2012年07月02日

同志社大学寒梅館まで足を運んだ(CLACLA日記)

 晴天。
 いい青空、いいお天気になる。

 気温も上昇し、暑さが厳しい一日。
 暑い暑い暑い暑い。


 大飯原子力発電所の3号機が再稼働した翌日に、姫路第2発電所(火力発電所)の4号機が故障して運転を停止したという。
 まあ、いくらなんでも「そこまで」はやらないだろう…。

 そういえば、昨日から牛肉の生レバーの販売が禁止されたんだった。
 僕自身は、生肉、まして生レバーは好んで食べたいものではないけれど。
 いろいろと考えることはあるなあ。
 例えば、安全安心ってなんなのか?とか。


 昨日は、夕方前に外出し、大阪恵美須町へ。
 激しい雨だったため、マクドナルドでしばらく時間をつぶし、中古CDショップなどをのぞいてから、インディペンデントシアター2ndで、ピンク地底人 暴虐の第10回公演『明日を落としても』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 終演後、出演者の勝二繁(親しみを込めて敬称略)としばらく話しをしたほか、関係各氏と話しをしたりあいさつをしたりする。

 その後、同じ回をたまたま観に来ていた映画監督の西尾孔志さん(『とまる。』でレビューを書き合った仲だが、親しくお話するようになったのは、実は『とまる。』の体制が変わって、お互いの連載がなくなってしまってからだ)、佐々木峻一君、合田団地君、作道雄君と近くの大阪王将に移動し、あれこれ話しをする。


 24時を過ぎての帰宅後、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 真向かいのマンションがまたぞろ朝からかまびすしい。
 ええかげんにせんか!!


 午前中一度外出し、買い物をすませる。


 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したシューベルトの交響曲第3番&第4番「悲劇的」<RCA SONY/BMG>、ミヒ・ガイック指揮オルフェオ・バロック・オーケストラが演奏した同じくシューベルトの交響曲第5番&序曲集<SONY/DHM>、ダニエレ・ガッティ指揮フランス国立管弦楽団が演奏したドビュッシーの管弦楽曲集<SONY/BMG>を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、許光俊の『最高に贅沢なクラシック』<講談社現代新書>を読み進めたりする。


 夕方になって再び外出し、仕事関係の予定をすませたのち、同志社大学寒梅館へ。
 クローバーホールで開催されたSTEP BY 映画24区KYOTO vol.1のうち、シマフィルム代表の志摩敏樹さんと映画24区代表三谷一夫さんの対談(田中誠一さんの司会)を聴かせてもらう。
 少し発言を行ったほか、関係各氏と話しをしたりする。

 田中さんにあいさつののち同志社大学をあとにし、別の仕事関係の予定をすませる。


 帰宅後、ドビュッシー、ジンマンのシューベルトを続けて聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 『最高に贅沢なクラシック』を読了する。
 ああ、面白かった!
(って、こういう書き方はあんまり合ってないような気もするが…)


 今日は、バターテイスト・チョコバタークッキーを食す。
 堀川今出川のローソンストア100で購入したもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピンク地底人 暴虐の第10回公演『明日を落としても』

☆ピンク地底人 暴虐の第10回公演『明日を落としても』

 作・演出:ピンク地底人3号
(2012年7月1日、インディペンデントシアター2nd)


 ドイツの啓蒙主義者レッシングの戯曲『賢者ナータン』を中心に、宗教的精神の展開について林達夫がものした『三つの指環の話』をだしにして、芸術芸能における「本物」と「いか物」「偽物」についてあれこれ書いてみようかと思ってのだけれど、やめたやめた。
 それこそ「本物」ぶりたい「いか物」「偽物」のやることだ。
 つまるところ、ピンク地底人の第10回目の本公演にあたる『明日を落としても』を観て思ったことは、ずっと前から感じていた通り、ピンク地底人3号=林君はやっぱり「本物」だということ。
 そして、そうだからこそ、林君はもっとずっと自分が「本物」であるということを「フラット」に信じるべきだということだ。


 これから東京での公演があることだし、これだけ書いておけば、わかる人にはきっとわかってもらえるはずだけど、それではあまりにも不親切だと思うので、感想のほうを少し。


 実は、C.T.T.での試演をのぞけば、2008年の第4回公演『サイケデリック妊婦症』以来というから、約4年ぶりになるピンク地底人の『明日を落としても』は、林君のこの間の演劇的研鑚(作家としても演出家としても)が如実に示されていたものとなっていたと思う。
 と、言うのも、彼が接してきたと思しき様々な演劇的手法が咀嚼され、単に技術のひけらかしとしてではなく、語りたいひとっこと(それが言い過ぎならば、林君の表現行為の芯となる大きなモティーフと呼び換えてもいい)を補強し補完する肉となり支柱となっていたからである。


 加えて、エロス・タナトス・クロノスの三つの要素が、メタシアター的な結構の中にはめ込まれていた点も、僕には興味深く面白かった。


 正直、林君の意図は十二分に汲み取りつつも、同じシークエンスの変容(あえて反復とは呼ばない)には、どうしても集中が途切れる、意識が「現実」に戻される瞬間が何度かあったし、一つの流れから次の流れに移る際、個人的にはあえて終盤の趣向を伏線の意味も含めて利用してもよいのではないかと思ったりもしたが、全体的な作品世界、加えてシアターピース的な造形には感心し、好感を覚えた。
(先述した林君が語りたいだろうひとっことには、相容れないものがありながら)


 ピンク地底人2号をはじめ、演者陣は林君の意図によく沿った演技を行っていたのではないか。
 東京公演に向けて、さらにアンサンブルの精度を高めて行ってもらえればと思う。


 あと、一見無機的なようでありながら、その実作品の核となる部分によく合っていた、さかいまおの舞台美術も強く印象に残った。


 いずれにしても、東京公演の成功盛況を心より祈願するとともに、次回以降の公演も愉しみにしたい。
 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする