2014年05月04日

連休らしさを感じることといえば…(CLACLA日記)

 世はゴールデンウィークの真っただ中。


 晴天。
 どんよりとした感じはありつつも、いいお天気、いい青空の一日。

 気温も日中は上昇し、心地よい暑さを感じる。

 その分、イネ科の花粉禍に見舞われているようで、目の周りががさがさする。
 やれやれ。


 昨夜、4時半頃に寝床に就く。
 が、夕方夜とコーヒーを続けて飲んだせいか、5時台まで寝つけず。


 それでも、これまたコーヒーのせいもあって、9時過ぎには起きる。


 NHK・FMの『名演奏ライブラリー』、フォルテピアノのバート・ファン・オールトが弾いたヨハン・クリスティアン・バッハの6つのソナタ作品番号17<BRILLIANT>、NHK・FMの『今日も一日 ラ・フォル・ジュルネ 三昧』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』の手直しを行ったりする。
 『名演奏ライブラリー』は、ヴァイオリニストのジノ・フランチェスカッティの特集で、ディミトリ・ミトロプーロス指揮ウィーン・フィルの伴奏によるブラームスのヴァイオリン協奏曲(1958年・ザルツブルク音楽祭におけるライヴ録音)等、フランチェスカッティの流麗なヴァイオリンの音色を愉しむことができた。


 新庄耕の『狭小邸宅』<集英社>を読了する。
 不動産会社の営業社員の苦悩葛藤をとても簡明に描いた、すばる文学賞受賞作品。
 作中で言及されている『蟹工船』よりも、開高健の『巨人と玩具』(増村保造監督によって映画化もされている)のほうを先に想起した。


 18時過ぎに外出し、仕事関係の用件を片づけ、三条のブックオフで二日続けて中古CDを購入し、夕飯用の買い物をすませ、19時半過ぎに帰宅した。


 途中夕飯を挟み、『今日も一日 ラ・フォル・ジュルネ 三昧』を聴く。

 続けて、購入したばかりのアルティス・カルテットが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第1番&第15番<SONY>を聴く。
 クリアでスマートだけれど、インティメートな雰囲気にも満ちた演奏で、室内楽の愉しみがよく伝わってくる一枚だ。
 それにしても、ブックオフの中古CDって、500円の棚にこそ掘り出し物が揃っているんだよねえ。

 さらに、ピアノのジャン・イヴ・ティボーデとウラディーミル・アシュケナージさん指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲第2番&パガニーニの主題による変奏曲<DECCA>を聴く。
 もちろんこちらも、500円の棚で見つけたもの。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、ロベルト・ポラーニョの『鼻持ちならないガウチョ』<白水社>を読み始めたりする。
 ポラーニョはチリの出身で、2003年に亡くなっている。
 面白し面白し。


 今日は、オイシスのスイスロール(抹茶風味クリーム)を食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 抹茶風クリームのオーソドックスなロールケーキで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 朝から夜にかけて、近くの広場での吹奏楽だとかバンドとかの演奏する音がふわんへわんといった具合に聞こえてきていた。
 連休らしさを感じるも、ちょっとかまびすしい。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

憲法記念日 お芝居を観て、大切な予定をすませた(深夜のCLACLA)

 憲法記念日。
 いろいろなことを考える。
 本当にいろいろなことを考える。


 どんよりとしたお天気の一日。

 日中は気温が上昇し暑さを感じたが、夕方以降は肌寒さを感じる。
 薄着で出たのも大きかったのだけれど…。


 イネ科花粉にやられているのか?
 どうにも調子が悪い。

 そして、左目の調子も悪い。
 やれやれ。


 昨夜、KBS京都でアルコ&ピースのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 朝早めに起きて、KBS京都の『桂塩鯛のサークルタウン』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、新庄耕の『狭小邸宅』<集英社>を読み始めたりする。


 13時少し前に外出し、自転車で京都大学西部講堂へ。
 猛き流星のvol.3『贋作 罪と罰』(野田秀樹脚本、ドストエフスキー原作、酒井信古君演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。


 終演後、大切な予定をいくつかすませる。

 その後、三条のブックオフで中古CDを購入し、夕飯用の買い物をすませ、23時近くに帰宅する。


 非常に遅めの夕飯後、購入したばかりのピアノのジャン・イヴ・ティボーデとウラディーミル・アシュケナージさん指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲第2番&パガニーニの主題による狂詩曲<DECCA>とフォルテピアノのバート・ファン・オールトが弾いたヨハン・クリスティアン・バッハの6つのソナタ作品番号17<BRILLIANT>(2回)を聴いたりしながら、観劇記録の準備をする。
 技術的に凄いピアニストほど、騒々しいというか押しつけがましくなりがちなラフマニノフだが、ティボーデとアシュケナージさんの録音は、とても聴きやすい。
(ちなみに、アシュケナージさんとは一度ご挨拶したことがあるので、敬称つきである)


 以上、5月3日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

猛き流星 vol.3『贋作 罪と罰』

☆猛き流星 vol.03『贋作 罪と罰』

 脚本:野田秀樹
 原作:ドストエフスキー
 演出:酒井信古
(2014年5月3日14時開演の回/京都大学西部講堂)


 今は亡き如月小春は、野田秀樹の『走れメルス』について、
>「天皇制」も「満州大陸」も「病んだ日本」も出てこない。
 メッセージというものがつかめない。けれど見終わって泣けた。
 自分が生きていることが切なくなった。言葉を超えて伝わってくるものがあった。
 それはおそらく同世代感覚としかいいようのないものだったと思う<
と記した。
 時が流れ、野田秀樹は積極的に「天皇制」を騙る、ではない語るようになった。
 それを野田秀樹の天向、ではない転向と見る向きもないではないが、僕にはそれは、彼の身体と言語のアクロバティックな優技で有義な遊戯の中で疾走し失踪していた潜在的なモティーフの顕在化であるように感じられる。
 言い換えれば、それは同「世代」性から同「時代」性への収斂というか。
 で、『贋作 罪と罰』は、夢の遊眠社解散以降の野田秀樹の変化変容のとば口の時期に書かれた作品の一つだが、NODA・MAPでの初演から約20年、再演からも約10年が経ってなお、強いアクチュアリティを有しているはずだ。
(なあんて、天才の猿真似はあかんね。ちっとも面白くないや)

 今回の公演で演出の酒井信古は、何重底にもなった意匠を押さえつつ、作品の肝となる部分を劇的に、なおかつ演劇的に描き上げようと努めていたのではないか。
 京大西部講堂の間尺もよく活かされており、とても見栄えのする舞台に仕上がっていた。

 ただ一方で、舞台上の激しい動きとともに、テキストの勘所というか、要所急所、仕掛けが必要以上に流されてしまっているように感じられたことも事実だ。
 しかも、にもかかわらず、例えばモーツァルトの作品がベートーヴェンの作品を演奏するかのように演奏されたような重たさを感じたことも否めない。
(余談だけど、『贋作 罪と罰』を観ると、どうしても、つかこうへいの『幕末純情伝』を思い出し、さらに野田さん自身の『怪盗乱魔』を思い出してしまう)

 様々な事情もあってだろう、ライヴ特有の傷がまま見受けられたが、演者陣は作品の世界観と酒井君の演出を汲み取る努力を重ねていた。
 主人公の三条英を演じた柳沢友里亜や、高瀬川すてらをはじめ、小西啓介、柳原良平(トリックスター的な部分でも持ち味を発揮していたけれど、実は後半のほうが柳原君の特性により近いものがあるのでは)、富永琴美(昨年の学生演劇祭で、彼女は客演でもその真価を発揮すると思っていたが、やはりその通りだった)勝二繁、高山涼、土谷凌太、鈴木翠、小高知子、黒須和輝、野口祐史と、なべて熱演。
(その存在自体にはいろいろ感じるところもあるのだけれど、山中麻里絵は演出の趣向によく沿っていたとも思う)

 いずれにしても、全ての公演参加者の健闘に大きな拍手を贈りたい。
posted by figarok492na at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする