2014年06月09日

林隆三と桂宮が亡くなった(CLACLA日記)

 晴天。

 気温も上昇し、暑さがとても厳しい一日となる。
 暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。


 俳優の林隆三が亡くなった。70歳。
 俳優座養成所の15期生(いわゆる「花の15期」)の一人で、舞台をはじめ、映画、テレビドラマと幅広く活躍した。
 また、美声の持ち主でシャンソンの歌い手としても知られた。
(シャンソン歌手としての活動については、高嶋進の『ジァンジァン物語』<左右社>でも触れられている。新藤兼人監督の『竹山ひとり旅』の出演にも、高嶋さんとの交流が関係していたはずだ)
 映画では『竹山ひとり旅』のほか、藤田敏八監督の『妹』、阪本順治監督の『魂萠え!』(左右田一平のうさん臭さのほうが好みに合っているが)、テレビドラマでは、『必殺必中仕置屋稼業』、『噂の刑事トミーとマツ』、『ザ・ハングマン』、『たけしくん、ハイ!』、大河ドラマの『翔ぶが如く』の勝海舟、『信長』の織田信秀、『徳川慶喜』の松平春嶽(慶永)、『世にも奇妙な物語』の「戦争はなかった」(小松左京原作)と「最期の喫煙者」(筒井康隆原作)が記憶に残る。
 ダンディな雰囲気の持ち主で、ワイドショーなどでもそのスキャンダルが報じられていた。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 オペラのアリア歌っている記憶が鮮明に残っており、僕の中では林さんには、どうしてもフィガロのイメージが重なってしまう。


 三笠宮崇仁の次男、桂宮宜仁も亡くなった。66歳。
 長く闘病中だった。
 これで、三笠宮さまの三人の子息全員(寛仁、高円宮、桂宮)が亡くなってしまった。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 明け方4時40分過ぎに眠る。


 真向かいのマンションが今日もかまびすしい。
 銭ゲバオーナーや無能管理人に天罰神罰よ下れ!


 午前午後と、ゲオルゲ・ペトルー指揮アルモニア・アテネアが演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』全曲<DECCA>、ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したリヒャルト・シュトラウスのブルレスケ他<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の筆入れを行ったりする。


 矢崎泰久の『人生は喜劇だ』<飛鳥新社>を読了する。
 ああ、面白かった!


 15時頃外出し、仕事関係の予定をすませる。
 で、21時頃帰宅した。


 帰宅後、NHKラジオ第1の『DJ日本史』、『プロメテウスの創造物』全曲、ソプラノのドロテー・ミールズがレザミ・ド・フィリップの伴奏で歌ったハイドンのスコットランド民謡集&英語によるカンツォネッタ集<CPO>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外出時に雨がふるんだもの…(未明のCLACLA)

 青空からどんよりとしたお天気へ。
 そして、夕方になって雨。
 外出しようとしたら、雨。
 なんだよ、おい。

 気温は上昇し、どうにも蒸し暑し。
 暑い暑い暑い。


 昨夜、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時近くまで仕事関係の作業を進めたり、『深雪またなん』について考えたりする。


 朝早くから、真向かいのマンションがかまびすしい。
 こちらのマンションの外装工事や近所の建築作業が休みかと思えば、この始末だ。
 向こうからしてみれば「お互い様」ということだろうが、やっぱり腹立たしいかぎり。
 どいつもこいつもくたばっちまえ!


 午前中外出して仕事関係の用件を片づけ、下京図書館へ。
 奥泉光の『東京自叙伝』<集英社>、小山田浩子の『穴』<新潮社>、橋本治の『初夏の色』<同>、竹邑類の『呵呵大将』<同>、武田雅哉の『万里の長城は月から見えるの?』<講談社>を返却し、予約しておいた矢崎泰久の『人生は喜劇だ』<飛鳥新社>、石田千の『みなも』<角川書店>、村田沙耶香の『しろいろの街の、その骨の体温の』<朝日新聞出版>、柚月裕子の『検事の死命』<宝島社>、櫛木理宇の『避雷針の夏』<光文社>を新たに借りる。


 帰宅後、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の筆入れを行ったり、『深雪またなん』について考えたり、『人生は喜劇だ』を読み始めたりする。
 『人生は喜劇だ』は、『話の特集』の編集長(兼社主)として知られた矢崎泰久が、親交のあった人々の赤裸々なエピソードについて、書名に相応しく軽快に綴った一冊だ。
 面白し。


 正午過ぎから、NHK・FMの『トーキング・ウィズ松尾堂』と『きらクラ!』、ゲオルゲ・ペトルー指揮アルモニア・アテネアが演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』全曲<DECCA>、ペーター・ダムとルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したリヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番<WARNER>を続けて聴く。


 外出し、アトリエ劇研へ。
 努力クラブ8『魔王城』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。


 開演前終演後、関係各氏と話しをする。

 さらにアロアロに移動し、飲み会に参加する。


 で、午前1時半近くに帰宅した。


 以上、6月8日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 04:04| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

努力クラブ8『魔王城』

☆努力クラブ8『魔王城』

 作・演出:合田団地
(2014年6月8日19時開演の回/アトリエ劇研)


 筒井康隆の短篇小説の中に、『天の一角』(『家族場面』<新潮文庫>所収)という作品がある。
 「芝居の看板絵で、その場面に出ない他の場面の出演者が、絵の上の片隅、紙を少しめくり返らせたうしろから、その場面の出演者を見おろしている描法」を筒井は、「天の一角」と称し、その「天の一角」を効果的に織り込むことで死刑問題(当然、筒井康隆が深く関係した永山則夫のことも思い出す)を徹底的に茶化しのめした、モラリストの筒井康隆らしいスラプスティックで痛切な作品に仕上がっている。
 努力クラブにとって8回目の本公演となる『魔王城』はさしずめ、そうした「天の一角」を舞台上に平面化、立体化させたものではないか。

 ある高い場所から下界を覗く登場人物の台詞の積み重ねによって、「魔王城」という何やら曰くありげな建物と、それを取り巻く都市や人々の変遷変容が次第に浮き彫りにされるとともに、アクチュアリティやアトモスフェアと呼べば陳腐だけれど、僕(ら)自身が直面している今現在のあれやこれや、閉塞感、不安感、暴力性、諦念、その他諸々へと想い考えは進んでいく。
 加えて、「魔王城」のあり様をはじめ、合田君の試行や嗜好がふんだんに盛り込まれているのも実に興味深い。

 また、努力クラブの九鬼そねみ、佐々木峻一(残念ながら、無農薬亭農薬は出演せず)、客演のピンク地底人2号、稲葉俊一、大石英史、川北唯、キタノ万里、笹井佐保、長坂ひかる、新谷大輝の演者陣も、技術的な長短というよりもテキストとの向き合い方という点で個々の差はありつつも、そうした合田君の意図によく沿っていた。
 発音、発語のコントロールという部分も含めて、その努力は評価されてしかるべきだろう。

 ただ、意図され計算され尽くしたものであることは充分承知しながらも、ヤナーチェクの室内楽曲や器楽曲が、あるはモートン・フェルドマン流に、あるはエリオット・カーター流に加工されているような退屈さと過剰さを感じたことも事実で、合田君の攻めの姿勢は大いに買うとして、彼が求めているだろうより広範囲な支持や人気の獲得とどう折り合いをつけていくかが今後の大きな課題となるとも強く思う。
 そして、演者陣の現時点でのモチベーションや持てる力と、合田君の作劇、作品の結構との齟齬を如何に縮めていくかも改めて検討される必要があると、僕は考える。

 いずれにしても、今回の『魔王城』は、合田君や努力クラブの面々にとって、よい契機、好機となる作品だ。
 京都での最終公演と大阪での公演の盛況成功を祈るとともに、今回公演に参加した全ての人たちのさらなる活躍と研鑚を祈りたい。
posted by figarok492na at 03:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする