2014年06月30日

今日で6月も終わり(CLACLA日記)

 今日で6月も終わり。
 今年も残すところ半分となる。
 一日一日を本当に大切にして、為すべきこと為したいことをしっかり為していきたい。
 そして、死を忘れないこと。


 どんよりとしたお天気が続く。

 むしむしとして、全く快ならず。


 ニュースで、自分が前線で死ぬことはないだろう人間が偉そうなことを口にしている。
 腹立たしいかぎり。


 長谷川如是閑や林達夫、花田清輝、石橋湛山、清沢洌らが戦時下に記した文章を読み直す今日この頃。
 彼らの文章がアクチュアリティを持つことの不幸を強く噛み締める。

>日本の指導者は「学問」などというものの価値を全く解しない。
 無学の指導者と、局部しか見えない官僚とのコンビから何が生れる!<
(清沢洌『暗黒日記』<岩波文庫>より)


 昨夜、NHKラジオ第1でラジオ深夜便を聴いたりしながら、4時40分過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』について考えたりする。
 ラジオ深夜便の4時台では、萩本欽一と森公美子がトークを繰り広げていた。


 10時台に起きる。


 トーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第1番「巨人」(1893年ハンブルク再演稿)<SONY/BMG>を聴いて、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 その後、ケヴィン・マロン指揮アレイディア・アンサンブルが演奏したヘンデルの水上の音楽&王宮の花火の音楽<NAXOS>、エマニュエル・アイム指揮ル・コンセール・ダストレー他が演奏した同じくヘンデルのイタリア語によるデュエット集<Virgin>、テノールのクリストフ・プレガルディエンがアンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノ伴奏で歌ったシューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』<ドイツ・ハルモニアムンディ>、バリトンのロベルト・スカルトリーティがクリストフ・ルセ指揮レ・タラン・リリクの伴奏で歌ったモーツァルトと同時代のウィーンの作曲家によるアリア集『アマデウスとウィーン』<オワゾリール>を聴く。


 午前午後と、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』を書き進めたりする。
 『深雪またなん』は、原稿用紙36枚分を超えた。


 鹿島田真希の『ハルモニア』<新潮社>を読了する。
 表題作は、音楽に仮託して創作を語った作品か。
 ちょっとコーダが辛い。
 これも「確信犯」だろうなと思いつつも。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、アンドラーシュ・シフの来日ピアノ・リサイタルのライヴ録音を聴く。
 メンデルスゾーンの厳格な変奏曲、シューマンのピアノ・ソナタ第1番、メンデルスゾーンの幻想曲、シューマンの交響的練習曲、メンデルスゾーンの無言歌2曲(アンコール)が演奏されていた。


 続けて、フォルテピアノのマルコム・ビルソンとジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第25番&第26番「戴冠式」<ARCHIV>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進める。


 今日は、オイシスのマンゴーケーキを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 マンゴームースとホイップクリームをのせたスポンジケーキで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 そして、来月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンゲルブロックが指揮したマーラーの「巨人」のハンブルク再演稿

☆マーラー:交響曲第1番「巨人」(ハンブルク再演稿)

 指揮:トーマス・ヘンゲルブロック
管弦楽:ハンブルクNDR(北ドイツ)放送交響楽団
(2013年5月.第2〜第4楽章、2014年1月.第1、第5楽章/デジタル・セッション録音)
<SONY/BMG>88843050542


 1889年11月のブタペスト初演が失敗したマーラーの2部5楽章の交響詩は、幾度かの改訂作業を経たのち、1896年、4楽章の交響曲へと生まれ変わった。
 このアルバムはそうしたマーラーの交響曲第1番誕生のプロセス、より詳細にいえば、1893年10月のハンブルク再演と1894年7月のワイマル再々演の際に行われた改訂作業を、指揮者ヘンゲルブロックも加わって再現したものである。

 2部構成5楽章形式(第2楽章に、いわゆる「花の章」が置かれている)という点はブダペスト初演に準じるものの、その音楽的内容は、1896年の現行版に大きく近づいているというのが、一聴しての感想だ。
(ちなみに、マーラー自身が愛読したジャン・パウルの小説『巨人』から「巨人」というタイトルが付されたのも、このハンブルク稿からである)

 その現行版(手元にあるのは、ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団<ドイツ・グラモフォン>)と聴き比べると、言葉が足らないというか、表現がなめされきれていない物足りなさを覚えたことも事実だけれど、一方で、それこそ『さすらう若人の歌』につながるような若々しさを感じたことも確かで、途中経過と一概に切り捨てることはできまい。

 ヘンゲルブロックとハンブルクNDR交響楽団は、音楽の構成、作品の勘所をよく押さえた、シャープでメリハリのよくきいた精度の高い演奏を行っている。
 「花の章」をはじめ、瑞々しくて過度に陥らないロマンティックな表現も魅力的だ。

 ただ、録音会場(リューベックのムジーク・ウント・コングレスハレ)のもやった音響をデジタル処理で無理からクリアに分離させようとした、音質のもどかしさが気にならないでもない。

 現行版を聴き慣れた方、マーラーの交響曲好きにはご一聴をお薦めしたい。
posted by figarok492na at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大切な予定で外出した(CLACLA日記)

 曇天。
 夕方頃から雨も降り始める。

 むしむしじめじめとして、快ならず。


 北朝鮮がまたぞろミサイルを発射したと。
 集団的自衛権行使が閣議決定される予定の折も折、なんとグッドなタイミングでの発射だろう。


 自分で自分の命を奪おうとすることは、実に愚かなことだ。
 何か理由を付けようとすれば、理由を付けようとするほど。
 しかし、愚か者を支持し許容し黙認して、自分自身の首を知らず知らずのうちに絞めていくことは、無自覚である分、より愚かなことだと強く思う。
 愚かには生きたくない。


 昨夜、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』について考えたりする。


 午前中外出して仕事関係の用件を片づけたのち、下京図書館へ。
 京極夏彦の『虚言少年』<集英社>、伊坂幸太郎の『夜の国のクーパー』<東京創元社>、津村記久子の『ポースケ』<中央公論新社>、高野史緒の『カラマーゾフの妹』<講談社>を返却し、絲山秋子の『不愉快な本の続編』<新潮社>と鹿島田真希の『ハルモニア』<同>、予約しておいた若竹七海の『暗い越流』<光文社>、水村美苗の『母の遺産』<中央公論新社>、森絵都の『漁師の愛人』<文藝春秋>、深水黎一郎の『人間の尊厳と八〇〇メートル』<東京創元社>を新たに借りる。


 帰宅後、NHK・FMの『きらクラ!』、トーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第1番「巨人」(1893年ハンブルク再演稿)<SONY/BMG>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』を書き進めたりする。
 『深雪またなん』は、ようやく最後までの大筋が見えてきた。


 『不愉快な本の続編』を読み始め、読了する。

 ほかに、『石橋湛山評論集』<岩波文庫>の拾い読みもした。
 「死もまた社会奉仕」。


 夕方になって再び外出し、仕事関係の大切な予定をすませる。

 で、23時頃帰宅した。


 以上、6月29日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする