2011年11月14日

中村伸郎の生の舞台を観ておきたかったなあ(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、一応青空の見えるお天気だった。

 朝夕の冷え込みが厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 体調、どうも芳しからず。
 身体、重だろし。


 キノ・フォーラムkyoの上映会(9日)に関し、昨日メンバーより報告がある。
 今回も、『ユニバーサルソルジャー』と『ユニバーサルソルジャー リジェネレーション』を上映したとのこと。
 参加者を変えて、同じ作品を繰り返し上映するということも悪くないと思う。


 体調もあって、今日は夕方の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係や企画関係の作業を進めたり、リハビリのためのトレーニング(軽めの)をこなしたりして過ごす。


 如月小春の『俳優の領分』<新宿書房>を読み進める。
 文学座の分裂(特に、中村伸郎の脱退となった三島由紀夫の一件)など、如月小春の立ち位置がよくわかるような気がする。


 ソプラノのヌリア・リアルとヴァイオリンのユリア・シュレーダー&バーゼル室内管弦楽団が演奏したテレマンのオペラ・アリア集<ドイツ・ハルモニアムンディ>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、佐渡裕指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴き始めたが、第一曲目のリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』の途中で聴くのをやめてしまう。
 無理をしてまで聴くことはないだろうと思ったため。

 代わりに、ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したブラームスの交響曲第1番<RCA、旧録音>を聴く。
 いやあ、目の詰まったしっかりとした演奏だなあ。
 ドイツ音楽は、やっぱりこうこなくっちゃ。
(と、わざとらしく記してみる)

 続けて、NHKのラジオ第一の岡田恵和の番組を聴く。
 ゲストは、檀れい。


 仕事関係の作業を進めたり、『俳優の領分』を読み進めたりする。
 『俳優の領分』には、いろいろと刺激を受ける。


 今日も、サンエスのダイジェクティブチョコビスケットを食す。
 卸売ひろばタカギで、今日新たに購入したものなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 夏目漱石の『三四郎』の一節をどうしても思い出してしまう今日この頃だ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヌリア・リアルが歌うテレマンのオペラ・アリア集

☆テレマン:オペラ・アリア集

 独唱:ヌリア・リアル(ソプラノ)
 独奏:ユリア・シュレーダー(ヴァイオリン)
管弦楽:バーゼル室内管弦楽団

 録音:2010年10月、デジタル/セッション
(ただし、トラック14、15のみ2011年1月ライヴ録音)
<ドイツ・ハルモニアムンディ>88697922562


 あれは高校に入ってすぐの頃のことだから、もう25年以上も前のことになるか。
 FMから流れてくる、ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したモーツァルトのレクイエムを聴いて、僕はなんとも言えない不可思議な感情にとらわれた。
 なんじゃこの針金を擦り合せたみたいな弦楽器の音は、それに管楽器だって鼻の詰まったような粗汚い音だし。
 そう、いわゆるピリオド楽器による演奏を初めて耳にして、僕はアーノンクールの解釈云々かんぬんよりも前に、モダン楽器とのあまりの音色の違いに度肝を抜かれてしまったのだ。

 で、それからだいぶん時が経ち、慣れとはおそろしいもの(?)で、今ではピリオド楽器による演奏もピリオド・スタイルによる演奏も当たり前、バロック期はもとより、古典派、初期ロマン派ですらピリオド・スタイルじゃないとしっくりこないなあ、といった感覚の持ち主になってしまった。

 そんな人間からすれば、今回取り上げるソプラノのヌリア・リアルがヴァイオリンのユリア・シュレーダー率いるバーゼル室内管弦楽団(ピリオド、モダン、両刀使いのオーケストラだが、このアルバムではピリオド楽器を使用)の伴奏で歌ったテレマンのオペラ・アリア集は、それこそ好みのど真ん中、どストライクということになるのではないか。
 と、言うと、残念ながらこれが、そういうわけにもいかない。
 いや、CDの出来自体は、大いに推薦するに値する。
 しばしば職人芸と呼ばれるテレマンの音楽だが、このアルバムで選ばれた作品も、そうした彼の腕達者ぶりが充分に示されたものばかりだ。
 同時代のバッハの厳粛さやヘンデルの華美華麗さには及ばないものの、その分聴き手の心をくすぐる快活さ、聴き心地のよさに満ちている。
 そうしたテレマンの音楽を、透明感があって清潔感あふれたリアルと、歯切れがよくてしっかりとまとまったバーゼル室内管弦楽のアンサンブルが丁寧に再現していく。
(そうそう、楷書の技とでも呼ぶべきシュレーダー独奏によるヴァイオリン協奏曲2曲もこのCDの聴きものの一つだろう)
 まさしく、今現在のピリオド楽器による演奏、ピリオド・スタイルによる演奏の成果と評するに足る一枚と言えるのではないか。

 ただね、哀しいかな僕の声のストライクゾーンは異様なほどに狭いのである。
 そう、リアルの声や歌い口のちょっとした癖が、どうしても気にかかってしまうのだ。
 もうこれは、自分の頑なさを恨むしかあるまい。
 いやはや、なんともはや。
posted by figarok492na at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする