2014年03月04日

京都芸術センターへ行った(CLACLA日記)

 青空からどんよりとしたお天気へ。

 夕方以降、冷え込みが厳しくなる。
 寒の戻りとか。
 皆さん、くれぐれも風邪などにはお気をつけくださいね。


 ウクライナ(クリミア半島)情勢が緊迫する。
 いろいろと考えることあり。


 俳優の安井昌二が亡くなった。85歳。
 長谷川一夫が主宰した新演伎座から俳優座養成所を経て日活専属となり、市川崑監督の『ビルマの竪琴』の水島上等兵役で人気を得た。
 その後、新派に移り舞台を中心に活躍する。
 また、夫人の今は亡き小田切みき(『生きる』!)や娘の四方晴美(チャコちゃん)とともにテレビドラマに出演したりもした。
 そういえば、三谷幸喜脚本のドラマ『今夜、宇宙の片隅で』の最終回に安井さんが出演してたんだよなあ。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、ABCラジオで『伊集院光深夜の馬鹿力』を聴いたりしながら、5時近くまで仕事関係の作業を進める。


 10時台に起きて、グレン・グールドが弾いたヨハン・セバスティアン・バッハのインヴェンションとシンフォニア<SONY/BMG>、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団が演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』抜粋&交響曲第3番「英雄」<同>を聴いたりしながら、第18次笑の内閣の『ツレがウヨになりまして』(高間響上皇作・演出)の観劇記録をアップしたり、仕事関係の作業を進めたり、小沢信男の『捨身なひと』<晶文社>を読み進めたりする。
 『捨身なひと』では、中野重治に関する文章で、車善七(非人頭)=車善六(中野重治の『空想家とシナリオ』の主人公)=車寅次郎のつながりから、「下積みの人間の滑稽な偉大さというテーマにおいても」「山田洋次もかなり早い時期に『空想家とシナリオ』を読んだにちがいない」と小沢さんは確信している。
 「なんの根拠もなしに」と小沢さんは付記しているが、
>おまえが空地であってしあわせよ。
 地面にくっついているから万引きができないか<
という車善六の言葉には、どうしても車寅次郎のことを思い出さざるをえない。
 それに、中野重治と山田洋次は思想信条においても非常に近しい場所にいたわけだし。


 17時台に外出し、夕飯用の買い物をすませ、京都芸術センターへ。
 諸々あって、20時近くに帰宅する。



 少し遅めの夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『捨身のひと』を読み進めたりする。


 今日は、サン・アローズの豆乳入りどら焼きを食す。
 寺町の業務スーパーで、税込み39円だったもの。
 ついついまたまたである。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第18次笑の内閣『ツレがウヨになりまして』

☆第18次笑の内閣『ツレがウヨになりまして』

 作・演出:高間響
 演出補:由良真介、山下みさと
(2014年3月3日19時半開演の回/KAIKA)


 東京、札幌を経て京都公演を迎えた第18次笑の内閣『ツレがウヨになりまして』は、一つの作品を繰り返して上演することの意味を改めて考えさせられる内容となっていた。

 会社を辞めてニートとなった青年が、突然ネトウヨと化し、なんのこっちゃらスーパーマーケットへの抗議行動まで参加する始末。
 そんな、ツレがウヨになってしまった状況で、果たして青年の彼女はいかなる決断を下すのか。
 とまあ、物語の主筋をまとめるとそうした具合になるかな。
 ところどころ、それはあんた無茶な! と突っ込みを入れたくなる部分もあるんだけれど、そこはもうお芝居。
 喜劇の中に、それこそ韓流ドラマもかくやのメロドラマの要素を取り込みつつ、「愛国心とはなんじゃいね?」といった問いかけがしっかり行われていて、笑いながらもいろいろと考えさせられる作品となっている。
(何が良くって何が悪い、と問いの答えを押し付けていないところも、『ツレウヨ』、ばかりじゃない、高間君の作品のミソだろう)
 京都大学吉田寮での2012年5月の初演時より、作品がアクチュアリティを増したことももちろんだが(なにせ、ソウリがウヨになりまして、だもんね)、作品全体の練れ具合、まとまり具合という意味でも、再演の成果がよく表われていたのではないか。
 よい意味での邪劇臭は伴いながらも、高間響という劇の造り手の本来の志向嗜好を再確認することもできた。
(だからこそだが、オーケストラトレーナー的な存在、出演者以外の演出助手、演出補佐がここに加われば、作品の特性魅力がさらに発揮されるのではと思ったりもする。例えば、KAIKAの間尺、特質にあわせて、演者の声量の細かいコントロールを指示するような)

 演者陣では、ヒロイン役の鈴木ちひろの成長がまずもって強く印象に残る。
 この間の様々な経験が演技に反映されており、初演に比べてヒロイン像がより明確になったと思う。
(だいいち、歌がうまくなっていたのがいい)
 一方、清水航平は、青年の鬱屈した感情、人間としての弱さにも力点を置いた演技で、物語に幅を持たせる努力をしていたように感じた。
 高瀬川すてらは、初演時同様細やかな表現で存在感を示していたし、髭だるマンもうざさうっとうしさのエネルギーを増していた。
 また、伊藤純也の安定感、手堅さの中のおかしみ、由良真介の抑制された感じ、山下みさとの役を自分自身に落とし込もうとする意志も忘れ難い。
 各々の技術面での課題(台詞の癖であるとか、間のとり方とか)をクリアしていって、より密度の濃い見応えのある舞台を創り出していって欲しい。

 なお、この回の劇中ゲストは、ファックジャパン。
 渾身の至芸を披歴していた。

 そして、アフタートークのゲストはあの井筒和幸監督。
 硬軟交えた怒涛のトークで、圧巻だった。

 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

井筒監督のお話も面白かった(深夜のCLACLA)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の一日。

 気温は再び下がり、寒さがとても厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪などにはお気をつけくださいね。


 昨夜、小沢信男の『捨身なひと』<晶文社>を読み始める。
 花田清輝ら、著者が深く交わった人々について綴った文章をまとめた一冊。
 嬉しいかぎり。

 その後、4時半近くまで仕事関係の作業を進める。


 午前午後と、ジョン・バルビローリ指揮ベルリン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第9番<EMI>や、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第40番&第41番「ジュピター」<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『捨身なひと』を読み進めたりする。


 18時台に外出し、仕事関係の用件を片づけ、下京図書館へ。
 古谷田奈月の『星の民のクリスマス』<新潮社>、佐藤亜紀の『小説のタクティクス』<筑摩書房>、水道橋博士の『藝人春秋』<文藝春秋>、山本順二の『漱石のパリ日記』<彩流社>を返却し、予約しておいた京極夏彦の『書楼弔堂』<集英社>と春日太一の『あかんやつら』<文藝春秋>を新たに借りる。


 それからKAIKAに移動し、第18時笑の内閣『ツレがウヨになりまして』(高間響上皇作・演出)を観る。
 詳しくは、次回投稿予定の観劇記録をご参照のほど。
 ああ、面白かった!

 終演後のアフタートーク・ゲストは、井筒和幸監督。
 井筒監督らしい硬軟交えたトークで、1時間半があっと言う間に過ぎていった。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。


 で、終演後、井筒監督と笑の内閣の面々の飲み会に参加する。
 ここでも、井筒監督からいろいろとお話をうかがうことができた。


 2時過ぎに帰宅し、いくつか用件を片づける。


 以上、3月3日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする