2014年04月27日

髪を切り、用件をすませた(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空と、連休日和が続く。

 気温も上昇し、日中は暑さを感じた一日。

 まだまだ花粉禍は続き、目の周りの痒みやくしゃみに悩まされる。
 やれやれ。


 昨夜、出久根達郎の『七つの顔の漱石』<晶文社>を読み進める。

 その後、明け方5時近くまで仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたりする。


 覚悟の昼寝坊。
 正午過ぎに起きる。


 グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第8番、第10番、第12番、第13番とベートーヴェンのピアノ・ソナタ第5番〜第7番<ともにSONY/BMG>を聴き、それぞれのCDレビューをアップする。

 ほかに、ギターのミロシュ・カラグダリッチとヤニク・ネゼ=セガン指揮ロンドン・フィルが演奏したロドリーゴのアランフェスの協奏曲&ある貴紳のための幻想曲他<ドイツ・グラモフォン>を2回聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたりする。


 『七つの顔の漱石』を読了する。
 夏目漱石を中心に、出久根達郎が作家たちについて記した短めの文章をまとめたもの。
 出久根さんの人柄のよさもよく表われていて、好感の持てる一冊だった。
 ああ、面白かった!


 17時台に外出し、近くのプラージュで髪を切った。
 ばさっと、というか、バリカンでバリバリと短く切(刈)ってもらう。
 ああ、すっきりした!

 その後、京都芸術センターへ。
 関係各氏と話しやあいさつをする。

 で、待ち合わせが急遽変更となり、河原町へ。
 仕事関係の用件をささっとすませ、Avisをのぞき、夕飯用の買い物をすませ、19時半過ぎに帰宅した。


 帰宅後、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』で、沼尻竜典指揮日本センチュリー交響楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』のライヴ録音を聴く。


 夕飯後、ロドリーゴのCDとNHKラジオ第1のワクテカ・ラジオ学園を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたり、青山雅英の『ナガサキの原爆を撮った男』<論創社>を読み始めたりする。
 『ナガサキの原爆を撮った男』は、著者の祖父で、1945年8月10日未明に被爆直後の長崎に入ってその写真を撮影し、のちに『原爆の長崎』という写真集を刊行した山端庸介と、その父山端祥玉の生涯を丹念に追った一冊だ。


 今日は、ヤマザキのバナナクリームリングドーナツを食す。
 近くのドラッグランドひかりで、半額、税込み49円だったもの。
 バナナクリームを包んだチョコドーナツで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第5番〜第7番

☆ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番〜第7番

 ピアノ独奏:グレン・グールド
(1964年/アナログ・セッション録音)
<SONY/BMG>8697147952


 グールドが、ベートーヴェンの作品番号10のピアノ・ソナタ3曲(第5番、第6番、第7番)を収めたアルバムだ。
 モーツァルト同様、ここでもグールドの「我が道をゆく」スタイルは徹底されているが、モーツァルトよりもベートーヴェンに親近感を抱いているためか、作品の結構(旨味)を結構意識した演奏に仕上がっているように思う。
(三幅対というか、3つのソナタを一つながりの作品としてとらえているかのようにも感じられる)
 もちろん、ベートーヴェンの音楽の持つ劇性、活き活きとした感じが一層強調されていることは、言うまでもない。
 実に躍動感に富んだ録音である。
 ベートーヴェンの初期のソナタを愉しく聴きたいという方には、強くお薦めしたい一枚だ。
(なお、オリジナルのマスターテープによるものだろう、若干ノイズが多いので、演奏そのものよりも音質が気になるという向きはご注意のほど)
posted by figarok492na at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第8番他

☆モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番、第10番、第12番、第13番

 ピアノ独奏:グレン・グールド
(1965年〜1970年/アナログ・セッション録音)
<SONY/BMG>8697148162


 グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタについては、すでに有名なトルコ行進曲つきのソナタ(第11番)が入ったアルバムについて先日ある程度記しておいたので、ここでは繰り返さない。

 モーツァルトにとって数少ない短調のソナタのうち、まだ若い頃に作曲されたイ短調のソナタ(第8番)の、特に第1楽章をグールドがどう演奏するかを確かめたくてこのCDを買ったのだが、いやあやっぱりすごかった。
 繰り返しもなしにあっけなく終わってしまう第1楽章など、これがグールドでなかったら、いやグールドであったとしても、「おふざけなさんな!」とお腹立ちになる向きもあるかもしれないが、僕はその乾いて、それでいながら、やたけたでなんでもかでも掻き毟ったり、物をぶつけまくったりしたくなるような感情のどうしようもなさがよく表われたこのグールドの演奏が好きだ。
 他に収録された3つのソナタも同様に、毒にも薬にもの薬にはならなくて、毒そのものの演奏なんだけど、こういった音楽の毒と真正面から向き合うことも自分には必要なんじゃないかなと改めて思った。

 それにしても、継ぎ接ぎだらけ(ソナタ1曲でも、レコーディングが長期に亘って行われている)にもかかわらず、「生」な感じに圧倒されるのも、グールドの録音の不思議さだ。

 ところで、毒とは無縁、よい意味での教科書的なモーツァルトの演奏としては、ブルガリア出身のスヴェトラ・プロティッチ(同志社女子大学で教えていたことがあり、関西フィルの定期で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の実演に接したこともある)が弾いたピアノ作品集<KING>KICC3527を挙げておきたい。
 1991年の没後200年のモーツァルト・イヤーがらみでリリースされたアルバムが、1000円盤で再発されたものである。
 こういった演奏があるからこそ、毒はより引き立つのだし、逆に毒があるからこそ基本、ベーシックとなるものの意味もはっきりするのではないか。
posted by figarok492na at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする