2010年04月30日

月末進行の一日(CLACLA日記)

 今日で4月も終わり。
 ばたばたばたばたとし、かっかかっかとしているうちに過ぎ去った一ヶ月だった。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 そして、メメントモリ!


 昨夜、母から電話があり、少し話しをする。

 その後、坪内祐三の『大阪おもい』<ぴあ>を読み進めたり、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたりして、3時8分に消灯する。

 9時46分に起きる。

 10時過ぎ、昨夜の読売日本交響楽団の大阪公演の件で、読売日本交響楽団のチケットセンターに電話をかける。
 すでに大阪公演担当の事務局の方が大阪に入っているとのことで、連絡をとってもらうことになる。

 仕事関係の作業を進める。

 正午過ぎに、読売日本交響楽団の大阪公演の件で、チケットを扱っているフォルテ音楽事務所に電話をかける。
 予想はしていたが、すでにチケットは完売状態だった。

 仕事関係の作業を進める。

 13時過ぎに、トイレの軽い掃除をすませる。

 クラリネットのフランクリン・コーエンとピアノのウラディミール・アシュケナージさんが演奏したブラームスのクラリネット・ソナタ第1番、第2番他<DECCA>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻<講談社>と『大阪おもい』を読み進める。

 続けて、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィルが演奏したブラームスの交響曲第2番&ハイドンの主題による変奏曲<EMI>を聴きながら、4月の創作活動に関する総括を行い、仕事関係の作業を進める。

 さらに、ラルキブデッリが演奏したブラームスの弦楽6重奏曲第1番<SONY>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。

 16時54分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時24分に帰宅する。

 少しどんよりとした感じもしたが、概していいお天気、いい青空の一日。
 気温も、それなりに上昇。

 帰宅後、クラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバー・オーケストラが演奏したブラームスのセレナード第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。

 続けて、ヴァイオリンのシェロモ・ミンツとクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルが演奏したブラームスのヴァイオリン協奏曲&大学祝典序曲<同>を聴きながら、仕事関係の作業を進め、雑件を片づける。

 19時過ぎ、読売新聞大阪本社企画事業部の方(昨日のYさんの上司にあたる)から電話がある、
 まずは、招待状が無効ではなかったとわかりほっとする。
 そして、丁寧な説明、ありがとうございました。

 夕飯後、ピアノのアルフレッド・ブレンデルとクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルが演奏したブラームスのピアノ協奏曲第1番<PHILIPS>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻と『大阪おもい』を読み進める。

 仕事関係の作業を進める。
 月末進行である。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、岩塚製菓株式会社の黒豆せんべいを食す。
 グルメシティで、税込み100円になっていたもの。
 黒豆がたっぷり入ったうす塩味のせんべいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

速報:読売日本交響楽団大阪公演の招待状は無効というわけではなかった!!

 今さっき、読売新聞大阪本社の企画事業部の方(昨夜のYさんの上司にあたる)から電話が入り、ホームページで当選した招待状は無効ではないということがわかった。

 詳しく述べると、今回の読売日本交響楽団の大阪公演に関して、当初読売新聞のほうから多数の招待状や招待券を送っていたが、終盤チケットが完売状態となり、できるだけ多くの方にコンサートを聴いていただきたいこともあり、招待状や招待券を得た人たちが5月3日当日、どれだけ来場するのか確認する意味合いが昨夜の電話は大きかったと、企画事業部の方から説明があった。
(その意味で、今回のコンサートのチケットの売れ行きに対する見込み違いがあったことは事実と謝れられてもいた)

 そして、昨夜の電話では「立ち見か入場できない場合もある」ので、別の展覧会の招待券を送るという代替案も提示をしたが、今回のコンサートを心から愉しみにしている人がいることも当然事業部のほうでも承知しており、読売日本交響楽団側の対応もあるかもしれないが、招待状や招待券を持って実際コンサートに来られた方の来場をお断りすることはできないという話もされていた。

 で、こちらは、こちら側の勘違いももちろんあるかもしれないが、昨夜のYさんの口調やニュアンスからはどうしてもそのように受け取ることができなかったことや、電話をかけ直したあとの説明もあまり丁寧でなかったことを指摘した上で、昨夜の電話の真意並びに招待状の取り扱いに関しては承知しましたと伝えておいた。

 いずれにしても、招待状の件がこういう形で明瞭になってまずはほっとした。
 そして、5月3日の読売日本交響楽団の大阪公演を心から愉しみたいと思う。


 *追記
 ただし、いくら招待状や招待券を持っていたとしても、開演直前にホールへ到着した場合は、立ち見や来場できないケースもありうると思う。
 遅くとも、開演45分前ごろには、ホールにお着きになられんことを。
posted by figarok492na at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

図書館に行ったあと、大切な用件をすませる(CLACLA日記)

 世は連休の一日目。
 が、ぶらりひょうたんな生き方をしている身ゆえ、僕にはあまり関係なし。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたりしていて消灯が4時になる。

 9時46分に起きて、いくつか雑件を片づける。

 10時53分に外出し、グルメシティで買い物をすませ、11時18分に帰宅する。

 朝昼兼用の食事をすませたあと、トリオ・パルナッソスが演奏したドメニコ・ガッロの12のトリオ・ソナタ集<CPO>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻<講談社>を読み進める。
>自分自身、本気になって闘争するつもりのない人間にかぎって、派手な闘争に喝采するものであり、そうして、喝采することによって、わずかに自分を慰め観念的に昂奮するものなのだ<
(『花田清輝全集』第二巻所収、『復興期の精神』から「天体図」より)

 なお、たびたび記していることだけれど、ガッロの12のトリオ・ソナタ集の一部こそ、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』の元ネタの一つとなっている。

 で、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ他が演奏したその『プルチネッラ』全曲<SONY>を聴きながら、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。


 15時2分に外出し、下京図書館へ。
 坪内祐三の『まぼろしの大阪』<ぴあ>を返却し、予約しておいた同じく坪内祐三の『大阪おもい』<同>を新たに借りる。

 そこから別の場所に移動し、大切な用件をすませる。

 途中、読売新聞のYさんから読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効となる電話があって云々かんぬんは前回の記事に詳しく記したので、そちらをご参照のほど。
 そうそう、Yさんも休日、本当にお疲れ様でした。
(これは厭味でなくて、本心から)

 それにしても、読売日本交響楽団の大阪公演を聴くことができないのは残念無念の極みだ。

 グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、20時ちょうどに帰宅する。


 若干どんよりとしつつも、概していいお天気、いい青空の一日。
 気温自体はそれなりに上昇したものの、強い風が吹いていたためあまり穏やかな感じならず。

 夕飯後、「腹いせ」にピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』&『春の祭典』<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、雑件を片づける。

 続けて、これまた「腹いせ」にブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」<ドイツ・ハルモニアムンディ>を聴きながら、『大阪おもい』を読み始め、読み進める。
 面白し面白し。

 今日は、プレシアのおいしくたべたい・生どら焼き・あずきクリームと、山崎製パンの大きなエクレアを食す。
 いずれも、グルメシティで半額引き、税込み49円だったもの。
 甘さ控えめで、どちらもなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 まあ、世の中ままならぬものですわ…。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効になった!!

 4日、5日と演劇関係のイベントもあるものの、なんと言ってもこの連休中のエンタテインメントの目玉は、5月3日の読売日本交響楽団の大阪公演だ。
 バルトークの2つの映像にモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」、そしてストラヴィンスキーの『春の祭典』というクラシック音楽の熱心な聴き手にとってこたえられないプログラムが組まれた、新常任指揮者シルヴァン・カンブルランのお披露目公演ともなるこのコンサートのチケットを、僕は「YOL関西発」なる読売新聞系のサイトのプレゼント・コーナーに応募して見事招待状という形で手に入れたのである。
 ああ、なんと愉しみなことか!

 ところがである。
 今日の夕方、外出時、読売新聞の読売日本交響楽団担当のYさんから留守電のメッセージが入っていたので折り返し電話をかけたところ、これがあな度し難や、チケットが完売状態か何かで「来場いただいても座席がない」といった趣旨の言葉を宣うではないか。
 つきましては、ルノワール展となんたろかたろをどうのこうのとYさんは代替案を出してくれたものの、当方あくまでも読売日本交響楽団のこのコンサートのチケット欲しさにプレゼント・コーナーに応募したわけで、ルノワール展などいらぬお気遣いというほかない。
(だいいち、うじゃこじゃうじゃこじゃしたなかで絵画なんか観る気にはなれんもの)

 まあ、上述した如く、このコンサートがクラシック音楽ファンの耳目を集めるものであることは想像に難くないし、無い袖は振れぬ、無い席は座れぬと言われれば、もともとただでコンサートに招待してもらう身、萬屋錦ちゃん扮する破れ傘刀舟よろしく「てめえは人間じゃねえやたたっ斬ってやらあ!」と啖呵を切ることもできまいが。

 が、しかし、自分が主催(共催か)するコンサートのチケットの売れ行きを読むこともできず(「読み」「売り」の名前が泣きますぜ)、あたら招待状を配りまくった上でのこのていたらくは、やはり担当部署たる読売新聞大阪本社メディア戦略室・事業部、事業局・企画事業部の「戦略」ミス以外の何物でもないだろう。
(もう一ついえば、「チケット引き換え証」や「プレゼント当選のお知らせ」には、こういった事態が起こり得るということは一切記されていない)

 少なくとも、事の経緯は電話だけですませるのでなく、責任者の署名の入った書面かメールで送って欲しい(記録的な価値も高いので)、と再度電話をかけ直した。

 いずれにしても、残念無念の極みだ。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
 ナベツネ、じゃない、企画事業部憎けりゃ読売新聞まで憎い。
 誰が読売新聞なんか購読するもんか!
(「もともと購読する気なんかなかったくせに」、と呼ぶ声あり。いや、それはわかりませんよ…)


 *追記
 当方と同様、読売日本交響楽団大阪公演の招待状が無効となった方のブログを拝読したが、やはり電話一本で事をすませようとする担当のYさんや責任者の対応は問題があるのではないか。
 上述した如く、カンブルランと読売日本交響楽団の「価値」をわかっていなかったということも含めて、非常に残念だ。

 *追記の追記
 読売新聞企画事業部から連絡がないこともあり、読売日本交響楽団のチケットセンター(東京)に電話をかけたところ、事務局の大阪公演の担当者の方に連絡をするとのことだった。
 公演前の忙しいときに、本当に申し訳ない。

 *追記の追記の追記
 万一チケットが残っていればとフォルテ音楽事務所に電話をかけたところ、すでにチケットは完売状態。
 「関係者」がどれだけ来場するかによって当日券が出るか出ないかとのことだ。
(フォルテ音楽事務所は、読売新聞企画事業部と読売日本交響楽団の指示でチケット管理を行っているだけだそう)
 いずれにしても、招待状なんか当たらなければ、チケットを買っておいたかもしれないのに!
 せこい手段を選んだ自分の責任も大きいとはいえ。
 悔しいかぎり。
 それにしても、「関係者」ってどんな「関係者」なんだろうね。
 クラシック音楽が大好きな人ならいいけど。
posted by figarok492na at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外出後の日記(深夜のCLACLA)

 17時52分に外出する。

 まず、ドラッグランドひかりで週刊文春の小林信彦と品田雄吉の特別対談(連載エッセイ『本音を申せば』の600回を記念したもの)だけを立ち読みする。
 21世紀女優名鑑と題し、貫地谷しほりや綾瀬はるか、堀北真希、長澤まさみなど、今がさかりの女優について語られたもので、前回の仲里依紗に関する文章はこの対談の伏線だったのかと納得する。

 それから歩いて河原町へ。
 途中、京都芸術センターの近くで自転車の朝平陽子さんとすれ違い、あいさつをする。

 グルメシティ京極店でパンを買ってささっと食し、MOVIXのトイレで歯磨きをすませる。
 最近左下の親知らず(虫歯がある)が腫れていて重痛いこともあり。
(「早く歯医者に行けよ!」、と呼ぶ声あり。って、連休じゃん…)

 で、アートコンプレックス1928で、京都ロマンポップのさかあがりハリケーンvol.2『君ノ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終演後、浅田麻衣さんにあいさつをしたほか、同じ回を観に来ていた生駒祐香理さんともあいさつをする。

 終演後は寄り道せずに、フレスコ烏丸店、ドラッグランドひかりで買い物をし、22時7分に帰宅した。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都ロマンポップ・さかあがりハリケーンvol.2『君ノ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』

 帰省中、たまたまテレビでCSデジタルのお試しなんとかというのをあちこちザッピングしていたら、突然『オレたちひょうきん族』にぶつかった。
 どうやら、昔のバラエティ番組を中心に放映しているチャンネルらしい。
 正直、今となっては少々素人っぽ過ぎるというか、造りの雑さいい加減さにびっくりしたのだけれど、ビートたけしや明石家さんまのポストモダンを体現したかのような軽さの凄みには、やはり懐かしさとともに時流に沿った強い勢いを感じたりもしたのだった。

 で、そんなことを思い出したのは、今夜アートコンプレックス1928で観た、京都ロマンポップのさかあがりハリケーンvol.2『君ハ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』(向坂達矢さん作・演出)のどこかに、『オレたちひょうきん族』で演じられたコントと共通する何かを感じ取ったからかもしれない。
(なお、京都ロマンポップの公演を観るのは今回が初めて。前々から気になる団体ではあったのだが、これまでずっと観逃してきた。今回は、制作・情報宣伝で出演者の一人でもある浅田麻衣さんから連絡があり、喜んで招待していただくことにしたのだ。浅田さん、本当にありがとうございます)

 と、言っても、京都ロマンポップのほうは、作家で演出家の向坂さんが「無意味」と強調する割には、内容が重く、丁寧に考えられていて、しかも非常に親切な造りになっていたように、僕には感じられた。
(「あんなお下品でお下劣なことをやっていたのに!?」と眉を顰めるむきもあるかもしれないけれど、あの程度の内容で眉を顰めているようじゃ、以下省略。少なくとも、『京都かよ!』の『マラソロ』のようなおんたこ性by笙野頼子、がない分、僕は安心して観ていることができた)

 けれど、そうした作品の造り、世界観、京都ロマンポップの面々のまじめさ人柄の良さをわかった上で、いや、わかるからこそかえって、僕は今回の公演では、ほとんど笑うことができなかった。

 一つには、最前列にどこかの学生劇団の面々がずらりと陣取って、開演前の前説の段階から「あはあは」と大きな笑い声を上げているのにひいてしまったことも大きいのだが。
 それは、笑いの先を越されるというか、例えばベトナムからの笑い声の笑いがそうであるように、本当ならば「これって笑っていいのかな、でも、我慢できずに笑ってしまう」という順番があってしかるべきなのに、そういう心の抑制もなんにもなくただただだだもれ状態で笑ってしまう彼彼女らに冷め切ってしまったと言い換えてもよい。
(だからこそ、次回以降は、彼彼女らの度肝を抜くようなもっと不親切で辛くて苦い笑いを仕掛けてもいいんじゃないかと僕は考えたりする。なぜなら、京都ロマンポップは「大人」の団体だと僕には映ったから)

 ただ、僕が笑えなかったもう一つの理由は、もともとまじめで熱心な人たちが頑張ってコントをやっているという姿勢があまりにも透けて見えたように感じられたからでもある。
 一例を挙げれば、下ネタを演じる演者の照れややたけた加減が悪い意味で表われてきているというか。
 下ネタ自体を僕は否定しないが、それをやるならば、もっと徹底してクールにやってしまうか、逆に照れやまじめさを「売り」にしてしまうか、そのどちらかにすべきだろう。

 そういった意味で、演技の上手い下手とは別に、合田団地君の肩の力が抜けたような飄々とした自然っぽい演技に僕は二ヶ所笑ってしまったし、沢大洋さんがとちって(もし計算でそうしていたんだとしたら、凄い)緊張が一気に緩和した場面でもついつい笑ってしまった。
(もう一つ言えば、上演終了後の向坂さんの話もよかった)

 いやあ、笑いって本当に難しいな。

 とはいえ、今回の公演を通じて、京都ロマンポップという団体の底力、志向と嗜好、演者陣の人柄や特性、魅力は充分にわかったことも事実で、さかあがりハリケーン(コント公演)も含めて今後も接し続けていきたいと思う。
 まずは、9月の次回本公演を愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

外出前の日記(CLACLA日記)

 東京第五検察審査会が、小沢一郎民主党幹事長に関し起訴相当とする議決を行ったという。
 事の是非はひとまず置くとして、連日あれだけの報道が為されていたわけだから、それこそ起訴しないでどうするという判断が行われても仕方がないと、僕は思う。
 それにしても、河村前官房長官の機密費問題に関する検察審査会の判断はどういったものになるだろうか?
 本当に他人事ではない。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時31分に消灯する。

 10時51分に起きる。

 オリ・ムストネンがピアノ独奏したベートーヴェンの変奏曲集<DECCA>を聴きながら、雑件を片づけたり、仕事関係の作業を進めたりする。

 続けて、同じくムストネンが独奏したベートーヴェンのディアベッリの主題による変奏曲他<RCA>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻<講談社>を読み進める。

 さらに続けて、同じくムストネンが独奏したベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番&10の民謡主題と変奏曲<RCA>を聴きながら、坪内祐三の『まぼろしの大阪』<ぴあ>を読了し、雑件を片づける。
 なお、2004年8月9日の日付がある『まぼろしの大阪』のあとがき中の「「まぼろし」のもう一人の対談相手」とは、同年7月26日に急逝した中島らものことである。

 その後、少し間を置いて、マルク・アンドレ・アムランがピアノ独奏したジェフスキの『不屈の民』の主題による変奏曲他<hyperion>を聴きながら、『魔王』の今後の展開について考え、PCへの打ち込みを少しだけ進める。

 いいお天気、いい青空の一日。

 今夜は、アートコンプレックス1928まで京都ロマンポップの公演を観に行く予定なり。
 と、言うことで、そろそろ外出の準備を始めようと思います。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

ルチア・ポップを聴きながら(CLACLA日記)

 雨降り、本降り、どんよりとしたお天気の一日。
 気温もあまり上昇せず、じめ肌寒い感じが強し。


 昨夜、実家に電話をかけ、母と少しだけ話しをする。
 帰省時の礼など。

 その後、坪内祐三の『まぼろしの大阪』<ぴあ>を読み進めたり、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時36分に消灯する。

 9時39分に起きる。
 ここ二日ほど朝寝坊が続いていたので、少しは早めに起きなければと思い…。
 と、言うのはちょっとだけ嘘。
 9時過ぎに目が醒めて、二度寝しようと思ったのができなくて、それで「えいままよ!」と起きてしまったのだ。
 まあ、早めに起きなきゃと思ったのも本当のことだけど。

 朝昼兼用の食事のためにお米を炊いている間、『花田清輝全集』第二巻<講談社>を読み進める。
 昨日も記した、僕には全く意味がわからないシャープペンのチェックがどうにもうっとうしい。
 ばかもんがももんがかわいがもんが!
 と、この犯人を面罵してやりたくなる。

 食事後、ソプラノのルチア・ポップとクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻と『まぼろしの大阪』を読み進める。
 で、『花田清輝全集』第二巻所収の『笑の仮面』という一文を読んで少し驚いた。
 と、言うのも、この『笑の仮面』を僕は初めて読んだのだけれど、以前France_panの『家族っぽい時間』を評する際に用いた、ミミクリイ・擬態という言葉が非常に効果的に使われていたからだ。
 もちろん、僕の『家族っぽい時間』評と『笑の仮面』における、ミミクリイ・擬態のニュアンスは少し異なるものではあるのだが。
 が、しかし、それでもこの偶然にはやはり驚く。

>超現実主義を単に狂気であるとして片付けるものもある。
 或いはそうかも知れない。
 しかし、もしもその攻撃が正当であるとするならば、今日の現実が、狂気そのものであるからだ。
 超現実主義は、おそらくヴァルプルギスの夜の産物かも知れない。
 そうして、夜が明ければ消え去ってしまうものであるかも知れない。
 しかし僕らの周囲では、夜はようやくはじまったばかりであるようだ<
(『花田清輝全集』第二巻所収、『童話考』より)

 続けて、ルチア・ポップとピアノのヴォルフガング・サヴァリッシュが演奏したリヒャルト・シュトラウスの歌曲集<EMI>を聴きながら、雑件を片づけたり、『山中貞雄餘話』に関する作業を行う。

 さらに、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの『町人貴族』組曲&メタモルフォーゼン<EMI>を聴きながら、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書きを進める。

 17時23分に外出し、グルメシティ、フレスコなどで買い物をすませ、17時58分に帰宅する。

 帰宅後すぐに、浴室とトイレの掃除をすませる。
 ちゃちゃっとすませようとしたのが失敗のもとで、少し腰を捻ってしまった。
 やれやれ。
 急がば回れということですね。

 夕飯前、ベルナルト・ハイティンク指揮バイエルン放送交響楽団他が演奏したリヒャルト・シュトラウスの歌劇『ダフネ』<EMI>を途中(2枚組の1枚目)まで聴きながら、『まぼろしの大阪』を読み進めたり、いくつか雑件を片づけたりする。
 『ダフネ』は、リヒャルト・シュトラウスの歌劇の中であまり有名な作品ではないけれど、ルチア・ポップの美しい歌声もあって、この全曲盤はまさしく耳のごちそうだと思う。

 夕飯後、今度はヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン放送交響楽団他が演奏したリヒャルト・シュトラウスの歌劇『インテルメッツォ』<EMI>を途中(2枚組の1枚目)まで聴きながら、『花田清輝全集』第二巻と『まぼろしの大阪』を読み進める。
 『インテルメッツォ』もまたルチア・ポップが主人公を歌っているが、ここでは彼女の歌役者ぶりをたっぷりと堪能することができる。
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウをはじめとした他の歌手陣も充実している。

 それにしても、ルチア・ポップが『ばらの騎士』、『アラベラ』、『カプリッチョ』の正規の全曲盤を遺さなかったことは、かえすがえすも残念でならない。
(ホルスト・シュタイン指揮バンベルク交響楽団の伴奏による、上述三つの作品のハイライト集がオイロディスク・レーベルから発売されていたが、ルチア・ポップの没後十年にも再発されることはなかった。どうなってるんだ、全く!)

 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、リスカ株式会社のチーズリングを食す。
 近くのセブン・イレブンで、税込み100円だったもの。
 チーズ風味が濃厚なリング型のコーンスナックで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 衆議院本会議で、殺人事件等凶悪犯罪の時効を廃止延長する刑事訴訟法の改正案は可決、成立し、即日施行されるとのこと。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

二日続けて河原町まで出かけた(CLACLA日記)

 新党新党と、あちらこちらでどうにもかまびすしい。
 あまりのかまびすしさに脳新党、じゃない脳震盪を起こしてしまいそうだ。


 昨夜は、坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を読み進め、「外骨の細川家騒動とロンドンの熊楠」まで読み終えたり、『魔王』の下書きとノート書きを進めたりしたのち、3時8分に消灯する。

 11時26分に起きる。
 二日続けて、とんだ朝寝坊である。
 度し難し。

 クリストフ・ルセ指揮レ・タラン・リリクが演奏したラモーの序曲集<オワゾリール>を聴きながら、『魔王』のノート書き分のPCへの打ち込みを行う。

 続けて、マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊他が演奏したラモーのオペラ・バレ『アナクレオン』他<ARCHIV>を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読了する。
 1894(明治27)年8月1日の日清戦争勃発直前で、坪内祐三は筆を置いている。


 16時4分に外出し、下京図書館へ。
 『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を返却し、予約しておいた『花田清輝全集』第二巻<講談社>と、そうでない坪内祐三の『まぼろしの大阪』<ぴあ>を新たに借りる。

 そこからウィングス京都へ移動し、図書情報室で調べものをしつつ『魔王』のノート書きを進める。
 ほぼ第一の挿入部分のノート書きを終えることができた。

 その後、河原町で大切な用件をすませ、ブックオフをのぞき、夕飯用の買い物をすませて19時34分に帰宅した。


 どんよりとした感じは強かったものの、一応青空が見えていた一日。

 日中は気温が上昇して穏やかだったが、夕方以降は少し冷え込みだす。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけ下さい。

 夕飯後、ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン他が演奏したマルカントワーヌ・シャルパンティエのディヴェルティスマン集<ERATO>を聴きながら、『花田清輝全集』第二巻と『まぼろしの大阪』を読み始める。
 『花田清輝全集』第二巻は、花田清輝の出世作となった『復興期の精神』をはじめ、戦前から戦中にかけて書かれた文章を集めたもの。
(文章の途中途中にチョンチョンとシャープペンのチェックが入っていて、実にうっとうしい。「そういうことは、自分が買った本でやれよ、このすっとこどっこい!」と、この面汚しならぬ本汚し人間に面罵してやりたくなる)
 一方、『まぼろしの大阪』は、ぴあ関西版に掲載された文章を中心にまとめたもの。

 続けて、ソプラノのパトリシア・プティボンとパトリック・コーエン=アクニーヌ指揮レ・フォリー・フランソワーズが演奏したフランス・バロック期の作曲家(ラモーやリュリ、シャルパンティエら)のアリア集<Virgin>を聴きながら、『魔王』のノート書き分のPCへの打ち込みを行う。
 原稿用紙32枚分になった。

 今日も甘いものは食さず。
 その代わり、「カステーヨ ピザクリスプブレッド」を食す。
 ケントボーイズ河原町店で、税込み150円だったもの。
 以前トマト味を食した揚げパンのお菓子で、トマト味とあんまり違いはないなと思いはするも、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

歩いて河原町まで出てしまった(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空の一日。
 気温も上昇し、再び春らしくなる。
 もう、寒くならないで欲しいなあ。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたり、雑件を片づけたりしていて遅くなり、4時6分になってようやく消灯する。

 11時23分に起きる。

 ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、雑件を片づけたり、坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を読み進め、「紅葉の覆面小説と『萬朝報』の創刊」まで読み終えたりする。

 続けて、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団が演奏したコルンゴルトの交響曲他<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、昨夜のC.T.T.セレクション・イン京都の観劇記録をアップしたり、雑件を片づけたりする。


 16時6分に外出し、京都芸術センターへ。
 ちょうど地点の公演の受付が始まるところだったが、持ち合わせが少なかったこともあり断念し、いくつか用件を片づける。

 途中どうしようか迷ったものの、せっかくのお天気だからとそのまま歩いて河原町まで出る。
 ただし、結局Avisと紀伊國屋書店をのぞいただけで、他は回ることはしなかった。

 で、ちょっと疲れたこともあって、甲南チケット河原町店で切符を購入後、阪急で大宮まで戻り、グルメシティなどで買い物をすませて、18時ちょうどに帰宅した。


 帰宅後、雑件を片づけ、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みをする。

 夕飯後、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み進め、「北村透谷と『文學界』の「怒れる若者たち」」まで読み終える。

 ほかに、『大平正芳』の拾い読みもする。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、天乃屋の「ボクのおやつ ひねり揚げえび塩」を食す。
 ファミリーマート四条大宮店で購入したもので、税込み105円だった。
 塩味控えめで海老の風味のきいたねじりせんべいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 JR西日本・福知山線の脱線事故から5年が経った。
 全ての犠牲者に、深く、深く、深く、深く黙祷。

 毎度のことながら、茶番以下の猿芝居にはだまされたくないものだと強く思う。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

C.T.T.セレクション・イン京都

 そのうちに、そのうちに、と思っているうちに時は無情にも流れ去り、人は最期のときを迎えてしまう。
 ああ、芸術は長く、人生は短し。
 そして、メメントモリ!

 なんてことを、昨日ノートルダム女子大学近くの公園でブランコをこぎながら考えてから、アトリエ劇研までC.T.T.セレクション・イン京都(vol.86 2010年4月上演会)を観に行ったのだけれど、よくよく考えたら、C.T.T.の上演会に足を運ぶのは、昨年5月以来の約一年ぶり。

 で、今回はタイトル通り、ここ四回の試演会のうちから評価(と、言うより観客の投票数)の高かった二団体と、他地域のC.T.T.事務局が推薦した一団体が上演を行う「セレクション」。
 「セレクション」だけに、上演協力金も1500円と、ちょと割高になっている。
(僕は支援会員なので300円だが、あとちょっとで有効期限が切れるところだった。そのうちに、そのうちに、と呑気にかまえているから、こういうことになるんだよね。危ない危ない)

 まずは、ダンスパフォーマンス・ユニット、政秀とマロンの『アリかも!』。
 会場の半ばを埋め尽くした京都造形芸大関係者(その多くは、上演が終わると合評会に参加することなく帰ってしまった。残念だなあ!)に、人海戦術、組織票という意地の悪い言葉が口をついて出そうになったし、実際彼女彼らの上演だけ観て投票用紙に○をつけそそくさと会場をあとにした人までいたから(残念、それは無効なのだよ)、そういう側面も否定はできないと思うが、政秀君とマロンさんのダンスそのものには好感が持てた。
 と、言うのも、彼女彼らのダンスから、二人の人柄のよさ、真摯さが透けて見えたので。
 ただ、今回の『アリかも!』は、二人の表現欲求は認めつつも、正直、僕には「頭でつくった」部分が見え過ぎるというか、意匠が勝ち過ぎているように感じられて、あまり面白くなかった。
 できることならば、そんなごてごてなどとっぱらった、マロンさんと政秀君(白タイツ姿でも小豆色のジャージ姿でもなんでもいい)の音楽も何もなしの素のダンスを、僕はただただ30分観てみたい。
 なぜなら、そうしたほうが、よりマロンさんと政秀君の魅力がストレートに伝わるだろうから。
 いずれにしても、五年先十年先が愉しみなコンビである。
 継続は力なり!

 続いて、西山真来さんと濱崎彰人さんによる象、鯨。の『次回作高山なおみ作「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」舞台化のキャスト、スタッフ募集のためのプレゼン』。
 高山なおみや山崎ナオコーラ、川上弘美の作品をコラージュしたというテキストそのものに加え、西山さんや濱崎さんの演劇的抑揚を控えた演技(合評会で高田ひとし君も指摘していたことだけど、後述オパンポン創造社とは非常に対照的だ)もあって、どこか単館封切りのアート系シネマのような雰囲気が醸し出されてはいたが、一方で、舞台上(ライヴ)ということを充分意識した試みが為されていたとも思う。
 西山さんの存在感は言うまでもないが、それを受ける濱崎さんとのコンビネーションも悪くなさそうなので(西山さんはいい相手を見つけたのではないか)、あとはテキストを如何に組むかということと、他の演者陣が誰になるかということが大きな鍵となるだろう。
(もう一ついえば、通常以上に、好きか嫌いかが判断の基準となる公演になるような気がする)
 そういえば、僕は西山さんの舞台姿に初めて接したのは、2006年4月のC.T.T.の試演会のことだった。
 松田正隆さんが西山さんの表現をいたく気に入ったのもこのときである。
 時の流れは、本当に速い。

 そして最後は、大阪事務局推薦のオパンポン創造社による『野人が出たぞ』(野村侑志さん作・演出)。
 初めての京都ということもあってだろう、冒頭、演者の手探り状態の緊張感、心の揺れが痛いほど伝わってきたが、ここは心を鬼にして、野村さんの最前列の客いじりには反応せず。
 一瞬これはどうなるか、と心配もしたが、本篇が始まってからは、ほぼリラックスした気分で最後まで観終えることができた。
 個人的には、「大阪」というよりも、1980年代、90年代の東京の小劇場、というかコントのような、線がはっきりして、よく造り込まれた作品になっていると思った。
 アトリエ劇研のキャパシティからすると若干オーバーアクション気味かなと感じたりもしたが、演者個々のキャラクターも面白く、本公演など、だれ場も含めた長い尺で一度観てみたい集団である。
(「そのうちに、そのうちに、なんて先延ばしにしてはだめぜよ!」と呼ぶ声あり。了解です)

 それにしても、こうやってバラエティに富んだ表現活動に触れることができるのがC.T.T.の大きな魅力の一つなわけで、現在の比較的「フラット」な状態が今後も長く続いていくことを、僕は心より願ってやまない。
 C.T.T.は長く、人生も長し、となったらいいな。
posted by figarok492na at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンサート、ブランコ、CTTセレクション(深夜のCLACLA)

 昨夜は、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みをしたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時57分に消灯する。

 10時25分に起き、毎週恒例の洗濯をすぐさま決行する。
 少しどんよりとした感じはあったものの、青空が見えていたため。
 その後、しっかりとしたいいお天気、いい青空となり、洗濯決行は大正解だった。

 坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を読み進め、「二つの英訳『方丈記』」まで読み終える。

 今後の創作活動について考える。

 ほかに、『大平正芳』の拾い読みをする。


 13時25分に外出する。

 まず、四条通の金券ショップ・トーカイ四条烏丸店で切符を買ってから、地下鉄で北山まで行き、京都コンサートホールで京都フィルハーモニー室内合奏団の第170回定期公演を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、京都市交響楽団の来月の定期演奏会(第535回)のP席が残っていたので、すかさず購入しておく。
 今シーズンから京響の定期演奏会のP席の値段が1500円から2000円に値上げになったのだが、発売から一週間ほど経って残席があるというのはこのこととやはり関係しているのだろうか。

 コンサート終了後、近くのマクドナルド京都北山店に入り、ハンバーガーとマックポークを食したのち、コンサート記録(前回の記事)の下書きを行う。

 そこから歩いてアトリエ劇研行き、C.T.T.Selection in Kyoto(vol.86)を観る。
(詳しくは、次回以降にアップする予定)
 途中時間があったため、以前一度寄ったことのあるノートルダム女子大近くの公園でブランコをこぎながら、前回と同じく自分自身の死などについて考える。

 開演前合評会終了後、田辺剛さんや杉山準さん、高田ひとし君、出演者の西山真来さん(象、鯨。)、野村侑志さん(オパンポン創造社)と立ち話をしたりあいさつをしたりする。

 そういえば、C.T.T.は試演会ばかりでなく、合評会も含めて意味があるものだと僕は思う。
 もちろん、それぞれ事情はあるのだろうが、自分が投票したい人に投票してそれで事すめりという態度はちょっと残念だな。
 特に、創造活動や芸術活動を学んでいる人たちがそれでは。

 バスの待ち時間が長そうだったので、松ヶ崎から地下鉄で四条まで戻り、そこから歩いて、22時10分に帰宅した。


 それにしても、この寒さはなんなんだろうなあ。
 もう、4月も24日というのに。

 帰宅後、遅めの夕飯をとり、いくつか雑件を片づける。

 以上、4月24日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

京都フィルハーモニー室内合奏団第170回定期公演

☆京都フィルハーモニー室内合奏団第170回定期公演

 指揮:大山平一郎
 独唱:晴雅彦(バリトン)

 会場:京都コンサートホール小ホール(アンサンブルホールムラタ)
 座席:1階3列22番(休憩前)、2階L列15番(休憩後)


 今は昔、大きいことはいいことだ! と気球に乗って踊り叫んだ御仁がいたが、高度経済成長期ならばいざしらず、いつもかつも馬鹿の一つ覚えみたくなんの考えもなしに大きいことばかり追い求めていても仕方がない。
 まして、手元不如意の折など身の丈にあった生活を…。

 なあんてことは全く関係ない、わけじゃないけど、シェーンベルクが第一次大戦後すぐに開催した「私的演奏会」のために室内アンサンブル用に編曲されたマーラーの『さすらう若人の歌』とブルックナーの交響曲第7番を京都フィルハーモニー室内合奏団が演奏するというので、北山の京都コンサートホールまでその定期公演を聴きに行って来た。
(なお、出演を予定していた村上寿昭がアイスランドの火山噴火の影響で帰国できず、急遽大山平一郎に指揮者が変更となった)

 で、まずは、ヴァイオリン2にヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、打楽器、ピアノ、ハルモニウム各1という編成の、シェーンベルク自身の編曲によるマーラーの『さすらう若人の歌』。
 実はこの編成による演奏は、クリスティアン・ゲルハーエルが歌ったCD<Arte Nova>を日ごろから愛聴していることもあって、ちっとも違和感を覚えない。
 フルオーケストラ版のような音色の厚みはないが、かえって音楽の持つ若々しさ、リリカルな性質が明確に示されているのではないかと思うほどだ。
 バリトン独唱の晴雅彦は、関西二期会を中心にオペラで活躍している人だけれど、ベストの状態ではなかったとはいえ、劇性に富んだ歌いぶりだったと思う。

 休憩後は、ハンス・アイスラー、エルヴィン・シュタイン、カール・ランクルの編曲によるブルックナーの交響曲第7番。
 こちらも、ヴァイオリン2をはじめ、ほぼ『さすらう若人の歌』と同様の編成(ただし、フルートと打楽器がホルン1に変わり、ピアノが2に増えている)で、「私的演奏会」自体が中断されたため実際に演奏されることはなかったとプログラムにはある。
 この室内アンサンブル版によるブルックナーの交響曲第7番も、確かリノス・アンサンブルが演奏したCD<CAPRICCIO>を以前一度だけ聴いたことがあるのだが、『さすらう若人の歌』のように聴き込んでいないこともあってだろう、正直、本来聴こえてくるべきものが聴こえてこないもどかしさ、なんともしっくりこない感じをそこここで覚えてしまった。
 もちろん、室内アンサンブルという編成だからこそ、ブルックナーの音楽進行の独特さや旋律(特に弦楽器の)の美しさ、抒情性を改めて認識することもできはしたのだけれど。
 大山平一郎と京都フィルハーモニー室内合奏団は、限られた時間で作品の持つ性格を的確に示すべく健闘していたが、ところどころアンサンブルとしてのまとまりに欠ける部分や個々の奏者に粗さを感じる部分があったことも残念ながら事実である。

 とはいえ、こうした珍しいプログラムでのコンサートを行った京都フィルハーモニー室内合奏団の積極的な姿勢に対しては、やはり高く評価すべきではないだろうか。
 今後も、室内オーケストラ、室内アンサンブルならではの面白いプログラミングを愉しみにしていきたい。

 つまるところ、大きいばかりが能じゃないってことなんじゃないのかな。
 いや、もちろん大きいものには大きいもののよさがあることは充分認めた上でのことだけどね。
posted by figarok492na at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

横山勝也が亡くなった(CLACLA日記)

 尺八奏者の横山勝也が亡くなった。75歳。
 横山勝也といえば、武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』の初演者として知られるが、僕は今から約22年前の1988年2月25日、今は亡き山田一雄指揮京都市交響楽団の第303回定期演奏会(京都会館第1ホール)で、これまた今は亡き鶴田錦史(琵琶)との初演者コンビによる『ノヴェンバー・ステップス』の実演に接したことがある。
 京都会館の音響の悪さはいかんともし難かったが、横山さん、鶴田さんとオーケストラが生み出す独特な音楽世界に強く心を揺さぶられたことは、未だに記憶に残っている。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 昨夜は、坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を読み進め、「尾崎紅葉と文士劇」まで読み終えたり、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時58分に消灯する。
 昨夜のナイナイのオールナイトニッポンは、『てぃだかんかん』の関係で、松雪泰子がゲストだったが、ふふんといった感じの松雪さんの鼻にかかった笑い声がとても印象深かった。

 11時8分に起きる。

 『魔王』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 13時13分に外出し、近くの郵便局で用件をすませ、13時23分に帰宅する。

 帰宅後、リカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したムソルグスキーの『展覧会の絵』(ラヴェル編曲)&交響詩『はげ山の一夜』<PHILIPS>を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み進め、「正直正太夫死す」まで読み終えた。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団が演奏したチャイコフスキーの交響曲第5番他<CBS>を聴きながら、雑件を片づけたり、『魔王』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みをすませる。
 原稿用紙28枚分になる。


 16時8分に再び外出し、歩いて河原町へ。
 大切な用件をすませたのち、ブックオフ、Avisをのぞき、夕飯用の買い物をすませて、19時33分に帰宅する。
 ブックオフでは、500円に値下げされているクラシック音楽のCDでいくつか欲しいものもあったのだが、迷いに迷った末、結局一枚も買わないでおいた。
 我慢我慢。


 どんよりとしたお天気だったが、夕方ぐらいから青空が見え始める。
 気温は今日も上昇せず、肌寒い感じが強い一日となる。

 夕飯後、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル他が演奏したリヒャルト・シュトラウスの家庭交響曲他を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み進め、「脅威の新人、森鴎外」まで読み終えた。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>を拾い読みする。

 今日は、ココナッツビスケットの残りを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 旧知の松田裕一郎さんよりメールが届く。
 東京生活が無事スタートしたようで、まずは何よりだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

あれあれ、また寒くなったぞ(CLACLA日記)

 朝から雨降りの一日。
 気温もあまり上昇せず、じめ寒い感じが強い。
 寒暖の差が激しいこともあり、皆さん、くれぐれもご自愛下さいませ。


 昨夜は、坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を読み進め、「学制改革が二葉亭を作家にした」まで読み終えたり、水曜JUNK、南海キャンディーズ・山里亮太の『不毛な議論』を聴きながら、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時15分に消灯する。
 聴いておいてなんだが、昨夜の『不毛な議論』は本当にひどかった。
 これほどどうしようもないラジオ番組を聴いたのは、久しぶりだ。
(と、言いつつ、結局最後まで聴いてしまったが。水曜の深夜といえば、aikoのオールナイトニッポン・コムが懐かしいなあ)

 10時12分に起きる。

 ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズが演奏した初期ロマン派の作曲家による序曲集<EMI>を聴きながら、『慶応三年生まれの七人の旋毛曲り』を読み進めたり、雑件を片づけたりする。

 続けて、ブルーノ・ヴァイル指揮カペラ・コロニエンシスが演奏したウェーバーの交響曲第1番を聴きながら、『山中貞雄餘話』の下書きを進める。
 ウェーバーの交響曲の威勢のよさと劇場感覚の豊かさは買うが、少々かしまし過ぎる感じがするのも事実である。
 特に両端楽章など、もうちょっと静かにしてもいいだろうにと思わないこともない。

 少し間を置いて、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークが演奏したシューマンの交響曲第1番「春」他<ARCHIV>を聴きながら、『山中貞雄餘話』のノート書きとPCへの打ち込みを進める。
 ようやく、原稿用紙33枚分になった。

 15時過ぎに大阪ガスの人が来て、ガスの点検を行う。
 で、すぐさま問題なく終了する。

 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団他が演奏したメンデルスゾーンの劇音楽『夏の夜の夢』ハイライト&序曲『フィンランドの洞窟』<ハルモニアムンディ・フランス>を聴きながら、『魔王』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 『夏の夜の夢』は、季節的にはまだだいぶん早過ぎるが、聴きたくなったんだから仕方がない。
 夏だろうがなんだろうが関係ないもんね。

 『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』をさらに読み進め、「『露団々』が世に出るまで」まで読み終えた。
 面白し面白し。


 17時18分に外出し、まず近くのファミリーマート四条大宮店で、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、何週間か前に気になる存在として少しだけ触れていた、仲里依紗にスポットライトが当てられている。
 実は帰省中、『ヤンキー君とめがねちゃん』の番宣で『はなまるマーケット』に出演した仲里依紗を観て、(伊東四朗が出ていることもあり)小林信彦は内容次第ではこのドラマのことを誉めるんじゃないかなあと思ったばかりだったので、このチョイスはとても嬉しい。
 ただし、小林信彦が今回取り上げたのは、仲里依紗は仲里依紗でも、現在公開中の『時をかける少女』と『ゼブラーマン2 ゼブラシティの逆襲』の二本。
 で、僕は二本とも観ておきたくなった。
 それにしても、いつものことながら小林さんの選択眼の鋭さには舌を巻く。

 その後、グルメシティ、フレスコ、ダイソーで買い物をすませて、18時11分に帰宅した。


 帰宅後、いくつか雑件を片づける。

 夕飯後、フォルテピアノのオルガ・トヴェルスカが独奏したシューベルトのピアノ・ソナタ第13番&第6番他<Opus111>を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み進め、「正岡常規、喀血して正岡子規になる」まで読み終えた。
 重ねて、面白し面白し。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>の拾い読みもする。

 今日は、スイートボックスのココナッツビスケットを食す。
 ダイソーで購入したもの。
 いつも通り、食べ出したらやめられぬ食べ勝手のいいビスケットで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 サマランチ前IOC会長が亡くなったという。89歳。
 よくも悪くも、オリンピックの商業化を積極的に推し進めた人物であった。
 黙祷。

 舛添要一前厚労相らによって結成される新党の名前が「新党改革」となるそうだ。
 まあ、どうでもいいことだけど。
 ところで、小池百合子は自民党を離党しないのかな。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

友だちと電話で話しをした(CLACLA日記)

 急がば回れ。
 ふと、そんなことを思い起こす。


 昨夜は、坪内祐三の『文庫本を狙え!』<晶文社>を読み進めたり、爆笑問題カーボーイを聴きながら、『魔王』の挿入部分の下書きとノート書きを進めたりしたのち、2時50分に消灯する。

 10時24分に友だちから電話があって、それで目が醒める。
 で、2時間ほどいろいろと話しをする。

 バリトンのトーマス・ハンプソンとニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したモーツァルト、ハイドン、シューベルトのアリア集<WARNER>を聴きながら、雑件を片づけたり、『文庫本を狙え!』を読了したりする。

 少し間を置いて、バリトンのロベルト・スカルトリーティとクリストフ・ルセ指揮レ・タラン・リリクが演奏したモーツァルトと同時代のウィーンの作曲家によるアリア集<オワゾリール>を聴きながら、『魔王』のノート書き分のPCへの打ち込みを進めたり、雑件を片づけたりする。


 16時ちょうどに外出し、まずは下京図書館へ。
 吉田秀和の『くりかえし聴く、くりかえし読む 新・音楽展望 1997−1999』<朝日新聞社>と『文庫本を狙え!』を返却し、予約しておいた坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を新たに借りる。
 本当は、同時に予約した『花田清輝全集』第2巻<講談社>がまだ届いていないのだが、早く次の本を読み始めたかったため、今日図書館に行くことにしたのだ。

 そこから、京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたほか、ギャラリー南・北で開催中の展覧会『舞台裏 ―物語へようこそ―』を観ておく。
 『舞台裏』は、関西小劇場を代表する二人の舞台美術家、奥村泰彦さん(MONOの演者陣の一人でもある)と柴田隆弘さん(南船北馬一団などで活躍)の作品展で、小暮宣雄さんのブログを読んで、これは触れておきたいと思ったもの。
 ギャラリー南では奥村さんによるルドルフの『授業』の、北では柴田さんによるMONOの『赤い薬』の、それぞれ舞台のセットがどんと展示されるなどしていて、まさしく「舞台裏」や「舞台上」をのぞき観る愉しさを味わうとともに、奥村さん、柴田さんの仕事ぶりを十二分に識ることもできた。
 大いに満足り。

 その後、ドラッグランドひかりとグルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時32分に帰宅した。


 今日は、いいお天気、いい青空の一日。
 気温も上昇し、春らしい陽気となった。
(その分、ヒノキ花粉の勢いが強まったようで、時折目の周りのかゆみを感じたりする)

 帰宅後、オッコ・カム指揮ヘルシングボリ交響楽団が演奏したベルワルドの交響曲第1番「セリウーズ」&第2番「カプリシウーズ」他<NAXOS>を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み始め、「エージャナイカと神経衰弱」を読み終えた。
 『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』は、その題名通り、徳川幕藩体制最末期の慶応三年(「ええじゃないか」の騒動もこの年に起こった)に生まれた正岡子規、尾崎紅葉、斎藤緑雨、夏目漱石、南方熊楠、幸田露伴、宮武外骨を中心に、彼らが生きた時代を活写した一冊である。
(ほかにも、この慶応三年に生まれた人物には、藤島武二、伊東忠太、池田成彬、山下亀三郎、豊田佐吉、鈴木貫太郎らがいる)
 なお、題名の「旋毛曲り」は、夏目漱石の死に際して宮武外骨が記した「七赤金星男は旋毛曲りと胃病」という一文によるものだ。

 夕飯後、ヴィオラのローラン・ヴェルネイとチョン・ミュンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団が演奏したベルリオーズの交響曲『イタリアのハロルド』<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』を読み進め、「自由民権の時代に」まで読み終えた。

 今日は、山崎製パンの抹茶まん(こしあん)を食す。
 ドラッグランドひかりで、半額引き、税込み42円になっていたもの。
 こしあんがたっぷり入った抹茶地のお饅頭で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 免疫学者の多田富雄が亡くなった。76歳。
 深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

新世紀管弦楽団に関して調べてみた

 『ぶらあぼ』5月号を拾い読みしていたら、東京北西部・埼玉県を拠点とし、モダン楽器とピリオド楽器、モダン奏法とピリオド奏法の両方を取り入れたドイツ・オーストリアスタイルのオーケストラを目指すという「新世紀管弦楽団」なるプロのオーケストラが楽団員を募集していたので、早速そのホームページをのぞいてみることにした。
(同じ段に広告が掲載されている、埼玉県を拠点とした「新世紀オペラ」というオペラカンパニーも含めて「新世紀プロジェクト」という組織が運営しているようだ)

 で、新世紀管弦楽団といえば、どうしても創価大学の学生オーケストラを想起してしまうのだけれど、ホームページをのぞいたかぎりでは、そことは関係ないらしい。
 管弦楽団のほうは、今年の8月7日に三鷹市芸術文化センターの風のホールで第1回目の演奏会を予定していて、指揮はリンツ歌劇場の指揮者森内剛氏(国立音大出身のようだ)が務めるとのことだ。
(700前後の席数のホールで演奏会を行うと記してあるので、三鷹やさいたま芸術劇場などでコンサートを行う予定なのではないか)

 いずれにしても、今後の展開を注視しておきたい。
(もしかしたら、またぞろ電話かメールでさらなる情報収集を行うかもしれない)
posted by figarok492na at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック豆情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結局、今日も遠出はせず(CLACLA日記)

 どうにもネットの調子がおかしいのでブロードバンドの会社に電話をかけてみたところ、どうやら会社本体のデータにトラブルが発生したとのこと。
 で、復旧には時間がかかるそうだ。
 まあ、仕方ない。
(でも、この会社なんやかやとトラブルが多いんじゃないか。そろそろ光フレッツに乗り換えよっかなあ)


 昨夜は、吉田秀和の『くりかえし聴く、くりかえし読む 新・音楽展望 1997−1999』<朝日新聞社>と坪内祐三の『文庫本を狙え!』<晶文社>を読み進めたり、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時40分に消灯する。
 普段なら、そのまま番組終了まで深夜の馬鹿力を聴き続けるのだけれど、昨夜は気づいたらいつの間にか眠ってしまっていた。

 10時15分に起きる。

 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<Arte Nova>を聴きながら、『くりかえし聴く、くりかえし読む』を読了し、『文庫本を狙え!』を読み進める。

 京都市図書館のインターネットサービスで、『花田清輝全集』第2巻<講談社>と坪内祐三の『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』<マガジンハウス>を予約しておく。

 続けて、同じくジンマンとチューリヒ・トーンハレ管が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、『ツァラトゥストラはかく語りき』<同>を聴きながら、長崎日記・下をブログ等にアップしたり、雑件を片づけたりする。

 24日(今週土曜日)の定期公演のチケットを予約しておいた、京都フィルハーモニー室内合奏団事務局の田村誠基さんから返事のメールが届く。
 なんと、アイスランドの火山噴火の影響で、村上寿昭の帰国が適わず、指揮者が大山平一郎に変更されたとのこと。
 村上さんの指揮に接するのも今回の定期公演の愉しみの一つだったが、室内アンサンブル版によるマーラーの『さすらう若人の歌』とブルックナーの交響曲第7番というプログラム自体が興味深いこともあり、そのままチケットの予約をお願いしておく。
 それにしても、急な指揮者の変更は大変だったろうと思う。
(アイスランドの火山噴火の影響に関しては、日曜日の晩に本多優之さんと話したばかりだったのだが)

 チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団が演奏したブラームスのセレナード第1番&第2番<TELARC>を聴きながら、引き続き雑件を片づける。

 16時30分に外出し、近くのブックファーストで『レコード芸術』5月号を立ち読みしてから、グルメシティ、フレスコ、ダイソーで夕飯用の買い物をすませて、17時7分に帰宅した。

 今日は、小雨が降るなどどんよりとしたお天気の一日。
 それでもヒノキ花粉は飛び回っているようで、頭がぼわんとしたり目の周りがしばしばしたりする。
 やれやれ。

 帰宅後、メゾ・ソプラノのマグダレーナ・コジェナーとミシェル・スヴィエルチェフスキー指揮プラハ・フィルが演奏したモーツァルト、グルック、ミスリヴェチェクのオペラ・アリア集<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、さらに雑件を片づける。
 このアルバムは、コジェナーが今みたいに「進化」してしまう以前の録音で、その分感情表現の激しさでは若干劣るものの、清潔感あふれる歌いぶりはやはり魅力的だと思う。
 スヴィエルチェフスキー指揮のプラハ・フィルも、コジェナーの歌唱によく沿っているのではないか。

 夕飯後、ベルリン・フィル8重奏団が演奏したブラームスの弦楽5重奏曲第1番&第2番<PHILIPS>を聴きながら、『文庫本を狙え!』を読み進めたり、『ぶらあぼ』5月号の拾い読みをしたりする。

 続けて、ケラー・カルテットが演奏したチャイコフスキーの弦楽4重奏曲第1番&第2番<ERATO>を聴きながら、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日は、日清製菓のバターココナツサンドチョコレート(ビスケット)を食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 ごちそうさま!

 明石市の歩道橋事故に関し、元明石副署長が強制起訴されたとのこと。
 こういう裁判こそ、裁判員制度による裁判が必要なのではないのか?

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長崎日記・下

☆4月15日(木)

 帰省四日目は、正午過ぎから母と浜町まで出かける。

 で、中華街の江山楼(こうざんろう)で、特上ちゃんぽんと上皿うどん・太麺を注文し、シェアして食べる。
 長崎の皿うどんというと、どうしてもパリパリの揚げた細麺を思い浮かべる人も多いだろうが、僕が好きなのは太麺のほう。
 本当は、両親の田舎である千々石(現雲仙市)で何度も食べた焼きそば風の太麺の皿うどんが大好物なのだけれど、これはそうそう簡単に食べに行くことはできないし、母の話によると代替わりか何かで大きく味が変わってしまったともいう。
 それで、次善の策として、江山楼を選ぶことになる。
 こってりとした味わいのちゃんぽんのほうもなかなか美味しかったが、鶏の砂ずりが入っていたのは個人的には「?」。
 そういえば、江山楼には以前タピオカミルクがあって、毎回欠かさず食べていたのだが、いつの間にかなくなってしまった。
 残念だ。

 その後、浜屋のセールに付き合い、地下の梅月堂のコーナーでシェロールというロールケーキ(税込み420円)を買ってもらう。
 帰宅後、おやつとして食したが、シンプルな味わいでなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 それから、好文堂とダイソーを一人でのぞいたあと、路面電車で松山町まで移動し、そこからタクシーで帰宅する。
 途中、茂里町の新しい商業施設・ココウォークを目にすることができたが、例の観覧車にはなんとも場違いの…(以下省略)。

 夜、『山中貞雄餘話』と『魔王』の下書きとノート書きを少し進める。


☆4月16日(金)

 本来ならば、16日に京都に戻る予定にしていたが、いろいろと事情があってもう一日滞在を延ばすことにする。

 ただし、連日遠出をしていたこともあり(加えて財布の中身の問題もあり)、この日は、15時台に少し離れたコンビニまで散歩がてら足を運び、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みした以外は、ずっと実家で過ごす。

 夜、NHK教育テレビでチューリッヒ歌劇場の『トスカ』を観聴きしたが、これはそうしておいて正解だった。
 それにしても、チューリッヒのオペラの水準は噂に違わず高いな。
posted by figarok492na at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

暖かくなると、今度は眠たくなるもんだ(CLACLA日記)

 気温が上昇したと思ったら、またぞろぽわんぽわんと強い眠気に襲われるようになった。
 頭がぼおっとしたり身体が重だるかったりするから、もしかしたらヒノキの花粉の影響もあるのかもしれないけれど。
 いずれにしても、眠い眠い!


 昨夜、指揮者の本多優之さんから電話があり、今後の企画についてなど一時間ほど話しをする。

 その後、吉田秀和の『くりかえし聴く、くりかえし読む 新・音楽展望 1997−1999』<朝日新聞社>と坪内祐三の『文庫本を狙え!』<晶文社>を読み進めたり、仕事関係の作業をしたりしたのち、3時16分に消灯する。

 10時15分に起きる。

 バリトンのオラフ・ベーアとハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したモーツァルトのオペラ・アリア集<EMI>を聴きながら、『くりかえし聴く、くりかえし読む』と『文庫本を狙え!』を読み進めたり、いくつか雑件を片づけたりする。

 続けて、ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィル他が演奏したモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』ハイライト<DECCA>を聴きながら、少しだけうとうとしたり、ブログなどに『長崎日記・中』をアップしたりする。
 ハイライトだけで判断するのは早計に過ぎるかもしれないが、この『フィガロの結婚』は、シャープで流れのよいショルティ&ロンドン・フィルと伸びがあって艶やかなルチア・ポップのスザンナが聴きものだと僕は思う。

 さらに、ペーター・ノイマン指揮コレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団他が演奏したモーツァルトの戴冠式ミサ曲他<EMI>を聴く。
 独唱、合唱ともに粒ぞろいで、教会ソナタの挿入も適切なのではないか。
 それにしても、ケルン滞在中、ノイマンとこの団体の実演に接することをしなかったのは、本当に残念でならない。

 16時14分に外出し、近くの銀行に寄ったあと、グルメシティ、フレスコ、西洞院のSHOP99で夕飯用の買い物をすませ、17時13分に帰宅した。

 今日は、どんよりとしたお天気の一日。
 雨降りになるか?

 先日応募しておいた京都市立堀川音楽高等学校のオープニングコンサートウィーク(旧知の通崎睦美さんの分)だが、「定員を超えましたので誠に申し訳ございませんが、お断りさせて頂きます」との返信がある。
 残念だけれど、先着順ゆえ仕方がない。

 帰宅後、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団管楽アンサンブルが演奏したモーツァルトのセレナード第10番「グラン・パルティータ」&第12番「ナハトムジーク」<ハルモニアムンディ・フランス>を聴きながら、いくつか雑件を片づける。

 続けて、ハーゲン・カルテットが演奏したモーツァルトの弦楽4重奏曲第20番「ホフマイスター」<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『くりかえし聴く、くりかえし読む』と『文庫本を狙え!』を読み進める。

 夕飯後、リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団が演奏したモーツァルトの序曲集<naïve>を聴きながら、『くりかえし聴く、くりかえし読む』と『文庫本を狙え!』を読み進めたり、『山中貞雄餘話』の今後の展開について考えたりする。

>(前略)ウィーンを始めヨーロッパの中心都市に至るまで、流行とは距(へだた)りのある服をきていても、耳の肥えた、経験豊かなきき上手という感じの人がいるもので、そういう人の存在は批判力のある伝統の厚みを支えていて、経済の浮沈にもかなりの抵抗力をもっている<
(『くりかえし聴く、くりかえし読む』所収、「「金のかかる芸」とは」より)

 続けて、オーボエのアルブレヒト・マイヤーとクラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバー・オーケストラが演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲他<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『魔王』の挿入部分の今後の展開について考える。

 今日も、COOPの厚切りバウムクーヘンを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 なんでもかんでも好き勝手なことをいやあいいってもんじゃあるまいに!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長崎日記・中

☆4月14日(水)

 一枚の写真に写されたある人物の姿から、その人の思想人格趣味識見来し方行く末の全てをずばり言い当てることなどとうていできるわけがない。
 もしそんなことができると言い張る人がいるならば、その人は相当気が違っているか、単なる嘘つきか、あるいはその両方のどれかだろう。

 が、しかし、一枚の写真に写されたある人物の姿から、その人(あわせて写した人)の生気や精気、勢気や性気、さらには凄気や聖気の一端を感じ取ることもまたできるのではないか。
 少なくとも僕は、一枚の写真から様々なイメージを膨らませ、そこに写し取られたひと、もの、ことについて想い考えることが大好きで仕方がない。
 まして、自分自身が直接目にし触れることのできない、過去のひと、もの、ことについての写真ならばなおさらだ。

 そんな僕の好みにぴったりの写真展がちょうど長崎で開催されていることを、13日の帰りのバスの広告で知ったので、迷わず足を運ぶことにした。
 桜町公園前のバス停から歩いてすぐのところにある長崎歴史文化博物館、その3階企画展示室で開かれている『幕末長崎古写真展 龍馬と彦馬 維新のまなざし』がそれで、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』にあやかったとおぼしきサブタイトルには、嘘ではないけど若干こじつけ気味かなと感じたことも事実だが、やはりこれは観ておいて正解の写真展だった。
(そういえば、NHKの地元の番組で、龍馬姿の福山雅治さんを目にしたが、福山さんは本当に若いなあ。実は、福山さんは淵中学校の一学年先輩にあたるんだけど、彼のほうは早生まれだから、実際は同い年なのだ。彼と我との違い。ああ…)

 副題にもあるように、今回の写真展では日本初の写真家の一人上野彦馬(とその弟子)が撮影した写真のほか、医学を教えるために当時長崎に滞在していたオランダ人アントニウス・フランシスカス・ボードイン(弟は駐日オランダ領事)の撮影したものもあわせて展示されていて、幕末や明治初期に生きた武士や町民(その中にはもちろん女性も含まれる)、外国からの客人たちの姿や、そのころの長崎の風景に、ときに心がなごみ、ときに圧倒される。

 そこには、坂本龍馬をはじめ、岩崎弥太郎や陸奥宗光といった歴史上有名な人々の写真もあって、それはそれで興味深かったのだが、個人的には名もない人たち(例えば、上野彦馬の指示に従ってだろう、慣れぬポーズを決める町人や女性たち)の写真により引き付けられた。

 それと、写真の中心で撮影されると魂が抜かれるという迷信を真に受けたものか、真ん中に位置している人の顔が削り取られている写真が何枚もあったことや、上野彦馬が二重写しなど技巧的な試みを積極的に行っていたことも、僕には面白かった。

 ただ、写真に付けられた解説には、時々おやと思うものも含まれていた。
 特に、大大名と推測されている一枚は、他のコーナーに展示されている上野彦馬の弟子井上俊三と同一人物ではないだろうか?
(これは、何度か見比べての感想である)

 いずれにしても、たった500円でこれだけの写真に触れることができるのであれば、全く文句はない。
 5月31日まで開催中(開催期間は休館日はなし)で、歴史好きの人以外にもなべてお薦めしたい。
(僕個人としては、この写真展を観たあと、ぜひとも平和資料館などで被爆直後の長崎のひと、もの、ことを確認してもらいたいと思う。幕末・明治初期の長崎と、8月9日の長崎とがどうつながり、どう切断されているのかを考えるよいきっかけになるはずだと、僕は思うからだ)


 この日は、長崎歴史文化博物館に向かう前に、近くの桜町小学校内にある入場無料のサント・ドミンゴ教会跡資料館をのぞき、写真展のあとは浜町まで二日続けて出て、もみおこしがあったこともあってマッサージセンター西濱で50分ほどマッサージをしてもらったりもした。
 サント・ドミンゴ教会跡資料館は、江戸時代初期に建てられたサント・ドミンゴ教会、さらにその跡地に建てられた末次高木両長崎代官屋敷に関する資料館で、教会時代の「用途不明の大型石組地下室」というものに、想像力をかきたてられた。
 また、マッサージセンター西濱では丁寧なマッサージを受けることができた。
posted by figarok492na at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

下京図書館や京都芸術センターへ行った(CLACLA日記)

 昨夜は京都に戻って来たばかりというのに、いやだからこそか、バリトンのオラフ・ベーアとハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したモーツァルトのオペラ・アリア集<EMI>を聴きながら、この間たまっていた仕事関係の作業や雑件を片づけていて遅くなり、3時57分になってようやく消灯する。

 それでも9時31分に起きて、掃除機かけなど部屋の掃除をすませる。

 帰省中にメールをもらっていた京都ロマンポップの浅田麻衣さんに留守電を入れておいたところ、折り返し彼女から電話がある。
 27日〜29日にアートコンプレックス1928での公演が予定されている、さかあがりハリケーンVol.2『君ノ笑フアノ丘ノ上デ僕ハ』(向坂達矢さん作・演出)に関して。
 京都ロマンポップは以前から気になる劇団だったが、今まで観劇する機会がなかったのだ。
(浅田さんの演技には、ピンク地底人3号さんの公演で一度だけ接したことがあるが)

 どうしようか迷ったが、結局、京都市交響楽団の定期演奏会はパスすることに決める。
 残念だけど、仕方がない。

 オラフ・ベーアのアリア集を三度聴きながら、『花田清輝評論集』<岩波文庫>の拾い読みをしたり、『山中貞雄餘話』と『魔王』のノート書き分のPCへの打ち込みを進めたりする。
 『山中貞雄餘話』と『魔王』の下書きとノート書きを、帰省中に少しだけ進めていたのである。

 京都フィルハーモニー室内合奏団事務局の田村誠基さんにメールを送っておく。
 24日の定期公演のチケットを予約するため。
(田村さんのお名前の誠基の基を、はじめ貴と間違えて送ってしまった。本当に申し訳ありませんでした)


 15時50分に外出し、下京図書館へ。
 吉田秀和の『改めて、また満たされる喜び 新・音楽展望1994−1996』<朝日新聞社>と坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を返却し、予約しておいた吉田秀和の『くりかえし聴く、くりかえし読む 新・音楽展望1997−1999』<朝日新聞社>と坪内祐三の『文庫本を狙え!』<晶文社>を新たに借りる。

 JEUGIA四条店で『ぶらあぼ』5月号を入手したのち、京都芸術センターへ。
 途中、烏丸通で西山真来さんと遭遇したので、24、25両日に彼女が出演を予定しているC.T.T.のセレクションについて少し立ち話をする。

 京都芸術センターでは、いくつか用件を片づけたほか、二階の講堂でピアニストの植村照が18時からのリサイタル(センター所蔵の「ペトコフ」ピアノ)の練習をしていたので、できれば中に入って聴かせてもらいたかったのだが、ボランティアスタッフの初老の男性の「18時からリサイタルがありますので。当日券もありますので」という言葉にあっさり引き下がり、近くで「盗み聴き」する。
 引き下がったのは、男性の言葉があまりにも適切だったため。
 ただ、個人的には、あくまでも演奏者の意志を尊重した上でだけど、京都文化博物館の別館ホールのように公開でリハーサルが行われてもいいのではないかなあと思わないではない。
(ちょうどベートーヴェンの月光ソナタの終楽章をさらっていたが、いくぶんロマンティックに傾いたきらいはあるものの、なかなかのリサイタルになったのではなかろうか)

 その後、本郷麻衣さんにあいさつし(本郷さんのツイッターのつぶやきで、MONOの金替康博さんの明倫ワークショップが今日行われているのを知った。しまった!)、芸術センターの入口のところでは水沼健さんとあいさつをする。
 水沼健さんといえば、芸術センターの情報コーナーで水沼さんが演出するルドルフの『授業』のチラシを手に入れたんだった。
 筒井加寿子さん演出による例えば蛭子能収タッチの『授業』も観てみたいが、水沼さんとテキストのつき具合に加え、金替さん、筒井さん、そしてヨーロッパ企画の永野宗典さんという出演者陣もあって、これは「当たり」公演になると思う。

 そうそう、チラシといえば、ベトナムからの笑い声の精華小劇場での公演『ベトナムガエシ』のチラシも手に入れて、おっ、あのミュージカルを再演するのか! と嬉しくなったのだけれど、ちょっとだけ心配な部分もあった。
 と、言うのも、チラシの真ん中下に、6月11日〜13日と比較的大きく公演期日が記されているのは、劇団員の一人山方由美さんから教えてもらっていた通りなのだが、一番下の脚本や出演者スタッフ陣が小さな字で並んでいるところには、なんと6月3日〜5日と記されていたからだ。
 たぶん単純なミスなのだろうが、これは早く訂正したほうがいいのではないか。

 大垣書店四条店に寄り、ドラッグランドひかり、グルメシティ、ダイソーで買い物をすませ、18時7分に帰宅する。


 概して、どんよりとしたお天気。
 気温も思ったほどには上昇せず。
(まあ、これまでのことは思えば暖かくなりはしたが)

 帰宅後、『くりかえし聴く、くりかえし読む』と『文庫本を狙え!』を読み始める。
 『くりかえし…』は、副題にもあるように、朝日新聞連載の「音楽展望」シリーズの続刊にあたるもの。
 一方、『文庫本を狙え!』は、週刊文春の連載をまとめたもの。

 夕飯後、仕事関係の作業を進める。

 今日は、昨日実家から持って帰ってきたCOOPの厚切りバウムクーヘンを食す。
 あっさりとした甘さのバウムクーヘンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長崎日記・上

☆4月12日(月)

 約五年ぶりの帰省というのに、あいにく朝からお天気は雨。
 本降りの中を10時少し前に外出し、9号系統のバスで京都駅に向かう。
 さすがは京都、雨にもかかわらず駅の周りは非常に混雑していた。
 で、みどりの窓口で九州往復割引切符(27600円)を購入し、お土産の生八ツ橋を買って、10時53分発ののぞみで博多へ。
 いつものことながら、新関門トンネルを抜けて港が見えてくると、「帰って来たな」という気分になる。

 博多13時44分着。
 10分ほどの待ち時間を利用して、ホームの立ち食いコーナーでかしわソバを食べる。
 空腹だったこともあるのだけれど、それより、九州風のかしわ(鶏肉)が入ったソバはめったに食べることができないので。

 14時ごろのかもめに乗り、長崎には15時52分着。
 駅前のほんだらけという古本屋を冷やかしてから(まあまあ、というところか)、バスを使って実家に帰る。

 この日は、近くの伯父伯母の家までお土産を渡しに行った以外は、久しぶりに母とゆっくり話をしたり(父は仕事の関係で海外に出ているのだ)、テレビを観たりしてだらんと過ごす。
 地元NIBの夕方のニュースには、高校の同級生(放送部仲間)の外村倫子さんの姿が。
 それにしても、外村さんは若い。
(そういえば、地デジ化対応なのだろう、実家のテレビがやたらと新しくなっていて驚く)


☆4月13日(火)

 10時少し前に起きて食事をすませ、西部霊園まで母とタクシーで墓参りに。
 祖父母や弟の眠る自分の家の墓のほか、中学1年のときに亡くなったKさんの墓も参る。
 彼女が亡くなってからの28年間、いったい僕は何をやっていたのか。
(おくんちのことで言い争いをしたまま、彼女は亡くなった)

 いったん家に戻り、13時半のバスで繁華街の浜町へ。
 が、長崎駅にアミュプラザ、大波止に夢彩都、さらに茂里町にココウォークといった新しい商業施設が出来たことも災いしてか、かつての面影は今はなく、ドラッグストアや100円ショップのけばけばしい看板がやけに目につく。
 僕自身、いの一番に足を踏み入れたのは、100円ショップのダイソー長崎浜町2号店だった。
 ここで、プラチナの簡易万年筆のリヴィエールとインクカートリッジを見つけ、性懲りもなく買い求めてしまう。
 安物買いの…、とならなきゃいいけどね。

 それから絃洋会楽器店をのぞき、ABCマートで運動靴(ニューバランス)と3枚1組の無地のTシャツ(白)を購入し、新しい靴に履き替え、老舗の書店好文堂をのぞいたのち、中古レコード屋のサニーボーイへ。
 前回の帰省時に比べ、輸入盤を含むクラシック音楽のCDの品ぞろえがよくなっていたが、その分1500円や1260円と、それなりの値段がつけられていた。
 たぶん、ネットで細かく調べているんじゃないかな。
 で、このサニーボーイで、前から欲しいと思っていた、バリトンのオラフ・ベーアとハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンによるモーツァルトのオペラ・アリア集<EMI>の輸入盤を見つけ、迷わず購入する。
 1260円。
(ほかに、トーマス・クヴァストホフのモーツァルトのアリア集<RCA>の輸入盤も棚に並んでいたが、これもきっと同じ人が売却したものだろう)

 その後、文房具店の石丸文行堂をのぞき、ちょっと疲れたので、S東美(デパート)のスターバックスでキャラメルスチーマーを飲んで一休み。
(長崎にも、スタバやドトール、カフェベローチェが!)

 今度は、路面電車(料金が100円から120円になっていた。それでも、驚くほど安いけど)で、長崎駅に出、アミュプラザに入って、タワーレコードとメトロ書店をのぞく。
 メトロ書店では湊かなえ原作による映画『告白』の予告篇が繰り返し流されていて、しばらく見入ってしまう。
 これは気になる作品だ。
 そして、一階の一角のコンプレというところで一時間ほどマッサージをしてもらう。
 ただ、どうやらここは女性客がメインのお店のようで、ちょっと選択を誤ったかも。
 隣でおじさんがやってもらってはいたが。

 夕飯は前にここでもとり上げたことのある自家製のコロッケ。
 身びいきではなく、うちのコロッケは実に美味しい。
posted by figarok492na at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

京都に戻って来た(CLACLA日記)

 約一週間の帰省を終え、今日の夕方、京都に戻って来た。
 長崎でのあれこれは、明日以降まとめてアップしようと考えているが、概ねのんびりゆっくりすることができたとは思う。
 それにしても、四月も半ばというのに、寒さが厳しい数日間でもあったなあ。


 昨夜は、教育テレビでチューリッヒ歌劇場の『トスカ』公演を観聴きしたりしたあと、2時過ぎに消灯する。

 10時過ぎに起きて京都に戻る準備をすませ、母とタクシーで長崎駅へ。

 で、12時25分発のかもめで博多に向かい、博多から14時30分発ののぞみに乗って、17時14分に京都着。

 荷物が多かったので、久しぶりにタクシーを使ったら、これがまあ、「へんこ」なじいさん個人タクシーで、「まさしく京都やなあ」と痛感する。

 17時32分にいったん帰宅し、荷物を置いて17時37分に再度外出。
 フレスコとダイソーで買い物をすませて、17時53分に帰宅した。

 帰宅後、長崎で入手した、バリトンのオラフ・ベーアとハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したモーツァルトのオペラ・アリア集<EMI>を聴きながら、帰省の片づけをすませる。
 ベーアの魅力は伸びと張りがあって健康的な声質にあると思う。
(サロネンが指揮したN響の定期公演に登場したときは、ちょっと不安定な歌唱だったと記憶しているけど)

 夕飯後、ベーアのアリア集を二度聴きながら、この間たまっていた雑件を片づけたり、『花田清輝評論集』<岩波文庫>の拾い読みをしたり、今後の創作活動について考えたりする。

 今日は、甘いものは食さず。

 帰省中、福田陽一郎やばばこういちの訃報を目にする。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 ちょっと疲れたなあ。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

帰省します(CLACLA日記)

 昨夜は、仕事関係の作業を進めたりいくつか雑件を片づけたりしていたため、ようやく4時20分になって消灯する。

 で、8時45分に起きて、軽めの朝食をすませたところ。


 すでにお知らせしたとおり、今日から金曜日ぐらいまで長崎に帰省します。
 しばらくPCを使えない状態になりますので、こちらの投稿もお休みさせていただきます。

 それでは、そろそろ外出の準備を始めます。
 行って来ます!
posted by figarok492na at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

井上ひさしが亡くなった(深夜のCLACLA)

 井上ひさしが亡くなった。75歳。
 深く、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

>盗みましょうよ 盗みましょうよ!
 権威 常識 金銀 ダイヤ
 みんなで仲よく 盗みましょうよ
 ブンにならって 盗みましょう!

 いやなやつから いやなところを
 わるいやつから わるいところを
 気高い方から その気高さを
 上品な方から そのお上品さを
 お金持から その金を
 地主の旦那から その土地を
 企業主から その工場を
 軍隊からは その武器を
 貧しい人から その貧しさを
 悲しむ人から その悲しみを
 重病人から その病いを
 ホラ吹きからは そのホラを
 でべその人から そのへそを
 学者先生の その学問を
 すべての権威から その権威を
  そしたらみんな
  ただの人間になるはずだ
  ただの すばらしい人間に
  さァ!
 みんなで仲よく 盗みましょうよ
 ブンにならって 盗みましょう!<
(井上ひさし『ブンとフン』<新潮文庫>より)


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、2時45分に消灯する。

 10時45分に起きる。

 坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を読了する。
 ああ、面白かった!

 京都市図書館のインターネットサービスで、吉田秀和の『くりかえし聴く、くりかえし読む』<朝日新聞社>と坪内祐三の『文庫本を狙え!』<晶文社>を予約する。
 帰省から戻って来たあとにすぐに借りようという算段なのだ。

 『花田清輝評論集』<岩波文庫>の拾い読みをする。


 12時38分に外出し、まず京都府知事選の投票をすませる。

 それから歩いて四条烏丸まで行き、地下鉄で北山へ。
 で、京都コンサートホールで京都市交響楽団のスプリング・コンサートを聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前休憩中、本保弘人さんと話をしたほか、開演前に演劇関係の知人と遭遇し、少し話をする。
 また、コンサート終了後、ホールの出入り口であいさつをしていた京都市交響楽団のホルン奏者澤嶋秀昌さんに声をかける。
 澤嶋さんがケルンの市立歌劇場のオーケストラで研修していたことを前回の定期演奏会のパンフレットで知ったため。
 澤嶋さん(も)、お疲れ様でした!

 その後、本保さんと下鴨神社を散策する。
 途中、レオニダス京都下鴨店でチョコレート(ノアゼットマスクのホワイト)を購入し食す。
 なかなかのお値段だったが、こってりとした味わいで、実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 本保さんと別れ、別の用件をいくつか片づけたのち、20時59分に帰宅した。


 どんよりとしたお天気の一日。
 夕方以降、小雨も降り始めた。

 以上、4月11日の日記。


 さあ、日付け変わって、今日から帰省である。

 今日がいい日でありますように!
posted by figarok492na at 00:21| Comment(2) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

京都市交響楽団スプリング・コンサート

 ☆京都市交響楽団スプリング・コンサート

  指揮:広上 淳一
 管弦楽:京都市交響楽団

  会場:京都コンサートホール大ホール
  座席:3階LB1列6番


 休憩明け、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の第1楽章が終わったときに会場からけっこう大きめな拍手が起こって、ああ今日は日ごろオーケストラのコンサートに接したことのないお客さんが相当来ているんだなと改めて思った。
 もちろん、なに拍手してんのかねありゃりゃ、などと舌打ちするわけがない。
 それどころか、こうして新しいお客さんがコンサートに足を運んでくれることで、京都市交響楽団というオーケストラの基盤が今まで以上にしっかりとしたものになっていくのだから、これまでのファンも大いに喜ぶべきことだと思ったほどだ。
(実際、今回のコンサートもチケットは完売。この調子でいけば、定期演奏会同一プログラム2回化も夢ではないかも)

 さて、昨年から始まった京都市交響楽団のスプリング・コンサート、二回目の今年は、「ヒーロー」というテーマのもと、第一部ではNHKの大河ドラマのテーマ曲が、後半第二部では上述した如くベートーヴェンの交響曲第6番「田園」がそれぞれ演奏されていた。

 まず、第一部は、現在放映中の『龍馬伝』のテーマ曲(佐藤直紀作曲)からスタートした。
 京都市立芸大の大学院生馬場菜穂子の独唱にはいささか硬さも感じられたが、広上淳一と京都市交響楽団の演奏は迫力満点で快調なすべり出し。
 加えて、広上さんの司会の豊田瑠依への突っ込みも快調なすべり出し。
 その後、『赤穂浪士』(芥川也寸志作曲)、『元禄太平記』(湯浅譲二作曲)、『花神』(林光さん作曲)、『翔ぶが如く』(一柳慧作曲)、『利家とまつ』(渡辺俊幸作曲)、『篤姫』(吉俣良作曲)、『天地人』(大島ミチル作曲)の各テーマ曲が途中おしゃべりを挟みながら演奏されたのだけれど、これは前衛音楽(の切れはし)からネオ・ロマンティシズムへの、言い換えれば、映画音楽よりの影響からポップス・歌謡曲、そしてゲーム音楽よりの影響への変化が示された、よく出来た選曲だったのではないだろうか。
(個人的には、『山河燃ゆ』と『武田信玄』のテーマ曲を聴きたかったんだけれど、これはまあ仕方ない)
 抒情味のかった『篤姫』よりも激性の強い『天地人』などのほうが一層広上さんの特性には合っているのではと思ったりもしたが、京都市交響楽団は生でしか味わえないフルオーケストラの魅力をたっぷりと発散していた。

 一方、田園シンフォニーは、基本的にオーソドックスなスタイルの演奏。
 第1楽章など、最近は非常にスピーディーなテンポの演奏が増えてきたが、今日の京響はたっぷりと旋律を歌い込んでいて、LP時代に聴きなじんだあの演奏やこの演奏を思い出してしまった。
 と、言っても、全篇こういった調子かというと、実はそうではなくて、第2楽章では早めのテンポがとられていたし、フレーズの処理など、細かい部分ではけっこう仕掛けが施されていたようにも感じはしたのだけれど。
 京都市交響楽団は、途中目立った傷もありはしたが、概ね広上さんの意図によく沿った演奏を行っていたと思う。

 アンコールは、ジョン・ウィリアムズの『スーパーマン』のテーマ曲。
 興奮のうちにコンサートを終えるという意味でも、大河ドラマのテーマ曲の源流をたどるという意味でも、これまたよく出来た選曲だったのではないだろうか。

 それにしても、スプリング・コンサートだけじゃなくって、サマー・コンサートもオータムン・コンサートも、ウィンター・コンサートもやってくれればいいのになあ!
posted by figarok492na at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月10日

帰省の準備を進めた一日(CLACLA日記)

 月曜から帰省するため、それまでにすませておかなければならないことをいろいろと片づけていった一日。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時28分に消灯する。
 ただし、夕方外出時にコーヒーを飲んでしまったせいか、5時近くと8時過ぎ、二度目が醒める。

 9時45分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯を始める。
 どんよりとした感じは強かったが、今日中にすませておきたかったので決行することにしたのだ。

 洗濯が終わってから、音楽関係の電話を一本かける。

 10時56分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店、グルメシティ、フレスコで買い物をすませて、11時32分に帰宅した。
 ちなみに、トーカイで購入したのは、帰省用の新幹線の切符にはあらず。

 帰宅後、朝昼兼用の食事をちゃちゃっとすませる。

 ソプラノのバーバラ・ボニーとリカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番他<DECCA>を聴きながら、吉田秀和の『改めて、また満たされる喜び 新・音楽展望 1994−1996』<朝日新聞社>を読み進め、読了する。

 続けて、バーバラ・ボニーが独唱したリヒャルト・シュトラウスの歌曲集<同>を聴きながら、坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を読み進めたり、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 17時2分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、17時34分に帰宅した。

 夕飯後、山田一雄指揮新日本フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」<Fontec>を聴きながら、『古くさいぞ私は』を読み進める。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

帰省用の鞄を購入した(CLACLA日記)

 季節の変わり目というか、一日ごとに気温の高低差が激しい。
 今日はそこそこに気温が上昇し、穏やかな感じが強かった。
 ただし、どんよりとした感じも強かったので、昨日ほどにはすっきりとした気分にはなれなかったが。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時8分に消灯する。

 10時25分に起きる。

 ヴァイオリンのギル・シャハムとアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団が演奏したプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番、第2番他<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、吉田秀和の『改めて、また満たされる喜び』<朝日新聞社>と坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を読み進める。
 プロコフィエフのアルバムでは、ギル・シャハムのヴァイオリンの美音がとても印象に残る。
 そういえば、ケルン滞在中にギル・シャハムのソロでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いたことがあるが(ハンス・フォンク指揮ケルンWDR交響楽団の伴奏)、そのときもシャハムのヴァイオリンの美しい響きに魅了されたんだった。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 チョン・ミュンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団が演奏したベルリオーズの歌劇『ベンヴェヌート・チェルリーニ』序曲、序曲『ローマの謝肉祭』、序曲『海賊』<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。


 15時9分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で切符を購入してから、阪急で河原町へ。

 まずミーナのユニクロで来週月曜からの帰省のための旅行鞄を探すがめぼしいものはなし。

 まあ、どこかで見つかるだろうと、中古CD店のAvisときくや、ブックオフをのぞくも、これはというCDはなし。
 いや、一枚だけとても気になるCDがブックオフにあったのだが、950円という値段がネックになって今日のところは買わないでおくことにした。
 たぶんすぐに売れることはないだろうから。
(まあ、次に行ったときに売れてしまっていたら、縁がなかったということだろう)

 それから、BALに入ったところ、無印良品で手ごろな鞄を見つける。
 で、いったんジュンク堂で調べものをしてから、無印良品で鞄を購入する。

 その後、大切な用件をすませたのち、グルメシティやフレスコ、近くの弁当屋で夕飯用の買い物をして、20時16分に帰宅した。


 遅めの夕飯後、仕事関係の作業を進め、『改めて、また満たされる喜び』と『古くさいぞ私は』を読み進める。

 母から電話があり、帰省の件でしばらく話をする。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、カステーヨ(トマト クリスプブレッド)を食す。
 ケントボーイズ河原町店で、税込み69円のセールになっていたもの。
 トマト風味のクリスプブレッド(ミニあげパン)で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

西河克己が亡くなった(CLACLA日記)

 映画監督の西河克己が亡くなった。91歳。
 西河さんといえば、個人的には『有難や・あゝ有難や有難や』をはじめとした珍にして妙なる一連の日活時代のアクション・コメディを推したいのだが、世評ではどうしても、吉永小百合や山口百恵、小泉今日子(『生徒諸君!』)らの主演による文芸作品の手堅い監督ということになるのではないか。
 実際、山口百恵主演の『伊豆の踊子』(先代の江戸家猫八や三遊亭小円遊も出演している)、『潮騒』、『霧の旗』(三國連太郎!)などは、キャスティングの妙もあって、再見に耐え得る優れた出来である。
 ただ、晩年の『一杯のかけそば』はなあ…。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 なお、西河克己に関しては、小林信彦の『本は寝ころんで』<文春文庫>でもとり上げられている、『西河克己映画修業』<ワイズ出版>が詳しい。
 興味がおありの方はぜひご一読のほど。


 昨夜、指揮者の本多優之さんから電話があり、今後の企画などについてしばらく話をする。

 その後、音楽関係や仕事関係の作業を進めたのち、3時6分に消灯する。

 11時26分に起きる。

 音楽関係の用件や仕事関係の雑件をいくつか片づける。


 13時37分に外出し、下京図書館へ。
 坪内祐三の『シブい本』<文藝春秋>を返却し、予約しておいた吉田秀和の『改めて、また満たされる喜び 新・音楽展望 1994−1996』<朝日新聞社>と坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を新たに借りる。

 で、ユニットバスの電球が切れてしまったため、近くのダイソーで40Wの電球(2個入り)を買って、14時14分に帰宅した。


 帰宅後、湯浅卓雄指揮アイルランド国立交響楽団が演奏した諸井三郎の交響曲第3番他<NAXOS>を聴きながら、『改めて…』と『古くさいぞ私は』を読み始める。
 『改めて…』は、副題にあるように、新・音楽展望の続刊にあたる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 せっかくのお天気だからと、河原町まで旅行バックを買いに出かけようかと思ったが(来週月曜から一週間ほど長崎に帰省するのに、手ごろなバックがないため)、結局出そびれてしまう。
 まあ、仕方がない。

 眠たくなったので少しうとうとしようとしたら、仕事関係の連絡が入る。
 「目醒めよ!」、と呼ぶ声あり。

 17時26分に再び外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、18時4分に帰宅した。
 途中、ファミリーマート四条大宮店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、双葉十三郎のお別れ会と老いることについて書かれていた。

 夕飯後、湯浅卓雄指揮アイルランド国立交響楽団が指揮した別宮貞雄の交響曲第1番、第2番<NAXOS>を聴きながら、『改めて…』と『古くさいぞ私は』を読み進める。

 どうしても眠気に勝てず、少しうとうとしてしまう。
 ああ…。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

あれあれ、また寒くなったぞ(CLACLA日記)

 めっきり春らしくなってきて、春眠暁を覚えずなんてことまで昨日は記したばっかりだというのに、今日は一転ぐぐっと気温が下がって肌寒い感じの強い一日となる。
 なかなか一筋縄ではいかないものだ。
 いずれにしても、皆さんくれぐれも風邪にはお気をつけ下さいね。


 昨夜は、坪内祐三の『シブい本』<文藝春秋>を読み進めたり、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時37分に消灯する。

 10時25分に起きる。

 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィルが演奏したシャブリエの管弦楽曲集<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、依頼されていた文章の作業を終えたり、雑件を片づけたりする。
 シャブリエといえばどうしても狂詩曲『スペイン』ということになるが(ガーディナーとウィーン・フィルはかっちりきめている)、個人的には田園組曲やホルン独奏のためのラルゲットが好みに合っている。

 少し間を置いて、同じくガーディナー指揮ウィーン・フィルが演奏したエルガーのエニグマ変奏曲他<同>を聴きながら、『シブい本』を読み進め、読了する。
 ああ、面白かった。
 坪内祐三の文章は、本当にしっくりくるなあ。

 ガーディナーとウィーン・フィルの組み合わせによるエルガーの管弦楽曲集は、録音ともども立派な出来。
 昨日のブーレーズのマーラー以上に立派すぎるのでは、と言いたくなるほど。

 音楽関係の調べものをしたのち、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 16時57分に外出し、フレスコとグルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時30分に帰宅した。

 青空は見えつつも、どんよりとした感じも強い一日。

 帰宅後、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したオネゲルの管弦楽曲集<DECCA>を聴きながら、雑件を片づける。
 このアルバムには、交響曲第2番のほか、ラグビー、夏の牧歌、パシフィック231と、オネゲルのめぼしいオーケストラ作品が収録されている。
 ジンマンとチューリヒ・トーンハレ管もクリアでスマートな演奏だ。
(オネゲルの管弦楽曲集では、ほかにジャン・フルネ指揮オランダ放送フィルのCD<DENON>も悪くないが、あちらは交響曲第3番がメインということで、僕はこちらのほうをより強く推す。と、言うのも、交響曲第2番の終楽章のトランペット・ソロがどうしても好きなものだから)

 夕飯後、『林達夫評論集』<岩波文庫>と『花田清輝評論集』<同>の拾い読みをする。
 この二冊は、何度読み返しても学ぶところ大だ。

 今日は、チロルチョコのミニバラエティパック(9個入り)を食す。
 グルメシティで、税込み50円になっていたもの。
 ヌガー入りのほかに、生クリーム入りやホワイトクッキー、さらにはホットケーキ味と、予想以上にバラエティに富んでいて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!
(それにしても、値引き後とはいえ税込み50円は安いや)

 プロ野球の日本ハム、広島、巨人の元選手で、巨人コーチの木村拓也が亡くなった。まだ37歳。
 いわゆるユーティリティプレーヤーとして活躍したのち昨シーズンで現役を引退し(現役最後の昨年には本来のポジションであるキャッチャーを務めまでした)、コーチとなたばかり。
 試合前にくも膜下出血で倒れ、意識不明のままだった。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 映画監督の山内鉄也も亡くなった。75歳。
 東映出身で、ナショナル時代劇の『水戸黄門』や『大岡越前』、『江戸を斬る』などで活躍した。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

春眠暁を覚えず、か(CLACLA日記)

 春眠暁を覚えず、というが、気温が上昇しめっきり春らしくなったとたん、どうにも眠気が起こって仕方がない。
 一応7時間程度は寝ている計算になるのだが、眠りが浅いのか、気がつけばあくびが二つ三つ…。
 本当は30分ぐらいうとうとすればいいのかもしれないけれど、今日はあれこれと片づけていて結局寝そびれてしまった。
 いずれにしても、緩急(閑急)の切り換えだけはしっかりつけていきたいと思う。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時8分に消灯する。

 10時10分に起きる。

 戸井十月の『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』<小学館文庫>を読了する。
 戸井さんの語彙にはちょっとした違和感を覚えたりしたものの(無理に流行りの言葉を使っているような気がした)、彼の植木等に対する深い敬愛の念が伝わってきたことも確か。
 植木徹誠等父子と戸井昌造(画家)十月父子を重ね合わせてみせた、津野海太郎の解説もいい。
 これは選んで正解の一冊だった。

 コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したレーガーのモーツァルトの主題による変奏曲とフーガと、ヒンデミットのウェーバーの主題による交響的変容<PHILIPS>を聴きながら、坪内祐三の『シブい本』<晶文社>を読み進めたり、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。
 『魔王』は、原稿用紙24枚分になった。
(新たに挿入すべき部分は後回しにしているのだ)

 京都市図書館のインターネットサービスで、坪内祐三の『古くさいぞ私は』<晶文社>を予約しておく。

 16時30分に外出する。
 で、京都芸術センターでいくつか用件を片づけたのち、グルメシティなどで夕飯用の買い物をすませて、17時31分に帰宅した。
(ここのところ四条堀川の角にいるルンペンの初老の男性のことがどうにも気になる。この前は英字新聞に目を通していたようだし)

 どんよりとした感じは増しつつも、概ねいいお天気、いい青空が続く。

 帰宅後、ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルが演奏したマーラーの交響曲第5番<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、雑件を片づける。
 ブーレーズとウィーン・フィルのマーラーは、非常に立派な出来。
 もしかしたら、立派すぎるか?

 夕飯後、エフゲニ・キーシンが弾いたブラームスのピアノ・ソナタ第3番他<RCA>を聴きながら、『シブい本』を読み進める。
 キーシンのこのブラームスのアルバムでは、8つの小品作品番号76の第2曲・カプリッチョを僕は偏愛している。
 ぎくしゃくとした音楽の進行の中から滲み出てくる懐かしさと哀しさが僕にはたまらないのだ。

 今日は、ヤマザキのケーキみたいなチョコレートクリームパンを食す。
 近くのドラッグストア、ドラッグランドひかりで半額引き、税込み63円になっていたもの。
 ホイップクリームとチョコクリームを挟んだチョコレート地の菓子パン(思っていた以上に食べ応えがある)で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 最高裁が、名張毒ブドウ酒事件の奥西勝死刑囚の再審(請求)に関する判断を名古屋高裁に差し戻す決定を行ったという。
 やはり、奥西死刑囚は現在84歳。
 彼もまた、平沢貞通と同じ運命を辿ることになるのだろうか。

 一方、中国では日本人死刑囚の死刑が執行された。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

夕方になって病院に行った(CLACLA日記)

>私自身のクリティシズムは、結局自己批判である。
 批判の対象をどんなものにとっても、帰するところは、頭を下げれば自分に下げているのであり、唾を吐きかければ自分に吐きかけているのである<
(『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>所収、「リットル・クリティックス」より)


 昨夜は、戸井十月の『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』<小学館文庫>や坪内祐三の『ストリートワイズ』<晶文社>を読み進めたり、依頼された文章について考えたりしたのち、2時55分に消灯する。
 が、依頼された文章のことがどうにも頭にあって寝付けず、3時半過ぎに再び電気を点けて文章のノート書きを4時過ぎまで行う。

 本当は8時台に起きて病院に行くつもりが、気がつけば11時。
 まあ、仕方ない。

 チャールズ・グローヴズ指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏した名曲集『グローヴズ卿の音楽箱2』<DENON>を聴きながら、依頼された文章の下書きとPCへの打ち込みを終え、『ストリートワイズ』を読了する。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したロッシーニの序曲集<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『植木等伝…』を読み進め、第三章の「コツコツやる奴あ、ご苦労さん」まで読み終える。
 ロッシーニのきびきびとして陽性な音楽が、植木等によく合っている。
 って、牽強付会に過ぎるかな?


 15時28分に外出し、下京図書館へ。
 吉田秀和の『新・音楽展望 1991−1993』<朝日新聞社>と『ストリートワイズ』を返却し、予約しておいた坪内祐三の『シブい本』<文藝春秋>を新たに借りる。

 その後、菅大臣天満宮を通ってちょっとだけ桜の花を愉しんでから、近くの整形外科へ。
 前回の血液検査の結果を聴き(ほぼ正常値だった)、処方箋をもらってスギ薬局に行く。
 で、薬(一部ジェネリック薬品になった)を受け取り、ついでにフレスコなどで夕飯用の買い物をすませて、16時42分に帰宅する。


 少しどんよりとした感じもなくはなかったが、概ねいいお天気、いい青空が続く。
 気温も上昇し、春らしい一日となった。

 帰宅後、オルフェウス室内管弦楽団が演奏したモーツァルトの協奏交響曲集<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『シブい本』を読み始めたり、雑件を片づけたりする。
 以前にも記したことがあるはずだが、オルフェウス室内管弦楽団のアルバムでは、管楽器のための協奏交響曲のほうがよい出来だと思う。

 夕飯後、レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルが演奏したブラームスの交響曲第2番&大学祝典序曲<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『植木等伝…』と『シブい本』を読み進める。

 ほかに、筑摩書房のPR誌『ちくま』4月号の拾い読みもする。
 昨日記した坪内祐三のほか、小林信彦、斎藤美奈子、保坂和志、保阪正康、なだいなだ、佐野眞一らの文章が連載されていて、実に読み応えがある。
 PR誌、やっぱり馬鹿にはできない。

 続けて、ベルナルト・ハイティンク指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したエルガーの交響曲第2番を聴きながら、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙20枚分になった。

 今日は、日清製菓のバターココナツサンドチョコレート(ビスケット)を食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 これはいつものことながらなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

春らしさに誘われて、河原町まで出かけた(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空の一日。
 気温も上昇して、ようやく春らしくなって来た。
 実に気分爽快である。


 昨夜は、坪内祐三の『ストリートワイズ』<晶文社>と吉田秀和の『新・音楽展望 1991−1993』<朝日新聞社>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時13分に消灯する。
 ほかに、京都市図書館のインターネットサービスで、新・音楽展望の続刊にあたる吉田秀和の『改めて、また満たされる喜び』<朝日新聞社>と坪内祐三の『シブい本』<文藝春秋>を予約しておく。

 11時1分に起きる。

 オルフェウス室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンのバレエ音楽『プロメテウスの創造物』全曲<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『新・音楽展望』を読了し、『ストリートワイズ』を読み進めた。
 『新・音楽展望』では、「公正な言論」の中の、
>(前略)批評家には、その時まですでにたくさん積み重ねてきた経験があり、そこからだんだん築かれてきた「自分のきき方」から離れるわけにはいかない。
 それを主観的なものと呼ぶなら、それのない批評家は存在しない。
 批評は、その主観的なものを、どう客観化し、公正な結果に到達するかの過程と切りはなせない。
 この間にどんな格闘があったかが批評の価値をきめるといってもいい。
 どっちが欠けても、つまらない批評ともいえないものしか生まれない<
という言葉が強く印象に残る。
 また、『ストリートワイズ』では、野口悠紀雄の反発を招いた「『月の輪書林古書目録9』を読む」と、野口氏への返答「読むとはどういうことか」における坪内祐三の考え方、立場に僕は共感する。

 ベートーヴェンの『プロメテウスの創造物』は、序曲が比較的有名なほかは、あまりまとめて取り上げられる機会が少ないが、のちに交響曲第3番「英雄」の終楽章に引用される主題が終曲に登場する(ただし、これがオリジナルではない)ほか、聴きどころに満ちた作品である。
 オルフェウス室内管弦楽団の演奏は小気味よい。

 続けて、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズが演奏したリヒャルト・シュトラウスの『町人貴族』組曲&フランソワ・クープランによる舞踊組曲<PHILIPS>を聴きながら、今後の創作活動について考え、いくつか雑件を片づける。
 リヒャルト・シュトラウスのこの二曲は、擬古典調の音楽。
 もう少し刺激が欲しくもあるが、マリナーと手兵ASMFは安定した出来だ。


 15時48分に外出し、歩いて河原町へ。
 JEUGIA四条店とブックオフをのぞいたあと、BALのジュンク堂に移動し、戸井十月の『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』<小学館文庫>を購入し、筑摩書房のPR誌『ちくま』の4月号を入手する。
 『植木等伝…』は、植木等の聞き書きというだけでまずもって惹かれるし、谷啓や小松政夫らの証言、さらには津野海太郎の解説も嬉しい。
 これは誰がなんと言おうと買わねばなるまい。
(「誰もなんにもいやせんよ!」、と呼ぶ声あり。こりゃまた失礼しました!)

 その後、Avisをのぞき、イエローカメラ四条店のチケット★オフで切符を買ってから阪急で大宮まで戻る。
 少々、歩き疲れてしまったのだ。

 で、フレスコで夕飯用の買い物をすませ、18時20分に帰宅した。


 帰宅後、シュタードラー・トリオ他が演奏した『モーツァルト・バセットホルン・ボンボン』というアルバム<PHILIPS>を聴きながら、『ちくま』4月号の拾い読みをしたり、雑件を片づけたりする。
 『ちくま』では、今号から坪内祐三が九年ぶりに松崎天民に関する連載を再開していた。
 グッドタイミング!

 『モーツァルト・バセットホルン・ボンボン』は、クラリネット奏者やバセットホルン奏者によるシュタードラー・トリオを中心にしたディヴェルティメントのほか、ソプラノ、アルト、バスの三人の歌手を交えたノットゥルノもカップリングされたインティメートな雰囲気にあふれる実に聴き心地のよい一枚。
 普段着のモーツァルトとでも呼びたくなる。

 夕飯後、『ストリートワイズ』を読み進める。

 続けて、『植木等伝…』を読み始める。
 植木さんの父徹之助(徹誠)については、『夢を食いつづけた男 おやじ徹誠一代記』<朝日新聞社>をすでに読んだことがあるが、義太夫語りを一時は目指し、その後キリスト教に入信し、さらには僧侶となり、しかも筋金入りの社会主義者でもあったことの人の人生は本当に面白い。

 今日は、富田屋のどら焼・つぶあんを食す。
 フレスコで、3割引、税込み77円になっていたもの。
 つぶあんがたっぷりと入った小ぶりなどら焼き(三個入り)で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 それにしても、茶番以下の猿芝居には騙されたくないものだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

乞う太っ腹フリーパス!

 今月のエンタメ情報には記さなかったものの、明日5日までアートコンプレックス1928でやっているイッパイアンテナの公演にはちょっと気になるものがある。
 チラシの雰囲気もどこか僕の心をくすぐるものがあるし、西山真来さん、荒木千恵さん(ベトナムからの笑い声)という客演陣も悪くない。

 ただ、どうしても当日2000円というチケット料金に躊躇してしまうのだ。
 お芝居ばかりか、クラシック音楽、落語、映画、美術館巡り、そして読書と、間口が広すぎる、というか、経済状態があまりにも悪すぎる自分自身のせいではあるのだが。

 できればアートコンプレックス1928で、50人限定5公演観ほうだい5000円フリーパスなんて太っ腹な企画をやってくれないものだろうか。
 若手劇団の公演には二の足を踏むしぶちんで臆病な僕も、これならすぐさま飛びついてみせるんだけどな。
 やっぱり無理かな。
posted by figarok492na at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

オーレ・シュミットを偲んで(CLACLA日記)

 当然のことながら、歴史は一直線ではない。
 一気に物事を推し進めようとすれば、その分揺り返しも激しくなるだろう。
 打ち上げ花火をただ愉しみたいのであれば、「我が去るあとに洪水よ来たれ」と嘯いてもいいのかもしれないが、そこまで僕は無責任になることはできない。
 予断は禁物だけれど、予測推測を重ねつつ、現在のあれこれについて僕は悔いのない判断を行っていきたいと思う。


 昨夜は、吉田秀和の『新・音楽展望 1991−1993』<朝日新聞社>を読み進めたり、加藤浩次の吠え魂を聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時44分に消灯する。
 加藤浩次の吠え魂は昨夜が最終回。
 また一つ自分の好みに合ったラジオ番組が終わってしまった。
 さみしいなあ。

 10時48分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯を決行する。
 ちょっとどんよりとした感じはありつつも、一応青空が見えていたため。
 で、お昼過ぎぐらいからしっかりとした青空に変わったので、洗濯決行は大正解だった。

 先月6日に亡くなった(HMVのサイトのニュースで知る)オーレ・シュミットを偲び、彼がロイヤル・フィルを指揮して録音したボロディンの管弦楽作品集のCD<Tring>を聴きながら、坪内祐三の『ストリートワイズ』<晶文社>と『新・音楽展望』を読み進める。
 オーレ・シュミットは1928年にデンマーク・コペンハーゲンで生まれた指揮者、作曲家で、ヨーロッパを中心に活躍した。
 LP世代にはロンドン交響楽団を振ったニールセンの交響曲全集が懐かしいのではないか。
 このアルバムは、若干素っ気ないというか、ねっとりしたロシア趣味を期待するむきにはドライに過ぎるかもしれないが、CDとして繰り返し愉しむためには、これぐらいのシャープでクリアな演奏のほうがいいのではないかと個人的には思う。
 『イーゴリ公』の序曲とだったん人の踊りと行進曲、中央アジアの草原にて、交響曲第2番というカップリングも、ボロディンの主要なオーケストラ曲を識るという意味では最適だし、ロイヤル・フィルも達者だ。

 続けて、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したスメタナの管弦楽作品集<DECCA>を聴きながら、『山中貞雄餘話』と『魔王』の今後の展開について考え、それぞれノートにメモをしておく。
 こちらのアルバムも、モルダウ、『リブシェ』の序曲、『二人のやもめ』の序曲とポルカ、『口づけ』の序曲、そして『売られた花嫁』の序曲と音楽というスメタナのオーケストラ曲を識るにはぴったりの一枚。
 クリーヴランド管弦楽団も掛け値なしに巧い。


 16時2分に外出し、いつもとは違い綾小路通を歩いて烏丸へ。
 京都に住む愉しみの一つは、こうやって気分に応じて歩く通りを変えられるということだ。
 メインの通りばかりを歩いていては味わえないちょっとした発見が嬉しい。

 COCON烏丸に入り、京都シネマとShin−biをのぞく。
 Shin−biでは、宮川典子のウィンドゥ展示、『Merci』展を観た。
 椅子が手描きされた布製のバックがいろいろと飾られていて、そのイラストの面白さにどれか一つ欲しくなったほど。
 いや、僕には似合わないだろうけど。

 それから京都文化博物館まで足を伸ばし、ちょっとした用件を片づける。
 3階の映像ホールでは、「半世紀前を振り返る 1960年の日本映画界」という特集が組まれていて、『裸の島』(新藤兼人)、『武器なき斗い』(山本薩夫)、『悪い奴ほどよく眠る』(黒澤明)、『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(堀川弘通)、『女が階段を上る時』(成瀬巳喜男)、『おとうと』(市川崑)といった垂涎物の作品の上映が予定されている。
 そして、今日の上映作品は、大島渚監督の『日本の夜と霧』。
 もっと早くに気づいていれば!

 で、中京青少年活動センター/ウィングス京都に寄って、京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたほか、『音楽の友』4月号を読む。

 その後、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませ、17時53分に帰宅した。


 お天気はよくなったものの、気温はそれほど上昇せず。
 肌寒い一日だった。

 帰宅後、ヨエル・レヴィ指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したシベリウスの交響曲第2番&フィンランディア<TELARC>を聴きながら、雑件を片づける。
 シベリウスの中ではもっともポピュラーで聴きやすい組み合わせのCDと言えるだろうか。
 演奏も非常に明解である。

 夕飯後、アンソニー・ホルステッド指揮ウプサラ室内管弦楽団が演奏したルーマンのドロットニングホルムの音楽&小さなドロットニングホルムの音楽<NAXOS>を聴きながら、『ストリートワイズ』と『新・音楽展望』を読み進める。
 ルーマンは18世紀に活躍したスウェーデンの作曲家で、ドロットニングホルムの音楽はのちのスウェーデン国王の婚礼のために作曲された作品。
 カップリングの小さなドロットニングホルムの音楽ともども、ヘンデル調の壮麗快活な音楽が全篇連なっており、実に聴き心地がよい。
 ホルステッド指揮のウプサラ室内管弦楽団はピリオド・スタイルを援用した演奏で、リコーダーを含む管楽器陣のソロも見事だ。
(ちなみに、ドロットニングホルムとはストックホルム郊外の小島にあるスウェーデン王室の離宮のこと)

 今日は、トーラクの芦屋チーズプリンを食す。
 グルメシティで、半額引き、税込み60円だったもの。
 チーズの風味がよくきいた濃厚な味わいのプリンだったが、もうちょっと甘さが控えめでもいいかなというのが正直な感想。
 それでも、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 アメリカの俳優、ジョン・フォーサイスが亡くなった。92歳。
 後年はテレビドラマで活躍したが、個人的には『ハリーの災難』が印象に残る。
 と、言うより、彼はまだ生きていたのか…。
 深く、深く黙祷。

 与謝野馨元財務相らが自民党を離党し、新党を結成するとのこと。
 また、平沼赳夫元経済産業相もこの新党に加わる可能性が高いとのこと。
 誰が何を狙っているかが透けて見えそうだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松田裕一郎さんの送別会を行った(深夜のCLACLA)

 軽めの夕飯をすませたのち、イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送交響楽団が演奏したドヴォルザークの交響曲第6番<Arte Nova>を聴きながら、『新・音楽展望』を読み進めたり、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進めたりする。
 『山中貞雄餘話』は、原稿用紙27枚分になった。
 一方、アンゲロフ指揮のドヴォルザークは、若干粗削りだが、その分活き活きとして熱気に満ちた演奏となっていると思う。


 20時40分に外出し、京都芸術センターでちょっとした用件を片づけたあと松田裕一郎さんとおち合い、さらに藤本隆志さんも交え三人で近くの太郎屋へ移動。
 東京に一年間出向する松田さんの送別会を行う。
 で、先日の『教育』やてんこもり堂の公演のこと、そして今後のあれこれについて、ときに脱線もありながら話しをする。

 帰途、明日(日付け的にはもう今日)引っ越しをする松田さんの部屋に寄り、お米などを分けてもらう。
 そういえば、この三人に岡嶋秀昭さんも加わった四人で美味しいすき焼きを食べ、ついでにすっぽんのスープを飲んだまではよかったが、いらぶー(ウミヘビ)の干物は見せられるわ、北朝鮮の怪しげなドリンクは飲まされるわ、という珍妙な会がこの部屋で行われたんだったと、ほんのちょっぴり感傷的な気分になった。
 松田さん、東京でも頑張って下さいね!

 その後、藤本さんと松屋四条大宮店で丼物を食べながら少し話しをし、大宮通で別れ、24時35分に帰宅した。
 こちらも頑張っていかなくちゃ!


 今日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

『マエタケのテレビ半生記』を読了した(CLACLA日記)

 大切なことは、今目の前に見えている事象を取り上げて云々かんぬんすることだけではなく、その背後に隠れているあれこれについて想像し推測することだと僕は思う。
 少なくとも、僕は与えられた情報だけを頼りに右往左往したいとは思わない。


 昨夜は、前田武彦の『マエタケのテレビ半生記』<いそっぷ社>を読み進め第6章の「泣きのヒットスタジオ」まで読み終えたり、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時28分に消灯する。
 消灯後もナイナイのオールナイトニッポンを聴いていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

 10時21分に起きる。
 TOHOシネマズ二条の午前十時の映画祭、『チャップリンの独裁者』は昨夜のうちにパスすることに決めていた。
 体調等を考慮しての判断で、残念だけれど仕方がない。

 ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団が演奏したシェーンベルクの作品集<TELDEC>を聴きながら『マエタケのテレビ半生記』を読み進め、読了してしまう。
 前田武彦といえば、どうしても『夜のヒットスタジオ』にまつわる「共産党バンザイ事件」(実際には、日本共産党バンザイと発言したわけではない)に頭がいってしまうのだが、宮本顕治との対談から赤旗まつりへの出演と、その事件に至る経緯が詳しく語られていて実に興味深い。
(前田さんは嘘はついていないだろうが、あえて記していないことや前田さん自身が気づいていないことはいくつかあると思う。例えば、「ほされた」前田さんが『男はつらいよ』に出演することになったきっかけを「その線」に求めることは、やはり可能だろう)
 また、お涙頂戴になっていない第6章の「ほされた男」、中でも「弱い立場になってわかること」と「旅先で知った人情」には、前田さんの人柄がよく表われていると思う。

 シェーンベルクのアルバムは、バレンボイム独奏のピアノ作品は置くとして、『浄められた夜』ばかりか5つの管弦楽曲までゴージャスな響きがして、なんとも「らしいな」と思ってしまう。

 前田武彦の書いたものだけではいくぶん脂が抜けた感じがしないでもないので、小林信彦の『テレビの黄金時代』<文春文庫>の拾い読みをしておく。
 ここでは、当時の前田さんの青島幸男に対するライバル意識がはっきりと示されているなどして、生な印象が強いのだ。

 エサ・ペッカ・サロネン指揮ロスアンジェルス・フィルが演奏したルトスワフスキのピアノ協奏曲(ポール・クロスリーの独奏)、交響曲第2番他<SONY>を聴きながら、いくつか雑件を片づける。
 サロネンのルトスワフスキは、シャープでクリア。
 『歌の花と歌のお話』のドーン・アップショウのソプラノ独唱も透明感と伸びがあって、作品演奏両方によく合っていると思う。


 14時55分に外出し、下京図書館へ。
 吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>と坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>、『マエタケのテレビ半生記』を返却し、予約しておいた吉田秀和の『新・音楽展望 1991−1993』<朝日新聞社>、坪内祐三の『ストリートワイズ』<晶文社>を新たに借りる。

 帰途、菅大臣天満宮の桜の花がまだ残っていたので、ちょっとだけ寄る。
 大勢で騒ぐ花見も悪くはないけれど、こうやって静かに眺める桜の花もやっぱり悪くない。

 西洞院のSHOP99で浴槽用の洗剤を買って、15時32分に帰宅する。


 リチャード・ヒコックス指揮ボーンマス交響楽団が演奏したディーリアスの管弦楽曲集<CHANDOS>を聴きながら、『新・音楽展望』と『ストリートワイズ』を読み始める。
 ヒコックスのディーリアスは、明快で力強い。

 花粉症の影響かどうにも眠たかったので、空いているスペースにささっと布団を敷き、30分ほどうとうとする。

 17時50分に再び外出し、グルメシティで買い物をすませて、18時23分に帰宅した。

 青空は見えるも、どこかどんよりとした感じのお天気。
 気温も上昇せず、肌寒い一日となる。

 「不正投票」の若林正俊元農林水産大臣が、参議院議員を辞職したとのこと。
 なんでこうなるのかなあ。

 今日は、夜から外出する予定。
 と、言うことで、今から軽めの夕飯をすませます。
 それじゃあ、いただきます!
posted by figarok492na at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

新年度が始まった(CLACLA日記)

 2010年も今日から4月。
 新年度のスタートということで、気分も新たに充実した一日一日を送って行きたいと強く思う。


 昨夜は、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>と坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時54分に消灯する。
 ほかに、『酒日誌』の中に小林信彦の名が出てきたこともあって、彼の『袋小路の休日』<講談社文芸文庫>のために坪内祐三が書いた解説「『袋小路の休日』が生み出された時代」も再読した。
 それと、京都市図書館のインターネットサービスで、吉田秀和の『新・音楽展望 1991−1993』<朝日新聞社>と坪内祐三の『ストリートワイズ』<晶文社>を予約しておく。

 10時5分に起きて、部屋の掃除やキッチンの掃除をすませる。
 掃除機のパックがいっぱいになって新しいものと交換したが、たまたまとはいえ新年度初日にぴったりのタイミングだとちょっと嬉しくなる。

 この4月から二条城近くに移転した、京都市立堀川音楽高校(京都市立音楽高校より改名。と、言うより、昔の名前に戻ったということになるのか)に電話をかけ、5月1日に予定されている通崎睦美さんの移転記念のコンサートに関して応募方法などを詳しくおしえてもらう。
 先着順とのことだけど、大丈夫かな?

 ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<TELDEC>を聴きながら、4月のエンタメ情報の下書きとブログへの投稿を行う。

 13時4分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で往復ハガキを買って、13時16分に帰宅する。

 アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を聴きながら、『新・音楽展望』と『酒日誌』を読了し、京都市立堀川音楽高校へのハガキを記入する。

 前田武彦の『マエタケのテレビ半生記』<いそっぷ社>を読み始める。
 放送作家、テレビタレントとして一世を風靡したマエタケこと前田武彦が自らの半生を綴った一冊で、坪内祐三の日記(本の雑誌社のほう)に触発されて読もうと思ったもの。
 第1章の「テレビ元年」を読み終えたが、
>二十二歳まで性の経験もなしで来た身にとって…<
といった記述もあったりして、そういった部分に関しても率直に、ただし淡々と語られているのは、彼が鎌倉アカデミア(演劇科)出身ということも少なからず関係しているのかもしれない。
 なお、前田武彦に関しては小林信彦の『テレビの黄金時代』<文春文庫>でも詳しく触れられているので、興味がおありの方はぜひご一読のほどを。
 あと、上述『袋小路の休日』中の一篇『自由業者』の主人公羽鳥達也のモデル(の一人)は前田武彦なのではないか。

 15時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。
 新年度ということで、排水溝なども含めてたっぷりと掃除をする。
 ああ、すっきりした!

 アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第4番を聴きながら、4月の創作活動についてや、4月以降の諸課題について考える。
 要は、多々あるやるべきことややりたいことをどう着実に実現していくかだ。
 焦らず、一歩一歩。

 続けて、同じ組み合わせの演奏によるベートーヴェンの交響曲第5番を聴きながら、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙16枚分になった。
 ただし、ここから先は新しく書き加える部分ゆえ、相当時間がかかるのでは。

 17時26分に再び外出し、グルメシティとダイソーで夕飯用の買い物をすませ、18時ちょうどに帰宅する。
 途中、堀川音楽高校へのハガキを投函し、ファミリーマート四条大宮店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みした。
 今回は、アカデミー賞の作品賞、監督賞等を受賞したキャスリン・ビグロー監督(小林さんは、旧作『ブルースチール』についても押さえている)の『ハート・ロッカー』について詳しく述べられていたが、「小隊もの」という伝統的なパターンを指摘しつつ作品の見どころをしっかり語っているあたり、小林さんならではだなと感嘆する。

 雨降りの一日。
 気温は上昇するも、湿度が高い分快ならず。
 花粉症の出は、それほどでもなし。

 帰宅後、アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を聴きながら、いくつか雑件を片づける。

 夕飯後、同じ組み合わせの演奏によるベートーヴェンの交響曲第7番を聴きながら、『マエタケのテレビ半生記』を読み進める。
 第4章の「「シャボン玉ホリデー」が始まった」まで読み終えた。

 続けて、同じ組み合わせの演奏によるベートーヴェンの交響曲第8番を聴きながら、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 これで、ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲全集のうち、第8番までを聴き終えたことになるが、あえて第9番の「合唱付き」は聴かないことにする。

 今日は、サンラヴィアンのマイケーキ:チーズを食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み86円だったもの。
 チーズの風味がそれなりにきいたケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 そして、今月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年4月のエンタメ情報

 今日から4月。
 新年度のスタート!
 が、エンタメ五番勝負の疲れが今ごろどどっと出たか、エンタメ関係にはいささか食傷気味で、4月はおとなしめに進行しよう…。
 なあんてのは真っ赤な嘘!!
 今日は4月1日、四月馬鹿だもんね。
 あはははは、あはははは、あはははは。
(「こいつ本当の馬鹿だよ、本当の」、と呼ぶ声あり。この声、できれば『男はつらいよ』のときの森川信で)
 ただし、12日から一週間程度郷里長崎に久しぶりに帰省する予定なので、その分パスせざるをえないものはいつかあるかもしれない。
 って、そんなにないかな。

 まずは、いつもの如く演劇お芝居の類いからだが、めぼしい団体が3月中にどどっと公演をやってしまったせいか(関係者諸君、もっと「談合」をしましょうよ、「談合」を!)、これはというものは、今のところ22日〜25日の地点・上演実験vol.3『誰も、何も、どんなに巧みな物語も』(京都芸術センター)ぐらい。
 宇野邦一さんが構成・翻訳したジャン・ジュネのテキストを三浦基さんが演出する公演で、ダンサーの山田せつ子さんと安部聡子さんの共演(協演)も観もの聴きもの接しものだと思う。

 コンサートでは、11日の京都市交響楽団のスプリング・コンサート(京都コンサートホール大ホール)がチケット購入ずみで、当選確実。
 我らがシェフ広上淳一さんの指揮で、NHKの大河ドラマのテーマ曲にベートーヴェンの田園シンフォニーというなんとも愉しげな内容だ。
(本当は、林光さんの『山河燃ゆ』、山本直純の『武田信玄』のテーマ曲を僕は聴きたかったのだが、まあ仕方ない)
 ほかに、24日の京都フィルハーモニー室内合奏団の第170回定期公演(京都コンサートホール小ホール)もできればぜひ。
 だって、室内アンサンブル用に編曲された、マーラーのさすらう若人の歌とブルックナーの交響曲第7番というプログラムが非常に興味深いから。
 なお、指揮は若手の村上寿昭、マーラーの独唱はバリトンの晴雅彦。
 ちなみに、18日の秋山和慶が指揮する、京都市交響楽団第534回定期演奏会(京都コンサートホール大ホール)は、帰省の期間をどうするか次第。
 カバレフスキーの交響曲第4番は落としたくないんだけどね。

 映画では、なんと言っても明日2日までの『チャップリンの独裁者』を観逃したくない。
 すでに何度も接したことのある作品だが、これは大きなスクリーンで観ておかないと。
 同じTOHOシネマズ二条の午前十時の映画祭から、10日〜16日の『アパートの鍵貸します』、17日〜23日の『お熱いのがお好き』というビリー・ワイルダー監督の二本も外したくないなあ。
 前者は帰省期間と相当かぶっているので厳しそうだけど…。
 あと、京都シネマで17日から上映予定の『ウディ・アレンの夢と犯罪』も気になる作品。
 京都シネマ通信を読むかぎり、なんとなくケン・ローチっぽいつくりなのかなと。
 いや、予断は禁物だな。
 プディングは食べてみなくちゃわからない。
(「そのプディング、毒入りだったらどうすんだよ!」、と呼ぶ声あり。信ずる者はすくわれる! 足を…)

 と、こんな調子で新年度もやってきます。
 皆さん、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
posted by figarok492na at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする