2014年04月10日

花粉禍に苦しむ一日(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 日中は気温が上昇し穏やかな感じだったが、夕方以降冷たい風が吹き、肌寒くなる。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 花粉症が激しく出る。
 身体の重だるさ、目の周りの痒み、くしゃみの連発に悩まされた一日。
 本来の予定を延期して、部屋での作業にあてた。
 やれやれ。


 目くらましにはだまされたくないものだ。


 昨夜、グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ集<SONY/BMG>を聴いたりしながら、結局5時頃まで仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたりする。


 朝早くから、近所の建築作業がどうにもかまびすしい。
 うっとうしいうっとうしい、うっとうしいったらありゃしない。


 ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』はすぐに途中下車。
 グールドのモーツァルトやウェラー・カルテットが演奏した『モーツァルトのカルテット・パーティ』<タワーレコード/DECCA>(2回)を聴いて、それぞれのCDレビューをアップする。

 ほかに、アルフレード・ベルナルディーニ率いるゼフィーロが演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲&ファゴット協奏曲他<ドイツ・ハルモニアムンディ>、アントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第3番&第7番「未完成」<SONY/BMG>を聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』を書き進めたり、藤野可織の『パトロネ』<集英社>を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。
 近くのファミマで、週刊文春の小林信彦の連載の立ち読みもした。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、アラン・ギルバート指揮ベルリン・フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 ルトスワフスキの交響曲第4番とバルトークのバレエ音楽『かかし王子』などが放送されていた。
 こうしたプログラミングのコンサートは、やはり生で聴きたいものだ。

 続けて、ゼフィーロのモーツァルトを聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたり、『パトロネ』を読み進めたりする。


 今日は、ファミリーマートコレクションのピーナッツブロックチョコを食す。
 近くのファミマで、税込み108円だったもの。
 オーソドックスなピーナッツ入りのブロックチョコレートで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 夜になっても花粉禍に苦しむ。
 やれやれ。


 人の心根のあり様についていろいろと考える今日この頃。
 卑しい人間ではありたくないし、鈍い人間でもありたくない。
 自省あるのみ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウェラー・カルテットが演奏した『モーツァルトのカルテット・パーティ』

☆モーツァルトのカルテット・パーティ

 演奏:ウェラー・カルテット
(1967年3月、4月/アナログ・セッション録音)
<タワーレコード/DECCA>PROC-1401


 ドイツの名指揮者ハンス・シュミット=イッセルシュテットの子息で、レコード・プロデューサーのエリック・スミスは、中でもモーツァルト作品に優れた企画を遺したが、この『モーツァルトのカルテット・パーティ』もスミスがDECCAレーベル在籍中に完成させた一連の企画のうちの一枚である。

 モーツァルトの友人でアイルランド出身のテノール歌手、マイケル・ケリーの回想録中にある、ハイドン(第1ヴァイオリン)、ディッタースドルフ(第2ヴァイオリン)、モーツァルト(ヴィオラ)、ヴァンハル(チェロ)ら作曲家が弦楽4重奏を演奏したカルテット・パーティ(イギリスの作曲家、スティーヴン・ストーラスが1784年に開催)を再現したもので、モーツァルトの第3番ト長調、ハイドンの第3番ニ長調、ディッタースドルフの第5番変ホ長調、ヴァンハルのヘ長調が収録されている。
 で、これがモーツァルトやハイドンの後期の作品となるとまた感想も大きく変わってくるのだろうけれど、いずれも古典派の様式に忠実なインティメートな雰囲気に満ちあふれた耳なじみのよい音楽に仕上がっており、甲乙がなかなかつけ難い。

 艶やかな音色を誇るウェラー・カルテットも、音楽の緩急要所急所をよく心得た演奏で、そうした作品の持つ特性魅力を巧く表わしている。
 マスタリング(ハイビット・ハイサンプリング)の成果もあってか音質も優れており、古典派の弦楽4重奏曲をオーソドックスな演奏で愉しみたいという方には安心してお薦めできるアルバムだ。

 そうそう、このアルバムが嬉しいのは、カップリングもそうだけど、ブックレットにLPのオリジナルジャケットと同じデザイン(レーベルマークも含めて)がきちんと使用されていること。
 オリジナルを歌いながら、オリジナルのジャケットデザインが斜めを向いて倒れたり、端のほうでちっちゃくなって縮こまっていたりするエセ・オリジナルCDをまま見かけるが、ああいうものは本当に見苦しい。
 そもそもそういった部分にもこだわる人間だからこそCDを購入するわけで(そうじゃなきゃ、ネットでダウンロードすればすむ話だもん)、LPオリジナルには何も足さない、LPオリジナルからは何も引かないの基本姿勢で、レーベル側(企画者)にはのぞんで欲しい。
posted by figarok492na at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グレン・グールドが弾いたモーツァルト

☆モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番、第16番、第15番他

 演奏:グレン・グールド(ピアノ)
(1965年〜1972年/アナログ・セッション録音)
<SONY/BMG>8697148242


 昔の人は言いました いやよいやよもすきのうち。

 とは、畠山みどりのヒットナンバー『恋は神代の昔から』(星野哲郎作詞、市川昭介作曲)の一節で、今のご時世、セクハラすけべい親父でさえ口にしづらいフレーズではあるが、グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ集を耳にしていると、ついそんな言葉を口にしてみたくなる。

 と、言うのも、このグールド、なんとモーツァルトが好きではない、嫌いだと公言していたからである。
(許光俊『世界最高のピアニスト』<光文社新書>の「第11章 グレン・グールド」等)
 で、確かにそんな自らの好悪の感情もあらわに、このアルバム(ちなみにLP初出時と同じカップリングで、ブックレットのデザインもLPのオリジナルジャケットによる)でもグールドはやりたい放題をやっている。
 未聴の方もおられるだろうから、あんまりネタは割りたくないが、例えば有名なトルコ行進曲(第11番の第3楽章)なぞ、そのあまりのテンポの遅さ、ぎくしゃくとした感じにげげっと驚くことは間違いなしだ。
(一音一音、音の動きつながりがよくかわるので、僕は思わず斎藤晴彦が歌っていた『トルコ後進国』の歌詞を口ずさんでしまったほどである)
 一方、ソナチネでおなじみ第16番(旧第15番)など、速さも速し。
 省略もあったりして、あっという間に曲が終わってしまう。
 ただ、そうしたあれやこれやから、これまで見落とされがちだった別の側面が巧みに描き出されていることも事実で、幻想曲ニ短調K.397の展開の独特さと美しさ、ソナタ第15番(旧第18番)におけるバッハからの影響等々は、グールドの楽曲解釈だからこそ鮮明に表わされているものだとも思う。

 モーツァルトが好きな方にもそうでない方にも、一聴をお薦めしたい一枚。


 ところで、グールドはイギリスのポップシンガー、ペトゥラ・クラークの歌(『恋のダウンタウン』他)の分析を通してアイデンティティ論を展開したことがあるそうだが*、冒頭の『恋は神代の昔から』をもしグールドが聴いていたら、モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』や大好きな夏目漱石(特に『草枕』がそうだったそう)を絡めつつ、一種独特な恋愛論を展開したかもしれない。
(んなこたないか…)


 *宮澤淳一「グレン・グールドとその周辺」より(『クラシック輸入盤パーフェクト・ガイド』<音楽之友社>所収)
posted by figarok492na at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする