のアーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」(同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 アーノンクールのモーツァルトは、「三つ子の魂百まで」とでも言いたくなるようなアクの強さ。
 しかし、音楽に対する真摯さ誠実さを強く感じたことも事実だ。


 昨日の夜、小野沢稔彦の『大島渚の時代』<毎日新聞社>を読み始めたが、今日になって読むのをやめることにする。
 斜め読みや速読はありつつも、買った本はもちろんのこと、図書館の本だってまず途中下車することのない人間だが、この本は諦めた。
 内容どうこう以前に、活字のポイントがあまりにも小さく、おまけにそれがぎゅぎゅっと詰め込まれているため、目が疲れて仕方なかったからである。
 いくら大島渚作品が、ある種の通俗性を拒否しているからといって、このリーダビリティのなさは辛い。
(たぶん、予算や本の厚さの問題もあるんだろうけど)


 柏木博の『日記で読む文豪の部屋』<白水社>を読み始める。


 13時過ぎに外出し、阪急で梅田へ。
 久しぶりに古い友人と会い、19時半頃までゆっくり話をする。
 いろいろと想い、いろいろと考えることあり。
 ああ、愉しかった!


 帰宅後遅めの夕飯をすませながら、NHK・FMの『クラシックの迷宮』を聴く。
 早坂文雄の特集が組まれていた。
 ああ、面白かった!

 続けて、Radio4音源のヘルベルト・ブロムシュテット指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第25番(ピョートル・アンデルジェフスキの独奏)とステンハンマルの交響曲第2番他のライヴ録音(2013年11月22日、ハンブルク・ライスハレ)を聴く。
 モーツァルトは、アンデルジェフスキのピアノ・ソロのクリアな美しさが印象に残る。
 ステンハンマルも精度が高く劇性に富んだ演奏。


 今日も甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2014年08月01日

今日から8月(CLACLA日記)

 今日から8月。
 今年も残すところ5ヶ月を切った。
 一日一日を本当に大切にしながら、為したいこと為すべきことをしっかり為していきたい。
 そして、死を忘れないこと。


 イスラエル政府とハマスが72時間の停戦に合意したという。
 しかし、双方の部隊とも撤退せず、イスラエル軍によるガザ地区の地下トンネルへの防御的な活動は継続されるという条件には、疑念と不安を抱く。
 結局、ハマス側がミサイルを発射し、イスラエル軍が激しい反撃を行う…という展開になるのではないか。
 すでに、パレスチナ側の死者は1400人を超えた。
 子供たちも殺されている。
 いろいろと考えることあり。


 日本の武器輸出が安倍内閣の閣議決定によって認められることとなった。
 戦争が始まれば軍需産業が儲かる。
 政権党も政治献金で儲かる。
 自分で自分の首を絞める愚か者どもが。
 そして、愚か者を支持し、黙認し、許容する人間が一番の愚か者だ。


 8月9日の長崎原爆の日の平和記念式典で、田上富久長崎市長が集団的自衛権の行使容認に関する懸念について言及するとのこと。


 どんよりとした感じお天気。

 気温は上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 昨夜、綿矢りさの『憤死』<河出書房新社>を読み始める。

 その後、KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、3時40分頃まで仕事関係の作業を進める。


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 乾き、それほどよろしからず。
 まあ、仕方ない。

 その間、仕事関係の用件で外出。
 ついでに、近くのクリーニング屋にダウンジャケットを持って行く。


 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』、NHK・FMの『オペラ・ファンタスティカ』、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第33番<PHILIPS>を聴く。
 『妹尾和夫のパラダイスkyoto』の11時台には、ヨーロッパ企画の本多力君がゲスト出演していて、今度の公演の話などをしていた。
 『オペラ・ファンタスティカ』では、ジュゼッペ・パタネー指揮ミュンヘン放送管弦楽団他が演奏したドニゼッティの歌劇『マリア・ストゥアルダ』全曲(PHILIPSレーベルへの録音)が放送されていた。
 音楽そのものはちょっと大向こう受けのうかがえる大芝居調だが、タイトルロールを歌うエディタ・グルベローヴァが実に立派な歌唱だった。
 対するアグネス・バルツァやフランシスコ・アライサも優れており、パタネーの音楽づくりも劇場感覚に満ち満ちていた。
 解説の堀内修さんのおっしゃる通り、パタネーの早世が悔やまれる。


 午前午後と、仕事関係の作業を進めたり、8月の創作活動について考えたり、ドキドキぼーいずからの退団が発表された福田(きみどり)さんへの惜別の文章『さよなら福田きみどりさん』をブログ等にアップしたりする。


 仕事関係の予定をすませる。


 で、夕飯用の買い物をすませ、クリーニング屋でダウンジャケットを受け取って帰宅した。
 ダウンジャケットは、まあきれいになったか。
 相当汚れていたんでねえ。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルの来日コンサートのライヴ録音(2013年6月25日、サントリーホール)を聴く。
 ベートーヴェンの交響曲第7番、ブラームスの交響曲第1番とハンガリー舞曲第5番(アンコール)が演奏されていた。
 この音源は以前聴いたことがある。


 続けて、オランダのネットラジオRadio4の音源から、ロリン・マゼール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの『町人貴族』組曲と家庭交響曲のライヴ録音(2000年10月14日、アムステルダム・コンセルトヘボウ)を聴く。
 『町人貴族』組曲は、ゆったりというかねっとりたっぷりというか、遅めのテンポがとられていた。
 はて、ウィーン・フィルとの1960年代の録音もこんな感じだったかなあ。
 家庭交響曲も同様の音楽づくりで、官能的に歌う演奏だ。


 夕飯後、『憤死』を読み進め、読了する。
 綿矢りさの変化充実がよくわかる短篇集だった。
 ああ、面白かった!


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 ちょいと一発のつもりで売って
 いつの間にやらぼろ儲け
 気がつきゃ戦地に兵まで出して
 これじゃ平和にいいわきゃないよ
 わかっちゃいるけどやめられない


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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さよなら福田きみどりさん

☆さよなら福田きみどりさん


 福田きみどりさんがドキドキぼーいずを退団し、京都を離れることが発表された。
 今回の福田さんの決断に関しては、発表前にちらと伝わって来ていたし、僕自身いろいろと考えることもあるのだけれど、ここではあえて詳しく述べない。
 ただ、京都小劇場の中で期待と好感を抱いて接してきた演者さんの一人なだけに、自分なりの惜別の文章を綴ってみたいと思う。

 僕が福田さんの出演する舞台に接したのは、第2回京都学生演劇祭におけるドキドキぼーいずの『ブサイクハニーベイベー』(2012年2月19日、20日/アートコンプレックス1928)が初めてだった。
 お尻の大きさをコンプレックスに抱えつつ、ブサイクアイドルの頂点を目指して奮闘努力する田舎出の女の子を福田さんは熱演好演していた。
 ばかりではなく、自分自身の置かれた状況と内面をハト胸という登場人物に託して吐露する本間広大君を、福田さんは演技面でも精神面でも大きく支えているように僕には感じられた。
「彼女は主演女優じゃないんですか?」
 と、福田さんを第2回京都学生演劇祭の優秀助演女優賞に(勝手に)推したことについて問いかける人に、「まあ、彼女は黒澤明の『酔いどれ天使』の三船敏郎みたいなもんやから」と言って僕はお茶をにごしたのだけれど、実際はそうした彼女のサポートぶりを高く評価してのものだった。
 そして、『ブサイクハニーベイベー』の切ない完結篇となる京都造形芸術大学での公演(2014年4月6日/京都芸術劇場Studio21)では、福田さんの補助者としての存在の大きさが一層鮮明に表わされていた。
(その意味で大きく悔やまれるのは、福田さんを最優秀助演女優賞に推さなかったことである。いや、西城瞳さんの受賞自体は全く問題ない。どうで自分勝手な賞なのだから、遠慮などせず最優秀だろうが優秀だろうがどんどん乱発しておけばよかったのだ)

 ところで、ドキドキぼーいずでの福田さんといえば、どうしてもその表情の魅力について触れておかなければなるまい。
 かつての日本テレビの名プロデューサー井原高忠(『ブサイクハニベイベー』で本間君が演じたプロデューサーの先駆者のような人だ)は、今は亡き坂本九へ「笑顔千両」という言葉を与えたそうだが、その伝でいくと、福田さんは「表情千両」ということになるのではないか。
 特に、ドキドキぼーいずにとって再旗揚げ公演となる『夢の愛』(2013年7月26日/KAIKA)での、全てを引き受けた上で踏み留まって見せる、ときにおかしく、ときに哀しく、ときに儚く、ときに力強い彼女の表情を、僕は忘れることができない。

 もちろん、ドキドキぼーいずの公演以外での福田さんも強く記憶に残っている。
 象牙の空港の第2回公演『20のアマルガム』(2012年7月15日/UrBANGUILD)での福田さんは、作・演出の伊藤元晴君の意図に沿って、同じ出演者の柳沢友里亜さんともども、くすんで鬱屈した感じをよく出していたし、それより何より、森陽平君や小堀結香さん、染谷有紀さんとのHOME『わたしのあいだ』。
 中でも、移転前のFactory Kyotoでの上演(2012年11月13日)では、一見すると澄んで静止しているような水面が空の青さや陽光、翳りを反映しつつ細かく動いているかのような作品世界に、福田さんの弱さと強さをためた身体性と、心の内を吐き出したくてそれでもそう出来ず内に向かって響かせているかの如き彼女の声が、よく合っていた。

 そうそう、福田さんが京都を離れることでとても残念なのが、福田さんが唖の娘カトリンを演じる、ベルトルト・ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子供たち』を観ることができなくなることだ。
 カトリンの弱さと強さとは、福田さんの抱えたそれとぴったりあてはまっただろうから。
 まあ、永榮紘実さんのおっ母と玉木青君の演出は無理としても、例えば岩手で森君の演出で上演される機会がないとまでは言い切れまい。
 その際は、ぜひおっ母は阿部潤さん(斎藤晴彦さんが演じてたんだから、男性だって無問題!てか、性別でとやかく言いなさんなよ)、イヴェットは島あやさん、なんてキャストはどうだろう。
 いやあ、これはぜひとも観てみたいなあ。
 いや、下手は承知で大佐役か何かで出演させてもらえないかなあ。

 いずれにしても、福田さんの今後のさらなるご活躍を心から祈るとともに、本間君をはじめとしたドキドキぼーいずの面々の今後のさらなるご活躍も心から祈りたい。

 それでは、さよなら福田きみどりさん。
 そして福田さん、ではではまたまた!
posted by figarok492na at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする