2011年03月31日

三月末日(CLACLA日記)

 今日で三月も終わり。
 東日本大震災にクラシカルオーケストラ京都(COK)と、ばたばたしているうちに一ヶ月が過ぎ去ってしまった。
 そして、明日からは新年度。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 夕刊のテレビ欄など目にすると、まるで何事も通常モードに戻ったかのような雰囲気が醸し出されているが、実際には、大震災の被災地(被災者の方々)や福島第一原発の状況は依然厳しいものである。
 自分自身に為せることを、しっかり為していきたいと強く思う。


 今日は、10時台と夕方の二度、買い物に出かけたほか、正午過ぎにも外出し、下京図書館まで足を運ぶ。
(腰の痛みは厳しいのだが、どうしても今日までに行っておかなければならなかったので)
 で、松本健一の『昭和に死す』<新潮社>と福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を返却し、予約しておいた北村薫の『いとま申して』<文藝春秋>と高平哲郎の『今夜は最高な日々』<新潮社>を新たに借りる。


 企画関係や仕事関係の作業を進めたほか、昔なじみからもらった増村保造監督の『黒の超特急』(1964年、大映東京)のDVDを観る。
 梶山季之原作による、おなじみ「黒シリーズ」中の一本で、田宮二郎が主役をはっているが、個人的には中悪党を演じた加東大介の存在感が強く印象に残った。
 そして、田宮二郎の夫人となる藤由紀子の美しさ!


 小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラが演奏したブラームスの交響曲第4番&ハンガリー舞曲第5番&第6番<PHILIPS>を聴く。


 夕飯後、企画関係や仕事関係の作業を進め、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みをする。


 ベルリン・フィル8重奏団が演奏したブラームスの弦楽5重奏曲第1番&第2番<PHILIPS>を聴く。
 大好きな第1番の第1楽章は、繰り返し聴いた。


 今日は、アーノッツのスティッコフィンガーズ・ストロベリースムージーを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み31円だったもの。
 ストロベリースムージーをシガレット状に巻いたウエハースで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日が本当にいい日でありますように!
 そして、四月が本当にいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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いらいら対策の本を破って捨てた(CLACLA日記)

 クラシカルオーケストラ京都(COK)が無事終了して一段落着いた昨夜、体調が芳しくないこともあってちょっといらいらしかかっているなあと思い、以前ある人から送ってもらってほったらかしにしたままだった、いらいら対策の文庫本や新書をぺらぺら捲り始める。
 が、ある人自身に対する怒りではなかったが、ある人に関係したあれこれへの強い怒りが突発的に湧き起こり、気がつけば文庫本新書三冊をぐしゃぐしゃに丸め破り、ぼろぼろの状態にしてしまっていた。
 本に対して失礼どうこうはここではひとまず置く。
 もしある人がその本の代金を弁償しろというのならすぐにでも弁償しないではない。
 だが、この間の経緯を考えれば、僕にはその人に弁償してもらってよい貸しがあるとも思わないでもない。
 むろん、僕はその人に弁償しろなどとは毛頭思っていない。
 けれど、本の代金を弁償しろというのであれば話は別だ。
 そのことをわかった上で、なお本の代金を弁償しろと言うのか?
 言えるものなら言ってみろ、と思う。

 なお、なぜ、この本をほったらかしにしたままだったかというと、ある人がこちらのいらいらの原因をつくったくせに、こういったいらいら対策の本を送ってきたものだから呆れかえって読む気になれなかったのだ。
 そういえば、このある人は、別のトラブル(こちらとのトラブルではない)の際にも参考に二冊ほど本を送ってきたが、そのうちの一冊は幸福の科学が出版した本だったっけ(ある人は信者に非ず)。
 そういうことを思い出すと、ある人にではなく、諸々の事象にますます怒りがこみ上げてくる。

 それと、たとえ状況が状況であったとしても、世の中許されることと許されないことがあるということを付け加えておく。

 そうそう、長らくこのブログをご愛読いただいている賢明な読者の皆さん(特に中瀬宏之と身近な)は、このある人が誰かということをすぐにご推察されるかもしれない。
 だが、今のところはそのある人の実名をさらすことは控えておくことにしたい。
(今後の事態の推移によって、納得のいかないことが発生すれば実名等、全て明らかにするつもりです)
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2011年03月30日

腰を痛めてしまった(CLACLA日記)

 他人から与えられた言葉が、つくづく身に浸みる今日この頃。


 相当注意をしていたつもりだったが、元立誠小学校の講堂内の寒さ(クラシカルオーケストラ京都の公開ワークショップ、並びに成果発表コンサートにご来場いただいたお客様方には本当にご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます)もあってだろう、腰の痛みがいつもよりひどくなる。
 前回ほど激しい痛みではないが、やはり痛むことに違いはない。
 自分自身の責任だとはいえ、どうにもこうにも。
 正直、医療費がかさむのも痛い。


 今日は、お昼少し前と夕方の二回の買い物以外は外出せず、クラシカルオーケストラ京都(COK)の残務整理を行う。
 次回は、一人の「お客様」としてCOKに接してみるのも悪くないのではないか。

 途中、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>を拾い読みする。


 ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルが演奏したハイドンの交響曲第96番「奇跡」&第101番「時計」<DECCA>、マティアス・バーメルト指揮ロンドン・フィルが演奏したパリーの交響曲第5番他<CHANDOS>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『大平正芳』の拾い読みをする。


 ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団が演奏したワーグナーの序曲・前奏曲集<TELDEC>、ドーマスが演奏したブラームスのピアノ4重奏曲第1番<Virgin>を続けて聴く。


 今日は、甘いものは食さず。


 世の中、またぞろ好き勝手なことを口にしている馬鹿者がいるが。
 馬鹿者を支える人間こそ一番の馬鹿者なのだ。
 自省あるのみ。


 明日が本当によい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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COK最終日(深夜のCLACLA)

 今日は、クラシカルオーケストラ京都(COK)最終日。
 正午過ぎに外出し、13時少し前に元立誠小学校へ到着し、事務作業を行う。

 で、19時から本多優之さんの指揮とお話でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番(高崎真央さん独奏)による成果発表コンサートを開催する。
 まずはご来場いただいた30名のお客様方に心より感謝いたしますとともに、元立誠小学校の使用に関してご尽力いただいた杉山準さんや運営委員会の皆様、町内会の皆様、その他この間ご支援ご協力いただいた皆様に心より感謝をいたします。

 撤収を終え、解散後、本多さんや運営メンバーとともに簡単な打ち上げを行い、23時半頃帰宅する。

 その後、COKの連絡作業を行う。

 以上、3月29日の日記。


 今日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月29日

COK二日目・公開ワークショップ(深夜のCLACLA)

 晴天。

 日中は気温も上昇したが、夕方以降はまたぞろ冷え込みが厳しくなる。


 今日は、クラシカルオーケストラ京都(COK)の二日目。
 セミナーや練習形式の講座ののち、18時半からモーツァルトの交響曲第40番をテーマとした公開ワークショップを開催する。

 で、身内が記すのもおかしな話ではあるが、本多さんによるレクチャーは、指揮とおしゃべりともに非常に興味深く面白いもので、ご来場いただいた何人かのお客様からもありがたい言葉もいただけた。
 また受講生の皆さんも、二日という限られた時間と厳しい条件の中、本多さんの指導に応えた熱演となっていたとも思う。
 ただ、自分自身を含めた事務方の対応には大きな問題や課題があったと深く反省する。
 明日は最終日。
 そして、成果発表を兼ねたコンサートが開催される日でもある。
 まずはお客様、そして受講生の皆さんにとって少しでも納得していただける内容となるよう努力したい。

 解散後、COKの公開ワークショップに足を運んでくれた昔なじみと寺町のサイゼリアに移動し、今夜のワークショップや映画関係の企画について話をし、23時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、COK関係の作業を行う。


 外出前、COK関係の作業を行ったほか、福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を読了する。


 今日は、COKの休憩時に、差し入れのお菓子を食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 以上、3月28日の日記。


 今日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月27日

COKの初日が無事終わった(CLACLA日記)

 今日はお昼過ぎに外出し、木屋町通の元立誠小学校へ。
 で、13時半過ぎから設営等準備を行い、15時より古典奏法によるオーケストラ・ワークショップ、クラシカルオーケストラ京都(COK)を開始する。
 講師で指揮者の本多優之さんが東日本大震災に被災されるなど、様々な困難はあったが、こうやってなんとか初日を迎えられたことにほっとするとともに、残る二日間も、さらに充実した内容となるよう努めたいと思う。

 20時半に解散し、21時半頃帰宅する。

 帰宅後、COK関係の作業を行う。


 外出前、毎週恒例の洗濯をすませ、COK関係の連絡作業を行い、福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を読み進める。


 今日は、COKの休み時間、差し入れのドーナツを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月26日

COKの最後の打ち合わせを行った(CLACLA日記)

 今日は、お昼過ぎに外出し企画関係の予定を一つ片づけたのち、指揮者の本多優之さん、大阪音大生でクラシカル・オーケストラ京都(COK)の代表・発起人の川畑隆君と、COKの最終的な打ち合わせを行う。
 東日本大震災の影響から前期日程が中止となるなど、紆余曲折のあった企画だが、まずはこうやって開催できることをよしとしたい。
 そして、少しでも充実した内容となるよう、最後まで努力しなければと強く思う。


 打ち合わせ終了後、本多さんとともにCOKの会場である木屋町通の元立誠小学校を訪ねる。
 ちょうど寄席が終わったところで、建物が開いており、少しだけ講堂などをのぞかせてもらう。


 その後、本多さんと別れ、別件の予定をいくつか片づけたのち、18時過ぎに帰宅した。


 今日は、雪がちらつくなど、寒さが厳しい一日となった。
 どうしても、被災地の方々のことを想ってしまう。


 外出前にCOK関係の作業を進めたほか、少しだけ福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を読み進める。


 グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」〜第10番<SONY/BMG>を聴く。


 夕飯後、COK関係の作業を進め、『能登愚将記』の手直しを少しだけ進める。
 ほかに、『渥美清の肘突き』を少しだけ読み進める。


 今日も、甘いものは食さず。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月25日

COKの作業を行った一日(CLACLA日記)

 東日本大震災で亡くなられた方が、1万人を超えてしまった。
 全ての犠牲者の方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。
(朝日新聞夕刊によると、安否不明の方も1万9743人にのぼるという。ああ)


 政府が、福島第一原発から半径30キロ圏内の住民の方々に対し、自主的な避難を要請したという。
 なぜ、すぐに避難指示を出さないのだろうか?
 どうしても疑問に思ってしまう。


 値上げ、増税、サマータイム…。
 それらが本当に必要なもの、絶対に不可欠なものであるのであれば、当然そうせざるをえまい。
 だが、果たして本当にそうか。
 どうにも、火事場泥棒が横行しているような気がして仕方がない。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、明後日27日から29日まで開催予定のオーケストラ・ワークショップ、クラシカル・オーケストラ京都(COK)の連絡作業を集中して行う。

 あと、『能登愚将記』の手直しを少しだけ進めたほか、松本健一の『昭和に死す』<新潮社>を読了し、福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を読み始める。


 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトの交響曲第40番&第41番「ジュピター」<前者はPHILIPS、後者はドイツ・ハルモニアムンディ>、スヴェトラ・プロティッチが弾いた同じくモーツァルトのピアノ作品集<キング>を断続的に聴く。


 夕飯後、企画関係や仕事関係の作業を進める。


 今日も、甘いものは食さず。


 お昼過ぎ、友人からある無粋な話を聴かされる。
 短絡的な思考ですぐに腹を立て、錯乱するような、余裕のない態度だけはとりたくないものだ。
 馬鹿は死ぬまで治らない、と改めて痛感させられた次第。
 全くもって度し難い話である。


 3月ももうすぐ終わるというのに、寒い日が続いている。
 被災地の方々のことを想う。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月24日

帽子を失くしてしまった…(CLACLA日記)

 大震災の被災者の方々が気になる一方、やはりどうしても福島第一原発の状況も気になってしまう。
 三人の作業員の方(「協力会社」という表現にも、なんとも言えない気分になった)が被曝したと今日は報じられているし。

 そういえば、後述図書館の行きがけに立ち読みした週刊文春の小林信彦の連載エッセイでも、今回の大震災のこととともに、福島第一原発への危惧の念、政府や東京電力への不信感も記されていたんだった。


 プロ野球セリーグが、ようやくパリーグと同じ4月12日への開幕延期を決めた。
 なんとも見苦しいかぎりだ。


 今日は、夕方の買い物のほか、お昼過ぎにも外出し、下京図書館へ行く。
 で、松本健一の『評伝斎藤隆夫』<東洋経済新報社>、榎本泰子の『上海オーケストラ物語』<春秋社>、岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<音楽之友社>を返却し、予約しておいた松本健一の『昭和に死す』<新潮社>と福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波新書>を新たに借りる。

 図書館からの帰りがけ、愛用の帽子を失くしてしまう。
 ちょっとむしてきたからと手に持って歩いているうちに、どこかで落としてしまったらしいのだ。
 相当ぼろがきていたとはいえ、やはりどうにも悔しい。

 外出前外出後ともに、クラシカル・オーケストラ京都(COK)など企画関係や、仕事関係の作業を進め、『能登愚将記』の手直しを少しだけ行う。

 ほかに、図書館からの帰宅後、早速『昭和に死す』を読み始める。
 映画監督森崎東の兄で、満洲に学び、敗戦の翌日割腹自決を遂げた海軍少尉候補生森崎湊と、小澤征爾の父で、満洲の協和運動の指導者の一人だった小澤開作の人生について考察した二つの文章をまとめた一冊である。


 スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>を、時間を置いて二度聴く。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、『昭和に死す』を読み進めたほか、『能登愚将記』の手直しを少しだけ行う。


 ケヴィン・マロン指揮トロント室内管弦楽団が演奏したピフルの交響曲集<NAXOS>を聴く。
 作品、演奏、録音、全ての面でしっくりとくる一枚だ。


 秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大被告に対し、東京地裁が死刑の判決を下した。
(無差別、という言葉にどうしてもひっかかってしまうのだよね。誰でもよかった、といって狙われるのは一体誰か? むろん、だからといって、嵐を呼ぶ都知事やナベツネが狙われるべきだとは毛頭思わないけれど…)


 アメリカの俳優、エリザベス・テーラーが亡くなった(79歳)。
 エリザベス・テーラーというと、その数多い出演作品よりも、どうしても合計8回の結婚をはじめとしたプライベートなあれこれをまず思い出してしまう。
(まだ79歳だったのか。もっと年が上だと思っていた)
 深く、深く、深く黙祷。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月23日

『王道楽土の交響楽』を読了した(CLACLA日記)

 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、部屋でクラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係の作業や連絡作業、仕事関係の作業を進める。

 途中、『能登愚将記』の手直しを少しだけ行ったりもした。


 岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<音楽之友社>を読了する。
 時代の大きなうねりに翻弄される音楽家たちの姿と、それでもなお脈々と受け継がれる音楽の強い力がよく表わされた一冊だと思う。
 個人的には、ハルビン・新京という二つの都市のオーケストラと満洲の軍部・特務機関などとの関係が非常に興味深かった。
(日本におけるクラシック音楽の政治的・軍事的利用に関しては、一度じっくり調べ直してみたい)


 スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>を、時間を置いて二度聴く。
 くせが少ない分、何度聴いても聴き飽きない演奏だ。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、『能登愚将記』の手直しを行う。
 ほかに、小林信彦の『昭和が遠くなって』<文春文庫>の拾い読みもする。

 クラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバーオーケストラが演奏したシューマンのチェロ協奏曲(ナタリー・グートマン独奏)&ブラームスのセレナード第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。


 今日は、アーノッツのスティックフィンガーズ・バニラを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み31円だったもの。
 バニラクリームをウエハースでシガレット状に包んだお菓子で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 福島県産の野菜の摂取制限や出荷制限を、菅首相が指示したとのこと。
 食品衛生法の暫定規制値を超える放射性物質が検出されたためと、朝日新聞夕刊では報じられている。
 いずれにしても、福島第一原発の今後の展開が本当に心配だ。


 石原慎太郎が、またもとんちんかんなことを口にしたらしい。
 つくづくどうしようもない人間だと思う。
(と、言って東国原某に都知事になってもらいたいとも思わないが)


 今日はけっこう寒さが厳しかったが、それでもくしゃみを連発したり鼻水が出たりするなど、花粉症の出が激しかった。
 やれやれ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月22日

『能登愚将記』を読み直す(CLACLA日記)

 今日は、夕方の買い物のほか、お昼過ぎに外出し、烏丸近辺で仕事関係の用件を片づける。

 それ以外は、部屋でクラシカル・オーケストラ京都(COK)など企画関係の作業や連絡作業、仕事関係の資料づくりを集中して行う。


 ほかに、ずいぶん前に書いた『能登愚将記』という短文を見つけ、読み直す。
 戦国時代の能登国守護畠山義隆について、五条西雅實という架空の貧乏公卿を絡めながら記した作品だが、いろいろと考えることもあり、大幅に書き改めてみようかと思う。


 岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<音楽之友社>を読み進める。
 ハルビンに加え、新京のオーケストラについても詳しく触れられていて、非常に興味深い一冊だ。
 当然、これらのオーケストラが満洲国(と、いうことは日本の特務機関など)の戦略政略に利用されていたということも忘れてはならない点だろう。


 スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>を三度繰り返し聴く。
 あと、カナダのANALEKTAレーベルのサイトで、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の一部(第1楽章と第4楽章)を試聴する。
(バレエ音楽『プロメテウスの創造物』の一部もカップリングされたこのCDは、世界的にSONY/BMGレーベルからリリースされる予定だが、もともとはANALEKTAレーベルの企画のようだ。なお、同じナガノ&モントリオール響のマーラーの『大地の歌』等も同じ形でリリースされている)


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、『王道楽土の交響楽』を読み進める。


 今日も、甘いものは食さず。


 石原慎太郎が海江田経済産業相を厳しく責めているというが。
 今回の大震災を天罰だなどと発言した、自らこそ我欲の塊のような人間が何をぬかすかとついつい思ってしまう。
 恥知らずの極みである。
(と、言って、海江田経済産業相を庇うつもりは毛頭ないが)


 夜になっても、花粉症の症状が治まらず。
 部屋の中でも、マスクをせざるをえない。
(マスクをすれば、だいぶんしのげるので)


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月21日

上海の次はハルビン(CLACLA日記)

 大震災から少しずつ時間が経っていくが、被災者の方々の置かれた状況は厳しいままだし(時間が経った分厳しさを増す場合も少なくないだろう)、福島第一原発の状況も大きく好転しているわけではない。
 ただ祈るばかりではなく、しかし一時の感情のみに動かされることでもなく、自分自身が為せることをなんとか為していきたい。


 今日は、夕方の買い物以外外出せず、クラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係の作業や連絡作業、仕事関係の書類づくりなどを集中して行う。


 途中、榎本泰子の『上海オーケストラ物語』<春秋社>を読み進める。


 スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>を三度繰り返して聴く。
 例えば、ファジル・サイやアンドレアス・シュタイアーらのような刺激には欠けるものの、その分全く耳もたれのしない演奏ではないか。
 個人的には、なかなか聴き心地のよいCDだと思う。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を行い、『上海オーケストラ物語』を読了する。

 続けて、岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<音楽之友社>を読み始める。
 「満洲 −知られざる音楽史」と副題にもある通り、満洲のオーケストラ・ハルビン交響楽団の歴史を追った一冊である。
(日本の洋楽受容史、特に日本のオーケストラ史を考える際、ヨーゼフ・ケーニヒやニコライ・シフェルブラット、エマヌエル・メッテルといった人々との関係もあって、ハルビンのオーケストラの存在については看過することができないだろう)

 京都市図書館のインターネットサービスで、松本健一の『昭和に死す』<新潮社>と福田陽一郎の『渥美清の肘突き』<岩波書店>を予約しておく。

 スヴェトラ・プロティッチのモーツァルトのピアノ作品集を繰り返し聴く。


 今日は、甘いものは食さず。


 今大切なことの一つは、記憶すること、忘れないことだと僕は強く思う。
 そのことが、一年経ち二年経ちしたとき、大きな意味を持つはずだから。


 アメリカ軍がリビアのカダフィ政権に対する攻撃を進めているという。
 すでに日本政府も、今回の米英仏などによる軍事介入の支持を決めたが、果たしてこの軍事介入は本当にリビアの安定をもたらすのだろうか。
 たとえカダフィ大佐がイラクのフセイン大統領のように殺されたとしてもだ。


 明日が本当にいい日でありますように!
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2011年03月20日

仕事関係の予定をこなした(CLACLA日記)

 今日は朝早めに起きて、クラシカル・オーケストラ京都(COK)などの企画関係や仕事関係の作業を進めたり、毎週恒例の洗濯をすませたりする。
(雨降りになるのはわかっていたが、どうしても早めにすませておきたかったのだ)

 ほかに、仕事関係の資料として、松本健一の『評伝斎藤隆夫』<東洋経済新報社>を読み進める。
 いわゆる非常時だからこそ、理を尽くし、健全な批判精神を保ち続けることの大切さを痛感する。

 グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」〜第10番<SONY/BMG>を聴く。


 資料等を準備したのち、お昼過ぎに外出して河原町へ。

 で、仕事関係の用件を片づける。
 予想していた以上に長く時間がかかった。

 その後、タワーレコードやジュンク堂、Avis、JEUGIA三条本店(『ぶらあぼ』4月号を入手する)に寄り、京都芸術センターで別の用件を片づけ、18時過ぎに帰宅する。


 帰宅後、スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集(ソナタ第15番、第8番、第11番「トルコ行進曲つき」にきらきら星変奏曲など)<キング>を聴く。
 そういえば、20年以上も前になるが、関西フィルの定期演奏会でスヴェトラ・プロティッチが独奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(指揮は黒岩英臣)を聴いたことがあったんだ。
 たしか、線の崩れが少ない、明晰な演奏だったように記憶している。


 夕飯後、仕事関係の作業を進め、『評伝斎藤隆夫』を読了する。

>権力はその存立・継続に自信をもっているときには、国民をしめつけたりはしない。
 反対者も余裕をもって許容する。
 そのことによって、権力の基盤はますます強固になる。
 しかし、その権力の基盤に自信がゆらいでくると、反対者の弾圧にのりだすようになるのである<
(『評伝斎藤隆夫』、第五章「孤立するパトリオット」より)

 続けて、榎本泰子の『上海オーケストラ物語』<春秋社>を読み始める。
 現在も中国を代表するオーケストラの一つとして活動する上海交響楽団の歴史について、その生成期まで遡って克明に記した一冊である。

 そういえば、20年以上も前になるが、ザ・シンフォニーホールで上海交響楽団の来日公演を聴いたことがあったんだ。
 指揮は福村芳一で、ラフマニノフの交響曲第2番がメイン。
 アンコールは、たしかバーンスタインの『キャンディード』序曲じゃなかったっけ。


 スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集を再び聴く。


 今日は、明治のクランチビスケット・チョコレートを食す。
 寺町三条のドラッグストア、ダイコクで税込み46円だったもの。
 甘さ控えめのクランチビスケット入りチョコレートで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 欧米(フランス、イギリス、アメリカ)政府が、リビアのカダフィ政権への攻撃(空爆)を決定した。
 なんとも言えない気分である。


 その思想信条はひとまず置くとして、僕は斎藤隆夫に多くを学びたいと強く思う。
 底の浅い自大主義、英雄主義に陥ることなく。


 夜になっても、雨が降っている。
 明日も雨のようだ。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月19日

『評伝斎藤隆夫』を読み始めた(CLACLA日記)

 菅内閣・民主党が野党(谷垣自民党総裁)に入閣を要請したという。
 東日本(東北関東)大震災を受けての緊急処置というのがその大義名分だが、今のところ、谷垣氏のほうは要請を断っているとも伝えられている。
(この間の経緯を考えれば、それも当然だろう。ただ、例えば福島第一原発に対する警告を無視してきたのは、かつての自民党政権であったことも忘れてはならないと思う)
 現在の困難な状況を本当になんとかしたいというのなら、挙国一致をはなから否定するつもりはない。
 ただ、それだったら、無理を承知で共産党にも入閣を要請してみてはどうかとも思ったりする。


 知人から、大震災の被災者の方々に何か支援ができないかと相談を受ける。
 その件で、いくつか連絡作業を行う。


 イギリス政府に続いて、アメリカ政府もリビアのカダフィ政権側への攻撃に参加するようだ。
 いろいろと考えることあり。


 今日は、クラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係や仕事関係の作業を進めたほか、お昼過ぎに外出し、下京図書館まで足を運ぶ。
 で、若竹七海の『プラス マイナス ゼロ』<JIVE>、平林直哉の『盤鬼、クラシック100盤勝負!』<青弓社>、許光俊の『邪悪な文学誌』と『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』<同>、松本健一の『明治天皇という人』<毎日新聞社>を返却し、予約しておいた松本健一の『評伝斎藤隆夫』<東洋経済新報社>、榎本泰子の『上海オーケストラ物語』<春秋社>、岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<音楽之友社>を新たに借りる。

 帰宅後、早速『評伝斎藤隆夫』を読み始める。
 日本憲政史上にその名を残す政治家斎藤隆夫の人生を追い、その思想的背景について考察した一冊。
 仕事関係の資料である。


 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏したシベリウスの交響曲第6番&第7番と交響詩『タピオラ』、交響曲第4番&第5番と交響詩『トゥオネラの白鳥』<ドイツ・グラモフォン>、ヨエル・レヴィ指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏した同じくシベリウスの交響曲第2番と交響詩『フィンランディア』<TELARC>、ニコラウス・アーノンクール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したブルックナーの交響曲第3番<TELDEC>、ピアノのアナトール・ウゴルスキとピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団他が演奏したスクリャービンの交響曲第4番「法悦の詩」&第5番「プロメテウス」とピアノ協奏曲<ドイツ・グラモフォン>を断続的に聴く。

 余談だが、カラヤンのシベリウスは、ドイツ・グラモフォン・レーベルの「オリジナルス」というシリーズ中の一枚(2枚組)なのだけれど、LP時代の交響曲のカップリングに交響詩が加えられているし、ブックレットの表紙もオリジナルのLPの写真が斜めになっているし、ちっともオリジナルじゃない。
 正直、オリジナルを称するなら、LP時代と同一のカップリング、そしてブックレットの評しもLP時代のままにしてもらいたいというのが、僕の強い考えである。
(なぜなら、廉価盤は別として、初出時のLPのカップリングはプロデューサーなり演奏家なりがいろいろと考えてそう決めたものだろうと考えるからだ)
 その点、SONY/BGMのオリジナルス・シリーズは、ブックレットの表紙が斜めになったり、端っこで小さくなってない分、個人的には納得がいく。
 CDによっては、余計な曲が加えられているので残念だが。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、『評伝斎藤隆夫』を読み進める。


 山田一雄指揮新星日本交響楽団が演奏したチャイコフスキーの交響曲第5番<Fontec>を聴く。


 今日も、甘いものは食さず。


 今必要とされることは、着実に自らの為すべきことを為していくことだと思う。
 大言壮語の徒、忌むべし。
 自省あるのみ。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月18日

大震災から一週間が経った(CLACLA日記)

 東北関東(東日本)大震災から一週間が経った。
 全ての犠牲者の方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 被災地・被災者の方々のことや、福島原発のことが非常に気になる。

 自分自身の為せることをしっかり為していきたいと強く思う。


 プロ野球のセリーグが3月25日の開幕を決めたというが、どうせナベツネあたりの意向だろうとはいえ、やっぱり頭がどうかしているのではないか。
 愚も愚、下も下だ。


 俺は間違ったことは言っていないしはらしんたろう。
 誰にも文句は言わせんごくよしと。
 開幕延期はありえないわたなべつねお。
 無法の言葉で、卑しい仲間がぽぽぽぽーん!


 今日は、お昼過ぎに外出し、大垣書店四条店で仕事関係の調べものをしたほか、京都芸術センターでいくつか用件をかたづける。

 外出前帰宅後は、クラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係や仕事関係の作業・連絡作業を行う。


 許光俊の『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』<青弓社>を読了する。
 そういえば、ちょっと前にびわ湖ホールでペーター・コンヴィチュニーのワークショップをやっていたことを思い出した。
 今さらながら、参加しておくべきだったと思う。


 ソプラノのルチア・ポップとガリ・ベルティーニ指揮ケルンWDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>、マルク・ミンコフスキ指揮ル・コンセール・デ・テュイルリー他が演奏したロッシーニの歌劇『幸運な錯覚』全曲<ERATO>、クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏した同じくロッシーニの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を断続的に聴く。


 夕飯後、企画関係と仕事関係の作業を進め、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>の拾い読みをする。


 シャーンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・デス・モーツァルテゥムス・ザルツブルクが演奏したモーツァルトのカッサシオン第1番&第2番とアダージョとフーガ、ディヴェルティメント集<ともにCAPRICCIO>を続けて聴く。


 今日も、甘いものは食さず。


 馬鹿は死ななきゃなおらない、というが、馬鹿は死ぬまでなおらない、と痛感させられるような出来事がある。
 自省あるのみ。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月17日

いくら大震災だからといって何もかもが許されると思ったら大間違いだ(CLACLA日記)

 厳しい寒さが続く。
 今日も雪が降る。
 被災地の方々の置かれた状況を、どうしても思わざるをえない。


 今日も、クラシカル・オーケストラ京都(COK)など企画関係の作業・連絡作業、仕事関係の文章の執筆を進める。


 仕事関係の資料でもある、松本健一の『明治天皇という人』<毎日新聞社>を読み進め、読了する。
 明治天皇の人物像を中心に置いた思考の積み重ねとでもいうべき内容だった。

 続けて、許光俊の『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』<青弓社>を読み始める。
 ドイツ・オペラ界の鬼才(演出家)ペーター・コンヴィチュニーの演出作品について、許光俊が説き明かした一冊だ。


 京都市図書館のインターネットサービスで、榎本泰子の『上海オーケストラ物語』<春秋社>、岩野裕一の『王道楽土の交響楽』<岩波書店>、松本健一の『評伝斎藤隆夫』<東洋経済新報社>を予約しておく。


 ソプラノのルチア・ポップとガリ・ベルティーニ指揮ケルンWDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>、バリトンのボー・スコウフスがヘルムート・ドイチュのピアノ伴奏で歌ったシューベルトの歌曲集『白鳥の歌』<SONY>、クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団他が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第2番<TELDEC>、グレン・グールドが弾いたバッハのインヴェンションとシンフォニア<SONY/BMG>を断続的に聴く。


 夕飯後、企画関係や仕事関係の作業を進め、『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』を読み進める。


 ブルーノ・ヴァイル指揮カペラ・コロニエンシス他が演奏したウェーバーの歌芝居『アブ・ハッサン』&交響曲第1番<ドイツ・ハルモニアムンディ>を聴く。
 『アブ・ハッサン』は、筋書き、音楽ともに、モーツァルトの影響が色濃い作品だ。
 一方、交響曲は、ウェーバーの劇場感覚がよく表わされた作品だが、その分、少々やかましさを感じることも事実である。


 今日も、甘いものは食さず。


 指揮者のヤーコフ・クライツベルクが亡くなった(51歳)。
 深く、深く黙祷。
 なお、クライツベルクは同じく指揮者のセミョン・ビシュコフの弟にあたる。


 仙谷由人が内閣官房副長官に就任したという。
 正直、いくら大震災だからといって何もかもが許されると思ったら大間違いだ。
 本当に度し難い。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月16日

本当にやりたいことは、借金してでもやれ(CLACLA日記)

 厳しい寒さが戻る。
 降る雪に、被災地の方々のことを思う。

 福島原発の状況についても非常に気になる。
 今後、どのように事態が推移していくのか。


 今日も、朝早めに起きてクラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係の作業・連絡作業を行い、依頼されている仕事関係の文章を執筆する。

 COKとは別件の企画に関し、ある方に連絡をとった際、
「(大震災のボランティア活動やったら話は別やけど)本当に自分がやりたいことなんやったら、借金してでもやれ。そこまでの覚悟がないんやったら、そんなん止めとけと思う」
と言われる。
「借金せんでもええくらいに人を惹き付ける力があるんやったらええけど、それがない人間なんやったら、自分で泥をかぶる覚悟がないと」
とも。
 その方には、こちらが紹介した企画へのご協力を快諾してただけたが、改めていろいろと考えさせられる言葉だ。


 仕事関係の資料として、松本健一の『明治天皇という人』<毎日新聞社>を読み進め、ほかに許光俊の『邪悪な文学誌』<青弓社>も読み進める。


 クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックが演奏したモーツァルトの『イドメネオ』のバレエ音楽&セレナード第9番「ポストホルン」他<オワゾリール>、モッツァフィアートが演奏したベートーヴェンの管楽アンサンブルのための作品集<SONY>を断続的に聴く。
 こうやって音楽を聴くことができることの重みを、いつも以上に感じつつ。


 夕飯後、COKなど企画関係の作業や仕事関係の作業を進め、『明治天皇という人』を読み進める。
 ほかに、『邪悪な文学誌』を読了する。


 チェロのアンナー・ビルスマ他が演奏した『チェロとプルシャ(プロイセン)王』<SONY>、マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチが弾いたブラームスのハイドンの主題による変奏曲、2台のピアノのためのソナタ、ワルツ集<TELDEC>を続けて聴く。


 今日も、甘いものは食さず。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月15日

仕事関係や企画関係、COKの作業を進める(CLACLA日記)

 東日本(東北関東)大震災で亡くなられた全ての方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。
 そして、被災地の少しでも早い復旧を心より祈願する。

 福島第一原発の状況が非常に気になる。
 近隣に住む方々のことも非常に気になる。
 そして、そこで作業をしている方々のことも非常に気になる。

 長野や新潟の地震の被害についても、非常に気になる。


 石原慎太郎の「我欲」「天罰」発言は、もしかして特定の地域(さらには特定の個人)を狙ったものではなかったのか。
 もし本当にそうだとしたら、一層度し難いと強く思う。


 昨夜、実家から電話があり、母と25分ほど話しをする。
 大震災のことなど。


 花粉症がひどし。
 特に、目の周りの痒みに苦しむ。


 今日は、朝早めに起きて仕事関係の用事をいくつか片づけ、後期日程(3月27日〜29日)の開催が決まったクラシカル・オーケストラ京都(COK)に関する連絡作業等を行う。

 為せることを為す。
 為すべきことを為す。


 途中、依頼された仕事関係の資料として、松本健一の『明治天皇という人』<毎日新聞社>を読み始めたほか、許光俊の『邪悪な文学誌』<青弓社>を読み進める。


 チェロのアンナー・ビルスマ他が演奏した『チェロとプルシャ(プロイセン)王』<SONY>、マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチが弾いたブラームスのハイドンの主題による変奏曲、2台のピアノのためのソナタ、ワルツ集<TELDEC>、ソプラノのルチア・ポップとガリー・ベルティーニ指揮ケルンWDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>を断続的に聴く。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、『邪悪な文学誌』と『明治天皇という人』を読み進める。


 ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第88番〜第90番<SONY>を聴く。


 今日も、甘いものは食さず。


 私のブログは墓碑である。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月14日

クラシカル・オーケストラ京都の打ち合わせを行ったりした(CLACLA日記)

 今回の東北関東(東日本)大震災で亡くなられた方が1万人を超えると報じられている。
 全ての犠牲者の方々に深く、深く、深く、深く、深く黙祷を捧げるとともに、犠牲者の方がこれ以上増えないこと、そして被災地の少しでも早い復旧を心より祈願する。

 また、福島原発が最悪の結果とならないことも心より祈願する。


 石原慎太郎が今回の大震災を天罰である旨発言したらしい。
 まさかとは思うが、もしそれが本当だとするならば、まずもってお前自身に天罰が下れと思う。
 そういえば、松沢何某や東国原何某が嵐を呼ぶ都知事と陰でこそこそ何かをやらかしているらしい。
 恥知らずもよいところだ。


 急に気温が上昇したせいか、目の周りの痒みやくしゃみといった花粉症の症状が非常に激しく出る。
 これも生きている証なのだとは思うのだけれど、やはり辛い。


 今日は、朝早めに起きて、企画関係の作業を進め、平林直哉の『盤鬼、クラシック100盤勝負!』<青弓社>を読了したのち10時過ぎに外出し、元立誠小学校で杉山準さんとクラシカル・オーケストラ京都(COK)に関する打ち合わせなどを行う。
 講師で指揮者の本多優之さんが今回の大震災に被災された影響で、18日〜20日に予定されていた前期のワークショップを中止せざるをえなくなったためもあって。
 杉山さんに深くお詫びを申し上げるとともに、杉山さんがプロデューサーを務めるアトリエ劇研、並びにC.T.T.の募金活動に僅かながら協力させていただく。

 その後、この間COKなどでお世話になっている方に、上述したワークショップ中止のご挨拶にうかがったのだが、その際、
「中瀬君は人にいいように使われる、お人よしのお馬鹿さんだね、ははは」
という言葉を受ける。
 正直言いたいことは山ほどあるのだが、自分自身に厳しくなおかつ直言居士の方の忠告であり、なおかつ、傍から見れば今の自分はそういう風に見られているのだと改めて感じたこともあり、あえて反論しないことにした。

 それから大切な用件をすませ、Avisで中古CDを購入し(税込み452円)、京都芸術センターでいくつか雑件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をしたのち、17時過ぎに帰宅した。


 帰宅後、早速購入したばかりの、ソプラノのルチア・ポップとガリー・ベルティーニ指揮ケルンWDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>を聴く。
 録音の加減もあってだろうが、手持ちのクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル盤(同じくポップの独唱)、リカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団盤(バーバラ・ボニーの独唱)と比べると、線が太くてはっきりとしているというか、繊細さや耽美性には若干欠けるものの、その分明快でエネルギッシュな演奏に仕上がっていると思う。

 余談だが、1993年8月〜1994年3月のケルン滞在中、一度だけ特別演奏会でのベルティーニ&ケルンWDR響の実演に触れている。
 カプリッチョ・レーベルからCDが出ていたはずだが、チャイコフスキーの交響曲第5番をメインとしたプログラムで、ベルティーニのかっちりきっちりとして力感あふれる音楽づくりが強く印象に残っている。

 続けて、チェロのアンナー・ビルスマらが演奏した『チェロとプルシア(プロイセン)王』<SONY>を聴く。


 夕飯後、仕事関係や企画関係の作業を進め、若竹七海の『プラス マイナス ゼロ』<JIVE>を読了する。
 世界は(無意識の)悪意に満ちあふれているが、それでもなお、という若竹さんの真っ当な作品世界に、いつもの如く好感を抱く。

 続けて、許光俊の『邪悪な文学誌』<青弓社>を読み始める。


 マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチが弾いたブラームスのハイドンの主題による変奏曲、2台のピアノのためのソナタ、ワルツ集<TELDEC>と、ベルティーニ指揮のマーラーの交響曲第4番を続けて聴く。


 今日も、甘いものは食さず。


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 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月13日

つだちくの閉店を知った(CLACLA日記)

 今回の大地震のような自然災害、天変地異をもっけの幸いと、詐欺師ペテン師の類いが横行する。
 人の善意をもてあそぶ、本当に唾棄すべき連中だ。


 今日は、企画関係の連絡作業を進めたのち、12時過ぎに外出し、地下鉄で松ヶ崎まで出、人間座スタジオで努力クラブの旗揚げ公演『魂のようなラクダ、の背中に乗って』(合田団地君作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終演後、合田君や出演者で旗揚げメンバーでもある佐々木峻一君、出演者の前田愛美さん、照明の築地静香さん、そして同じ回を観に来ていた伊藤拓さんらと立ち話をする。

 その後、歩いて河原町今出川まで行き、つだちくで中古CDを2枚購入する。
 閉店50パーセントセールを行っていたこともあり。
(aikoの『あなたと握手』があればと思ったが、残念ありませんでした)
 それにしても、つだちくまでなくなってしまうのか。
 京都でクラシック音楽の中古CDを買うことができるお店がどんどんなくなってしまうなあ…。

 それから、市バスの3号系統で壬生寺道まで戻り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 移動中、平林直哉の『盤鬼、クラシック100盤勝負!』<青弓社>を読み進める。


 帰宅後、早速購入したばかりの、チェロのアンナー・ビルスマとケネス・スロウィック、フォルテピアノのスタンリー・ホッグランドが演奏した『チェロとプルシア(プロイセン)王』<SONY>を聴く。
 プロイセンの国王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世(世評は高くないが、チェロの愛好家としても知られる)と関係の深い、デュポールやベートーヴェン、ロンベルグ、ボッケリーニのチェロのための作品を集めたアルバムで、ピリオド楽器の素朴で繊細な音色が実に心地よい。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、若竹七海の『プラス マイナス ゼロ』<JIVE>を読み進める。
 『プラス マイナス ゼロ』は、若竹七海作品ではおなじみ神奈川県は葉崎市の葉崎山高校の女子高校生三人を主人公とした連作ミステリ。
 いつものことながら、ユーモラスな雰囲気とその隙間からこぼれ出る人間の悪意の様が実に面白い。
 ミステリとしての仕掛けも、なかなか見事だ。


 つだちくで購入したもう一枚、マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチが弾いたブラームスのハイドンの主題による変奏曲、2台のピアノのためのソナタ、ワルツ集<TELDEC>を聴く。
 ハイドンの主題による変奏曲はそれほどでもなかったが、ピアノ5重奏曲のひな型となった2台のピアノのためのソナタ、中でも第3、第4楽章のたがの外れっぷりが強く印象に残る。


 今日も、甘いものは食さず。


 明日が本当にいい日でありますように!
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努力クラブ旗揚げ公演『魂のようなラクダ、の背中に乗って』

 先日開催された京都学生演劇祭が端的に示しているように、京都の学生劇団や若手劇団の活動が最近さらに活発化しているように感じられる。
 そうした学生劇団や若手劇団で活動する演者陣の中で、僕が特に注目しているのが合田団地君と佐々木峻一君の二人だが、その合田君と佐々木君が中心となって旗揚げした努力クラブの旗揚げ公演『魂のようなラクダ、の背中に乗って』(合田団地君作・演出)を観に行って来た。
 で、万全とは言えないものの、努力クラブという集団が目指すところやその魅力がよく示された公演だったと僕は思う。

 例えば、安部公房や前田司郎、さらには寺山修司らからの影響についてはアフタートークで詳しく語られていたので省略するが、客席の僕=私(ただし、女性が演じる)の声と舞台との掛け合いで作品が進展していくという構成には、RPG(アフタートークで月面クロワッサンの作道雄君はアニメーション番組と指摘していた)を思い起こさせられるとともに、私小説的な散文性をも強く感じた。
(もう一つ言えば、そうした小説を脚色し直したFMシアターといった雰囲気も感じたのだが)
 残念ながらそれは、ときとして冗長さを生む原因となっていたように僕は思ったのだけれど(実際、約2時間という上演時間は、僕には長かった)、客席から発せられるト書き的要素を含んだ台詞自体は、描写という点でも、イメージを喚起させる力という点でも、今後の大きな変化を予感させる内容ともなっていたのではないだろうか。

 また、ある種グロテスクな笑いや集団発狂的な場面も随所に盛り込まれていたのだが、これは単に演劇的な仕掛けととらえるだけではなく、合田君の内面のあれこれ、透明で叙情的な側面とどろどろとして鬱積した狂的な側面の発露ともとらえるべきもののように、僕には強く感じられた。
 そして、こうした両面性がテキストの結構においても、演出的な方法においても、巧くバランスがとれたとき、一層面白く、心強く動かされる悲喜劇が生み出されるような気がする。

 演者陣は、個々の特性や魅力をよく発揮していた反面、どうしても技術的精神的粗さや拙さを感じてしまった部分も少なくなかった。
(叙情性に富んだ部分とグロテスクで狂的な部分とをきっちり演じ分ける「努力」が今以上に重ねられれば、合田君のテキストの核となるものが、もっと明確に表わされるはずだ)

 いずれにしても、6月に予定されている次回第2回公演を大いに愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

大地震を受けて、クラシカル・オーケストラ京都の会議を行った(CLACLA日記)

 今回の大地震で亡くなられた方が、1500人を超えると報じられている。
 犠牲となられた全ての方々に深く黙祷を捧げるとともに、これ以上犠牲となられる方が増えないこと、そして各地の復旧が少しでも早く進むことを心より祈る。


 大地震の影響によって、福島第一原発で爆発事故が発生したという。
 こちらの被害も非常に心配だ。


 クラシカル・オーケストラ京都の講師で指揮者の本多優之さんも、仙台に居住していて、今回の地震に被災された。
 昨日今日と、本多さんから無事の連絡がありひとまず安堵したものの、現在の交通機能の麻痺もあり、クラシカル・オーケストラ京都の日程や開催そのものに関し、その対応(連絡作業)を今日も続けた。


 途中、正森成二の『質問する人 逃げる人』<清風堂書店>を読了したのち下京図書館まで足を運び、『質問する人 逃げる人』、許光俊の『オレのクラシック』<青弓社>、小林恭二の『首の信長』<集英社>、中丸美絵の『オーケストラ、それは我なり』<文藝春秋>を返却し、予約しておいた若竹七海の『プラス マイナス ゼロ』<JIVE>、平林直哉の『盤鬼、クラシック100盤勝負!』<青弓社>、許光俊の『邪悪な文学誌』と『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』<同>、松本健一の『明治天皇という人』<毎日新聞社>を借りる。

 で、帰宅後、『プラス マイナス ゼロ』と『盤鬼』を読み始める。


 フリードリヒ・グルダがニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の伴奏で弾いたモーツァルトのピアノ協奏曲第26番「戴冠式」&第23番<TELDEC>、ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団他が演奏したドビュッシーの夜想曲、海、牧神の午後への前奏曲他<EMI>を断続的に聴く。


 少し遅めの夕飯後、クラシカル・オーケストラ京都の会議を行う。
 詳しくはいずれ明らかにするが、少なくとも15日の夜までには、ワークショップの開催等についてはっきりとした結論を出すつもりである。


 今日も、甘いものは食さず。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月11日

大地震が発生した(CLACLA日記)

 お昼過ぎ、ぐらりといやな揺れがして、これはどこかで大きな地震が起こったのではないかと心配してラジオをつけると、宮城や岩手、福島等東北地方を中心とする大規模な地震が発生したと報じられ始めた。
 加えて、首都圏でも交通機能がストップするなど、今回の地震の影響が大きくあらわれているという。
 すでに60人以上の方が亡くなったとも伝えられているが、できるかぎり犠牲者の数が増加しないことを祈るばかりだ。


 今日は、菅首相の在日外国人からの政治献金問題や石原慎太郎の都知事選出馬といった、どうにもこうにもと思ってしまうようなニュースが続いていたが、この大地震でしばらくどこかへ行ってしまうだろう。


 今日も、夕方の買い物以外は外出せずに、クラシカル・オーケストラ京都(COK)をはじめとした企画関係の作業を集中して行う。


 中学生や高校生の頃、僕は国会中継を観るのがとても大好きだった。
 そして、今から思えば素朴に過ぎるかもしれないが、不破哲三や上田耕一郎、正森成二といった日本共産党の議員連の舌鋒鋭く理路整然とした質問には、大いに昂奮したものだ。
 中でも、ハマコーこと浜田幸一委員長の「ミヤザワケンジ」「人を殺した」発言の際に質問に立っていた正森成二の追及ぶりは、今も強く印象に残っているほどである。

 その正森さんが遺した『質問する人 逃げる人』<清風堂書店>を読み始めた。
 はじめ正森さんの人柄をよく示す軽い文章が収められているが、この本の肝はなんと言っても、第二部の国会における正森さんの質問(記録)の数々ではないか。
 特に、ハマコーの暴言が飛び出した1988年2月の衆議院予算委員会での質問は、日本政府の米軍への思いやり予算の問題、その一方での生活保護切り捨ての問題、アメリカによる日本の金融支配の問題(それは、のちの郵政民営化を予感させる)、政治とカネの問題と、全て現在につながる問題が厳しく追及されており、思想信条はひとまず置くとしても、未だに一読の価値はあるのではないかと思う。

 それにしても、最近(小泉政権以降)の国会中継は、進んで観る(聴く)気が起こらないや。
 今、正森さんのような国会議員がいてくれたらなあ。


 リカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』&『プルチネッラ』<DECCA>、オルフェウス室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』全曲<ドイツ・グラモフォン>を続けて聴く。


 夕飯後、企画関係の作業を進める。


 地震情報が気になるものの、いったんラジオを消して、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したシベリウスの交響曲第4番&第7番他<RCA>を聴く。


 今日も、甘いものは食さず。
 代わりの何かも食さず。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

坂上二郎が亡くなった(CLACLA日記)

 萩本欽一とのコンビ、コント55号で一世を風靡した坂上二郎が亡くなった(76歳)。
 じろーさん(じろさん)の愛称で知られ、コント55号では欽ちゃんの不条理な攻撃に動揺する普通の人を見事に演じ切り、その後もコメディリリーフからシリアスな役柄まで、映画やテレビ・ドラマ(三船プロの一連の時代劇や『夜明けの刑事』等々)、バラエティ番組(『カックラキン大放送』等々)など幅広く活躍した。
 もともと歌手を目指して郷里鹿児島から上京したというだけに美声の持ち主で、その関係からかヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』に看守のフロッシュ(これ自体は台詞役だけど)として出演したこともあった。
(個人的には、『憧れのハワイ航路』を朗々と歌うじろさんの姿が懐かしい)
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

>萩本のアブノーマルなおかしさに興味を持っている私に向かって、ある老練な喜劇役者が言った。
「いいですか。私のキャリアから判断して、将来役者として立ってゆくのは坂上二郎ですよ。萩本という人はモロいです」<
(小林信彦『日本の喜劇人』<新潮文庫>の第十章「ふたたび道化の原点へ」より)


 昨日とは別口の急な仕事の依頼が今日もあったが、クラシカル・オーケストラ京都(COK)の作業があるため、どうしても断らざるをえず。
 二日続けてとなると、やはりこたえる。

 で、結局、夕方の買い物以外は外出せず作業を進める。
 その代わり、少し遠回りをし、近くのセブンイレブンでは週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今号では、今年のアカデミー賞について触れられていた。


 息抜き代わりに、中丸美絵の『オーケストラ、それは我なり』<文藝春秋>を読み進める。


 クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏したスメタナの管弦楽曲集(『モルダウ』や『売られた花嫁』序曲など)<DECCA>、チョン・ミュンフン指揮ウィーン・フィルが演奏したドヴォルザークの交響曲第6番&第8番<ドイツ・グラモフォン>、東京クヮルテットが演奏したヤナーチェクの弦楽4重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」&第2番「ないしょの手紙」<RCA>を断続的に聴く。
 と、ここまではチェコの作曲家づくし。
 できれば、チェコの演奏家の演奏で聴きたいところだけれど、あいにく手元にCDがこれしかなかったのだ。
 まあ、いずれも優れた演奏だからよしとしよう。
(本当は、ここにマルティヌーが加わるとなお愉しいんだけど)

 夕方の買い物から帰宅後は、ラルキブデッリが演奏したブラームスの弦楽6重奏曲第1番<SONY>を繰り返し聴く。
 気持ちがごちゃごちゃなっているときに聴くと、心がすーっとなる大愛聴盤だ。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、『オーケストラ、それは無理なり』を読了する。
 あとがきにもあるように、朝比奈隆の「負の部分」、大阪フィルとの対立もきちんと描き込まれた労作だと思う。
 ただし、先日亡くなった宇宿允人に関するエピソードなど、その真偽が気になる点もあったり、関西フィルを関西交響楽団とする誤記もあったりはしたが。


 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、サンエスのラーメン落花生を食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み52円だったもの。
 ラー油風味のラーメン菓子とピーナッツで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 沖縄に関する妄言を口にしたと報じられていたケビン・メア米国務省日本部長が更迭された。
 と、マスコミは報じているが、更迭=クビではない。
 それどころか、なんとケビン・メアは、国家安全保障会議のアジア部長に転じた(実質的には昇進?)というのだから、どうにもこうにもな話だ。
 転じさせて恥じないアメリカ政府もアメリカ政府だが、「更迭」のみを強調する日本のマスコミもマスコミではないか。
 非常に腹立たしい。


 アメリカによる東京大空襲から66年が経った。
 全ての戦争犠牲者に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。


 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月09日

クラシカル・オーケストラ京都の作業を集中して行う(CLACLA日記)

 今日は、急な仕事の依頼があったものの、クラシカル・オーケストラ京都(COK)に関する作業が山積していたため断り、部屋で作業を集中して行う。
 残念だけれど、仕方がない。

 結局、夕方の買い物以外は外出しなかった。


 昨日に続いて、今日も気温は上昇せず。
 それでも花粉は飛び回っているようで、目の周りが痒く、時折くしゃみを連発する。
 やれやれ。


 息抜き代わりの読書。
 許光俊の『オレのクラシック』<青弓社>を読了し、中丸美絵の『オーケストラ、それは我なり』<文藝春秋>を読み始める。
 『オーケストラ、それは我なり』は、今は亡き朝比奈隆の評伝である。
 その音楽性に関してはひとまず置くとして、朝比奈隆なくして現在の大阪フィルはありえなかったのではないか、とつくづく思う。
 指揮者とオーケストラの関係については、COKに携わっていることもあって、どうしてもいろいろと考える。


 シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団他が演奏したドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』全曲<DECCA>、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」〜第10番、第16番〜第18番<ともにSONY/BMG>を断続的に聴く。
 『ペレアスとメリザンド』(それも全曲)を聴くのは、本当に久しぶりだ。
 作品の持つもわもわとした雰囲気がよく表われた演奏で、これはこれでけっこう気に入っているのだが、できればより明晰でかっちりした演奏のCDで聴いてみたいとも感じる。
(ただし、デュトワたちの演奏がいいかげんだと言いたい訳ではない)


 夕飯後、COKを中心に、企画関係の作業を進める。


 ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン他が演奏したモーツァルトの歌劇『ルーチョ・シッラ』<TELDEC>の一部を聴く。
 CDとはいえ、やはり本物は違うなあと痛感する。


 今日は、甘いものは食さず。


 文芸評論家の谷沢永一が亡くなった(81歳)。
 関西在住ということもあり、テレビコメンテータとしての谷沢さんには慣れ親しんでいたが、文芸評論の業績に接するようになったのは、相当あとになってからだった。
 深く、深く黙祷。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月08日

リヒャルト・シュトラウスづくしの一日(CLACLA日記)

 曇天。
 少し青空も見えていたが、小雨がぱらついたりもするお天気。

 気温は上昇せず、肌寒い感じが強し。
 その分花粉症の出は少なかったが(昨夜は症状がひどかった)、それでも時折くしゃみを連発したりはする。
 やれやれ。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、クラシカル・オーケストラ京都をはじめとした企画関係の作業(連絡作業も含む)に集中する。
 クラシカル・オーケストラ京都開催まで、あと一週間となった。
 より充実したワークショップとコンサートとなるよう、さらに作業を進めていかなければ。


 ソプラノのルネ・フレミングとクリストフ・エッシェンバッハ指揮ウィーン・フィル他が演奏したリヒャルト・シュトラウスのオペラ・アリアとシーン集<DECCA>、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルが演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』&『ドン・ファン』<ドイツ・グラモフォン>、ジェイムズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィル他が演奏したリヒャルト・シュトラウスの歌劇『ナクソス島のアリアドネ』の序幕<同>を断続的に聴く。
 まさしくリヒャルト・シュトラウスづくしだが、彼の精緻で、決まるべきところに決まるべきことが決まった音楽をどうしても集中して聴きたくなったのだ。

 で、フレミングのアルバムでは、好き嫌いは別にして、エッシェンバッハのあまりにもねっとりゆっくりとした音楽づくりが強く印象に残る。
 例えば、大好きな歌劇『カプリッチョ』の「月の光の音楽」など、重苦しさを感じるほど。
 作曲家の薫陶を受けたカール・ベーム(のバイエルン放送交響楽団との全曲盤)の淡々とした造形と比べてみれば、その表情づけの濃さがよくわかるはずだ。
(フレミングの歌は達者だとは思うが、正直僕の声質の好みからは大きく外れる)

 カラヤンのツァラトゥストラとドン・ファンは、ベルリン・フィルの高い技量を全面に押し出した圧倒的な演奏。
 特に、ドン・ファンのラストあたりの弦のざわめきは聴きものではないか。

 『ナクソス島のアリアドネ』は、あえて序幕だけを聴く。
 歌い手の中には好みに合わない人もいないではないものの、まずもって作品のおもちゃ箱をひっくり返したような、それでいて、その中に小粒の宝石がいくつも交ざっていて、きらきらと輝いているような感じがたまらなく嬉しい。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、小林恭二の『首の信長』<集英社>を読了する。
 『首の信長』は、小林恭二の初期の作品集『日本国の逆襲』<新潮文庫>を想起させるような、日本史のエピソードを下敷きにした短編集。
 筒井康隆(や小松左京)の影響も感じさせるSF的な展開で、小林さんの才智がよく表わされていると思う。
(同じような作品の書き手として、清水義範を挙げることができるだろうが、清水さんの場合、よい意味でも少し泥臭い感じがする)

 ほかに、許光俊の『オレのクラシック』<青弓社>も読み進める。
 いつものごとく許光俊節全開といったところだが、その言葉は至極真っ当だとも思う。


 ソプラノのルチア・ポップがヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ伴奏で歌ったリヒャルト・シュトラウスの歌曲集<EMI>を聴く。
 鈴麗とでも評したくなるようなポップの伸びやかな歌声と、リヒャルト・シュトラウスの機智に富んだ音楽が本当によく合っている。
 サヴァリッシュの伴奏も見事だ。


 今日は、ブルボンのプチ・シリーズから、ココアビスケットを食す。
 グルメシティで、40パーセント引き、税込み46円だったもの。
 バニラクリームを挟んだ小ぶりなココアビスケットで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 指揮者の宇宿允人が亡くなった(76歳)。
 宇宿さんといえば、今では伝説の指揮者となってしまったが、もともとは京都の出身で、NHK交響楽団のトロンボーン奏者を務めたのちは、大阪フィルの指揮者、さらには関西フィルの前身・ヴィエール室内合奏団(その後、ヴィエール・フィル)の創設と、一時期関西を中心に活躍した人物だった。
 なお、ヴィエール・フィルとの関係についてなど、宇宿さんに関しては、様々な方からいろいろとうかがったことがあるが、ここではあえて記さない。
 深く黙祷。


 前原外相の辞任について、どうもマスコミの論調は同情論のほうに傾いているのではないか。
 確かに、今回の問題そのものに関して大騒ぎすることには賛成じゃないけれど、前原氏の外交政策や政治姿勢には疑問を抱いている人間からすると、何か裏がありそうに思えて仕方がない。


 無邪気さも、度が過ぎると、ただの脳天気だ。
 自省あるのみ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月07日

遊劇体の公演を観に行けなかった(CLACLA日記)

 精華小劇場での遊劇体の公演『蘇りて歌はん』が今夜で終わる。
 遊劇体の精華小劇場における最後の公演だからというだけではなく、今は亡き中島陸郎が自らの演劇体験を正面からぶつけた作品(そこにはあの内田朝雄をモデルとする人物も重要な役回りで登場する)ということもあって、どうしても観ておきたかったのだが。
 体調があまり芳しくないことに加え、クラシカル・オーケストラ京都(COK)に関する作業もあったりして、どうしても観に行くことができなかった。
(一つには、休憩なしで3時間弱の上演と勘違いしていて、土曜の昼の回を観逃してしまったことも大きい。あとで他の方のブログなどを目にし、休憩があることを知った)
 本当に残念無念。
 悔しくて仕方がない。


 気温が低めということもあってか、昨日ほどには花粉症の症状は出ず。
 それでも、目の周りは痒いし、時折くしゃみを連発したりもするが。
 やれやれ。


 今日は、夕方の買い物のほか、お昼過ぎに外出し、下京図書館まで足を運ぶ。

 で、有馬哲夫の『アレン・ダレス』<講談社>と伊藤之雄の『伊藤博文』<同>、『レコード芸術 月評特選盤1980−2010 交響曲編』上下巻<音楽之友社>を返却し、予約しておいた許光俊の『オレのクラシック』<青弓社>、小林恭二の『首の信長』<集英社>、中丸美絵の『オーケストラ、それは我なり』<文藝春秋>、正森成二の『質問する人 逃げる人』<清風堂書店>を新たに借りる。

 その後、室町通のストアデポで仕事関係の買い物をすませ、帰宅した。


 企画関係や仕事関係の作業を進めたほか、図書館からの帰宅後、早速『首の信長』と『オレのクラシック』を読み始める。


 フォルテピアノのメルヴィン・タンが弾いたベートーヴェンのソナタ第1番〜第3番、シューベルトのソナタ第20番&第21番、ベートーヴェンとシューベルトのクラヴィーア作品集<いずれもEMI>、ヘルマン・シェルヘン指揮ルガーノ・スイス・イタリア語放送管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第4番&第5番<PLATZ>を断続的に聴く。

 メルヴィン・タンは叙情性に富んだ音楽を奏でるが、技術的な問題もあってかどこかぎくしゃくとした感じがすることも否めない。
(もしかしたら、彼がモダン楽器に「転向」した理由もそこら辺りにあるのではないか)
 そういった意味で、シューベルトの楽興の時やベートーヴェンのエリーゼのためにが収められたベートーヴェンとシューベルトの作品集をもっとも愉しく聴くことができた。
 と、言うのも、作品の持つ優美さやリリカルな表情がよく表わされているように感じたからだ。
 また、ベートーヴェンのソナタでも、ロマン派の萌芽のようなものが巧く表現されていて、非常に興味深かった。
 一方、シューベルトのソナタは、音色の美しさには魅きつけられるのだけれど、全体的にどこか素っ気ないというか、僕には今ひとつしっくりこない。

 シェルヘンのベートーヴェンは、ライヴ特有の熱気がよく示されている(シェルヘンの唸り声!)。
 ただ、演奏の粗さはまだしも、音質の粗さが気になることも事実だ。


 夕飯後、企画関係の作業を進めながら、遊劇体の公演について思う。
 ああ。


 アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルが演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』&『ドン・キホーテ』<TELARC>、グレン・グールドが弾いたバッハのインヴェンションとシンフォニア<SONY/BMG>を続けて聴く。


 今日は、東ハトのキャラメルコーン・ローストアーモンド味を食す。
 昨日、ドラッグユタカで買っておいたもの。
(セールに加え、さらに15パーセントオフで、税込み57円だった)
 ローストアーモンド風味のキャラメルコーンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 信用できない人間というのは、どこまでいっても信用できない。
 ということを痛感する今日この頃。
 自省あるのみだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月06日

ついにあいつがやって来た(CLACLA日記)

 朝目が醒めてすぐにわかったよ。
 ついにあいつがやって来たって。
 そう、春になったらしゃしゃり出て来るにっくいあいつが…。

 あいつとは、もちろん花粉症のことである。
 顔はがさがさするわ、目の周りが痒いわ、くしゃみは連発するわ。
 そりゃ花粉の飛散量が昨年より10倍だって話は聴いちゃいたけれど、こうもわかりやすいとはね。
 やれやれ。


 どんよりとしたお天気だなあと思っていたら、夕方頃から雨が降り始める。
 雨とともに気温が下がり、花粉症の出もほんの少し治まった。
 とはいえ、これからが怖い。


 昨夜、母から電話があり、少し話しをする。
 風邪をひいているらしく、ちょっと心配だ。


 今日は、花粉症が出始めたこともあって、夕方の買い物(スギ薬局四条大宮店でマスクを買っておいた)以外は外出せず、部屋で企画関係や仕事関係の作業を集中して行う。


 ほかに、伊藤之雄の『伊藤博文』<講談社>を読み進め、読了する。
 ところどころ、著者の想いが先行しているように感じられる部分もなくはなかったが、伊藤博文が日本の近代化に果たした役割の大きさについて知るには適切な一冊だとも思う。


 ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルが演奏したショスタコーヴィチの交響曲第7番<RCA>、ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団が演奏したバルトークの4つの小品&管弦楽のための協奏曲<ドイツ・グラモフォン>、ブライデン・トムソン指揮ロンドン交響楽団が演奏したヴォーン・ウィリアムズの交響曲第5番&揚げひばり<CHANDOS>、フォルテピアノのバート・ファン・オールトらピリオド楽器のアンサンブルが演奏したモーツァルトのピアノ4重奏曲第1番&第2番<COLUMNS>を断続的に聴く。

 ショスタコーヴィチの交響曲第7番の第1楽章を聴いていると、どうしても「ちちんぷいぷい」という陳腐なCMのことを思い出してしまう。
 だが、テミルカーノフとサンクト・ペテルブルク・フィルはそんな陳腐さとは無縁の、真摯で強固な演奏を成し遂げている。
 この交響曲を聴くのに安心してお薦めできる一枚だ。
(本当のことを言うと、この交響曲はセミョン・ビシュコフとベルリン・フィルの組み合わせでセッション録音しておいて欲しかった。指揮者の能力云々はひとまず置くとして)

 ブーレーズが指揮したオケコンは、諧謔性には若干不足するものの、シャープでクリアな造形はやはり流石だ。
 シカゴ交響楽団も巧い。

 ヴォーン・ウィリアムズの5番目のシンフォニーは、第二次世界大戦中に作曲されたとは思えない(いや、もしかしたらそうだからこそか)、静謐な音楽。
 今は亡きトムソンとロンドン響は作品の性格によく沿った丁寧な演奏を行っているのではないか。
 マイケル・デイヴィスがソロを務めた揚げひばりも、カップリングとして正解だと思う。

 オールトたちによるモーツァルトは、よい意味でくせのない演奏。
 繰り返して聴いても、飽きがこない。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、今後の創作活動について考える。


 夜になって、うんざりするようなことがある。
 だいたい予想はついていたが。
 やれやれ。


 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、ゼッククラッカーを食す。
 ドラッグユタカでのセールに加え、さらに15パーセントオフで、税込み57円だったもの。
 ごちそうさま!


 前原外相が辞任するという。
 彼の、特に対米従属丸出しな外交政策はもとより支持していなかったから、彼が外相を辞めるということそれ自体には反対ではない。
 ただ、在日外国人から政治献金を受けたことのある政治家に対して、前原外相同様の追及が為されてきたか、為されるのかということはどうしても気になる。
(そこには、かつてアメリカ=CIAや旧ソ連から「支援」を受けてきた政治家たちに対する追及も含まれる)
 そして、いつものことながら、どうして今なのか、ということも気になる。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月05日

夜になって急用で外出した(CLACLA日記)

 晴天。

 今日は少し気温が上昇し、昨日に比べていくぶん寒さが和らぐ。
 ただし、まだまだ暖かいとまでは言えない。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。
(花粉症の出は、ほとんどなし。それだけに、これからが怖い)


 今日は、日中は部屋で企画関係や仕事関係の作業を進め、夜になって急な用件で外出する。
 で、帰宅がだいぶん遅くなる。


 伊藤之雄の『伊藤博文』<講談社>を読み進める。
 伊藤博文の業績や人柄が、数々の資史料を踏まえながら簡明に記されていて、とても読みやすい。


 ラルキブデッリ他が演奏したモーツァルトのホルン5重奏曲&音楽の冗談他<SONY>、ヴァイオリンのヴェラ・ベスやチェロのアンナー・ビルスマらが演奏したシューベルトの弦楽5重奏曲&ロンド<同>、ブルーノ・ヴァイル指揮ザ・クラシカル・バンドが演奏したシューベルトの交響曲第7(8)番「未完成」&第8(9)番「ザ・グレート」<同>を断続的に聴く。

 モーツァルトのホルン5重奏曲や音楽の冗談は、ラルキブデッリの陽性、かつ清新な響きが活きた一枚で、音楽の冗談における適切なユーモア感覚にも好感が持てる。
 アブ・コスターのナチュラルホルンも軽快で愉しい。

 のちに上述ラルキブデッリのメンバーとなるビルスマたちによるシューベルトは、リリカルでありながらべとつかない表現で、非常に聴き応えがある。
 べスがソロを務めたロンドも聴きものだ。

 ヴァイルとピリオド楽器オーケストラ、ザ・クラシカル・バンドが演奏した未完成とザ・グレートは、スピーディーなテンポでさくさくと進む。
 味気ないと感じる人がいてもおかしくないが、個人的には爽快でけっこうしっくりくる。


 今日は、宝製菓の豆乳スティックを食す。
 卸売ひろばタカギで、税込み82円だったもの。
 豆乳の入った甘さ控えめのスティックビスケットで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 俳優の東郷晴子が亡くなったという(90歳)。
 黒澤明監督の『生きものの記録』や小津安二郎監督の『小早川家の秋』をはじめ、映画やテレビ・ドラマ、舞台に数多く出演した。
 深く、深く黙祷。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2011年03月04日

一日一日を大切にしていかなければ(CLACLA日記)

 一日があっという間に終わっていく。
 無駄に時間を過ごしているような気がしてどうにも仕方がない。
 与えられた人生は一回きり。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 今日も厳しい寒さが続く。
 3月に入ったというのに。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。
(その分、花粉症が出ないので助かってはいるが。ただ、それもあとが怖い…)


 今日はいろいろとばたばたしていて、結局夕方の買い物以外は外出せず。
 部屋で、企画関係や仕事関係の作業を進める。


 途中、息抜き代わりに有馬哲夫の『アレン・ダレス』<講談社>を読み進める。
 アレン・ダレスや在スイスの日本人たちによる終戦工作など、学ぶところ非常に大なり。


 ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルが演奏したハイドンの交響曲第96番「奇蹟」&第101番「時計」<DECCA>、湯浅卓雄指揮アイルランド国立交響楽団が演奏した諸井三郎の交響曲第3番他<NAXOS>、アンソニー・ホールステッド指揮ウプサラ室内管弦楽団が演奏したルーマンのドロットニングホルム宮廷のための音楽集<同>を断続的に聴く。

 ショルティのハイドンでは、彼のシャープでスピード感あふれる音楽性が十二分に発揮された両端楽章が耳によくなじむ。

 敗色濃厚な太平洋戦争末期に作曲された諸井三郎の交響曲第3番は、『アレン・ダレス』を読みながら聴いたということもあり、その切迫感がひときわ強く伝わってきた。

 ルーマンの作品はヘンデルの影響がよく表われた軽快、かつ明快な音楽で、聴いていて非常に愉しい。
 ピリオド奏法を巧みに援用した演奏も見事である。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、『アレン・ダレス』を読了する。

>もちろん、CIAの対日工作に動員されたのは、日本テレビや読売新聞や朝日新聞にはとどまらない。
 ほとんどすべての日本のマスコミが何らかの形で、彼らのメディアコントロールを受けていた<

>歴史をわかりやすく単純化したり、「ストーリー」を求めたり、プロパガンダの道具にするなら、それらの人々は同じ過ちを繰り返すことになるだろう。
 日本には、マスコミのせいも多分にあるが、歴史に学ぶことができない人々がいまだに多いように思われる<
(以上、『アレン・ダレス』より)


 続けて、伊藤之雄の『伊藤博文』<講談社>を読み始める。
 その書名通り、伊藤博文の本格的な伝記である。


 京都市図書館のインターネットサービスで、許光俊の『オレのクラシック』<青土社>、小林恭二の『首の信長』<集英社>、中丸美絵の『オーケストラ、それは我なり』<文藝春秋>、正森成二の『質問する人、逃げる人』<清風堂書店出版部>を予約しておく。


 ピアノのマルタ・アルゲリッチとアレクサンデル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア管弦楽団他が演奏したショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番&ピアノ5重奏曲他<EMI>を聴く。
 アルゲリッチの横綱相撲と呼んでも過言ではない、圧倒的な演奏。
 コンチェルトでは、セルゲイ・ナカリャコフのトランペットも大活躍だ。


 今日は、甘いものは食さず。


 愚か者を支えて恥じない者こそ、一番の愚か者。
 と、つくづく思う今日この頃だ。


 明日がいい日でありますように!
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2011年03月03日

今日はたのしいひな祭り(CLACLA日記)

 火の気をつけましょトリポリに。
 狼煙を上げましょ四方の原。
 誤認爆撃増え退去。
 リビアは悲しい血の祭。

 危ない危ない、替え歌をつくっただけで罰されかねないご時世だからなあ。
 てか、そんな国がリビアのことをとやかく言えるのかね。


 どんよりとした感じはありつつも、一応青空の見えた一日。

 ただし、気温が上昇しなかったため、寒さが非常に厳しい。
 夕方には、小雪がちらついていたほどだ。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。
(時折くしゃみをした以外花粉症の症状が出ず、その点では大いに助かった)


 昨夜、『レコード芸術 月評特選盤1980−2010 交響曲編』下巻<音楽之友社>を読了し、有馬哲夫の『アレン・ダレス』<講談社>を読み進める。
 『月評特選盤』で改めて強く感じたのは、経済的な状況を反映してか、1990年代後半以降セッション(スタジオ)録音が大幅に減り、ライヴ録音(特に21世紀に入ってからは、過去の音源が「発掘」される例)が増えていることだ。
 むろん、セッション録音であろうが、ライヴ録音であろうが、何度も繰り返して愉しむことのできる録音であれば文句のつけようはないのだけれど。
(ライヴってもともと一回性のものなんじゃないか、と思ったりはするけどね)
 それにしても、朝比奈隆が指揮した同曲異演を収めた2枚組のCDは、ちょっと尋常じゃないような気がするなあ。
 朝比奈さんの熱狂的なファンではない人間には。


 今日は、夕方の買い物以外は外出せず、部屋で企画関係や仕事関係の作業を進めたり、書類や資料類の整理を行ったりする。


 途中、息抜き代わりに『アレン・ダレス』を読み進める。
 どうしても、今現在起こっているあれこれ(TPPのこととか、中東のこととか)について考えざるをえない。


 クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルが演奏したブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」<ドイツ・グラモフォン>、ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルが演奏した同じくブルックナーの交響曲第5番<RCA>、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィルが演奏したブラームスの交響曲第2番&ハイドンの主題による変奏曲<EMI>、ソプラノのルチア・ポップとクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第4番<同>を断続的に聴く。
 この中で、レコード芸術の特選盤でないものはポップとテンシュテットのマーラー。
 僕だったら、文句なく推薦盤に挙げるんだけどなあ。
 ポップの歌声がとても魅力的だし。


 夕飯後、企画関係の作業を進めたり、今後の創作活動について考えたり、『アレン・ダレス』を読み進めたりする。


 今日は、丸京のもみじ饅頭を食す。
 卸売ひろばタカギで、3個入り税込み41円だったもの。
 オーソドックスなもみじ饅頭で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 今日の朝刊と夕刊を目にしていて、物事には軽重というものがあるだろうに、とどうにも口にしたくなる。
 たがが外れているというか、とちくるっているというか。
 どうにもこうにもだ。


 明日がいい日でありますように!
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2011年03月02日

今日は下京図書館へ行った(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えた一日。

 ただし、気温は上昇せず、肌寒い感じが非常に強し。
 その分、花粉症の症状がほとんどなく(くしゃみは何度か出たが)、個人的に助かりはしたのだけれど。

 明日は、さらに冷え込むとのこと。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。


 昨夜、クラシカル・オーケストラ京都(COK)の会議を行う。
 開催まで、あと僅か。
 少しでも充実したワークショップにしていきたい、していかなければと強く思う。


 今日は、17時になって外出し、下京図書館まで足を運ぶ。
 で、津野海太郎の『したくないことはしない』<新潮社>と石堂淑朗の『偏屈老人の銀幕茫々』<筑摩書房>を返却し、予約しておいた有馬哲夫の『アレン・ダレス』<講談社>と伊藤之雄の『伊藤博文』<同>を新たに借りる。

 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 外出前、仕事関係や企画関係の作業を進め、息抜き代わりに『レコード芸術 月評特選盤1980−2010 交響曲編』下巻<音楽之友社>を読み進める。


 ラ・マニフィカ・コムニタが演奏したボッケリーニの弦楽5重奏曲集<BRILLIANT>と、ピエール・ブーレーズ指揮クリ―ヴランド管弦楽団が演奏したマーラーの交響曲第7番「夜の歌」<ドイツ・グラモフォン>を断続的に聴く。
 ブーレーズが指揮した「夜の歌」は非常に洗練された演奏で、ちょっとせかせかした感じはなくもないが、部屋で聴くのにはかえってぴったりのように僕は思う。
 録音もよい。


 帰宅後、企画関係の作業を進める。


 シュタードラー・トリオ他が演奏した『バセットホルン・ボンボン』<PHILIPS>を聴く。
 クラリネットとバセットホルンのトリオ(名手エリック・ホープリッチの率いる)を中心としたモーツァルトの作品集で、声楽陣を加えたノットゥルノも含め、実にインティメートな雰囲気の強いアルバムである。
 音楽、演奏ともに、聴き心地がとてもよい。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、今後の創作活動について考え、『月評特選盤』下巻を読み進め、『アレン・ダレス』を読み始める。
 『アレン・ダレス』は、CIA第5代長官アレン(ウェルシュ)・ダレスの生涯について記された一冊。
 その対日終戦工作についても詳述されている点も、個人的には興味深い。


 マリア・ジョアン・ピリスが弾いたシューベルトのピアノ・ソナタ第21番他<ERATO>を聴く。
 叙情性に富んだ演奏だと思う。


 今日は、明治のハイミルクチョコレートを食す。
 ドラッグユタカのセールに加え、さらに15パーセントオフで、税込み56円だったもの。
 いつもながらミルクたっぷりのチョコレートで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 プロ野球の元選手で元監督の与那嶺要が亡くなったという(85歳)。
 ウォーリーの愛称で知られた与那嶺さんはハワイ出身の日系二世で、現役時代は巨人で大活躍した。
 その後、中日の監督に就任し、確執があった川上哲治監督率いる巨人のV10を阻止することに成功した。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

京都リサーチパーク町家スタジオまで打ち合わせに行って来た(CLACLA日記)

 今日から3月。
 今年も残すところあと10ヶ月を切ってしまった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、メメントモリ!


 天気予報通り、雨降りが続く。

 気温も上昇せず、肌寒い感じの強い一日となった。
 ただ、その分花粉症がほとんど出なかったので助かったのだけれど。

 季節の変わり目、皆さんくれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。


 今日はお昼過ぎに外出し、一つ用件を片づけたあと、堀川中立売の京都リサーチパーク町家スタジオを訪ね、以前ご相談していた件に関して打ち合わせを行う。

 その後、別の用件をいくつか片づけ、夕飯用の買い物をすませたのち、帰宅した。


 外出前、企画関係や仕事関係の作業を進めたほか、息抜き代わりに『レコード芸術 月評特選盤1980−2010 交響曲編』下巻<音楽之友社>を読み進める。


 トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラが演奏したモーツァルトのディヴェルティメントK.136〜K.138、K.251<ERATO>、ソプラノのバーバラ・ボニーがジェフリー・パーソンズのピアノ伴奏で歌った同じくモーツァルトの歌曲集<TELDEC>を断続的に聴く。
 ピリオド楽器かそうでないかの違いはありつつも、いずれもモーツァルトの音楽の魅力をよく伝えた演奏だと思う。
 特に、若き日のボニーの歌声がチャーミングだ。


 帰宅後、企画関係の作業を進める。


 ヤープ・テル・リンデン指揮モーツァルト・アカデミー・アムステルダムが演奏したモーツァルトの交響曲第14番〜第17番<BRILLIANT>を聴く。
 交響曲第14番や第15番の終楽章をはじめ、ヨハン・クリスティアン・バッハの影響が強く感じられる。


 夕飯後、企画関係の作業を進め、『月評特選盤』下巻を読み進める。


 リンデンが指揮したモーツァルトの交響曲第20番〜第23番、第27番&第28番&第30番<ともにBRILLIANT>を続けて聴く。
 第20番〜第23番は、祝祭的感覚が全面に示された陽性な音楽。
 一方、第27番、第28番、第30番は、後期の交響曲に比べればまだまだとはいえ、やはりそれまでの作品より相当聴き応えがあるように感じる。
 特に、抒情性に満ちた第27番と、劇性に富んだ第28番がいい。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする