2013年04月16日

コリン・デイヴィスと西沢利明が亡くなった(CLACLA日記)

 イギリス出身の指揮者、コリン・デイヴィスが亡くなった。85歳。
 クラリネット奏者から指揮者に転じ、サドラーズ・ウェルズ・オペラ(現イングリッシュ・ナショナル・オペラ)の音楽監督、BBC交響楽団の首席指揮者、コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラの音楽監督、バイエルン放送交響楽団やロンドン交響楽団の首席指揮者を務めたほか、ザクセン・シュターツカペレ・ドレスデン(名誉指揮者)やボストン交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とも密接な関係にあった。
 イギリス出身ということや穏健な風貌から、どちらかというとバランス感覚に秀でた指揮者のイメージを持たれがちだったのだけれど、実際は初期のモーツァルトの序曲集<EMI>なども含めて、劇性に富む大きなエネルギーをはらんだ音楽づくりを行う指揮者だったように思う。
 特に、大阪公演、ケルン公演と二度実演に接したザクセン・シュターツカペレ・ドレスデンとのブラームスの交響曲第1番は、オーケストラの美質を活かした堂々の演奏で、強く印象に残っている。
 また、プレミエ公演でのニコラウス・アーノンクールの指揮との対比もあって、世評の芳しくなかったウィーン国立歌劇場におけるモーツァルトの歌劇『クレタの王イドメネオ』の再演も、アーノンクール流とは真反対であるものの、作品の持つ劇性をよくとらまえたエネルギッシュな演奏を行っていたように思う。
 ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、シベリウスの交響曲全集をはじめ、ハイドン、モーツァルト、ベルリオーズなど数多くの録音を遺した。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 俳優の西沢利明も亡くなった。77歳。
 俳優座養成所卒業後、文学座に入団するも、分裂で劇団雲に移り、さらに劇団昴に参加するなど、舞台で活躍。
 また、テレビドラマや映画にも数多く出演し、独特の声質とエロキューションが魅力的な洋画や海外ドラマの吹き替えでも知られた。
 スリムな容姿と怜悧冷酷冷淡といった雰囲気を活かして、時代劇では老中、家老といった高い位にある知恵者の悪役を得意とした。
 映画では、今井正監督の『小林多喜二』に里見トン役が記憶に残る。
 最晩年、小劇場での公演にも積極的に取り組んでいたが、チェーホフの『タバコの害について』と『白鳥』の京都公演を観損ねてしまったことは、本当に悔やんでも悔やみきれない。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 晴天。

 気温も上昇し、日中は暑さすら感じた一日。

 その分、ヒノキ花粉禍も激しく、首筋のがさがさや目の周りの痒み、くしゃみの連発に悩まされる。
 やれやれ。


 昨夜、小林信彦の『本音を申せば』<文春文庫>を読了し、同じく小林信彦の『昭和のまぼろし』<同>の再読を始める。

 その後、ABCラジオで『伊集院光の深夜の馬鹿力』を聴いたりしながら、5時近くまで仕事関係の作業を進める。


 午前のうちに、毎週恒例の洗濯をすませる。
 乾き、非常によろしい。


 仕事関係の作業を進める。


 入江曜子の『思想は裁かれるか』<筑摩選書>を読了する。
 学ぶところ、多々あり。


 14時少し前に外出し、京阪の神宮丸太町駅近くのクラブMETOROへ。
 第17次笑の内閣『65歳からの風営法』(高間響さん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、高間さんほか関係各氏と話しをしたりする。

 仕事関係の予定をすませたのち、京都市役所近くのホットラインで、中古CDを購入し、夕飯用の買い物をすませ、18時半頃帰宅した。


 帰宅後、早速購入したばかりのラルキブデッリが演奏した大6重奏曲&ヴァイオリンとヴィオラによるデュオ<SONY>を聴く。
 大6重奏曲は、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲を2つのヴァイオリン、2つのヴィオラ、2つのチェロの6重奏用に編曲したものだ。
 なお、デュオのほうはヴァイオリンのヴェラ・ベスとヴィオラのユルゲン・クスマウルが演奏している。
 これはとても耳心地がよい演奏で、中古とはいえ500円は安い。


 夕飯後、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトのセレナードによる交響曲集<SONY>2枚組のうち2枚目や大6重奏曲他を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、和田博文の『資生堂という文化装置』<岩波書店>を読み始めたりする。
 『資生堂という文化装置』は、資生堂が近代日本の文化に果たした役割を概括した一冊。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第17次笑の内閣『65歳からの風営法』

☆第17次笑の内閣『65歳からの風営法』

 作・演出:高間響
(2013年4月16日15時開演の回/METORO)


 戦前戦後を一貫して、思想信条や言論学問、表現の自由のために闘い続けた弁護士海野普吉の評伝、入江曜子著の『思想は裁かれるか』<筑摩選書>を読み終えたばかりだが、その海野普吉の姿と笑の内閣の高間響の姿とが重なり合うような気がすると記せば、多くの人たちは「えっ?突然あんたは何を言い出すのかいな」と目を白黒させるかもしれない。
 世評も高い人物と高間君を同一視するなんて。
 けれど、他者の利害と自己のそれとの関係を視野にも入れつつ、強い力で人の自由を奪おうとするあれやこれやに怒り憤りを覚え、なおかつそれをわかりやすく説き明かし、しかも自分の論敵さえも納得するようなバランスのとれたやり方で対峙していこうとする姿勢は、やはり海野普吉と高間響に大きく共通することだと思う。
 もちろん、法そのものと、笑いの勝ったお芝居演劇という武器の違いも忘れてはなるまいが。

 そんな高間響と笑の内閣が今回テーマにとり上げたのは、昨今反対運動が盛り上がりつつある、風営法におけるダンス規制とクラブ摘発の問題である。
 で、僕自身、高間さん同様(公演プログラムの「あいさつ」参照)、ダンスにもクラブにもほとんど興味関心を持ってこなかった人間ではあるのだけれど、今回の『65歳からの風営法』を観ることで、風営法によるダンス規制が突っ込みどころの多い時代錯誤で拡大解釈の恐れの強いものであること、そしてそれが演劇をはじめとする表現活動を行っている人間にとって密接に関係しているものであることを、よく理解することができた。

 と、こう書くと、なんだそれってアジテーション演劇じゃん、「ためにするお芝居」はねえって声もあるかもしれないが、さにあらず。
 先述した如く、わかりやすいたとえ話(シチュエーション)に加え、自分は本来ダンスやクラブなんて「どっちでもいい」ことなんだけどという視点からなるばく客観的に描かれる努力が為されていて、全く押しつけがましさを感じない。
 高間さんの狙いや仕掛けはわかりつつも、あいにく僕の観た回はトラブルもあったりして、中盤以降までどうにも乗り切れないもどかしさを覚えてしまったが、丸山交通公園の登場あたりから盛り返したのではないか。
 展開その他、粗さを感じた部分もなくはなかったのだけれど、表面的な物語だけではなく、クラブという会場の雰囲気を巧く取り入れた作劇であり、しんみりさせどころもよく設けられていたように思う。

 演者陣は、今回に限ってならば丸山君が堂々のMVP。
 笑いのことがよくわかっているし、人情味が必要とさえる部分もよく演じていた。
 ただ、公演全体というか、アンケートでMVPにあえて推したのは、小林まゆみだった。
 と、言うのも、例えば努力クラブの第1回目の公演やC.T.T.でのピンク地底人の上演で、他の演者に比べれば確かに技術的には一程度の水準にありつつも、どうしても手わざが先に来て、「テレビの再現フィルム的」な巧さに留まっているように感じられてならなかったものが、今回の『65歳からの風営法』では、演技の精度のよさはそのままに、演じた登場人物の真情(それは、高間さんのそれでもある)と小林さんの内面にある表現への欲求、演技への欲求とがしっかり結びついて表わされていたように思われたからだ。
 その意味でも、僕はこの『65歳からの風営法』を観ておいてよかったと強く感じた。
 ほかに、田中浩之(今気になる演者の一人)、髭だるマン、しゃくなげ謙治郎、伊藤純也、藤井麻理(今回は彼女の柄に合っていたのでは?)、由良真介、廣瀬愛子、高間さん自身、清水航平、抹茶ぷりんらが出演。

 いずれにしても、単に面白さ笑いを追求しているからだけではなく、「今」だからこそ、「負けの数」を少しでも減らしたいからこそ、今後も笑の内閣を応援し続けたい。

 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする