2013年09月23日

三連休最終日 うるさいのなんの(CLACLA日記)

 世は三連休の最後の日。


 晴天が続く。
 いいお天気、いい青空の一日。

 気温は、今日もそれなりに上昇する。
 まだまだ日中は暑いや。


 昨夕外出し、OKageの『阿久根弥五郎の世界』と鯖ゼリーの第一回公演『鯖からミシン』を観たのち諸々あって、帰宅が朝の6時台となる。


 ちょっとした連絡作業をすませ、8時台に就寝するが、隣室の莫迦がうるさくするわ、真向かいのマンションがうるさくするわでほとんど眠ることができず。
 おまけに、いつも朝から胴間声張り上げてかまびすしい、近くの近畿産業信用組合の面々が、あいさつの練習と称して休日にも関わらず大きな声を張り上げる。
 近隣住民の迷惑も鑑みず、休日に行員を平然と狩り出し、サービスでもなんでもないただただ「やってますよ」の自己満足アピールを撒き散らして自ら陣頭にも立とうとしない幹部陣の莫迦は、万死に価する。
 建物自体リニューアルしたところで、旧態依然とした幹部陣の脳みそをリニューアルしなければ、この近畿産業信用組合に未来はあるまい。
 猛省を促したい。


 お昼過ぎに外出し、仕事関係の予定をすませたのち下京図書館へ行き、玖村まゆみの『凸凹サバンナ』<講談社>、野口武彦の『慶喜のカリスマ』<同>、戌井昭人の『すっぽん心中』<新潮社>、西村賢太の『寒灯』<同>と『棺に跨がる』<文藝春秋>、中山七里の『静おばあちゃんにおまかせ』<同>を返却し、予約しておいた綿矢りさの『かわいそうだね?』<同>、西村賢太の『一日』<同>、坪内祐三の『総理大臣になりたい』<講談社>、山本智之の『主戦か講和か』<新潮選書>、村田沙耶香の『タダイマトビラ』<新潮社>、吉田篤弘の『木挽町月光夜咄』<筑摩書房>を新たに借りる。


 帰宅後、ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したハイドンの交響曲第30番「アレルヤ」、第53番「帝国」、第69番「ラウドン」<TELDEC>、エロイカ・カルテットが演奏したシューマンの弦楽4重奏曲第1番〜第3番<ハルモニアムンディ・フランス>を聴いたりしながら、観劇記録の下書き投稿を行ったり、『総理大臣になりたい』を読み始めたりする。


 18時半過ぎに再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラが演奏したモーツァルトの交響曲第29番、第33番、第25番<ERATO>を聴く。
 続けて、NHKラジオ第1で『シワ・ハウス』を聴く。
 中高年の集まるシェア・ハウス「シワ(皺)・ハウス」を舞台にしたラジオコメディーで、小松政夫、春風亭昇太、重田千穂子、小原乃梨子らが出演していた。


 仕事関係の作業を進めたり、『総理大臣になりたい』を読み進めたりする。


 今日は、クリームクラン・ピーナッツクリームクッキーを食す。
 近くのダイソーで購入した、マレーシア原産のもの。
 ピーナッツクリーム入りの小ぶりなクッキーで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ほんの夢の入口 鯖ゼリー第一回公演『鯖からミシン』

☆鯖ゼリー 第一回公演『鯖からミシン』

 作・演出:鯖ゼリー
(2013年9月22日20時開演の回/人間座スタジオ)


 私には夢がある。
 とは、ある有名なスピーチの一節だが、劇団愉快犯の旗揚げメンバーの一人でOBの鯖ゼリーにとって、今回の『鯖からミシン』は、自らの夢の結実といっても過言ではないのではないか。

 一見脈絡のない、往年の名バラエティ番組『ゲバゲバ90分』を彷彿とさせるような(笑いを専門としない演技者が「まじめに」ギャグに取り組むという点でも、両者は共通している)、シュールなショートコント集。
 その実、きっちり通底したモティーフが仕込んであったりもして、それこそ愉しくしかしどこか不気味な夢を観終えたかのような、はははふうという気分にとらわれた。
 正直、基本的には舞台上の責任ではないある要因で、途中まで全くのれない、どころか憤慨していたのだけれど(なんだよ、せっかくおもろい話をやってることはわかってるのに、そんなことされちゃあ、こちとらちっとも笑えないぜ。あっ、ほら鯖ゼリー君以外の演者陣の肩肘張った感じ、頑張り力みが目立ってきやがった…、という具合)、中盤以降それもおさまって、最後は抱腹絶倒、大いに笑って満足がいった。
 そして、鯖ゼリーという人間の笑いのセンスのよさと自負矜持、賢さに改めて感心した次第。

 演者陣では、まず鯖ゼリー本人。
 この人の独特のフラがなんとも言えずおかしい。
 先頃引退を表明したあの人っぽい人など、流石である。
 そして、永榮紘実。
 鯖ゼリーの「臆面ある」作品世界によく合っていて、僕はますます永榮さんのことが好きになった。
 永榮紘実は、京都小劇場の浜木綿子だぜ!

 また、北川啓太、小川晶弘、横山清正、九鬼そねみ、垣尾玲央菜、西城瞳(ワンポイントでよい仕事をしていた)、酒井捺央(彼女は、漱石は漱石でも『夢十夜』でなくて、『虞美人草』の藤尾が似合いそう)も、各々の人柄特性魅力をいい具合に発揮していたのではないか。
 そうそう、この『鯖からミシン』を観ていて、やはり笑いというものは、虐げられる者の痛みと喜びばかりか、虐げる者の痛みと喜びを知っていてこそのものなのではないかと改めて思ったのだけれど、意識無意識は置くとして、ほぼ九割方の演者さんはそのことを、その人なりに自らのものとしているように僕には感じられた。

 いずれにしても、鯖ゼリーにとって、今回の『鯖からミシン』は、ほんの夢の途中、いや、まだまだ夢の入り口だろう。
 今後の公演を心待ちにしたい。

 そして、ああ、面白かった!


 ちなみに今回の記事、当CLACLA日記の5000回目の投稿となります。
posted by figarok492na at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

滋味豊かな岡嶋秀昭の一人舞台 OKage『阿久根弥五郎の世界』

☆OKage 演劇公演『阿久根弥五郎の世界』

 構成:岡嶋秀昭、あごうさとし
 演出:あごうさとし
 出演:岡嶋秀昭
(2013年9月22日17時開演の回/アトリエ劇研)


 精度の高いやたけたさ。
 岡嶋秀昭という役者について問われたならば、僕はとっさにそのような言葉を思いつく。

 僕が京都小劇場と密接に関わりだしたのが、ちょうど劇団の作風が変化する頃に重なったため、岡嶋さんといえば当時のホームグラウンド衛星よりも、京都芸術センターでの現代演劇セミナーの試演会(別役実の『あーぶくたった、にいたった』。ちなみに、このとき二口大学さんが好演)や、その延長線上にあった京都ビエンナーレ2003『宇宙の旅セミが鳴いて』(鈴江俊郎作、高瀬久男演出)でのシリアスな演技がいっとう最初に思い浮かぶ。
 必死で自分の内側を掘り下げていこうというのか。
 そしてそれは、お客さん(外側)に向けて大きなサービス精神を発揮している京都役者落語会(劇研寄席)の高座でもそうで、特に京都芸術センターのグラウンドの花見の会など、アウェイもアウェイの劣悪な条件の中で内と外との双方に対して真摯に向き合う岡嶋さんの真骨頂とでも呼ぶべき高座になっていて、今さらながら目にしておいてよかったとつくづく思う。

 そんな岡嶋さんが、毎回ゲストの演出家を招いて一人舞台のレパートリーを制作・発表していくためのOKageという企画を立ち上げたというのだから、これはとうてい外せない。
 と、いうことで、次期アトリエ劇研のディレクター就任が先頃決まった、あごうさとしを演出に迎えた第一回目の公演『阿久根弥五郎の世界』を観た。

 舞台はとある一室。
 阿久根弥五郎と思しき男がひそめた声で歌を歌いだす。
 『ボブ★ロバーツ』ばりの、これってあの歌の…、えっ、それじゃあこの阿久根弥五郎ってやつはもしかして…。
 と、訝り始めたあたりで、やおら物語が動き始める。

 噛めば噛むほど味がじゅっとしみ出るというか、滋味豊かというか。
 つまり、単純にほっこりほこほこして終わりというあまーいお話ではない。
 それどころか、僕も含めて十年一日、あすなろうあすなろうと齢を重ねている人間にとっては、どうにも身につまされる苦い物語ですらある。
 ただ、それでも「わかっちゃいるけどやめられない」、それこそ落語的でもある「おかかなしい」(by色川武大)やたけたな姿、切実さに僕は心を動かされた。

 エピソードの膨らませや細部の練り上げなど、岡嶋さんとあごうさんであれば、まだまだいけるはずと思った部分もなくはなかったが、そのことはお二人とも充分おわかりのことなのではないか。
(時間的制約もきっとあっただろうし)

 いずれにしても、岡嶋秀昭という役者の魅力、そして来し方今これからがはっきりと示された舞台であり作品だったと思う。
 次回以降の公演もぜひ愉しみにしたい。

 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする