2012年05月31日

今日で5月も終わり(CLACLA日記)

 今日で、5月も終わり。
 今年もあと7ヶ月となった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 どんよりとした感じの強いお天気。

 気温は上昇する。
 むしっとして、あまり快ならず。


 昨夜、アトリエ劇研でfukuii企画の『ニホンの狂育 −女子校編−』(福井俊哉君脚本・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 福井君をはじめ、関係各氏と話しをし、その後いろいろとあって23時過ぎに帰宅した。

 その後、4時半過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、黒川鍾信の『東京牛乳物語』<新潮社>を読み進めたりする。


 かかりつけの病院に行って血液検査のための採血を行い、スギ薬局で薬を受け取り、ついでに買い物をすませて帰宅した。


 ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィルが演奏したヴェーベルンの管弦楽作品集、エマーソン弦楽4重奏団他が演奏した同じくヴェーベルンの弦楽4重奏のための作品集<ともにドイツ・グラモフォン>、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの『町人貴族』組曲&メタモルフォーゼン<EMI>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『東京牛乳物語』を読み進めたりする。


 18時少し前に外出し、京都文化博物館のフィルムシアターで豊田四郎監督の『暗夜行路』を観る。
 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。

 上映終了後、夕飯用の買い物をすませて21時20分頃帰宅した。


 夜になっても、真向かいのマンションがかまびすしい。
 あほんだらだらすけが!


 夕飯後、ネルソン・フレイレが弾いた12の練習曲集(別れの曲や革命が入ったほう)&ピアノ・ソナタ第2番「葬送行進曲つき」他<DECCA>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。


 『東京牛乳物語』を読了する。


 今日は、栄屋乳業株式会社のワッフルを食す。
 六角通のローソンストア100で、20円びきだったもの。
 まあまあ美味しうございました!


 明日がいい日でありますように!
 そして、6月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暗夜行路

☆暗夜行路<1959年、東京映画>

 監督:豊田四郎
 原作:志賀直哉
 脚本:八住利雄
(2012年5月31日、京都文化博物館フィルムシアター)


 箔付けかっこつけもあってか、中学高校とハルキやばななといった流行りの文学には目も向けず、日本や西洋の古い小説ばかり読みふけっていた。
 あたら中学生の分際でアナトール・フランスの『神々は渇く』<岩波文庫>なんて読んで、「フランス革命は…」などといっぱしの文学通を気取っていたのだから、厭味ったらしいったらありゃしないこまっちゃくれたガキだけれど、今となってはその頃そういった作品に触れておいて、テキストの行間を読む力はある程度ついたかなと思わないでもない。
 どちらかと言えば苦手だった白樺派だが、志賀直哉の新潮文庫の三分冊の短篇集は愛読した。
 筋の通ったミニアチュアというか、技巧と自然さとが巧みに混ざり合った結構に魅力を感じたからである。
 ただ、『暗夜行路』にだけはどうしても手をつけることができなかった。
 いや、読もう読もうとは思うのだけれど、さて読もうという段になって手が止まる。
 で、いつしか古い小説愛好時代は終わり、『暗夜行路』に関しては梗概ばかりを知るだけで、今の今まで読まないでいた。
 だから。豊田四郎監督の『暗夜行路』は、まっさらとまでは言えないものの、やはり原作未経験者として接することができたことになる。

 父の父=祖父と母との間の不義の子であることを知った時任謙作(池部良)は懊悩の末、長年共に暮らしてきた祖父(実の父)の妾お栄(淡島千景)との結婚を望むも、父の反対もあって適えられない。
 そんな失意の謙作は滞在先の京都で直子(山本富士子。ただし、敦賀の出ということで京都弁を聴くことはできず)と出会い、結婚するが…。
 といった、どうにもじぐじぐじぐじぐ爛れるような内容だが、そこは「三人称」の芸術・映画であるからして、たとえモノローグを多用しようとも(モノローグが、ラストで謙作から直子に移るのは原作を踏襲したものではないか)、たぶん原作ほどには俺が我がの思索の世界、暗闇を進むようなどんよりとした世界に入り込むことはない。
 2時間20分の尺は、生理的には厳しいものがあるが、原作を上手くダイジェストしただろう八住利雄の脚本と豊田四郎のきっちりとした演出もあって、それほど観飽きることはない。
 ちょっとご都合主義とも思えなくない後半の展開など気になる点もなくはないが(白樺派的っちゃ白樺派的とはいえ)、池部良や山本富士子、淡島千景の演技をはじめ、観どころも少なくなかった。
 千秋実や仲代達矢、汐見洋、市原悦子のほかは、杉村春子、中村伸郎、長岡輝子、三津田健、賀原夏子、仲谷昇、北村和夫、加藤治子、南美江、荒木道子、小池朝雄、加藤武、本山可久子、岸田今日子、北見治一ら文学座の面々が脇を固めている。

 さて、せっかく映画も観たんだし、原作の『暗夜行路』を読んでみるか!
 てな気には、実はなっていないのだよね、これが…。
posted by figarok492na at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

fukuii企画『ニホンの狂育 −女子校編−』

☆fukuii企画『ニホンの狂育 −女子校編−』

 脚本・演出:福井俊哉
(2012年5月30日、アトリエ劇研)


 京都造形芸大映画学科出身のインディーズレーベル・月世界旅行社は好漢ぞろいだが、演じてよし撮ってよし(キャメラマン)、おまけに歌まで歌ってよしのふじもん藤本啓太監督は好漢中の好漢だ。
 その藤本監督の『モカ珈琲』や『ゆびきりげんまん』で、根は優しくてちょっとシャイな主人公を演じている福井俊哉が、京都学生演劇祭のドキドキぼーいずの公演で頭を金髪に染めているばかりか、けっこうぷっくりとしたお腹をさらしているのを観たときは、えっと我が目を疑ったものだ。
 あの福井君はいったいどこへ!?
 てなことを、別の場所で劇団テンケテンケテンケテンケの勝二繁に話していると、「福井君、てんこもり堂に出てたじゃないですか」とすかさず応えがあった。
 そうだそうだ、福井君、てんこもり堂の『ESCAPE』で若い銀行員の一人として頑張っていたんだ。
 どうりでふじもんの作品を観たときにあれっと思ったんだよね。
 そういえば、ちょっとだけ福井君と話しをする機会があった際、自分は舞台のほうで作演もやっているって言ってたっけ。

 そんな福井俊哉率いるfukuii企画の二回目の公演(学外では初めての公演)となる『ニホンの狂育 −女子校編−』を昨夜アトリエ劇研で観た。
 福井君の想いは別にして、続篇なきしも非ずと感じたりもしたから詳しい内容については触れないが、陰湿ないじめはびこる女子高聖ブリリアント女学院は二年すもも組にキタノ拳死郎なる「男子」が転校してきて…、といった具合に物語は進んでいくのだけれど、はっちゃけはちゃめちゃな展開の中に、福井君の真っ正直な想いやメッセージ(師の川村毅にもつながる)が盛りだくさんに盛り込まれていて、まずもって好漢、ではない好感を覚えた。
 また、ダンスやラップなど流行り(演劇的にも)の要素を巧く取り入れるなど、お客さんを愉しませようという仕掛けも充分理解がいった。
 テキストの構成や登場人物の感情の変化、舞台美術等々でさらに細やかさ、丁寧さ、丹念さが加われば、作品の持つメタフィクション的な要素というか、確信犯的な部分がよりはっきりと表われたのではないかと、その点を残念に思う。
 それか、逆に粗さを粗さとして、もっと振り切ってしまってもいいのではないか。
 続篇を期待するのもそのことと関係していて、今のままでも続きをやるのは可能だし、なんなら『悪名』や『男たちの挽歌』の「あれ」を使ってもいい。
 いや、そうなるとただの邪劇になってしまいかねず、福井君の目論見想いとは大いにかけ離れてしまうか…。

 福井君の高揚ぶりとタイトルの「狂」を体現したかのような、拳死郎役の上川周作や教師役の北川大佑のほか、ドキドキぼーいずの吉田穂、造形芸大映画学科の映画でおなじみ仙洞田志織、跡見賢太、きのせまさきと、演者陣も各々の個性特性をよく発揮していたのではないか。
 ただ、激しい感情表現と技術面での齟齬からくるライヴ特有の傷よりも、表面的な巧さと内面における役柄との距離からくる隙間のほうが気になったりしなくもなかったが。
 現時点での技術的な巧拙は置くとして、個人的には田中沙依が強く印象に残った。
 彼女の今後の活躍に期待したい。

 いずれにしても、福井俊哉がこれからどのような作品を仕掛けてくるがとても愉しみだ。
 次回の公演を心待ちにしたい。
posted by figarok492na at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新藤兼人を悼む

 日本を代表する映画監督で脚本家の新藤兼人が亡くなった。先月29日に100歳の誕生日を迎えたばかりだった。
 はじめ現像部として映画界に入り、のちに溝口健二の厳しい指導と妻の援けを受けながら映画のシナリオ執筆の研鑚を積む。
(この間の様々な出来事とその妻の病死に関しては、監督デビュー作品となる『愛妻物語』で詳しく描かれている)
 その後、松竹へと移動するが、海軍に召集され宝塚で敗戦を迎える。
 松竹復帰後、吉村公三郎監督とコンビを組んで、数々の作品を世に送り出すが、興業上の理由から幹部と対立して松竹を退社し、吉村監督らと近代映画協会を設立した。
 独立プロの厳しい条件下、自ら監督として『原爆の子』、『裸の島』、『人間』、『鬼婆』、『悪党』、『裸の十九才』、『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』、『竹山ひとり旅』、『北斎漫画』、『さくら隊散る』、『午後の遺言状』、『生きたい』等、名作、力作を数多く発表し、90歳を過ぎても『ふくろう』、『石内尋常高等小学校 花は散れども』を撮影。
 さらに、昨年は99歳で『一枚のハガキ』を撮り上げた。
 また、脚本家としても映画、テレビドラマで多数の作品を遺し、著書も少なくない。
 新藤監督に関しては、『一枚のハガキ』を完成させての死で本望なのではという声もあり、またたまたま目にする機会を得たNHKのドキュメンタリー番組からも『一枚のハガキ』が最後の作品となるのではと感じてもいたが、しかし、そのライフワークとなるべき広島への原爆投下の瞬間の映画化が成し遂げられなかったことを、新藤監督はやはり無念に思っていたのではないか。
 製作費約20億円。
 確かに、大変な金額だ。
 けれど、世のあれやこれやを考えるに、僕は非常に悔しくてならない。
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 以前も別に記したことがあるが、新藤兼人の生への執念は、母や最初の妻、「戦友」、広島の人々、そして乙羽信子や殿山泰司、吉村公三郎といった自らより先に亡くなった人々への強い想いに支えられていたような気がする。
 そういえば、盟友の一人、林光さんも新藤監督より先に亡くなられてしまったのだった…。

 なお、新藤兼人については、自著のほか、殿山泰司の一連の作品が詳しいし、先日読み終えた麿赤兒の『怪男児麿赤兒がゆく』<朝日新聞出版>や高井英幸の『映画館へは、麻布十番で都電に乗って。』<角川書店>にもその印象的なエピソードが綴られている。

 そうそう、来月、京都文化博物館のフィルムシアターで、新藤兼人の脚本作品が特集上映される予定だ。
 脚本家としての新藤兼人の魅力を再認識する機会になると思う。
 お時間おありの方はぜひ足をお運びいただきたい。
(本来は、生誕100年を記念したプログラムだったのだけれど。ああ…)
posted by figarok492na at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする