2010年04月29日

図書館に行ったあと、大切な用件をすませる(CLACLA日記)

 世は連休の一日目。
 が、ぶらりひょうたんな生き方をしている身ゆえ、僕にはあまり関係なし。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたりしていて消灯が4時になる。

 9時46分に起きて、いくつか雑件を片づける。

 10時53分に外出し、グルメシティで買い物をすませ、11時18分に帰宅する。

 朝昼兼用の食事をすませたあと、トリオ・パルナッソスが演奏したドメニコ・ガッロの12のトリオ・ソナタ集<CPO>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻<講談社>を読み進める。
>自分自身、本気になって闘争するつもりのない人間にかぎって、派手な闘争に喝采するものであり、そうして、喝采することによって、わずかに自分を慰め観念的に昂奮するものなのだ<
(『花田清輝全集』第二巻所収、『復興期の精神』から「天体図」より)

 なお、たびたび記していることだけれど、ガッロの12のトリオ・ソナタ集の一部こそ、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』の元ネタの一つとなっている。

 で、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ他が演奏したその『プルチネッラ』全曲<SONY>を聴きながら、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。


 15時2分に外出し、下京図書館へ。
 坪内祐三の『まぼろしの大阪』<ぴあ>を返却し、予約しておいた同じく坪内祐三の『大阪おもい』<同>を新たに借りる。

 そこから別の場所に移動し、大切な用件をすませる。

 途中、読売新聞のYさんから読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効となる電話があって云々かんぬんは前回の記事に詳しく記したので、そちらをご参照のほど。
 そうそう、Yさんも休日、本当にお疲れ様でした。
(これは厭味でなくて、本心から)

 それにしても、読売日本交響楽団の大阪公演を聴くことができないのは残念無念の極みだ。

 グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、20時ちょうどに帰宅する。


 若干どんよりとしつつも、概していいお天気、いい青空の一日。
 気温自体はそれなりに上昇したものの、強い風が吹いていたためあまり穏やかな感じならず。

 夕飯後、「腹いせ」にピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』&『春の祭典』<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、雑件を片づける。

 続けて、これまた「腹いせ」にブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」<ドイツ・ハルモニアムンディ>を聴きながら、『大阪おもい』を読み始め、読み進める。
 面白し面白し。

 今日は、プレシアのおいしくたべたい・生どら焼き・あずきクリームと、山崎製パンの大きなエクレアを食す。
 いずれも、グルメシティで半額引き、税込み49円だったもの。
 甘さ控えめで、どちらもなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 まあ、世の中ままならぬものですわ…。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効になった!!

 4日、5日と演劇関係のイベントもあるものの、なんと言ってもこの連休中のエンタテインメントの目玉は、5月3日の読売日本交響楽団の大阪公演だ。
 バルトークの2つの映像にモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」、そしてストラヴィンスキーの『春の祭典』というクラシック音楽の熱心な聴き手にとってこたえられないプログラムが組まれた、新常任指揮者シルヴァン・カンブルランのお披露目公演ともなるこのコンサートのチケットを、僕は「YOL関西発」なる読売新聞系のサイトのプレゼント・コーナーに応募して見事招待状という形で手に入れたのである。
 ああ、なんと愉しみなことか!

 ところがである。
 今日の夕方、外出時、読売新聞の読売日本交響楽団担当のYさんから留守電のメッセージが入っていたので折り返し電話をかけたところ、これがあな度し難や、チケットが完売状態か何かで「来場いただいても座席がない」といった趣旨の言葉を宣うではないか。
 つきましては、ルノワール展となんたろかたろをどうのこうのとYさんは代替案を出してくれたものの、当方あくまでも読売日本交響楽団のこのコンサートのチケット欲しさにプレゼント・コーナーに応募したわけで、ルノワール展などいらぬお気遣いというほかない。
(だいいち、うじゃこじゃうじゃこじゃしたなかで絵画なんか観る気にはなれんもの)

 まあ、上述した如く、このコンサートがクラシック音楽ファンの耳目を集めるものであることは想像に難くないし、無い袖は振れぬ、無い席は座れぬと言われれば、もともとただでコンサートに招待してもらう身、萬屋錦ちゃん扮する破れ傘刀舟よろしく「てめえは人間じゃねえやたたっ斬ってやらあ!」と啖呵を切ることもできまいが。

 が、しかし、自分が主催(共催か)するコンサートのチケットの売れ行きを読むこともできず(「読み」「売り」の名前が泣きますぜ)、あたら招待状を配りまくった上でのこのていたらくは、やはり担当部署たる読売新聞大阪本社メディア戦略室・事業部、事業局・企画事業部の「戦略」ミス以外の何物でもないだろう。
(もう一ついえば、「チケット引き換え証」や「プレゼント当選のお知らせ」には、こういった事態が起こり得るということは一切記されていない)

 少なくとも、事の経緯は電話だけですませるのでなく、責任者の署名の入った書面かメールで送って欲しい(記録的な価値も高いので)、と再度電話をかけ直した。

 いずれにしても、残念無念の極みだ。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
 ナベツネ、じゃない、企画事業部憎けりゃ読売新聞まで憎い。
 誰が読売新聞なんか購読するもんか!
(「もともと購読する気なんかなかったくせに」、と呼ぶ声あり。いや、それはわかりませんよ…)


 *追記
 当方と同様、読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効となった方のブログを拝読したが、やはり電話一本で事をすませようとする担当のYさんや責任者の対応は問題があるのではないか。
 上述した如く、カンブルランと読売日本交響楽団の「価値」をわかっていなかったということも含めて、非常に残念だ。

 *追記の追記
 読売新聞企画事業部から連絡がないこともあり、読売日本交響楽団のチケットセンター(東京)に電話をかけたところ、事務局の大阪公演の担当者の方に連絡をするとのことだった。
 公演前の忙しいときに、本当に申し訳ない。

 *追記の追記の追記
 万一チケットが残っていればとフォルテ音楽事務所に電話をかけたところ、すでにチケットは完売状態。
 「関係者」がどれだけ来場するかによって当日券が出るか出ないかとのことだ。
(フォルテ音楽事務所は、読売新聞企画事業部と読売日本交響楽団の指示でチケット管理を行っているだけだそう)
 いずれにしても、招待状なんか当たらなければ、チケットを買っておいたかもしれないのに!
 せこい手段を選んだ自分の責任も大きいとはいえ。
 悔しいかぎり。
 それにしても、「関係者」ってどんな「関係者」なんだろうね。
 クラシック音楽が大好きな人ならいいけど。
posted by figarok492na at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外出後の日記(深夜のCLACLA)

 17時52分に外出する。

 まず、ドラッグランドひかりで週刊文春の小林信彦と品田雄吉の特別対談(連載エッセイ『本音を申せば』の600回を記念したもの)だけを立ち読みする。
 21世紀女優名鑑と題し、貫地谷しほりや綾瀬はるか、堀北真希、長澤まさみなど、今がさかりの女優について語られたもので、前回の仲里依紗に関する文章はこの対談の伏線だったのかと納得する。

 それから歩いて河原町へ。
 途中、京都芸術センターの近くで自転車の朝平陽子さんとすれ違い、あいさつをする。

 グルメシティ京極店でパンを買ってささっと食し、MOVIXのトイレで歯磨きをすませる。
 最近左下の親知らず(虫歯がある)が腫れていて重痛いこともあり。
(「早く歯医者に行けよ!」、と呼ぶ声あり。って、連休じゃん…)

 で、アートコンプレックス1928で、京都ロマンポップのさかあがりハリケーンvol.2『君ノ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終演後、浅田麻衣さんにあいさつをしたほか、同じ回を観に来ていた生駒祐香理さんともあいさつをする。

 終演後は寄り道せずに、フレスコ烏丸店、ドラッグランドひかりで買い物をし、22時7分に帰宅した。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都ロマンポップ・さかあがりハリケーンvol.2『君ノ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』

 帰省中、たまたまテレビでCSデジタルのお試しなんとかというのをあちこちザッピングしていたら、突然『オレたちひょうきん族』にぶつかった。
 どうやら、昔のバラエティ番組を中心に放映しているチャンネルらしい。
 正直、今となっては少々素人っぽ過ぎるというか、造りの雑さいい加減さにびっくりしたのだけれど、ビートたけしや明石家さんまのポストモダンを体現したかのような軽さの凄みには、やはり懐かしさとともに時流に沿った強い勢いを感じたりもしたのだった。

 で、そんなことを思い出したのは、今夜アートコンプレックス1928で観た、京都ロマンポップのさかあがりハリケーンvol.2『君ハ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』(向坂達矢さん作・演出)のどこかに、『オレたちひょうきん族』で演じられたコントと共通する何かを感じ取ったからかもしれない。
(なお、京都ロマンポップの公演を観るのは今回が初めて。前々から気になる団体ではあったのだが、これまでずっと観逃してきた。今回は、制作・情報宣伝で出演者の一人でもある浅田麻衣さんから連絡があり、喜んで招待していただくことにしたのだ。浅田さん、本当にありがとうございます)

 と、言っても、京都ロマンポップのほうは、作家で演出家の向坂さんが「無意味」と強調する割には、内容が重く、丁寧に考えられていて、しかも非常に親切な造りになっていたように、僕には感じられた。
(「あんなお下品でお下劣なことをやっていたのに!?」と眉を顰めるむきもあるかもしれないけれど、あの程度の内容で眉を顰めているようじゃ、以下省略。少なくとも、『京都かよ!』の『マラソロ』のようなおんたこ性by笙野頼子、がない分、僕は安心して観ていることができた)

 けれど、そうした作品の造り、世界観、京都ロマンポップの面々のまじめさ人柄の良さをわかった上で、いや、わかるからこそかえって、僕は今回の公演では、ほとんど笑うことができなかった。

 一つには、最前列にどこかの学生劇団の面々がずらりと陣取って、開演前の前説の段階から「あはあは」と大きな笑い声を上げているのにひいてしまったことも大きいのだが。
 それは、笑いの先を越されるというか、例えばベトナムからの笑い声の笑いがそうであるように、本当ならば「これって笑っていいのかな、でも、我慢できずに笑ってしまう」という順番があってしかるべきなのに、そういう心の抑制もなんにもなくただただだだもれ状態で笑ってしまう彼彼女らに冷め切ってしまったと言い換えてもよい。
(だからこそ、次回以降は、彼彼女らの度肝を抜くようなもっと不親切で辛くて苦い笑いを仕掛けてもいいんじゃないかと僕は考えたりする。なぜなら、京都ロマンポップは「大人」の団体だと僕には映ったから)

 ただ、僕が笑えなかったもう一つの理由は、もともとまじめで熱心な人たちが頑張ってコントをやっているという姿勢があまりにも透けて見えたように感じられたからでもある。
 一例を挙げれば、下ネタを演じる演者の照れややたけた加減が悪い意味で表われてきているというか。
 下ネタ自体を僕は否定しないが、それをやるならば、もっと徹底してクールにやってしまうか、逆に照れやまじめさを「売り」にしてしまうか、そのどちらかにすべきだろう。

 そういった意味で、演技の上手い下手とは別に、合田団地君の肩の力が抜けたような飄々とした自然っぽい演技に僕は二ヶ所笑ってしまったし、沢大洋さんがとちって(もし計算でそうしていたんだとしたら、凄い)緊張が一気に緩和した場面でもついつい笑ってしまった。
(もう一つ言えば、上演終了後の向坂さんの話もよかった)

 いやあ、笑いって本当に難しいな。

 とはいえ、今回の公演を通じて、京都ロマンポップという団体の底力、志向と嗜好、演者陣の人柄や特性、魅力は充分にわかったことも事実で、さかあがりハリケーン(コント公演)も含めて今後も接し続けていきたいと思う。
 まずは、9月の次回本公演を愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする