2014年03月24日

春めいて花粉症に苦しむ(CLACLA日記)

 世は三連休明け。


 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 気温も上昇し、日中は暖かさを強く感じる。
 ようやく春めいてきたか。
 その分、花粉症の出が激しく、目の周りのかゆみや首筋のがさがさ、くしゃみの連発に悩まされたが。
 やれやれ。


 イラストレーターの安西水丸が亡くなった。71歳。
 イラスト作品のほか文筆活動も行い、村上春樹との『象工場のハッピーエンド』や『村上朝日堂』、『ランゲルハンス島の午後』、『夜のくもざる』でも知られた。
 手元にある、村上春樹の『螢・納屋を焼く・その他の短編』<新潮文庫>のカバーの安西さんのイラストを目にする。
 深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、3時半頃まで仕事関係の作業を進める。


 朝早くから、近所の建築作業がかまびすしい。
 そういえば、春分の日も土曜もずっと作業をしていたんだった。
 このすっとこどっこいのおたんこなすめが!
(作業の方々よりも、やらせてる連中に腹が立つ)


 正午過ぎに外出し、仕事関係の用件を片づける。


 帰宅後、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラが演奏したヨハン・セバスティアン・バッハの管弦楽組曲全曲<ERATO>を2回聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『千春日和』について考えたりする。


 柚木麻子の『私にふさわしいホテル』<扶桑社>を読了する。
 スラプスティックな色合いも濃いよくできたエンターテインメントだけれど、そこにプロの作家としての矜持がはっきりと織り込まれていて、実に読み応えがあった。
 そして、大いに刺激を受けた。
 ああ、面白かった!


 16時過ぎに外出し、仕事関係の用件を片づけ、京都シネマに寄って『父のこころ』の上映前の様子を確認し(皆様、ありがとうございます)、夕飯用の買い物をすませて、18時頃帰宅した。


 帰宅後、フェルディナント・ライトナー指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」&第31番「パリ」、バレエ音楽『レ・プティ・リアン』序曲<タワーレコーズ/ドイツ・グラモフォン>を聴いて、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『ベスト・オブ・クラシック』で、NHK交響楽団が演奏したピアノ協奏曲のライヴ録音を聴く。
 ネルソン・ゲルナーの独奏、下野竜也の指揮でシューマンのピアノ協奏曲、チョ・ソンジンの独奏、チョン・ミュンフンの指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第21番、ロバート・レヴィンの独奏、ロジャー・ノリントンの指揮でベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番などが放送されていた。


 続けて、ピアノのアリシア・デ・ラローチャが弾いたグラナドスのスペイン舞曲集&詩的なワルツ<RCA>、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団が演奏したロッシーニの序曲集<同>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、細田晴子の『カザルスと国際政治』<吉田書店>を読み始めたりする。
 『カザルスと国際政治』は、20世紀を代表する音楽家、チェリストのパウ(パヴロ)・カザルスの生涯について、彼のカタルーニャ性や国際的な政治状況との関係性を重視しながら詳述考察した一冊である。


 今日は、サン・アローズの豆乳入りどら焼きを食す。
 寺町の業務スーパーで、税込み39円だったもの。
 電子レンジでちょっと温めて、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ライトナーとバイエルン放送交響楽団のモーツァルト

☆モーツァルト:交響曲第36番「リンツ」&第31番「パリ」他

 指揮:フェルディナント・ライトナー
管弦楽:バイエルン放送交響楽団
(1959年4月/アナログ・セッション録音)
<タワーレコーズ/ドイツ・グラモフォン>PROC-1244


 ベルリン・フィルの終身指揮者に選ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンと契約を結んだことが大きな契機となって、それまでヨーロッパのローカル・レーベル的な存在であったドイツ・グラモフォンは、一躍世界的なメジャー・レーベルへと変化した。
 だがその陰で、徐々に録音の表舞台から姿を消して行った一群の指揮者がいた。
 後年NHK交響楽団への客演で我が国でもなじみ深い指揮者となったフェルディナント・ライトナーも、その一人である。
 ベルリン・フィルを振ってヴィルヘルム・ケンプを伴奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(ケンプにとっては再録音)や、同じくベルリン・フィルとのプフィッツナーの管弦楽曲集など、これぞドイツの職人技とでもいうべき手堅い音楽づくりで敗戦直後のドイツ・グラモフォンの屋台骨を支えたライトナーだったが、かえってその彼の美質が、国際化を進めるドイツ・グラモフォンにとってはあまり魅力とならなかったのかもしれない。
(それでも、1969年には、バイエルン放送交響楽団らとブゾーニの歌劇『ファウスト博士』を録音したりもしているが)

 タワーレコードのヴィンテージコレクションでCD化がなったバイエルン放送交響楽団とのモーツァルトの交響曲集(第36番「リンツ」と第31番「パリ」のほか、バレエ音楽『レ・プティ・リアン』の序曲が収められている)は、ライトナーという指揮者の特性がよく表われた一枚だ。
 いわゆるピリオド・スタイルとは無縁だけれど、足取りの重いべたつく行き方とも一線を画しており、モーツァルトの長調の作品の持つ陽性や劇性、音楽の要所急所が巧く押さえられた耳なじみのよい演奏に仕上がっている。
 バイエルン放送交響楽団もソロ、アンサンブルともに優れた出来であり、マスタリングの成果だろう、55年前の録音にもかかわらず、音質の難を予想以上に感じない。
 収録された3つの曲をよくご存じの方にこそお薦めしたい一枚である。

 そうそう、ライトナーといえば、1988年の12月16日に京都会館第1ホールで、NHK交響楽団との第38回NTTコンサートを聴いたことがあった。
 徳永二男のソロによるヴァイオリン協奏曲と交響曲第1番というオール・ブラームス・プログラムで、それこそライトナーの職人技に接することができると期待していたのだが、京都会館第1ホールの劣悪な音響より前に、ちょうど同じ日にBUCK-TICKか何かのライヴが第2ホールで開催されていて、彼らのどんやんどわどわという重低音が耳障り以外の何物でもなく(バンドの音楽自体が耳障りってことじゃないので、悪しからず。クラシック音楽を聴きに来たのにこれはないわ、ということ)、ちっとも音楽を愉しむことができなかった。
 今もって無念を感じる出来事である。
posted by figarok492na at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする