2013年09月01日

今日から9月(CLACLA日記)

 今日から9月。
 2013年も、残すところ4ヶ月を切った。
 一日一日を本当に大切にして、為すべきことをしっかり為していかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 どんよりとしたお天気の一日。
 なんたることか、外出間際の正午前後に激しい雨降りとなり、雷鳴も轟く。
 そして、劇団愉快犯の公演が終わる頃には、ちらと青空も見える始末。
 交通費…。

 湿度が高く、じめじめむしむしとして快ならず。


 昨夜、youtubeにアップされたダニエル・ハーディング指揮ウィーン・フィルが演奏したモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』序曲、ファビオ・ルイジ指揮ウィーン交響楽団が演奏した歌劇『フィガロの結婚』序曲、マッシモ・ザネッティ指揮NHK交響楽団が演奏した歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』序曲、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラとルイジ指揮ウィーン響が演奏した歌劇『後宮からの逃走』序曲、リカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルが演奏したヴェルディの歌劇『運命の力』序曲を聴いたりしながら、5時近くまで仕事関係の作業を進める。

 その後6時過ぎまで寝つけなかったが、8時台には目が醒める。
 カフェインも摂っていないのに、どういうこっちゃ!


 NHK・FMの『名演奏ライブラリー』で、オルフェウス室内管弦楽団が演奏したレスピーギの組曲『鳥』、コダーイの『夏の夕べ』、リヒャルト・シュトラウスのフランソワ・クープランのクラヴサン曲による小管弦楽のためのディヴェルティメント、プロコフィエフの古典交響曲などを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 ほかに、許光俊と鈴木淳史の『クラシックCD名盤バトル』<洋泉社新書y>の拾い読みもしたりした。


 13時少し前に外出し、地下鉄で松ヶ崎へ。
 で、歩いて人間座スタジオへ行き、劇団愉快犯の番外公演『今日のおばんざい』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏とあいさつをしたり話しをしたりする。


 終演後、市バスで河原町まで出て仕事関係の用件を片づけ、ロフトでパイロットのVコーンペンを見つけたので購入し、ブックオフやAvisをのぞき、京都芸術センターに寄って帰宅する。


 帰宅後、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備を行ったりする。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』で、三ツ橋敬子指揮東京フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 テノールの中鉢聡が歌ったディ・カプアの『オー・ソレ・ミオ』、デンツァの『フニクリ・フニクラ』、プッチーニの歌劇『トスカ』から「星はきらめき」のほか、ロッシーニの歌劇『ウィリアム・テル』序曲、ヴェルディのアイーダ・シンフォニア、ポンキエルリの歌劇『ジョコンダ』から「時の踊り」が演奏されていた。
 中鉢聡は、サービスもあってか「テノール馬鹿」という言葉を思い起こさせるような歌いとばしぶりだったが、ちょっと声に粗い感じがしたのも事実。


 しばらく間を置いて、リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー歌劇場管弦楽団が演奏したモーツァルトの序曲集<naïve>を聴く。

 さらに、youtubeにアップされているクラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルが演奏したロッシーニの歌劇『どろぼうかささぎ』序曲、カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルが演奏したヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』序曲、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルが演奏したウェーバーの歌劇『オベロン』序曲を聴く。
 どろぼうかささぎとこうもりは、ニューイヤーコンサートにおける演奏である。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、新しい作品について考えたり、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>の拾い読みをしたりする。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オフビートな短篇集 劇団愉快犯の『今日のおばんざい』

☆劇団愉快犯 番外公演『今日のおばんざい』

(2013年9月1日14時開演/人間座スタジオ)


 折に触れてシンパであることを公言しながら、よくよく考えてみれば京都学生演劇祭での公演しか観たことのなかった劇団愉快犯の番外公演『今日のおばんざい』に足を運んだ。
 一言で評せば、オフビートな短篇集ということになるだろうか。
 愉快犯の名に恥じぬ、捻りの効いたオムニバス作品となっていた。

 で、身びいき偏見は許すまじと、脚本・演出・出演者等、チラシには一切目を通さず観劇したのだけれど、もっとも自分の好みに合っていたのは、『昼食同盟』(ヒラタユミ脚本、石濱芳志野演出)。
 コントはコントでも本来のフランスのコントとでも呼びたくなるような、高校生二人のおかしさをためた昼食時の淡々としたやり取りと感情の揺れを活写した佳品で、演じ手の近衛ひよこと鈴木邦拡もナイーヴな展開によく沿っていた。
 ただ、ラストで場面を変えたのは、流れが切れてしまってちょっと残念かな。
 同じ場所で全篇話を通してもおかしくないと感じたのだけれど。
 それでも、ヒラタさんにはますます期待したいとも僕は思う。

 『あげまん』(バケツ脚本、北川啓太演出)は、タイトルだけを見れば単なる下ネタのように思ってしまいそうだが、そこはバケツ&北川コンビだ。
 バーバルギャグに徹して、下品さを感じさせなかった。
 てか、北川君が出るだけでずるいや。
 受け手の平井良暉の素直さもよかったが。

 『嫌煙?』(髭だるマン脚本・演出)は、シックでスマートに決めたさそうな髭だるマンを、やたけたなてんま1/2がかく乱するという、まさしく劇的細胞分裂爆発人間和田謙二らしい内容だった。
 少々粗くもあるが、やはりこの二人は面白い。

 『あろう』(笹井佐保脚本、鈴木邦拡演出)は、「あろう」としか口にしない殿様を抱えた一族郎党のやっさもっさ右往左往を描いた作品だが、政治性だとかなんだとか余計なものを付け加えたくなる設定を、笑いの線で留めたあたり、笹井佐保の賢しさを感じる。
 笹井さんの作品は、もう少し長いものも観てみたい。

 あと、演者陣では、垣尾玲子央菜のピントのずれた色気が印象に残る。
 それと、石濱芳志野は、ストレートプレイでの演技にも接してみたいと思った。

 いずれにしても、次回の公演が非常に愉しみだ。
posted by figarok492na at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

8月が終わった!(深夜のCLACLA)

 今日で8月も終わり。
 今年も残すところ4ヶ月となった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 台風15号の影響で、どんよりとしたお天気の一日。
 夕方には激しく雨も降る。

 気温は上昇し、むしむしじめじめとして全く快ならず。


 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したロッシーニの序曲集<ドイツ・グラモフォン>や、youtubeにアップされたホルスト・シュタイン指揮NHK交響楽団が演奏したシベリウスの交響詩『フィンランディア』、ラン・シュイ指揮シンガポール交響楽団とジョン・ネルソン指揮セント・ルークス管弦楽団が演奏したバーンスタインの『キャンディード』序曲などを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 ほかに、許光俊と鈴木淳史の『クラシックCD名盤バトル』<洋泉社新書y>の拾い読みもした。


 17時過ぎに外出し、仕事関係の用件をすませて歩いて東山青少年活動センターへ。
 途中パイロットのVコーン(ペン)を購入しようと思ったのだが、これがどこにもない。
 まさか、発売終了になってしまったのか…。
 そして、遠回りしたおかげで、激しく雨が降り出す。
 なんたること。

 びしょびしょになって東山青少年活動センターに着き、創造活動室で演劇ビギナーズユニット ばんびすてっぷの『贋作・桜の森の満開の下』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。


 で、歩いて、22時過ぎに帰宅する。


 帰宅後、遅めの夕飯をすませ、観劇記録の準備を行う。


 以上、8月31日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 そして、9月がいい月になりますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

演劇ビギナーズユニット ばんびステップ『贋作・桜の森の満開の下』

☆演劇ビギナーズユニット2013 #20 ばんびステップ
 『贋作・桜の森の満開の下』

 脚本:野田秀樹
 演出:田辺剛
 演出補:阪本麻紀
(2013年8月31日18時半開演の回/東山青少年活動センター創造活動室)


 苦心惨憺。
 という言葉がどうしても思い浮かんでしまう。
 けれど、だからこそビギナーズユニットという企画の20周年に相応しかったのではないかとも、逆説的にではなく思ったりもした。
 つまり、一筋縄でいかないからこそ共同作業は尊いという意味で。

 それにしても、野田秀樹の『贋作・桜の森の満開の下』って、本当に難しい作品だなあと改めて感じる。
 身体と言語のアクロバティックな勇技で優擬で友義な遊戯の積み重ねののちに、痛切なカタルシスを生み出していかなければならないのだから。

 いくら自分たち自身で選んだテキストとはいえ、ほぼ舞台初心者という今回の参加者には、まずもって野田秀樹の台詞を覚え、それを身振り手振りを交えながら口にするということ自体難行苦行だったのではないか。
 作品の持つ「不穏さ」や遊びの部分がするするとすり抜けてしまったのは残念なことだけれど、大きな破たんなく幕切れを迎えられたことに、まずは拍手を贈りたい。
 ただ、技術的な問題はあるにせよ、全体的にテンポが遅く(緩く)感じられた点は、やはり気になった。

 そして、苦心惨憺という言葉は、当然演出の田辺剛にも大きく当てはまるものだと思う。
 下鴨車窓での「大島渚の『御法度』スタイル」とでも呼ぶべきキャスティングからもわかる通り、自らの演出家としての仕事は演技指導に非ずして、己がよしとする作品世界を優れた演者陣(演出家としての能力経験も豊富な)とともに再現していくことと考えているような田辺さんにとって、演劇初心者との舞台づくりは、一からやり直しというか、ここ最近の演出手法とは大幅に異なるものとなってしまっただろうからだ。
 と、言っても、田辺さんが演劇初心者の演出に劣ると言いたいわけではない。
 例えば、2002年の9月に今回と同じ東山青少年活動センターの創造活動室で上演された『そして校庭を走った』は、演劇初心者のみらいの会の面々を中心とした座組みではあったものの、ほどよいユーモアとリリカルさをためた瑞々しく気持ちのよい田辺さんにとって屈指の名作となっていたのだから。
 しかしながら、あくまでも『そして校庭を走った』は、田辺さんの作演出、あて書きであり、今回のような既成台本ではない。
 しかも、松田正隆さんや土田英生さんといった田辺さんにとってがっぷりよつに組み易い作家陣の作品ならいざしらず、相手は田辺さんと対極にあると言っても過言ではない野田秀樹である。
 苦戦は、初手から目に見えている。
 それでも、作品の要所を押さえながら、舞台の大筋を描き上げることには成功していたのではないか。
 音楽の使い方など、手が見えるというか、ちょっと露骨に感じたりもしないではなかったが。
(演技指導いう意味も含めて、アクターズラボの公演クラスと同様、演出補の阪本麻紀の作業も高く評価すべきだろう。彼女のサポートの存在を忘れてはならないと、僕は思う)

 繰り返しになる部分もあるが、演者陣の面々はよく頑張っていた。
 中でも、夜長姫を演じた野村明里の表情の豊かさが強く印象に残る。
 この役は、私のものという強い意志と自負も表われていた。
 ちょっとばかり有馬稲子っぽくもあったけど。
 受ける耳男の辻井悟志の真摯さもいい。
 ほかに、王役の松井壮大の軽さも今後が気になるところだ。
 あと、井戸綾子は何日の長というか、台詞のないときの表情が演劇の経験を感じさせた。
(もしかしたら、井戸さんには男の役を振ってもよかったんじゃないのかな。女性が男性の役を、男性が女性の役をやっても、ちっともおかしくないはずだしね)

 いずれにしても、皆さん本当に本当にお疲れ様です!
posted by figarok492na at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする