2011年10月14日

雨の中、外出したら(CLACLA日記)

 雨天。
 激しい雨の一日。

 湿度が高く、じめじめじめじめとしてあまり快ならず。


 昨夜遅くまで、仕事関係の作業や依頼された文章の執筆を進める。


 それでも朝早めに起きて、仕事関係や依頼された文章の執筆を進めたり、リハビリのためのトレーニングをこなしたりする。


 キノ・フォーラムkyoのメンバーから、11日と12日の両日、上映会を開催した旨連絡が入る。
(ただし、参加者は11日と12日で異なるとのこと)
 11日には、『未知への飛行/フェイル・セイフ』、『駆逐艦ベッドフォード作戦』、『過去から逃れて(1947年・未公開)』、『カリブの熱い夜』が上映され、12日には、『ユニバーサル・ソルジャー』と『ユニバーサル・ソルジャー リジェネレーション』が上映されたそうだ。
 いずれもよく考えられたプログラミングではないか。


 クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団が演奏したチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」&『くるみ割り人形』組曲<SONY>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 続けて、高田三郎の『水のいのち』から「水たまり」をyoutubeで何度か聴く。
 高校時代、音楽部(合唱部)のコンサートで歌った作品で、こうやってしっかり聴くのは、本当に久しぶりだ。
 歌い口という意味では古さを感じる今は亡き福永陽一郎指揮の音源(1970年)が、実は一番しっくりきた。


 夕方になって外出し、仕事関係の用件を片づけたのち下京図書館へ行き、橘善男の『小説俳優座』<鳥影社>、村松友視の『ギターとたくあん』<集英社>、堀江敏幸の『いつか王子駅で』<新潮社>、赤染晶子の『乙女の密告』<同>を返却し、予約しておいた池井優の『藤山一郎とその時代』<同>、林光さんの『ひとりのゴーシュとして』<一ツ橋書房>、小林信彦の『昭和の東京、平成の東京』<筑摩書房>、村松友視の『百合子さんは何色』<同>、秦郁彦の『漱石文学のモデルたち』<講談社>を新たに借りる。

 その後、京都芸術センターに行っていくつか用件を片づけたほか、入洛中の重力/Noteの鹿島将介さんと劇団員の方と遭遇し、立ち話をする。
 入洛中ということは知っていたが、こうして少しでも話しができたのは何よりだった。
(鹿島さんからも強く薦められた地点の『かもめ』は、本当は今夜観に行くつもりにしていたのだけれど、急な用件が入ってしまったため、断念せざるをえず。明日明後日とも予定があって、非常に厳しい。ううむ…)

 あと、努力クラブの稽古中の、合田団地君、稲葉俊介君らともあいさつをする。

 18時過ぎに帰宅した。


 で、これから夕飯をすませ、再び仕事関係の用件で外出する予定なり。


 今日は、京風メロン(パン)を食す予定なり。
 近くのフレスコで、半額引き、税込み55円だったもの。


 九州電力が、やらせメール問題に関する最終報告書をまとめたそうだが、これは、茶番以下の猿芝居と呼ぶほかない代物ではないか。


 歌手の柳ジョージが亡くなった(63歳)。
 深く、深く黙祷。


>うつしたそらのあおさのようにすもうとくるしむちいさなこころ。
 うつしたそらのたかさのままにあろうとくるしむちいさなこころ<
高田三郎作曲、高野喜久雄作詞『水のいのち』から「水たまり」より。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アバド&シカゴ響のチャイコフスキーの交響曲第1番他

☆チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」、『くるみ割り人形』組曲

  指揮:クラウディオ・アバド
 管弦楽:シカゴ交響楽団

  録音:1991年3月(デジタル/セッション)

<SONY>SK48056


 チャイコフスキーの交響曲といえば、どうしても第4番、第5番、第6番「悲愴」という三つの作品を挙げざるをえまい。
 美しい旋律に劇的効果、管弦楽技法の妙と、いずれをとっても「名曲」と呼ばれるに相応しい充実した内容となっている。
 そうした後期の三つの交響曲に比べると若干分が悪いとはいえ、第1番から第3番(他にマンフレッド交響曲もあるが)の初期の三つの交響曲もなかなかどうして、捨て難い魅力が潜んでいるのではないか。
 特に、チャイコフスキーにとっては初めての交響曲となる第1番「冬の日の幻想」は、ロシア民謡を想起させる伸びやかなメロディや、ときに前のめり感はあるものの、若書きだからこその清々しい突進力にあふれている。
 当然肌理の粗さや密度の薄さを感じる部分もないではないが、個人的にはかえってそれが、左右両隣が空いた映画館で映画を観ているようなリラックスした気分につながっていて嬉しい。
 アバドとシカゴ交響楽団にはところどころ粗さや、逆に喰い足りなさを覚えたりもするのだけれど、作品の全体像を識るという意味では適切な演奏を行っていると思う。

 小気味よくってチャーミングな小序曲に始まって、華麗な花のワルツでフィナーレを迎える『くるみ割り人形』組曲は、チャイコフスキーという作曲家の魅力特性が十二分に発揮された作品。
 隅から隅まで目配りの届いた、さらなる名演を期待したくもあるが、CDで繰り返し聴くということを考えれば基本的にお薦めできる演奏だろう。
posted by figarok492na at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする