2010年03月31日

三月も今日で終わり(CLACLA日記)

 三月も今日で終わり。
 非常に密度の濃い一ヶ月だったが、これで気を緩めることなく、引き続き四月も充実した毎日にしていきたい。


 なんだかどんよりとしたお天気の一日。
 気温も思ったほど上昇せず。
 それでも花粉はけっこう飛び回っているようで、頭がぼわんとしたり喉が腫れぼったかったりする。
 やれやれ。

 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時41分に消灯する。

 朝寝坊を決め込み、11時53分になって起きる。

 仕事関係の雑件を片づける。

 ジョシュア・リフキン指揮カペラ・コロニエンシスが演奏したモーツァルトのセレナード第9番「ポストホルン」&交響曲第32番他<CAPRICCO>を繰り返し聴きながら、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>と坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を読み進める。

 小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラが演奏したブラームスの交響曲第4番他<PHILIPS>を聴きながら、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進め、3月の創作活動についての総括を行う。
 『魔王』は、原稿用紙12枚分になった。


 16時50分になって外出し、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。

 それからウイングス京都に向かったが、あいにく今日は水曜日で休館日。
 うっかりもいいところだが、隣の御射山公園の桜を観ることができたので、全く残念ではない。

 その後、大垣書店四条店で『音楽現代』の4月号を「座り読み」し、グルメシティやフレスコで夕飯用の買い物をすませて、18時18分に帰宅した。


 帰宅後、小澤征爾が指揮したブラームスのCDを聴く。

 夕飯後、小澤征爾が指揮したブラームスのCDを繰り返し聴きながら、『新・音楽展望』と『酒日誌』を読み進める。
 なお、『新・音楽展望』の「ウィーンのオーケストラ」(1989・11・21)に、小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラのウィーン公演のことが記されていた。
>(前略)最後に弾かれたブラームスの第四交響曲、特に終楽章は圧倒的名演だった。ブラームスをこんなにワクワクしながらきいたのは久しぶり。
 ただ、このオケの音は輝かしく力強いは、音がきつすぎる傾向がある。もう少し柔らかで、ホンノリと温かくなるような響きがほしい。世界的水準のオケといわれるには、そういう音の使いわけも必要ではないか<

 今日は、ブルボンのアルフォートミニチョコレート・コクのあるミルク味を食す。
 フレスコのセールで、税込み78円になっていたもの。
 チョコレートとかためで小ぶりなビスケットのバランスがよく、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月30日

五番勝負は終わったが…(CLACLA日記)

 昨日のaimė室内管弦楽団のコンサートを思い返しながら、やはり若いうちには若いうちにしかやれないことがあるのだと強く感じる。
 一方で、今の自分には今の自分にしかやれないことがあるのだとも強く感じる。
 そして、何事でもそうだけれど、そうしたことがうまい具合に噛み合っていけばとも強く感じる。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時58分に消灯する。

 7時過ぎに一度目醒め、いくつか雑件を片づけたのだが、花粉の影響もあってか頭がぼわんとして二度寝を決め込み、気がつけば11時42分。
 ああ…。

 エンタメ五番勝負は終わったものの、音楽関係の連絡や仕事関係の連絡、さらには友人の榎雪子さんから電話があったりして、けっこうばたつく。
 ありがたいことではあるが。

 坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を読み進める。

 15時34分に外出し、河原町まで出て仕事関係の用件を片づけ、帰途ブックオフの京都三条駅ビル店で中古CDを購入し、夕飯用の買い物をすませて19時3分に帰宅した。

 帰宅後、購入したばかりの、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラが演奏したブラームスの交響曲第4番、ハンガリー舞曲第5番&第6番<PHILIPS>を聴く。
 税込み500円だったことと、オーケストラ版のハンガリー舞曲が手元になかったこともあり。
(安物のCDラジオのため、細かいところまではっきりとしたことがないため、リフキンのモーツァルトにせよこれにせよCDレビューはパスするつもり)

 夕飯後、小澤征爾のブラームスを聴きながら、『酒日誌』、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>を読み進めたり、『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 その後、指揮者の本多優之さんからお電話があり、1時間半ほど話をする。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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外出後の日記(深夜のCLACLA)

 ちょうど外出しようかなと思ったころから、どんどん雪が降り始める。
 気温もぐぐんと下がって、寒いのなんの。
 3月も29日というのに、なんだこりゃ。


 17時33分に外出し、四条通の金券ショップ・トーカイ四条烏丸店で切符を買ってから、地下鉄で北山まで出、京都コンサートホール小ホールで、aimė室内管弦楽団の第1回演奏会を聴く。
 詳しくは前回の記事をご参照のほど。
(表方等、いくつか気になった点は、いずれ直接オケのメンバーの人に伝えておこうと思う)

 終演後、指揮者の川畑隆君らと少し話しをしたほか、こちらの誘いに応じてコンサートに来られた本保弘人さんと開演前休憩中にオーケストラそのものや演奏に関する話しをする。

 地下鉄で大宮まで戻り、西洞院のSHOP99で買い物をし、近くの松屋でカレー野菜セットの大盛り(僕には大盛りでもなんでもないんだけど…)を食したのち、22時44分に帰宅した。


 松屋を出たときには雪がやんでいて、白くて美しい月が見えていた。
 それにしても、寒いのなんの。
 3月も29日というのに、なんだこりゃ。

 帰宅後、日清シスコのひとくちクッキーを食す。
 SHOP99で購入したもの。
 まあまあ美味しうございました。

 東京高裁が、休日に政党機関紙を配布していた元社保庁の職員を逆転無罪とする判決を行ったとのこと。
(それにしても、政党機関紙を配布する以上に「政治的行為」を行っている国家公務員が少なからずいるような気がするんだけれど、あれは罪にならないのかね)

 以上、3月29日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

aimė室内管弦楽団第1回演奏会

 ☆aimė室内管弦楽団第1回演奏会

  指揮:川畑  隆
  独唱:大岡  紋(ソプラノ)
     加藤 裕子(メゾソプラノ)
     川崎慎一郎(テノール)
     高曲 伸和(バリトン)
     田主 容子(ソプラノ)
     中原 三幸(ソプラノ)


 指揮者の本多優之さんと練習を見学させてもらったaimė室内管弦楽団の第1回目のコンサートを、京都コンサートホールの小ホール(それにしても、ここのホールは本当に音響が悪い)で聴いて来た。
 aimė室内管弦楽団は、大阪音楽大学2年生の川畑隆君を中心に、関西各地の音大生や学生によって結成された、出来たてほやほやの室内管弦楽団で、オーケストラ初心者がその少なからぬ部分を占めている。

 で、練習を初めて聴いたときは、全く何もないところから「オーケストラをやりたい」という熱意によって生まれた団体だけに、ついつい本番までの道のりの厳しさを想像してしまったのだけれど、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタジンガー』第1幕への前奏曲、ビゼーの歌劇『カルメン』ハイライト(組曲版ではなく、音大生のソロによる歌つき)、ブラームスの交響曲第1番という耳馴染みはよいが一癖二癖、どころか三癖四癖もある曲目を、なんとか最後まで演奏し切っていた。
(ブラームスの交響曲第1番の冒頭部分をやり直すというアクシデントもありはしたが)
 また、ワーグナー、ブラームスとも、最近の主流となりつつある楽曲の解釈を基調に早めのテンポが心掛けられ、交響曲の楽章の終結部の処理など、いろいろと仕掛けが試みられていたりもした。
 しかしながら、個々の奏者としてもアンサンブルとしても様々な問題(技術的等)が存在することから、そうした川畑君の意図が充分に効果を発揮していたとは、残念ながら言い切ることはできない。
 個々の奏者やアンサンブルの精度を上げるという意味からも、川畑君の指揮者としてのバランス感覚バランス感覚を鍛えるという意味からも、できることならば、古典派の作品を集中して取り上げる必要があるのではないかと、僕は思った。
 加えて、弦楽四重奏や木管五重奏など、オーケストラメンバーによる室内楽アンサンブルの活動が、もっと積極的に行われてもいいとも思う。

 一方、『カルメン』の独唱陣では、見栄えのよさという点では、エスカミーリョを歌った高曲伸和君をまずもって挙げるべきだろうが、個人的にはミカエラを歌った大岡紋さん、ドン・ホセを歌った川崎慎一郎君の歌唱に好感を覚えた。
(カルメンを歌った加藤裕子さんは、強く張るときの声の美しさが印象に残る)

 いずれにしても、プロ・アマ・学生問わず、オーケストラは練習とコンサート(本番)を重ねることでしか変化し成長していかない。
 今回のコンサートで得た、オーケストラで演奏することの愉しさや感激を胸に強く刻んだ上で、個々の奏者やオーケストラ全体の課題をしっかり確認しながら、二回目、そして三回目のコンサートにのぞんでいって欲しいと、心から願う。
posted by figarok492na at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

外出前の日記(CLACLA日記)

 三月ももうすぐ終わろうというのに、いまひとつ気温が上昇しない。
 今日も今日とて、コタツの電源を入れてしまった次第。
(それでも、花粉は飛び回っているようで、首筋のがさつきがひどく、喉の調子も妙に変だなあ)


 昨夜は、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>や坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時25分に消灯する。

 で、確信犯的に朝寝坊を決め込み、11時2分になって起きる。

 ジョシュア・リフキン指揮カペラ・コロニエンシスが演奏した、モーツァルトのセレナード第9番「ポストホルン」&交響曲第32番他<CAPRICCO>を聴く。

 正午過ぎに、浴室とトイレの掃除をすませる。

 リフキンが指揮したモーツァルトのCDを三度繰り返し聴きながら、『新・音楽展望』と『酒日誌』を読み進め、さらに『魔王』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。
 『魔王』は、ようやく原稿用紙8枚分になった。

 今夜は、エンタメ五番勝負の最終勝負、最後の大一番、aimė室内管弦楽団の第1回目のコンサートが控えている。
 と、言うことで、ちょっと早めではあるけれど、そろそろ外出の準備を始めます。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

エンタメ五番勝負、四日目(CLACLA日記)

 エンタメ五番勝負の四日目。
 なんだかどんよりとした感じがするなあと思っていたら、ますますどんよりどよどよとしたお天気になって、ついには雨降りになってしまった。
 ただ、そのおかげか、首筋ががさついたり喉が妙に腫れぼったくなったりと前触れは感じていたものの、目の周りの激しいかゆみやくしゃみの連発といった花粉症の強い症状は出ず。
 ほっとする。


 昨夜は、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>や坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時14分に消灯する。

 10時52分に起きる。

 『新・音楽展望』を読み進める。

 『酒日誌』も読み進める。


 12時44分に外出し、歩いてアートコンプレックス1928へ。
 13時過ぎに着いたところ、受付の手伝いの高原綾子さんが外にいて、開演40分前(13時20分)に受付開始ということを教えてもらう。

 Avis、JEUGIA三条本店をのぞいて時間をつぶしてからアーコンへ戻って受付をすませ、再びJEUGIA三条本店へ。
 クラシック担当でJEUGIA四条店のアルバイト時代にお世話になった山本恭士さんと少し話しをする。

 で、アーコンに戻り、マレビトの会のシリーズ「戯曲との出会い」vol.2、『UBU ROI』(アルフレッド・ジャリ作、松田正隆さん演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、以前下鴨車窓の『旅行者』再演のあとの酒席で話しをしたことのあるエイチエムピー・シアターカンパニーの高安美帆さんと隣り合わせの席に座って話しをしたほか、開演前終演後、松田正隆さん、F.ジャパンさん、田辺剛さん、門脇俊輔さん、高田ひとし君、伊藤拓さんとあいさつをしたり話しをしたりした。

 さらに、京阪三条のブックオフに向かっているところで高安さんと会い、少し話しをする。

 さらにさらに、ブックオフで中筋朋さんと会い、昨日の夜の回を観たとのことで、マレビトの会の公演についてしばらく話しをする。

 その後、トーカイ三条河原町店で阪急の切符を買い、中古レコード店のハッピージャックをのぞき、ついでに寄ったタワーレコードでCDを1枚買ってしまう。
 税込み790円のセール品に負けてしまったのだ。
 山本さん、申し訳ありません!

 阪急で大宮まで戻り、グルメシティなどで夕飯用の買い物をすませたのち、18時14分に帰宅した。


 帰宅後、購入したばかりの、ジョシュア・リフキン指揮カペラ・コロニエンシスが演奏した、モーツァルトのセレナード第9番「ポストホルン」&交響曲第32番他<CAPRICCO>を聴く。
 なお、カペラ・コロニエンシスはケルンを本拠とするピリオド楽器オーケストラである。
(あいにく、ケルン滞在中に実演に接したことはなかったが)

 夕飯後、さらにリフキン指揮によるモーツァルトのCDを聴く。
 快活なモーツァルトで、繰り返し聴いてしまう。
(安物のCDラジオで聴いていることもあり、CDレビューをどうしようかと悩む我)

 『新・音楽展望』を読み進める。

 『酒日誌』も読み進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 さあ、残すところ大一番。
 明日の晩は、aime室内管弦楽団の第1回目の演奏会だ。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マレビトの会『UBU ROI』

 開場前に受付をすませたとき、たまたま松田正隆さんが階段から下りてきたので軽くあいさつをしたのだが、そのときの松田さんの顔を見て、ああこの人はもしかしたら、自らがそうしたいと感じ考え想ったあれこれ(妄念)を現実のものとして表現するためならば、大げさに言えば他人(だけではなく自分自身)の生命なんてどうでもよいとまで考えてしまうような激しいデモーニッシュな精神を持つところまで行きついてしまうのではないか、とふと思ってしまった。
 それは、偉大な芸術家の一員となるか、もしくは鈴木忠志のような存在になるかのどちらか、と言い換えてもよい。
(「何言ってんだよ、そんなことあるわけないよ」、と松田さんは怒るかもしれないが)

 で、勝手な思い込みは胸にしまい込んで、マレビトの会のシリーズ「戯曲との出会い」vol.2『UBU ROI』(アルフレッド・ジャリ作、松田正隆さん演出)を観たわけだが、これがまた最終的な評価や判断に苦しむ作品に仕上がっていた。
 強いて言うならば、自らの最新作、だけではなく、松田正隆という一人の劇作家の人生の総決算として書かれるであろう作品のためのあくまでもプローベ(稽古)の一つとでもなるだろうか。

 『UBU ROI』(ユビュ王)は、フランスの文学者アルフレッド・ジャリが19世紀末に発表した戯曲で、その涜神的な内容から(当時のフランス第三共和政の社会的状況の影響も大きいはずだ)大きなスキャンダルを巻き起こしたことで知られていて、ベルント・アロイス・ツィンマーマンほか、クラシック音楽の作品の題材としても何度かとり上げられている。
 僕は、学生時代にわけあって『研ぎ辰の討たれ』と併読したことがあるのだが、そのやたけた具合には、筒井康隆の一連のスラプスティックを思い起こしたほどだった。
 まさしく、ドタバタ劇でありジタバタ劇の極みであるということだ。

 だが、松田さんはそうした作品の持つ意味合いを充分承知し、なおかつ徹底的にテキストを読み込んだ上で、他者の成果を貪欲に吸収し咀嚼しながら(それがゆえに、僕は松田さんにブレヒト性や十九世紀性を強く感じる)、「演劇的抑揚」を排した演技を演者陣に行わせる。
 そのあまりのあまりさかげんに笑いが導き出されたり、逆に、松田さんの一連の作品と同様、エロス・タナトスのタナトスの部分が色濃く表わされたりする結果となっていた。
(その意味でも、『ユビュ王』は松田さんにぴったりのテキストだったと思う)
 ただ、本来1時間程度でおさまるところを1時間45分に引き延ばしたり、技法的に前半の繰り返しとなったところから、後半はどうしてもだれた感じに陥ってしまったことも否めない。
(けれど、そうしたことも松田さんは全部織り込みずみなのではないか? たとえ他人がだれようと、自分は今やりたいことをやるのだ、やらねばならぬのだ…、開場前のあの顔…、いやいや、思い込みは禁物だ)

 演者陣では、ユビュ親父のごまのはえさんをまずは挙げねばなるまい。
 久しぶりにごまさんの演技を観たが、松田さんの意図を汲みつつ、ユビュ親父の様々な側面をよく表わしていたのではないか。
(それにしても、ごまさんの演技に接すると、どうしても松村達雄を思い出してしまう)
 また、F.ジャパンさんの存在感は相変わらずだし、サリngROCKさんには「わざ下手」のチャーミングさ(こちらには、33分探偵の水川あさみを思い出してしまう)、筒井潤さんには演出家的知性と人柄のよさを感じた。
 あと、いつものお節介で申し訳ないが、桐澤千晶さんは、今回の演技はひとまず置くとして、もし桐澤さんが長く演技者・表現者を続けていきたいと考えているのであれば、公演パンフレットにも明言されているように松田さんの演技観がああしたものであるのだから、マレビトの会や造形芸大関係の公演に出演するばかりではなく、それこそごまさんや筒井さん、サリngROCKさんに客演させてもらえるよう頼んでみるとか、F.ジャパンさんと二人芝居に挑戦してみるなど、一層自覚的に行動していくべきではないかと思った。

 いずれにしても、演劇関係者ならば接しておいて損はないと思える公演だった。
 ただ、演劇とはあまり縁がない人がこの『UBU ROI』を観てどう感じるのだろうか?
 僕は、そのことがとても知りたくて仕方がないのである。
 本当に。
posted by figarok492na at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

エンタメ五番勝負、三番目の日(CLACLA日記)

 昨夜3時53分に消灯したというのに8時少し前には目が醒めてしまい、結局もう一度寝ることができなかったため、8時51分に諦めて起きる。
 9時過ぎに毎週恒例の洗濯を始める。

 10時過ぎに一度外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で地下鉄の切符を、弁当屋で肉じゃが弁当を購入してから帰宅する。

 昨夜観た、夕暮れ社弱男ユニットの『教育』の観劇記録の下書きに四苦八苦し、正午過ぎにようやくアップする。


 そそくさと朝昼兼用の食事をすませ、雑件をいくつか片づけてから、13時21分に外出し、まずは下京図書館へ。
 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>と坪内祐三の『三茶日記』、『本日記』<いずれも本の雑誌社>を返却し、予約しておいた吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>と前田武彦の『マエタケのテレビ半生記』<いそっぷ社>、坪内祐三の『酒日誌』<マガジンハウス>を新たに借りる。

 五条から地下鉄で北山まで出、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第533回定期演奏会を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終演後、本保弘人さんと近くのマクドナルドで少し話をしたほか、JEUGIA四条店でクラシック売り場の担当をしていたころの「お得意さん」と久しぶりに会い、あいさつをする。

 式典はパスしたが、京都芸術センターに寄って一つだけ用件を片づけたのち、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時50分に帰宅した。


 お昼過ぎぐらいまでは青空が見えていたのに、コンサートが終わったころにはどんよりとしたお天気に変わっていた。
 ありゃりゃりゃりゃ。

 気温もあまり上昇せず、肌寒い一日だった。
 その分、花粉症の出がなかったので、コンサート中とても助かったが。

 夕飯後、『新・音楽展望 1984−1990』を読み始める。
 題名副題にもある通り、朝日新聞連載の「音楽展望」の1984年から1990年までの分をまとめたもので、朝日文庫から出ていた『音楽 展望と批評』(計3冊。高校生のころ以来の愛読書)の続きにあたる。

 続けて、『酒日誌』も読み始める。
 同じ坪内さんの日記でも、こちらは『ダ・カーポ』誌に連載された酒呑み日記。
 それにしても、よう呑みはりまんなあ坪内はんも。

 今日は、サンラヴィアンのふんわりシフォン(白桃)を食す。
 グルメシティで、半額引き、税込み69円だったもの。
 白桃味のクリームの入ったシフォンケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 木曜日から月曜日までのエンタメ五番勝負。
 ようやく三番目まで終わったが、睡眠不足もあってちょとしんどいかな…。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都市交響楽団第533回定期演奏会

 ☆京都市交響楽団第533回定期演奏会

  指揮:広上 淳一
  独奏:ラデク・バボラク
     垣本 昌芳
     澤嶋 秀昌
     寺尾 敬子

  会場:京都コンサートホール大ホール
  座席:2階P1列8番(休憩前)、R3列16番(休憩後)


 北山の京都コンサートホールまで、常任指揮者広上淳一が指揮する京都市交響楽団の第533回定期演奏会を聴きに行って来たが、今回もチケット完売の盛況ぶりでまずは何より。
(ただし、残念なことに会場にはちらほら空席も。これがヨーロッパだったら立ち見席なんて都合勝手のよいシステムがあるんだけど、我が国には消防法なるやかましい法律があるもので…)

 で、一曲目はプッチーニの交響的奇想曲。
 公演プログラムには記されていないが、途中のちに『ラ・ボエーム』の序奏部分となる音楽がまんま登場してきたりするなど、実にオペラティックで劇場感覚に満ちあふれた作品。
 座った場所が金管群の斜め後ろということもあってか、少々騒々しさを感じないでもなかったが、コンサートの幕開けの賑やかしには相応しい音楽であったことも確かだろう。
 広上さんは、ツボをよく押さえた音楽づくりを行っていたと思う。

 続く二曲目はプログラムに変更があって、ラデク・バボラクのソロによるリヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番。
 いやあ、これは本当に素晴らしかった。
 あまりにも陳腐なたとえで申し訳ないけれど、音が軽々と空の彼方まで駆け上って雲の間を伸びやかに吹き抜けていくとでも評したくなるような美しいホルンの音色と、バボラクの優れたテクニックに完全に魅了された。
 できれば、もっともっと音楽が続いていて欲しかったくらい。
 京響の伴奏はバボラクのソロに比べると、若干重たさを感じないでもなかったが、ホルンと木管のソロとの掛け合いなど、よく健闘していたのではないだろうか。

 休憩を挟んだ三曲目は、バボラクに京都市交響楽団のホルン・セクションのメンバーを加えたホルン四人の独奏によるシューマンの4本のホルンのためのコンツェルト・シュトゥック。
 バボラク効果もあってか、京響のホルン奏者陣も過不足ないソリストぶりを発揮、広上さん指揮のオーケストラも歯切れがよく明解な伴奏で、全篇愉しい演奏に仕上がっていた。

 と、ここまでで充分に音楽を堪能した感じだったのだけれど、まだまだあるぞよ四曲目は、ベートーヴェンの交響曲第4番。
 これがまた、昔北欧の巨人に挟まれた可憐な乙女とかなんとかまことしやかに語られていたなんてエピソードがちっともほんとにゃ思えないぐらいの迫力満点、パワフルな演奏でボリューム満載。
 ただし、ピリオド・スタイルも意識しつつ、作品の要所急所をしっかり締めていたあたりは、広上さんならではか。
 ライヴ特有の傷もなくはなかったが、京都市交響楽団も広上さんの指揮によく沿った演奏を行っていたように感じられた。

 このあと三月定期恒例の卒団セレモニーがあって、さらにアンコールにバルトークのルーマニア民俗舞曲の第4曲と第7曲が演奏されて、もうおなかいっぱい。
 本当にごちそうさまでした!

 それにしても、広上さんのうなりっぷり、ますます激しくなってはいませんか?
posted by figarok492na at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕暮れ社弱男ユニット『教育』

 指揮者の本多優之さんの関西訪問から早いものでもう二週間が経ったが、本多さんからうかがった様々なお話の中で強く記憶に焼き付いているものの一つに、
>オーケストラにはオーケストラという現場なりのイロハ、ノウハウ、急所があって、ただ個々の奏者が譜読みをして集まって楽器を鳴らしているだけではわからないことがある。
 そして、そうしたイロハ、ノウハウ、急所をわかった上でないと、これまでの習慣や慣習とは異なる新たな試みも行えない<
という趣旨の言葉がある。
 そして、夕暮れ社弱男ユニットの第二回劇場公演『教育』(村上慎太郎君作・演出)の公演パンフレットにある村上君のごあいさつの中の、「今日で、この舞台で、この作品で、関西ひっくりかえったらええなと思います」という一文を読み返しながら、演劇に携わる人間も、本多さんの言葉から学ぶべき点は少なくないのではないかと痛感した。


 昨夜(26日)、『教育』を観に行くことになった大きなきっかけは、出演者の一人で旧知の松田裕一郎さんから「率直な感想を聴かせて欲しい」と招待を受けたことにあるのだけれど、もう一つには、村上君が書いたpan_officeプロデュースの『京都かよ!』(伊藤拓さん演出)の第四話「単身デストロイ」に好感を覚えていたからでもあった。
 だが、残念ながら、今回の『教育』は、僕にとって厳しく辛く、胸を張ってお薦めすることはできない内容となっていたように感じられた。
 もし、村上君の表現意欲の強さや発想の面白さ、演者陣の真摯さが伝わってこなければ、上演中であろうと招待を受けていようと、僕は途中で席を立っただろうと思う。

 で、「君ら僕らを教育するつもりかい?」と軽く突っ込みを入れたくなったことは置くとして、客席に案内された段階で、今回の公演のコンセプト・趣向はすぐに予想が着いたのだが(複数のお客さんからもそういった言葉が聞こえてきた)、まずもってその趣向が、生理的身体的、さらには心理的に僕にはしんどい。
(公演期間内だから明言はしないが、メリーゴーランドの類いが苦手な人は避けたほうが賢明だと記しておく)

 と、言っても、今回の『教育』の大きな核となるコンセプト・趣向自体を僕は否定するつもりはない。
 今回の公演を高く評価する人や面白いと感じる人が少なからずいるだろうことは予想に難くないし、それどころか、もしこれが京都造形芸術大学なりなんなりで行われた実験上演だったのであれば、その発想が斬新なものとは実は考えないのだけれど、それでも村上君の表現意欲の強さとチャレンジ精神を高く評価したはずだ。

 だが、これは実験上演ではない。
 一般前売りで2300円(トリコ・Aの『クリスチネ』より高い!)というそれなりのチケット料金をとる「劇場公演」なのである。
 そのことを考えれば、申し訳ないけれど、『教育』は意到って筆随わない、意欲が先行して内実がまだ伴っていない、未完成の作品であり公演だったと評するしかない。
 少なくとも、今回のコンセプトがテキストと不可分のものであると村上君が考えるのであれば、個々のエピソードを細かく分けるのではなく「同時多発的」に処理したり(そのほうがより実験性は高くなる)、不用(意)な部分をカットするなどして45分程度にまとめてしまうか(その上演時間でも、テキストの筋が通り、演者陣が集中して「疾走」し「運動」し続ければ、今回舞台で示されたものと同等の、もしくはそれ以上の効果を観る側に与えられると思う)、もしくは、上演時間は今のままなら、作品の急所を選びとって今回の趣向を激しく仕掛けるようにするべきなのではないだろうか。
 そうしたほうが、テキストを通して村上君が伝えよう訴えようとすることも、コンセプトの面白さもより鮮明になると僕には思われる。

 それと、テキストの粗さについては詳述しないが、表現のあり様のせいでテキストにこめた村上君の想いが観る側にうまく伝わらない(「わからない」ということではない。「言ってることはわかるけど…」というやつだ)おそれが、村上君の意図している以上にあるかもしれない、ということだけは記しておく。
(これは素朴な疑問だけれど、本間広大君が演じた役柄の一つがどうして劇作家や役者志望ではなく小説家志望なのか? テキストの構成からいえば充分納得がいくが、「意識的」に何かあるのであれば、村上君にぜひとも教えてもらいたいところだ)

 演者陣は、村上君のテキストに対して非常に真摯に向き合っていたと思うし、人柄のよさや熱意も充分に伝わってきた。
 ただ、作品のコンセプトがコンセプトなだけに、どうしても「機械的な段取り」が優先されてしまっているように感じられたことは否めない。
(し、そうした段取りを感じさせないだけの力量は彼女彼らにはまだない。それを指摘するのは酷だが)
 特に、直接本人にも伝えたことだが、松田裕一郎さんは台詞が抜けたり演技に対する集中が途切れる部分があったことよりも、そうなるまいと無理を重ねている意識が透けて見えて(本人のくせが強く表われていることも含めて)、僕には非常に辛かった。
 France_panの『家族っぽい時間』やてんこもり堂の『MOON』、T.T.T.でのよい意味での松田さんの「胡散臭さ」や「ふら」をよく知っているだけに、これは残念でならない。
(まずは出演を引き受けた松田さん個人の責任が大だが、彼をどう使いどう活かすかはやはり村上君の責任でもある。こと松田さんばかりでなく、そうした意味でも今回の作品の構成には無理があったのではないか)

 ただ、こうやって書き並べたことは「はい、そうですか」と一朝一夕に改められるものでもあるまい。
(それに、僕がここで記したことが全て正しいわけでもないだろうから)
 結局、今後の一回一回の公演ごとに明確な課題を設定して、村上君や演者陣が粘り強く努力を重ねていくしかないのではないか。
 そういった点からも、制作、プロデューサー、演出補佐、演出助手、ドラマトゥルクと肩書はなんでもいいから、村上君の考え方や発想に深く理解を持ちながら、なおかつお芝居の現場に関するイロハやノウハウを丁寧に教え、厳しく的確な助言や批判を与える存在がすぐさま必要だと、僕は考える。

 いずれにしても、ものごとを一挙にひっくりかえすためには、それまでの普段の不断の努力こそが重要なのではないか。
 村上君と夕暮れ社弱男ユニットのこれからの公演(次回だけではない)を、僕は心より期待したいし、観続けていきたい。
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おやすみなさい!(深夜のCLACLA)

 以下、3月26日夕方から、27日午前2時台までの日記。


 17時3分に外出し、西洞院のSHOP99でパンを買ってから歩いて河原町まで出、甲南チケット河原町店で切符を買ったのち、祇園四条から京阪で森小路まで出る。

 で、大阪市立芸術創造館で、夕暮れ社弱男ユニットの第二回劇場公演作品『教育』(村上慎太郎君作・演出)を観る。
 詳しくは、次回以降にアップする予定だが、村上君の表現意欲と演者陣の真摯さは認めつつも、そしてこの作品を評価する人が少なからずいるだろうことを認めつつも、率直に言って僕には厳しく辛い内容だった。
 僕は出演者の松田裕一郎さんの招待(観に来て下さいとの誘いを受けた)で観劇したが、京都造形芸大の学内での実験公演ならばまだしも、一般前売りが2300円の劇場公演という点を考えれば、残念ながら胸を張ってお薦めすることはできない公演と評するほかない。
(ただし、村上慎太郎君の狙いを全否定するつもりはない。そこらあたりも含めて観劇記録はアップするつもりだ)

 公演終了後、松田裕一郎さんと市立芸術創造館近くの焼き鳥屋に入り、結局23時半ころまで話をする。
 公演全体に関しても、松田さんの演技に関しても厳しい言葉を述べた。
(こちらは、アルコール類は一切とらず)

 その後、森小路駅まで向かったものの、なんと京阪は淀までの電車しかなく、偶然いっしょになった公演関係の人二人とあわせて四人で、淀からタクシーに乗る。
 給料日あとすぐの金曜日ということもあってか、淀駅はタクシーを待つ人が相当並んでいたが、そこはまあなんとかなんだかでうまく乗り込むことができた。

 1時4分に帰宅し、シャワーを浴びて、ようやく一段落着いたところ。

 あともうちょっと雑件を片づけて休むつもりなり。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月26日

ようやく青空が見えた!(CLACLA日記)

 多少どんよりとした感じは残っているものの、ようやく青空が見えた。
 雨が降るのも自然の摂理、とやかく言ってもはじまらないが、やっぱりこうやって青空が見えると気分も晴れる。
 まだまだ寒さは厳しいが、まずは今日の青空に感謝しよう。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時8分に消灯する。

 10時34分に起きて掃除機がけをすませたのち、10時56分に外出する。
 途中、ファミリーマート四条大宮店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みし、スギ薬局四条大宮店でセールのお米を買って、11時13分に帰宅した。
 今回、小林さんは貫地谷しほり、綾瀬はるか、堀北真希(黒澤作品の久我美子を引き合いに出すところが、小林信彦らしい)の三人を気になる存在としてとり上げていて、この三人の選択ももちろんだが、加えて長沢まさみが伸び悩んでいることや仲里依紗に言及しているあたりもさすがは小林さんだと思う。

 帰宅後、朝昼兼用の食事をすませ、アートコンプレックス1928に電話し、マレビトの会の公演の日曜日の回を予約しておく。
 余談だが、自分の携帯電話の番号を間違えて伝えてしまい、もう一度電話をかけ直すはめになった。
 ああ…。

 ドミトリ・ヤブロンスキー指揮ロシア・フィルが演奏した大澤壽人のピアノ協奏曲第3番(エカテリーナ・サランツァヴァの独奏。この神風は神風特攻隊のそれではなく、朝日新聞の神風号のこと)&交響曲第3番<NAXOS>を聴きながら、『魔王』の書き直しとPCへの打ち込みを進める。
 それにしても、大澤壽人は「早過ぎた」作曲家だと改めて思う。
(今から20年近く前、大阪音楽大学の資料室に何度か通わせてもらって戦前の関西のオーケストラ事情について調べたことがあったが、その際に僕は大澤壽人の存在を知った。ただ、彼の作品がこうやって録音されるとは、そのころは全く夢にも思ってみなかった)

 少し間を置いて、同じくヤブロンスキーとロシア・フィルが演奏した安部幸明の交響曲第1番、ディヴェルティメント、シンフォニエッタ<同>を聴きながら、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>の拾い読みをする。
>時代の先行きがみえなくなったとき、ともすると人心はカリスマ的な指導者を待望し、軍事力による国威の発揚を求める。
 国民に祭り上げられた指導者にまた、脆い政治基盤と責任感のなさから大衆に迎合しがちとなる。
 だが、強硬策によって政権を維持したとしても、それは一過性のものにすぎない。
 やがてそのつけは、政府だけでなく国民にも重くのしかかっていく<

 安部幸明の作品は相当耳馴染みがよいはずだから、もっとコンサートでとり上げられてもいいんじゃないかなあ。
 生前、安部さんと関係が深かった京都なら特に。
(しかし、大澤壽人のアルバムもそうだけど、もうちょっと達者なアンサンブルで録音してもらいたかったと、今さらながら思う)

 今夜は、大阪森小路まで夕暮れ社弱男ユニットの『教育』を観に行く予定。
 と、言うことで、そろそろ外出の準備を始めなくては。
 それじゃあ、行ってきます!
posted by figarok492na at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

そろそろ晴れてはくれないものか(CLACLA日記)

 三日続けての雨。
 いくら花粉症の出がほとんどないとはいえ、こうもどんよりとしたお天気が続くと、正直うっとうしくもなってくる。
 気温が低めで、じめ寒い感じが強いというのもあんまり面白くないし。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいね。


 昨夜は、仕事関係の作業や『魔王』の筆入れを進めたりしたのち、3時18分に消灯する。

 寒さと頭がもわもわした感じに負けて、10時過ぎには目が醒めていたものの、11時20分になってようやく布団を片づける。
 度し難し。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>の拾い読みをする。


 13時39分に外出し、四条通の金券ショップ・トーカイ四条烏丸店で切符を購入後、地下鉄で四条から松ヶ崎まで出、そこから歩いてアトリエ劇研へ行き、トリコ・Aの演劇公演『クリスチネ』(山口茜さん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前や終演後、出演者の岩田由紀さんや鈴木正悟さん、清水忠文さん、杉山準さん、田辺剛さん、菊川徳之助さん、肥田知浩さん、澤田幸嗣君らとあいさつやちょっとした話をする。

 で、カナート洛北に少しだけ寄ったのち、市バスで千本三条まで戻り、業務用スーパーのタカギ、グルメシティ、ダイソーで買い物をすませて、18時36分に帰宅した。


 夕飯後、さらに『広田弘毅』の拾い読みをする。

 アリ・ラシライネン指揮ノルウェー放送管弦楽団が演奏したグリールとセヴェルーの『ペール・ギュント』組曲を聴きながら、『クリスチネ』の感想(前回の記事)の下書きやアップを行う。
 ちなみに、このアルバムを聴こうと思ったのはイプセンつながりで。
 グリーグもいいけど、キッチュな感じの強いセヴェルーだって悪くない。

 今日は、スイートボックスのココナッツビスケットを食す。
 いつもと違い、タカギで税込み79円になっていたものを買う。
 ごちそうさま!

 日本を代表する映画の美術監督の一人で、90歳で初の長編作品を自ら監督した木村威夫が亡くなった。91歳。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トリコ・Aの『クリスチネ』

 たとえブログとはいえ、そこそこ長い期間お芝居だとかコンサートだとか映画だとかについてあれこれ書き綴っていると、もともとは自分自身がどう感じどう心が動いたかを伝えるために始めたものが、知らず知らずのうちに「俺はこれだけ知識があるぜふふん」だとか「俺はこんな風にこじゃれた文章が書けるぜべいべ」といった間違った方向に引き流されているんじゃないかと心配になることがある。
 まさしく本末転倒忌むべしだけれど、山口茜さんがフィンランドから帰国して第一回目のトリコ・Aの公演となる『クリスチネ』(山口さんの作・演出)は、そうした本末転倒とは無縁の、今山口さん自身が想い感じ考えているだろうことがストレートに示された非常に明解な作品に仕上がっていたように思う。

 ただ、こう書くと、まるで押しつけがましく説教じみた内容や、熱血一本槍、試合中豪速球投げまくりの暑苦しい内容を想像する人もいるかもしれないが、そこは山口さんだけあって演劇的な仕掛けやくすぐり(例えば、藤原大介さんの「使い方」など)がそこここに施されてもいて、単に「私はこう思った」と宣言するだけではなく、「あなたはどう思いますか?」と尋ねられ、さらに「いっしょに語ってみませんか?」と呼びかけられているような作品であると、僕には感じられた。
 少なくとも、粗さを覚えた部分や好みの違いを感じる部分はあったりはしたものの、そうした点も含めて、山口さんをはじめ出演者関係者のみんなとゆっくりしゃべってみたいと思える、そんな公演だった。
(山口さんがフィンランドで生活をしていたことからくる思い込みもあるかもしれないが、ふとアキ・カウリスマキなど、北欧の映画作品の雰囲気を思い出したりした。あと、僕には山口さんのブログの『嫌われ松子の一生』に関する感想が強く印象に残っているのだが、意識無意識は別にして、『クリスチネ』は『嫌われ松子の一生』への山口さんなりの返答かもしれないと思ったりもした)

 演者陣は、山口さんの想いをよく汲みとった演技を行っていたのではないだろうか。
 特に、トリコ・Aの核となるメンバーのやり取りには、山口さんが個々の特性をよくつかんでいるということもあってだろうが、親密な室内楽のアンサンブルを聴いているような心地よさを感じた。
 また、五木見名子さんの舞台美術をはじめ、照明音響衣装陣も、作品の世界観によく沿っていたように思う。

 と、言うことで、次回、7月の『ガラスの動物園』がとても愉しみだ。

 なお、先着順でカレリアンピーラッカー(カレリアだよ、カレリア組曲のカレリア。って、クラシック音楽好きしかわからないか…)というフィンランドのパンがプレゼントされていたが、甘さも何もない分、飽きがこないように思えた。
 皆さん、お食べ逃しなく!


 *追記
 そうそう、この『クリスチネ』はイプセンの『人形の家』が下敷きとはなっているんだけど、『人形の家』を知っていればなお面白いし、知らなきゃ知らないで充分愉しめるんじゃないかな。
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2010年03月24日

トリコ・Aの『クリスチネ』を観そびれる(CLACLA日記)

 今日も、朝から雨が降り続いている。
 気温も低めで肌寒く、もうすぐ四月だというのにコタツの電源を入れてしまったほど。
 その分、花粉症の出があまりなかったのには助かったが。


 昨夜は、坪内祐三の『本日記』<本の雑誌社>を読み進めたり、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時4分に消灯する。
 そうそう、『本日記』に触発されて、京都市図書館のインターネットサービスで、前田武彦の『マエタケのテレビ半生記』<いそっぷ社>を予約しておいたんだった。
 愉しみなり。

 10時15分に一度目覚めるが、どうしても眠気に勝てず二度寝し、11時15分になって起きる。

 掃除機をかけ、そそくさと朝昼兼用の食事をすませてから、アトリエ劇研に電話をかける。
 トリコ・Aプロデュースの『クリスチネ』(山口茜さん作・演出)の今夜の分が予約できないかどうか確認するためだったが、あいにく申込みは締め切られたとのこと。
 いったん電話を切り、どうしても『クリスチネ』を観ておきたかったので、明日の昼の分を予約するため、もう一度アトリエ劇研に電話をかける。
 で、制作の人に連絡をとってもらったりして無事予約を完了する。
 実は、金曜日から月曜日と、別のお芝居の公演やオーケストラのコンサートが重なっているので「消化不良状態」を避けたかったのだけれど、予約遅れはこちらのせいだから仕方ない。
 まあ、平日のマチネというのも悪くないんじゃないのかな。
(劇研で電話を受けてくれたのは高田ひとし君だった。お疲れ様です)

 シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団が演奏したレスピーギの『ブラジルの印象』とバレエ音楽『風変わりな店』<DECCA>を聴きながら、『本日記』を読み進め、読了する。
 いやあ、面白かった。
 『三茶日記』ともども、大満足である。

 一方、デュトワのCDは、ロッシーニの小品をオーケストレーションした『風変わりな店』が聴きものだろう。
 なめし尽くされたというか、多少上品に過ぎる演奏のような気がしないでもないが、その分作品の持つ抒情性、旋律の美しさがよく表現されているとも思う。
(なお、本来は『風変わりな店』、『ブラジルの印象』の順でカップリングされているのだが、ベルリオーズの幻想交響曲の終楽章にも登場する例の主題が引用されるなど、エロス・タナトスの雰囲気に満ちた『ブラジルの印象』はあまり自分の好みに合わないため、先に片づけておくことにしたのだ。でも、こうやって聴き直してみると、デュトワとモントリオール交響楽団の丁寧な演奏もあって全く悪くない)

 続けて、シャルル・デュトワ指揮モントリオール・シンフォニエッタが演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『ミューズの神を率いるアポロ』他<DECCA>を聴きながら、『魔王』の読み直しと筆入れ、PCへの打ち込みを進める。
 デュトワのCDは、ダンバートン・オークスや協奏的舞曲といった新古典派時代の作品を集めたもの。
 細部までしっかりとまとめ上げられたクリアな演奏で、作品の持つ雰囲気がよくとらえられているのではないか。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>の拾い読みをする。
(今まで、あえて「つまみ再読」と記してきたけれど、坪内さんの一連の日記に倣って拾い読みと記していくことにした。まさしく、顰に倣うだ)

 17時台になって、浴室とトイレの掃除をすませる。
 できることなら、二日置きぐらいのスパンで浴室とトイレの掃除はやっていきたいんだけど、いかんせんだらけてしまって…。

 17時46分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時10分に帰宅する。
 そういえば、京都府知事選の投票案内のハガキが届いていたが、すでに投票する候補者は決めているものの、それが最良の選択と言いきれないところが辛い。

 帰宅後、オルフェウス室内管弦楽団が演奏したシェーンベルクの浄められた夜と室内交響曲第1番&第2番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。
 ソノリティの高い演奏で、これらの作品と親しむには手ごろな一枚だと思う。

 夕飯後、『魔王』の読み直しと筆入れ、PCへの打ち込みを進める。
 冒頭部分でだらだら続く、ヨーゼフ・ローゼンクロイツ指揮帝都交響楽団(モデルは、ジョセフ・ローゼンストックと、NHK交響楽団の前身新交響楽団)の予約演奏会に関する記述は全てカットすることにした。
 書き加えなければならない文章がたくさんあることもあって。

 続けて、クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したプロコフィエフの『ピーターと狼』(バーバラ・スコヴァのドイツ語による語り)や古典交響曲など<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、『広田弘毅』の拾い読みをする。
 同じ中公新書の福永文夫の『大平正芳』同様、小泉純一郎流のポピュリズムに対する厳しい批判がこめられた一冊ではないか?
 いずれにしても、学ぶところ非常に大である。

 アバドのアルバムは、カップリングの行進曲やヘブライの主題による序曲ともども、非常に聴きやすく愉しい一枚。
 ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏も、実に達者でスマートだ。

 今日は、神戸屋のミルクフランスを食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み70円だったもの。
 カスタードもこちらもパン自体はいっしょだから、6円の差はクリームの材料費の違いだろうか?
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月23日

黒澤明生誕100年(CLACLA日記)

 連休明けは、朝からあいにくの雨。
 気温も低めで、肌寒い感じが強い。
 ただ、その分花粉症の出が少なく、過ごしやすい一日とはなったが。

 今日は、黒澤明の生誕100年の記念日。
 ところが、今手元には黒澤作品のDVDが一枚もない。
 これでいいのか!
 これで、いいのか!
(ちなみに、僕が一番好きな黒澤作品は、『生きる』だ)


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時28分に消灯する。
 深夜の馬鹿力では、「よく自分が死ねば世界は終わるという人がいるけど、そんなことはない。そうではないことを再確認するため、それまで存在しなかった弟が生まれたときのことを思い出そうとする。そして、自分が死んだあとにもこの日常が続いていくことを考えると、わーっとなって…」といった伊集院さんの言葉がとても記憶に残る。
 なぜなら、それは僕自身が日ごろよく考え、恐怖していることだからである。

 10時17分に起きて、朝昼兼用の食事をすませたのち、坪内祐三の『本日記』<本の雑誌社>を読み進めたり、文書類の整理を行ったりする。

 13時36分に外出し、近くの郵便局で『不在証明』を某所に郵送したり、健康保険の支払いをすませたりして、13時53分に帰宅する。

 帰宅後、クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック(AAM)が演奏したハイドンの交響曲第77番、第76番<BBC music>を聴きながら、『本日記』をさらに読み進める。
 坪内さんの日記物を読むのは今回が初めてだけれど、言葉の使い方や単語が僕のブログの日記と似ているように強く感じる。
 たぶん、坪内さんが影響を受けた日記物の書き手と、僕が影響を受けた日記物の書き手が同じなのだと思う。
 ホグウッドのハイドンは、『BBCミュージックマガジン』誌の付録として市販されていたのだが、もともとは結局未完に終わったオワゾリール・レーベルの全集のために録音されたものだろう。
 例えば、同じ組み合わせの、第78番〜第81番の交響曲の録音が残されていないのだろうか。

 続けて、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第50番、第64番、第65番<SONY>を聴きながら、『魔王』の打ち出し(ワープロからの)を行う。
 『魔王』といえば、伊坂幸太郎の作品が有名だが、こちらはそれよりずっと前に書き上げておいた短篇小説。
 思うところあって、改作を目論んでいるのだ。
 これまた未完に終わってしまったヴァイルとターフェルムジークのコンビによるハイドンの交響曲は、歯切れのよさと明解さで、ホグウッド&AAMより一層僕の好みに合っている。
 ヴァイルとターフェルムジークの演奏した、ハイドンの30番台、70番台の交響曲が録音されていたならば。
 悔やんでも悔やみきれない。

 『不在証明』の冒頭部分をPCに打ち込む。

 ルネ・ヤーコブス指揮フライブルク・バロック管弦楽団他が演奏したハイドンの交響曲第91番、第92番「オックスフォード」他<ハルモニアムンディ・フランス>を聴く。
 AAMやターフェルムジークに比べ、フライブルク・バロック管弦楽団の音色にはざらっとした感じが強く出ているなあと思う。
 どちらがよい悪いということではなく。

 17時52分に再び外出し、管理人さんに4月分の家賃を支払ってからグルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時17分に帰宅する。
 夜になっても、雨が降り続いている。

 帰宅後、ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したハイドンの交響曲第60番「うすのろ」<TELDEC>を聴く。
 劇音楽から転用しただけに劇場感覚(仕掛け)に満ちた作品で、アーノクールのドラマティックな表現によく合っていると思う。

 夕飯後、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトの交響曲第40番を聴きながら、『本日記』を読み進める。
 面白い面白い。

 続けて、同じ組み合わせの演奏によるモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」を聴きながら、『魔王』の改訂作業とPCへの打ち込みを進める。
 なお、ブルーノ・ヴァイルとターフェルムジークのモーツァルトはドイツ・ハルモニアムンディから発売されているもの。
 個人的には、ソニー・クラシカル(ヴィヴァルテ)のがしっとしたクリアな録音のほうがより好みに合っている。
(ただ、このモーツァルトは、もともとカナダ国内でANALEKTAレーベルからリリースされていて、今ではそちらも日本で入手可能だ)

 今日は、森永・男のスイーツ部、理想のプリンを食す。
 グルメシティで、半額引き、税込み67円だったもの。
 男のどうこうとあえて口にする必要もないだろうにと思いはするが、プリン自体は濃厚な味わいでなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 リヒャルト・ワーグナーの孫で、バイロイト音楽祭の総監督を長年にわたって務めたヴォルフガング・ワーグナーが亡くなった。90歳。
 深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月22日

『不在証明』を完成させた(CLACLA日記)

 世は、三連休の最終日。

 案の定というか、昨日てんこもり堂のワークショップではしゃぎ過ぎた報いで、身体の節々が痛む。
 てか、身体がなまり過ぎなのだ。
 もっと鍛えていかないと。


 昨夜は、坪内祐三の『三茶日記』<本の雑誌社>を読み進めたり、仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時39分に消灯する。

 10時31分に起きる。

 『三茶日記』を読み進める。

 4月に向けて、文書類の整理を開始する。
 どんどん整理していかないと。

 昨夜浴びそびれてしまったため、13時過ぎにシャワーを浴びる。

 『不在証明』の最終的な読み直しと打ち直しを行う。

 アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏による、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』&『ドン・キホーテ』<TELARC>を聴く。


 15時4分に外出し、烏丸通のフェデックスキンコーズ四条烏丸店へ行って『不在証明』の出力を行う。
 早くプリンターを購入しなければと本気で思う。
 それと、今日の店員さんの態度はあんまりよくなかったなあ。

 青空が見えていたこともあって、そのまま歩いて河原町まで出、まずルプリュ寺町店で便箋を購入する。

 ほぼ真向かいのAvisをのぞいたあと、JEUGIA三条本店の6階で中古CDとレコードの特集(明日まで)をやっているのを知り、こちらものぞく。
 が、これと言って目ぼしいものはなし。
(ガーディナーの指揮した『コジ・ファン・トゥッテ』のハイライトの輸入盤が630円で出ていて、以前だったら迷わず買っていただろうなと思う。でも、今は買わない)

 その後、ブックオフをのぞいてから、歩いて烏丸まで戻り、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。
 ちょうど『静物画』公演(うっかりして忘れていた)が終わったところで、丸井重樹さん、中嶋やすきさんなどとあいさつをする。
 丸井さん、申し訳ない。

 その後、グルメシティで夕飯用の買い物をして、17時40分に帰宅した。


 帰宅後、『不在証明』に関する全ての作業を終える。
 全く満足はいっていないが、仕方ない。

 ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏による、ハイドンの交響曲第96番「奇跡」&第101番「時計」<DECCA>を聴く。

 夕飯後、『三茶日記』を読了する。
 ああ、面白かった。

 続けて、同じく坪内祐三の『本日記』<本の雑誌社>を読み始める。
 本の雑誌に連載された日記をまとめたもので、『三茶日記』の続篇にあたる。
 ああ、面白い。

 京都市図書館のインターネットサービスで、吉田秀和の『新・音楽展望 1984−1990』<朝日新聞社>を予約しておく。

 コリン・デイヴィス指揮ザクセン・シュターツカペレ・ドレスデンの演奏による、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」&『エグモント』序曲<PHILIPS>を聴く。

 今日は、神戸屋のカスタードフランス(パン)を食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み64円だったもの。
 カスタードクリームを挟んだフランスパン風のパン(昔の給食に出ていたような)で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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もう春分の日(深夜のCLACLA)

 春分の日。
 もう、春分の日。


 昨夜は、坪内祐三の『三茶日記』<本の雑誌社>を読み進め、仕事関係の作業を進めたのち、3時半過ぎに消灯する。

 10時15分に起きる。
 黄砂の影響か、朝から頭がぼわんとし、時折くしゃみを連発する。
 やれやれ。

 『三茶日記』を読み進める。

 音楽関係の作業を行う。


 14時39分に外出し、歩いて二条駅へ。
 そこからJRで大津まで行き(京都駅で乗り換え)、歩いて滋賀会館へ。

 で、311号室で、てんこもり堂の番外公演『紙風船』(岸田國士作、藤本隆志さん構成・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 その後、ワークショップにも参加し、いつもの如く大はしゃぎの馬鹿はしゃぎ。
 ここぞとばかり暴れまくる。
 まあ、他の参加者の方もけっこうやってくれていたので、当方ばかりが目立つということはなかったみたいだけれど。
 愉しかったが、明日以降の身体の痛みが冗談抜きで心配だ…。

 開演前終演後、藤本さんをはじめとしたてんこもり堂の面々や、試演会を観に来ていた田辺剛さんと話をする。

 その後、あれこれあって、結局帰宅したのは23時13分になって。

 以上、3月21日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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てんこもり堂の『紙風船』試演会とワークショップ

 今月末で館の運営をやめてしまうという滋賀会館で、てんこもり堂の面々が岸田國士の一幕物『紙風船』(藤本隆志さん演出)の試演会を行うと知り、二条駅からJRを乗り継いで大津まで行って来た。

 『紙風船』といえば、夫と妻の何気ない会話からその関係性(お互いの感情のずれや重なり合い)が浮き彫りにされていくという二人芝居だが、今回はそこにいくつかの仕掛けが施されていて…、と、ここからは来月岡山のC.T.T.の上演も予定されているので詳述しないことにする。
 夫と妻を演じた勝二繁君とよこえとも子さんは、自らの演じる役柄の雰囲気のつかみとり方という点で、この間何度か岸田作品を演じてきた成果が示されているように感じた。
 また、作品の肝となるべき部分をしっかりと意識した台詞のやり取りも心がけられていたように思う。
 ただ、その分テンポが遅めになり、なおかつ表現がよりシリアスなほうに傾きがちとなったため、今回の演出の仕掛けとうまく噛み合っていないように思われた箇所もいくつかあった。
 作品の持つ軽みや感情の細やかな変化がより巧く表現されていけば、演出の仕掛けも一層活きてくるのではないだろうか。
(二重の意味で、「えっ」と驚いた仕掛けも飛び出したりしたのだけれど、もちろんそのことについても触れないでおく)

 で、試演会終了後、ワークショップにも参加する。
 昨夜、キタモトマサヤさんに遊劇体の明倫ワークショップに参加した際のはしゃぎっぷり(で、身体を痛めたこと)を指摘されたばかりだったのだが、今日も今日とて大はしゃぎの馬鹿はしゃぎ。
 転ぶわ、横になってぐるぐるぐるぐる回転するわ、はてはでんぐり返りをやって頭を打つわ、帰宅後、身体が痛くて痛くて仕方がない。
 まさしく、馬鹿は…。
 でも、愉しかったなあ。
 たまには、こういう時間もなくっちゃと思った次第。
posted by figarok492na at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

シンポジウム「京都の劇場展望」に参加した(CLACLA日記)

 どんどんどんよりし始めたなあと思っていたら、案の定夜になって雨が降り出した。
 しかも、帰宅したとたん、じゃじゃじゃんじゃじゃじゃんと本降りになる。
 間一髪!


 16時25分に外出して、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店でバスの回数券を購入し、フレスコとダイソーで買い物をすませたのち、市バスの3号系統で府立大学病院前まで行く。

 で、京都府立文化芸術会館洋室Bで行われた、「演劇大学in京都」のシンポジウム、「京都の劇場展望」に参加する。
 このシンポジウムは、椋平淳さんを司会に(京都府立文化芸術会館を代表してもいる)、森山直人さん(京都芸術劇場を代表)、杉山準さん(アトリエ劇研を代表)、丸井重樹さん(京都芸術センターを代表)の三人のパネラーを迎え、京都の劇場の現状や今後の展望について考えるという内容だったが、個々の劇場のこれまでの経緯や運営の特徴などの説明にけっこう時間がとられてしまい、さあこれから話が深まるぞというところで、残念ながら時間切れになってしまった。
 ただ、いつものごとくでしゃばって最後に質問したおかげで、劇場間の関係(連絡)のあり様だとか、丸井さんからは劇場における学芸員(専門的な経験と知識を持った人材)の必要性や、杉山さんからは劇場の持つ「公共性」(この場合の公共性は、公立ホールうんぬんかんぬんのそれではなく、言い換えれば劇場と社会との関係性)に対する問題意識を聴くことができたのは収穫だったと思う。

 シンポジウム前と終了後、司会の椋平さん、パネラーの杉山さんと丸井さん、菊川徳之助さん、山口浩章さん、高杉征司さん、木嶋茂雄さん(リーディング公演で、ちょうど前と後ろの席に座っていたのだ)、二口大学さんと立ち話をしたりあいさつをしたりする。
(杉山さんには、個人的なちょっとした相談ごとをしたのだけれど、予想していた通りの反応が返ってきた。実は、そうした反応が返ってくるところにも、僕は杉山さんが信頼できる人だと強く感じるのである)

 あと、キタモトマサヤさんには四条河原町まで自動車で送っていただいた。
 その間、お芝居に関するお話をうかがえたこともあわせて、心より感謝いたします。
 本当にありがとうございました。

 そのまま歩いて戻り、松屋で豚丼野菜セットの大盛りを食べて、22時30分に帰宅した。

 帰宅後、坪内祐三の『三茶日記』<本の雑誌社>を読み進める。

 今日は、日清製菓のバターココナツサンドチョコレート(ビスケット)を食す。
 ダイソーで購入しておいたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風、吹きまくりの午後(CLACLA日記)

 春の嵐、と言えば、大げさかもしれないが、今日はお昼過ぎぐらいから、びょーごびょーごと激しい風が吹いていた。
 あまりの激しさに、洗濯物が飛んで行ってしまわないかと気が気でなかったくらいだ。
 まあ、なんとか吹き飛ばされるまでにはいたらなかったけれど。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時46分になって消灯する。

 10時15分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯を始める。
 明日はお天気が下り坂になりそうだと天気予報にあったので。
 ああ、すっきりした!

 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を読了した。
 佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>では散々な書かれようだった有馬頼寧の人間的な魅力や熱心な社会的活動が、彼の適わぬ恋の顛末と深く結びつけられながら描かれていて、なかなか興味深かった。
 ただ、著者の推察と実際の日記における記述とをはっきり分けて考えたいこともあり、できることならば『有馬頼寧日記』そのものにあたっていきたいとも思う。
 ついでに、読書ノートをとる。

 坪内祐三の『三茶日記』<本の雑誌社>を読み進める。

 今後の創作活動について考える。

 16時台に浴室とトイレの掃除をすませる。

 今日は、「演劇大学in京都」のシンポジウム「劇場展望」に参加するため、これから京都府立文化芸術会館まで出かける予定なり。
 と、言うことで、そろそろ外出の準備を始めないと。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

坪内祐三には舌を巻くなあ(CLACLA日記)

 結局のところ、どうあがいてみても僕は自分自身が生きている時代の様々な制約から完全に逃れることはできない。
 少なくとも、そう自覚することから、自分自身の創作活動なりなんなりを進めていかなければならないと僕は強く思う。


 昨夜は、なんやかやとばたばたしていたため、ようやく3時48分になって消灯する。

 10時36分に起き、いくつか雑件を片づける。

 昼食用の買い物をするため11時に外出するが、いろいろ選びあぐねたあげく(それも妥協の末に)弁当を購入し、11時50分に帰宅した。

 昨夜シャワーを浴び損ねたため、12時台にシャワーを浴びる。

 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を読み進め、第十一章の「井深八重の嘆き」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もする。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 ヴァイオリンのフランク・ペーター・ツィンマーマン、チェロのハインリヒ・シフ、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィルの演奏によるブラームスのドッペル・コンチェルトと、ツィンマーマン、サヴァリッシュのピアノに、ホルンのマリー・ルイーゼ・ノイネッカーが加わったトリオによるホルン3重奏曲<EMI>を聴く。
 個人的には、ホルン3重奏曲のほうが好みに合っている。


 16時25分に外出し、まずは下京図書館へ。
 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>を返却し、坪内祐三の『三茶日記』と『本日記』<ともに本の雑誌社>を新たに借りる。

 JEUGIA四条店で、『ぶらあぼ』4月号を入手する。

 大垣書店四条店で、『ぴあクラシック』の春号を入手する。

 やまや烏丸御池店で、1.4mmのパスタを購入する。
 まだ1.6mmのパスタが残っているのだが、どうにも麺の太さが気に入らない。
 それで、このお店で500グラムが税込み98円になっていたのを覚えていたため、買っておくことにしたのだ。

 その後、大垣書店烏丸三条店に寄り、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませて、18時12分に帰宅した。


 今日は、いいお天気、いい青空の一日になる。
 ただし、思ったほど気温が上昇しなかったためか、花粉症の出はあまりなし。

 帰宅後、ピアノのカルロ・ブルーノ、リカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ座フィルの演奏による、マルトゥッチのピアノ協奏曲第2番<SONY>を聴く。

 夕飯後、『恋と伯爵と大正デモクラシー』を読み進め、第十三章の「冬の別れ、永久の別れ」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三茶日記』を読み始める。
 評論家で愛書家(狂)としても知られる坪内祐三が『本の雑誌』に連載した日記を集めたもの。
 1997年の分を読み終えたが、いつものことながらその該博な知識と愛書家(狂)ぶりには舌を巻く。

 バート・ファン・オールトのフォルテピアノ独奏による、ハイドンのピアノ・ソナタ第33番、第1番、第12番、第42番、第50番<BRILLIANT>を聴く。

 今日は、山崎製パン・スマイルオーブンのチョコチップメロンパンを食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み75円になっていたもの。
 チョコチップ入りの「かわいた」メロンパンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 日米間の核密約に関して証言を行った、元駐米大使で元外務事務次官の村田良平が亡くなった。80歳。
 深く、深く黙祷。
(今日、衆議院外務委員会で核密約に関する参考人質疑が行われたのだった)

 京都コンサートホールのモーツァルト・ツィクルスだが、今シーズン(2010/11)は日本人ピアニストのリサイタルが4回行われるだけ。
 フォルテピアノのリサイタルならまだしも、これでは全く食指が動かない。
 残念だけれど、仕方がないな。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外出後の日記(深夜のCLACLA)

 17時50分に外出する。

 まず、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店でバスの回数券を購入し、フレスコでパンを購入してから、市バスで府立大学病院前へ。

 で、バス停からすぐの京都府立文化芸術会館で、近代戯曲のリーディング公演を観聴きする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後に遊劇体のキタモトマサヤさんと少し話しをし、このしたやみ遊劇体両団体の面々とあいさつをしたほか、開演前休憩中終演後に、椋平淳さん、岡村宏懇さん、大熊ねこさん、伊沢はるひさん、板倉真弓さん、伊藤真希さん、川津かなゑさんらと話をしたりあいさつをしたりする。

 近くで雑用を片づけてから市バスで戻り、フレスコで買い物をすませ、22時16分に帰宅した。

 以上、3月18日の日記の続き。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このしたやみと遊劇体の近代戯曲リーディング

 日本演出家協会主催の「演劇大学in京都」の一環として、このしたやみと遊劇体の面々が戯曲のリーディング公演を行うというので、京都府立文化芸術会館まで足を運んで来た。
 で、このしたやみ(山口浩章さん演出)の三島由紀夫の『道成寺』、遊劇体(キタモトマサヤさん演出)の鈴木泉三郎の『生きている小平次』という戯曲の選択に、二つの団体、二人の演出家の違いがはっきりと表れていた点が、まずもって僕には非常に面白く感じられた。

 阿部由香子さんを迎えてのアフタートークでも触れられていたが、前半のこのしたやみの『道成寺』は、視覚的な仕掛けがふんだんに盛り込まれた上演。
 二口大学さんが得意とする落語の語り口も活かされていたし、広田ゆうみさんの後ろ姿や所作からは先日観た『熊』をすぐに思い起こした。
 ただ、橋本治の評論を読んでいたせいもあるかもしれないけれど、三島由紀夫のテキストの持つマルコヴィッチの穴、ならぬ三島由紀夫の穴的な自意識の強さというか、「変わらなさ」というものを強烈に感じたことも事実で、比較的軽めの意匠の下に透けて見えるそうした部分に、なんともいわく言い難い感情を覚えたりもした。
(ところで、三島由紀夫は江戸川乱歩の熱心な読者だったのだろうか? どうしてもそのように思えてしまう箇所があったのだ)
*追記:馬鹿だ馬鹿だ。『黒蜥蜴』があったじゃないか! 今頃になって思い出した。

 一方、後半の遊劇体の『生きている小平次』は、これまたアフタートークでも触れられていたように音楽性により重きを置いた上演となっていたが、それでいて、と言うよりだからこそ、作品の持つ動的な要素、内面から外面に向かって発散される激しい力のようなものがよく表現されていたように思う。
(音楽性により重きを置いていた分、終盤の一閃がひときわ効果を発揮していたが)
 基本的には、いわゆる「小平次もの」の一つだが、1924年に発表されただけあって、登場人物の一人であるおちかの描き方をはじめ、明らかに当時の社会的状況(大正デモクラシーと関東大震災後の社会的不安の増加。あくまでも個人的にだけれど、柳原白蓮の事件と大杉栄らの虐殺などを想起する)を反映した内容になっているように感じられた点も、僕には興味深かった。

 演者陣は、ライヴならではの傷はありつつも、概ね、山口さんやキタモトさんの意図に沿った演技(リーディング)を行っていたのではないか。
 限られた時間でのリーディング公演だった分、個々の演者の得意不得意がはっきり示されていたようにも思ったが。

 いずれにしても、両作品とも今度は実際の舞台で観てみたいと思う。


 なお、アフタートークは時間の関係か若干食い足りなさが残って残念だったが、ここでもキタモトさんと山口さんの違いがはっきりと表れていて、その点は非常に面白く感じられた。
posted by figarok492na at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

外出前の日記(CLACLA日記)

 あれあれ、お昼頃までは青空も見えていたのに、天気予報通りどんどんどんよりし始め、ついには雨降りに。
 まあ、花粉症の出がその分弱まっているから、助かるっちゃ助かるんだけど。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時18分に消灯する。

 で、朝寝坊を決め込み、11時11分になって起きる。

 京都府立文化芸術会館に電話をかけ、今夜の近代戯曲リーディングを予約しておく。

 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を読み進め、第九章の「美登里さんの発見」まで読み終えた。
 ミステリを読み進める面白さがこの本にはあると思う。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>を読了する。
 いやあ、いつもながら殿山泰司のエッセイは面白いな。
 文章のテンポ感も実に心地よい。
 そして首尾一貫、ぶれがないのも殿山エッセイの魅力の一つや。
 ベリイ・グウ。

 京都市図書館のインターネットサービスで、坪内祐三の『三茶日記』と『本日記』<ともに本の雑誌社>を予約しておく。

 ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナの演奏による、シューベルトの交響曲第5番他<チャンネル・クラシックス>を聴く。
 すうーっとこちらの耳に入ってくるような演奏と録音で、とても聴き心地がよい。

 続けて、インマゼールがフォルテピアノにまわり、ヴァイオリンのヴェラ・ベスとチェロのアンナー・ビルスマとトリオを組んだ、シューベルトのピアノ3重奏曲第1番&第2番<SONY>を聴く。
 ピリオド楽器による音楽の掛け合いの妙を堪能する。

 さて、そろそろ外出の準備を始めるか。
 いや、まだ早いかな。
 いずれにしても、行ってきます!
posted by figarok492na at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

他人の足元は見るな!(CLACLA日記)

 畢竟、他人様の足元を見て恥じないような人間は、唾棄すべき人間である。
 少なくとも、そのような人間が一流になれようはずがない。
 自省あるのみ。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、2時56分に消灯する。

 9時29分に起きて、部屋の整理整頓を行う。

 再放送ながら、NHK・FMの名曲のたのしみを久しぶりに聴く。
 ハイドンの特集で、オルフェウス室内管弦楽団の演奏による交響曲第81番、マルタ・アルゲリッチの独奏によるピアノ協奏曲ニ長調などが放送されていた。
 そして、吉田秀和翁は未だ矍鑠としているようだ。

 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を読み進め、第五章の「横浜ものがたり」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>も読み進める。
 面白し面白し。
 ベリイグウ。

 自分自身の今後の課題について考える。

 『不在証明』のちょっとした打ち直しを行う。

 アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏による、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』&『死と変容』<TELARC>を聴く。


 14時22分に外出する。

 まず京都芸術センターで音楽担当のアートコーディネーター、松村絢さんにあいさつをする。
 本多優之さんに関係したことで。

 その後、河原町まで歩いて出て用件をすませ、20時18分になって帰宅した。


 どんよりとした感じはしたものの、一応青空が見えていた。
 気温は低めで、肌寒い一日。
 その分、花粉症の出はひどくなかったが。

 夕飯後、『恋と伯爵と大正デモクラシー』を読み進め、第六章の「大川のほとりの貧しい子供たち」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三文役者の待ち時間』も読み進める。
 面白し面白し。
 ベリイグウ。

 バート・ファン・オールトのフォルテピアノ独奏による、ハイドンのピアノ・ソナタ第41番、第16番、第2番、第32番、第46番<BRILLIANT>を聴く。
 ピアノ・ソナタ全集の一枚目にあたる。

 今日は、ブルボンのチョコチップクッキーを食す。
 フレスコのセールで、税込み87円だったもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

小休止の一日(CLACLA日記)

 先週の金曜日から昨日月曜日まで密度の濃い四日間を過ごしたこもあり、今日は小休止。
 もちろん、創作活動をはじめ、今後の様々なことに関ししっかり計画を立てていかなければならないが。
 三月も、もう半ばを過ぎたのだし。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、2時36分に消灯する。

 で、11時5分に起きる。

 山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を読み進め、第二章の「不思議な老人倉富勇三郎」まで読み終えた。
 佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>では主人公だった倉富勇三郎が、ここでは有馬頼寧の人生に関わるバイプレイヤーを演じている。
 山本さんと佐野さんという二人の著者の立ち位置や考え方の違いもよくわかり、その点も実に興味深い。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>も読み進める。
 面白い面白い。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 ピアノのエリック・ル・サージュとステファン・ドネーヴ指揮リエージュ・フィル他の演奏によるプーランクのピアノ協奏曲集<RCA>、ロイ・グッドマン指揮ザ・ハノーヴァー・バンドの演奏によるロッシーニの序曲集<同>を聴く。

 18時に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時半に帰宅した。

 少しどんよりとした感じはありつつも、概ね青空の一日。
 ただし、気温は低めで、その分花粉症の出も少なく助かった。

 帰宅後、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮バーゼル室内管弦楽団の演奏によるベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<OEHMS>を聴く。

 夕飯後、『恋と伯爵と大正デモクラシー』を読み進め、第三章の「「伯爵」をかけた恋」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三文役者の待ち時間』も読み進める。
>そうだ、思い出した、いつだったかな、原爆被爆者の≪地球なんか消滅してみんな死んでしまえばいいのに≫という言葉を、新聞だか雑誌だかで読んだことがある。
 モノスゴーイ言葉だけど、分かるような気がするぜ。
 アナタは分かるか?
 ワカラナイようではオレのダチではないぞッ<
 殿山泰司のエッセイの面白さがワカラナイようではオレのダチではないぞッ。

 ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏によるハイドンの交響曲第101番「時計」&第102番<EMI>を聴く。

 今日は、甘いものは食さず。

 またぞろ茶番以下の猿芝居が繰り返されている。
 馬鹿らしいかぎり。

 元東京巨人軍の選手、前川八郎が亡くなった。97歳。
 巨人の初優勝時のメンバー(投手他)で、最高齢のOBでもあった。
 深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:53| Comment(2) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都フィルハーモニー室内合奏団第169回定期公演

 ☆京都フィルハーモニー室内合奏団第169回定期公演『エスプリ!』

  指揮:野平一郎
  独奏:野平一郎(ピアノ)

  会場:京都コンサートホール小ホール(アンサンブルホールムラタ)
  座席:1階10列25番


 もう20年近く前になるだろうか、まだ僕が立命館大学の院生だったころ、ひょんなことから同じ立命館大学の須田稔先生とそのゼミ生たちに同道して、当時まだアートスペース無門館だったアトリエ劇研(MONOが稽古をしていた)を皮切りに、民間主体で運営している芸術関係のスペースや団体を見学させてもらったことがあった。
 考えてみれば、今小暮宣雄さんらが活発にやっているようなことのはしりだと思うのだが、そうして見学されてもらった中に、京都フィルハーモニー室内合奏団の事務局も含まれていた。
 その際うかがったことの大半は、記憶の中から失われてしまったのだけれど、当時日本音楽家ユニオンのオーケストラ協議会とちょっとしたつながりのあった僕だからこそ、一層その運営の厳しさ難しさ、逆に様々な可能性の存在を強く感じたということは覚えている。
 ただ、その後、何度かコンサートに足を運んだことはあったものの、個人的な紆余曲折(お芝居にのめり込んだりとか)もあって、京フィルの生の演奏に触れたのは、それから10年以上も経ってから、ニコラウス・アーノンクールの京都賞受賞のワークショップまで待たなければならなかった。

 そして、ようやく今回、久しぶりに京フィルのコンサートを聴くことになったのだが、それにはやはり、シェーンベルク編曲のドビュッシーの牧神の午後への前奏曲、ヴァレーズのオクタンドル、プーランクのオーバード(野平一郎さんの弾き振り)、ミヨーの世界の創造、イベールのパリという、関西どころか、日本全体でもめったに聴くことのできないプログラムに強く心を惹かれたからである。
(かつて野平さんと共演の経験もある指揮者の本多優之さんをお誘いしたのだが、野平さんらしいよく考え抜かれたプログラムだと感嘆するとともに、それを実際に受け入れた楽団の姿勢も高く評価されていた)

 で、プーランクのオーバードなど、アンサンブルの側にもう少し洒脱さが加わればと感じたりもしたのだが、野平さんの簡にして要を得たトークも含め、作品を識るという意味では、充分納得のいくコンサートだった。
 特に、ラストのパリでの盛り上がりでは、かつて体験した京フィルのフレンドリーな雰囲気を思い出すこともできた。

 個人的に好みの作品が並んでいることもあったりして、可能なかぎり京フィルの定期公演には足を運んでいきたいと思う。
posted by figarok492na at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

ついに花粉症が…(CLACLA日記)

 だんだん気温が上昇してきたな、と思っていたら、ついに目の周りのかゆみやくしゃみ連発が出て来てしまった。
 雨降りになったというのに。
 ああ、やだやだ。


 昨夜は、3時29分に消灯する。

 9時45分に起きる。

 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>を読み進める。

 仕事関係の作業を進める。


 10時59分に外出する。
 まず、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で切符を購入してから、河原町へ。

 で、阪急前で本多優之さんとおち合い、大阪へ。
 音楽関係の予定をいろいろとすませたのち、伊丹空港へのバス乗り場まで本多さんを送ってから、阪急で大宮まで戻り、グルメシティやフレスコなどで夕飯用の買い物をすませて、20時4分に帰宅した。

 今回の本多さんの関西訪問は、僕にとっても非常に刺激的なものとなった。
 これまで頭ではあれこれと考えていても、あまり実践してみようとはしなかったことを始める、大きなきっかけになるように思う。
 もちろん、自分自身の現在の能力と状況をしっかり判断した上で行動していかなければならないとも思うが。


 帰宅後、いくつか雑件を片づける。

 睡眠不足と花粉症のせいで、少し身体が重し。
 やれやれ。

 今日は、東ハトのキャラメルコーンを食す。
 フレスコのセールで、税込み88円になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京フィル室内合奏団の定期公演を聴いたあと、いろいろあって帰宅が遅くなる(深夜のCLACLA)

 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時32分に消灯する。

 10時19分に起きて、毎週恒例の洗濯を始める。
 その間、近くの弁当屋までお惣菜を買いに出かける。

 殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>を読み進める。


 12時47分に外出し、本多優之さんと烏丸駅の改札口でおち合い、カフェベローチェで少し話をしたのち、烏丸御池から北山まで行き、京都コンサートホール小ホール(アンサンブルホールムラタ)で京都フィルハーモニー室内合奏団の第169回定期公演を聴く。
(詳しくは後日アップする予定です)

 終演後、かつて本多さんと共演したことのある今回の定期公演の指揮者野平一郎さんにご挨拶をし、楽団の理事長小林明さん、事務局の田村誠基さんにもご挨拶をする。

 その後、本多さんとコンサートホールの近くを歩いてから、烏丸五条まで戻り、宿泊先のホテルに寄ったのち、木屋町通の『魚旬とれとれ』で美味しい料理を食べたり、軽くお酒を飲んだりしながら今後のあれこれについて話をうかがう。

 さらにタナカコーヒーで少しお茶をしたあと、本多さんをホテルまで送り、西洞院のSHOP99で買い物をしてから、24時38分に帰宅した。


 以上、3月14日の日記。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

いろいろと刺激を受けた一日(CLACLA日記)

 ちょっとした目のかゆみはありつつも、今のところ花粉症の激しい症状は出ず。
 あとが怖い怖い…。


 昨夜は、なんだかんだでばたばたしていて、結局3時半過ぎに消灯する。
 ところで、昨夜は聴きそびれてしまったが、加藤浩次の吠え魂が打ち切りになるとのこと。
 うすぎたねえ!


 8時20分に起きて、8時57分に外出する。

 近くの松屋で納豆定食を食べてから阪急で大阪方面へ出、本多優之さんとおち合い、aimė室内管弦楽団の練習を見学させてもらいに行く。
 企業秘密ゆえ詳細については語らないが、コンサートだけではわからないあれこれを確認することができて、実に刺激的だった。
 川畑君をはじめ、メンバーのみんなもいといろと大変だろうけれど、ぜひともいい本番を創り上げていって下さい。

 その後、本多さんを西宮北口の兵庫県立芸術文化センターまで送り、そのまま京都まで戻る。

 で、下京図書館で、佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>と殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>を返却し、予約しておいた山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を新たに借り、ブックオフ堀川五条店に寄り、グルメシティで夕飯用の買い物をすませてから、17時14分に帰宅した。


 本当は、烏丸ストロークロックの『八月、鳩は還るか』を観ておきたかったのだが、睡眠不足でしんどかったのと、昨日観た『パン屋大襲撃』とどうしても比較してしまいそうなことがはっきりしていたためパスしてしまう。
 残念だけど、仕方がない。

 夕飯後、『恋と伯爵と大正デモクラシー』を読み始め、序章を読み終えた。
 有馬頼寧日記1919という副題からも明らかなように、倉富勇三郎の日記、と言うより、『枢密院議長の日記』で身も蓋もない書き方をされていた有馬頼寧の日記にまつわる一冊。
 著者の山本一生は競馬関係の研究を行って来た人物のようだが、もともと東大文学部の国史学科の出身で、有馬頼寧日記の編者の一人でもある。
(有馬頼寧は戦後中央競馬会の理事長を務めており、有馬記念も彼を記念したものだ)
 序章を読むかぎり、読み手の心をつかむのになかなか長けた人と感じる。

 『三文役者の待ち時間』も読み始める。
 ジャズとミステリの日記なり。
 面白い面白い。

 今後の創作活動について考える。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 ポール・クロスリーのピアノ独奏による、ドビュッシーのベルガマスク組曲他<SONY>を聴く。

 今日は、ロッテの桃とバナナのカスタードケーキを食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み110円になっていたもの。
 その名の通り、桃とバナナ風味のクリームが入ったケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 作家の角田房子が亡くなった。95歳。
 かつて『閔妃暗殺』、『甘粕大尉』などを読んだことがある。
 もう95歳にもなっていたのか。
 深く、深く、深く黙祷。

 元田中角栄総理大臣の秘書、佐藤昭子も亡くなった。81歳。
 越山会の女王の異名で知られた。
 黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オペラ『パン屋大襲撃』

 ☆オペラ『パン屋大襲撃』(ドイツ語上演)

  作曲:望月京
  台本:ヨハナン・カルディ(英語)
  演出:粟國淳
  指揮:ヨハネス・カリツケ
  演奏:東京シンフォニエッタ

  会場:いずみホール
  座席:1階S列14番


 会場にどれほどの人がいたかは知らないけれど、村上春樹の作品の熱心な読者、と、言うよりも村上春樹の熱狂的なファン(信者?)がもしこのオペラに接したら、たぶん激しく怒るんじゃないのかなと、望月京のオペラ『パン屋大襲撃』を観聴きしながらついつい思ってしまった。
 と、言うのもこの『パン屋大襲撃』、村上春樹の短篇『パン屋襲撃(パン)』(あいにく未読)と『パン屋再襲撃』(こちらは既読)を原作としながらも、村上作品の持つ表面的なテイストが捨象された上に、内容的にも大きなデフォルメや改変が施され部分があるからだ。
 と、言っても、僕自身はそうした読み換えや書き換えに対し不満を抱いたわけではない。
 それどころか、村上春樹作品の持つ様々な性質を充分に咀嚼した上で作り上げられた、知的刺激と仕掛けに満ちた、テキストとしても音楽としてもよく出来たメタオペラだと僕は思う。
 少なくとも、ドイツ語圏をはじめとしたヨーロッパ圏ではプラスマイナス両面ではっきりとした反応を引き出しうる作品に仕上がっているのではないだろうか。
(プレトークで作曲家の望月さんが「(音楽的な)コスプレ」といった言葉を口にしていたけれど、それがこのオペラをよく象徴しているだろう。あと、これは粟國さんの演出も含めてだけれど、表現主義、ヒンデミットの一幕物、ブレヒト=ヴァイル、林光さんとこんにゃく座、イタリアのネオレアリズモの影響を受けた、1950年代〜60年代の市川崑、増村保造、川島雄三の作品、といった事どもを思い起こした)

 粟國淳の演出は、日本での上演ということを考えたならば充分に納得のいくものだったもだけれど、個人的にはさらにドライで軽いのりのほうが自分の好みに合っているし、テキストの持つ面白みがより明らかになるのではないかとも感じた。
(例えば、クニ=夫の相棒は「チコ」なのだから、クニが口にする思弁的な台詞はもっと軽く流してもいいんじゃないのかなと思ったり。「グルーチョ」風に。たぶん、カール・マルクスとマルクス兄弟がかけてあるはずなので)

 ヨハネス・カリツケ指揮の東京シンフォニエッタを含む演奏者陣は、作品の全体像を示すという意味では健闘していたと思うが、いずみホールという会場の制約もあって若干明解さに欠けた点があったことも否めまい。
 可能であるならば、今一度専用の劇場でこの作品に触れてみたい。

 それにしても、終演直後のグギゲッという鼻音。
 あれがブーの代わりにわざとやられたものなんだったら、ある意味「おお」と思うんだけどなあ。
 おじさん、寝てたんだろうなあ…。
posted by figarok492na at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『パン屋大襲撃』を観たあと、話をしていてこんな時間に(深夜のCLACLA)

 外出前の日記から続く。

 16時10分に外出。
 烏丸通の書店で、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、『上海バンスキング』の再演に関して詳しく述べられていた。
 この再演、観たかったなあ。

 で、ハン六からすま京都店で名刺を受け取り、そのまま歩いて五条から京阪で京橋まで出る。

 『パン屋大襲撃』の前ということであえてツイン21のマクドナルドに入り、ハンバーガーとマックポークを購入(ここはけち)、あえて立ち食いする。

 いずみホールで旧知の指揮者本多優之さんとおち合い、再びマクドナルドへ。
 少し、話をしたあといずみホールへ戻り、望月京のオペラ『パン屋大襲撃』を観る。
 詳しくは後日(もしかしたら、15日以降?)記すつもりだが、村上春樹の熱心な読者(と、言うより、熱狂的な信者)は激怒するかもしれないものの、テキスト、音楽ともによく出来た知的仕掛けと刺激に満ちたメタオペラだったと思う。
 少なくとも、ドイツ語圏(ヨーロッパ圏)では受ける作品なのではなかろうか。
 あと、単語の羅列になるが、表現主義、1950年代の市川崑監督作品、そしてマルクス兄弟エトセトラエトセトラ。

 終演後、いっしょに観劇した川畑隆君も交え、本多さんと三人で梅田まで移動し、タリーズでお茶をする。
(ほかに、同じ公演を観に来ていた本保弘人さんとも少しだけ話をした)

 その後、本多さんを宿泊先のホテルまで送り、梅田駅でしばらく川畑君と話をしてから、最終の快速特急で大宮まで戻り、コンビニで買い物をして、24時40分に帰宅した。

 マルクス兄弟。
 チコ、ハーポ、グルーチョ、ゼッポ、ガモ、カール、ヨーゼフ、ヴィルヘルム、上田耕一郎、不破哲三。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

外出前の日記(CLACLA日記)

 最近とみに物忘れが激しくなっている。
 ほんの少し前まで覚えていたことが、すぽんすぽんと頭の中から抜けてしまう。
 例えば、あの日守新一の名がすぐに思い出せず狼狽したり、昨夜などギタリストのイョラン・セルシェルはおろか、父方の叔父の一人や従妹、叔母の名前がとっさに浮かんでこずに歯がゆい想いをした。
 特に、もしかしたら今から思い出そうとすることを自分は思い出せないんじゃないか、などと考えるともういちころである。
 そういえば、内田百間は、「いくら教わっても忘れるものは忘れる。判断力は覚えた事を忘れた、その後に生ずる能力だろう」と、その名も『忘却』という題名の文章(『百鬼園先生言行録』<福武文庫>)の中で記しているが、先生ほど覚悟のできていない僕は、まだまだ、というか、これから数多く惑い、焦り、あわわあわわとなり続けることだろう。
 結局、忘れるということを忘れるなということか。

 メメントモリ。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら、仕事関係の作業を進めたのち、2時46分に消灯する。
 が、昨日ミスタードーナツでカフェオレを4杯もおかわりしてしまった報いのカフェイン禍で3時半頃まで寝つけず。

 これまたカフェインの影響か、8時6分には目が醒める。
 で、今日関西に来られる旧知の指揮者本多優之さんや、明日本多さんとともに練習見学(実質的には、レクチャー兼レッスン)に行く、aimė室内管弦楽団の川畑隆君に連絡をとったり、仕事関係の作業を進めたりする。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 続けて、村上春樹の『パン屋再襲撃』<文春文庫>の中の『パン屋再襲撃』を再読する。
 今夜、いずみホールまで望月京のオペラ『パン屋大襲撃』を観に行くので念のため村上春樹の原作にあたっておこうと考えたのだ。
 村上春樹の他の諸作品とも通底する、彼の青年時代の体験(記憶)が色濃く反映された寓話だと改めて思う。
(もう一つの原作、『パン屋襲撃(パン)』を読めていないのが残念だ)

 マティアス・ゲルネのバリトン独唱によるアイスラーの歌曲集(ハリウッド・ソングブック)<DECCA>を聴く。
 ゲルネの声質もあってか、少しロマンティックに聴こえるような。
 なお、エリック・シュナイダーのピアノ伴奏である。

 本多さん関連で、京都芸術センターに電話をかけるも残念。
 音楽担当のコーディネーターの方のスケジュールに合わせることができなかったのだ。
 今日になって思い立った急な話で、これは仕方あるまい。

 CDラジオで、久しぶりにNHK・FMの『気ままにクラシック』を聴く。
 どうやら今回は公開録画のようだ。
posted by figarok492na at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

『THEハプスブルク』展を観損ねた(CLACLA日記)

 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時31分に消灯する。
 が、いろいろと考え事をしていて、4時過ぎまで寝つけず。

 10時32分になって起きる。

 音楽関係の用件をいくつか片づける。

 色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読をする。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 仕事関係の作業を進める。


 14時53分に外出し、四条西洞院のSHOP99でマスクを、金券ショップ・トーカイ四条烏丸店で明日以降に必要な切符類を、それぞれ購入し、JEUGIA四条店に少しだけ寄ったのち、旧知の榎雪子さんとおち合い東山七条の京都国立博物館へ。
 『THEハプスブルク』展を観るためだったが、15時40分頃に着いて待ち時間が50分…。
 榎さんにあとの予定が詰まっていたこともあり、せっかくの内容をそそくさと観てすませるのもどうかと思い、断念することにする。
 自分自身の大きな計算違いが原因で、全くの自業自得。
 残念だけれど、仕方がない。

 で、三条まで戻り、ミスタードーナツの河原町三条ショップでしばらく榎さんと話をする。
 お互いの近況や演劇に関する話ができて愉しかった。

 ミスタードーナツ前で彼女と別れ、イエローカメラ四条店のチケット★オフで切符を購入してから、阪急で大宮まで戻り、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時58分に帰宅した。


 少しどんよりとした感じはしたものの、概していいお天気、いい青空の一日。
 気温はそこそこに上昇し、その分、花粉の勢いも増していたようだ。
 やれやれ。

 遅めの夕飯後、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読をする。

 オリ・ムストネンのピアノ独奏による、ベートーヴェンのディアベッリの主題による変奏曲他<RCA>を聴く。

 今日は、ミスタードーナツで、ポン・デ・アーモンドを食す。
 もちもちっとした食感で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日の晩のオペラ『パン屋大襲撃』を皮切りに、金土日と音楽関係の予定が詰まっている。
 いずれにしても、花粉の勢いが非常に心配だ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

今日は短めの日記(CLACLA日記)

 なんだか体調がしっくりとしない一日。
 寒さもあってか花粉症の出はそれほどでもなかったが、首、肩、背中のこり、はり、痛みも含めてどうにも身体が重だるい。
 それで、結局、夕方の買い物以外は外出しないことにする。
(運動不足は禁物なので、ストレッチなどはやっておく)


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、2時48分に消灯する。

 10時32分に起きる。

 色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 アマデウス・ウィンズの演奏による、モーツァルトのディヴェルティメント集<オワゾリール>を聴く。

 夕飯後、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙25枚分になった。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 音楽関係の用件をいくつかすませる。

 今日は、甘いものは食さず。

 完全とは言えないものの、外務省が日米間にいわゆる核密約が存在していたことを公表した。
 案の定というか、ようやくというか。
 が、しかし、沖縄の米軍基地移設問題一つとっても、なんら事態が好転していないことは明らかだとも思う。
 もちろん、他人事ではなく我が事だ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

名刺を作りに行った(CLACLA日記)

 先週ぐらいから枕を変えてみたものの、首、肩、背中のこり、はり、痛みの改善にはあまりつながっていないようだ。
 新しい枕自体、自分の身体にはあっていないのかもしれないし。
 一度、ニトリあたりに足を運んでみようか。

 右の奥歯あたりの歯茎が腫れていて、少し痛む。
 やれやれ。


 昨夜は、音楽関係の用件を片づけたり、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、2時59分に消灯する。

 8時前に起きていくつか雑件を片づけたのち二度寝し、11時17分になって起きる。

 殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>を読了する。
 殿山さんの言葉が全く古びていないことに、この日本という国の哀しさやみじめさを改めて痛感したりもした。
 なあ、諸兄姉よ。


 15時13分に外出し、烏丸松原のハン六からすま京都店へ行って、名刺の作成を申し込む。
 今週末以降、どうしても名刺が必要になってくるためなり。
 なお、金曜日のお昼以降の受け取りとのこと。

 その後、COCON烏丸をのぞき、京都芸術センターでいくつか用件を片づけてから、16時10分にいったん帰宅する。

 で、16時18分に再び外出し、フレスコやグルメシティで夕飯用の買い物をすませてから、16時58分に帰宅した。


 雨降りの一日。
 気温もあまり上昇せず。
 が、それでも花粉はしっかり飛び回っているようで、首筋がさついたり目の周りがかゆくなったりする。
 ああ、やだやだ。

 帰宅後、『不在証明』の打ち直しを行う。
 思うところあって、登場人物の名前を少し改めることにしたのだ。

 デヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮ロイヤル・バレエ・シンフォニアの演奏による、デヴィッド・ライオンの管弦楽曲集<MARCO POLO>を聴く。
 ブリティッシュ・ライト・ミュージック・シリーズ中の一枚で、非常に耳あたりのよい作品が揃っている。

 夕飯後、色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読をする。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 自己宣伝や自己満足、ためにするなにやかやは避けたいものだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

陳腐な動機に御用心!(CLACLA日記)

 ミステリ小説の肝の一つは、もちろん謎解きにあるが、何ゆえ犯罪者がその罪を犯すに至ったという動機の部分にもあるような気がする。
 中でも、表面的な動機と、その下から透けて見える本当の動機、犯罪者の本音の部分とのバランスが巧くとれている作品は、非常に面白い。
 逆に、犯罪者の動機、本心の部分があまりにも陳腐に過ぎると、残念ながら読み手の心は動くまい。
 例えば、あまりに単純な金銭欲や名誉欲だとか、あまりに単純なジェラシーやルサンチマンだとか。
 そこらあたり、充分注意していかなければと痛感する今日この頃だ。

 いずれにせよ、自分の為すべきことをしっかり為していかなければと思う。
 まずは、そこからだ。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、1時59分に消灯する。
 朝からキッチン関係の工事があることに加え、体調がどうにもしっくりとしていなかったため。
 ただし、3時頃まで寝つくことはできず。

 7時25分に起きて、部屋の片づけをすませる。

 終章の「倉富、故郷に帰る」とあとがき、解説を読み終え、佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>を読了した。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>を読み進める。
 断続的に読み進める。

 9時少し前から11時頃まで、キッチンの流しの取り換え工事が行われる。

 『不在証明』と『山中貞雄餘話』のちょっとした打ち直しを行う。

 『櫟家の午餐会』のプロットについて考える。

 14時頃から15時過ぎまで、キッチンまわりの床の張り替え工事が行われる。
 これで、キッチン(まわり)の改修工事が全て終了した。
 ああ、すっきりした!

 16時7分に外出し、烏丸方面へ。
 ポコ・ア・ポコ京都店をのぞき、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。
 で、グルメシティとフレスコで買い物をすませ、17時40分に帰宅した。

 一応青空は見えつつも、どんよりとした感じも残る一日。
 気温も上昇せず、寒さが相当厳しかったが、身体が重だるかったりくしゃみを連発したり首筋ががさついたりと、花粉症の症状はしっかり出る。
 ああ、うっとうしい!

 炊飯器のスイッチを入れ忘れ、夕飯が少しばかり遅くなる。

 夕飯後、『三文役者のニッポン日記』を読み進める。

 ヴァルター・ヴェラー指揮ロンドン・フィルの演奏による、メンデルスゾーンの序曲『フィンガルの洞窟』、交響曲第1番、第5番「宗教改革」<CHANDOS>を聴く。

 今日は、森永のチョコボールを食す。
 グルメシティで、税込み30円に値下げされていたもの。
 久しぶりに遠足気分を満喫した。
 ごちそうさま!
(それにしても、35年近くこのお菓子を食べてきたことになるが、金のエンジェルはもちろんのこと、銀のエンジェルも当たったことがないなあ。まあ、いいけど)

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

花粉のせいか、体調がしっくりしない一日(CLACLA日記)

 雨降り。
 気温も上昇せず、寒さが厳しい一日となる。
 が、花粉はしっかり飛び回っているようで、首筋はがさつくし時折くしゃみは連発するし身体は重だるいし。
 ああ、やだなあ。
 うっとうしいなあ。

 で、本当は飛び道具の『海の夫人』(今日まで)か、烏丸ストロークロックの『八月、鳩は還るか』を観に行くつもりだったが、断念してしまう。
 残念だが、仕方ない。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時15分に消灯する。

 10時25分に起き、すぐさま毎週恒例の洗濯を始める。
 どんよりとしたお天気だったが、明日はキッチンの改修工事などもあったりして、今日のうちにすませておくことにしたのだ。

 佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>を読み進め、第六章の「有馬伯爵家の困った人びと」を読み終えた。
 倉富勇三郎が家政の相談会の最高顧問を務める有馬伯爵家(特に頼寧)の実態が、倉富の日記からあぶり出されていて、実に面白い。
 ついでに、読書ノートをとる。
(それにしても、僕も日誌と日記を毎日記し続ける日記中毒者の一人ではあるが、倉富勇三郎の日記の記述量にはとうてい及ばない。全く驚くばかりだ)

 殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>も読み進める。
 面白い面白い。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団他の演奏によるブラームスのドイツ・レクイエム<ハルモニアムンディ・フランス>、シューマンのピアノ協奏曲(アンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノ独奏)&交響曲第2番<同>を聴く。

 18時17分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、18時44分に帰宅した。

 夕飯後、『枢密院議長の日記』を読み進め、第七章の「ロンドン海軍条約」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三文役者のニッポン日記』も読み進める。

 上記の二冊とも残りが少なくなってきたため、京都市図書館のインターネットサービスで、殿山泰司の『三文役者の待ち時間』<ちくま文庫>と山本一生の『恋と伯爵と大正デモクラシー』<日本経済新聞出版社>を予約しておく。

 明日のキッチンの改修工事に備え、部屋の片づけをすませておく。

 今日は、神戸屋のもちもち工房むしぱん・抹茶を食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み80円だったもの。
 その名のとおり、もちもちっとした食感に抹茶の風味がよくあっていて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 イラクで国民議会選挙の投票が始まったという。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月06日

田向正健と西島大が亡くなった(CLACLA日記)

 脚本家の田向正健が亡くなった。73歳。
 他にも『雲のじゅうたん』(へばちゃん浅茅陽子)や『信長』、『徳川慶喜』もあるが、田向さんといえば、やはり『武田信玄』ということになるだろう。
 ワーワーワワワーという山本直純のテーマ音楽(中間部で寅さん風になる)と、石橋凌演じる織田信長の「武田信玄動いたか!」という台詞はどうしても忘れることができないもの。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 劇作家で脚本家の西島大も亡くなった。82歳。
 青年座の座付き作家として活躍したほか、『嵐を呼ぶ男』や『Gメン75』など、映画やテレビドラマの脚本でも知られた。
 青年座では、今年も西島さんの作品を上演する予定だ。
 深く、深く、深く、深く黙祷。
(『嵐を呼ぶ男』といえば、井上梅次監督が亡くなったばかりだなあ)


 昨夜は、加藤浩次の吠え魂を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、2時35分に消灯する。
 もうそろそろ、毒蝮三太夫の物真似もいいかな、という感じだ。

 10時25分に起きる。
 雨降りのどんよりとしたお天気にもかかわらず、時折くしゃみを連発する。
 やれやれ。

 佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>を読み進め、第四章の「柳原白蓮騒動」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>も読み進める。

 15時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。
 なんとか最後まで終えることができた。
 が、まだまだだ。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 近衛秀麿指揮ベルリン・フィルの演奏によるムソルグスキーの『はげ山の一夜』&ハイドンの交響曲第91番<ドイツ・グラモフォン>、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団他の演奏によるベートーヴェンの3重協奏曲&7重奏曲<Arte Nova>、ボー・スコウフスのバリトン独唱によるヴォルフ&コルンゴルトの歌曲集<SONY>を聴く。

 17時28分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時57分に帰宅した。

 夕飯後、『枢密院議長の日記』を読み進め、第五章の「日記中毒者の生活と意見」を読み終えた。
 倉富勇三郎の遺した日記を読み解く魅力の一つに、著者は書き手である倉富自身の人となりを挙げているが、特にこの第五章では倉富勇三郎のプライベートな部分が詳しく述べられていて実に面白い。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三文役者のニッポン日記』も読み進める。
>ドコの国の人間であろうと、戦争を愛するものは、オレたちの友だちではない。
 戦争は愚劣だ<
>祖国というものは国民全体が守るものだとオレは思っている。
 国民の一人一人が自分の国を、自分たちを幸せにしてくれるすばらしい国だと思えば、黙っていても守るものである。
 武器などは問題ではない<
 とは、「戦争で、貴重な青春時代を5年近くも、中支の戦線を引っぱりまわされ、兄弟二人きりのそのたった一人の弟は、ビルマのマンダレーというとこで戦死してしまった」、殿山さんだからこその言葉だと痛感する。
 それにひきかえ、自民党の政治家などが口にする徴兵制うんぬんかんぬんの言葉の浅薄さ、目先鼻先口先舌先の言葉には辟易してしまう。

 『櫟家の午餐会』について考える。

 チョン・ミュンフン指揮ウィーン・フィルの演奏による、ドヴォルザークの交響曲第6番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 今日は、山崎製パン・スマイルオーブンの抹茶と金時豆のパンを食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み75円だったもの。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月05日

くしゃみ連発…(CLACLA日記)

 起きてすぐにくしゃみをして以降、時折くしゃみの連発が起こる。
 いやはや、とうとう花粉症の症状が出てきたということだ。
 今のところ目の周りの激しいかゆみなどはないけれど、これも時間の問題だろう。
 実にうっとうしいかぎり。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、2時45分に帰宅する。

 9時27分に起きていくつか雑件を片づけたのち二度寝。
 11時38分に起きる。
 ああ。

 佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>を読み進め、第一章の「宮中某重大事件」と第二章の「懊悩また懊悩」を読み終えた。
 著者が愛情を持って倉富勇三郎その人と日記に向かっている点がよくわかる。
 ついでに、読書ノートをとる。

 殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>も読み進める。
 いやあ、「おかかなしい」(by色川武大)なあ。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 部屋の片づけ、文書類の整理を行う。

 クイケン・カルテット他の演奏によるモーツァルトの弦楽5重奏曲第3番、第4番<DENON>、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団の演奏によるハイドンの交響曲第22番「哲学者」、第102番、第86番<EMI>を聴く。

 17時16分に外出し、グルメシティ、フレスコなどで夕飯用の買い物をすませ、17時50分に帰宅した。

 概してどんよりとしたお天気の一日。
 明日も雨降りらしい。

 帰宅後、『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 夕飯後、『枢密院議長の日記』を読み進め、第三章の「朝鮮王族の事件簿」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『三文役者のニッポン日記』も読み進める。
 中でも、ヘンリー・ミラー(!)へのインタビューが興味深い。

 『櫟家の午餐会』について考える。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 ニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏による、ハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」、第104番「ロンドン」<TELDEC>を聴く。

 今日は、甘いものは食さず。

 民主党は社民党との連立を解消して、公明党と連立を組むのではないか。
 そんな気がして、どうにも仕方がない。

 今夜、CXで『悪い奴ほどよく眠る』のリメイクをやってるみたいだけど、どう考えてもチープな仕上がりになってそうだなあ。
 やり様によっては相当面白くなると思うんだけどなあ。
 黒パンもなあ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月04日

PREPPYが届いた(CLACLA日記)

 ここのところ記してきたプラチナ万年筆のインクカートリッジ問題だが、今日の夕方、PREPPYという簡易万年筆とともに代替品が到着した。
 PREPPYは、ダイソーで購入したリビエールに比べペン先が少し太い感じがしないでもないが、書き味は実によい。
 で、到着の電話をプラチナ万年筆にかけたが、あいにく17時までの営業とのこと。
 明日、もう一度電話をかけておかなければ。


 仕事関係の作業を進めたり、雑件を片づけたのち、昨夜は3時20分に消灯する。

 9時少し前に起きて、管理人さんからキッチンの改修工事が8日に決まったとの連絡を受けたのち、いくつか雑件を片づけ二度寝。
 11時57分になって起きる。

 十の「明治天皇と<刺青>との関係」、十一の「天皇の巡幸と随行画家・五姓田義松」、十二の「土方久明の自殺 −明治宮廷劇の幕切れ」、並びにあとがきを読み終え、飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を読了した。
 飯沢さんならではの「反儒学的」な視点に貫かれた一冊だった。
 ついでに、読書ノートをとる。
(それにしても、土方与平の名が、ソ連の外交官ヨッフェによるものだったとは知らなかった)

 色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークの演奏による、ハイドンの交響曲第45番「告別」、第46番、第47番<SONY>を聴く。
 かえすがえすも、ソニー・クラシカルが、ヴァイル&ターフェルムジークの組み合わせによるハイドンの交響曲第70番〜第81番の録音を残さなかったことは、非常に残念で仕方がない。

 続けて、パフィーのアルバムをつまみ聴きする。
 『愛のしるし』のダンドンダンドンダンドンダンドンを聴くと、どうしてもチャイコフスキーのスラヴ行進曲を思い出してしまうなあ。


 15時26分に外出し、下京図書館へ。
 『牧野伸顕日記』<中央公論社>と『異史明治天皇伝』を返却し、殿山泰司の『三文役者のニッポン日記』<ちくま文庫>と予約しておいた佐野眞一の『枢密院議長の日記』<講談社現代新書>を新たに借りる。

 烏丸通のコンビニで、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、谷崎潤一郎原作の小説を加藤ローサ主演でドラマ化した『富美子の足』(フットフェティシズムの話。にしても、死にゆく老人の顔を足で踏みつけるってのはすごいな)と、先頃亡くなった藤田まことについて詳しく記されていた。
 いずれも、小林信彦らしい。

 その後、大垣書店四条店をのぞき、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時19分に帰宅した。


 雨降り。
 どんよりとしたお天気の一日となる。
 その分、花粉の勢いは弱まっていたようだが。
(それでも、何度かくしゃみが出る。怖い…)

 帰宅後、『枢密院議長の日記』を読み始め、序章の「誰も読み通せなかった日記」を読み終えた。
 司法官僚から宮内官僚に転じ、のちに枢密院議長の職にも就いた倉富勇三郎が遺した膨大で難読な日記のうち、宮中の問題が多々噴出した(『牧野伸顕日記』にも詳しく記されていたが)大正十年、十一年に狙いを絞って読み解いた一冊である。
>渺茫たる砂漠のなかから、一粒の砂金を見つける作業<
 を重ねたという著者の苦労に思いつつ、読み進める。
 ついでに、読書ノートをとる。

 続けて、『三文役者のニッポン日記』も読み始める。
 面白い面白い。
 そして、なんとも言えずかなしい。

 アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(ASMF)室内アンサンブルの演奏による、チャイコフスキーの弦楽6重奏曲「フィレンツェの想い出」とグラズノフの弦楽5重奏曲<CHANDOS>を聴く。

 夕飯後、『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 『三文役者ニッポン日記』を読み進める。
 今のところ、ニッポンではなくサイゴンでの日記だが。

 今日は、ダイエーのおいしくたべたい・カスタードシュークリームを食す。
 グルメシティで、半額引き、税込み49円になっていたもの。
 やわらかな甘さのカスタードクリームで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月03日

飯沢匡さんの三島由紀夫に対する評価に注目する(CLACLA日記)

 今日はひなまつりの日。
 が、僕には全くと言ってよいほど関係のない話。
 喜ぶべきか、悲しむべきか。
 まあ、そのどちらでもないだろうな、たぶん。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時17分に消灯する。

 体調がどうにもしっくりしなかったこともあり、10時55分になってから起きる。
 度し難し。

 飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を読み進め、九の「台湾・芝山巌における日本人六教師の殉難」まで読み終えた。
 九では、伊沢修二に従って台湾の芝山巌で現地の人々への日本語教育を行っていた六人の教師たちがゲリラの蜂起によって殺害された、いわゆる芝山巌事件を扱っているが、他に、三島由紀夫についても詳しく触れられていて、こちらも興味深い。
(三島由紀夫と飯沢匡さんとの関係や、三島と伊沢修二の直系の孫伊沢甲子麿との関係など。飯沢さんによると、飯沢さんの父伊沢多喜男は甲子麿について、「あいつは右翼にかぶれていて危ないな」と言っていたとのこと)
 特に、三島由紀夫の割腹自殺を、
>彼は何とか天皇と結びつけて自分の死を崇高化しようとしているが、私に言わせればこれも性欲の一部である。
(中略)だから彼の天皇の御為にというのは大なる不敬であって考えようによっては天皇を自分の性欲の充足の道具立ての一つに使っているともいえるのである<
と、喝破している点は、注目に値するだろう。
 ついでに、読書ノートをとる。

 そういえば、飯沢匡さんと浅からぬ関係にある筒井康隆は、『ダンヌンツィオに夢中』<中公文庫>という三島由紀夫に関する一文をものしているが、その考察には飯沢さんも少なからぬ影響を与えているのではないだろうか。

 色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読もする。

 『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 リカルド・シャイー指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団他の演奏によるベリオの管弦楽曲集<DECCA>、同じくリカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他の演奏によるストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』&『プルチネッラ』<同>を続けて聴く。

 16時56分に外出し、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時20分に帰宅した。

 いいお天気、いい青空の一日。
 ただし、気温は低めで肌寒い感じが強し。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいませ。

 帰宅後、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙18枚分になるとともに、ようやく2を書き終えた。

 リカルド・シャイー指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏によるショスタコーヴィチのダンス・アルバム<DECCA>を聴く。

 夕飯後、『櫟家の午餐会』について考える。

 続けて、『山中貞雄餘話』についても考える。

 さらに、『不在証明』の筆入れと打ち直しを行う。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、カールのチーズ味を食す。
 グルメシティのセールで、税込み78円だったもの。
 いつものことながら、チーズの風味がたっぷりときいていて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月02日

不良インクカートリッジ問題の続報(CLACLA日記)

 一昨日来記しているインクカートリッジの亀裂問題に関しプラチナ万年筆に午前中電話で確認したところ、やはり不良品の混じったロットが発生していたとのことで、簡易万年筆(リビエール)の代替品を送らせてもらうとも。
 商品そのものは捨ててしまったからと一度は断ったが、重ねて申し出があったため、無下に断るのもかえって大人げないと考え、送ってもらうことにした。
 結局、今日確認しなければ、インク漏れ損、腹立て損ということだったわけだ。
 それにしても、まとめ買いというのはリスクが伴うものなのだ。
 一層注意しておかなければ。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時20分に消灯する。

 8時少し前に起きる。
 で、キッチン及びその周囲を業者に点検してもらう。
 水が漏れているのか、流しの下が相当ひどい状態になってきたため。
 担当の人によると、キッチンそのものの取り換え工事をするとのこと。
 ただし、工事は来週以降になるそうだ。
 やれやれ。

 その後いくつか雑件を片づけたのち、ついついうとうとしてしまい、11時9分に起きる。

 飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を読み進め、五の「後宮制度の中で −明治天皇の深酒」まで読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 読み直しと筆入れ、打ち直しなど、『不在証明』に関する作業を行う。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙15枚分にようやくなった。

 ウィン・モリスの死を悼み、ロンドン交響楽団との演奏によるベートーヴェンの交響曲第10番<IMP>を聴く。
 深く、深く、深く黙祷。

 続けて、ペーター・スンドクヴィスト指揮スウェーデン室内管弦楽団の演奏によるクラウスの交響曲集<NAXOS>、湯浅卓雄指揮ニュージーランド交響楽団、アルスター管弦楽団の演奏による山田耕筰の管弦楽曲集<同>、ルスティム・ハイルディノフのピアノ独奏によるショスタコーヴィチの劇附随音楽集(ピアノ編曲版)<CHANDOS>を聴く。

 17時43分に外出し、グルメシティ、フレスコなどで夕飯用の買い物をすませ、18時15分に帰宅した。

 概してどんよりとした感じのお天気の一日。
 気温も下がり、寒さが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『櫟家の午餐会』について考える。
 なぜか、ラストの部分がほぼ出来上がってしまった…。

 『異史明治天皇伝』を読み進め、七の「「尊皇」という名の狂熱 −そして、教育勅語の発布」まで読み終えた。
>如何に世の進歩というものは遅く、常に予言者の言を曲解して却って大きな不幸を呼ぶものなのだ。
 人々は予言者の言を信ずれば大きな不幸が来ると信じて、その説を打消そうとして却って大きな不幸を生み出してしまう<
 ついでに、読書ノートをとる。

 ラルキブデッリの演奏によるベートーヴェンの6重奏曲、弦楽5重奏曲(クロイツェル・ソナタからの編曲)他<SONY>を聴く。

 体調、どうにもしっくりとせず。
 精神的にも低調なり。

 今日は、タンゴのクッキーチョコを食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 ごちそうさま!

 オリンピックが終わったとたん、民主党の小林代議士(北教組)の関係者が逮捕された。
 いつものことながら、タイミングがよろしうおますなあ。

 民主党の小沢幹事長が創価学会の秋谷前会長と会談したとのこと。
 なんだかなあ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年03月01日

今日から3月 もしくは、不良品はプラチナ万年筆製のものだった!(CLACLA日記)

 今日から3月。
 2010年も、残すところ9ヶ月を切った。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。

 そして、お詫びと訂正が一つ。
 昨日の日記に記した、ダイソーで購入した不良万年筆のインクカートリッジはパイロット製のものではなく、プラチナ万年筆製のものであることが判明した(簡易万年筆はリビエールという商品)。
 パイロット社様には心よりお詫びを申し上げるとともに、「安かろう悪かろう」のプラチナ万年筆への怒りと憤りを新たにしたことを付け加えておく。
(そういえば、愛用のVコーンもパイロット製だったんだ。思い込みとはいえ、とんだ間違いをおかしてしまった…)


 昨夜は、ネットラジオで、マルク・ミンコフスキ指揮フィンランド放送交響楽団の演奏したシューベルトの交響曲第3番(第1楽章の途中から)、ベルナルド・ラバディ指揮シカゴ交響楽団の演奏したハイドンの交響曲第94番「驚愕」、モーツァルトのピアノ協奏曲第18番(ベネデッテ・ルポの独奏)のライヴ録音を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時46分に消灯する。

 3月初日というのに大朝寝坊。
 11時30分になって起きる。
 本当に度し難し。

 3月の創作活動について考える。
 まずは、『不在証明』を完成させること。
 そして、『山中貞雄餘話』と『櫟家の午餐会』を書き進めること。

 昭和十二年と昭和十三年の分、伊藤隆の解説を読み終え、『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読了した。
 日本の戦時体制が如何にして形成されてしまったのかを。権力構造の上部にあった人々の側から確認していくための選択で、牧野自身の田中義一に対する厳しい評価をはじめ様々な収穫があった。
 また、『山中貞雄餘話』や『櫟家の午餐会』に対してもいろいろな材料を得ることができた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 続けて、飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を読み始め、一の「伯父・湯本武比古傅育官の『今上陛下御幼時の御教育』」を読み終えた。
 飯沢さんが、明治時代を要約すると評する二人の人物のうちの一人である明治天皇(もう一人は福沢諭吉)を、自らの伯父(母の姉の夫)で大正天皇の皇太子時代の教育係となった湯本武比古との関係などから描き込んでいった一冊。
>明治天皇一派が攘夷をやめて開国に向ったのは政治的条件の結果で思想的に開明に向った訳ではない。
(中略)一見、近代国家になったように見える新生日本がなかなか残存する封建精神の儒教の思考から脱け切らず、それが明治百年の昭和まで温存されているかに見えるのである<
 という言葉からも、飯沢さんの姿勢は明らかだろう。
 こちらも、読書ノートをとる。

 CDでモーツァルトづくし、その1。
 トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラの演奏によるディヴェルティメント集<ERATO>、マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊メンバーの演奏による『ドン・ジョヴァンニ』ハイライト(トリベンゼー編曲による管楽合奏版)<同>、ソプラノのヴェロニク・ジャンスとアイヴァー・ボルトン指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の演奏によるアリア集<VIRGIN>を続けて聴く。

 急な用件が入って、16時51分に外出する。
 で、用件をすませ、ついでにグルメシティなどで夕飯用の買い物を終えて、19時16分に帰宅した。

 外出時、腰を捻ってしまったようで、嫌な痛みが時折走る。
 やれやれ。

 雨降りの一日。
 じめじめじめじめとして湿度が高く、あまり快ならず。

 夕飯後、『異史明治天皇伝』を読み進め、二の「花の御殿での生活」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 CDでモーツァルトづくし、その2。
 ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンの演奏によるセレナード第4番&交響曲第23番<TELDEC>と、フォルテピアノのマルコム・ビルソンとジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏によるピアノ協奏曲第25番&第26番「戴冠式」<ARCHIV>を続けて聴く。

 今日は、外出時に甘いものを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2010年3月のエンタメ情報

 弥生三月ひなあられ。
 などと、ついつい食べ物に走ってしまう中瀬宏之だが、2010年も3月に突入し、春本番まであと僅か。
 その分、花粉症の本番が恐ろしくもあるわけだけど、めげずに毎月一日恒例のエンタメ情報をアップしていきまっしょい!


 で、今月はいつもと違ってコンサートから。
 と、言うのも当選確実の数がけっこう多くなったため。

 まずは、招待券を見事ゲットした、12日の望月京のオペラ『パン屋大襲撃』(いずみホール)。
 村上春樹の原作をもとにしたドイツ語の室内オペラということで、いったいどのような作品に仕上がっているのか興味津津だ。

 14日の京都フィルハーモニー室内合奏団の定期公演(京都コンサートホール小ホール)は、すでにチケットを予約ずみ。
 ピアニストにして作曲家の野平一郎がフランス物をとり上げるコンサートである。
 個人的には、プーランクのオーバードの弾き振りに注目したい。

 さらに、27日の京都市交響楽団の定期演奏会(京都コンサートホール大ホール)も、チケット購入ずみ。
 我らがシェフ広上淳一さんの指揮による、メインのベートーヴェンの交響曲第4番が実に愉しみである。

 そして、29日には、以前指揮者の川畑隆君に電話でお話をうかがったaimė室内管弦楽団の第1回目の演奏会(京都コンサートホール小ホール)が予定されている。
 川畑君の熱意がどのように結実するか。
 それを、ぜひとも見(聴き)届けておきたい。


 続いて、演劇お芝居の類いでは、23日〜28日のトリコ・Aプロデュースの『クリスチネ』(アトリエ劇研)と、26日〜28日のマレビトの会の『ユビュ王』(アートコンプレックス1928)が「マスト」。
 前者は、山口茜さんが帰国後初めてトリコ・Aでかける新作ということが興味深く、後者は、松田正隆さんが『ユビュ王』をどう料理するかが興味深い。
 作品のやたけたさに、ごまのはえさんやF・ジャパンさんというキャスティングもよく合っていると思う。

 ほかに、柳沼昭徳さん流の『失われた時を求めて』と呼びたくなる「漂白の家シリーズ」の集大成、5日〜14日の烏丸ストロークロックの『八月、鳩は還るか』(アトリエ劇研)、伊沢はるひさんがイプセン演出に挑む、5日〜7日の飛び道具の『海の夫人』(東山青少年活動センター創造活動室)も余裕があればぜひ。

 あと、遊劇体とこのしたやみの面々による18日の近代戯曲リーディング(京都府立文化芸術会館ホール)をはじめとした、演出家大学in京都の一連の催し物にもできるかぎり参加するつもり。


 映画では、一本目の『スティング』以降、ついつい観落としてしまっているTOHOシネマズ二条の「午前十時の映画祭」から、20日〜26日の『ライムライト』と27日〜4月2日の『チャップリンの独裁者』は観逃せない。
 特に、『独裁者』のほうは是が非でも。
(「乾いた笑いが好きやったんとちゃうんかいな?」、と呼ぶ声あり。それとこれとは別なんです…)


 そうそう、忘れちゃいけないのが、14日まで京都国立博物館で開催中の『THEハプスブルク』展。
 これまた招待券をゲットしたもので、平日の午後あたりに足を運ぼうと考えているところだ。
 忘れないようにしておかないと。


 と、まあ今月もなんやかやと目白押しで、いつもの如く財布の中身が心配なんだけど、それより何より、今月は花粉症のほうが心配かなあ…。
 くしゃみ、要注意!!
posted by figarok492na at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする