2012年05月04日

本日休診

☆本日休診<1952年、松竹大船>

 監督:渋谷実
 原作:井伏鱒二
 脚色:斎藤良輔
(2012年5月4日、京都文化博物館フィルムシアター)


 渋谷実は、喜劇の造り手として知られるが、彼の遺した喜劇の中でも『本日休診』は屈指の一本と呼ぶことができるのではないか。
 同名作品や『遙拝隊長』といった井伏鱒二の小説を下敷きに、小さな医院の老先生と「本日休診」にもかかわらず次から次へとやって来る患者たちとのエピソードを通して、苦しみや辛さを抱えつつもなんとか生きて行こうとする人々のあり様や未だ癒えない戦争の深い傷などがしっかりと浮き彫りにされていく。
 と、言っても、そこはあくまでも喜劇、乾いた笑いの仕掛けもふんだんに盛り込まれているが(望月優子の診察のくだりとか)、それでもラストの情景にはぐっと心を掴まれた。

 役者陣では、まずもって扇の要の役回りを演じた柳永二郎が見事。
 ときに激しい憤りをあらわにするも、善人好人物の老医師を達者に演じている。
 落ち着いた感じのナレーションも素晴らしく、永井荷風らの作品の朗読は残っていないものか。
 また、佐野眞一のインタビュー『怪優伝』<講談社>でも触れられているように、この『本日休診』を自らの生涯の十本のうちの一本に選んでいる三國連太郎も、戦争で気の狂った青年の役をナイーヴに演じ切っていて、強く印象に残る。
 中でも、ラストの表情!
 ほかに、淡島千景(淡島さん、好きだなあ)、田村秋子(杉村春子が彼女の影響を強く受けていることがよくわかる)、鶴田浩二(本当は気の狂った青年役のはずがそれを三國連太郎に奪われる形となり、そのこともあって終生三國さんを敵視したことが『怪優伝』で語られている)、角梨枝子、佐田啓二、岸恵子、中村伸郎、長岡輝子、十朱久雄、多々良純、増田順二、山路義人らが出演している。

 おかかなしさ(by色川武大)に彩られた作品。
 ああ、面白かった!
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今日こそは(CLACLA日記)

 どんよりとした感じが強し。
 青空は見えつつも。

 気温は下がり、ちょっとだけ肌寒い感じがする。


 昨夜、友だちから急遽連絡があり、会って話しをすることに。
 で、結局1時過ぎに帰宅する。

 その後、ナイナイのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、5時近くまで仕事関係の作業を進める。


 またもや、真向かいのマンションがかまびすしい。
 うっとうしいかぎり。


 午前のうちに、毎週恒例の洗濯をすませる。
 お天気のせいもあって、乾きの具合はあまり芳しくないが、これはもう仕方がない。


 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』やNHK・FMのラ・フォル・ジュルネの特集を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、松井浩の『打撃の神髄榎本喜八伝』<講談社>を読み進めたりする。


 昨夜、外出時、ロールケーキを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターで『本日休診』を観る予定なり。
 今日こそは、上映開始時間を間違えてはならじ。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

またも失態、河原町へ そして、DJ日本史を聴く(CLACLA日記)

 18時少し前に外出したものの、途中ではたと気がついた。
 今日は憲法記念日、祝日じゃないか。
 で、念のため京都文化博物館まで足を運んだら案の定、『命美わし』の夕方の上映は17時からだった。
 ありゃりゃ、ユニットリングに続いてまたも失態じゃないか…。


 仕方がないので、歩いて河原町まで出、Avisやタワーレコード(またもばったり。遭遇率、ほんと高いなあ)、ブックオフをのぞいて、20時過ぎに帰宅する。
 炊飯器のタイマーを映画にあわせて設定していたこともあり。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、松井浩の『打撃の神髄榎本喜八伝』<講談社>を読み進めたりする。


 21時過ぎから、NHKラジオ第1の『歴史バラエティーDJ日本史』を聴く。
 「歴代将軍No.1は?投票で決定」というラテ欄の惹句にもしやと思ったら、案の定、ビートたけし風の源頼朝がオールナイトニッポン風にべしゃり始めた。
 そう、予想通り、松村邦洋だ。
 ほかに、お江戸ルの堀口茉純も出演。
 菅野美穂の物真似が得意そうなきれいな声質の持ち主だなあと思って、彼女のサイトをのぞいてみると、なーる文学座の研究所の出身なのか。
 おなじみ津川雅彦や西田敏行、野村克也の物真似に加え、ところどころプロ野球ネタを挟んでくるあたり、かつて松村邦洋のオールナイトニッポンを欠かさず聴いていた人間にはたまらない。
 また、将軍になって欲しかった人物として徳川家基を挙げてくるなど、堀口さんのほうも「お江戸ル」の名に恥じないチョイスである。
 おまけに水木一郎アニキの歌まであって、嬉しく愉しいかぎり。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

憲法記念日 力道山から榎本喜八へ(CLACLA日記)

 憲法記念日。
 今日からゴールデンウィーク後半部分のスタートだ。


 青空は見えつつも、どんよりとした感じの強いお天気。
 そろそろすっきり晴れ切ってもらえないものか!

 気温はそこそこに上昇。
 むしっじめっとしてあまり快ならず。


 昨夜、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したオネゲルの交響曲第2番他<DECCA>を聴いたりしながら、4時半近くまで仕事関係の作業を進める。

 途中、村松友視の『力道山がいた』<朝日新聞社>を読了し、松井浩の『打撃の神髄榎本喜八伝』<講談社>を読み始める。
 『力道山がいた』は、城内康伸の『猛牛と呼ばれた男』<新潮社>や喜多由浩の『北朝鮮に消えた歌声』<同>を読んでいたこともあり、一層当時の社会的背景や国際情勢と力道山との関係がつかめたように思う。
 それにしても、村松さんも深く関わっている、高橋伴明監督の『ザ・力道山』を観てみたい。
 京都造形芸大の映画学科の学生さんで上映会を企画してくれないものか。

 あと、この本の中に、電灯を消した暗い室内でテレビのプロレス中継を凝視する老人の姿が描写されているが、今は亡き父方の祖父(ただし、実際は父の本当の父の弟にあたる)も同じような感じでテレビのプロレス中継を観ていたことを思い出し、様々なことを考える。

 そうそう、僕が朝鮮半島のあれこれについてどうしても無関心でいられないのは、母方の一家が北朝鮮からの引き揚げ者であるということも多分にあると思う。


 午前のうちに起きて、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団が演奏したビゼーの交響曲第1番他、レスピーギのバレエ音楽『風変わりな店』他、イベールの管弦楽曲集<すべてDECCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『打撃の神髄榎本喜八伝』を読み進めたりする。
 タイトルにもある如く、『打撃の神髄榎本喜八伝』は、彼へのインタビューをもとに、戦後プロ野球界を代表する好打者で、その言動から奇人変人とも目された、榎本喜八の生涯を追った一冊。
 榎本さんが先日亡くなられたこともあっての選択だ。

 ところで、ビゼーの序曲『祖国』の出だしを聴くと、どうしても林光さんのNHK大河ドラマ『山河燃ゆ』のオープニングテーマを思い出してしまうんだよなあ。
 『山河燃ゆ』の原作のタイトルが『二つの祖国』だし、そこらあたりを林光さん狙ったんじゃないかと思うんだけど。
 どうだろう?


 いつの時代も跳梁跋扈するのは、コンフォーミズムである。
 自分の内なるそれとどう向き合っていくか?
 自省あるのみだ。


 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターまで『命美わし』を観に行く予定なり。
 大庭秀雄監督の作品で、未見の一本である。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

麦秋

☆麦秋<1951年、松竹大船>

 監督・脚本:小津安二郎
 脚本:野田高梧
(2012年5月2日、京都文化博物館フィルムシアター)


 今さら小津安二郎の『麦秋』についてつらつら書き連ねるのもどうかと思うけど。
 『麦秋』、やっぱり観てよかったなあ。

 婚期の遅れた娘(28歳で婚期はどうこうって…)の結婚を大きな軸に、鎌倉の中流家庭の日常生活を通して、過ぎ去って行くものやこと(そこには戦争の深い傷も含まれている)への痛切な想いを描き出した一本。
 と、まとめるとあまりにも単純に過ぎるかな。
 二時間を超える作品だが、かつて喜劇でならしたことを想起させるくすぐりや仕掛けがそこここに散りばめられていること(子供の使い方も巧いや)や、ゆっくりとしたテンポでありながらも停滞することのない筋運びもあって、全く観飽きることがなかった。
 そして、行間を読むというか、あえて多くを語らない抑制された映像と映像、台詞と台詞、演技と演技の間にあるものの豊かさに改めて感心した。
(女性どうしの親しい感情が巧みに表現されている点も、非常に興味深い)

 原節子をはじめ、笠智衆、三宅邦子、菅井一郎、東山千栄子、杉村春子、二本柳寛、高堂國典、佐野周二(様々な意味で興味深い人物像)、宮口精二、高橋豊子、井川邦子といった役者陣も作品の世界観によく沿った演技を披歴していて嬉しかった。

 なお、今月の京都文化博物館のフィルムシアターは、今年2月に亡くなった淡島千景を追悼するプログラミングとなっているが、この『麦秋』では、原節子演じる主人公の親友役を陽性軽快に演じていて、強く印象に残る。
 それにしても、若き日の淡島さん、キュートだ。

 ああ、面白かった!
 できれば、『晩春』も観たいなあ。
posted by figarok492na at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨の一日(CLACLA日記)

 天気予報通り、雨降りとなる。
 どんよりとしたお天気の一日。

 気温はそれほど上昇しなかったものの、湿度が高い分、じめじめとしてあまり快ならず。


 昨夜、ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団が演奏したバルトークの管弦楽のための協奏曲他<ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 近くのビルの作業に加え、雨宿りの鳩の「ボーボボーウ、ボーボボーウ」という鳴き声がかまびすしく、8時過ぎに目が醒める。
 で、巧く寝直せず、2時間半ほど仕事関係の作業を進める。


 その後、なんとか二度寝をし、12時半になって起きる。


 ルネ・ヤーコプス指揮フライブルク・バロック管弦楽団が演奏したハイドンの交響曲第91番&第92番他<ハルモニアムンディ・フランス>、ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』全曲他<ドイツ・グラモフォン>、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏したスメタナの管弦楽曲集(『モルダウ』や『売られた花嫁』序曲他)<DECCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を書き進めたり、村松友視の『力道山がいた』<新潮社>を読み進めたりする。


 今日も、五穀クリームサンドビスケットを食す。
 昨日の残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターまで小津安二郎監督の『麦秋』を観に行く予定なり。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

今日から5月(CLACLA日記)

 今日から5月。
 2012年も残すところ8ヶ月を切ってしまった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、絶対に死を忘れないこと。


 どんよりとしたお天気の一日。
 雨降りになりそうだ。

 気温はあまり上昇せず。
 けっこう強い風が吹いていた。


 昨夜、観劇記録を投稿したり、村松友視の『力道山がいた』<朝日新聞社>を読み始めたりしたのち、5時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 メーデーということで、街頭のデモのシュプレヒコールが部屋の中まで届く。


 午前のうちに起きて、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』やピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第1番「巨人」<ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を書き進めたりする。
 『夏美の夏は…』は、原稿用紙9枚分になった。
(そういえば、『とことん全力投球!!妹尾和夫です』でも、AKB48のことがとり上げられていた。どこもかしこもAKBだなあ)


 途中息抜き代わりに、『力道山がいた』を読み進める。
 著者自身の体験を交えながら、プロレスラー力道山の軌跡を克明に追った一冊。
 面白し。


 今日は、ダイソーで購入した五穀クリームサンドビスケットを食す。
 バニラクリームを挟んだ、とうもろこし、黒ごま、落花生、燕麦、黒豆入りのビスケットで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 5月に入っても、いろいろとばたばたしそうだ。


 明日が本当にいい日でありますように!
 そして、今月が本当にいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

劇団S.F.P. 新入生歓迎公演2012『吟遊狂詩曲』

☆劇団S.F.P. 新入生歓迎公演2012『吟遊狂詩曲』

 作・演出:大平理恵子
(2012年4月30日、京都女子大学D校舎学生ホール)


 大学内での学生劇団の公演を観るのって、いったいいつぶりになるだろう。
 京都女子大の劇団S.F.P.の新入生歓迎公演2012『吟遊狂詩曲』を観てまず思ったことは、ホームグラウンドで観る学生劇団の公演って、なあんか心が落ち着くなあということだった。

 いやもちろん、あれこれ言い出せばあれこれ言い出せるし、これが京都学生演劇祭ってことになればまた評価も変わってくるんだけれど、学生さんばかりじゃなくって近隣の住民の方々(に加えて、熱心なファンの男性の方から終演後、声をかけていただいた。最近マイブームならぬマイアクウェインタンスブームのAKB48みたい)が暖かい視線で公演を愉しんでいる姿を観ていると、こちらもとても優しい心持ちになってくる。
(「素麺がどうした冷麦がどうしたって前の記事で他人様の公演にけちつけてるんじゃないよ、このうすらトンカチ!」、と呼ぶ声あり…)

 それに、放浪の旅を続ける四人のグループに、ひょんなことからもう一人の同行者が加わって…という、出会いと仲間の大切さを歌った展開も、新歓公演にとても相応しい。

 演者陣も初々しい熱演を繰り広げていたのではないか。
 皆大健闘だったが、個人的にはくせが少ない演技で柔らかい役回りを演じていた田村紗絵さんが中でも印象に残った。

 いずれにしても、S.F.Pの皆さん、今後も頑張ってください!
 そして、新入部員が多からんことを!
posted by figarok492na at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

演劇Unit迭ing #1『いくものと』

☆演劇Unit迭ing #1『いくものと』

 脚本・演出:岡野真大
 前説:梶原歩
(2012年4月30日、壱坪シアタースワン)


 いくら気温が上昇しているとは言っても、夏の訪れにはまだ早いが。
 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
 じゃない、あなたは素麺が好きか?冷麦が好きか?
 僕の母方の祖父は、どうしたことか素麺は喉にひっかかるので嫌だと口にして、夏になると冷麦ばかり口にしていた。
 が、その母方の祖父が大好きだったにも関わらず、するするつるつると喉から胃へと流し込むことが得意な僕は、正直いくぶん幅の広い冷麦よりも素麺のほうが好きだ。
(余談だけど、パスタもできれば細いものが好き)
 まあ、それはそれ。

 食べ物だったら、するするつるつると喉の通りがよいにこしたことはないけれど、これが芸術作品創作物表現活動となると、ちょと話が違う。
 むろん、がちがちごちごちごるんごるんでちっとも喉を通らない、口に入れたはよいが噛むにも噛めず吐き出すばかりではお話にならないが、どこかで喉にひっかかって、こりゃあいったいどうしたことかと喉を捻る、ではない頭を捻るきっかけぐらいの何かは欲しい。

 その点、岡野真大という芝居の書き手はそこら辺の塩梅が本当によい。
 と、言っても、岡野さんの作品に接するのはKB’S時代の『カマカエル』(我が友榎雪子が重要な役回りで出演していたのだ!)以来だから、もう十年以上ぶりになるか。
(そういえば、今回の『いくものと』にも、『カマカエル』と共通するモティーフが登場していたんだ)
 エレベーターに閉じ込められた人たちのあれこれが天使(?)とのやり取りの中で浮き彫りにされていくという展開は、基本的に喉の通りのよさそうなわかりやすいものなのだけれど、途中途中に挟まれる仕掛けその他もあって、一息に飲み込むほどには、甘くも柔らかくもない造りとなっている。

 で、そうした作品に対して、経験として何日もの長がある谷内一恵や劇団テンケテンケテンケテンケの勝二繁はもちろんのこと、よい意味で小劇場に相応しい雰囲気を持ったピンク地底人のクリスティーナ竹子、第2回京都学生演劇祭での熱演も記憶に新しいひげプロ企画の伊藤大輝、そして劇団ヘルベチカスタンダードの天野裕介という若手陣も、各々の特性を全面に押し出して真正面から向き合っていたと思う。

 ただ、アンサンブルとしての噛み合わせがどこかしっくりしていないというか、表面的な部分で、するするつるつると話が過ぎていったという物足りなさを感じてしまったことも事実だ。
 壱坪シアタースワンの間尺や出演者の個性を考慮したテキストであることと、個々の演者陣の努力が充分理解できる分、どうしても残念でならなかった。

 きっとそうした点がクリアされていけば、喉にひっかかるべきところできちんと何かがひっかかる、さらに充実して密度の濃い公演が生み出されていくのではないか。
 次回以降の公演も愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする