2011年04月30日

四月末日(CLACLA日記)

 今日で四月も終わり。
 今月もまた一ヶ月があっという間に終わってしまった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、死を忘れるな。


 昨夜、末長敬司らとキノ・フォーラムkyo(京都映画研究会)の打ち合わせを3時間ほど行う。
 6日に予定されている第1回目の月例研究会のためなり。


 今日は、16時過ぎに外出し、河原町まで歩いて出てタワーレコードをのぞいたのち、4号系統の市バスで洛北高校前へ移動し、アトリエ劇研で京都ロマンポップさかあがりハリケーンvol.4『キス×キス×キス〜シークレットフレンズ1928〜』(向坂達矢さん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、ちょうど隣の席に座っていた高間響さんにあることを尋ねたほか、終演後、帰りが同じとなった田辺剛さんと食事をしながらしばらく話しをする。
 こうやって田辺さんと話をするのは、本当に久しぶりだった。

 田辺さんと別れたのち、206号系統の市バスで四条大宮まで戻り、21時過ぎに帰宅した。


 外出前、仕事関係や企画関係の作業を進めたほか、古川隆久の『昭和天皇』<中公新書>を読了する。
 戦争責任の問題をはじめ、とてもバランスがよくとれた記述で、非常に読み応えのある一冊だと思う。


 ロイ・グッドマン指揮ザ・ハノーヴァー・バンドとクラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したロッシーニの序曲集<RCA、ドイツ・グラモフォン>を続けて聴く。


 今日も、シナモンオールドファッションを食す。
 昨日の残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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京都ロマンポップさかあがりハリケーンvol.4『キス×キス×キス〜シークレットフレンズ1928〜』

 出演者の一人で制作でもある浅田麻衣さんからご招待をいただいたこともあり(いつもありがとうございます)、京都ロマンポップさかあがりハリケーンvol.4『キス×キス×キス〜シークレットフレンズ1928〜』(向坂達矢さん作・演出)を観にアトリエ劇研まで行って来た。

 で、開場時間から少し遅れて劇研に着いたところ、いつもの如く顔を白塗りにした向坂さんがお客さんを巻き込みながら前説のトークを繰り広げている。
 ちょっと身内っぽくて、それもやたらと反応の激しい笑いもいつもの如くだったが、向坂さんの必死のパッチとそこから透けて見える人の良さもあって、こちらもつい笑い声を上げてしまう。

 それから、京都学生演劇祭で京都ロマンポップ賞を受賞した劇団ACT(京都産業大学/丸山交通公園君ほか)によるミニコントののち、本篇が始まる。
 これまで観た二回のさかあがりハリケーンは、アングラのコスプレというか、あえてグロさ低さを狙っているような気負いや、なんとしてでも笑いをやるんだという演者陣の頑張りが僕には強く感じられて、正直あまり笑うことができなかったのだけれど、今回の作品は、リリカルでスタイリッシュ、さらには結構にも工夫をこらした恋愛譚に、細かく変化球を仕掛けてくるというつくり(土曜の晩ということもあり、終わったあとにEPOの「なないろのたそがれおりてきて」という歌声が流れてきそうな雰囲気)が京都ロマンポップの面々の人柄や性質によく合っているようで、個人的にはしっくりとくる舞台となっていた。
 特に最終盤、向坂さん演じる主人公が自らを語る場面には、向坂さん自身の真情がストレートに表われ出ているような気がして、今は亡きエノケン榎本健一の「喜劇を演ろうと思うな」という言葉を思い出したりもした。
 また、ほかの演者陣も各々の特性や魅力等、今現在の持てる力をよく示していたのではないだろうか。

 劇団を続けていくということには、どうしても様々な困難が伴うだろうとは思うが、次のステップを目指してぜひとも頑張っていってもらいたい。
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2011年04月29日

昭和天皇の誕生日に『昭和天皇』を読み進めた(CLACLA日記)

 世は連休スタートだが、いろいろと重なって(そこには東日本大震災のことも当然含まれる)、どうにもそのような気分になれず。
 まあ、もともと連休という概念とは無縁な生活を送っていることも大きいのだろうけれど。


 ぼんやりとした感じの青空。
 どんよりとした感じも強し。

 気温もそれほど上昇せず。
 と、言って肌寒いというほどでもなかったが。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、部屋にこもって仕事関係や企画関係の作業を集中して進める。


 ほかに、古川隆久の『昭和天皇』<中公新書>も読み進める。
 その思想形成期から戦前、戦中、戦後と昭和天皇の生涯を追った労作で、非常に読み応えがある一冊だと思う。
 それにしても、昭和天皇の誕生日に彼について書かれた本を読み進めることには、ちょっとした感慨を覚える。
 偶然だとはいえ。
 いや、偶然だからこそか。
(発売されたのが4月25日だから、重なってもおかしくはないのだが)


 アンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番<CHANDOS>を断続的に三回聴き、そのCDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 あと、ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>も聴く。


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、『昭和天皇』を読み進めたりする。
 なお、『昭和天皇』の参考文献ともなっている茶谷誠一の『昭和戦前期の宮中勢力と政治』<吉川弘文館>と永井和の『青年君主昭和天皇と元老西園寺』<京都大学学術出版会>を京都市図書館のインターネットサービスで予約しておいた。


 オーボエのアルブレヒト・マイヤーとクラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバー・オーケストラが演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲他<ドイツ・グラモフォン>を聴く。


 実家に電話をかけ、母と少し話しをする。
 午前中、実家からの荷物が届いたので。
 多謝。


 今日は、北川製菓のシナモンオールドファッションを食す。
 実家からの荷物に入っていたものなり。
 シナモン風味のきいたオールドファッションドーナツで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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ヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番

 ☆ボーウェン:交響曲第1番、第2番

  指揮:アンドリュー・デイヴィス
 管弦楽:BBCフィル
  録音:2010年10月(デジタル/セッション)
<CHANDOS>CHAN10670


 人に慣れ親しまれた役回りを受け継ぐということほど難しいものはない。
 これはあくまでも個人的な感じ方だと断った上でのことではあるけれど、例えば雨森雅司の声に慣れた耳からすると富田耕生のバカボンのパパはあまりにももっさく聴こえて仕方がないし、その後船越英二、高島忠夫、名古屋章(スペシャルでは神山繁、伊東四朗)とベテランどころにバトンタッチされた『暴れん坊将軍』の爺も、有島一郎演じる初代加納五郎左衛門の飄々とした中に時折かつての軽演劇時代のやってるやってる感をにじませた演技を知る者からすれば、なんともしっくりこない。
(付け加えると、『暴れん坊将軍』はシーズンを重ねるごとにレギュラー陣のキャスティングの劣化が激しくなり、どんどんアンサンブルとしての面白みに欠けていったような気が僕にはする)
 その点、イギリスのCHANDOSが、自国の作曲家のオーケストラ作品を任せるメインの指揮者に、ブライデン・トムソンやリチャード・ヒコックス(本当はヴァーノン・ハンドリーも挙げたいところだが、彼の場合、他のレーベルでの活躍もあったりしてCHANDOS印と言う感じがあまりしない)の後継者として、すでにTELDECでブリティッシュ・ライン・シリーズを成功させたアンドリュー・デイヴィスを起用したことは、パワフルで明快明晰、それでいて繊細さにも不足しないといった音楽性の継続という意味でも、非常に適切な選択だったのではないだろうか。
(ただし、TELDECの際のBBC交響楽団に対して、こちらCHANDOSでは、同じBBCでもマンチェスターに本拠を置くBBCフィルとアンドリュー・デイヴィスはコンビを組んでいるが)

 そのアンドリュー・デイヴィスとBBCフィルの演奏によるヨーク・ボーウェン(1884年〜1961年)の交響曲第1番、第2番がリリースされたので、早速聴いてみることにした。
 なお、生前の高い評価が嘘のように一時期忘却の彼方に置かれていたボーウェンだけれど、ダットンで室内楽作品がまとめて録音されたり、hyperionからピアノ・ソナタ集がリリースされるなど、近年復活の兆しを見せていて、今回の交響曲の録音は、さらにそのはずみとなるかもしれない。

 で、世界初録音という1902年に作曲された交響曲第1番ト長調作品番号4は、3楽章構成。
 冒頭の軽く飛び跳ねるような感じからして、パリーやスタンフォードに始まるイギリスの交響曲らしい作風だなあと思っていたら、あれあれ30秒から1分を過ぎるあたりになると、なんだかチャイコフスキーの『くるみ割り人形』の小序曲っぽい曲調になっているじゃないか…。
(加えて、第3楽章=トラック3の2分55秒あたりは同じくチャイコフスキーの交響曲…)
 まあ、確かに他者の影響を言い出せばほかにもいろいろと言えてきりがないのだけれど、基本的には軽快でスタイリッシュでよくまとまった、耳なじみのよい交響曲に仕上がっていると思う。
 アンドリュー・デイヴィスもそうした作品の性質をスマートに描き込んでいて、全く嫌味がない。

 一方、第1番の7年後に作曲された第2番ホ短調作品番号31(こちらは4楽章形式)は、「イギリスのラフマニノフ」という日本語カバーの惹句そのもののような冒頭のファンファーレにおおっと思うが、そのまま情念音塊一直線と突っ切らないところが、ボーウェンという人の弱さでもあり魅力でもあるのかもしれない。
 エルガーを想起させる部分もあれば、同時代の別の作曲家の作風を想起させる部分もあるが、第1番に比してオーケストラの鳴らせ方が一層こなれている点も当然指摘しておかなければなるまい。
 アンドリュー・デイヴィスとBBCフィルも、力感あふれた演奏でそうしたボーウェンの変化をよくとらえているように感じた。

 BBCフィルの録音にはいつも感じる、レンジの狭さというか音のせせこましさ、何かすっきりしない音のもどかしさは正直好みではないが、イギリス音楽愛好家や後期ロマン派好きにはご一聴をお薦めしたい一枚だ。
posted by figarok492na at 16:16| Comment(2) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

企画に関するお話をうかがい、映画の会に参加した(深夜のCLACLA)

 南に西にと、京都を移動した一日。


 まず、朝早めに起きて仕事関係や企画関係の作業を進めたのち10時ちょうどに外出し、地下鉄で深草方面へ。
 詳しくは記さないが、現在進めている演劇関係の企画について非常に有意義なご教示ご助言をいただき、強く刺激を受ける。

 その後、JEUGIA四条店に寄ってクラシック担当の山本恭士さんと少しだけ話しをしたあと、13時頃帰宅する。
(JEUGIA四条店には、CPOレーベルからリリースされているヘルツォーゲンベルクのシリーズが揃っていたのだが、あいにく手持ちが少なかったため諦めてしまった)


 帰宅後、アンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番<CHANDOS>を聴きながら、企画関係の連絡作業を行い、仕事関係の用件をいくつか片づけたほか、勝田龍夫の『「昭和」の履歴書』<文藝春秋>を読了し、古川隆久の『昭和天皇』<中公新書>を読み始める。


 16時少し前に再び外出し、今度は阪急で桂まで出、そこから市バスに乗って洛西ニュータウンへ。
 で、末長敬司宅に行って、キノ・フォーラム・kyo(京都映画研究会)の第0回月例研究会「大手メジャー会社の衰退と独立プロダクションの台頭(1980年代)」に参加する。

 研究会のタイトルにもあるように、今回は、大手メジャー会社が衰退する中でその隙間をついて伸長したアメリカの独立プロダクションのうち、低予算でありながら大手メジャー会社が制作するような大作的作風の作品を志向したキャノン・フィルムズ(メナハム・ゴーランとヨーラム・グローバス)の代表例としてアルバート・ピュン監督の『サイボーグ(原題CYBORG)』(1989年、アメリカ)をとり上げ、上映終了後、その創作面での工夫や作品の特徴などについてあれこれと議論を重ねた。
 上映前に、「核戦争後の文明が崩壊し暴力が支配する世界で闘う(心優しい)ヒーロー」という構成が『マッドマックス』のコピーである『北斗の拳』のさらにコピーでありながら、黒澤明作品のスタッフを務めた経験のあるピュン監督の独特の演出もあってその後のこうしたスタイルの作品の雛形となったことや、主演のジャン=クロード・ヴァン・ダム売り出しの背景、さらには独立プロダクションの先駆者としてのロジャー・コーマン=AIPなど、末長による詳細な解説があったこともあり、会のプレ企画としては納得のいく選択だったと思う。
 もちろん、いろいろと突っ込みどころもなくはないのだが、予想以上に丁寧なシナリオやジャン=クロード・ヴァン・ダムの魅力も重なって、単にファイティングシーンばかりが目立つことのない(当然、それもよく創り込まれていたが)、リリカルな作品に仕上がっていたのではないだろうか。
 個人的には、ヴァン・ダム演じる主人公をイエス・キリストに重ね合わせるシーンなども強く印象に残った。
 また、CGがない時代に、低予算でこれだけの効果を上げることができたという点も、確かに評価に値すると感じられた。

 その後も、映画やシナリオなどについて長く話しをし、夕飯をご馳走になったあと23時近くに末長宅を辞し、23時半前に帰宅した。


 今日は、末長宅でミニチョコレートを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、4月28日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月27日

また雨だった(CLACLA日記)

 昨晩、母から電話があり、少し話しをする。
 この17日で父は70となり、7月には母も70となる。
 いろいろと考えることあり。


 その後、末長敬司らと京都映画の会(仮称)の打ち合わせを行う。
 明日の夕方、第0回の研究会(プレ企画)を開催することもあって。
 どれだけ準備を重ねてもアクシデントは発生する、ましてきちんとした備えもなしに漫然と会をスタートさせることは非常に危険だ、という趣旨の末長の言葉を受けてのことだ。
 その点については、自分自身大いに反省することが身近にあったので。


 さらに、仕事関係や企画関係の作業を進めたため、結局眠りについたのは、明け方5時を過ぎてからになった。


 それでも午前中に起きて、仕事関係や企画関係の作業を進める。
 ほかに、小川洋子の『人質の朗読会』<中央公論新社>を読み進めもした。


 アンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番<CHANDOS>を繰り返し聴く。


 15時少し前に外出し、烏丸通のハン六まで企画関係の書類のコピーに出かけたのだけれど、またぞろ外に出たとたん激しい雨降りになる。
 自分自身の判断ミスとはいえ、うっとうしいかぎりだ。

 それから、コンビニで週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(先日亡くなったシドニー・ルメットについて詳しく語られていた)を立ち読みしたり、仕事関係の用件を片づけたり、夕飯用の買い物をすませたりしたのち、16時過ぎに帰宅する。


 帰宅後、ボーウェンの交響曲を聴きながら、『人質の朗読会』を読み進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたりする。
 『能登愚将記』は、原稿用紙24枚分となった。


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。
 『直級戦感ドマンナカン』は、原稿用紙12枚分となった。


 『人質の朗読会』を読了する。
 一つ一つの話が丹念に丁寧に創り込まれていることはもちろんだが、冒頭に提示された作品の構成もあって、全てを読み終えたときに、一層強く心を動かされた。
 技術というものがなんのためにあるのかということも改めて思い知らされる一冊だ。

 少し間を置いて、勝田龍夫の『「昭和」の履歴書』<文藝春秋>を読み始める。
 大正期の大蔵大臣(寺内、清浦両内閣)勝田主計の子息で、『重臣たちの昭和史』などの著書でも知られる勝田龍夫が、自らの来し方を綴った一冊である。


 さらにボーウェンの交響曲を聴く。


 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、ミニクリスピークラッカー・チーズ味を食す。
 先日やまやで購入したものの、残り半袋なり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月26日

成田文男が亡くなった(CLACLA日記)

 最近では朝刊のスポーツ欄かネットのニュースで試合の結果を確認する程度だが、ご多分にもれず、僕もプロ野球の熱狂的なファンの一人だった。
 友人たちと運動場や神社、公園、近所の空き地なんかで草野球に励んだことはもちろん、お小遣いをはたいてプロ野球選手の名鑑を購入しては、各チームのプレイヤーたちの名前を次から次へと覚えていったものだ。
 今朝の朝刊で元ロッテ、日本ハムの投手、成田文男が亡くなった(64歳)と知って思い出したのも、そうした自分自身のプチ野球狂時代の記憶だった。
 そうそう、かつてのロッテのピッチャーといえば、まずもってマサカリ投法村田兆治が有名だけれど、当時はほかにもこの成田文男や木樽正明、八木沢荘六、金田留広(カネヤン金田正一の弟)、水谷則博といった投手が控えていたんだった。
(詳しく言うと、成田さんや木樽さんの全盛期は、僕の小学生時代より少し前になる)
 当たり前のことといえばそれまでだが、自分自身が子供の頃に慣れ親しんだ人たちが亡くなっていくのは、やはり辛い。
 深く、深く、深く黙祷。


 俳優の田中実も亡くなった(44歳)。
 夕刊の訃報を読むかぎり、どうも自殺をしたらしいのだが、いったい彼に何があったのか。
 加藤貴子との『温泉へ行こう』が有名だが、最近ではいわゆる悪役もこなしていたらしい。
 端整なマスクの持ち主で、無名塾の出身だった。
 深く、深く、深く黙祷。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、仕事関係や企画関係の作業を集中して進める。


 若竹七海の『ポリス猫DCの事件簿』<光文社>を読了する。
 面白くって、ついつい読み終えてしまったのだ。

 続けて、小川洋子の『人質の朗読会』<中央公論新社>を読み始める。
 海外旅行のツアー参加中、ゲリラ組織によって拉致され人質となった8人の人々が朗読した話、という構成に、小川さんの強い想いを感じる。
 ゆっくりと読み進めていきたい一冊だ。


 アンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲集第1番&第2番<CHANDOS>を繰り返し聴く。


 帰宅後、『能登愚将記』の手直しを進めながら、再びボーウェンの交響曲を聴く。


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。


 『人質の朗読会』を読み進める。
 これまで小川洋子の作品はあまり読んでこなかったのだけれど(嫌いというわけじゃない。たまたま読む機会を逸してきたのだ)、今後はぜひともじっくり読み重ねていきたいと思う。

 ほかに、豊崎(本当は大ではなく立)由美の『ニッポンの書評』<光文社新書>や小林信彦の『映画が目にしみる』<文春文庫>の拾い読みをする。


 さらに、ボーウェンの交響曲を聴く。


 今日は、ロピアのとっておき西尾の抹茶ロールを食す。
 千本三条のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 小豆入りの抹茶クリームを抹茶地のケーキで包んだロールケーキで、抹茶の風味がよくきいて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 旧ライブドアの堀江貴文元社長の実刑が確定したとのこと。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月25日

外出時にまた雨が降った(CLACLA日記)

 どんよりとした感じから青空に変わってきたなあと思っていたお昼過ぎ、またぞろ激しい雨が降り始める。
 しかも、昨日と同じくこれが外出中。
 まあ、ちょうど烏丸御池のやまやで買い物をしていたときだったから、小降りになるまで雨宿りをさせてもらったが。
 で、これまた昨日と同じく、しばらくしたらいいお天気、いい青空となる。
 まったくもって、なんだかなあ、だなあ。


 今日は、午前中に外出し郵便局で用事をすませたほか、上述の如く、お昼過ぎにも外出する。

 まず、下京図書館へ行って、田山力哉の『脇役の美学』<講談社>、関川夏央の『女優男優』<双葉社>、田辺久子の『関東公方足利氏四代』<吉川弘文館>、石川真澄の『人物戦後政治』<岩波書店>を返却し、予約しておいた若竹七海の『ポリス猫DCの事件簿』<光文社>、小川洋子の『人質の朗読会』<中央公論新社>、勝田龍夫の『「昭和」の履歴書』<文藝春秋>を新たに借りる。

 その後、トーカイ四条烏丸店で図書カードを購入し、京都芸術センターでいくつか用件を片づけてから、大垣書店烏丸三条店で古川隆久の『昭和天皇』<中公新書>を購入する。

 それから、やまやで買い物をし、再び京都芸術センターに寄り、夕飯用の買い物をすませたのち、17時近くなって帰宅した。


 外出前、仕事関係と企画関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたほか、豊崎(本当は大ではなく立)由美の『ニッポンの書評』<光文社新書>を読了する。
 『ニッポンの書評』は、単に書評・ブックレビューばかりでなく、その他のジャンル(例えば演劇公演やコンサート、CD等々)のレビューについても学ぶべき部分の多い、読み応えのある一冊だった。
 これからも、度々拾い読みすることになると思う。


 アンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番<CHANDOS>を繰り返し聴く。


 帰宅後、早速『ポリス猫DCの事件簿』を読み始める。
 『猫島ハウスの騒動』の猫島(若竹七海作品ではおなじみ架空の市、神奈川県葉崎市の)を再び舞台とした連作集。
 今回は、猫島臨時派出所所属のポリス猫DCとその「相棒」七瀬晃巡査が作品の中心となっているようだ。
 読み進めるのが、実に愉しみである。


 ボーウェンの交響曲を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。


 『ポリス猫DCの事件簿』を読み進める。
 面白いものだから、どんどん読み進めてしまっているなあ。


 ボーウェンの交響曲をさらに聴く。


 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、ミニクリスピークラッカー(チーズ味)を食す。
 やまやで、税込み98円だったもの。
 チーズ風味のきいた小ぶりなクラッカーで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 JR西日本の福知山線(宝塚線)の脱線事故から6年が経った。
 犠牲になられた全ての方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。
 それにしても、JR西日本の体質は、あの事故以降どれほど変化したのだろうか。
 いろいろと考えることがある。


 明日がいい日でありますように!
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2011年04月24日

お芝居を観て、河原町を出た(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気だなあと思っていたら、正午過ぎ頃から突然雷鳴がとどろき、激しい雨となる。
 ちょうど外出したところで、これがまあ濡れる濡れる。
 前からばかりでなく後ろから雨が飛んで来るものだから、お尻のあたりまでびちょびちょになってしまった。
(おまけに、こういうときにかぎってハンカチを忘れてしまうのだから始末におえない)
 が、その後は雨も止み、お昼の本降りが嘘のような、いいお天気、いい青空に変わった。
 なんたることぞ!

 気温はあまり上昇せず。


 上述した如く、今日は正午過ぎに外出し、地下鉄で松ヶ崎まで出、そこから歩いて人間座スタジオへ行き、tabula=rasaのno.5『無題2 〜強方向もしくは問答』を観る。
 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。

 終演後、構成・演出の高田ひとし君や出演者の合田団地君らとしばらく立ち話をする。

 それから市バスで河原町まで出、仕事関係や企画関係の用件をいくつか片づけ、JEUGIA三条本店で『ぶらあぼ』5月号を入手し、タワーレコード京都店でアンドリュー・デイヴィス指揮BBCフィルが演奏したヨーク・ボーウェンの交響曲第1番&第2番<CHANDOS>を購入し、ついでに夕飯用の買い物をすませ、18時少し前に帰宅した。


 外出前、毎週恒例の洗濯をすませ、仕事関係や企画関係の作業を進め、石川真澄の『人物戦後政治』<岩波書店>を読了し、豊崎(本当は大ではなく立)由美の『ニッポンの書評』<光文社新書>を読み始める。
 『ニッポンの書評』は、地下鉄やバスの移動中も読み進めた。


 帰宅後、早速購入したばかりのボーウェンの交響曲第1番&第2番を聴く。
 「イギリスのラフマニノフ」と呼ばれているらしいが、確かにイギリスの交響曲の流儀にチャイコフスキーやラフマニノフっぽさが混じっているような感じの作風だ。
 非常に聴きやすい。
(それにしても、いつものことながらBBCフィルの録音はくぐもった感じがして、少々もどかしい)


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、『ニッポンの書評』を読み進めたりする。


 ボーウェンの交響曲を再び聴く。


 今日は、甘いものは食さず。


 元ソニーの社長、会長、大賀典雄が亡くなった(81歳)。
 東京芸術大学、並びにベルリン国立芸術大学の音楽学部を卒業後、ソニーに入社し、井深大や盛田昭夫の薫陶を受けたのち、ソニーのトップとなる。
 CDの開発は、そのもっとも大きな業績の一つとして挙げることができるだろう。
 晩年は、音楽家としての活動を再開し(若い頃はバリトン歌手として活躍した)、東京フィルなどを指揮してもいた。
 深く、深く黙祷。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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tabula=rasa no.5『無題2 〜強方向もしくは問答』

☆tabula=rasa no.5『無題2 〜強方向もしくは問答』


 ミロス・フォアマン監督の『アマデウス』では描かれていなかったものの、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのスカトロジー的言動は知る人ぞ知るものだ。
 ただし、それは、家族や親友たちへの親密さ、愛情の証でもあって、彼の長調の音楽がそうであるように、非常に陽性で快活である。

 一方、tabula=rasaのno.5『無題2 〜強方向もしくは問答』(前田愛美さんテキスト、高田ひとし君構成・演出)における前田さんのそれはどうかと考えると、明らかにモーツァルトのものとは対極にあたる、日々彼女の内面で醸成され沸騰された感情の噴出であり排出だと評することができるのではないだろうか。
 むろん、当然そこに、かつてC.T.T.でとり上げたサラ・ケインをはじめとした他者の影響や、形而上的ないし形而下的な思考枠組の存在を指摘することも可能だが、基本となるものは(出演者としての彼女が最終盤で観せたような)知性ではコントロールしきれない爆発的な感情表現といっていいだろう。
 それはまるで、熟しかけたトマトを自分自身が映った鏡目がけてぶつけているように、僕には感じられる。

 そして、そうやってぶつけられたトマトを拾い集め、そこに塩や香辛料を加えてトマトジュースにつくり直し、客席に目がけてぶちまける、のではなく、コップに注いで飲むように強く勧めるのが高田君の演出であると続けることができるかもしれない。
 高田君の演出には、倣いながら慣れるといった趣きがあって、回を重ねるごとに他者からの影響の咀嚼の仕方もこなれているように感じるのだけれど、今回の公演でも、そうした高田君の変化がよく示されていたように思う。
 ただ、その分、前田さんのテキストと高田君の演出との間にある距離、齟齬が少なからず垣間見えたことも事実で、その距離や齟齬を埋め切ってしまうのか、逆にそれとももっとその存在を明確に示し切ってしまうのかという点は、対前田さんのテキストということにとどまらず、高田君の演出・表現活動にとって今後の重要な課題であるように、僕には思われた。
(前田さんと高田君とで共通する部分があることは言うまでもないし、ラスト近くでの「激しい」表現には心動かされるものがあったのだけれど)

 演者陣は、単に技術的な側面ばかりではなく、舞台での存在感、身体性という意味で、テキストや演出とのずれを感じる部分もありはしたが(前半など)、舞台上における熱意や誠実さはやはり充分に評価されてしかるべきだろう。

 いずれにしても、継続することによってさらに明らかになってくることがあるはずだと僕は思う。
 次回の公演にも期待したい。
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2011年04月23日

作業と打ち合わせの一日(CLACLA日記)

 雨降りの一日。

 気温もあまり上昇せず、じめ寒い感じが強し。


 今日は、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりしたのち、仕事関係や企画関係の打ち合わせを行う。


 田辺久子の『関東公方足利氏四代』<吉川弘文館>を読了し、石川真澄の『人物戦後政治』<岩波書店>を読み始める。
 『関東公方足利氏四代』は、史資料に忠実な見解が積み重ねられていて、著者の真摯さ誠実さがよく示されているように感じた。
 できることならば、同時代の室町幕府(足利義持や足利義教の治世期)に関する研究書も読んでおきたいところだ。


 レナード・スラットキン指揮ロンドン・フィルが演奏したブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエム&青少年のための管弦楽入門他<RCA>、アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を続けて聴く。


 少し遅めの夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたり、『人物戦後政治』を読み進めたりする。
 『人物戦後政治』は、朝日新聞政治部の記者だった石川真澄がかつて接したことのある政治家たちの姿を通して日本の戦後政治について語った一冊である。


 ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を聴く。


 今日は、ブルボンのバタークッキーを食す。
 フレスコのセールで、税込み88円だったもの。
 バターの風味がたっぷりときいたクッキーで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月22日

『女優男優』を読了した(CLACLA日記)

 雨降り。
 どんよりとしたお天気の一日。

 気温はそこそこに上昇するも、じめじめとした感じが強く、あまり快ならず。


 昨夜、母から電話があり、しばらく話しをする。
 いろいろと考えざるをえず。


 今日も、夕方の買い物以外は外出せず、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。


 途中、息抜き代わりに、関川夏央の『女優男優』<双葉社>を読み進める。


 ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を四度続けて聴き、CDレビューをアップする。
 ほかに、アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>も聴く。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進める。


 『女優男優』を読了する。
 吉田喜重監督、岡田茉莉子主演の『秋津温泉』を主軸に置きながら、戦後日本の十数年について語った第三章「ある映画作品から見た昭和三十年代」がもっとも読み応えがあった。
 いずれにしても、
>重ねていうが、この本は映画の本ではない。
 そんな顔はしていないといわれるかもしれないが、著者としては歴史の本を書いたつもりである<
という「あとがき」をかねた「『女優男優』について」中の一文が全てを語っているのではないだろうか。

 続けて、田辺久子の『関東公方足利氏四代』<吉川弘文館>を読み始める。
 室町時代、鎌倉に在って関東地方を統括した関東公方の足利基氏(尊氏の子)、氏満、満兼、持氏について詳述した一冊だ。


 レナード・スラットキン指揮ロンドン・フィルが演奏したブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエム&青少年のための管弦楽入門<RCA>を聴く。


 今日も、甘いものは食さず。
 まあ、仕方ない。


 元キャンディーズのメンバーで、俳優の田中好子が亡くなった(55歳)。
 長い間、闘病生活を続けていたそうだが、55歳という年齢での死には、やはりまだ早過ぎるという言葉しか出てこない。
(そして、自分自身の死について、どうしても考えてしまう)
 個人的には、今村昌平監督の『黒い雨』がどうしても忘れられないのだけれど、最晩年のキュートさも強く印象に残っている。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 余談だが、キャンディーズのメンバーの中では、藤村美樹がもっとも自分の好みに合っていると思う。


 政府が、福島第一原子力発電所から半径20キロ圏外の避難計画を発表したという。
 本来は非日常であるはずのものが、日常のものとなってしまっていることへの恐ろしさを改めて感じる。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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夕べの調べ(リスト:ピアノ作品集)

 ☆夕べの調べ(リスト:ピアノ作品集)

  独奏:ネルソン・フレイレ
  録音:2011年1月(デジタル/セッション)
 <DECCA>478 2728


 聴き始めればそれなりにきちんと聴くのだけれど、自分から好んで聴こうとは思わない作曲家がいる。
 パガニーニやラフマニノフ、そして今年生誕200年を迎えたリストなど、その最たるものだろう。
 こうやって名前を挙げてみればはっきりするが、華麗なる技巧を散りばめたいわゆるヴィルトゥオーゾ・タイプの作品がどうにも僕の好みには合わないらしいのだ。
 だから、パガニーニにしてもラフマニノフにしてもリストにしても、積極的にCDを買ってはこなかった。
 例えば、パガニーニのCDは今一枚も手元にないし、ラフマニノフとてもらい物の交響曲全集があるだけ。
 そしてリストもまた同様で、ゾルタン・コチシュが独奏を務めたピアノ協奏曲集を譲って以来、一枚たりとて自分のCD棚に加えたことがなかった。

 そんな人間が、リストのピアノ作品集のCDを購入にしてみようと思ったきっかけは、ひとえにネルソン・フレイレが自分自身の愛着の深い作品を選りに選って録音するという解説文に心魅かれたからである。
 と、言うのも、僕は何年か前にたまたまフレイレが弾くショパンの練習曲集とピアノ・ソナタ第2番他<DECCA>を購入して、その誠実で丁寧な演奏に感心したことがあったからだ。

 実際、森のささやき、巡礼の年第2年『イタリア』から「ペトラルカのソネット第104番」、忘れられたワルツ第1番、ハンガリー狂詩曲第8番、バラード第2番、巡礼の年第1年『スイス』から「ワレンシュタットの湖畔で」、ハンガリー狂詩曲第3番、6つのコンソレーション、超絶技巧練習曲集から「夕べの調べ」、と並べられたプログラミングを目にするだけで、このアルバムが単なるこれ見よがしの技巧のひけらかしではないことがわかるのではないか。
 もちろん、二つのハンガリー狂詩曲や、アルバムのタイトルとなっている「夕べの調べ」など、フレイレのテクニックのあり様もしっかりと示されてはいるのだけれど、個人的にはやはり、比較的淡々としていて、しかしリストの音楽の持つ抒情性やインティメートな感覚をしっかりととらえた彼の音楽の歌わせ方にまずもって魅了された。
 中でも、6つのコンソレーションの優美で繊細な感情表現が強く印象に残った。

 いずれにしても、リスト=けばけばしい音楽、と誤解している方々にこそお薦めしたい一枚である。

 そういえば、CD初期(と、言うよりLP末期)に今は亡きホルヘ・ボレットが、リスト編曲によるシューベルトの歌曲集を録音していたが、できることならフレイレにも同じようなアルバムをつくってもらいたい。
 シューベルトとフレイレの音楽性はとても相性がよいように思うのだが。
posted by figarok492na at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月21日

『脇役の美学』を読んで、川谷拓三を思い出した(CLACLA日記)

 今日は夕方の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。
 『直級戦感ドマンナカン』は、原稿用紙6枚分になった。


 田山力哉の『脇役の美学』<講談社>を読了する。
 川谷拓三、石橋蓮司、八名信夫、浦辺粂子、樹木希林と、やはりその顔触れが嬉しかった。

 そういえば、これは以前にも記したことかもしれないが、僕は生前の川谷拓三を一度だけ間近で見たことがある。
 あれは、川谷さんが亡くなる二三年前のことか、僕がまだ立命館大学の院生だった頃、よく友人たちと龍安寺商店街の外れにある美福千というどうにもぼろっちい定食屋まで夕飯をとりに行っていたのだが、ある晩、ちょうど真後ろのテーブルで川谷さんと付き人らしい若い男性(たぶん、息子さんじゃなかったはず)が食事をしていたのだ。
 川谷さんはとても愉しげな声で、美味しいなあといった言葉をたびたび口にしていた。
 美福千のレベルを知っている分、僕らは、川谷さんはなんて謙虚な人なんだろうと帰る道々話し合ったのだけれど、『脇役の美学』の川谷拓三の章でその苦労を重ねた半生に触れてみると、あのときの川谷さんの言葉はもしかしたら心の底からのものではなかったかと改めて思い返される。

 もう一つ川谷さんつながりの余談を。
 僕は川谷拓三が主演したNHKの『國語元年』(井上ひさし原作脚本)というドラマが好きだったのだが、すでに川谷さんや井上さんのほか、浜村純(『脇役の美学』でも一章が割かれている。田山さんと親交が深かったことは、この本で初めて知った)、賀原夏子、山岡久乃、名古屋章、佐藤慶といった方々がすでに亡くなられてしまっている。
 時の流れの速さを思い知らされる。


 続けて、関川夏央の『女優男優』<双葉社>を読み始める。
 これまた日本の俳優について書かれた一冊だ。


 ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を三度続けて聴く。
 そろそろCDレビューをアップするつもりだ。


 夕方の買い物時、近くのコンビニで週刊文春の小林信彦の連載エッセイを立ち読みする。
 今号では後藤新平のことが述べられていたが、大風呂敷と呼ばれながらも、関東大震災後の首都圏の復興に尽力した彼については、一度詳しく調べてみたいと思う。


 帰宅後、ベルリン・フィル8重奏団が演奏したブラームスの弦楽5重奏曲第1番<PHILIPS>を聴く。
 どうしても聴きたくなったためで、大好きな第1楽章は全曲を聴き終えたあと二度繰り返して聴いた。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたり、『女優男優』を読み進めたりする。
 『女優男優』の第一章「女優というメディア」は、岸恵子や原節子ら女優について記しながら戦後日本の状況を浮き彫りにしようという点で、同じ著者の『昭和が明るかった頃』<文春文庫>(吉永小百合や石原裕次郎らを軸にした長篇評論)と主題を共有しているように思う。


 リストのピアノ作品集を二度繰り返し聴く。


 今日は甘いものは食さず。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

『小説を書く猫』を読み始め、読み終えた(CLACLA日記)

 青空は見えつつも、どんよりとした感じが強し。

 気温はあまり上昇せず、肌寒い一日となった。


 明け方近くまで、企画関係や仕事関係の作業を進める。


 10時台に起きて、いくつか企画関係の作業を進めたのち、正午少し前に外出する。
 で、下京図書館へ行き、川上未映子の『発光地帯』<中央公論新社>、小幡欣治の『評伝菊田一夫』<岩波新書>、原田武夫の『「日本叩き」を封殺せよ』<講談社>の三冊を返却し、予約しておいた中山可穂の『小説を書く猫』<祥伝社>、田山力哉の『脇役の美学』<講談社>、関川夏央の『女優男優』<双葉社>、田辺久子の『関東公方足利四代』<吉川弘文館>、石川真澄の『人物戦後政治』<岩波書店>の五冊を新たに借りる。


 帰宅後、仕事関係や企画関係の作業を進めたほか、『小説を書いた猫』を読み始める。
 中山可穂のエッセイ集で、彼女のユーモア感覚(自分自身を笑う感覚)がよく表わされているように僕には感じられる。


 昨日京都映画の会(仮称)の打ち合わせの際に聴いた話がきっかけとなって、『直級戦感ドマンナカン』という短篇小説を書き始める。


 昨日、末長にもらったレナード・スラットキン指揮ロンドン・フィルが演奏したブリテンの管弦楽曲集(シンフォニア・ダ・レクイエム他)<RCA>、武満徹の映画音楽集4(勅使河原宏監督作品集)<ビクター>、そしてネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を断続的に聴く。
 スラットキン指揮のブリテンは、非常に堂々としてシンフォニックな演奏だと思う。


 16時台になって再び外出し、トーカイ四条烏丸店で図書カードを購入してから、大垣書店四条店で豊崎(本当は大ではなく、立)由美の『ニッポンの書評』<光文社新書>を購入し、ついでに『レコード芸術』5月号の「座り読み」もする。

 それから京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、仕事関係の買い物や夕飯用の買い物をすませ、18時頃帰宅した。


 夕飯後、仕事関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『直級戦感ドマンナカン』を書き進めたりする。
 『能登愚将記』は、「五条西雅實という人」まで手直しを終えた。
 また、『ドマンナカン』のほうは、原稿用紙3枚分まで書き進めた。


 『小説を書く猫』を読了してしまう。
 もったいないと思いつつ、ついつい読み進めてしまったのだ。
 それにしても、中山さんが京都に引っ越されていたとは。
 それと、彼女にとって愛猫と呼べる唯一の特別な猫の名が「フィガロ」だったとは。

 続けて、『脇役の美学』<講談社>を読み始める。
 今は亡き映画評論家田山力哉が、「脇役」について一人ずつ綴った一冊。
 殿山泰司、金子信雄、浜村純、伊藤雄之助、左卜全…、といった顔触れがまずもって嬉しい。


 リストのピアノ作品集を繰り返し聴く。


 今日は、マルエス製菓のミニバームを2個食す。
 卸売ひろばタカギで、1個税込み21円だったもの。
 小ぶりなバームクーヘンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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京都映画の会(仮称)の打ち合わせを行った(深夜のCLACLA)

 今日は、正午過ぎに外出し、阪急で桂まで行き、そこから市バスに乗って洛西ニュータウンに向かい、昔なじみの末長敬司とその友人の三人で、この4月から始めることとなった映画やシナリオに関する同好研究会、京都映画の会(仮称)の下準備を兼ねた打ち合わせを行う。
 今日の打ち合わせでは、月例研究会の上映作品をどう選定するかや、資料の作成、研究会のまわし方など、会の運営の大枠から細かい部分までほぼ確認することができた。
 また、この会の具体的な目標などについてもより明確になったのではないかと思う。

 その後、結局22時過ぎまで、三人の近況報告や映画に関する議論、雑談などを話し続ける。

 それから末長のお父様と四人で遅めの夕飯をとり(お父様にごちそうになる。ありがとうございました)、桂駅まで送ってもらい、そこで解散となった。

 で、23時40分頃帰宅した。
(末長には、パブリックドメイン作品のDVDやCD、書籍などをもらった。多謝)


 朝早めに起きて仕事関係や企画関係の作業を進めたり、山田真一の『オーケストラ大国アメリカ』<集英社新書>を読了したりする。


 ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を聴く。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーなどを末長宅で食す。
 手土産にしてはあまりにも安過ぎるが、話しをしながら食べるにはちょうどいいと思ったため。
 もちろん、卸売ひろばタカギで買い込んでおいたものだ。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、4月19日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

短めの日記(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気だなあ、と思っていたら夕方ぐらいから雨が降り出す。
 で、ちょうど夕飯用の買い物に外出した頃に本降りで、だいぶんびしょ濡れになってしまった。
 やれやれ。


 今日は、その夕飯用の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係や企画関係の作業を集中して進める。


 ほかに、原田武夫の『「日本叩き」を封殺せよ』<講談社>を読了し、山田真一の『オーケストラ大国アメリカ』<集英社新書>を読み始める。
 『オーケストラ大国アメリカ』は、近現代のオーケストラ音楽を考える上で忘れてはならないアメリカのオーケストラの歴史を簡潔にまとめたもので、知識としては一応知っていることではあるけれど、やはりこうやって一冊の本にまとめてもらえると嬉しい。


 アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を繰り返し聴いてCDレビューをアップしたのち、ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を断続的に二度聴く。


 夕飯後、企画関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『オーケストラ大国アメリカ』を読み進めたりする。


 リストのピアノ作品集を続けて二度聴く。


 今日は、甘いものは食さず。


 為すべきことをしっかり為していかなければ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アンドレア・マルコンのモーツァルトの序曲集

☆モーツァルト:序曲集

 指揮:アンドレア・マルコン
管弦楽:ラ・チェトラ
 録音:2010年10月(デジタル/セッション)
<DG>477 9445


 アンドレア・マルコンといえば、手兵ヴェニス・バロック・オーケストラとの様々なアルバムで知られるバロック音楽のスペシャリストだが、その彼がモーツァルトの序曲集を録音したというので迷わず購入した。
 ただし、今回の録音は、スイス・バーゼルに本拠を置くピリオド楽器アンサンブル、ラ・チェトラを指揮したもので、このマルコン&ラ・チェトラが伴奏を務めたドイツのソプラノ歌手モイカ・エルトマンのモーストリー・モーツァルトというタイトルのアリア集(モーツァルトやサリエリ、パイジェッロ、ヨハン・クリスティアン・バッハやホルツバウアーらの)がちょうど同じタイミングで発売されている。

 イタリア出身のバロック系の指揮者によるモーツァルトの序曲集では、リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団のCD<Naïve>をすぐに思い出すのだけれど、あちらが『皇帝ティトゥスの慈悲』や『フィガロの結婚』の行進曲を埋め込むなどカップリングに工夫をこらしていたのに対し、こちらマルコン盤のほうは、『アポロとヒュアキントス』、『バスティアンとバスティエンヌ』、『偽ののろま娘』、『ポントの王ミトリダーテ』、『救われたベトゥーリア』、『アルバのアスカニオ』、『ルーチョ・シッラ』、『羊飼いの王様』、『クレタの王イドメネオ』、『後宮からの逃走』、『劇場支配人』、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コジ・ファン・トゥッテ』、『魔法の笛』、『皇帝ティトゥスの慈悲』と、ほぼ作曲順(ケッヘル番号順)に序曲を並べた非常にオーソドックスなプログラミングで、例えばハッセやホルツバウアー、ヨハン・クリスティアン・バッハといった同時代の作曲家たちの影響を受けながら、いかにしてモーツァルトが劇場感覚を磨きオリジナリティを確立していったかが理解できるような仕掛けとなっている。
(『偽の女庭師』と『レ・プティ・リアン』の二つの序曲が抜けているのは本当に残念ではあるが、その代わり、『救われたベトゥーリア』や『羊飼いの王様』のような比較的珍しい序曲を聴くことができるのでよしとしたい)

 また、金管楽器やティンパニを強調したり、速いテンポで激しい感情表現を繰り広げるなど、マルコンはバロック奏法を援用した楽曲解釈を行っており、モーツァルトの序曲の持つ劇(激)性や快活さをよく示していると思う。
 個人的には、悲劇性と喜劇性が混交した『ドン・ジョヴァンニ』の序曲の目まぐるしい動きが、中でもマルコンの性質に合っているような気がして、それこそエイトマンをキャスティングした全曲盤を録音してはどうかとすら感じた。

 録音は、若干すっきりしない感じがしないでもないが、作品と演奏を愉しむという意味では、まず問題はないだろう。

 適うことならば、マルコン&ラ・チェトラのペアによるハイドンやヨハン・クリスティアン・バッハの序曲集の録音も願いたいところだ。
posted by figarok492na at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

洗濯をし、本を買い、お芝居を観、CDを買った(CLACLA日記)

 昨夜寝る前に、原田武夫の『「日本叩き」を封殺せよ』<講談社>を読み始める。
 「情報官僚●伊東巳代治のメディア戦略」と副題にもあるように、主に明治期に活躍した官僚政治家伊東巳代治(のちのち枢密顧問官として、第一次若槻内閣や濱口内閣を苦しめたことでも知られるが)の日清戦争後のメディア戦略について記した一冊だ。
 文章の重複など、時折気になる点もなくはないが、概ね読みやすい内容だと思う。


 晴天から曇天へ。

 気温も思ったほどには上昇せず。
 ただし、花粉症がほとんど出なかったのには助かったが。


 午前のうちに、毎週恒例の洗濯をすませておく。


 仕事関係や企画関係の作業を進め、『「日本叩き」を封殺せよ』を読み進めたのち、12時台に外出し、大垣書店四条店で山田真一の『オーケストラ大国アメリカ』<集英社新書>を購入する。
 今日朝日新聞の広告で知ったばかりの本だが、ちょうど朝日新聞の読者用のサイトのアンケートで当たった図書カードがあったので買っておくことにしたのだ。
(著者の山田さんがこのジャンルで健筆をふるっていることもあっての信用買いである)

 それから地下鉄で松ヶ崎まで出、そこから歩いてアトリエ劇研まで行き、ニットキャップシアターの第29回公演『ピラカタ・ノート』(ごまのはえさん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後、関係各氏と話をしたりあいさつをしたりする。

 その後、大切な用件をすませたのち、市バスで河原町まで出、タワーレコード京都店でネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集<DECCA>を購入する。

 そして、夕飯用の買い物をすませてから、19時近くなって帰宅した。


 帰宅後、早速リストのピアノ作品集を聴く。
 リストのピアノ曲には、ばりばりごりごり鳴らしまくり、という偏見がどこかにあったのだけれど、これは非常に耳なじみのよい作品が集められたアルバムになっているのではないか。
 テクニックよりも音色を味わう一枚だと思う。


 夕飯後、企画関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『「日本叩き」を封殺せよ』を読み進めたりする。
 『能登愚将記』は、原稿用紙20枚分ほど手直しを終えた。


 ラジオで、N響アワーのズビン・メータ指揮NHK交響楽団他が演奏したベートーヴェンの交響曲第9番「合唱つき」の一部を聴く。

 続けて、ネルソン・フレイレが弾いたリストのピアノ作品集を再び聴く。


 アメリカを代表するオーケストラの一つ、フィラデルフィア管弦楽団が破産を宣言するとのこと。
 『オーケストラ大国アメリカ』を買ったばかりだというのに…。


 今日は、甘いものは食さず。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ニットキャップシアター第29回公演『ピラカタ・ノート』

 ちょうどブログを始めた頃のことだから、もう6年半近くも前になるか。
 僕は、京都府立文化芸術会館で例年行われている京都演劇フェスティバル中の目玉企画である、新Kyoto演劇大賞という演劇コンクールの府民審査員(一般審査員)を務めた。
 「京都演劇界の総会屋」を自称してその際に重ねた乱暴狼藉は、たとえそれが義憤によって為されたこととはいえ、思い起こせば本当に恥ずかしく、穴があったら入りたいような愚行ではあるのだけれど、そのとき大賞を受賞したニットキャップシアターの『ヒラカタ・ノート』を強く推したことだけは、今もって全く間違ってはいなかったと確信している。

 その『ヒラカタ・ノート』を下敷きにして、ごまのはえさんが新たに書き直したその名も『ピラカタ・ノート』をニットキャップシアターの面々が上演するというので(第29回公演。ごまさん作・演出)、喜び勇んでアトリエ劇研まで観に行って来たが、確かにこの『ピラカタ・ノート』は現在の彼彼女らが上演するに相応しい力作になっていたと思う。

 火曜日までの上演ということもあって、あえて詳しい内容には触れないけれど、『ヒラカタ・ノート』の重要なエピソードを残しつつ、そこに日本神話や『レインボーマン』(なにせ、主な登場人物の一人の名前は「大和タケル」だ)のモティーフを巧みに織り込んでいったストーリー展開は非常に刺激的で、音楽や舞踏、ヴォイスパフォーマンスといった劇場感覚に富んだ仕掛けともども、ごまさんの劇作家・演出家、演者としてのこの間の多様な経験や大きな変化を如実に示していたのではないだろうか。
 そして、僕自身はそうした技巧的な側面ばかりではなく、ごまさんの強い表現意欲や痛切で切実な想い、さらには願いや祈りがより鮮明により明確に表わされているように感じられた点に心ひかれ、心動かされた。
(だから、2時間近くの上演時間に全く長さを感じなかったといえば嘘になるが、しかし、前半に投げかけられた謎が一挙に解き明かされていく後半の一連の流れには、やはり充分に納得がいった)

 演者陣は、ときにライヴ特有の傷やぬけはあったものの、ごまさんの台本や演出もあって、個々の魅力がよく発揮されていたし(ごまさんをはじめ、今のニットの演者にはよい意味での色気を感じるときがある。例えば、高原綾子さんもそうだし、他の面々も)、このアンサンブルでなければという存在感が示されていたようにも感じた。
 適うことならば、この座組み陣立てができるだけ長く続き、さらに一層練れたアンサンブルを創り上げていって欲しいと心から願う。

 いずれにしても、今だからこそ観ておいて欲しい作品であり公演だ。
 大いにお薦めしたい。


 そういえば、公演プログラムの作・演出よりで、ごまさんが、「「ごまのはえ」などというフザケタ十字架を自らに科し、市民の敵を目指し日々がんばる私(後略)」と書いているのに、僕は新Kyoto演劇大賞時のある出来事を思い出したのだけれど(たぶん、ごまさんもそのことを意識しているのではないか?)、ここで詳しく記すことはしないでおく。
posted by figarok492na at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

『発光地帯』と『評伝菊田一夫』を読了した(CLACLA日記)

 昨夜寝る前に、川上未映子の『発光地帯』<中央公論新社>を読了し、小幡欣治の『評伝菊田一夫』<岩波新書>を読み始める。
 『発光地帯』を読んで、改めて川上未映子は読み手の心をつかむ術をよく心得た作家だと思った。
 意識無意識はひとまず置くとして。


 どんよりとした感じはありつつも、概ねいいお天気、いい青空の一日。

 ただし、気温はあまり上昇せず、肌寒い感じが強い。
 冷たい風が吹いていたことも大きかったかもしれない。


 今日は、夕方の買い物以外外出せず、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、資料類や書類の整理を断行したり、『評伝菊田一夫』を読み進めたりする。
 『評伝菊田一夫』は、先頃亡くなった小幡欣治が、演劇界の「先生」であり自らも長らく身近で接し続けた菊田一夫について綴った一冊だ。
 淡々とした筆致ではあるが、菊田一夫の長所と短所をバランスよく示していくなど、その視点は全く甘くない。

 ところで、自ら学徒動員で工場に働きに行き、東京大空襲で家を焼かれた小幡欣治は、「戦争を憎む気持はだれよりも強い」と断った上で、「戦時下に、反戦を唱えた人間は知るかぎりは一人もいなかった」「だから敗戦になって徳田球一や志賀義雄が解放されて拘置所から出てきたにはびっくりした」と記し、さらに、
「戦後六十年が経ち、今この時点で菊田たちを批判するのは簡単だ。しかし、多少なりともあの時代を共に生きた私には、菊田一夫やほかの作家たちの仕事を断罪する気にはなれない。弁護はしないが批判はしない。問題があるとすれば、戦後になって彼らがどういう生き方をしたか、と言うことだと思っている」
と、続けている。
 傾聴に値する一つの見識だと、僕は思う。
(『評伝菊田一夫』の6 ロッパ一座と「高揚劇」より)


 アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を三度続けて繰り返し聴く。
 ほかに、ハルモニアムンディフランスのサンプルCDを聴いたりもした。


 夕飯後、仕事関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進めたり、『評伝菊田一夫』を読み進め、読了したりする。
 『戸板康二の歳月』とうっすら重なる部分があるなあと思っていたら、小幡欣治に『評伝菊田一夫』を書くよう勧め、さらに岩波書店をしたのは矢野誠一だったとのこと。
 なるほどね。

 そういえば、文中の『放浪記』(菊田一夫による)のくだりの初演時の配役にもある通り、今は亡き小鹿番(敦)は菊田一夫の人物模写を得意としていた。
 確か、向田邦子原作・久世光彦演出のドラマでも菊田一夫風の人物を演じていたのではなかったっけ。


 マルコン指揮のモーツァルトの序曲集を聴く。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み31円だったもの。
 いつものことながら、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月15日

通崎睦美さんのコンサートを大いに愉しんだ(CLACLA日記)

 直接ご案内のメールが届いたこともあり、仕事関係や企画関係の用件をすませたのち京都芸術センターへ向かい、講堂で開催された旧知の通崎睦美さんのコンサートを聴く。
 なお、今夜のコンサートは震災支援を目的としており入場は無料、その代わり、被災地の方々への義援金を募るという形がとられていた。

 で、今回はあの平岡養一が所蔵していた木琴によるコンサートで、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークの第1楽章を皮切りに、木琴の叙情的な音色や通崎さんの高度なテクニックが発揮される魅力的なプログラムとなっていて、大いに愉しむことができた。
 また、いつものことながら通崎さんのおしゃべりは達者だったし、京都芸術センターのペトコフ・ピアノによる平林知子さんの伴奏も通崎さんの木琴とよく合っていたと思う。
 通崎さんはじめ、皆さん、本当にありがとうございました。


 外出前、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたり、川上未映子の『発光地帯』<中央公論新社>を読み進めたりする。
 川上未映子も、グレン・グールドを聴いているのか(しかも「ぐぐ」と呼んだりしている)。
 グールド、畏るべし。
 そして、川上未映子は、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジや綾波レイの物真似をしたりするのか。
 川上未映子、畏るべし。

 余談だけど、僕は小池朝雄、田中明夫、中村伸郎、船越英二、花沢徳衛、高木均らの物真似をしたりする。
 が、ちっとも畏るべしではない。


 アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を繰り返し聴く。


 21時半近くに帰宅後、企画関係の作業を進めたり、『発光地帯』を読み進めたりする。


 旧知の松田裕一郎さんから、石巻でのボランティア活動を無事終えたとのメールが届く。
 まずは何よりとほっとする。
 そして、改めて頭が下がる想いがする。
 松田さんから、ぜひ詳しい話をうかがいたいと思う。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!
(お菓子を落ち着いて食べることができるありがたさを、改めて強く感じる)


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

通崎睦美さんのコンサートのご案内

 4月15日(今週金曜日)19時から、京都芸術センターの講堂で、旧知のマリンバ奏者通崎睦美さんの震災支援コンサートが開催されます。

 入場は無料で、当日会場では東日本大震災の被災者の方々への義援金を受け付けられるとのことです。

 また、入場の際は整理番号が必要ですので、ご予約のほうをお忘れなく。

 詳しくは、こちら(通崎さんのブログ)のほうをご参照のほど。

 ご都合よろしい方は、ぜひとも足をお運びください!
posted by figarok492na at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モーツァルトの序曲集を聴きながら

 アンドレア・マルコンがスイス・バーゼルのピリオド楽器アンサンブル、ラ・チェトラを指揮したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>に関しては、いずれCDレビューをアップするつもりでいるが、さすが劇場感覚に秀でたモーツァルトだけあって、序曲を聴いているだけでわくわくした気分になってくる。
 いや、やっぱり序曲だけだと物足りないかな。
 と、言うのも、マルコンはよい意味で煽る、メリハリのはっきりしたドラマティックな演奏を創り出しているので、序曲が終わると、つい次の曲目を聴きたくなってしまうのだ。
 ダ・ポンテ三部作などは特にそう。
 だから、『フィガロ』だったら、チンクエと、『ドン・ジョヴァンニ』だったらノッテジョルノと、『コシ』だったらラミアドラベッラとついつい口づさんでしまいたくなるほどだ。
 そういえば、あまたあるオペラの中で、僕が本当に好きなオペラはモーツァルトのダ・ポンテ三部作だ。
(他は、リヒャルト・シュトラウスの『カプリッチョ』)
 『フィガロ』は全曲、ドン・バジリオのアリアはもちろん、レチタティーヴォにいたるまでたまらなく好き。
 でも、心がどうにも落ち着かなくなるのは、『ドン・ジョヴァンニ』かな。
 中でも、第一幕のフィナーレで、いくつかの音楽がばらばらに演奏されるあのシーンは、本当にたまらない気分になる。
 今手元にあるのはカラヤンのCDだが、できればもっと別の演奏で耳にしたい。
 例えば、マルコンが指揮した演奏とか一度聴いてみたいものだ。
posted by figarok492na at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

作業の合い間に図書館に行った(CLACLA日記)

 今日も晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 気温も上昇し、穏やかな一日となった。
 花粉症の症状にはまいったものの、まさしく外出日和だったと思う。


 朝早めに起きて、仕事関係や企画関係の作業(連絡作業を含む)を進めたのち、14時半少し前に外出する。

 で、下京図書館へ行って、筒井康隆の『漂流』<朝日新聞出版>、菊池夏樹の『菊池寛と大映』<白水社>、矢野誠一の『戸板康二の歳月』<文藝春秋>、井上ひさしの『わが友フロイス』<ネスコ/文藝春秋>を返却し、原田武夫の『「日本叩き」を封殺せよ』<講談社>と、予約しておいた川上未映子の『発光地帯』<中央公論新社>、小幡欣治の『評伝菊田一夫』<岩波書店>を新たに借りる。

 その後、京都芸術センターでいくつか用件を片づけたのち、15時台に帰宅する。


 図書館に向かう途中、近くのコンビニで、週刊文春の小林信彦の連載エッセイだけを立ち読みする。
 今号では、先頃亡くなったエリザベス・テーラーについて詳しく語られていた。


 帰宅後、早速『発光地帯』を読み進め、『能登愚将記』の手直しを進め、企画関係の作業を進める。
 『能登愚将記』では、五条西雅實の人物造形が面白いほどに進んだ。


 アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を、断続的に三度繰り返し聴く。


 夕方になって、夕飯用の買い物のために再び外出する。


 夕飯後、企画関係の作業や『能登愚将記』の手直しを進め、『発光地帯』を読み進める。
 『発光地帯』は、読売新聞のウェブサイトに連載されたものをまとめた一冊で、文章の流れや言葉の置き方など、彼女らしい日乗となっている。


 マルコン指揮のモーツァルトの序曲集を繰り返し聴く。


 今日は、甘いものは食さず。


 ただただ人員を減らすことが正しい、という考え方や風潮に、僕は疑問を持つ。
 それは、自分にとって都合が悪い考え方を、結果として排除することにつながるような気がするからだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月13日

『わが友フロイス』を読んだ(CLACLA日記)

 明け方6時近くまで起きて、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたりする。


 で、正午頃になって起床し、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたりする。
 結局、今日は夕方の買い物以外は外出しなかった。
 昨日に続いての外出日和だったが、まあ仕方ない。


 井上ひさしの『わが友フロイス』<ネスコ/文藝春秋>を読み始め、断続的に読み進め、夕方前には読了してしまう。
 『わが友フロイス』は、戦国時代に宣教師として日本に滞在したルイス・フロイス(その『日本史』は貴重な史料となっている)と彼に関係する人たちの書簡を通して、日本の文化や風土を批評し、イエズス会を尖兵とするスペイン・ポルトガル(そこには、現在のアメリカが重ね合わされるかもしれない)によるアジアへの侵略、さらには西欧中心主義的な世界観を批判するという、井上ひさしらしい作品だと思った。
 もう一つ付け加えるならば、本来のキリスト教とは、という強い想いもこめられているように、僕には感じられた。


 アンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を、断続的に4回聴く。
 けっこう珍しい作品の序曲が収められる一方で、『偽の女庭師』や『レ・プティ・リアン』の序曲が入っていないことは個人的にちょっと残念だ。
(リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団のCD<naïve>を持ってはいるけれど)


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、吉田秀和の『世界の指揮者』の拾い読みをしたりする。


 マルコン指揮のモーツァルトの序曲集を聴く。


 夜、旧知の松田裕一郎さんからメールが届く。
 4月から京都に戻っているはずで、どうしているのかなとちょうど思っていたときだったが、今ボランティアで石巻に行っていると。
 本当に頭の下がる想いがする。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 詩人で童話作家の岸田衿子が亡くなった(82歳)。
 父は岸田國士で、岸田今日子は妹にあたる。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 橋下大阪府知事が、辛坊治郎をどうのこうのと口にしているそうだ。
 つくづく、なんだかなあと思ってしまう。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月12日

河原町でCDを購入した(CLACLA日記)

 福島第一原子力発電所の事故が、国際的な事故評価尺度(INES)のレベル7に引き上げられたと報じられている。
 福島第一原発に関する連日の報道に接していたから、このレベル7という評価は当然予想のうちにあったことだ。
 ただ、だからこそ、今頃になっての引き上げには大きな疑念を抱かざるをえない。
 特に、統一地方選の前半戦が終わった今頃になって。
(むろん、何から何まで陰謀だ、故意だ、と断定するつもりはない。しかしながら、状況が状況だからといって、与えられた情報を鵜呑みにし、全く疑問を持たないというあり様も、非常に危険だと思う)


 仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたり、矢野誠一の『戸板康二の歳月』<文藝春秋>を読み進めたりしたのち、15時近くなって外出する。

 で、歩いて河原町まで出、タワーレコード京都店で、発売されたばかりのアンドレア・マルコン指揮ラ・チェトラが演奏したモーツァルトの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を購入する。

 その後、JEUGIA三条本店をのぞいたり、BALのジュンク堂で仕事関係の調べものをしたあと、大切な用件をすませる。

 それから、京都芸術センターに寄ったりして、20時過ぎに帰宅した。


 今日はいいお天気、いい青空、おまけに暑過ぎず寒過ぎずの外出にはぴったりの一日で、外出中、三条から四条の河原でしばらくぼっとしたりもしたのだが、唯一花粉症の出が激しかったのには辟易する。


 帰宅後、比較的遅めの夕飯をとってから、企画関係の作業を進め、『戸板康二の歳月』を読了する。
 『戸板康二の歳月』は、最終盤、戸板康二の葬儀の段になって三國一朗の名が登場するなど、これまで読み重ねてきた人々やこれから読んでいこうと思っている人々がたびたび顔を出す点も非常に興味深く、面白かった。
 それにしても、僕も戸板康二のような人間になりたいものだと強く思う。


 購入したばかりのモーツァルトの序曲集を繰り返し聴く。
 詳しくはいずれCDレビューにまとめるつもりだが、バロック音楽のスペシャリスト、アンドレア・マルコンがスイス・バーゼルのピリオド楽器アンサンブルを指揮した録音で、めりはりのよく効いた演奏に仕上がっていると感じる。


 今日は、甘いものは食さず。


 大阪地裁が、証拠(フロッピーディスク)改竄の大阪地検特捜部・前田恒彦元主任検事に懲役1年6ヶ月の判決が下されたとのこと。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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大震災から一ヶ月が経った(CLACLA日記)

 東日本大震災から一ヶ月が経った。
 朝日新聞の夕刊によると、現在確認されているだけでも今回の大震災で犠牲となられた方は、1万3116人にのぼるという。
 まずは、全ての犠牲となられた方々に深く、深く、深く、深く、深く黙祷を捧げたい。

 そして、一ヶ月は経ったけれども、未だに強い余震が続くなど、被災者の方々は厳しい状態に置かれたままだ。
 また、原子力発電所の状況も解決にはほど遠い。

 少しでも早い被災地の復旧と、原子力発電所の事態の好転を願うばかりである。


 統一地方選(前半戦)の結果だが、石原慎太郎の再選も含め、一応ある程度は予想していたけれど、ここまでこうなるとは思っていなかった。
 結局、愚か者を支える者こそ一番の愚か者である、ということを肝に銘じておきたい。
 自省あるのみ。


 今日は、朝早めに起きて仕事関係や企画関係の作業を進める。
 で、結局、夕方仕事関係の調べもの(ついでに夕飯用の買い物)に出かけた以外は、外出せず。
 まあ、仕方ない。


 お昼過ぎ頃からどんよりし始めると、それにともない気温も下がり出し、夕方には肌寒い感じが強くなる。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。
(それでも、くしゃみを時折連発するなど花粉症の症状はそれなりに出る。やれやれ)


 菊池夏樹の『菊池寛と大映』<白水社>を読了し、矢野誠一の『戸板康二の歳月』<文藝春秋>を読み始める。
 『菊池寛と大映』は、実の孫が、菊池寛と大映(永田雅一)についてものした評伝的創作だが、正直言ってあまりしっくりこず。
 一言で言えば、描く対象との距離感の問題か。
 それは、先日読み終えた北村薫の『いとま申して』<文藝春秋>にある「抑制」の少なさと言い換えてもよい。
(ただし、これを書き手が小説家であるか否か、で考えてしまうと大きな間違いだろう。例えば、昨日の都知事選で再選されたあの人物を思い出してみればよい)


 旧知のマリンバ奏者通崎睦美さんのアルバム『ソングス・フロム・エイジア』<field>、コンチェルト・ケルンが演奏したヴァンハルの交響曲集<TELDEC>を続けて聴く。
 通崎さんはもちろんCDもいいけれど、ぜひとも生の演奏に接して欲しい。
 と、言うことで、15日のコンサートはお薦めです!!


 夕飯後、企画関係の作業と『能登愚将記』の手直しを進め、『戸板康二の歳月』を読み進める。
 著者矢野誠一が私淑した演劇評論家戸板康二(「ちょっといい話」でもおなじみ)について綴った一冊で、こちらは実にしっくりとくる。


 ピリオド楽器のアンサンブル、ラルキブデッリ&スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズが演奏したシュポアの弦楽8重奏曲(複弦楽4重奏曲)、弦楽6重奏曲、弦楽5重奏曲<SONY>を聴く。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 映画監督のシドニー・ルメットが亡くなった(86歳)。
 『十二人の怒れる男たち』、『女優志願』、『オリエント急行殺人事件』、『狼たちの午後』、『ネットワーク』、『評決』と、概して社会性の強い骨太なエンターテインメント作品の作り手だった。
(それにしても、まだ存命だったとは)
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月10日

投票、CTT、打ち合わせ(CLACLA日記)

 体調はあまり芳しくなかったが、昨夜は3時半過ぎまで起きて仕事関係や企画関係の作業を進め、筒井康隆の『漂流』<朝日新聞出版>を読み進める。


 10時半過ぎに起床し、毎週恒例の洗濯を始めるとともに、近くの洛友中学校まで行って統一地方選(京都府議、市議選)の投票をすませ、ついでに買い物もすませる。


 仕事関係や企画関係の作業を進めたほか、『漂流』を読了し、菊池夏樹の『菊池寛と大映』<白水社>を読み始める。


 シャルル・デュトワ指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したオネゲルの交響曲第2番&第4番「バーゼルの喜び」<ERATO>を聴く。
 少し大きめの音量で聴いたが、そのほうがこの演奏の長所がよくわかるような気がした。


 13時半過ぎに外出し、歩いて河原町へ。

 そこから205系統の市バスで洛北高校前まで行き、歩いてアトリエ劇研へ。
 で、C.T.T. Kyoto vol.91(2011年4月上演会)を観る。
 ピンク地底人、O land Theater、キヤマニアの3団体が上演を行っていたが、表現するという行為、その意欲や意匠、精度についていろいろと考えた。
 そうそう、合評会では別の質問をしたのだけれど、個人的にはピンク地底人4号さんの靴下から飛び出した足の親指の黒い(たぶん)ペディキュアが強く印象に残ったことを付記しておきたい。

 開演前終演後と、出演者をはじめ関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。

 その後、松ヶ崎から地下鉄に乗って烏丸まで戻り、演劇関係の打ち合わせ(話)を2時間ほど行う。
 初めてゆっくりとお話をさせてもらったが、刺激を受けるところ大だった。
 多謝。


 21時近くなって帰宅し、企画関係の作業を進めたり、『菊池寛と大映』を読み進めたりする。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!
(そういえば、投票所でもらったお菓子も食べたんだった。そちらもごちそうさま!)


 東京都知事に石原慎太郎が再選されたとのこと。


 ルスティム・ハイルディノフが弾いたショスタコーヴィチの劇場音楽集(ピアノ編曲版)<CHANDOS>を聴く。
 どうしてもショスタコーヴィチの音楽を聴きたい気分になったのだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

桜吹雪を実感した(CLACLA日記)

 今日は、夕方の買い物のほか、13時過ぎに外出し下京図書館へ。

 で、濱田研吾の『三國一朗の世界』<清流出版>、山崎浩太郎の『名指揮者列伝』<アルファベータ>、多和田葉子の『尼僧とキューピッドの弓』<講談社>を返却し、筒井康隆の『漂流』<朝日新聞出版>、予約しておいた菊池夏樹の『菊池寛と大映』<白水社>、矢野誠一の『戸板康二の歳月』<文藝春秋>、井上ひさしの『わが友フロイス』<ネスコ>を新たに借りる。

 帰りがけ、桜の花がけっこう咲いていたので菅大臣神社に寄る。
 ちょうどそのとき強い風が吹いて、桜の花びらがふるふるとこちらの身体を包み込むようにして散って行った。
 桜吹雪という言葉を実感した一瞬だった。


 帰宅後、早速『漂流』を読み始める。
 「本から本へ」と副題にあるように、本を通した筒井康隆の自叙伝で、朝日新聞に連載された文章をまとめたものだ。
 連載時、毎回欠かさず読んでいたが、改めて読んでおこうと思ったのである。
 面白し。


 外出前外出後、仕事関係や企画関係の作業を進める。


 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第8番<Arte Nova>とオネゲルの交響曲第2番他<DECCA>、クラリネットのチャールズ・ナイディックと東京クヮルテットが演奏したブラームス&ウェーバーのクラリネット5重奏曲<RCA>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業と『能登愚将記』の手直しを進め、『漂流』を読み進める。


 オルフェウス室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』全曲<ドイツ・グラモフォン>を聴く。
 『プロメテウスの創造物』の全曲は、デジタル時代になってチャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団<hyperion>、ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団<TELDEC>、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによって録音されることになるが、このオルフェウス室内管弦楽団のCDはそのはしりと言える。
 単にインティメートな雰囲気ばかりでなく、劇的な力感も兼ね備えた演奏ではないか。
(LP時代では、エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によるモノラル録音、ルイス・レーン指揮クリ―ヴランド管弦楽団によるステレオ録音を知っている程度。デジタル録音では、ミヒャエル・ハラス指揮メルボルン交響楽団の演奏がNAXOSレーベルからリリースされているほか、SONY/BMGレーベルのベートーヴェンのボックス物の中に、カール・アントン・リッケンバッハー指揮リトアニア室内フィルの演奏が収められていたはずだ)

 なお、この作品の終曲のテーマが、再び交響曲第3番「英雄」の終楽章に転用されている。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 統一地方選の投票日を明日に控え、選挙カーが最後のお願いを絶叫していた。
 正直、虚しさを感じないと言えば嘘になるが、諦めることもまた手を貸すことなのだ。
 自分なりの判断をしっかり行いたい。


 明日がいい日でありますように!
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2011年04月08日

余震だろうがなんだろうが(CLACLA日記)

 昨夜、宮城県沖を震源とする震度6強(マグニチュード7・4)の地震が起きる。
 東日本大震災の余震とのことだが、余震であろうがなんであろうが、こうやって強い地震が発生することには、被災地の方々のことを考えるとどうにもたまらない気持ちになってしまう。
 少しでも早く、状況が落ち着かないものか。
(大震災や原子力発電所のことについては、あえてあまり記さないできた。しかし、日々気になって仕方がないことも事実だ)


 朝方、嫌な夢を観る。


 雨降りの一日。
 どんよりとしたお天気に加え、湿度が高い分じめじめとして、あまり快ならず。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係や企画関係の作業を集中して進める。


 途中、息抜き代わりに、多和田葉子の『尼僧とキューピッドの弓』<講談社>を読み進める。


 ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルが演奏したブルックナーの交響曲第5番<RCA>、アルバン・ベルク・カルテットが演奏したハイドンの弦楽4重奏曲第76番「五度」、第77番「皇帝」、第78番「日の出」<EMI>、近衛秀麿指揮ベルリン・フィルが演奏したムソルグスキーの交響詩『はげ山の一夜』&ハイドンの交響曲第91番<ドイツ・グラモフォン>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『能登愚将記』の手直しを進める。


 『尼僧とキューピッドの弓』を読み進め、読了する。
 巧みにたくまれた作品で、実に読み応えがあった。
 多和田葉子の小説は、できればまとめて読んでおきたいと思う。


 ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィル他が演奏したラヴェルのバレエ音楽『ダフニスとクロエ』全曲&ラ・ヴァルス<ドイツ・グラモフォン>を聴く。
 クロエを、無変換でなく普通に変換したら、黒江と出てきた。
 V9時代の巨人じゃあるまいし…。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 気がつけば、統一地方選の投票日が明後日に迫っていた。
 こういうときだからこそなおのこと、個々の候補者の政策をしっかりと見極めて投票する必要があると痛感する。
 ムードに流されることだけは避けなければと思う。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月07日

打ち合わせに出かけた一日(CLACLA日記)

 今日は、仕事関係や企画関係の作業を進めたのち、お昼過ぎに外出し、仕事関係の用件を一つ片づけたあと、室町下立売のマリア書房へ。
 高野明子さんと打ち合わせを行い、ギャラリーにおける企画に関してはいったん白紙に戻すことを決める。
 諸般の事情によるもので、残念ながら仕方ない。
(高野さんには、この間のご協力のお礼を申し上げる)


 外出前、山崎浩太郎の『名指揮者列伝』<アルファベータ>を読了する。
 ニコライ・マルコやパウル・クレツキなど、EMI系レーベルと縁の深い指揮者が多いような気がしないでもないが、概ね興味深い人選だとも思う。
 久しぶりに、彼ら今は亡き指揮者たちの遺した録音をたっぷりと聴いてみたくなった。
(LP時代と異なり、CDになってからはもっぱら新しい録音を聴く機会が増えてしまったのだ)

 京都市図書館のインターネットサービスで、井上ひさしの『わが友フロイス』<ネスコ>、小幡欣治の『評伝菊田一夫』<岩波書店>、矢野誠一の『戸板康二の歳月』<文藝春秋>を予約しておく。


 グリュミォー・トリオが演奏したシューベルトのピアノ3重奏曲集他<PHILIPS>、ボロディン・カルテットが演奏したブラームスの弦楽4重奏曲第1番&第3番<TELDEC>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、多和田葉子の『尼僧とキューピッドの弓』<講談社>を読み進める。


 フォルテピアノのオルガ・トヴェルスカヤが弾いたシューベルトのピアノ・ソナタ第20番&楽興の時<Opus111>を聴く。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 書きたいことは様々にあるが、あえて書かないときもある。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月06日

作業を進めた一日(CLACLA日記)

 今日は、午前中と夕方の二度の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係や企画関係(昨日スタートした新しい企画も含む)の作業を進めたり、京都映画の会の企画書・会則の作成を行ったり、『能登愚将記』の手直しを行ったりする。


 ほかに、濱田研吾の『三國一朗の世界』<清流出版>を読了し、山崎浩太郎の『名指揮者列伝』<音楽之友社>を読み始める。
 『名指揮者列伝』は、IMG-EMIレーベルによる「GREAT CONDUCTORS OF THE 20 TH CENTURY」シリーズ(一人の指揮者につきCD2枚組)と連動して『レコード芸術』に掲載された一連の文章をまとめ、再構成した一冊。
 アルバート・コーツやニコライ・マルコといったクラシック音楽のコアなファンでなければ知らないだろう指揮者が収められている点もありがたい。


 ソプラノのバーバラ・ボニーがジェフリー・パーソンズのピアノ伴奏で歌ったメンデルスゾーン(姉弟)とシューベルトの歌曲集<ともにTELDEC>を聴く。
 この頃が、ボニーのもっとも聴きどきだったのではないかと、改めて思う。
 それにしても、シューベルトの『水の上にて歌う』は何度繰り返し聴いたことか。


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、『名指揮者列伝』を読み進めたりする。


 エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルが演奏したストラビンスキーのバレエ音楽『アゴン』とショスタコーヴィチの交響曲第15番、第6番<ともにメロディア>を続けて聴く。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで、改めて買い込んだもの。
 税込み31円。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 民主党、自民党、そして公明党などによる大連立政権の成立が画策されているという。
 なんともかとも。
 どうしても、火事場泥棒という言葉を思い出してしまう。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月05日

新しい企画に関するミーティングに参加した(CLACLA日記)

 今日はお昼過ぎに外出し、地下鉄で松ヶ崎まで出、アトリエ劇研へ。
 すぐに近くのアトリエ劇研ANEXに移動し、この4月からスタートする新しい企画に関するミーティングに参加する(詳細については省略)。

 別途、アトリエ劇研のプロデューサー・杉山準さんに、クラシカルオーケストラ京都(COK)の元立誠小学校使用について改めてお礼を申し上げておく。

 その後、別の用件をすませ、20時半過ぎに帰宅した。


 外出前、仕事関係や企画関係の作業を進めたり、映画の会の企画書を作成したり、濱田研吾の『三國一朗の世界』<清流出版>を読み進めたりする(帰りがけのバスの中でも読み進める)。
 「あるマルチ放送タレントの昭和史」と副題にもあるように、『三國一朗の世界』は、昭和とともに生きた自称放送タレント三國一朗の生涯を、適切な距離をとりつつも深い好意の念を持って描き上げた評伝である。
 非常に興味深く、面白い。


 ウィーン・フィルの管楽器奏者たちがアンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの伴奏で録音した、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲、ホルン協奏曲第1番&第2番、クラリネットとファゴットのための二重小協奏曲<ドイツ・グラモフォン>を聴く。


 帰宅後、比較的遅めな夕飯をとったのち、企画関係の作業を進め、『三國一朗の世界』を読み進める。


 ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン他が演奏したハイドンのスターバト・マーテル<TELDEC>を聴く。
 バーバラ・ボニーのソプラノ独唱も魅力的な一枚だ。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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映画の会の打ち合わせを行った(深夜のCLACLA)

 今日は、朝早めに起きて仕事関係の作業を一つ片づけたのち9時台に外出し、近くの病院へ向かう。
 そこで血液検査の結果を聴いたあと、スギ薬局でいつもの薬を受け取り、別の病院へ。

 その後、下京図書館まで足を運び、北村薫の『いとま申して』<文藝春秋>と高平哲郎の『今夜は最高な日々』<新潮社>を返却し、予約しておいた濱田研吾の『三國一朗の世界』<清流出版>、山崎浩太郎の『名指揮者列伝』<アルファベータ>、多和田葉子の『尼僧とキューピッドの弓』<講談社>を新たに借りる。

 それから別の用件を片づけたのち、11時近くに帰宅した。
(途中、自転車に乗ったスペースイサンの松浦さんと遭遇し、少しだけお話をする)


 帰宅後、仕事関係と企画関係の作業を進めたほか、『三國一朗の世界』を読み始める。


 カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団他が演奏したモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』全曲<ドイツ・グラモフォン>を聴く。
 高校時代に購入したCDで、全曲丸々聴いたのは、本当に久しぶり。
 何度も繰り返して聴いたCDだけに、様々な記憶が甦る。

 続けて、ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナが演奏したシューベルトの交響曲第5番<チャンネル・クラシックス>を聴く。


 17時過ぎに外出し、かつてのJEUGIA四条店時代のアルバイト仲間で、現在映画やシナリオ関係の作業を協力して行っている末長敬司(しっくりくるので敬称略)とその友人とおち合い、ホテルモントレ京都のライブラリカフェ、さらにサイゼリア四条寺町店で、今年度からスタートさせる映画の会(仮称)に関する打ち合わせを行う。
 映画の会(仮称)は、監督、シナリオ執筆、撮影・音響等スタッフ、演技、プロデュース、研究などなんらかの形で映画に携わる人たちや、それに興味を持つ人たちによって構成される同好研究会で、これまで末長宅で行われてきた「私的映画祭」を研究会として位置付け、毎月1回程度定期的に開催するほか、シナリオ輪読の会(いずれ、シナリオ・リーディングの会も開催)、今年度リニューアルされる京都文化博物館で映画を観る会などいくつかの企画を開催していこうとするものである。
 で、今日は、そうしたことを細かく詰めていったのだ。
 いずれにしても、まずは地に足のついた形で会を進めていきたいということで三人の意見が一致した。
(詳しくは、ブログ等でアップしていきます)

 余談だけれど、末長にはクラシカルオーケストラ京都(COK)の公開ワークショップと成果発表コンサートに来場してもらったが、こちらをはじめ、事務方の運営に関し厳しい意見をもらう。
 一つ一つの言葉が真っ当なもので、深く反省するほかない。


 今日は、甘いものは食さず。


 以上、4月4日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

『能登愚将記』の手直しを進めた(CLACLA日記)

 少しどんよりとした感じはありつつも、一応青空の見えるお天気ということもあって、午前のうちに毎週恒例の洗濯をすませておく。
 その後、青空は広がってきたが、冷たい風が吹いたりして気温が上昇せず、あまり乾きはよくなかった。

 肌寒い感じの強い一日だったが、くしゃみを連発したりするなど、花粉症の症状はけっこう出る。
 やれやれ。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、部屋で仕事関係や企画関係の作業を進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたりする。
 『能登愚将記』には、五条西雅實という公卿が重要な役回りで登場するが、この間のあれこれの影響か、人物像に大きな変化が起きそうだ。
 文化芸術の才に長けた人物であることは、以前と同様だが、より卑しい性格になるというか、セコくなるというか。
 その落差をしっかり描きたいと思うのである。


 高平哲郎の『今夜は最高な日々』<新潮社>を読み進める。
 そのタイトルにもある通り、タモリと組んだバラエティ番組『今夜は最高』の頃を中心に、高平さんの来し方を綴った一冊。
 一つ一つの文章に、落語や映画、シェイクスピアの戯曲の題名を配した趣向も面白い。


 ファジル・サイが弾いたハイドンのピアノ・ソナタ集<Naïve>とモーツァルトのピアノ作品集<WARNER>、リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団<Naïve>、ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」&第3番「スコットランド」<TELDEC>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『今夜は最高な日々』を読了する。


 東京クヮルテットが演奏したシューベルトの弦楽4重奏曲第14番「死と乙女」&第4番<RCA>を聴く。
 このCD、大阪梅田のワルティ堂島で中古で出ていたものだけれど、気がつけばワルティ堂島が閉店してしまっていた。
 ちょっとさみしいな。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 今日、ある人にどうしても必要な証明を依頼してみる。
 が、今のところ音沙汰なし。
 まあ、口では心苦しいなどと言いつつも、結局自己保身に長けた人だから、あまり期待はしていないが。
(いろいろと大変な時期ということもわかっているけれど、もしそうでなかったとしてもね…)


 献身精神だとかなんだとか偉そうなことを口にしておいて、その実、自分に対して献身させることしか考えない人間ほど唾棄すべき存在もない。
 恥を知るべきだと強く思う。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月02日

『いとま申して』を読了した(CLACLA日記)

 晴天。
 と、思っていたら、どんどんどんよりとし始め、雨降りになりそうなお天気となる。
 明日は晴れてくれるだろうか?
 毎週恒例の洗濯をすませておきたいのだけれど。

 気温は上昇。
 と、思っていたら、冷たい風が吹き始め、肌寒い感じが強くなる。

 それでも、時折くしゃみを連発するなど、花粉症の症状はけっこう激しく出る。
 やれやれ。

 首、肩、背中のこり、はり、痛みがひどし。
 腰を庇っているせいが大きいと思う。
 本当ならばマッサージに行きたいのだが、医療費を考えればパスするしかない。
 またぞろ、腹立ち、怒り、憤りが強くなってくる。
 我慢我慢。

 低劣で卑しい人間を支える人間こそ、もっとも低劣で卑しい人間なのだ。
 自省あるのみ。

 王様の耳は驢馬の耳!!


 今日は、仕事関係や企画関係の作業を進めたのち、16時過ぎに外出する。

 で、いくつか仕事関係の用件を片づけたほか、大丸1Fのエントランスホールで、クラシカルオーケストラ京都(COK)の運営メンバーも参加したミニコンサートを聴いたりもした。
 お疲れ様。

 その後、京都芸術センターで用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて、18時過ぎに帰宅した。


 北村薫の『いとま申して』<文藝春秋>を読了し、高平哲郎の『今夜は最高な日々』<新潮社>を読み始める。
 『いとま申して』は、北村さんの父宮本演彦が遺した日記をベースにしつつ、その青年時代の文学的軌跡を描いた作品で(副題に「『童話』の人びと」とあるように、雑誌『童話』を起点とする宮本演彦とその他の文学を通じた人間関係も丁寧に書き込まれている)、続きが非常に愉しみ。
 特に、折口信夫の関係など、早く読みたいと強く思う。

 それにしても、誰とどう交わっていくかってやっぱり大切なことなんだなあと痛感する。
 人間関係は財産だ。
 ときに負債となることもあるかもしれないとはいえ。


 パルナッシ・ムジチが演奏したドメニコ・ガッロの12のトリオ・ソナタ<CPO>、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ他が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』<SONY>(ガッロの12のトリオ・ソナタの一部を下敷きとした作品)、ソプラノのバーバラ・ボニーがジェフリー・パーソンズのピアノ伴奏で歌ったモーツァルトの歌曲集<TELDEC>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『今夜は最高な日々』を読み進める。


 ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団が演奏した自作のシンプル・シンフォニー&フランク・ブリッジの主題による変奏曲<DECCA>を聴く。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで買い込んでおいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年04月01日

今日から新年度(CLACLA日記)

 今日から四月である。
 前回の文章にも記したように、そうそう簡単に気持ちを切り換えできるものでもないが、せっかくの新年度。
 一日一日を大切にしながら、実り多い一月、そして実り多い一年としていきたい。


 晴天。
 気温が上昇した分、花粉の勢いも激しいようで、くしゃみなど花粉症の症状がひどい。
 やれやれ。


 統一地方選の選挙戦がスタートし、朝から選挙カーがかまびすしく唸りまくっている。
 ただただうるさいだけ、と全否定するつもりもないけれど、うっとうしいことに変わりはない。
 東日本大震災からまだ一ヶ月も経っていないわけだから、被災地のみならず、全国的に選挙を延期してもよかったのではないだろうか。
 個人的には、そう思わずにはいられない。


 午前9時過ぎに起きて、仕事関係や企画関係の作業を進めたほか、北村薫の『いとま申して』<文藝春秋>を読み始める。
 北村薫の父親の青年時代(における文学的軌跡)が丁寧に描かれた作品である。
 小林恭二の『父』<新潮文庫>と併せて読むと、さらに面白いかもしれない。


 ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、第5番、第7番<TELDEC>、ダニエル・ハーディング指揮ドイツ・カンマー・フィルが演奏した同じくベートーヴェンの序曲集(一部省略)<Virgin>を断続的に聴く。


 16時近くなってから外出し、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、大垣書店四条店で仕事関係の調べものをしたついでに新潮社のPR誌『波』の4月号を入手し、夕飯用の買い物をすませて、17時過ぎに帰宅した。
 腰の痛みは続いているが、歩かないわけにはいかないからね。


 帰宅後、企画関係の作業を進めたり、『いとま申して』を読み進めたり、『能登愚将記』の手直しを進めたりしながら、クリ―ヴランド・カルテットが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第13番&大フーガ<TELARC>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『いとま申して』を読み進める。


 フォルテピアノの小島芳子が弾いたベートーヴェンのクラヴィーア作品集<DENON>を聴く。
 結局今日は、ベートーヴェンづくしの一日となった。


 今日も、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み31円だったもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嘘つきの日に

 どちらかと言えば、自分はほら吹きの部類に入るんじゃないかと常日頃から思っているが、ほらを吹くのと嘘をつくのはやはり似ているようで非なるものだ。

 正直、嘘をつくのは得意じゃない。
 特に、自分自身に嘘をつくのは苦手である。

 今日から四月、ということで、すんなり気持ちを切り換えていこうと思ったが、腹立たしさ、怒り、憤りといった負の感情は早々簡単になくなってくれるものではない。

 それでも、結局は馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿、低劣で卑しい人間を支えるものこそもっとも低劣で卑しい人間という言葉を胸に刻みつけながら、新年度を生き抜いていきたいとは思う。

 それにしても、心苦しいとか申し訳ないという言葉を軽々に使う人間ほど信用のならない人間もいない。
 自分の痛みについては大仰に泣き叫ぶくせに、他人の痛みに鈍感な人間ほど困った存在もない。
 そんな人間、口先だけの人間にはなりたくないものだ。


 嘘つきの日に、あえて本心を語ってみた次第。
posted by figarok492na at 15:20| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする