2011年08月02日

メメントモリ(CLACLA日記)

 晴天。
 ただし、どんよりとした感じも少なからず。

 気温は、それなりに上昇。
 それでも、日中はエアコンを入れず。


 明け方一度目が醒めて、死について考える。
 死は恐怖だが、恐れてばかりいてもなんにもならないとも強く思う。
(前回アップしたHさんのことを思い出したのも、このときだ)


 今日も、夕方の買い物以外は外出せず、依頼された文章の執筆や、仕事関係と企画関係の作業を集中して進める。
 文章は書きあぐねたままなのだが、それでも思わず『Hさんのこと』をアップしてしまった。
 一種の自己逃避でもある。


 ベン・マッキンタイアーの『ナチが愛した二重スパイ』<白水社>を読み進める。
 仕事関係の資料として読んでいる本だが、実に面白し。
 これは、いずれ映画化されるのではないか?
(と、言うより、すでに映画化が企画されているかもしれない。と、思って調べてみたら、トム・ハンクス製作で映画化が進行中とか。やっぱりね)


 クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーン・フィルが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第11番「セリオーソ」&ブラームスのピアノ4重奏曲第1番<LONDON>と、フランツ・ヴェルザー=メスト指揮ロンドン・フィルが演奏したフランツ・シュミットの交響曲第4番&驃騎兵の歌による変奏曲<EMI>を繰り返し聴く。

 また、NHK・FMで、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」も聴く。
 サヴァリッシュらしく、オーソドックスな演奏だ。


 今日は、サンラヴィアンの切り落としカステラを食す予定。
 ただ、夕飯の量がちょっと多めだったこともあり、パスするかもしれない。
 だから、まだごちそうさま!に非ず。


 いつものことながら、見え見えな目くらましにはだまされたくないものだと痛感する。


 体調、芳しからず。
 身体、重だるし。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Hさんのこと

 昨夜、ふとしたきっかけからHさんのことを思い出した。

 Hさんは、僕の高校時代の放送部の一学年上の先輩である。
 細身で色白、おまけに丸縁の眼鏡をかけていたこともあって、見るからにまじめという感じの女性だった。
 加えて、その柔らかい口調から、よい意味で主張のはっきりした一学年上の女性陣の中では、どちらかといえば大人しめのタイプだと思われがちだったが、その会話のはしばしに注意を向けてさえいれば、なかなかどうして、Hさんが芯の強い女性であることがわかったはずだ。
(そうそう、歯切れがよくてスピーディーな部長のI女史とゆっくりゆるゆるとしたHさんの会話が、まるで落語の『長短』を聴いているようで妙におかしかったことを今思い出した)

 そんなHさんだが、数年後のOB会であったときの彼女の姿には本当に驚いた。
 大学デビューとでもいうのだろうか、デパートの化粧品コーナーの店員さんもここまではと思わせるほどの化粧のありようで、Hさんと久しぶりに会った面々、一瞬無言で顔を見合わせるという状態だったのだ。
 もちろん、今では物心両面でだいたいの理由の想像がつくから、20歳前後のHさんのその日の姿を微笑ましく、そして切なく思えるのだけれど。
 そういえば、Hさんとは、翌年ぐらいのOB会でも再会したが、そのときの彼女は以前のHさんらしさを残しつつ、ほんのりバランスのとれた化粧をしていたのではなかったか。

 Hさんが亡くなられたのを知ったのは、数年前に届いた高校の同窓会名簿を目にしたときだった。
(ほかにも、僕の前の前の代の生徒会長Nさんや同じ学年のUさんが亡くなられていたこともそのときに知った)
 僕はHさんに女性として好意を抱いていたわけではないが、人間としてはとても好感を抱いていた。
 関西の大学で学ばれていたこともあり、どうしてHさんとゆっくり話しをする機会を持とうとしなかったのか。
 Hさんのことを思い出して、改めてそのことが悔やまれてならない。
posted by figarok492na at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする