2010年02月28日

今日で2月も終わり もしくは、100均万年筆には気をつけろ!(CLACLA日記)

 今日で2月も終わり。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。

 チリで、マグニチュード8・8の強い地震が発生した。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、3時28分に消灯する。

 10時37分に起きて、毎週恒例の洗濯をすませる。
 どんよりとした感じはあるものの、一応青空が見えていたため。
 が、その後どんどんどんよりとし始め、雨が降りそうなお天気になる。
 ありゃりゃりゃりゃ。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進める。
 ついでに、読書ノートをとる。

 色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>のつまみ再読をする。


 12時46分に外出し、まずは下京図書館へ。
 飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>を返却し、予約しておいた同じ飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を新たに借りる。

 そのまま歩いて新京極通まで出、ストアデポでノートを購入し、JEUGIA三条本店をのぞいたのち、アートコンプレックス1928で、とまる。企画プロデュースのハムレットマシーンvol.3、tabula=rasaの『祝祭』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 先を急いでいたためアフタートークはパスし、トーカイで阪急の切符を買い、ブックオフとAvisをのぞいてから、阪急で西院へ。
 ジョーシンで、セールのCDラジオ(税込み3000円)を購入する。

 阪急で大宮まで戻り、グルメシティで夕飯用の買い物をすませ、17時53分に帰宅した。


 気温が下がって、肌寒い感じが強し。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、早速CDラジオで、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏によるモーツァルトの交響曲第40番&第41番「ジュピター」<PHILIPS>を聴く。
 まあ、3000円ですから。
 PC以外でCDが聴けるだけでもよしとしよう。

 夕飯後、マリア・ジョアン・ピリスのピアノ独奏によるシューベルトのピアノ・ソナタ第21番他<ERATO>と、ニコラウス・アーノクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏によるメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」&第4番「イタリア」<TELDEC>を聴く。

 ダイソーで以前買ったパイロットの簡易万年筆のインクカートリッジの接続部分が割れていて、そこからインクが漏れ手が真っ黒になる。
 実は、今回で二度目。
 いくら安かろう悪かろうとはいえ、これはやっぱりひどすぎる。
 腹が立って、簡易万年筆ごと捨ててしまった。
 誰が二度とパイロットの万年筆など買うものか!
 皆さん、くれぐれもご注意あれ!!
(これは、パイロット製ではなく、プラチナ万年筆製のものであることが今日になってわかった。パイロット社様には心よりお詫びを申し上げます。本当に申し訳ありませんでした)

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabula=rasa no.3『祝祭』

 アートコンプレックス1928まで、とまる。企画プロデュース/シリーズ:ハムレットマシーンvol.3、tabula=rasa、no.3『祝祭』(ハイナー・ミュラー、ウィリアム・シェイクスピア原作、高田ひとし君構成・演出)を観に行って来た。
 はじめは、何かしゃれた言い回しで気のきいた文章を綴っていこうかとも考えたのだが、公演パンフレットにある高田君の「長く冗長で非常に私的なごあいさつ」の愚直さに触れたこともあり、多少愛想もこいそもないかもしれないが、自分自身の感じた点を正直に記していくことにする。

 まずはじめに感じたのは、前回の『儀式』に比して、「開かれている」という印象が強くあったことだ。
 と、言っても、今回の『祝祭』が非常になじみ易く、親しみ易いものだと言いたいわけではない。
 ただ、一つにはアートコンプレックス1928という小屋の性質もあってだろうが、前回の密閉されてあまりにも息苦しく、痛く厳しい状況から、何かが開け放たれた(高田君の精神面でも?)ようにぼくには感じられてならなかったのだ。
 そして、そのことを確認できただけでも、僕は今回の公演を観に行ったかいがあったと思う。

 それと、すでに詳しく取り上げている方もいるのでここではあえて繰り返しはしないが、シェイクスピアの『ハムレット』を中心に置きつつ、そこに『ハムレットマシーン』のテキストを織り込んでいく作品の構成をはじめ、ハムレットのキャスティング、三浦基さんや伊藤拓さん(『京都かよ』の)らの演出手法を参考にしつつもそれを今回の作品独自のものとして巧く咀嚼していたことなど、高田君がシェイクスピアやハイナー・ミュラーのテキストに真摯に切り込んでいた点も、僕には充分に了解できた。

 加えて、高田君自身が抱える内面の葛藤や想いも、前回同様ストレートに表現されていたように思う。

 ただ一方で、やはり二時間を超える上演時間は長過ぎたのではないか。
 僕自身は一つ一つの仕掛けの意味合いがよくわかるので他のお客さんほどには退屈することはなかったが、それでも冗長に感じられる箇所はいくつかあり、そうした部分をいかに除いていくか、もしくは逆によりお客さんに受け入れられるものへと洗練させていくのかは、高田君にとって今後の小さからぬ課題の一つだろう。
(さらに言えば、観る側が作品のどこに対して違和感や不快感を覚えたり、拒否反応を起こしたりするのかということを、徹底して押さえておく必要もあるのではないか)

 あと、高田君よりも年上で舞台経験も豊富な演者陣が加わったことで、前回(まで)に比べて公演内容が充実したものになったということは言うまでもないだろうが、それでもなお、演技の肌理の粗さや、高田君が本来求めるものと実際の演者陣の演技との距離が小さくないことも、残念ながら指摘しておかなければなるまい。

 本公演を度々打つことは経済的な負担も大きいだろうから、ここはC.T.T.などを上手に活用しながら、演出演技両面の研鑚を重ねていってもらえればと思う。
(その際は、既成の台本にこだわらず、佐々木峻一君などに何か20〜30分ほどのテキストを書いてもらってもいいかもしれない)

 いずれにしても、高田君たちには小狡くなることなく、これからも演劇活動を続けていってもらいたい。
posted by figarok492na at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

チャンバラトリオの南方英二が亡くなった(CLACLA日記)

 コント・グループ、チャンバラトリオの南方英二が亡くなった。77歳。
 時代劇映画の大部屋出身で、豪から軟への極端な変化がおかしい独特のキャラクターの持ち主だった。
 近年では、映画の世界でも活躍していた。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 昨夜は、加藤浩次の吠え魂を聴きながらいくつか雑件を片づけ、3時10分に消灯する。
 加藤浩次の吠え魂では、早速先週の毒蝮三太夫の無茶な物真似(キテレツ大百科のコロ助=「ギャーッ……薄汚ねえ」)がジングルに使われていた。
 それにしても、なんでコロ助の物真似がそんな風になっちゃうんだろう。
 なになにすけだから、時代劇と勘違いしたのか?

 10時15分に起きる。

 一応青空は見えていたが、毎週恒例の洗濯は明日にまわすことにする。
 が、天気予報によると、明日は雨とのこと。
 失敗したか…。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、昭和十年の分を読み終えた。
 七月二十六日の日記に、高橋是清大蔵大臣がご陪食に出席したことに対し、昭和天皇が、
>出席出来る様健康回復して宜かつたねー<
と言った旨の記述があるが、ねーの部分に昭和天皇の独特の口調を思い起こす。
 ついでに、読書ノートをとる。

 色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>のつまみ再読をする。


 12時7分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で切符を買ってから、阪急で西宮北口へ。
 兵庫県立芸術文化センターで、クリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタルを聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 お天気がどんよりとし始めたことや、けっこう薄着で出かけていて肌寒くなってきたこともあり、寄り道せずに大宮まで戻り、グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、17時15分に帰宅した。


 気温が下がってきたみたい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、昭和十一年の分を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『寄席放浪記』のつまみ再読をする。

 『櫟家の午餐会』について考える。

 今日も東ハトのハーベスト・アーモンドキャラメルを食す。
 昨日の残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クリスティアン・ベスイデンホウト フォルテピアノ・リサイタル

 ☆クリスティアン・ベズイデンホウト フォルテピアノ・リサイタル

  会場:兵庫県立芸術文化センター小ホール
  座席:1階 PB列12番


 吉川潮との対談で、春風亭小朝が落語の本来のキャパシティは多くて200席程度といった言葉を口にしていたと記憶しているが、その伝でいくならば、フォルテピアノの本来のキャパシティは多くて500席程度ということになるのではないか。
 むろん、1000席だろうが2000席だろうが3000席だろうが、リサイタルを開きたいというのであれば、どうぞご随意にと演奏家だの興行主だのにお任せするしか手はないけれど、大ホールでフォルテピアノを聴いてみたいとは正直僕には思えない。
 で、フォルテピアノ奏者のクリスティアン・ベズイデンホウトが兵庫県立芸術文化センターでリサイタルを開くという。
 このホールの座席数は417。
 もちろん、迷わず聴きに行って来た。

 今回は、オール・モーツァルト・プログラムということで、途中休憩を挟みつつ、ピアノ・ソナタ第18番、幻想曲ハ短調、ピアノ・ソナタ第16番、「我ら愚かな民の思うは」による変奏曲の計4曲が演奏されたが、これは期待どおり、いや期待以上のリサイタルだった。
 プログラムされた作品もあってか、強弱の変化を激しく強調するバロック的なスタイルではなく、ベズイデンホウトは旋律の持つ美しさや歌謡性を丹念に描き込み、歌い込んでいたように思う。
 中でも、ソナタの第2楽章や幻想曲(静と動の見事なコントラスト)に、ベズイデンホウトの特質がよく表われていたのではないか。
 一方、ソナタの両端楽章や変奏曲では、ベズイデンホウトの技量の高さや作品の構成の把握の確かさが示されていて、こちらも充分に納得がいった。
 なお、今回のリサイタルに使用された楽器は、アントン・ワルター製のレプリカと公演プログラムにはあったが、演奏曲目とベズイデンホウトによく合った明解でクリアな音色のように感じられた。
(もう一ついえば、今回のリサイタルでは、モーツァルトが楽器の特長特性をよくつかんだ上で作品を創り出していることが再確認できた)
 これで、演奏途中の不用意な咳やアラームがなければ、さらに言うことなしだったのにと、その点だけが少し残念である。

 アンコールは、同じくモーツァルトのピアノ・ソナタ第10番から第2楽章と第3楽章。
 こうなると、ベズイデンホウトの演奏したモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲がぜひとも聴きたくなってくる。
 次回のリサイタルが本当に待ち遠しい。
posted by figarok492na at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

体調芳しからず、京都市交響楽団の定期演奏会はパスする(CLACLA日記)

 体調があまり芳しくなかったことに加え、明日西宮までクリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタルを聴きに行く予定もあって、今夜の京都市交響楽団の定期演奏会はパスすることにした。
 花粉症の持ち主にとっては、雨降りという絶好のお天気だったのだけれど、まあ仕方ない。

 今日は、2月26日。
 二・二六事件から74年が経った。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポン(山下達郎がゲスト)を聴きながら仕事関係の用件をすませ、3時19分に消灯する。

 8時台に一度目が醒めるも体調思わしからず、二度寝。
 で、結局11時28分になって起きる。
 度し難し。

 ネットラジオで、イオン・マリン指揮ロシア・ナショナル管弦楽団の演奏によるブラームスのピアノ4重奏曲第1番(シェーンベルク編曲)のライヴ録音の終楽章だけを聴く。
 ちょっと肌理が粗いかなあ。

 『山中貞雄餘話』を少しだけ手直しする。

 『櫟家の午餐会』について考える。
 ちょっとしたシーンや台詞は思い浮かぶのだが、全体に関しては未だもわもわした感じ。
 『小さな喫茶店』、甲冑、招かれざる客、ダンス、御真影、パイ投げ…。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、昭和九年の分を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>のつまみ再読もする。

 タカーチュ・カルテットの演奏によるドヴォルザークの弦楽4重奏曲第12番「アメリカ」<DECCA>、フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーとアレクセイ・リュビモフの演奏によるシューベルトのハンガリー風ディヴェルティメント<TELDEC>、フォルテピアノのジョス・ファン・インマゼール&ラルキブデッリの演奏によるシューベルトのピアノ5重奏曲「ます」<SONY>を続けて聴く。

 17時ころに、浴室とトイレの掃除をすませる。

 17時20分に外出し、グルメシティやフレスコなどで夕飯用の買い物をすませて、17時55分に帰宅した。

 昨日ほどではないが、今日も気温は上昇する。

 夕飯前、ネットラジオで、ユッカ・ペッカ・サラステ指揮オスロ・フィルの演奏によるブラームスの交響曲第3番のライヴ録音を聴く。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進める。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『寄席放浪記』のつまみ再読もする。

 『櫟家の午餐会』について考える。

 今日は、東ハトのハーベスト・アーモンドキャラメルを食す。
 フレスコのセールで、税込み88円になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

まだまだ達観できません(CLACLA日記)

 死とは、自らが抱える心身両面での痛みや、自らの愚かさ、度し難さからの解放であろう。
 そのことは、十二分に承知している。
 だが、そうと承知はしていても、僕は自らの死がどうにも恐ろしい。
 怖くて怖くてたまらない。

 一日一日を大切にしていかなければ。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めていたりして、結局3時45分に消灯する。

 で、8時台に一度目醒めたものの、眠気に勝てず二度寝し、起きたのは11時28分になってから。
 ああ。

 「「アサヒグラフ」のころ」、「「人形絵本」と「日曜娯楽版」」、「新しい生活誌を目ざして」、「戦後の曲角」、そして「あとがき」を読み終え、飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>を読了した。
 ここでは飯沢さんが本格的な劇作家活動を開始する前、朝日新聞を退社するまでの半生が記されているが、それだけに、飯沢匡さんがその若いころからぶれることのない人物であったことがよくわかった。
 また、そうした飯沢さんのあり様に、父の伊沢多喜男が少なからぬ影響を与えていたこともよくわかった。
 そして、飯沢さんのように、僕もまた、「乾いた笑い」の書き手を目ざしたいと思う。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、昭和七年の分を読み終えた。
 上海事変が起こったり、五・一五事件で犬養毅総理が暗殺されたりするなど、この年もまた多事多難である。
 こちらも、読書ノートをとる。

 明日は、2月26日か…。

 京都市図書館のインターネットサービスで、飯沢匡さんの『異史明治天皇伝』<新潮社>を予約しておく。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書きを進める。

 マティアス・バーメルト指揮ロンドン・フィルの演奏による、パリーの交響曲第5番他<CHANDOS>を聴く。
 バーメルトは、今年の10月に京都市交響楽団の定期演奏会を指揮する予定だが、できることならフランクの交響曲ではなくて、パリーの交響曲第2番や第3番をコンサートのメインに据えればいいのにと強く思ってしまう。
 大阪シンフォニカー交響楽団なんかあれだけ無茶なプログラムを組んでいるんだもの、京都市交響楽団だってもちょっと冒険してもいいんじゃないか。
 作品の出来の善し悪しは置くとして。


 16時53分に外出し、ファミリーマート四条大宮店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、クリント・イーストウッドの新作『インビクタス』が中心に語られていたほか、浅倉久志の死についても冒頭に触れられていた。
 そういえば、小林さんもまた、飯沢匡さんが尊重した「アーバニティー(精神の都会性)」の持ち主なんじゃないだろうか。

 それから、グルメシティやフレスコで夕飯用の買い物をすませて、17時31分に帰宅した。


 お昼過ぎまでは青空が見えていたが、その後はどんどんどんよりとしたお天気となる。
 どうやら、雨降りになりそうだ。

 気温は今日も上昇し、春本番といった一日だった。
 一応花粉症の症状はまだ出ていないが、それだけにあとが恐ろしくもある。

 夕飯前、小島芳子のフォルテピアノを独奏による、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第1番と7つのバガテル<DENON>を聴く。
 それにしても、小島さんの実演に触れておきたかったなあ。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、昭和八年の分を読み終えた。
 日本が国際連盟を脱退した。
 ついでに、読書ノートをとる。

 色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>のつまみ再読をする。

 オルガ・トヴェルスカヤのフォルテピアノ独奏による、ヴォジーシェクのピアノ作品集<Opus111>を聴く。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、カルビーのサッポロポテトを食す。
 フレスコのセールで、税込み87円になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 NHKの福地茂雄会長が任期途中での辞意を撤回したとのこと。
 民主党政権の先行きが怪しくなってきたためか?
 松本清張なら、このニュースだけで一つの作品を創ってしまいそうだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

過去の出来事が単なる過去の出来事と思えないのはどうしてだろう?(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。
 気温もさらに上昇し、春らしい感じのする一日となった。
 当然、花粉の勢いは一層激しさを増すわけで、今日も頭がぼわっとしたり身体が重だるかったりする。
 救いは、目の周りのひどいかゆみやくしゃみの連発がないことか。


 昨夜は、色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>をつまみ再読したのち、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進め、2時59分に消灯する。
 そういえば、飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>によると、色川さんと飯沢さんは遠戚関係にあるらしい。
 色川さんの家が、飯沢さんのお母さんの本家筋にあたるのだというのだ。

 10時43分に起きる。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、昭和五年の分を読み終える。
 続けて昭和六年の分も読み進めるが、この年もまた浜口雄幸首相が狙撃されるなど多事多難が続いているほか、三月四日、三月三十日、四月二十三日、五月八日と、安岡正篤が頻繁に牧野伸顕のもとを訪れている点も注目に値する。
 これは、牧野伸顕が安岡正篤と組んで協調会(1919年に設立された労資協調のための団体)の改革に乗り出したためで、実際、安岡が統べる金鶏学院の一員である吉田茂(牧野の女婿で、当時外交官だったほうではなく、同姓同名の内務官僚)が協調会の理事長に就任している。
 牧野伸顕がこうした改革に乗り出した背景には、一つには安岡正篤らとの密接な関係もあったのだろうが、ソ連の第三インターナショナル(コミンテルン)の影響による日本国内(の労働者たち)の「思想悪化」への脅威が大きかったといえる。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「「北京の幽霊」と「鳥獣合戦」」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 ウラディーミル・アシュケナージさん指揮ベルリン放送交響楽団が演奏したフランクの交響曲<DECCA>と、ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルの演奏したショスタコーヴィチの交響曲第7番<RCA>を続けて聴く。

 14時50分に外出し、近くの郵便局や銀行で用件をすませ、15時5分に帰宅する。

 いくつか雑件を片づける。

 16時40分に再び外出し、京都芸術センターへ。
 京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませて、17時40分に帰宅した。

 夕飯前、ネットラジオでハンヌ・リントゥ指揮ローザンヌ室内管弦楽団が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第1番のライヴ録音を聴く。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、昭和六年の分を読み終えた。
 ついに満州事変が勃発、若槻内閣が総辞職し、犬養内閣が成立した。
 これ以降、日本は戦時体制の泥沼へとどんどんはまり込んで行く。
 ついでに、読書ノートをとる。

 それにしても、過去の出来事が単なる過去の出来事と思えないのはどうしてだろう?

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日もスイートボックスのココナッツビスケットを食す。
 昨日の残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 首、肩、背中のこり、はり、痛みがひどし。
 やれやれ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月23日

花粉噴火、花粉粉禍、過分憤加(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空の一日となる。
 気温も上昇し、春めいた穏やかな感じ…。
 が、その分花粉の勢いはさらに増したようで、頭がぼわぼわとし身体が重だるくって仕方ない。
 今のところ目の周りのひどいかゆみやくしゃみの連発はないが、それも時間の問題ではないか。
 やれやれ。

 花粉噴火、花粉粉禍、過分憤加。


 昨夜は、ネットラジオでフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」のライヴ録音を聴き、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の用件を片づけ、2時59分に消灯する。

 9時台に目が醒めたが、身体がどうにも重だるく起きることができず。
 ただし、同じ階で引っ越し後の清掃修繕作業をやっていたため、ブタンブタンバチンバチンダガダガダガダガとやかましく、二度寝することもできず。
 結局、ぼわんぼわんとした感じのまま、11時4分に起きる。

 NHKのネット配信で、岡田茉莉子のインタビューの後半部分を聴く。
 自らプロデュースした『秋津温泉』や吉田喜重監督のことなどについて。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進める。
 昭和四年の分を読んでいるところで、張作霖の爆殺事件、いわゆる満州某重大事件に関する上奏の際の発言がもとで昭和天皇の怒りを買った田中義一が総理大臣の職を辞さねばならなくなったことは広く世に知られているが、それ以前より昭和天皇や牧野伸顕の田中に対する評価が極端に低かった点は非常に興味深い。
 また、後継の浜口雄幸内閣の顔触れに、「良い顔触れなり」と昭和天皇が満足している点も見落としてはならない部分だろう。
 吉田裕の『昭和天皇の終戦史』<岩波新書>にもあるように、昭和天皇ははっきりとした政治的好悪の感情を持った人物だったのである。
 ついでに、読書ノートをとる。

 14時台、浴室とトイレの掃除をすませる。

 飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>も読み進め、「絵画のこと」、「新聞記者修業時代」、「二・二六事件と父」を読み終えた。
 「二・二六事件と父」で記されている伊沢多喜男像は、もちろん全てが間違いとは言えないが、多少デフォルメされたものと思っておいたほうがよいかもしれない。
 こちらも、読書ノートをとる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 CDでシューベルトづくし。
 タカーチュ・カルテットが演奏した弦楽4重奏曲第15番他<DECCA>、ボロディン・カルテット他が演奏した弦楽5重奏曲<TELDEC>、ブルーノ・ヴァイル指揮ザ・クラシカル・バンドが演奏した交響曲第7番「未完成」と第8番「ザ・グレート」<SONY>を続けて聴く。

 17時17分に外出し、グルメシティやフレスコなどで夕飯用の買い物をすませて、17時50分に帰宅した。

 帰宅後、マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチが弾いたモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ(「のだめ」で有名な曲)<TELDEC>を聴く。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、昭和四年の分を読み終えた。
 この年、九月二十九日に前総理大臣の田中義一が亡くなるが、翌三十日の日記に牧野は変死(自殺の意味を含む?)を疑ったが持病の発作であったと記し、さらに、
>死は万事を葬むる、此れ人情なり。
 一種の特長は備へたるも政治家の素要(養)に至りては全く欠如し、将来再び政権を執るの日到来せずやとの懸念は蓋し心あるもの皆気遣ひたるところなりし。
 天の解決か<
と付け加えている。
 また、これは酒井忠正伯爵との「国維会」の関係もあってだろうが、安岡正篤が牧野のもとを訪れている点も興味深い。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「戦争が始まった」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトの交響曲第33番<PHILIPS>、エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第7番<TELDEC>、福田進一が弾いた武満徹のギターのための12の歌<DENON>を続けて聴く。

 今日は、スイートボックスのココナッツビスケットを食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 いつものことながら、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 朝日新聞の夕刊で、神戸市役所がかつて六甲山の地下にコンサートホールの建設を計画していたことを知る。
 現在、土地含み損は208億円にもなっているとも。

 またぞろ右肩下(背中)あたりを捻ってしまったようだ。
 うっとうしいったらありゃしない。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

ついに来たか!?(CLACLA日記)

 とうとう花粉症の季節が本格化してしまったようだ。
 まだ、目の周りのひどいかゆみやくしゃみの連発はないものの、頭がぼおっとして身体が重だるく、首筋のがさがさもひどい。
 せっかく春が近づいているというのに、例年のことながら本当に厄介だ。


 昨夜、『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、大正十四年分を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>も読み進め、「変な所で演劇に出会った」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 その後、ネットラジオでフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏したメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の音楽を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時35分に消灯する。

 10時ちょうどに起きて、音楽関係の作業をいくつか片づける。

 『牧野伸顕日記』を読み進め、大正十五年(昭和元年)分と昭和二年分を読み終えた。
 牧野伸顕の田中義一への評価は相変わらず厳しい。
(加えて、昭和天皇自身も田中義一に対して批判的だったようだ)
 また、原田熊雄の名前がしばしば日記に登場し始めたこと、大川周明が牧野を訪問していることなども興味深い。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「「子供会」が芝居の始まり」と「芸術志向者は不良だった」を読み終えた。
 「「子供会」が芝居の始まり」中、
>この人物は現在、健在で鎌倉に在住し、同市のシンフォニイ・オーケストラの推進役であるらしい。
 一方、実業家のOBによるオーケストラのメンバーでもあるが、すでに住友傘下の会社の重役を退役している<
とある七歳年上の兄こそ、僕が20年ほど前に電話でお話をうかがった、鎌倉交響楽団の肝入りを務めていた伊沢龍作さんだろう。
 こちらも、読書ノートをとる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書きを進める。

 ネットラジオで、ユライ・ヴァルクーハ指揮スウェーデン放送交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ブラームスのヴァイオリン協奏曲(セルゲイ・ハチャトゥリアンの独奏)とチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」が放送されていた。

 続けて、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルのコンサートのライヴ録音を途中から聴く。
 バーンスタインの『ウエスト・サイド・ストーリー』からシンフォニック・ダンスとファリャのバレエ音楽『三角帽子』組曲が放送されていた。

 17時40分に外出し、グルメシティ、フレスコなどで夕飯用の買い物をすませて、18時11分に帰宅した。

 お昼ごろまでは青空が見えていたが、その後はどんよりとした感じが増す。
 雨降りになるか。

 帰宅後、『山中貞雄餘話』のノート書き分のPCへの打ち込みをすませる。
 原稿用紙に換算して、ようやく12枚分になった。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、昭和三年の分を読み終えた。
 昭和三年といえば、張作霖の爆殺事件が起こった年であるが、世評の芳しくない久原房之助の強引な入閣問題など、田中義一内閣の状況は悪化の一途をたどっている。
 牧野伸顕も失望しているが、中橋徳五郎商工大臣の洩らした、
>現下政局の行詰まりを打破の為め、露国との国交断絶を計画<
など、劣悪の極みである。
 三次にわたる山東出兵などもしかり。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「テアトル・コメディとの出会い」と「「藤原閣下の燕尾服」」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 『櫟家の午餐会』について少し考える。
 僕もまた、ドライな喜劇を書きたがる人間である。

 ネットラジオで、クリスティアン・ツァハリアスがローザンヌ室内管弦楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第17番、ツェムリンスキー4重奏団が演奏したミスリヴェチェクの弦楽4重奏曲第1番、モーツァルトの弦楽5重奏曲第3番、ツァハリアス指揮ローザンヌ室内管弦楽団の演奏したビゼーの交響曲第1番のライヴ録音を続けて聴く。
 ミスリヴェチェクの弦楽4重奏曲第1番には今回初めて接したが、明晰清新な作品で実に聴き心地がよかった。
(ミスリヴェチェクは、集中的に聴いておきたい作曲家の一人だ)
 一方、ビゼーの交響曲はいささかしまりのない演奏に聴こえる。

 今日は、甘いものは食さず。

 結局のところ、馬鹿といっしょになってはしゃぐ人間が一番の馬鹿者ということだ。

 明日がいい日になりますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

すっきりし過ぎたかな…(CLACLA日記)

 柳川の公演を観たあと、河原町まで出て、いつもの錦小路のプラージュで髪を切る。
 いやあ、すっきりしたなあ。
 てか、今回はすっきりし過ぎたかも。
 後ろのほうを相当刈り上げてもらったので。
 まあ、いいか。


 昨夜は、仕事関係の作業を進めたのち、2時56分に消灯する。

 10時35分に起きて、いくつか雑件を片づける。
 音楽関係の連絡を受けて、その作業も進める。
(詳細については、状況が確定次第記していくつもり)

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進める。
 ついでに、読書ノートもとる。


 12時46分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で地下鉄の切符とバスの回数券を購入してから烏丸まで歩き、地下鉄で松ヶ崎まで。

 で、歩いてアトリエ劇研へ行き、柳川の第21回公演『フランケンシュタイン』(津野允さん作・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、田辺剛さんと少し話をする。

 終演後、上述した如く河原町まで市バスで出て、プラージュで髪を切る。
 それから錦天満宮でご神水をいただき、Avis、JEUGIA三条本店、明治屋をのぞき、疲れたのでイエローカメラ四条店のチケット★オフで切符を買ったのち、阪急で大宮まで戻る。

 フレスコなどで夕飯用の買い物をすませ、18時8分に帰宅した。


 いいお天気、いい青空の一日。
 今日は、寒さがそれなりに残っていたが、明日以降どんどん暖かくなっていきそうだ。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進める。

 音楽関係の作業を進める。

 今日は、タンゴのマックスクランチクリスピー(チョコレート)を食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

柳川第21回公演『フランケンシュタイン』

 今週から来週末にかけてあれこれお芝居の公演が続いていて、本当ならばどれもこれもあれもこれもと観ておきたいのだけれど、懐具合を考えれば、残念ながらそういうわけにはいかない。
 あれか? これか?
 迷いに迷った末、結局柳川の『フランケンシュタイン』(津野允さん作・演出)をアトリエ劇研まで観に行くことにした。
(柳川は今回で21回目の公演というのに、僕が観るのは今日が初めて。前々からとても気になる集団ではあったのだけれど、ついつい機会を逃してしまっていたのだ)

 で、これは大いに笑えたなあ。
 それこそ、先日の夜、金曜JUNK『加藤浩次の吠え魂』で聴いた毒蝮三太夫の物真似にも通じるやたけたの面白さおかしさというか。
 ボリス・カーロフ主演の映画『フランケンシュタイン』などあれやこれやを下敷きに、お芝居としての仕掛けもそこここに盛り込んだ、一捻りどころか何捻りもしたような内容で、ときにくっだらなあい!(でも、これは誉め言葉でもある)と突っ込みを入れたくなりつつも、全篇愉しく観終えることができた。

 台本や演技、ともに細かく言い出せば、いろいろと小姑、ならぬ小舅らしく言い出すことはできるだろうが、そんなの野暮天の野暮八野暮次郎だから、あえて言わないことにする。

 いずれにしても、日曜の午後にはぴったりの公演だった。
 次回が本当に待ち遠しい。
posted by figarok492na at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

毒蝮三太夫の物真似にはまった(CLACLA日記)

 2月も、もう20日である。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 昨夜は、加藤浩次の吠え魂を聴きながら仕事関係の作業を進めたのち、3時18分に消灯する。
 加藤浩次の吠え魂は、同じめちゃイケメンバーの光浦靖子がゲスト。
 前半の彼女の恋愛トークや、素人さんの「残念な物真似」も悪くなかったが、出色だったのが毒蝮三太夫の物真似である。
 例えば、宇宙人やグーグーガンモ、キテレツ大百科のコロ助といったお題をふられた毒蝮三太夫が物真似に挑むのだけれど、そのあまりのいいかげんさ無茶苦茶さには、深夜ゆえ笑いを堪えなければならないことも加わって、まさしく腹がよじれそうになってしまった。
 ああ、おかしかった。

 10時37分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯を始める。
 その間買い物をしようと10時49分に外出したが、思うところあって中止し、10時56分に帰宅する。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進める。
 加藤高明護憲三派内閣が成立した大正十三年、その七月十日の日記に、大川周明や安岡正篤に対する、
>今日の場合此等諸氏程真面目なる有志家を観ず。
 慥に信頼すべき人々と信ず<
との感想が記されている点が興味深い。
 また、当時陸軍部内で上原勇作との権力闘争が激化していた田中義一についての厳しい評価には、後年の田中内閣瓦解に到る牧野の態度を想起した。
 ついでに、読書ノートもとる。

 飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>も読み進め、「山の手ことば・下町ことば」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 音楽関係の用件をいくつか片づける。

 ネットラジオで、オスモ・ヴァンスカ指揮ミネソタ管弦楽団の演奏したモーツァルトの交響曲第40番のライヴ録音を聴く。
 予想とは異なり、重心の低いオーソドックスな演奏だったが、これはミネソタという土地柄(聴衆の性質)と関係があるのだろうか。

 さらにCDで、ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィルの演奏したウェーベルンの管弦楽曲集(パッサカリアなどが入った分)<ドイツ・グラモフォン>、ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団の演奏したブラームスの交響曲第2番<EMI=DHM>、モザイク・カルテットの演奏したハイドンの弦楽4重奏曲第41番、第39番<Astree>を続けて聴く。


 16時29分に外出し、京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたほか、図書室で『音楽の友』と『テアトロ』、『悲劇喜劇』の3月号に目を通す。

 その後、室町通のストアデポでノートとボールペンの換え芯を購入し、ダイソーでシェイビングクリームを購入し、ブックファーストで『レコード芸術』3月号を立ち読みし、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませて、18時2分に帰宅した。


 少しどんよりとした感じはありつつも、概ねいいお天気、いい青空の一日だった。
 気温は上昇せず、今日も厳しい寒さとなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、大正十三年分を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「「模範家庭文庫」で芸術開眼」を読み終えた。
 こちらも、読書ノートをとる。

 今日は、ヤマザキのスイスロール・バニラを食す。
 フレスコのセールで、税込み98円だったもの。
 ちょっと小ぶりになったような気はするものの、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 髪が伸びて、非常にうっとうしい。
 早く切りたいなあ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

高橋真琴の夢とロマン展を堪能した(CLACLA日記)

 朝日新聞・アスパラクラブから招待券が送られていた『高橋真琴の夢とロマン展』を観に、ジェイアール京都伊勢丹7階隣接の美術館「えき」KYOTOまで行って来た。
 で、直接目にするまでは、「高橋真琴って、あのくりくりっとした瞳の美少女のイラストでしょう」ぐらいに思っていたのだが、いやいやこれは凄いぞ素晴らしいぞと驚嘆させられた。
 もちろん、「少女達の瞳が輝く時」というサブタイトルに違わず、大きな瞳の中の星の如き輝きは予想通りで、かわいいというよりきれいという言葉のほうがぴったりの少女たちのイラストがずらっと並んでいる様はやはり壮観だったのだけれど、それより僕が圧倒されたのは、その細部の精緻で丁寧な仕事ぶりだった。
 つまり、主人公の少女たちを引き立てるための衣裳や背景の花々、人々、動物、建物等々、全てがしっかりと細密に描き込まれていて、もともとミニアチュア好きの僕にとってどうにもこたえられない内容だったのだ。
 特に、そうした高橋さんの本質がよく示されたスケッチ帳(うさぎや花、植物の)とミニアチュアの極み「おひめさまの島」には引き付けられて、一度ならず二度、三度と観返したほどである。
 いずれにしても、これは観ておいて本当によかった。
 大満足だ。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポン(ベッキーがゲスト)を聴きながら、仕事関係の作業を進めたのち、3時46分に消灯する。

 7時過ぎに起きて、2時間ほど作業を進めてから二度寝し、11時ちょうどに起きる。

 『牧野伸顕日記』<中央公論社>を読み進め、大正十一年分を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。

 飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>も読み進め、「二人の伯父」を読み終えた。
 なお、飯沢さんの二人の伯父とは、日本の音楽教育の先駆者だった伊沢修二(父多喜男の兄)と、大正天皇(皇太子時代)の御用掛を務めた湯本武比古(母の姉の夫)である。
 こちらも、読書ノートをとる。

 CDで、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』<Arte Nova>を聴き、ネットラジオで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮シカゴ交響楽団の演奏したバーンスタインの『キャンディード』序曲やバルトークの管弦楽のための協奏曲などのライヴ録音を聴く。


 15時33分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で一日乗車券を買ってから、市バスで京都駅へ。
 京都劇場のぴあステーションに寄ってチラシ類を入手し、上述の如く『高橋真琴の夢とロマン展』を観る。

 その後、市バスで河原町まで移動し、BALのジュンク堂で調べものをしたりする。
 ジュンク堂は、映画や演劇関係の書籍のコーナーが全て音楽関係の書籍のコーナーに変わっていたのに少しびっくりした。
(映画や演劇のコーナーも、別にきちんとあったけれど)

 グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、18時22分に帰宅した。

 一応青空は見えていたものの、時折小雨もぱらついたりする。
 気温は今日も上昇せず、寒さが厳しい一日だった。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいませ。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み進め、大正十二年分を読み終えた。
 九月一日の関東大震災(同二日に、「往来戦地の如し。惨状益々加はり筆紙に尽すべきに非ず」の記述がある)や年末の虎の門事件(摂政裕仁が狙撃された事件)をはじめ、現職の総理大臣だった加藤友三郎の病死など、この年も多事多難である。

 『権力と笑のはざ間で』も読み進め、「父母の思い出」を読み終えた。
 先日の建国記念の日に「飢源拙の歌」と茶化した「紀元節の歌」は伊沢修二が作曲したものだが、弟の多喜男に試作を歌わせたが何回注意しても我流で歌う箇所があったため、結局「その方が歌の流れとして自然だろう」と音符を訂正したというエピソードが記されている。
 それと、飯沢さんは留岡幸助が設立した日曜学校に子供のころ通っていたとも記されているが、『牧野伸顕日記』の関東大震災関係の記述にも留岡の名が記されていて、少し驚いた。
(同じ時代を生きた人たちの書いた文章ゆえ、本当はいろいろと重なったとしても不思議ではないのだが)

 オルガ・トヴェルスカヤのフォルテピアノ独奏による、シューベルトのピアノ・ソナタ第20番<Opus111>を聴く。

 今日は、山崎製パン・スマイルオーブンの、うずまきチョコデニッシュ<チョコ&チョコ>を食す。
 グルメシティで、30パーセント引き、税込み75円になっていたもの。
 チョコレートクリームを挟んだチョコレート地のデニッシュパンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

藤田まことが亡くなった(CLACLA日記)

 俳優の藤田まことが亡くなった。76歳。
 無声映画のスター、藤間林太郎の子として生まれ、下積みの苦労を重ねたのち、『てなもんや三度笠』(あたり前田のクラッカー)や『スチャラカ社員』で一世を風靡し、その後も必殺シリーズ(中村主水)や『はぐれ刑事純情派』(安浦刑事)、『剣客商売』(秋山小兵衛)など、テレビで活躍した。
 また、小林正樹監督の『日本の青春』や小泉堯史監督の『明日への遺言』をはじめ、映画出演も少なくなく、舞台の公演でも注目された。
 昨年末に復帰したばかりで、正直、借金が藤田さんの死を早めたのではないかと思わずにはいられない。
 深く、深く、深く、深く黙祷。
(秋山小兵衛は、本当は田村高廣あたりがぴったりなんじゃないかと僕は思っていたのだが、作品を重ねるごとに藤田さんの秋山小兵衛もしっくりくるようになってきていた)


 昨夜は、ネットラジオでユッカ・ペッカ・サラステ指揮オスロ・フィルの演奏したラヴェルのバレエ音楽『ダフニスとクロエ』全曲のライヴ録音を聴きながら仕事関係の作業をすませたのち、3時40分に消灯する。
 ただ、しばらく眠ることができず、寝床の中でラジオ深夜便の榎本健一の特集を聴いていた。
 エノケンがカバーした『帰って来たヨッパライ』や、いつもは途中で切られてしまう『洒落男』を最後まで聴くことができたのは収穫だった。

 7時過ぎに起きて2時間ほど作業を進めたのち二度寝し、11時18分に起きる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 クリーヴランド・カルテットの演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第13番&大フーガ<TELARC>と、ケヴィン・マロン指揮トロント室内管弦楽団の演奏したピフルの交響曲集<NAXOS>を続けて聴く。


 16時6分に外出し、下京図書館へ。
 飯沢匡さんの『コメディの復讐』<青土社>と伊藤之雄の『元老西園寺公望 古希からの挑戦』<文春新書>を返却し、予約しておいた飯沢匡さんの『権力と笑のはざ間で』<青土社>と『牧野伸顕日記』<中央公論社>を新たに借りる。

 それからJEUGIA四条店で『ぶらあぼ』3月号を入手し、京都芸術センターでいくつか用件を片づけたのち、グルメシティ、フレスコ、ダイソーで夕飯用の買い物をすませ、17時41分に帰宅した。


 青空も見えてはいたが、どんよりとした感じも続く。
 気温は今日も上昇せず、寒さが厳しい一日となった。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『牧野伸顕日記』を読み始め、大正十年分を読み終えた。
 牧野伸顕は大久保利通の次男で第一次西園寺内閣の文部大臣、第二次西園寺内閣の農商務大臣、第一次山本内閣の外務大臣、パリ講和会議全権委員を務めたのち、大正十年の二月、宮内大臣となっている。
 なお、この大正十年は、いわゆる宮中某重大事件に加え、皇太子裕仁(のちの昭和天皇)のヨーロッパ外遊、ときの総理大臣原敬の暗殺と、多事多難な一年だったといえる。
 また、大正天皇の体調も急激に悪化しており、記憶力の極端な衰えのほか、八月十九日には、「大きな男が居る」や「小さな男が見ゆ」という天皇の言葉も記されているほどだ。
(結局、十一月二十五日には、裕仁が摂政に就任する)
 ついでに、読書ノートもとる。

 『権力と笑のはざ間で』も読み始め、「熱暑の中で生れた」を読み終えた。
 飯沢さん自身だけではなく、父親の伊沢多喜男に関する詳しい記述がなされている点も興味深い。
 こちらも、読書ノートをとる。

 マルク−アンドレ・アムランのピアノ独奏によるジェフスキの『不屈の民』の主題による変奏曲他<hyperion>と、バート・ファン・オールトのフォルテピアノ独奏によるフィールドの夜想曲集<COLUMNS>を聴く。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

お人よしは…(CLACLA日記)

 今日、偶然あることを知り、自分がやっていることが本当に馬鹿らしく思えてしまう。
 お人よしは足をすくわれる。
 お人よしは馬鹿をみる。
 まあ、それでもやっていくしかないのだけれど。
 でもさあ、なんだかなあ…。


 昨夜は、飯沢匡さんの『コメディの復讐』<青土社>を読み進めたり、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事関係の作業を進めたりしたのち、3時15分に消灯する。
 なお、昨夜の爆笑問題カーボーイは、稲川淳二がゲスト。
 その話芸の一端を愉しむことができた。

 明け方、非常に不愉快で非常にグロテスクな夢を観る。
 胸くそ悪いったらありゃしない。

 10時36分になって起きる。

 『コメディの復讐』を読了する。
 後半には映画評がまとめて収められていたが、戦時下、『北京の幽霊』や『鳥獣合戦』などで抵抗を続けた飯沢さんらしい解釈だと思う。
 読んでおいて正解だった。

 第十一章の「すべては「小夢」」などを読み終えて、伊藤之雄の『元老西園寺公望 古希からの挑戦』<文春新書>も読了する。
 西園寺公望の努力や成果、失敗の両面から学ぶところは今も少なくないということを改めて痛感した。
 これまた、読んでおいて正解だった。

 ついでに、読書ノートもとる。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読もする。

 ネットラジオで、小澤征爾指揮フランス国立管弦楽団の演奏した、デュティユーの『時間 大時計』(ルネ・フレミング独唱)とベルリオーズの劇的交響曲『ロメオとジュリエット』のハイライトのライヴ録音を聴く。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 仕事関係の作業を一つ片づける。


 14時20分に外出し、大切な用件をすませる。

 それから、大垣書店四条店で調べものをし、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。
 芸術センターでは久しぶりに松浦友君に遭遇し、少し立ち話をした。

 その後、グルメシティとフレスコなどで夕飯用の買い物をすませ、17時53分に帰宅する。


 どんよりとした感じはありつつも、青空も見えた一日。
 気温は低めで、寒さがけっこう厳しかった。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏した、リヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』組曲、『インテルメッツォ』の4つの交響的間奏曲、『カプリッチョ』の序奏と月の光の音楽<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 続けて、クリストフ・エッシェンバッハ指揮ウィーン・フィルの演奏した、『カプリッチョ』の月の光の音楽と終景(ルネ・フレミング独唱他)<DECCA>を聴く。
 耽美的っちゃ耽美的かもしれないが、エッシェンバッハの月の光はやっぱり重たいなあ。
 カール・ベームなんか、もっとすっきり流していたはずなんだけどなあ。

 夕飯後、『大平正芳』のつまみ再読をする。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日は、東ハトのキャラメルコーン・バタートースト味を食す。
 近くのフレスコのセールで、税込み88円だったもの。
 はちみつの風味がきいたしっとりとした甘さのキャラメルコーンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

嵐が来たときにどうするか?(CLACLA日記)

 嵐を過ぎ去るのを待つ。
 と、いうことも一つの手ではある。
 だが、嵐がそうそう簡単に過ぎ去らなかった場合にはどうするか?
 待つこと以外の方法を考えるべきではないのか?


 昨夜は、飯沢匡さんの『コメディの復讐』を読み進めたり、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら仕事関係の雑件を片づけたり、『山中貞雄餘話』の下書きやノート書き、打ち込みを進めたりしたのち、3時14分に消灯する。

 7時過ぎに起きて、2時間ほど作業を進める。
 その後、あえて二度寝し、10時58分に起きる。

 『コメディの復讐』を読み進める。
 所収の「『猫』と私の浅からぬ縁」で、漱石の『吾輩は猫である』の迷亭のモデルが、大塚保治博士であったことを初めて知った。
 ここでは、大塚博士の子息弘が飯沢さんの友人で、飯沢さんは大塚博士への献呈本で漱石の諸作品を読んだとも記されている。
(なお、大塚博士の夫人は、漱石が恋慕したともいわれる歌人の大塚楠緒子とのこと)
 それと、「宇野信夫先生と落語」で触れられている、劇団マールイ(金子信雄と丹阿弥谷津子夫妻の劇団)による宇野信夫作品の公演というのは、殿山泰司が出演した『寂しき理髪師』(『JAMJAM日記』<ちくま文庫>参照)のことだろうか。

 伊藤之雄の『元老西園寺公望』<文春新書>も読み進め、第七章の「元老の自覚」と第八章の「昭和新帝への期待と不安」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。
(できれば、この本のあとは、『牧野伸顕日記』を読みたいと思う)

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、打ち込みを進める。

 読売日本交響楽団の演奏した、シューマンの交響曲第4番(下野竜也指揮)、モーツァルトの交響曲第40番(ゲルト・アルブレヒト指揮)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」(オスモ・ヴァンスカ指揮)の動画を、第2日本テレビのサイトで観聴きする。

 続けて、コンチェルト・ケルンの演奏した、ヴァンハルの交響曲集のCD<TELDEC>を聴く。

 17時45分に外出し、グルメシティとダイソーで夕飯用の買い物をすませて、18時9分に帰宅した。

 いくぶん青空は見えつつも、概してどんよりとしたお天気の一日。
 気温もあまり上昇せず、寒さを強く感じる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 途中、夕飯を挟んで、ジョルジ・ヴァシェギ指揮オルフェオ管弦楽団の演奏した、ハイドンの交響曲第89番と第91番のライヴ録音をネットラジオで聴く。

 夕飯後、『元老西園寺公望』を読み進め、第九章の「老熟と誤算」と第十章の「最後の御奉公」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートをとる。

 『コメディの復讐』も読み進める。

 アナトール・ウゴルスキの弾いたムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』とイーヴォ・ポゴレリチの弾いたドメニコ・スカルラッティのソナタ集のCD<ともにドイツ・グラモフォン>を聴く。

 今日は、日清製菓のバターココナツサンドチョコレート(ビスケット)を食す。
 近くのダイソーで購入したもの。
 いつもの如く、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 映画監督の井上梅次が亡くなった。86歳。
 『嵐を呼ぶ男』など日活で活躍したほか、土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズ(天知茂主演)を手がけたりもした。
 深く、深く、深く黙祷。
(訃報で、夫人で日活初期の看板女優月丘夢路が存命なことを知った。例の高麗人参の一件以来、月丘さんを見かけることが減ったからなあ。まあ、仕方ないだろうけれど)

 翻訳家の浅倉久志も亡くなった。79歳。
 深く、深く、深く黙祷。

 検察は民主党がらみの捜査にはとても熱心だなあ、と思ってしまう今日このごろ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

朝日新聞にC.T.T.が取り上げられていた(CLACLA日記)

 今朝の朝日新聞朝刊の文化面に、けっこうなスペースを割いてC.T.T.の特集記事が組まれていた。
 C.T.T.のシステムや、その経緯、京都から名古屋、広島、大阪、岡山へと裾野を拡げている現状が、京都事務局代表の杉山準さんらの言葉なども交えながら的確にまとめられていて、なかなか読み応えがあった。
 途中からは支援会員(番号1番)として、この10年ほどC.T.T.に接してきた人間としては、やはり嬉しい記事である。
 今回の記事が、C.T.T.にとってさらに新たな飛躍へのきっかけとなることを心より願う。


 昨夜は、いくつか雑件を片づけ、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』序曲とヨハン・シュトラウスの芸術家のカドリーユ(マリス・ヤンソンス指揮ウィーン・フィル)の動画をyoutubeで観聴きしたのち、3時12分に消灯する。

 8時過ぎに起きて、いくつか雑件を片づけたのち、あえて二度寝し、11時27分に起きる。

 伊藤之雄の『元老西園寺公望』<文春新書>を読み進め、第四章の「政界入り」と第五章の「二度の組閣と元老の仲間入り」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。

 飯沢匡さんの『コメディの復讐』<青土社>も読み進める。

 ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」(ユベール・スダーン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団)とシベリウスの交響曲第7番(エサ・ペッカ・サロネン指揮スウェーデン放送交響楽団)の動画を、youtubeで観聴きする。


 16時26分に外出し、歩いて河原町へ。

 大切な用件をすませたのち、Avisをのぞき、ダイソー京都寺町2号店でセーラーの万年筆のインクカートリッジを購入する。

 錦小路を歩いて烏丸へ。
 途中、紅茶専門店のセレクトショップがあったので入って店員さんに話を聴くと、昨年7月にオープンしていたとのこと。
 これは知らなかった。
 今度また寄ってみよう。

 で、京都芸術センターに寄っていくつか用件を片づけ、西洞院のSHOP99で夕飯用の買い物をすませて、19時20分に帰宅した。


 夕飯後、『元老西園寺公望』を読み進め、第六章の「パリ講和会議」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『コメディの復讐』も読み進める。

 ブルックナーの交響曲第7番(ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団)とバーンスタインの『キャンディード』序曲(サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル)の動画を、youtubeで観聴きする。

 続けて、ダニエル・ハーディング指揮ドイツ・カンマー・フィルの演奏した、ベートーヴェンの序曲『コリオラン』、『エグモント』序曲、『プロメテウスの創造物』序曲、『アテネの廃墟』序曲、歌劇『フィデリオ』序曲<Virgin>を聴く。

 今日は、グリコのコロンを食す。
 小袋が一つ残っていたのだ。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

自分自分じゃないけどね(CLACLA日記)

 結局、他人をどうこういう前に、まずは自分自身のあり様についてしっかり考えていかなければならないということだ。


 昨夜は、シューベルトの交響曲第6番(ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィル)やランナーのモーツァルト党(マリス・ヤンソンス指揮ウィーン・フィル)の動画をyoutubeで聴きながら、仕事関係の作業を進めたり雑件を片づけたりしたのち、3時8分に消灯する。

 9時21分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯を決行する。
 その間、9時27分に外出し、四条通のスギ薬局四条大宮店まで行ってセールのお米を買い、9時45分に帰宅した。

 昨日のシナリオ関係の話の整理をしたり、今後の創作活動に関するスケジュールを組んだり、『櫟家の午餐会』について考えたりする。

 福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読をする。

 メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」(リカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)、ウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲(オトマール・スウィトナー指揮NHK交響楽団)、ベートーヴェンの交響曲第5番、第6番「田園」、『アテネの廃墟』序曲(ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ)の動画を、youtubeで断続的に観聴きする。

 15時16分に再び外出し、下京図書館へ。
 小田部雄次の『徳川義親の十五年戦争』<青木書店>と『皇族』<中公新書>、千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を返却し、予約しておいた飯沢匡さんの『コメディの復讐』<青土社>と伊藤之雄の『元老西園寺公望 古希からの挑戦』<文春新書>を借りる。
 で、そのまま寄り道せずに、15時48分に帰宅した。

 帰宅後、『元老西園寺公望』を読み始め、第一章の「青年公卿の維新体験」と第二章の「あこがれのパリ」を読み終えた。
 副題にこの本の雰囲気がよく表われているように感じる。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『コメディの復讐』も読み始めた。
 飯沢さんは、自分の作品がブレヒトの影響下にあると指摘されることに不満だったのか。
 失礼なことをした。

 ラモーの『イポリートとアリシ』組曲(ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ)の動画をyoutubeで観聴きする。

 18時24分に三度外出し、グルメシティなどで夕飯用の買い物をすませて、18時56分に帰宅した。

 午前中は、いいお天気、いい青空が続いていたが、その後徐々にどんよりとし始めた。
 うむむむむ。

 夕飯後、『元老西園寺公望』を読み進め、第三章の「伊藤博文に見出される」を読み終えた。
 確かに著者が記すように、過去の西園寺公望への評価は、
>第二次世界大戦後の日本の価値観に引き付けて、公望の一面を強調しすぎた」感が強いだろうが、一方で、著者の判断を全て鵜呑みにすることもできないように、僕は思う。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『コメディの復讐』も読み進める。
 飯沢さんは、どうやら横溝正史がお気に召さなかったようだ。
 あっはっはあっはっは。

 『櫟家の午餐会』について考える。
 もったいをつけちゃあいるが、なんのこたない、僕はどたばたとパイ投げをやりたいのだ、本当のところは。

 ハイドンの交響曲第67番(ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)、モーツァルトの『牧人の王』序曲(ロジャー・ノリントン指揮カメラータ・ザルツブルク)、『魔法の笛』序曲(同指揮シュトゥットガルト放送交響楽団)の動画を、youtubeで観聴きする。

 今日は、チョコレートを食す。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

教えることは学ぶこと(CLACLA日記)

 他人に何かを教えるということは、他人から何かを学ぶということでもあると痛感する。


 昨夜は、加藤浩次の吠え魂を聴きながら仕事関係の雑件を片づけたりしたのち、3時32分に消灯する。

 10時35分に起きる。
 起きたとき、少しどんよりとした感じがあったのでついついパスしてしまったが、毎週恒例の洗濯を決行しておくべきだったか?


 13時4分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で切符を購入してから、阪急で淡路まで。

 で、予定通り、昔なじみに紹介された相手とおち合い、近くのドトールコーヒーへ行って、彼女のシナリオ執筆をはじめとした創作活動に関しあれこれと話を聴き、あれこれと話をする。

 18時過ぎに相手と別れ、阪急で大宮まで戻り、グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、19時36分に帰宅した。
 今夜は結局できあいのもので夕飯をすませてしまったが、この時間ならごはんを炊いてもよかったかもしれないな。


 今日は、そこそこの寒さ。
 ただし、花粉が飛び回っていたようで、時折目にかゆみを覚える。
 いやだいやだ。

 夕飯後、ショスタコーヴィチの交響曲第9番(シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団)とシベリウスの交響曲第3番(エサ・ペッカ・サロネン指揮スウェーデン放送交響楽団)の動画を、youtubeで観聴きする。

 今日も、グリコのコロンを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

わかった上でか、わからないままか(CLACLA日記)

 わかった上でやったりわかった上でやらなかったりすることと、わからないままやったりわからないままやらなかったりすることとでは、結果は同じでも、やはり意味が違うと僕は思う。


 昨夜は、千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を読み進めたり、仕事関係の雑件を片づけたりしたのち、3時ちょうどに消灯する。

 9時35分に起きていくつか雑件を片づけるも、眠気に勝てず二度寝。
 気がつけば12時2分になっていた。
 ああ…。

 『華族総覧』を読了する。
 ようやく読み終えた。
 ふう。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 第七章の「天皇・皇族の戦後」と終章の「これからの皇族」、並びにあとがきを読み終えて、小田部雄次の『皇族』<中公新書>を読了する。
 ついでに、読書ノートもとる。
>民間の人びとが雅子妃を容赦なく攻撃するのは、ひとえにその屈折した身分意識にある<
>そもそも、子どものあるなしや、まして男子の子どもがいないということで人を責めるのは、おかしなことである<

 シューベルトの交響曲第5番とブラームスの交響曲第1番(ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団)、シューマンの交響曲第2番(レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル)、ワーグナーの歌劇『リエンツィ』序曲、楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲、楽劇『ワルキューレ』からワルキューレの騎行(クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル)、ブラームスの大学祝典序曲(パウル・ヒンデミット指揮シカゴ交響楽団)の動画=ライヴ録画を、youtubeで断続的に観聴きする。
 大満足なり。


 17時5分に外出して京都芸術センターへ行き、いくつか用件を片づける。
 入ったところで筒井加寿子さんとあいさつをし、帰りがけには中嶋やすきさんと少し立ち話をする。

 それから大垣書店四条店で調べものをし、再び芸術センターに寄り、グルメシティ、フレスコなどで夕飯用の買い物をすませてから、18時51分に帰宅した。


 夕飯後、京都芸術センターで入手した『とまる。冬』をつまみ読みする。
 tabula=lasaの高田ひとし君が発行している京都小劇場界関係の小冊子だが、4号目をむかえて、紙面がよい意味で落ち着いてきたように感じる。
 もちろん、僕個人としては個々の公演に対するとり上げ方や評価に不満があるし、今後の課題も少なくないだろうが。
 それと、クロスレビューという趣向も悪くないのではないか。
 ただ、点数制にしたことに関しては相当覚悟の上でのことだろうからあえて触れることはしないけれど、三人の評者の好みに偏りがある(少なくとも、三人の評者の演劇的趣味が近いものであるように感じられる)のは、ちょっと面白くないかなあ。
 例えば、評者に中瀬宏之を加えてみるのもよい手かもしれない。
(と、言うのは嘘。様々なバランスや発行の趣旨からいって僕を入れちゃあいけない。本来なら市川太郎君などどうかと思うのだが、無理だろうか)
 あと、三人の評者についてもっと詳しく知りたいので、心に残ったお芝居だけじゃなく、映画や小説も教えてもらえると嬉しいな。

 余談だが、僕は『とまる。冬』でも触れられている市川君脚本・演出の『悲しさ』を観に行かなかった(行けなかったではない)ことを後悔している。

 『不在証明』の打ち直しを少し行う。

 『山中貞雄餘話』の打ち込み分の読み直しも行う。

 シューマンの交響曲第1番「春」(レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル)とウェーバーの歌劇『オベロン』序曲(マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィル)の動画=ライヴ録画をyoutubeで観聴きする。

 今日も、グリコのコロンを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 一週間のご無沙汰でした、などの名調子で知られた、司会者の玉置宏が亡くなった。76歳。
 落語愛好家としても著名で、横浜にぎわい座の館長のほか、NHKの『ラジオ名人寄席』の席亭としても活躍したが、音源問題で晩節を汚してしまった感は残念ながら否めない。
 それでも、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月11日

今日は祝日(CLACLA日記)

 今日は祝日、建国記念の日。
 と、言うことで、朝から街宣車がかまびすしかった。
 それにしても、あんなにガーガーやっていては、宣伝もへったくれもなかろうに。
 まあ、宣伝しようなんて気は、はなからないのかもしれないけれど。


 昨夜は、いくつか雑件を片づけたのち、2時52分に消灯する。

 朝寝坊を決め込み、10時53分に起きる。

 実家からの荷物が届く。
 多謝。

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を読み進める。

 小田部雄次の『皇族』<中公新書>も読み進め、第五章の「戦争の時代」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『山中貞雄餘話』の下書きとノート書きを進める。

 ウェーバーの歌劇『オイリアンテ』序曲(レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル)、ヘルメスベルガーの悪魔の踊り(小澤征爾指揮ウィーン・フィル)、グリンカの歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲(ヴァレリー・ゲルギエフ指揮マリンスキー交響楽団)、ストラヴィンスキーのサーカス・ポルカ(アヴィ・オストロフスキー指揮ノルウェー放送管弦楽団)、ブラームスのハンガリー舞曲第6番(パーヴォ・ヤルヴィ指揮hr交響楽団)、ベルリオーズのラコッツィ行進曲(ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィル)、ベートーヴェンの『エグモント』序曲(ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィル)、ショスタコーヴィチの交響曲第6番の第3楽章(エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ソビエト国立交響楽団)の動画=いずれもライヴ録画を、youtubeで断続的に観聴きする。

 17時46分に外出し、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませて、18時15分に帰宅した。

 今日も雨降りの一日。
 外出時も本降りで、相当びしょびしょになってしまった。

 気温も下がり、じめ寒さが厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、『山中貞雄餘話』のノート書き分の打ち込みをする。

 夕飯後、『皇族』を読み進め、第六章の「皇籍離脱と新憲法」を読み終えた。
 ついでに、読書ノートもとる。

 『華族総覧』も読み進める。

 ワーグナーの歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲(ヴァレリー・ゲルギエフ指揮マリンスキー交響楽団)、メンデルスゾーンの序曲『夏の夜の夢』(セルジュ・チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団)などの動画をyoutubeで観聴きする。

 今日は、グリコのコロン(小袋)を食す。
 実家からの荷物に入っていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飢源拙の歌

 飢えにおびゆる我が庵(いお)の
 大根おろしに身の入(い)らぬ
 嘆きふしけんおみおつけ
 つくる今日こそ哀しけれ


 空のおひつにのみしらみ
 だににごきぶり動くなり
 手元定めてそのむしを
 つぶす今日こそ哀しけれ


 米に蒲焼き松坂牛
 とろに鰹に河豚いくら
 雲丹にとこぶし松茸を
 想う今日こそ哀しけれ
posted by figarok492na at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 真実はかく佯る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

雨の一日(CLACLA日記)

 雨、雨、雨。
 どんよりとしたお天気の一日となる。

 気温は上昇するも、湿度が高い分、じめじめとしてあまり快ならず。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながらいくつか雑件を片づけたのち、2時47分に消灯する。


 8時37分に起きて、簡単な仕事を片づけたり、小暮宣雄さんとツイッターで少しやりとりをしたりしたのち、9時29分に外出する。
(小暮さんの、京都会館会議場を200席〜300席の小劇場に変えるというアイデアには、僕も大いに賛成だ。前々から記しているように、京都にはこの規模の手ごろな劇場がないわけだから)

 で、歩いてTOHOシネマズ二条まで行き、『午前十時の映画祭』の一本目、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!
(前回の記事にも記したけど、ほぼ満席の状態。そういえば、隣の席の団塊カップルが上映が始まってもおしゃべりをしていて、他のお客さんに注意されていたっけ)

 上映終了後、業務用スーパー・タカギに寄って買い物をし、12時55分に帰宅した。


 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を読み進める。

 小田部雄次の『皇族』<中公新書>も読み進め、第四章の「昭和天皇の登場−軍国主義の跫音」を読み終えた。
 当然、読書ノートもとる。


 18時20分に再び外出し、まずはファミリーマート四条大宮店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 前回の記事でも少し触れた『ゴールデンスランバー』のことを小林さんも取り上げていて、不思議な魅力のある作品だと評価している。
 あと、中村賢司さんがネタをばらしてしまったラストに関しても、小林さんは単純な結末ではないことをきちんと示唆しながらルールは厳しく守っている。
 やっぱりこうじゃなくっちゃね。
(こう記したからと言って、僕は中村さんを揶揄するつもりは全くない。ただ、彼がブログで「善意から」ネタばらしを行ったことが、実は彼の創作や表現のあり様のプラスマイナス両面としっかり結びついているだろうということは、やはり指摘しておかなければなるまい)

 その後、グルメシティなどで夕飯用の買い物をすませてから、18時52分に帰宅した。


 夕飯後、『皇族』を読み進める。
 当然、読書ノートもとる。

 『華族総覧』も読み進める。

 弦楽4重奏団に関する調査を行う。

 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、ホッペタイム小結あられを食す。
 タカギで、税込み61円になっていたもの。
 あっさりとした塩味で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 作家の立松和平が亡くなった。62歳。
 作品よりも、まずあの独特のイントネーションと声を思い出す。
 深く、黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スティング

 ☆スティング The Sting


 早起きは三文の得、って言葉があるけれど、TOHOシネマズがこの2月から始めた「午前十時の映画祭」なんて、洋画の名作傑作人気作をじっくり愉しむことができるんだから、映画好きにとってはそれこそ三文どころか、何千両何万両もの得。
 何があっても早起きしなくちゃいけないだろう。
 で、有言実行、僕も近くのTOHOシネマズ二条まで「午前十時の映画祭」の一本目、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング The Sting』(1973年、アメリカ)を観に行って来た。
(予想通り、団塊の世代の方々や学生さんなどを中心にほぼ満席状態)

 いやあ、面白かった!
 実はこの作品、僕は何度か観たことがあるんだけど、大きなスクリーンで観ると、やっぱり面白さが何倍も増しますな。
 仲間を殺された若者が、詐欺師の先輩とがっちり手を組んでにっくき悪党相手に勝負を挑んでいくが…。
 おっと、ここから先は言えない言えない。
 あとは、映画を観てのお愉しみだ。
(だって、一度観てから二度目三度目を愉しむのと、他人様から大事な部分をばらされて初めて観るのとでは、全く意味が違うでしょう。まあ、これはどんな作品でもおんなじことだけどね。あっ、そういや中村賢司さんのブログに『ゴールデンスランバー』の記事があったけど、中村さん、ああたネタばらししちゃだめですぜ。同じ創作者表現者仲間なんだから。少なくとも、僕ならネタをばらさず伝えたいことを伝えるように努力するんだけどなあ)
 それこそ幾重にも張られた伏線や一筋縄ではいかない仕掛けの数々に、細かいくすぐりや細かいこだわりと、まさしくエンターテインメントの王道を行く見事な出来栄えだ。
 加えて、ポール・ニューマンやロバート・レッドフォードを皮切りに、集めも集めたり、脇役端役にいたるまで芝居達者個性派がそろっている。
(あの人この人、見落とさないで下さいね)
 また、テーマ曲のスコット・ジョプリンの『ジ・エンタティナー』をはじめ、ラグタイムの効果的な利用も嬉しいかぎり。
 本物の映画好きには「マスト」の一本。
 てか、本物の映画好きなら、いの一番に観てるっけ。
 これは失礼しました!

 なお、『スティング』に関しては、小林信彦に『明日に向かって賭ける「スティング」の世界』(『ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200』<文春文庫>所収)と『ジョージ・ロイ・ヒルの不思議な世界』(『映画を夢みて』<ちくま文庫>所収)があるので、ご興味ご関心がおありの方はぜひご一読のほど。


 *追記
 そうそう、三谷幸喜の『ザ・マジックアワー』が、この作品への熱烈なオマージュであることを再確認することができた。
 まあ、トリュフォーの『アメリカの夜』だとか、映画全体への熱烈なオマージュであるんだけどね、『ザ・マジックアワー』は。
posted by figarok492na at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

あれの季節がやって来たのか…(CLACLA日記)

 朝目醒めたとき、頭がもわぼわんとした感じになっていて、とうとうあれの季節が本格的に始まったんじゃないかと怖くなる。
 幸いなことに、まだくしゃみが出たりかゆみが出たりはしていないが。

 どんよりとしたお天気の一日。
 気温は上昇するも、むわっとしてあまり快ならず。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら作業をやっていて、結局3時44分に消灯する。

 で、8時過ぎには目が醒めていたものの、どうにも頭と身体が重く、しっかり起きたのは11時10分になってから。
 自堕落もよいところだ。

 昨夜もシャワーを浴びることができなかったので、13時台にシャワーを浴びる。

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を読み進める。
 正直、読み進めるのがたるい。
 名士伝や紳士録を手際よくまとめた内容で、その分なんとも底が浅いのである。
 例えば、寺内家(伯爵・勲功)の項の、
>(寺内寿一は)軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部の発言権を飛躍的に増大させた<
という記述は、筒井清忠の『昭和十年代の陸軍と政治』<岩波書店>に触れたことがある人間からすると、あまりにもいいかげんに過ぎると思う。
 これは、買わなくて大正解だった。

 小田部雄次の『皇族』<中公新書>も読み進め、第三章の「謳歌と翳り−近代国家の成立期」を読み終えた。
 こちらは、しっかり読書ノートをとる。
 学ぶところ、実に大だ。

 『櫟家の午餐会』(4幕物の戯曲)のプロットをノートに記す。

 『不在証明』のちょっとした手直しをする。

 世界のピリオド楽器オーケストラについて調査する。

 オトマール・スウィトナー指揮NHK交響楽団の演奏したブラームスの交響曲第3番の第3楽章と第4楽章のライヴ録画を、youtubeで観聴きした。
 先日、N響アワーで放映されたばかりのものだろう。
 演奏云々以前に、スウィトナーさんの指揮姿がとても懐かしかった。
 あと、かつてのN響メンバーの姿も。

 17時39分に外出し、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませ、18時6分に帰宅した。

 帰宅後、ルネ・ヤーコブス指揮フライブルク・バロック管弦楽団の演奏した、ハイドンの交響曲第91番<HMF>を聴く。

 夕飯後、『櫟家の午餐会』のプロットについてさらに考える。
 ときは1936年(昭和11年)2月25日、ところは東京麹町の櫟治隆子爵邸。
 てな感じの作品で、本当は、吉村公三郎監督の『安城家の舞踏会』や木下恵介監督の『大曾根家の朝』、宮部みゆきの『蒲生邸事件』、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『山猫』、さらにはリヒャルト・シュトラウスの『カプリッチョ』を下敷きに本格的な悲劇を書いてみようと意気込んでいたのだが、なんのこたない、いつもの如くブールバール劇の寝腐れたような代物になってしまいそうだ。
 うむむ。

 『皇族』を読み進める。
>昵懇となった浪人や壮士、右翼たちに宮中関係者はさまざまな弱味をつかまれ、たかられるようになるのである<
(第四章「昭和天皇の登場−軍国主義の跫音」、宮中某重大事件と恐喝より)

 ついでに、読書ノートをとる。

 『華族総覧』も読み進める。

 ヨーロッパのオペラハウスについて調査する。

 レザール・フロリサン(フランスのピリオド楽器オーケストラ)のサイトで、ジョナサン・コーエンが指揮したコンサートのライヴ録画を観聴きする。
 プログラムは、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』組曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第18番(クリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノ独奏)、ハイドンの交響曲第80番というもの。
 ベズイデンホウトといえば、今月の27日に兵庫県立芸術文化センターまで彼のフォルテピアノ・リサイタルを聴きに行く予定にしているのだ。
 ほんと、愉しみだなあ。
(まだ激しく飛び回るなよ!)

 京都市アバンティホール(JR京都駅前)が龍谷大学に譲渡されるとのこと。
 手ごろな座席数ということもあって、使いようによっちゃもっとなんとかなるだろうにと、僕は思ってしまうのだが。
 まあ、カザルスホールのようなことにはならないだろうけど。
 それにしても、水族館をつくる前にもっとやるこたあるんじゃないか、京都市役所も。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同調するなら金をくれ! 同調するから金をくれ!(深夜のCLACLA)

 つくづく、自分って、と思う今日このごろ。
 どうにもこうにも。

 同調するなら金をくれ!
 同調するから金をくれ!
 なあんて、なにからなにまで金銭に換算しようだなんて思ってるわけじゃないけどね。


 昨夜は電話がいくつかかかってきたこともあったりして、仕事や雑件を片づけるのに時間がかかり、結局4時16分に消灯する。
 身体によくないってことはわかってるんですけどね…。
 まあ、仕方ない。

 9時少し過ぎに目醒めていたものの、寝床の中でいくつか雑件を片づけたのち、10時18分に起きる。

 昨夜シャワーを浴びることができず、食事をすませたのちシャワーを浴びる。
 ついでに、浴室とトイレの掃除をすませる。

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を断続的に読み進める。

 小田部雄次の『皇族』<中公新書>も読み進め、第2章の「法制化される皇族−男系・傍系・配偶者」を読み終えた。
 すでに何度か小説の題材ともなっているが、台湾遠征中に病没した北白川宮能久親王の生涯が非常に興味深い。

 ついでに、読書ノートをとる。

 世界のピリオド楽器オーケストラの調査を行う。

 急な用件が入って18時13分に外出し、23時23分に帰宅した。

 帰宅後、おにぎり2個とカップ肉うどんで遅めの夕飯をすませる。
 身体によくないってことはわかってるんですけどね…。
 まあ、仕方ない。

 目の疲れ、首、肩、背中のこり、はり、痛みがひどし。
 なんともひどし。
 やれやれ。

 与えられた人生は一回きり。
 一度失った時間を取り戻すことは絶対にできない。
 為すべきことをしっかり為していかなければ。
 まずは、そこからだ。

 以上、2月8日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

横溝正史の作品っていろいろ考えるツボがあると思うんですよ(深夜のCLACLA)

 死を考える。
 それは、死を考える暇があるということでもある。
 自らの為すべきことをしっかり為していかなければ。


 昨夜は、千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を読み進めたり、いくつか雑件を片づけたのち、3時16分に消灯する。

 そういえば、『華族総覧』の高木家(子爵・丹南)の項を読んでいて、横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』の椿元子爵のモデルは、三笠宮崇仁親王妃百合子の実父で、敗戦後窮乏生活の中自死せざるをえなかった高木正得元子爵がモデルなのではないかと思った。
 『悪魔が来りて笛を吹く』というと、どうしても帝銀事件や太宰治の『斜陽』が影響を与えて言われているし、僕自身実際その通りだとも考えるのだけれど、高木元子爵のエピソードもまた横溝正史の創作に少なからぬ影響を与えたのではないか。
(たぶん、初出時に『悪魔が来りて笛を吹く』を読んだ人には、あああの人かという具合にもっとぴんときたのだろうと思う)
 よくよく考えたら、『悪魔が来りて笛を吹く』には「新」「宮」元子爵なんて登場人物もいるし、おまけに近親相姦が物語の大きな鍵となっているわけで、横溝正史がどこまで意図したかは別として、個人的にはどうしても皇室や皇族、天皇制というところまで思いいたってしまう。

 余談だけど、僕は『犬神家の一族』すら天皇制と関係があるんじゃないかと勘繰ったことがあるのだ。
 例の斧琴菊(ヨキコトキク)が歌舞伎の菊五郎からきていることは充分承知しているのだが、それって三種の神器を意識してるんとちゃうのん、とついつい疑ってしまったのである。
 あと、『女王蜂』には衣笠宮という元皇族が登場するが、これはまあ海外(イギリス)ミステリの影響であり、時代性の表われ(皇族の皇籍離脱)でもあるんだろうな。
 いずれにせよ、かえすがえすも、かつて高校生のころに原泉さん(中野重治夫人。横溝正史原作の映画やドラマによく出演していた)と直接会ったとき、横溝正史と原さん、中野重治の関係について尋ねておかなかったことが悔やまれてならない。


 9時54分に起きて、すぐさま毎週恒例の洗濯をすませる。

 『華族総覧』を読み進める。


 12時59分に外出し、近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから、阪急で梅田へ。
 そこから歩いてザ・シンフォニーホールまで行き、『聖響×OEK ベートーヴェン・チクルス第5回』を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 休憩中、オーケストラ・アンサンブル金沢の事務局員の人に、「以前、斎藤さんという女性が事務局にいらしたのではないですか」と尋ねてみる。
 と、「斎藤なら今も事務局にいます」とのこと。
 実は今から20年近く前、僕は一度金沢まで出かけて、オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演(会場は、まだ金沢観光会館だった)を聴いたことがあるのだが、その少し前に電話でお願いして、斎藤さんにオーケストラ・アンサンブル金沢関係の資料を提供してもらったのだ。
 今さらながらだが、斎藤さんには心より感謝したい。
 本当にありがとうございました。

 阪急で大宮まで戻り、グルメシティとフレスコ、ダイソーで買い物をすませて18時48分に帰宅した。


 帰ると、shelfから公演案内のDMが届いていた。
 名古屋・千種小劇場における鈴江俊郎さんのテキストによる公演、鳥取・鳥の劇場におけるイプセン原作の『Little Eyolf −ちいさなエイヨルフ−』、いずれも観ておきたいなあ。
 京都での公演はないのかなあ。

 今日は、日清シスコのチョコフレーク、カフェオレ味を食す。
 ダイソーで購入したもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖響×OEK ベートーヴェン・チクルス第5回

 ☆聖響×OEK ベートーヴェン・チクルス第5回

  指揮:金聖響
 管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢

  会場:ザ・シンフォニーホール
  座席:2階LC−15(休憩前)、同LD−16(休憩後)


 金聖響といえば、テレビやCDでは度々目にし耳にしたことはあったが、実際の演奏となると、10年ほど前に、一度京都市交響楽団とのコンサート(定期演奏会などの自主公演ではなく、いわゆる依頼演奏会)を聴いたことがあるだけだ。
 確か日本人作曲家の新作とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」という非常にシンプルなプログラムで、「新世界より」のシャープでスポーティな音楽づくりが今も記憶に残っている。
 で、そんな金聖響がオーケストラ・アンサンブル金沢と、大好きなベートーヴェンの『アテネの廃墟』序曲、交響曲第2番、交響曲第3番「英雄」を演奏する、『聖響×OEK ベートーヴェン・チクルス第5回』を聴きに、大阪のザ・シンフォニーホールまで行って来た。
(ホールに入ってまず感じたことは、空席の多さで、AB両席とも相当チケットが残っているようだった)

 全曲通しての感想は、金聖響という指揮者の賢さとテキストの読み込み具合がよくわかる演奏だったということだろうか。
 いわゆるピリオド・スタイルの援用やクライマックスの築き方など、金聖響の特質がよく示されていたと思う。
 ただ、第2番にせよ第3番にせよ、劇性や激情よりも、古典的な均整のほうに主眼が置かれているように僕には感じられたことも事実だ。
 また、オーケストラの機能性を活かすという意味で、両端楽章や第2楽章よりも、第3楽章のスケルツォ(第2番はメヌエットとなっているが、実質的にはスケルツォ)が個人的に面白く聴こえた。
(いつもの当てずっぽうになるけど、諸々を総合すると、表面的なスタイルは全く異なっているものの、金聖響のベートーヴェンは、アーノンクールやノリントンのそれよりも、実は朝比奈隆のそれにつながるもののほうが大きいんじゃないのかなあ。それと、金さんは様々な意味で安定しているんじゃないのかなあ)

 オーケストラ・アンサンブル金沢は、ところどころ肌理の粗さを感じる部分もなくはなかったが、基本的には、個々の奏者としてもアンサンブルとしても一定以上の水準を維持していたように思う。

 なお、アンコールは、同じくベートーヴェンの12のコントルダンスWoO14から第5曲。
 メインがエロイカ・シンフォニーということで、本来ならば、アンコールは終楽章の変奏曲の主題の原曲である同じコントルダンスの第7曲やバレエ音楽『プロメテウスの創造物』の終曲ということになるのだろうが、この第5曲もエロイカ・シンフォニーの変奏曲とのつながりがそれとなく感じ取れる音楽で、これは巧いチョイスではなかったろうか。
 演奏そのものも、実にチャーミングだった。
posted by figarok492na at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月06日

雪の中、外出した(CLACLA日記)

 厳寒の一日。
 雪が舞い散る(舞い降る)中を、急な用件があって、16時51分に外出し、用件を片づけたのち、21時45分に帰宅した。
 帰りがけ、バスを乗り逃がしたり、雪に滑って転びかかったりと、ちょっとばかりついていなかった。
 まあ、仕方ない。

 それにしても、寒さが本当に厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。


 昨夜は、加藤浩次の吠え魂を聴きながらいくつか雑件を片づけたのち、3時4分に消灯する。
 加藤浩次の吠え魂は、加藤浩次の家族との話がなんとも言えず愉しい。
 加藤浩次だからこそなおのこと。

 寒さに負けてなかなか寝床を抜け出せず、きっちり起きたのは11時14分になってから。
 度し難し。

 小田部雄次の『皇族』<中公新書>を読み進め、第一章の「近代皇族の誕生」を読み終えた。

 ついでに、読書ノートをとる。

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>も読み進める。

 今後の創作について考え、『山中貞雄餘話』の下書きとノート書き、打ち込みを少し進める。

 世界のピリオド楽器オーケストラ(アンサンブル)に関して調査を行う。

 今日は、外出時にドーナツを食す。
 チョイスを間違えたかな。
 それでも、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 寒さで身体が縮こまり、またぞろ肩あたりを捻ってしまったか。
 やだなあ。

 アメリカ政府からの要請を受け、小沢一郎民主党幹事長がゴールデンウィーク中に訪米を検討しているとの小さな記事を朝刊に見つける。
 いろいろと考えることあり。
(正直、これは本当にいろいろなことを考えさせ、想像させる記事だ。取り上げ方の小ささも含めて)

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月05日

メメントモリ(CLACLA日記)

 夕方、歩きながら自分自身の死について考える。
 絶対にいつかは来ることだ。
 だが、怖い。
 やはり怖い。

 自分自身の為すべきことをしっかり為していかなければ。
 与えられた人生は一回きりなのだから。


 昨夜は、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながらいくつか雑件を片づけたのち、2時30分に消灯する。

 9時47分に起きる。

 首の下あたりの痛みはだいぶん治まった。
 が、今度は左の親しらずあたりが腫れてきたような。
 やれやれ。
(本当は、一度歯医者さんに行かなければならないんだろうが…)

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を断続的に読み進める。

 世界のオーケストラに関し調査を行う。

 小田部雄次の『徳川義親の十五年戦争』<青木書店>を読み進め、4の「シンガポールへの道」と5の「「昭南島」の日々」を読み終えた。
 太平洋戦争中、第二五軍軍政顧問、並びに昭南博物館館長として積極的に日本のシンガポール占領に協力した徳川義親の姿がしっかりととらえられていると思う。
 また、徳川義親と阿片人脈の関係(シンガポールは、阿片の精製と包装の基地だった)や、シンガポールを拠点に活動していた南方防疫給水部が七三一部隊と人事交流があったこと、さらには敗戦後の帝銀事件との深いつながりなど、いずれも興味深い。
(帝銀事件の前に発生した類似の未遂事件、安田銀行荏原支店事件で利用された名刺『厚生技官 医学博士 松井蔚 厚生省予防局』の松井蔚は、太平洋戦争中、第二五軍軍政監部衛生部医務課長を務めていたのだ)

 ついでに、読書ノートもとる。


 16時10分に外出し、下京図書館へ。
 予約しておいた小田部雄次の『皇族』<中公新書>を借りておく。

 その後、京都芸術センター、大垣書店四条店、再び京都芸術センターとまわり、グルメシティで夕飯用の買い物をすませて、18時15分に帰宅した。


 気温がさらに下がり、寒さが非常に厳しい一日となる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、6の「又、元の学究に戻るのみ」とおわりにを読み終え、『徳川義親の十五年戦争』を読了した。
 主に十五年戦争期を中心とした徳川義親の言動(積極的な戦争協力)が詳細に述べられており、なおかつその背景に関しても妥当な説明が為されており、学ぶところ大だった。
 中でも、本人の性質も少なからず関係していただろうとはいえ、徳川義親が右翼や軍部のうちのダーティーな人脈と密接な交流を持ち続けていた点は大きく留意しておくべき点ではないか。
 いずれにせよ、戦前戦中の軍部や右翼と政界財界華族たちとの結びつきについて、もっとしっかり押さえておかなければ。

>十五年戦争期の徳川の足跡をたどると、徳川の周辺には謀略、阿片、虐殺、細菌戦部隊など、非人道的な行為に関連する話題が絶えない<
>徳川の南方志向と十五年戦争期にもたらされた一連の非人道的行為とのあいだには間接的にせよ一定の連関性があり、徳川には道義的責任がある<
(『徳川義親の十五年戦争』、おわりにより)

 ついでに、読書ノートをとる。

 続けて、同じ小田部雄次の『皇族』<中公新書>を読み始める。

 こちらも読書ノートをのる。

 一方、『華族総覧』も読み進める。
 こちらは、読書ノートはとらず。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

首が痛んで低調な一日(CLACLA日記)

 今日も、首の下あたりにいやな痛みが走る。
 むち打ち、とまで記せば大げさかもしれないけれど、首を動かすと、ぐきりっぴきっと痛むのである。
 で、そのこともあって、どうにも低調な一日となってしまった。
 全くもって度し難い。


 昨夜は、小田部雄次の『徳川義親の十五年戦争』<青木書店>を読み進め2の「華族は皆かうして没落してゆく」を読み終えたり、youtubeでファビオ・ビオンディ指揮スタヴァンゲル交響楽団の演奏したライヴ録音を聴きながらいくつか雑件を片づけたのち、3時16分に消灯する。

 ちなみに、スタヴァンゲル交響楽団はノルウェーのオーケストラで、ビオンディのほかにもフランス・ブリュッヘンとベートーヴェンの交響曲をまとめて演奏するなど、ピリオド・スタイルを積極的に取り入れているようである。
(ビオンディといえば、どうしても手兵エウローパ・ガランテということになるのだろうが、スタヴァンゲル交響楽団とのコンサートも聴いてみたいなあ。この組み合わせで来日しないものか)

 10時4分に起きる。

 千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を断続的に読み進め、「関東地方/東京都」まで読み終えた。

 『徳川義親の十五年戦争』も読み進め、3の「クーデターから南進へ」を読み終えた。
 徳川義親は「三月事件」(軍部と右翼の一部によるクーデター計画)のパトロンとして知られるが、その背景、例えば大川周明や清水行之助、藤田勇、橋本欣五郎らとの親しい関係が詳しく記されていて、学ぶところ大である。
(「三月事件」の際に徳川義親が清水行之助に渡した資金が、敗戦後の日本社会党結成に流用されていたというあたりも興味深い)

 ついでに、読書ノートをとる。

 ヨーロッパのオーケストラに関する調査を行う。

 『山中貞雄餘話』のちょっとした打ち直しを行う。


 18時ちょうどに外出し、ファミリーマート四条大宮店で、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、太平洋戦争中の特高警察による言論統制と、小沢一郎追及をめぐる現在の状況との類似性が語られていた。
 と、こう書くと、小林信彦が熱心な小沢一郎支持者のように思われるかもしれないが、それより何より、小林さんは同じ臭いを感じ取っているのだと思う。
 あのころに通ずる不穏な臭いを。
(そういえば、横浜地裁が、横浜事件の元被告に対する補償を今日決定したのだった)

 それから、グルメシティで夕飯の買い物をすませて、18時33分に帰宅した。


 立春なれど、寒さが厳しい。
 って、旧暦と新暦をごっちゃにしてもね…。

 夕飯後、『華族総覧』を読み進める。

 『徳川義親の十五年戦争』も読み進める。
 徳川義親が軍部や右翼と結んで様々な策謀を重ねていることがよくわかる。
(例えば、平沼内閣時の反英運動については、原田熊雄述の『西園寺公と政局』<岩波書店>でも触れられていたことだ)
 また、いわゆる腹切り問答で有名な浜田国松に関して、
>(盧溝橋事件が起こったのち)議会に於て前に反軍の演説をなした浜田国松老を立たせて、北支事件の認識せしむる大演説をなさしむ事とす<
と、徳川義親が日記に記している点も見過ごせない。

 小沢一郎民主党幹事長の不起訴が決まった。
 まあ、マスコミは朝青龍の引退や冬季オリンピックに流れるだろうけどね、たぶん。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

福はうち、鬼もうち(CLACLA日記)

 今日は節分の日。
 福はうち、鬼もうち、でありたいものだ。
 心のうちは。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながらいくつか用件を片づけたのち、2時39分に消灯する。

 10時22分に起きる。

 『不在証明』の打ち直しをすませる。
 が、まだまだだ。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 世界のオーケストラに関する調査を行う。


 15時6分に外出し、まずは下京図書館へ。
 『山中貞雄作品集』3<実業之日本社>、岡部長章の『ある侍従の回想記』<朝日ソノラマ>、小田部雄次の『華族』<中公新書>を返却し、予約しておいた小田部雄次の『徳川義親の十五年戦争』<青木書店>と千田稔の『華族総覧』<講談社現代新書>を新たに借りる。

 それから、四条通の文具ショップ・TAGやCOCON烏丸をちらとのぞいたのち、京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたほか、山口茜さんと遭遇しあいさつをする。
 山口さんとあいさつをするのは、彼女が帰国してからはこれが初めて。
 トリコ・Aの3月の公演『クリスチネ』(山口さんの作・演出)が実に愉しみだ。

 その後、正美堂で5冊パックのノートを購入し、元祇園梛神社で参拝し(なにせ、節分ですから)、グルメシティとフレスコで夕飯用の買い物をすませて、17時7分に帰宅した。


 いいお天気、いい青空にはなったものの、気温は下がり、寒さがとても厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、『徳川義親の十五年戦争』を読み始め、1の「最後の殿様」を読み終えた。
 革新華族として知られた、尾張家の徳川義親侯爵(ただし、彼は越前松平家の出身。維新に功のあった松平春嶽の五男にあたる)がのこした日記をもとに、十五年戦争中の彼の様々な動きに関して考察した一冊。
 ついでに、読書ノートをとり始めた。

 『華族総覧』も読み始める。
 こちらは、よくも悪くも俗っぽいな。
 その分、読みやすくはあるけれど。

 『山中貞雄餘話』のちょっとした打ち直しを行う。

 夕飯後、『徳川義親の十五年戦争』を読み進める。
 徳川義親を見出したのが尾張家の御相談人の加藤高明(護憲三派内閣の首班。尾張出身)であったことは『華族』にも記されていたが、海部俊樹元総理大臣の祖父が尾張家の家令職にあったとは知らなかった。

 『華族総覧』も読み進める。

 『櫟家の午餐会』など、新しい作品に関するメモをノートに書き留める。

 今日は、甘いものは食さず。

 寝ているうちに捻ってしまったのか、首の下あたりにいやな痛みが走る。
 加えて、首、肩、背中のこり、はり、痛みもひどい。
 やれやれ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

そろそろ花粉の季節か(CLACLA日記)

 気温が少し上昇したこともあってか、どうやらスギ花粉が飛び回っているようだ。
 連発までにはいたらなかったものの、今日はくしゃみが出たし、目のまわりにもちょっとした痒みが走る。
 そういえば、朝刊にも昨日から花粉情報が掲載されるようになったしなあ。
 もうそんな季節か。
 やれやれ。


 昨夜は、小田部雄次の『華族』<中公新書>を読み進めたり、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながらいくつか雑件を片づけたのち、3時18分に消灯する。

 で、起きたのは、正午近くの11時56分になってから。
 身体が重だるくて、ついついだらだらとしてしまったのだ。
 自堕落、度し難し。

 第4章の「崩壊への道程−大正から昭和へ」と終章の「日本的「貴族」の終焉−敗戦・戦後」、並びにあとがきなどを読み終え、『華族』を読了した。
 あとがきに、
>(前略)岡部子爵(旧和泉岸和田藩主)の末裔でもある岡部牧夫氏と編集する機会があり、研究に拍車がかかった<
という一文があって、ちょうど岡部長章の『ある侍従の回想記』<朝日ソノラマ>を読み終えたばかりだったため、少し驚いた。
 それにしても、岡部牧夫は岡部長章とどのような関係にあるのだろうか。

 解題や加藤泰のあとがきを読み終え、『山中貞雄作品集』3<実業之日本社>も読了した。
 解題の、
>(陣中日誌の最後の)「荒れ果てた土の上の烏三羽」とは、小津(安二郎)の晩年の作品「小早川家の秋」の不気味なラスト・ショットを想い起させる<
という一文にはっとさせられた。
 僕自身、『小早川家の秋』を観て、あの烏のショットがとても気になっていたのだ。
 それと、あとがきの日付け(昭和60年5月27日)から、こちらのほうが加藤泰の最期の文章なのではないかとも思った。
 いずれにしても、山中貞雄のシナリオに接しておいて本当によかった。

 京都市図書館のインターネットサービスで、小田部雄次の『皇族』<中公新書>と『徳川義親の十五年戦争』<青木書店>を予約しておく。

 『山中貞雄餘話』の簡単なプロットをノートに書き留めておく。
 ほかに、以前執筆した『魔王』という短篇小説の改作についても少し考える。

 『不在証明』の打ち直しを進める。

 世界のオーケストラに関する調査を行う。

 17時57分に外出し、近くのグルメシティとダイソーで夕飯用の買い物をすませて、18時31分に帰宅した。

 夕飯後、『不在証明』の打ち直しを進める。

 今日も、ココナッツビスケットを食す。
 昨日の残りなり。
 ごちそうさま!

 嵐の前の静けさか?
 小沢一郎に関する報道が若干静まっているようだが。
(てか、わかりやすいよなあ、この国のマスコミも…)

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

今日から2月(CLACLA日記)

 今日から2月。
 2010年も、残すところ十一ヶ月を切った。
 与えられた人生は一度きり。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 昨夜は、小田部雄次の『華族』<中公新書>を読み進めて第2章の「「選ばれた階級」の基盤構築」を読み終えたり、いくつか雑件を片づけたのち、2時59分に消灯する。

 8時54分に起きて、9時1分に外出し、近くの整形外科へ。
 で、血液検査のための採血をすませる。
 その後、四条通のスギ薬局四条大宮店でいつもの薬を受け取り、グルメシティで買い物をして、9時50分に帰宅する。

 2月の創作活動に関して考える。

 『華族』を断続的に読み進め、第3章の「肥大化する華族−明治から大正へ」を読み終えた。

 14時55分に再び外出して、近くの金券ショップ・トーカイ四条大宮店で市バスの回数券を購入し、15時15分に帰宅する。
 本当は遠出しようかなと思っていたのだが、雨と寒さがひどいため断念したのである。

 『山中貞雄作品集』3<実業之日本社>を読み進め、三村伸太郎の執筆した『人情紙風船』のシナリオを読み終えた。
 山中貞雄が実際に映画化したものとでは、人物造形その他、大きく異なっている。

 ついでに、『山中貞雄餘話』のためのノート書きを行う。

 『不在証明』の打ち直しを行う。

 18時13分に三度外出し、グルメシティ、フレスコ、ダイソーで夕飯用の買い物をすませて18時41分に帰宅する。

 雨が降り続き、寒さもますます厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『華族』を読み進める。
 それにしても、足利尊氏問題で斎藤実内閣の中島久万吉商工大臣を攻撃し、さらに天皇機関説の美濃部達吉を攻撃することで右翼や軍部のお先棒を担いだ貴族院議員菊池武夫男爵と、愚論暴論で怪気炎を上げる田母神某とがどうしてもだぶってしまう。

 何度でも繰り返すけど、愚か者を支持する者こそが一番の愚か者だ。

 『山中貞雄作品集』3も読み進め、滝沢一の解説を読み終えた。

 ついでに、『山中貞雄餘話』のためのノート書きを行う。

 『不在証明』の打ち直しを行う。

 今日も、スイートボックスのココナッツビスケットを食す。
 ただし、これは今日ダイソーで買ってきたもの。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年2月のエンタメ情報

 2009年も今日から2月。
 今年も残すところあと十一ヶ月…。
 なあんて、時の速さを嘆いていたって仕方がないや。
 まずは、自分自身の為すべきことをしっかり為していかなければ。
 と、言うことで、毎月一日恒例の今月のエンタメ情報をアップする次第。
 それにしても、2月は28日だけだけど、けっこう気になる公演コンサートが重なっていて、選択に迷ってしまうなあ。

 さて、お芝居演劇の類いでは、松田正隆さんの作品を維新派の松本雄吉さんが演出する『イキシマ』(18日〜28日、精華小劇場)やおなじみMONOの『赤い薬』(土田英生さん作・演出/19日〜28日、HEP HALL)をまずもって推すべきだろうが、個人的には、柳川の『フランケンシュタイン』(20・21日、アトリエ劇研)を選びたい。
 柳川はずっと気になっている劇団ながら、まだ一度も観ることができていないのだ。
 ほかに、西山真来企画の『西山真来はなぜこうなってしまったのか』(5日〜7日、アートコンプレックス1928)、tabula=rasaのシリーズ=ハムレットマシーンvol.3『祝祭』(ハイナー・ミュラー、ウィリアム・シェイクスピア原作、高田ひとし君演出/26日〜28日、アートコンプレックス1928)も余裕があればぜひ。
 前者は、舞城王太郎の原作を西山真来さんが組み立てなおした企画で、後者は、高田ひとし君にとって三度目の挑戦にあたる。

 続いて、コンサートでは、7日の金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢のベートーヴェン・ツィクルス最終回(ザ・シンフォニーホール)と、27日のクリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタル(兵庫県立芸術文化センター小ホール)は、すでにチケット購入ずみ。
 演奏はもちろんだけど、それより何より、大好きな作品が並んだコンサートでありリサイタルなので。
 一方、我らが街のオーケストラ、京都市交響楽団は26日に定期演奏会があるが、曲目の面白さからもチケット料金の手ごろさからも、14日のオーケストラディスカバリー(高関健指揮、京都コンサートホール大ホール)のほうを選ぶべきかもしれない。
 なにしろ、バーンスタインの『キャンディード』序曲をはじめ、耳なじみのよい作品が目白押しだもの。

 映画では、先月30日から公開中の山田洋次監督の新作『おとうと』は落としたくないなあ。
 それと、今月からTOHOシネマズ二条で始まる「午前十時の映画祭」は、映画好きなら観逃せまい。
 特に、『スティング』(ジョージ・ロイ・ヒル監督、6日〜12日)、『裏窓』(アルフレッド・ヒッチコック監督、20日〜26日)、『北北西に進路をとれ』(同、27日〜3月5日)は「マスト」である。
 たぶん団塊世代の人たち対応の企画なんだろうが、ぶらりひょうたん的な生き方をしている私めも乗っからせてもらいますぜ。
 一本1000円というのもありがたいし、なんとか早起きしなくっちゃ。
 あと、京都シネマでは、『ユキとニナ』(諏訪敦彦、イポリット・ジラルド共同監督、13日〜)か。
 予告編の雰囲気も悪くなかったし、約1時間半という上映時間も助かる。
 あざといっちゃあざといのかもしれないけれど、まあいいや。

 いずれにせよ、今月もいいものを観、いいものを聴いていきたいものだ。
posted by figarok492na at 12:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする