2013年01月10日

千石規子が亡くなっていた 発熱でダウン(CLACLA日記)

 俳優の千石規子が、昨年の12月27日に亡くなっていたことが報じられる。90歳。
 新宿ムーランルージュなどでの舞台の活動ののち、映画界に入る。
 特に、黒澤明監督の一連の作品で重要な役柄を演じ、その後も映画、テレビドラマで活躍した。
 独特のエロキューションと、愛らしい容貌の持ち主で、黒澤監督の『醜聞』での、「危ない、実に危ない」が口癖の蛭田弁護士(志村喬)について、この弁護士のほうが危ないと主人公(三船敏郎)に忠告する、主人公と微妙な関係の女性役や、同じく黒澤監督の『野良犬』での、アイスキャンデーをくわえる女役、これまた黒澤監督の『生きものの記録』での、抑えに抑えた感情を最後の最後で破裂させる主人公(三船敏郎)の長男(佐田豊。佐田さんは、ご存命なのか?)の嫁役が、強く印象に残る。
(あっ、森崎東監督による『野良犬』のリメイク版にも、千石さんは出演していたはずだ)
 ほかに、成瀬巳喜男監督の『浮雲』や、岡本喜八監督の『近頃なぜかチャールストン』、熊井啓監督の『海と毒薬』、林海象監督の『私立探偵 濱マイク』シリーズ、テレビドラマでは、『江戸を斬る』でのおばば様役、『たけしくん、はい』でのお祖母さん役等、出演作多数。
 そういえば、『踊るさんま御殿』に、最晩年の千石さんが出演したことがあって、ちょうど三船美佳も出演していたのだが、父親の三船敏郎との共演のことや黒澤監督のことなどは一切話されていなかったように記憶している。
 もしかしたら、そうした部分はカットされてしまったのかもしれないけど。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 それにしても、昨年は千石さんまで亡くなってしまったのか…。


 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えた一日。

 気温はとても低く、寒さが激しく厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザなどにはお気をつけくださいね。


 昨夜、3時半まで仕事関係の作業を進める。


 朝起きて身体がどうにもだるく、体温を計ると熱が上がっていたため、犯罪学の受講を断念する。
 加えて、夜足を運ぶつもりだったカフェ・モンタージュでのリサイタルも断念する。
 悔しいかぎり。


 ペーター・マーク指揮ベルン交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」&序曲『静かな海と楽しい航海』<IMP>、リカルド・シャイー指揮ベルリン放送交響楽団他が演奏したツェムリンスキーの交響曲第2番他<DECCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『高森みずきの穏やかな一日』の筆入れを行ったりする。
 が、身体がだるく、低調なり。


 ジョン・ルカーチの『評伝ジョージ・ケナン』<法政大学出版局>を読了する。


 夕方になって、夕飯用の買い物のため外出する。
 こういうとき、一人暮らしは辛い。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いろいろあってこんな時間に(深夜のCLACLA)

 晴天。
 少しどんよりとした感じはありつつも。

 気温は上昇せず。
 特に夕方以降の冷え込みが非常に厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザなどにはお気をつけくださいね。


 昨夜、4時過ぎまで『高森みずきの穏やかな一日』の再改訂作業を進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、仕事関係の作業を進めたりする。


 午前中、仕事関係の作業を進めたり、ジョン・ルカーチの『評伝ジョージ・ケナン』<法政大学出版局>を読み進めたりする。

>民衆による統治制度を有していると考えている大半の国で世論と称するものは、しばしば、実際には多数の人びとの総意などではなく、声の大きい特殊な少数派の利益の表現なのではないか、と私は思う<
(ジョージ・ケナンの言葉から)


 13時半過ぎに外出し、自転車でアトリエ劇研へ。
 飴玉エレナvol.4『記憶のない料理店』(石井珈琲さん脚本・演出、山西竜也さん演出・出演)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 開演前終演後、石井さんや山西さんをはじめ、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。


 その後、諸々あって、帰宅が21時40分過ぎとなる。


 帰宅後、ペーター・マーク指揮ベルン交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」&序曲『静かな海と楽しい航海』<IMP>とリカルド・シャイー指揮ベルリン放送交響楽団他が演奏したツェムリンスキーの交響曲第2番他<DECCA>を聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、観劇記録の準備を行ったりする。


 明治ベーカリーのハチミツ入りドーナツを食す。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、1月9日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飴玉エレナvol.4『記憶のない料理店』

☆飴玉エレナvol.4『記憶のない料理店』

 脚本:石井珈琲
 演出:石井珈琲、山西竜也
 出演:山西竜也
(2013年1月9日14時30分開演/アトリエ劇研)

 *劇団からのご招待。


 京都小劇場で一人芝居といえば、なんと言っても、その後東京で落語家修業をはじめ、今では放送作家への道を歩んでいるハラダリャン出演で、「てんこもり堂」を旗揚げした藤本隆志のサポートによる一連の公演を思い出す。
 やたけたやさぐれ感とシャイさに満ちたハラダリャンと、細やかでかっちりとした組み立てを信条とする藤本さんの歯車は、毎回必ずしも完璧に噛み合っていたとは言い切れないけれど(それには、ハラダリャンの「のる」「のらない」という芸人気質も少なからず関わっていたと思う)、それでもひとたびツボにはまったときのハラダリャンのおかしさ面白さときたら、やはり忘れられないものである。

 一方、脚本・演出の石井珈琲と演出・出演の山西竜也による一人芝居劇団、飴玉エレナは、そんなハラダリャンと藤本隆志のコンビとは対照的に、計算されコントロールされ尽くした舞台を造り出す。
 第4回目の公演となる今回の『記憶のない料理店』の場合、しれっとした顔でおかしなこと言ってますといったスタイルの笑いの味付けもたっぷり行われていたが、全体的に観れば、リリカルな側面が勝った作品となっていたのではないだろうか。
 かえってわかりにくい喩えになるかもしれないが、東川篤哉の線かと思っていたら、実は中身は奥泉光に近かったと評してもいいか。
 はじめ違和感を覚えた登場人物の演じ分けも、あまりぶれを感じさせない山西君のコントロールのきいて繊細な演技をひき立てる意匠でもあると、充分に納得がいった。
 また、僕自身ならば「作中の人物」にも「演じさせる」という仕掛けを用いるだろうといった好みの違いはあるが、石井君の脚本も、狙いのはっきりしたわかりやすく受け入れやすい、山西君の演技のスタイルによく沿った内容となっていた。
 料理店という作品の設定に絡めて言えば、今現在彼らが持っている技術技量と、手にし得る材料(食器も含む)を使って、よく造り込まれた料理に仕上がっていたように、僕は思う。

 ただ、そうした点に感心する一方、何かが心に届かない物足りなさ、つかみようのなさを感じたことも事実だ。
 ある種のナルシズム(一般的に使われる言葉としてよりも、もしかしたら本来の語源のそれに近いか)といえば語弊があるかもしれないけれど、それは、舞台上で全てが自己完結している感じとでも言い換えることができるだろうか。
 加えてそれは、造り手の賢しさ、頭のよさ、計算のほどがどうしても先に見えてしまい、作品世界に巧く入り込めないもどかしさと言い換えてもよいかもしれない。
 たぶん、このことは、山西君がさらに多様な演技の素養を身につけ、石井君の書く脚本の「ドラマ」の層に厚みが加われば、必ず解消されていく問題だと思うし、コントを中心とした作品では、受ける印象も大きく変わるだろうとも感じたが。

 いずれにしても、飴玉エレナの今後の活動に注目するとともに、彼らによるとても自然に見える、その実、磨きに磨き抜かれ、考えに考え抜かれたとびきりの人工世界の誕生を心待ちにしたい。
posted by figarok492na at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする