2012年12月14日

小沢昭一の戦争反対の言葉に大きく心を動かされた(CLACLA日記)

 晴天からどんよりとしたお天気へ。
 明日は雨になるとのこと。
 やだなあ。

 気温は上昇する。
 それでも、皆さんくれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 昨夜、4時半過ぎまで『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、仕事関係の作業を進めたりする。


 午前中、KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 多和田葉子の『雲をつかむ話』<講談社>を読了する。
 名は体を表す、と言いたくなるような、巧みにたくまれた作品で、実に面白かった。
 ぜひともこんな小説を書きたいものだ。


 お昼過ぎに外出し、仕事関係の打ち合わせを行ったのち下京図書館へ。
 『雲をつかむ話』、笑福亭松喬の『おやっさん』<うなぎ書房>、松本平の『日活昭和青春記』<WAVE出版>、佐藤信の『60年代のリアル』<ミネルヴァ書房>、司修の『孫文の机』<白水社>、津村記久子の『とにかくうちに帰ります』<新潮社>を返却し、小沢昭一の『小沢昭一 僕のハーモニカ昭和史』<朝日新聞出版>、扇田昭彦の『井上ひさしの劇世界』<国書刊行会>、ロバート・サーヴィスの『情報戦のロシア革命』<白水社>、西村賢太の『苦役列車』<新潮社>、朝吹真理子の『きことわ』<同>を新たに借りる。


 帰宅後、仕事関係の作業を進めたり、『小沢昭一 僕のハーモニカ昭和史』を読み始めたりする。


 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したシューベルトの交響曲第5番&第6番<SONY/BMG>とトーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したドヴォルザークの交響曲第4番&チェコ組曲<同>を聴き、それぞれのCDレビューをアップする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 夕飯後、仕事関係の打ち合わせを行う。


 打ち合わせ後、ヴァーノン・ハンドリー指揮ロイヤル・フィルが演奏したワーグナーの管弦楽曲集<TRING>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』をさらったりする。


 『小沢昭一 僕のハーモニカ昭和史』を読了する。
 先頃亡くなった小沢昭一の口演や、『徹子の部屋』での黒柳徹子とのやり取りをまとめたものだが、被爆地広島での敗戦直後の体験など、軍国少年を自認し海軍兵学校へ入校した経験を持つ小沢さんの戦争反対への強い想いがいずれもストレートに示されていて、大きく心を動かされた。

>ハーモニカは、私にとりまして平和の象徴であります。
 私は終生ハーモニカを手放したくありません。平和を手放したくありません。
 戦争はいやですね、どんな理由があろうとも。
 正義のため、世界平和に貢献のため。
 はっ!どんな理由があろうとも、あれは単なる人殺し大会ですよ、はい。
 戦後六十年も過ぎまして、なんだかその戦後がね、また戦前になっていくんじゃないかっていうような気がね、私どもなんか、そんな勘がするんでございます<

>だからね、どうもこの「愛国」という言葉が出てくると、それからすぐに戦争になるという気が私にはするんです。そういう体験を実際にしていたから。
 世の中同じようなことなんです。同じことを繰り返す。ですから愛国というのは何かコワイ……。
 いや、日本は好きですよ。日本しか知らないんだから、私は日本は好きですよ。
 好きですけど、日本と日本国というのでは、ちょっと違うんじゃないんですか。
 「国」となると、なんか恐いですね<
(以上、『小沢昭一 僕のハーモニカ昭和史』から小沢さんの言葉より)

 それにしても、小沢さんや林光さん、新藤兼人監督や堀川弘通監督、山田五十鈴、森光子、三木睦子、吉田秀和、畑中良輔と、今年はあの時代をしっかりと記憶している人たちが次々と亡くなっていってしまった。
 それを果たして偶然と呼んでもよいのだろうか?


 続けて、『井上ひさしの劇世界』を読み始める。
 扇田昭彦が書き記した井上ひさし(小沢昭一とも浅からぬ関係にあった)に関する多くの文章をまとめた一冊。
 その批評の姿勢も含めて、扇田さんには本当に学ぶところが少なくない。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 北朝鮮がミサイルを発射したと思ったら、今度は中国か。
 なんというタイミングのよさ!!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンゲルブロックが指揮したドヴォルザークの交響曲第4番とチェコ組曲

☆ドヴォルザーク:交響曲第4番&チェコ組曲

 指揮:トーマス・ヘンゲルブロック
管弦楽:ハンブルクNDR交響楽団
(2012年6月/デジタル・ライヴ録音)
<SONY/BMG>88725464672


 ピリオド楽器のアンサンブル、フライブルク・バロック・オーケストラやバルタザール・ノイマン・アンサンブルに、モダン楽器の室内オーケストラ、ドイツ・カンマー・フィルと精力的な活動を続けてきたトーマス・ヘンゲルブロックのハンブルクNDR響の新しいシェフへの就任は、ヨーロッパにおけるピリオド・スタイルの隆盛を象徴する出来事の一つだと思う。
(と、言っても、すでに20年以上前にハンブルクNDR響はジョン・エリオット・ガーディナーをシェフに迎えていたのではあるが)
 そして、あいにく聴きそびれてしまったものの、今年の来日公演は、ヘンゲルブロックとハンブルクNDR響の相性のよさを発揮した非常に充実した内容だったと伝えられている。

 ヘンゲルブロックとハンブルクNDR響にとって二枚目のアルバムとなる、ドヴォルザークの交響曲第4番とチェコ組曲(ちなみに、同じドヴォルザークの交響的変奏曲やブラームスのハンガリー舞曲の抜粋とともに、先述したガーディナーもドイツ・グラモフォンにこの曲を録音している)も、そうした両者の好調ぶりがよく表われた演奏となっているのではないか。
 ピリオド・スタイル云々もそうだけど、それより何より、二つの作品の持つ力感、劇性、抒情性、歌謡性が、テンポ感よくメリハリのきいた解釈で細やかにとらえられていて、実に聴き心地がよい。
 ドヴォルザークの音楽に一種の泥臭さを期待して物足りなさを感じるむきもあるかもしれないが、交響曲の第2楽章をはじめとしたワーグナーとの関連性などにもしっかり目配りの届いたクリアな音楽づくりに、僕は好感を抱く。

 ライヴ録音ゆえ、若干こもった響きなのが残念といえば残念だけれど、作品や演奏を愉しむという意味では、まず問題はない。
 ドヴォルザークの交響曲第4番なんて知らないという方や、チェコ組曲って『のだめ』のドラマで使われてなかったっけという方にも大いにお薦めできる一枚だ。
 ヘンゲルブロックとハンブルクNDR響には、ぜひともドヴォルザークの他の交響曲、中でも第5番や第6番を録音してもらいたい。
posted by figarok492na at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジンマンが指揮したシューベルトの交響曲第5番&第6番

☆シューベルト:交響曲第5番&第6番

 指揮:デヴィッド・ジンマン
管弦楽:チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
(2012年9月/デジタル・セッション録音)
<SONY/BMG RCA>88725463362


 デヴィッド・ジンマンが手兵チューリヒ・トーンハレ管弦楽団と進めているシューベルトの交響曲全集の第4段、第5番と第6番がリリースされた。

 まずモーツァルトの交響曲第40番を下敷きにしたと思しき第5番だが、これまでと同じくピリオド・スタイルを援用して速いテンポの粘らない音楽づくりが行われているものの、長調の中に時折厳しい突風が吹くという感じではなく、作品の持つ叙情性や歌謡性、旋律の美しさに主眼が置かれているように思う。

 一方、ハイドンの交響曲第100番の第1楽章の主題を裏返したかのような同じく第1楽章の主題が印象に残る第6番のほうは、強弱のメリハリはよくきいた、きびきびとしてリズミカルな演奏で、この交響曲の快活さをよく表わしているのではないか。
(と、言うことは、つまり、第5番と第6番を「対照的」な作品として描き分けているということか)

 チューリヒ・トーンハレ管も、ジンマンの意図によく沿って精度の高い演奏を繰り広げている。

 シューベルトの交響曲第5番と第6番のベーシックな録音としてお薦めしたい一枚だ。
posted by figarok492na at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

午前中犯罪学を受講し、夜はお芝居を観た(深夜のCLACLA)

 若干どんよりとした感じはありつつも、晴天。
 いいお天気、いい青空の一日だった。

 若干気温が上昇したか、日中は。
 朝夕の冷え込みは厳しかったが。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 昨夜、2時半頃まで『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、仕事関係の作業を進めたりする。


 朝早めに起きて仕事関係の作業を進めたのち外出し、地下鉄でくいな橋へ。
 龍谷大学深草校舎で犯罪学を受講する。

 講義終了後、近くの業務スーパーで買い物をすませ、13時少し前に帰宅した。


 帰宅後、ヴァーノン・ハンドリー指揮ロイヤル・フィルが演奏したワーグナーの管弦楽曲集<TRING>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、多和田葉子の『雲をつかむ話』<講談社>を読み進めたりする。


 17時50分頃に外出し、自転車でアトリエ劇研へ。
 ニットキャップシアターの第32回公演『Strange』(ごまのはえさん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 終演後、ごまさんをはじめ関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。

 で、夕飯用の買い物をすませ、22時過ぎに帰宅した。


 遅めの夕飯後、フレスコのマフィンを食す。
 半額びき、税込み50円だったもの。
 オーソドックスなチョコマフィンケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、12月13日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ニットキャップシアター 第32回公演『Strange』

☆ニットキャップシアター 第32回公演『Strange』

 作・演出:ごまのはえ
 振付:佐藤健大郎
 照明:葛西健一
 音響:三橋琢
(2012年12月13日19時開演/アトリエ劇研)


 ニットキャップシアターにとって第32回目の本公演となる、ごまのはえの新作『Strange』のプレビュー公演を観た。

 来週火曜日まで京都公演が続き、さらには来年2月1日〜3日に下北沢のザ・スズナリでの東京公演が予定されていることもあって、あえて詳しい内容については触れないが、これは観に行って大正解の作品であり、公演だった。
 と、言うのも、ごまのはえという劇作家・演出家の、演劇という方法を用いながら今現在表現すること(何を?どのように?)への強い意志や覚悟、疑問、葛藤、冒険、切実さが、「第一部 垂直移動編」、「第二部 平面移動編」、「第三部 直角交差編」の三部構成の物語を通してはっきりと示されていたからだ。
 『Strange』というタイトルや三部の名称(ただし、この名称はまた、その内容を読み解く大きなヒントともなっているのだけれど)からもわかるように一筋縄ではいかない展開で、各部のブリッジの間に感じ取ったものを反芻してみる必要があるだろうし、ごまさんの様々なせめぎ合いが作品の結構に表われているようで、ときにスリリングにすらあるのだけれど、全編観終えたときの余韻感慨充手応え観応えは非常に大きい。
 加えて、これまでの一連の作品でも試みられてきたダンス(今回の公演にも出演している佐藤健大郎の存在を忘れてはなるまい)や音楽、ごまさんが接してきただろう過去の創作物、マイクパフォーマンスといった現代の潮流となっている演劇的な手法技法の使用援用も、さらに洗練されて精度を増しているように感じられた。

 初日ということで、まだまだ粗さは残っていたものの、客演の佐藤さんや黒木夏海を含む演者陣のアンサンブルのよさも、回を重ねるごとにこの『Strange』の観どころの一つに数えられることとなるのではないか。
 おなじみ、ごまさんはじめ、市川愛里、織田圭祐、門脇俊輔、澤村喜一郎、高原綾子、藤田かもめのニットキャップシアター・メンバーに、新たに山岡未奈(ちょっと柳原加奈子を思わせる風貌で、柳原さん同様に回転が早くて芯の強そうな演者さんだ)が加わって、今後がますます愉しみだ。

 いずれにしても、ぜひ多くの方にご覧いただきた作品であり、公演である。
 ああ、素晴らしかった!
posted by figarok492na at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする