2014年02月02日

コンサートを途中下車し、お芝居を観に行った(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。
 朝方まで雨が降っていたが、その後やんで少し陽光も見える。

 気温は非常に上昇。
 春らしさを感じる。
 それでも、皆さんくれぐれも風邪やインフルエンザ、ノロウイルスにはお気をつけくださいね。


 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 午前午後、仕事関係の作業を進めたり、品川正治の『戦後歴程』<岩波書店>を読み進めたりする。


 13時台に外出し、歩いて京都堀川音楽高等学校音楽ホールへ。
 ヨハン・セバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲の異稿を、チェンバロのヤロスラフ・トゥーマがアーティスティックリーダーを務めた、京都市立芸術大学卒業生によるバッハ・コレギウム・京都が演奏するというコンサートを聴くためなり。
 が、前半の第1番、第3番、第4番を聴いたところで退散する。
 個々の奏者の技量はなかなか優れたものではあるのだけれど、ホールの音響もあってか、アンサンブルとなるとどうにもしっくりこなかったのである。
 かてて加えて、隣の席の妙齢な女性が、自ら「風邪気味」と口にするくせに、マスクもせずぐしゅぐしゅやっているのにも辟易したため。
 そうそう、第3番の弦楽器のみの終楽章は、コンサートミストレス(たぶん大内山薫さんではないか? それと、誰かを確認する意味で検索してみたところ、京フィルの森本真裕美さんは長崎出身だったのか!)以下、とてもスリリングな演奏で聴き応えがあったんだった。


 16時台にいったん帰宅したのち、今度は自転車で外出し、人間座スタジオへ。
 月面クロワッサンの番外公演 月面クロワッサンおもしろ演劇集『無欲荘』(稲葉俊君脚本・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、稲葉君はじめ関係各氏と話しをする。

 で、終演後、夕飯用の買い物をすませて20時半少し前に帰宅した。


 少し遅めの夕飯後、NHKラジオ第1のワクテカラジオを聴いたりしながら、観劇記録の準備をしたり、上野修の『哲学者たちのワンダーランド』<筑摩書房>を読み始めたりする。


 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、スイートボックスのポテトチップス・チーズ味を食す。
 チーズ風味濃厚なポテトチップスで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月面クロワッサン番外公演『無欲荘』

☆月面クロワッサン番外公演 月面クロワッサンのおもしろ演劇集『無欲荘』

 脚本・演出:稲葉俊
(2014年2月2日18時開演の回/人間座スタジオ)


>だいたい、誠実ってのはさあ、人様にそう言われるからこその誠実なんであってさあ、自分で誠実なんて名乗るのはどだいおこがましいよ<
(拙作『高森みずきの穏やかな一日』から、「幽閉」されている高森みずきへ親友の莢子が語る台詞より)
 と、これはあくまでも映画のシナリオ中の台詞だから、手厳しい物言いになってしまっているが、自分自身をプラスの言葉で評価するってことには、やっぱり勇気がいる。
 相当自信があるか、もしくは破れかぶれでないと。

 月面クロワッサンの面々が自らの番外公演を「おもしろ演劇集」と名付けたと知ったときは、正直ちょっと鼻白んだ。
 自分で自分の企画を「おもしろ」なんて名乗るなんて…。
(なお、今夜確認したが、これは作道雄君の発案ではないとのことである)

 で、そのことはそのこととして、ちょっといろいろと思うところもあって、最後の最後まで観に行こうか行くまいか迷いに迷ったのだけれど、結果これは観ておいて本当に正解だったと思う。

 『無欲荘』は、シュールレアリズム的というか、現実に根ざしながらもそれが脱臼に脱臼を重ねていくという展開で、メタ的志向や乾いた叙情性という点も含めて稲葉俊と合田団地君や田中次郎君との近しさ、合い具合を改めて感じさせる内容となっていた。
 稲葉君の内面のあれこれ(そこには、よい意味での不気味さ、一筋縄ではいかない感じも含まれる)や演劇活動、創作表現との向き合い方、社会意識がよく表われている上に、月面クロワッサンという集団組織の諸々もしっかり投影されているようで、とてもシュートでスリリングな面白い脚本に仕上がっていたと思う。
 また、そのこととも関連して、太田了輔や森麻子、西村花織等、そのキャスティング、人物造形にも目を見張った。
(中でも西村さんに、彼女の「がばい」ぶりを表出させるかのような役回りを与えた点は、稲葉君のクリーンヒットだ)

 上述した面々に、小川晶弘、山西竜矢(サトカヨに雰囲気がちょっと似ている)、浅田麻衣、丸山交通公園、横山清正の演者陣も、技術的な長短はありつつも、その特性魅力とともに、各々の器用さをよく発揮していたのではないか。

 しかし、だからこそ、何かが余分で何かが足りないというのか、それぞれの問題点課題が如実に示されてしまっていたことも残念ながら事実である。
(より具体的に指摘したいことはあるのだが、それは技術面のみならず個々の演劇的立ち位置やプライベートな側面にまで踏み込むことになってしまうので、ここではあえて省略する)

 ただ、そうした課題や問題点、より率直にいえば集団組織としての弱さが明確になってしまったことは、今後の月面クロワッサンにとって、非常にプラスになったとも思うし、その意味でも今回の公演に接しておいてよかったと僕は思う。

 そうそう、護憲運動や平和運動に積極的に関わり、昨年惜しくも亡くなった稀有な財界人品川正治の『戦後歴程』<岩波書店>を偶然読み終えたばかりだけれど、彼が希求し続けた自らの手で創り出す民主主義は、政治や社会のみならず、芸術活動にも大いに通じるものではないか。
 もちろん、集団組織をまとめる確固としたイニシアティヴは必要だろうし、傍で口にするほど相互理解や共通認識を築くということは簡単なことではないだろう。
 けれど、だからと言って手間暇を惜しんで一党独裁一社独裁一者独裁を選ぶことが、結果として多数に幸福をもたらすとは、とうてい考えられないことも事実だ。

 今回の公演、並びに一連の企画が月面クロワッサンの面々にとって、「自分自身と自分が所属する集団組織が何を目標としそれをどう実現していくか、そのためには自分自身と自分が所属する集団組織に何が必要か」を改めて考え、なおかつ実践していく重要な契機となることを心から望みたい。
posted by figarok492na at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする