2013年10月12日

急に涼しくなった(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空となる。

 気温はぐっと下がり、涼しい一日。
 特に、夕方以降は肌寒さを感じるほど。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 涼しくなったら涼しくなったで、真向かいのマンションがやたらとかまびすしい。
 非常識な住人、無能な管理人、そして厚顔無恥の銭ゲバオーナーは万死に値する。
 度し難し。


 ヴァレリー・ゲルギエフ指揮サンクト・ペテルブルク・マリンスキー(キーロフ)劇場管弦楽団が演奏したチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」&幻想序曲『ロメオとジュリエット』<PHILIPS>を2回続けて聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 高尾長良の『肉骨茶』<新潮社>を読了する。
 主人公のいーっとなる感じがまずもってよく書けている。
 また、他の登場人物のキャラクター設定や起伏のついた筋運びもよい。
 正直、あんまり自分の好みに合った作家だとは思わないが、次回作が愉しみだ。


 16時台に外出し、下京図書館へ。
 『肉骨茶』、吉川潮の『談志歳時記』、立川談四楼の『談志が死んだ』、岩橋邦枝の『評伝野上彌生子』、綿矢りさの『ひらいて』<いずれも新潮社>を返却し、予約しておいた鈴木輝一郎の『姉川の四人』<毎日新聞社>と中里友香の『カンパニュラの銀翼』<早川書房>を新たに借りる。

 その後、東山青少年活動センターへ移動し、創造活動室で、ドキドキぼーいずの紅葉狩り#02『浮いちゃった』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話しをし、あいさつをする。

 あと、開場前のあき時間に、『姉川の四人』を読み始める。

 終演後、夕飯用の買い物をすませ、20時過ぎに帰宅した。


 夕飯後、NHK・FMの『クラシックの迷宮』を聴く。
 ダウランドの特集で、スティングが歌ったダウランドの作品を巧くとり上げているあたりも片山杜秀らしい。


 仕事関係の作業を進めたり、『姉川の四人』を読み進めたりする。
 『姉川の四人』は、『金ケ崎の四人』の続篇。
 姉川の合戦に向かう、織田信長、徳川家康、木下秀吉、明智光秀の姿が諧謔味豊かに描かれた作品だ。


 今日は、ローソン(オイシス)のダブルエクレアを食す。
 六角のローソンストア100で、50円引きになっていたもの。
 ホイップクリームとカスタードクリームのエクレアで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛の希求、愛への憧憬 ドキドキぼーいずの紅葉狩り#02『浮いちゃった』

☆ドキドキぼーいずの紅葉狩り#02『浮いちゃった』

 構成・演出・美術:本間広大
(2013年10月12日18時開演の回/東山青少年活動センター創造活動室)


 新生ドキドキぼーいずにとって二回目の公演となる、ドキドキぼーいずの紅葉狩り#02『浮いちゃった』を観たが、リーグ優勝を決めて三試合あとぐらいの読売巨人軍(ジャイアンツ)の勝負運びと評すると、ちょっと違うかな。
 諸々重なってだけれど、福田きみどり、松岡咲子、そして坂根隆介(ほかに、常連の福田沙季)を欠くキャスティングだからこその作品であり構成だとまずもって感じられた。

 で、先達の演劇的手法の援用も明らかな登場人物間のやり取りにはもどかしさと退屈さを覚えたりもしたが、これは不毛さの象徴でもあり、充分意図されたものだろう。
 この作品の肝、饅頭のあんと呼ぶべき部分は、愛の希求、愛への憧憬とそれが満たされないことへの身もだえ、切実さのように僕には思われた。
 そして、上述した演劇的技法=まんじゅうの皮によって客観化、普遍化がはかられつつも(その意味でも、本間君自身がこの作品に出演しなかったことを僕は評価する)、それは本間君の内面の強い想いそのものと言い換えても間違いではあるまい。
 正直、本間君の想いそのものに僕自身が大きく共感できたかと問われれば、否と答えざるをえないのだけれど、劇的な構成表現によってそれを伝えていこうとする本間君の姿勢には好感を覚えた。
(なお、この作品では積極的にダンスが組み込まれていたが、これはまんじゅうの皮よりも、あんこの部分に深く関わっているように思う。そうそう、触れ合う演者陣の姿を目にして、僕もまた触れ合いたい欲求=性欲ではないを刺激されたのだった)

 演者陣では、あんこのあんの部分を演じ切った上蔀優樹が一番に印象に残った。
 また身体性という意味で、役柄が彼女の本質特性と全面に重なるかどうかの判断は置くとして、島あやのダンスと豊かな肢体も忘れ難い。
 ほかに、佐藤和駿、ヰトウホノカ、はく、渡部智佳、恵ハジメ、帯金史、すっ太郎、むろいも、本間君の意図に沿う努力を重ねていた。

 福田きみどりらおなじみのメンバーが戻ってきた際に、本間君がどのような作品舞台を造り上げていくのか。
 そのことも含めて、次回の公演が愉しみである。
posted by figarok492na at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする