2012年12月12日

もうじき冬っになるっだろう(CLACLA日記)

 晴天。
 若干どんよりはしつつも。

 今日も気温は上昇せず。
 寒さがどうにも厳しくどうにも激しい。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 北朝鮮が長距離弾道ミサイル(と思しきもの)を発射した。
 すでに予告されていたこととはいえ、衆議院選挙真っ盛りの折も折、実にタイミングのよい話だと思わずにはいられない。
 なぜなら、国防の強化や徴兵制を口にする人間にとって、自らの主張をますます強めることができるからだ。
 度し難し。


 尼崎連続変死事件の容疑者が自殺したとのこと。

 また、舞鶴の女子高校生殺人事件に関し、大阪高裁が逆転無罪の判決を下したとのこと。


 昨夜、4時過ぎまで『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、仕事関係の作業を進めたりする。


 ヴァーノン・ハンドリー指揮ロイヤル・フィルが演奏したワーグナーの管弦楽曲集<TRING>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ゆかいなどろぼうたち』をさらったり、多和田葉子の『雲をつかむ話』<講談社>を読み進めたりする。


 16時頃外出し、京都シネマへ。
 山本起也監督の『カミハテ商店』(2012年、北白川派)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 夕飯用の買い物をすませてから、19時少し前に帰宅した。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMでシャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の定期公演の実況中継を聴く。
 武満徹のノヴェンバー・ステップス、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ワディム・レーピンの独奏)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』が放送されていたが、いずれもデュトワの精度の高い音楽づくりがよくわかる演奏だった。

 続けて、再びハンドリー指揮のワーグナーのCDを聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『雲をつかむ話』を読み進めたりする。


 今日は、ヤマザキの吹雪まんを食す。
 近くのドラッグランドひかりで、半額、税込み42円だったもの。
 粒あんたっぷりのおなじみ吹雪饅頭で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 ここ5年ほどの間、僕は、事あるごとに、あと数年経てば演劇をはじめとした表現活動がやりにくくなる、表現者にとっての冬の時代がやって来る、という言葉を繰り返し口にしていた。
 だが今になって、僕は大きな読み間違いをしていたことに気づく。
 表現者どころではない、このままいけば、多くの人たちにとってとんでもない大きな冬の時代がやって来る。
 それにしても、冬の時代がやって来れば、本当にやる気のある表現者が生き残って、そうでない人間たちは淘汰されると、僕の言葉に応えた人たちがいたが、この冬の時代はそんなに甘いものか。
 僕には、そんなに甘いものとは思えない。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カミハテ商店

☆カミハテ商店<2012年、北白川派>

 監督:山本起也
 脚本:水上竜士、山本起也
 撮影:小川真司
 音楽:谷川賢作
(2012年12月12日/京都シネマ)


 京都造形芸術大学映画学科の学生たちと、プロの俳優スタッフ陣が共同して映画を撮影製作する北白川派の今年度の作品で、山本起也にとっては初の劇映画となる『カミハテ商店』を観たが、まずもって強く印象に残ったのは、主人公を演じる高橋惠子だった。

 高橋惠子。
 関根恵子。
 あれはアフタヌーンショーだったろうか。
 バンコクへのいわゆる「恋の逃避行」から幾日、帰国して旅客機のタラップを降りる彼女に、芸能リポーターたちがわっと群がり集まる情景が、僕は未だに忘れられない。
(余談だが、関根恵子がすっぽかしたのが福田陽一郎プロデュースの舞台で、彼女の穴を見事に埋めたのが市毛良枝であったことなどを、福田さん自身が『渥美清の肘突き』<岩波書店>で書き遺している)
 けれど、僕が高橋惠子という女優に好感を抱くようになったのは、高橋伴明監督と結婚したのち、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』の伯爵夫人にぴったり(ちなみにアルマヴィーヴァ伯爵は林隆三)と言いたくなるほど、透徹してノーブルな美しさを見せ始めてから、例えば、NHKの『とっておきの青春』や同じNHKの大河ドラマ『信長』あたり以降である。

 まあ、それはそれ。
 高橋惠子にとって20年ぶりの主演作品にあたる『カミハテ商店』は、夫の高橋伴明監督が造形芸大の映画学科の学科長なこととの兼ね合いが大きなキャスティングであることは、高橋さん自身、週刊文春の阿川佐和子によるインタビューでも触れていたことだけれど、そうした裏の事情を知っていたとしても、彼女の演技者役者としての魅力が揺らぐことはないように思う。
 そしてその魅力とは、表面的な巧さというより、高橋惠子その人の芯のようなものの魅力と言い換えることもできるのではないか。
 老け役云々という言葉も「売り」になっているようだが、それより何より高橋惠子のあり様そのものに僕は強く魅かれた。

 加えて、作品の肝となる断崖絶壁をはじめ、ドキュメンタリー的に置かれたロケ地、隠岐海士町の自然の美しさ厳しさも、この作品の見どころの一つと言えるのではないか。

 上映中ゆえ、作品そのものについてはあえて詳しく触れないが、本来のモティーフ(学生の原案)より、主人公の「老い」、「孤独な生活」のほうにより重点が置かれていたような気がしないでもなかった。
 言葉を換えれば、同じ山本監督のドキュメンタリーの佳品『ツヒノスミカ』(山本監督の90歳になるお祖母さんの日々の生活を追った)のフィクションによる再現、変奏となるか。
 そのこと自体は興味深いことなのだけれど、一方で、一つの物語という意味から、何かが埋まりきらないもどかしさを感じてしまったことも事実だ。

 役者陣では、寺島進が大奮戦。
 少しでもよい作品、よい現場にしたいという熱い想いが伝わってくる演技だった。
 それと、あがた森魚の助演も嬉しい。
 ほかに、水上さん、松尾貴史、映画学科生(深谷健人、平岡美保/卒業生、土村芳、ぎぃ子、大西礼芳ら)が出演。

 それにしても、高橋惠子っていいなあ!

posted by figarok492na at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする