2012年08月06日

katacotts #1『文鳥』

☆katacotts #1『文鳥』

 作:夏目漱石
 読み手:戸谷彩
(2012年8月5日、壱坪シアタースワン)


 夏真っ盛り。
 高校球児なら、すは甲子園、ということになるだろうが、高校時代(長崎県立長崎西高等学校)の二年とちょっとを放送部員として過ごした人間からすると、東京はNHKホールで開催されるアナウンスや朗読の全国大会(ほかに、テレビやラジオ番組の制作もあった)ということになる。
 加えて、秋の終わりには九州各県回り持ちで開催される九州大会というのもあって、この全国大会九州大会の二つのコンテストに向けて、日々アナウンスや朗読の練習に勤しんだものである。
 で、根っからの読書好きということから、僕は朗読を選んだのだけれど、成績のほうはそこそこというところだったか。
 一応九州大会の県代表の一人に選ばれたことはあるが、「代表団の団長役に適任だと思ったから」と他校の顧問の先生(審査員)が口にしていたのも、あながち冗談とは言えまい。
 実際、朗読のほうはいまいちなくせに、交流会のアトラクションのクイズで馬鹿を繰り返した上、結局一等を手にして長崎県代表団の意気を高めるという悪目立ちぶりだった。
 まあ、それはそれ。
 「中瀬君の朗読は面白いけど、くせがあってやり過ぎやもんね」という別の先生の言葉が、正当な評価だったのではあるまいか。
 確かに、今さらながら告白すると、中村伸郎や宇野重吉だのなんだのの老優名優の物真似口真似声真似を心がけたのはまだしも、小学校の頃から座布団一枚持って毎度馬鹿馬鹿しいお笑いをと、体育館の壇上で一席ぶっていた落語ののりまで加味して「朗読って」いたのだから、やり過ぎくせのあり過ぎはさもありなんである。
 そうそう、やっかみもあってか、当時は本(文脈、コンテキスト)を読む力がない、はては「社会性」がないなどと偉そうに評していた現RKBの坂田周大アナウンサーの朗読だが、なんのなんの、九州大会での夏目漱石の『草枕』の冒頭部分など、声のよさと端整な表現とで見事な読みだったと今もって感心している。

 戸谷彩の朗読企画、katacotts #1『文鳥』を耳にし、目にしながら、そんな三十年近くも前のことをふと思い出した。

 舞台での活動を続けてきた戸谷さんだけに、ところどころ表情づけや仕種、さらに簡単な演技(譜面台にテキストのほか、折鶴など若干の舞台美術が配置されていて、それを利用した)も行われていたが、重点は『文鳥』を読む、朗読するということに置かれている。
 『文鳥』は、鈴木三重吉の誘いで飼い始めた文鳥が、ちょっとした不注意から死んでしまうまでのあらましを、かつて親しかった美しい女性の記憶(フィクション?)を交えながら描いた小品で、戸谷さんはそうしたテキストに対し真摯に向かい合っていたように思う。
 特に、文鳥が死んでしまってからの哀しみと怒りをためた描写の部分は強く印象に残ったし、文鳥の「ちち」という鳴き声は戸谷さんのリリカルな声質によく合っていたようにも感じた。

 ただ一方で、たっぷりと言葉をためるというか、詠嘆調の朗読が単調につながっていたように感じられたことも事実で、技術的な巧拙(ライヴ特有の傷)よりも、漱石の文章の持つ歯切れのよいテンポ感や滑稽さ(多分に落語との関係性が強いだろう)と戸谷さんの読みの特性との齟齬が、僕には少し気になった。
(もしかしたら、泉鏡花や谷崎潤一郎の王朝物、川端康成といった人たちの耽美的で抒情的な作品をとり上げてみても面白いかもしれない)

 『文鳥』の再演、新しい作品と、様々にプランがあるだろうが、いずれにしても、こうやって丁寧に朗読に取り組む企画は非常に興味深いこともあり、次回の公演を愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする