2012年03月16日

花粉禍…(CLACLA日記)

 晴天。
 ただし、明日は雨降りとか。
 やれやれ。

 気温はそこそこ上昇する。
 その分、花粉禍が激しくなり、顔ががさがさし目の周りのまわりがしばしばし、くしゃみ連発する。
 やれやれ。

 加えて、一昨日の撮影の後遺症で、頭、首、喉、肩、背中、腰が痛む。
 やれやれ。


 評論家の吉本隆明が亡くなった(87歳)。
 戦後日本を代表する評論家の一人。
 そして、作家の吉本ばななの父親でもある。
 深く、深く、深く黙祷。


 昨夜、仕事関係の作業を進める。


 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』やNHK・FMの『気ままにクラシック』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『高森みずきの穏やかな一日』について考えたりする。


 17時台に外出し、京都芸術センターで用件を片づけたのち、京都文化博物館のフィルムシアターで伊丹万作監督の『赤西蠣太』を観る。
 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。

 上映終了後、夕飯用の買い物をすませ、20時台に帰宅した。


 夕飯後、ラルキブデッリの演奏したブラームスの弦楽6重奏曲集<SONY>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


>五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。
 さうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教へる。
 前へ出て云うふなら、それも参考にして、やらんでもないが、後の方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云ふ。
 うるさいと云へば猶々云ふ。
 よせと云へば益々云ふ。
 分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云ふ<
(夏目漱石『草枕』より)


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤西蠣太

☆赤西蠣太<1936年、千恵蔵映画・日活>

 監督:伊丹万作
 脚色:伊丹万作
 原作:志賀直哉
(2012年3月16日、京都文化博物館フィルムシアター)


 東映時代劇の二大御大といえば、市川右太衛門御大と片岡千恵蔵御大ということになるが、生涯時代劇スターの看板を掲げ続けた右太衛門御大はひとまず置くとして、千恵蔵御大のほうは、どこかすっとぼけたような三の線のイメージが強い。
 特に、『大岡越前』シリーズの大岡忠高(忠相=越前の父親)は、頑固一徹な中に愛嬌というか、フラがあって、その個性的なエロキューション(木久扇師匠の十八番の一つ)ともども未だに忘れられない。
 そして、そんな後年の千恵蔵御大を彷彿とさせるのが、伊丹万作監督による『赤西蠣太』の赤西蠣太役である。

 いわゆる伊達騒動を主題とした『赤西蠣太』は、志賀直哉の小説を原作に、伊丹万作自身が巧妙に再構成し直した作品だが、片岡千恵蔵は朴訥として人柄のよい奥手なタイトルロールを力まず飄々と演じ切っている。
 また、今では伊丹十三の父親としてのほうが通りのよい伊丹万作の作劇も、笑いのツボをよく押さえて軽快、全くべたつかない。
(片岡千恵蔵は原田甲斐を一人二役でこなしており、こちらのほうで二枚目二の線の見せ場が用意してある)

 ほかに、原健作、瀬川路三郎、上山草人、杉山昌三九らが出演。

 なお、今月の京都文化博物館フィルムシアターの特集は「没後30年 俳優志村喬の世界」ということで、赤西蠣太の同僚役を志村喬が演じているが、滑稽さとまじめさを兼ね備えた彼らしい役回りだった。

 そうそう、志村喬といえば、『大岡越前』で小石川療養所の海野呑舟先生を演じていたんだっけ。
 現場で千恵蔵御大と志村喬が昔話をする機会はあったんだろうか。
 ちょっと気になるな。
 殿山泰司によると、志村喬は相当無口だったらしいが。
posted by figarok492na at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする