2011年08月22日

竹脇無我が亡くなってしまった(CLACLA日記)

 NHK・FMで『ちょんまげSONG三昧』が放送された昨日、俳優の竹脇無我が亡くなった(67歳)。
 NHKの元アナウンサーでニュース映画の解説者として知られた竹脇昌作の三男で、父親の自殺等複雑な家庭の事情もあり、芸能界に入ることとなった。
 『だいこんの花』など、森繁久弥とは実の父子のように親しい関係で、森繁翁の出演作品には度々出演した。
 中でも、森繁翁晩年の怪作『おやじのヒゲ』は、特に懐かしい。
(ほかに、森繁翁が吉田茂を演じた『小説吉田学校』では、佐藤栄作の役を竹脇さんが演じている)
 うつ病、糖尿病の闘病の末に復帰を果たしたが、脳出血のためついにかえらぬ人となってしまった。
 個人的にはやはり、『大岡越前』の小石川療養所医師榊原伊織を挙げざるをえまい。
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 松山英太郎、藤岡琢也、森繁翁、そして竹脇無我。
 みんな亡くなってしまった…。


 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えるお天気だった。

 気温は微妙に上昇する。
 湿度が高い分、むしむしとしてあまり快ならず。


 体調、芳しからず。
 頭、身体が重たし。


 今日は、仕事関係や企画関係の作業を進めたのちお昼過ぎに外出し、区役所へ。
 保険関係の手続きをすませる。

 それから病院へ移動し、9月初めの手術入院に関していろいろと話しを聴く。
 大禍はないだろうが、右膝にも水がたまっているとのことで、入院日にMRIの撮影を行ってもらうことにする。

 その後、仕事関係の予定をいくつか片づけてから、19時近くになって帰宅した。


 森絵都の『この女』<筑摩書房>を読み進める。
 面白い面白い。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 リビアのカダフィ政権が崩壊目前と報道されている。
 いろいろと考えることあり。

 福島第一原子力発電所周辺3キロ圏の居住禁止措置が、最低でも10年になるという。
 最低でも10年…。

 そんな中、民主党の代表選に前原誠司が出馬らしい。
 なんともかとも。

 今、大阪で起こり続けていることが非常に気になる。
 これは果たして、大阪という一つの行政区域に留まることなのか?
 今後の展開を注視していかなければ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょんまげSONG 発表公演 そしてシューベルト(深夜のCLACLA)

 雨降り。
 どんよりとしたお天気の一日。

 気温はどんと下がったが、湿度が高い分、じめじめじめじめとしてあまり快ならず。


 昨夜、帰宅後、仕事関係や企画関係の作業を進めたりしていて、結局眠ったのは4時台を過ぎてからだった。


 それでも午前のうちに起きて、作業を進める。


 NHK・FMの『今日は一日…ちょんまげSONG三昧』を聴きながら、さらに作業を進める。
 水戸黄門や銭形平次、必殺シリーズといった定番から、『江戸の牙』(懐かしい!)などけっこうマニアックな音楽もとり上げられていて、時代劇好きにはたまらない構成となっていた。
 杉良太郎ほかゲストもマニア向きだったし、司会の一人がペリー荻野というのも至極妥当な人選だったと思う。
(マーラーの交響曲第3番の第1楽章が日本風に縮こまったような、『破れ傘刀舟悪人狩り』のテーマ曲が聴けなかったのは残念無念!)


 森絵都の『この女』<筑摩書房>を読み進める。
 これは面白い。
 ついつい読み進めてしまう。


 17時過ぎに外出し、アトリエ劇研で『京都クリエイションWS2011』発表公演を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。
 高田ひとし君の尽力に加え、shelhの矢野靖人さんのお声がけもあって、招待扱いにしてもらえた。
 多謝。

 終演後、あいさつだけのつもりが、けっこう長時間打ち上げの場に居座ってしまい、関係者の方にご迷惑をかけてしまったのではないか…。
 多くの方々といろいろな話ができて、こちらは非常に愉しかったのであるけれど。

 で、地下鉄に乗りそびれ(膝が悪いので走れなかったのだ)、結局タクシーで帰宅する。
 MKがちょうどつかまったので、ほっとした。


 帰宅後、マリア・ジョアン・ピリスが弾いたシューベルトのピアノ・ソナタ第21番他<ERATO>を繰り返し聴く。
 深夜にはぴったりの曲、ぴったりの演奏だと思う。
(愉しんだあとだからこその選曲だ)


 死を忘れないこと。


 以上、8月21日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 04:04| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都クリエイションWS2011発表公演

 のぞきもしないで、青い青いとあこがれるのは困りものだが、隣の芝生の茂り具合、手入れの具合には目もやらず、俺の芝生は日ノ本一よ、いやさ世界一宇宙一あはははは、と唯我独尊俺流を決め込むのも困りものだ。
 まして、表現芸術の世界になんらかの形で身を置く者であれば、隣の芝生にもしっかり目をやって切磋琢磨に努めることがやはり大切だろう。
 で、その伝でいけば、shelfの矢野靖人さん、重力/Noteの鹿島将介さん、冨士山アネットの長谷川寧さんと、東京の3つのカンパニーの代表者(演出家)を招き、公募で決定した参加者とともに、4日間という限られた時間のみの稽古で20分前後の作品を造り上げるという、『京都クリエイションWS2011』(アトリエ劇研主催)など、まさしく隣の芝生の造形者と直接触れ合うことのできる、非常に刺激的な企画だったのではないだろうか。
 アトリエ劇研で21日に開かれた、その成果発表の公演(18時半からの回を観劇)を観ながら、僕はそうしたことを強く感じた。

 発表公演は、A、B、C、のコース順に行われたが、矢野さんの構成・演出(川渕優子さんアシスタント)によるAコースは、11月に上演予定のイプセンの『幽霊』(のテキスト)を利用した作品。
 台詞の部分では、参加者と翻訳戯曲・古典との距離などをどうしても感じてしまったが(そうした課題が明確になることも、今回のワークショップの大きなメリットの一つだろう)、彼女彼らが舞台に登場した冒頭や、無言で動いたり静止したりする部分での身体性には、shelfの公演で示されていたそれと重なり合うものを強く感じ、参加者の努力と矢野さん(や川渕さん)の適確な指導に大いに感心した。
 また、暗と明の照明の効果的な使い方も強く印象に残った。
 11月の公演が非常に待ち遠しい。

 続くBコースは、鹿島さん構成・演出(平井光子さんアシスタント)による作品。
 スピーカーから聴こえてくるイェリネクの『雲。家。』(イェリネクの名から、鹿島さんのトリコ・Aの『クリスチネ』に対する評価をふと思い出す)と、一見無関係に思われる演者陣の言葉や動作が徐々に交差をはじめ、一つに結び付いていくあり様に、個人的には面白さを覚えた。
 演者陣も、個々の差は感じられつつも、現代演劇の様々な技法手法を積極的に吸収咀嚼する鹿島さんのスタイルによく沿っていたのではないだろうか。
 できれば、今度は重力/Noteの長尺の作品に接してみたい。

 ラストは、長谷川寧さんの構成・演出・振付によるCコース。
 いわゆる体育会系には見えないスマートで洗練された作品なのだけど、その実、演者陣の肉体的な駆使疲労の度合いはまさしく体育会そのものではなかったか。
(折り畳み机を4段ほどに高く積み上げて、前方の脚を折り曲げて傾斜をつくり、手すりもなしにそこから滑り降りるなんて芸当は、心得のある帰山玲子さんだからできたことだろう。それでもけっこうひやっとしたが)
 参加者の持ち寄った「悪夢」がテーマになっていて、それが今現在の諸々とどこかでつながっているように感じられた点も、僕には面白かった。
(そうそう、ある演者さんの悪夢に一人大笑いしてしまったのだ。詳述はしないけれど、ああやっぱりなあ、と自分の中でいろいろなことがつながってしまってこらえられなかったのである)

 あと、ダンスがベースにある長谷川さん(冨士山アネット)はもちろんだが、ABC全てのコースの作品において、舞台上での身体性のあり方について考えさせられたこと。
 演技者には音楽性(と、言ってもブレヒトヴァイル流のそれではなく、もっと根源的な意味で)が必要とされることを痛感したこと。
 を、付け加えておきたい。

 いずれにしても、刺激を受けるところ得るところ大な公演だった。
 ああ、面白かった!

 「で、隣の芝生は青いのか?」、と呼ぶ声あり。
 それより何より、自分の芝生を青くしましょうよ!
posted by figarok492na at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする