2012年03月01日

今日から3月(CLACLA日記)

 今日から3月。
 2012年も、残すところ9ヶ月を切ってしまった。
 与えられた人生は一回きりなのだから、一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、死を忘れないこと。


 青空の見えた一日。
 ただしどんよりとした感じも強く、明日は再び雨になるらしい。
 うむむ。

 気温は上昇し、春の訪れを強く感じる。
 その分、花粉の勢いも力を増しているようで、目の周りの痒みやくしゃみ連発といった今後の花粉禍が怖い。
 やれやれ。


 社会党、のちに社会民主連合所属の元衆議院議員で、国会の爆弾男の異名で知られた、楢崎弥之助が亡くなった(91歳)。
 いわゆるリクルート事件で自らへの贈賄工作を隠し撮りさせるなど、汚職追及に手腕を発揮した。
 深く、深く黙祷。
 それにしても、楢崎さんや日本共産党の正森成二をはじめ、昔の国会中継は本当に面白かったなあ。
 55年体制下だからこその舌戦論戦だったとはいえ。


 昨夜、ラルキブデッリが演奏したブラームスの弦楽6重奏曲第1番&第2番<SONY>を聴きながら、眠りに就く。


 9時台に起きて、ジョン・バルビローリ指揮ベルリン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第9番<EMI>やシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの劇音楽『夏の夜の夢』抜粋他<DECCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、小林信彦の『映画が目にしみる』<文春文庫>の拾い読みをしたりする。


 『爛れる』撮影の疲れでどうにもしんどく、布団を敷き直し、1時間半ほど眠る。


 アルフレッド・ブレンデルとクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルが演奏したブラームスのピアノ協奏曲第2番<PHILIPS>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前々回の記事をご参照のほど。


 16時45分に外出し、下京図書館へ。
 植村鞆音の『歴史の教師 植村清二』<中央公論新社>、大村彦次郎の『文壇栄華物語』と『文壇挽歌物語』<ともに筑摩書房>を返却し、予約しておいた同じく大村彦次郎の『ある文藝編集者の一生』<同>、松原一枝の『改造社と山本実彦』<南方新社>、四方田犬彦の『ハイスクール1968』<新潮社>、島田雅彦の『悪貨』<講談社>、戌井昭人さんの『俳優・亀岡拓次』<フォイル>を新たに借りる。

 その後、夕飯用の買い物をすませ、18時少し前に帰宅した。
 途中、KAIKAの1階で作業中の渡邉裕史君に気づいてもらえたので手を振り、四条通で中嶋やすきさんと会い少し立ち話をする。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『ある文藝編集者の一生』を読み始め、読み進めたりする。
 『ある文藝編集者の一生』は、自ら創作活動を行う傍ら、新潮社の編集者としても活躍し、後年編集者時代の回想記『作家の舞台裏』を遺した楢崎勤を中心に、彼が生きた時代の文芸誌や文壇人のあり様について綴った一冊だ。


 アナトール・ウゴルスキが弾いたピアノ小品集「ショートストーリーズ」<ドイツ・グラモフォン>を二度聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 今日は、横山食品の芋けんぴを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み62円だったもの。
 オーソドックスな芋けんぴで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 京都シネマと京都文化博物館(フィルムシアター)からDMが届く。
 前者では特に『善き人』、後者では志村喬特集が非常に気になる。
 愉しみ愉しみ。


 明日が本当にいい日でありますように!
 そして、3月が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アナトール・ウゴルスキが弾いたピアノ小品集「ショートストーリーズ」

☆ショートストーリーズ(ピアノ小品集)

 独奏:アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)
(1994年11月/デジタル・セッション録音)
<ドイツ・グラモフォン>447 105-2


 旧ソ連出身のピアニスト、アナトール・ウゴルスキの実演に接したのは、かれこれ20年近くも前になるか。
 半年間のケルン滞在中、地元WDR交響楽団の定期演奏会でブラームスのピアノ協奏曲第1番のソロを弾いたのだが(ちなみに、指揮は先年亡くなったルドルフ・バルシャイ)、その透明感を持った音色と巧みな語り口には強く心魅かれたものだ。
 加えて、アンコールのドメニコ・スカルラッティのソナタも素晴らしかった。
 グールド流の鍵盤に身体を近づけるようなスタイルだったか、はっきりと思い出せないのがもどかしいのだけれど、一風変わった姿勢から紡ぎ出される音楽の表情の豊かで美しいこと。
 ああ、もっと彼の演奏を聴いていたいと心底思わざるをえなかった。

 そんなウゴルスキの一連の録音の中で、彼の魅力特性を過不足なく知ることができるのが、今回とり上げる「ショートストーリーズ」と題されたピアノ小品集である。
(と、こう書くと、なんでそんなことを言えるんだと訝るむきもあるかもしれないが、実は前回とり上げたブラームスのピアノ協奏曲第2番同様このCDもまた、以前国内盤を所有して長い間愛聴していたのだった)

 モーツァルトのジーグと『フィガロの結婚』第3幕の婚礼の場での舞踏曲を結び合わせたブゾーニのジーグ、ボレロと変奏曲を皮切りに、リストの愛の夢第3番、ドビュッシーの月の光、シューマンのトロイメライ、ショパンの幻想即興曲といった有名曲や、スクリャービン、ラフマニノフといった自家薬籠中の小品が、「ショートストーリーズ」(掌篇小説集)というタイトルに相応しい、旋律の美しさや音楽の劇性等々の作品の肝を適確にとらえた細やかで詩情豊かな演奏で再現されていく。
 中でも、人生の深淵が陽性な音楽の隙間からのぞき見えるウェーバーの舞踏への勧誘が強く印象に残る。
 また、メンデルスゾーンのカプリッチョやウェーバーの常動曲と、速いパッセージを聴かせ場とする作品も収められているのだけれど、ここでもテクニカルな側面より、音楽の表情をいかに素早く変化させるかという表現的な部分に演奏の主眼が置かれているように、僕には感じられた。

 いずれにしても、音楽の持つ様々な表情を味わうことのできる一枚ではないか。
 人生は一回きりということを日々噛み締めている人に強くお薦めしたい。
posted by figarok492na at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久しぶりに聴いたブレンデルとアバド&ベルリン・フィルのブラームスのピアノ協奏曲第2番

☆ブラームス:ピアノ協奏曲第2番

 独奏:アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
 指揮:クラウディオ・アバド
管弦楽:ベルリン・フィル
(1991年9月/デジタル・セッション録音)


 実をいえばこのCD、同じ演奏者の第1番とともに今から15年ほど前に購入して、しばらくの間愛聴していたものだ。
 ただ、CDのコレクションを初出時の輸入盤(フルプライス盤)に絞り始めたことに加え、ちょうど同じ時期に京都市交響楽団の定期演奏会でこの曲をいっしょに聴いた、その頃親しくしていた女性との仲がもわもわもやもやとなってしまったこともあって、えいままよと手放してしまったのである。
 で、それからずっとこのCD、ばかりかブラームスのピアノ協奏曲第2番のCD自体、買いそびれていたのだけれど、一つには、ぐいぐい鋭く刺すような第1番の激しく強い曲調と対照的な、第2番の緩やかで穏やかな曲調にそれほど魅力を感じていなかったからかもしれない。
 今回久しぶりにブレンデルとアバド&ベルリン・フィルが演奏したこの曲を聴いて思ったのは、まずもってその緩やかで穏やかな曲調が非常にしっくりくるということだった。
 そして、ゆっくりたっぷり音を紡いでいきながら、それでいて、じっくり耳を傾ければ作曲者の様々な心の動きが透けて聴こえてくるような作品の結構が、とても興味深い。
 一方、ブレンデルとアバド&ベルリン・フィルは、非常に安定した演奏を行っていると思う。
 当然、枠をはみ出さない安定ぶりに不満を覚えるむきもあるだろうが、CDとして繰り返し聴くという意味では、やはりその安定した演奏は充分高い評価に値するのではないか。
 第1楽章のホルンや第3楽章のチェロ独奏(ゲオルク・ファウスト)など、ベルリン・フィルもすこぶる達者だし。
 ブラームスのピアノ協奏曲第2番のベーシックなコレクションとして安心してお薦めできる一枚だ。
posted by figarok492na at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする