2014年04月17日

中立中立って言うけれど…(CLACLA日記)

 どんよりとした感じが強いお天気。
 青空も見えてはいたが。

 気温はさらに上昇し、日中は暑さを覚えたほど。
 ただ、また少し気温が下がるようだが。

 そして、今日も今日とて花粉禍が激しい。
 目の周りの痒みやくしゃみの連発に悩まされる。
 やれやれ。


 衆院の文部科学委員会で、下村文部科学大臣が、「多数の者に強い影響力を持ちうる教育に、一党一派に偏した政治的主張が持ち込まれてはならない」とし、「政治的中立性が教育現場で担保されていることを示すことも必要」であり、教員の違法な政治活動に対する罰則の新設も視野に旨、発言したという。
(質問者は、自民党の義家弘介議員。以上、朝日新聞朝刊による)
 中立の言やよし。
 しかしながら、現在の安倍政権下で中立の名のもとに行われる教育が、果たして内容的にも、教える側の意識的にも「中立」を担保されたものであるのかどうか。
 正直、なんとも胡散臭くきな臭い話である。
(そうそう、狭義の政治性は置くとして、武雄市の花まる学園がどうこうという件も、「中立性の担保」という意味ではいろいろ問題があるのではないのか?)


>ニュートラルとは現にかく在る状態ではなく、どうしてもイエスかノーかの判断を行わざるをえない人間が、揺らぎ躊躇し迷いながらもいったん留まって、自らの判断について深く考察しようとする強い意志をこそそう呼ぶべきなのではないかと、僕は思う。
 だからこそ僕は、我はニュートラルなり、と広言してはばからない人間に対しても、胡散臭さと嘘臭さを感じてしまう。
 ニュートラルって、それほど簡単なことじゃあるまいに!<
(以前記した、『ニュートラル』という文章より引用)


 昨夜、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第5番〜第7番<SONY/BMG>を聴いたりしながら、3時半まで仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたり、窪美澄の『クラウドクラスターを愛する方法』<朝日新聞出版>を読み進めたりする。


 朝早くに起きて、かかりつけの病院へ。
 で、血液検査のための採血を行い、スギ薬局で薬を受け取り、ついでに買い物もすませて、10時前に帰宅した。


 帰宅後、アルフレード・ベルナルディーニ率いるゼフィロ他が演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲&ファゴット協奏曲他<ドイツ・ハルモニアムンディ>とアントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第3番&第7番「未完成」<SONY/BMG>を2回ずつ聴き、それぞれのCDレビューをアップする。
 詳しくは、前々回前回の記事をご参照のほど。

 ほかに、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』を聴いたりもする。


 仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたりする。


 『クラウドクラスターを愛する方法』を読了する。
 ああ、面白かった!

 続けて、鹿島田真希の『冥土めぐり』<河出書房新社>を読み始める。


 メガネショップより新しいメガネが出来上がったと電話があり、16時台に外出する。
 で、早速メガネを受け取り、今までのものを修理に出す。
 その後、夕飯用の買い物をすませ、18時少し前に帰宅した。


 帰宅後、グールドのベートーヴェンを聴いたりしながら、メガネの使い心地を試す。
 遠近両用のため、慣れるまでちょっと時間がかかりそうだけれど、小さい字がよく見えるのは嬉しい。


 夕飯後、グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第8番、第10番、第12番、第13番<SONY/BMG>(2回)やグールドのベートーヴェンを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたり、『冥土めぐり』を読み進めたりする。
 『冥土めぐり』は表題作を読み終えたが、鹿島田真希もまた巧い作家だなあと改めて感じる。


 今日は、神戸屋のバター香るメロンパンを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 バター(入りマーガリン…)の風味が濃厚な、さくっとした部分としっとりした部分のあるメロンパンで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マナコルダが指揮したシューベルトの交響曲第3番&未完成

☆シューベルト:交響曲第3番&第7番「未完成」

 指揮:アントネッロ・マナコルダ
管弦楽:カンマーアカデミー・ポツダム
(2011年4月、6月/デジタル・セッション録音)
<SONY/BMG>88691960642


 イタリア・トリノ出身の指揮者アントネッロ・マナコルダとドイツ・ベルリン近郊のポツダムを本拠地とする室内オーケストラ、カンマーアカデミー・ポツダムが進めているシューベルトの交響曲全集のうち、2012年にリリースされた第一段、第3番と第7番「未完成」が収録されたアルバムを聴いたが、これは思わぬ掘り出し物だった。

 マーラー・チェンバーオーケストラで長年コンサートマスターを務めた経験も手伝ってか、マナコルダは若いアンサンブルとともに、いわゆるピリオド・スタイルを援用した(ホルン、トランペット、ティンパニはピリオド楽器を使用)、清新な響きの音楽を生み出している。

 第3番では、ロッシーニの喜歌劇を想起させるかのような明快で躍動感にあふれた両端楽章(音楽の流れを重視したのか、第1楽章では序奏部の繰り返しを行っていない)と第3楽章が聴きものだが、第2楽章の緩やかな部分での表情の変化もまた魅力的である。

 一方、「未完成」交響曲では、従来のオーソドックスな演奏と比較すれば速めのテンポはとられつつも、作品の持つシリアスな要素、内面のひだのようなものが強く意識された演奏となっており、シューベルトの一連の歌曲にもつながる寂寥感を覚える。

 カンマーアカデミー・ポツダムは、ソロ・アンサンブルともに優れた出来で、マナコルダの意図によく沿った演奏を行っているのではないか。

 収録時間は46分程度と比較的短いが、内容の密度の濃さを考えれば全く不満はない。
 録音もクリアであり、今現在のベーシックなシューベルト演奏に親しみたいという方には大いにお薦めしたい一枚だ。
posted by figarok492na at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼフィロが演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲&ファゴット協奏曲他

☆モーツァルト:オーボエ協奏曲、ファゴット協奏曲他

 指揮:アルフレード・ベルナルディーニ
 独奏:アルフレード・ベルナルディーニ(オーボエ)
 独奏:アルベルト・グラッツィ(ファゴット)
 独奏:マッシモ・スパダーノ、マウロ・ロペス(ヴァイオリン)
管弦楽:ゼフィロ・オーケストラ
(2006年12月/デジタル・セッション録音)
<ドイツ・ハルモニアムンディ>88697924082


 ピリオド楽器の管楽アンサンブルというと、ソニー・クラシカルのVIVARTEシリーズに数々の録音を残したモッツァフィアートをすぐに思い起こすが、あちらがインティメートで親和力に富んだアンサンブルを売りにしていたとすれば、こちらゼフィロは活発でエンターテインメント性に富んだアンサンブルを売りにしているのではないか。
(実際、ゼフィロは来日コンサートでも演奏中にいろいろ仕掛けてきたらしい。あいにく接することはできなかったが)
 弦楽器奏者を加え、設立者のアルフレード・ベルナルディーニとアルベルト・グラッツィがソロを務めた、このモーツァルトの協奏曲集でも、そうしたゼフィロの特性はよく発揮されていると思う。

 まずベルナルディーニの吹き振りによるオーボエ協奏曲では、ピリオド楽器のオーボエの素朴な音色が魅力的だ。
 そして、伴奏の管楽器陣が随所で威勢のよさを示しているのも面白い。

 一方、ファゴット協奏曲では、グラッツィの軽快明敏なソロが冴える。
 優れた喜劇役者の独り語りを聴いているかのような愉しさだ。
 そして、第2楽章でのおかかなしさ。

 そうそう、最後に収められた2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネも忘れちゃいけない。
(てか、この曲が一番の聴きものかも)
 スパダーノ、ロペスのヴァイオリンのほか、ベルナルディーニのオーボエもソロ的に加わって、伴奏のアンサンブルともども、流れがよくって活きがよい音楽を生み出している。

 モーツァルトの陽性な作品の魅力が存分に詰め込まれたアルバムで、モーツァルト好き、管楽器好き、ピリオド楽器好きにはなべてお薦めしたい。
posted by figarok492na at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする