2011年10月30日

お芝居を観たあと、テレマンを聴く(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気の一日。
 夕方以降、雨降りとなった。
 やれやれ。

 気温は、またも下がる。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 昨夜遅くまで、仕事関係や企画関係の作業を進める。


 お天気のせいで、毎週恒例の洗濯は明日以降にまわす。


 仕事関係や企画関係の作業を進めたり、リハビリのためのトレーニングをこなしたりする。


 藤森節子の『女優原泉子』<新潮社>を読み進める。
 もし自分が特高警察に逮捕され拷問されたら、ということをどうしても考えてしまう。


 ソプラノのパトリシア・プティボンがジョセプ・ポンス指揮スペイン国立管弦楽団の伴奏で歌った『メランコリア』<ドイツ・グラモフォン>を聴く。
 詳しくは、前々回アップしたCDレビューをご参照のほど。


 14時台に外出し、河原町へ。
 仕事関係の用件を片づけ、ついでにタワーレコードでCDを購入する。

 その後、アトリエ劇研へ移動し、柳川presents『昔、柳川がいた。』を観る。
 詳しくは、前回アップした観劇記録をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。

 で、夕飯用の買い物をすませ、19時半に帰宅した。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『女優原泉子』を読み進めたりする。
(『女優原泉子』は、バスの移動中にも読み進めた)


 今日購入した、ソプラノのヌリア・リアル、ヴァイオリンのユリア・シュレーダー&バーゼル室内管弦楽団が演奏したテレマンのオペラ・アリア集&ヴァイオリン協奏曲集<ドイツ・ハルモニアムンディ>を繰り返し聴く。
 リアルの澄んで美しい声質によく合った選曲だと思う。


 今日は、ローソン・バリューラインのスイートポテトパイを食す。
 ローソンストア100で、50円びきだったもの。
 スイートポテトあんを包んだパイで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

柳川presents『昔、柳川がいた。』

 待ちに待った柳川の公演!
 と、思ったら、これが柳川自体は出なくって、柳川(津野允さん)の昔の台本を、ふつうユニット(廣瀬信輔君演出)、努力クラブ(合田団地君演出)、Will Be SHOCK Entrance Gate(西真人とウィルビーショッカー演出)、Janne Oriental samp Educational Foundation(ヤンネ・クランツ演出)五人組GONiNGUMi(浦島史生さん演出)の5つのグループが好き勝手に書き換えて上演するという、ちょっと変わった趣向になっていた。
 題して、柳川presents『昔、柳川がいた。』。
(って、浦島さん、それに津野さん自身は出演していたんだけど。が、しかし…)

 で、グループごとに長短はありつつも、まさしく「確信犯」的な笑いの仕掛けの連打に笑い喜ぶほかなかった。
 例えば、タイトルと重なり合うようなネタの選択だとか、実は語りたいことはいろいろあるのだけれど、そんなことをくどくど記すのも野暮なだけなので、やめておく。
 ただ、おもろおかしがりながらも、馬鹿馬鹿しいことをやり抜くことへの熱意であるとか、真摯さであるとか、狂気であるとかがしっかり垣間見えた公演であったということだけは、付け加えておきたい。

 いずれにしても、ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プティボンのメランコリア

 ☆『メランコリア』

  独唱:パトリシア・プティボン
  伴奏:ジョセプ・ポンス指揮スペイン国立管弦楽団

<ドイツ・グラモフォン>477 9447


 大好きだったJUDY AND MARYの『クラシック』を聴いてため息を一つ。
 ああ、JAMにとっての旬は、やっぱりOver Drive、ドキドキ、そばかす(含むステレオ全開)、クラシック、くじら12号の頃だったんだよなあと改めて思う。
 そう、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、食べ物に旬がある如く、ジャンルを問わず芸術芸能芸事の世界にも旬があるのだ。

 で、それじゃあ、パトリシア・プティボンの声の旬はいつだったんだろうと、彼女の新譜、『メランコリア』を聴きながら今度は考える。
 何をおっしゃるうさぎさん、プティボンの旬は今じゃん、今中じゃん、あんたバカ?
 と、呼ぶ声が聴こえてくるのもよくわかるし、芸の一語でいえばプティボンの旬はまだまだ今、それはこの『メランコリア』を聴けばよくわかる。
 でもね、声の一語にかぎっていうとどうだろう。
 これは彼女の大阪でのリサイタルを聴いたときにも感じたことだけど、プティボンの声の旬は、ウィリアム・クリスティとの一連のCD、フランスのバロック期のアリア集、そして『フレンチ・タッチ』を録音した頃にあったんじゃないかと僕は思う。
 そして、プティボン本人もそのことをわかっているから、フランス・バロック期のアリア集でドラマティックな自分の歌の特質を試し出しし、あの『フレンチ・タッチ』のはっちゃけ具合全開に到った、言い換えれば、声そのものから歌での演技を一層磨くことにシフトするに到ったのではないか。
(その意味で、欧米の一流の音楽家たちがそうであるように、プティボンには相当優秀なブレーンがついているような気がする。むろん、彼女自身賢しい人だろうとも想像がつくが)

 と、こう書くと、全てが計算づく、そんなのおもろないやん、と呼ぶ声も聴こえてきそうだが、計算がきちんとあった上で、なおかつその枠をはみ出すものがあるから愉しいわけで、『メランコリア』のトラック3。モンセルバーチェの『カンテ・ネグロ(黒人の歌)』やトラック6、ヒメネスの『タランチュラは悪い虫だ』など、プティボンの首が飛んでも歌って愉しませてみせるわの精神がよく表われている。
 特に後者の「アイ!」の地声は、全盛時の篠原ともえを思い出すほど。
 これだけでもプティボン・ファンにはたまらないはずである。

 いずれにしても、『メランコリア』(表題作につながるバクリの歌曲集『メロディアス・ドゥ・ラ・メランコリア』はプティボンのために書かれている)は、詠嘆調の歌、官能的な歌、悲歌哀歌、おもろい歌を取り揃えてイメージとしてのスペインの光と影(なぜならヴィラ=ロボスのアリアやアフロ・ブラジルの民謡も含まれているので)を醸し出すとともに、プティボンの魅力持ち味が十二分に活かされた見事なアルバムだと思う。
 ジョセプ・ポンス指揮スペイン国立管弦楽団の伴奏も堂に入っていて、歌好き音楽好きには大いにお薦めしたい一枚だ。

 それにしても、JAMのファンとなるきっかけがYUKIのオールナイトニッポンで、あの番組では彼女のお茶目さと強さ、弱さ、心の動きがよく出ていてはまってしまったが、パトリシア・プティボンなどラジオ・パーソナリティーにぴったりなんじゃないか。
 ただし、彼女の場合だと、中島みゆきのオールナイトニッポンのようになってしまう気もしないではないが。
(と、言うのは冗談。それはそれとして、プティボンのインタビューなどにも一度目を通していただければ幸いである)
posted by figarok492na at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする