2013年01月26日

林光さんの放送歌劇『裸の王様』の裸の王様って、あの「ひと」のことだよ(CLACLA日記)

 青空なるも、雪もちらつくお天気。

 気温はどどんと下がり、寒さがどうにも厳しくどうにも激しい。
 寒い寒い寒い寒い寒い。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザなどにはお気をつけくださいね。


 映画監督の帯盛迪彦が亡くなった。80歳。
 関根(高橋)恵子主演の『高校生ブルース』や、松坂慶子主演の『夜の診察室』といった大映末期(ダイニチ)のいわゆる性春映画で有名。
 また、岡崎友紀と石立鉄郎主演によるコメディー『おくさまは18歳』、『怪人二十面相』、『ザ・ハングマン』、杉良太郎主演の『右門捕物帖』、仙道敦子や中山美穂が出演した『セーラー服反逆同盟』(スケバン刑事の二番煎じ…)など、テレビドラマも監督した。
 親交のあった大島渚の死に衝撃を受け、体調を崩されたとのこと。
 深く、深く黙祷。


 昨夜、諸々重なってにっちもさっちもいかなくなり、5時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 朝早めに起きて、仕事関係の予定をすませる。
 さらに急な用件が入ってしまったため、『ゆかいなどろぼうたち』の自主稽古はパスせざるをえず。
 申し訳ないかぎり。


 その後、木屋町通の元・立誠小学校に移動し、音楽室で夕暮れ社弱男ユニットの『夕凪アナキズム』(村上慎太郎君作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。
 ああ、面白かった!

 終演後、村上君や出演者の佐々木峻一君、九鬼そねみさんをはじめ、関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。

 それから、再び仕事関係の予定をすませ、三条のブックオフやAvisをのぞき、夕飯用の買い物をして、18時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、ザロモン・カルテットが演奏したモーツァルトの弦楽4重奏曲第20番&第22番<hyperion>を聴きながら、渡邊大門さんの『逃げる公家、媚びる公家』<柏書房>を読み進め、読了する。
 学ぶところ、大なり。
 そして、『能登愚将記』を改めて書き進めようかとも思う。


 その後、NHK・FMで、ジョン・アクセルロッド指揮NHK交響楽団の定期公演の実況中継を、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の第1楽章の終わり頃から聴く。


 しばらく間を置いて、同じくNHK・FMの『クラシックの迷宮』を聴く。
 「没後一年、林光の裸の王様」のタイトルで、林光さんの放送用歌劇『裸の王様』などが放送されていた。
 全くもって片山杜秀らしいチョイスだと思う。
 で、『裸の王様』だが、林さんの軽快な音楽に皮肉のきいた内容で、実に面白かった。
 片山さん、本当にありがとう!
 なお、この『裸の王様』に関しては、林さん自身の『私の戦後音楽史』<平凡社ライブラリー>の「28 劇場司令官」の章で詳しく記されている。
 「裸の王様」=あのひと(というより、あの「ひと」と記したほうがいいかな)ということも。
(きっと片山さんはそのこともわかっているはずだが、「公共の電波」ということもあってだろう、そのことには触れなかった)

 続けて、ハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したモーツァルトの序曲集<CAPRICCIO>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』をさらったりする。


 今日は、ヤマザキのバナナスペシャルを食す。
 近くのドラックランドひかりで、半額引き、税込み57円だったもの。
 バナナ風味クリームとミルク風味クリームをサンドしたスポンジケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕暮れ社 弱男ユニット『夕凪アナキズム』

☆夕暮れ社 弱男ユニット『夕凪アナキズム』

 作・演出:村上慎太郎
 演出補佐:山西竜也
(2013年1月26日15時開演の回/元・立誠小学校音楽室)


 観る観る観たい観たいと口にしながら、前回の『教育』(2010年3月)から約3年もの歳月が過ぎ去ってしまった。
 まさしく観る観る詐欺の典型で、今回の『夕凪アナキズム』を観ることができて、村上慎太郎ら夕暮れ社 弱男ユニットの面々にやっとこさ借りを返せた気分で、なんだかほっとした。
 と、言うのは、まあ半分冗談としても、『夕凪アナキズム』を観たのは大正解だったな。

 28日まで公演が続いているから、あえて詳しいことは触れないが、四方を客席に囲まれた音楽室中央のある場所(小西由悟の美術)で繰り広げられる、おかしくもかなしい恋愛模様。
 と、まとめると、あまりに単純過ぎて、出演者の一人佐々木峻一あたりに「ぶわあか!」と怒鳴りつけられそうだけど(いや、佐々木君のこの反応は、夕暮れ社 弱男ユニットと言うより、努力クラブっぽいかな)、そこだけ切り取って観てみても面白いんだもの、いいじゃんか。

 で、そこは村上君のこと、もちろんそれだけじゃ終わらない。
 そこに確信犯的な様々な仕掛けが施されているわけで、舞台上を演者たちが回り続けることが各々の感情と密接に重なり合っているところなど、奇しくも『教育』と共通していたりもして、おおっ、と思ってしまう。
 その、おおっ、をより詳しく記せば、村上君の観せ方の洗練され具合、急所要所の造り方の巧くなり具合への感心感嘆と言えるだろうか。

 と、言っても、それは村上君が諸々の状況に擦り寄って小さくまとまっているということでは毛頭ない。
 それどころか、村上君の演劇という表現活動に対する想いは、今なお盛んで愚直と評したくなるほどだ。
(でなけりゃ、『夕凪アナキズム』なんてタイトルつけないだろうしね。あんまりいいたとえじゃないかもしれないが、『教育』の「学生活動家」が、よい意味での「職業革命家」に変容した感じとでも言うべきか)

 稲森明日香と向井咲絵、そして御厨亮の夕暮れ社 弱男ユニットの面々をはじめ、岩崎優希、九鬼そねみ、小林欣也、南基文、佐々木峻一の演者陣は、相当困難な作業を行っているのにそれと気取られぬような、村上君の意図よくに沿った演技を繰り広げていたのではないか。
 そして、女性陣には美しさを、男性陣にはなんとも言えない情けなさを強く感じたことも付け加えておきたい。
 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする