2013年11月09日

演劇の公演を観たあと、打ち合わせを行った(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えるお天気。

 気温は徐々に下がりつつあり。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 昨夜、3時半過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、吉田篤弘の『なにごともなく、晴天。』<毎日新聞社>を読み進めたりする。


 朝早めに起きて、仕事関係の作業を進める。


 11時台に外出し、自転車で京都造形芸術大学へ。
 京都芸術劇場studio21で舞台芸術学科の卒業制作、楠企画の『ラ・ボエーム』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照ください。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。
 久方ぶりに橘市郎先生とお会いできてよかった。


 終演後、今度は映画学科の高原校舎に移動し、山本起也監督(11月30日〜12月6日、京都シネマで『カミハテ商店』がアンコール上映の予定)をはじめ、おなじみの面々と話しをしたり、あいさつをしたりする。

 で、別所に移動し、映画関係の打ち合わせを行い、19時半に帰宅した。


 帰宅後、アントニオ・パッパーノ指揮フィルハーモニア管弦楽団他が演奏したプッチーニの歌劇『ラ・ボエーム』から第1幕、第2幕<EMI>、NHK・FMの『クラシックの迷宮』(ヴェルディの特集)、NHKラジオ第1のワクテカ・ラジオを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『なにごともなく、晴天。』を読み進めたりする。


 今日は、アンジュールのチョコプリンアラモードを食す。
 六角通のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 ココア地のスポンジケーキにプリンとチョコクリームの乗った洋菓子で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

泣かないメロドラマ 楠企画『ラ・ボエーム』

☆京都造形芸術大学舞台芸術学科 2013年度卒業制作公演
 楠企画『ラ・ボエーム』

 企画・演出・上演台本:楠毅一朗
(2013年11月9日13時開演/京都芸術劇場studio21)


 「レジーテアター」って言うんだっけ。
 特にドイツ語圏を中心にして、1990年代以降、オペラの演出は大きく様変わりをした。
 一つには、経済的諸状況のあおりを受けて美術制作費抑制のため抽象的な舞台が必要とされたという物理的な裏事情もあるのだけれど、そこに「現代におけるオペラ上演の意義とはなんぞや?」といったアクチュアリティの問題も加わって、演劇畑出身の演出家による舞台設定を別の時代に置き換えたり、ストーリー展開を大きく読み替えたりする非常に斬新で刺激的な演出がオペラ上演の潮流となっていったのである。
(もちろん、見かけ倒しの演出も少なくなかったが)
 で、中森明菜、じゃないな井上陽水の如く「私は泣いたことがない」とまでは断言しないけれど、小学生の頃、先代の博多淡海の舞台の実況中継をテレビで観て、そのあまりのおかかなしさに思わず涙を流してしまったのも昔の話、いつの間にやらドライハートのドライアイに成長した人間にとって、1993年〜94年のヨーロッパ滞在時に接したそんな「レジーテアター」のはしりは、すんなりすとんと腑に落ちるというか、けっこうしっくりとくるものだった。
 それでも、20年近く海外に旅することもなくこの国の中で暮らしていると、よくも悪くもウェットな環境になじんでくるのだろうか、昨夜youtubeにアップされたプッチーニの歌劇『ラ・ボエーム』の終景を観聴きしていると、突然涙がこぼれてきてびっくりした。
 何しろ、その録画は演奏会形式(全く舞台美術はなく、歌手も衣裳を着けない)だった上に、結核で死ぬミミ役のソプラノ歌手は昔のプリマドンナ風の立派な体格というのだから、普通なら「えへへこれで結核、おはは病気が違うでしょ」と笑ってもおかしくないところにもかかわらず、これがまあ不思議なこと。
 ミミの澄んだ歌声をから何から聴いていると、思わず涙がこぼれてくるのである。
 いやあ、プッチーニの「メロドラマ」の造り手としての天才ぶりには、改めて感心感嘆したなあ。
(そんなあり様、アンリ・ミュルジュールの原作との乖離を厭うて、アリ・カウリスマキ監督は『ラヴィ・ド・ボエーム』を撮影したんだけどね)

 京都造形芸術大学舞台芸術学科の2013年の卒業制作公演の一つ、楠企画の『ラ・ボエーム』(演劇公演)は、まさしく「レジーテアター」の系譜。
 一言で評するならば、「泣か(け)ないメロドラマ」、とでもなるか。
 むろんこの場合のメロドラマは、一般的なそれではなく、音楽を背景にして台詞を朗唱していくという語源の意味に近いものだけれど。
 プッチーニ作曲のオペラ『ラ・ボエーム』を構成し直し、台詞も七五調に改め、そこに現代演劇の様々な手法を詰め込んで、異端の王道とでも呼ぶべき作品に仕上げられていた。
 それこそイタリア・オペラのメッカ、ミラノ・スカラ座では大ブーイング間違いなしだろう。
(ちなみに、イタリアではこの手の「レジーテアター」は好まれず、オーソドックスな演出が未だに主流だ)
 オペラの要所を押さえてよく今様に造り変えているなと思ったり、原作の中から自分自身の思考志向真情信条とつながるものを巧く抽出しているなと思ったりした反面、正直表現としても表出としても粗さや拙さを感じたことも事実だが、今後の諸々の課題が明確になったということも含めて、卒業制作公演に相応しい作品だったと、僕は思う。
(一つ付け加えるならば、再構成してあるもののオペラの原テキストが基軸にある分、『ラ・ボエーム』そのものを詳しく知らない人には、作品演出の意図や肝が伝わりにくいきらいがあるかもしれない)

 吉田穂、中井優雅、榎本阿礼、鶴坂奈央、千代花奈、坂根隆介(意表をついたキャスティング!)の演者陣は、初日ということもあっての傷だけではなく、より根本的なテキストとの齟齬を感じさせたりもしたが、楠君の演出に沿う努力を重ねていたとも思う。
 その健闘に拍手を贈りたい。

 いずれにしても、楠君をはじめ、全ての参加者出演者の今後のさらなる研鑚と活躍を心より祈願したい。
posted by figarok492na at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする