2009年12月31日

大つごもりの一日(CLACLA日記)

 大つごもり。
 2009年も、残すところあと僅かとなってしまった。
 今年はついに四十歳を迎えたが、不惑どころか惑ってばかり、自分自身の未熟さ稚拙さを思い知らされる一年となった。
 与えられた人生は一回きり、一度過ぎ去った時間を取り戻すことはできない。
 本当に、一日一日一瞬一瞬を大切にしていかなければ。


 『花田清輝評論集』<岩波文庫>のつまみ再読をする。
 ちなみに、来年は京都市図書館所蔵の『花田清輝全集』<講談社>を読み進めていこうと考えている。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませ、さらに室内、窓、雨戸、ベランダの「大掃除」をすませる。
 蛍光灯も新しいものに換えたし、これですっきりとした気分で新年を迎えることができる。
 いやあ、すっきりした。

 12月の創作活動に関する総括、そして2009年一年の創作活動に関する総括を行う。
 まだまだ、まだまだ、だ。

 ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークの演奏した、ハイドンの交響曲第86番<SONY>とモーツァルトの交響曲第40番<DHM>を続けて聴く。
 そういえば、ヴァイルとカペラ・コロニエンシスの演奏した、ハイドンの交響曲第93番、第95番、第96番のCDが今年リリースされていたことを今日たまたま知ったが、あいにくこれはライヴ録音。
 個人的には、ターフェルムジークとのセッション録音でハイドンの交響曲全集を完成させて欲しかったんだけどなあ。
 まあ、仕方ない。

 17時台に外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 それにしても、大晦日とはいえ、冷え込みが厳しい。
 皆さん、くれぐれ風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、なんやかやと残務整理を行う。
 今日は、ココアリングの残りを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 そして、来年2010年がいい一年でありますように!!
 それじゃあ、本当によいお年を。
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2009年12月30日

今年もあと一日(CLACLA日記)

 2009年も12月30日。
 今年も残すところあと一日だけとなった。
 本当に、一瞬一瞬を大切にしていかなければ。


 昨夜、山崎浩太郎の『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』<洋泉社>を読み進め、第九章の「咲くはずのない花を」と第十章の「それは俺がやりたいこと」を読み終えた。

 その後、爆笑問題カーボーイを聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 午前8時台に起きて、いくつか雑件を片づける。

 第十一章の「去りゆく人々、そして≪指環≫」、第十二章の「トリスタンの夢」、第十三章の「憧れは恋に似て」を読み終え、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』を読了した。
 山崎さん自身がグッドールの名を不滅にしたと記すワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』のように、クライマックスがはっきりと示された文章で(もちろん、グッドールとウェールズ国民歌劇場の面々による『トリスタンとイゾルデ』の上演と録音にそのクライマックスは置かれている)、こちらも読んでいて強く心を動かされた。
 これは、読んで正解の一冊だった。

>自分が感動なしに演奏して、聴き手を感動さすという具合にはいかないだろう<
 とは、ヴァルター・ヴェラー指揮NHK交響楽団の定期公演を評した吉田秀和の言葉だが、そのひそみに倣うならば、
>自分が感動なしに執筆して、読み手を感動さすという具合にはいかないだろう<
ということになるか。

 ジュゼッペ・シノーポリ指揮ザクセン・シュターツカペレ・ドレスデンの演奏した、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲のライヴ録音をyoutubeで観聴きする。

 正午過ぎに、キッチンと玄関あたりの大掃除をすませる。

 15時台に外出し、室町通のストアデポへ。
 なんとか「許容範囲内」のリングノートを見つけて購入し、夕飯用の買い物をすませ、スギ薬局でセールのトイレットペーパーを購入し、帰宅した。

 外出したぐらいからお天気が崩れ始め、雨がぽつりぽつりと降り出す。
 やれやれ。

 帰宅後、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 たまたまインターネットの京都コンサートホールのコンサートスケジュールを見て、来年3月29日に小ホール(アンサンブルホールムラタ)でaimė室内管弦楽団というオーケストラの第一回目のコンサートが予定されていることを発見し、ホームページなどが開設されていないこともあって、今回のコンサートの指揮者でもある川畑隆さんまでお電話させてもらった。
 で、川畑さんのお話によると、メンバーのほとんどは音大生(関係者)とのことで、これからコンサートのアナウンスも進めていくとのことだった。
 入場無料で全席自由席という嬉しい設定に加え、ワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲、ビゼーの『カルメン』ハイライト、ブラームスの交響曲第1番というプログラムも面白く、可能であればぜひ聴きに行きたいと思う。
 川畑さん、年末の忙しいときにも関わらず丁寧なお話、本当にありがとうございました。

 夕飯後、『暗黒日記』のつまみ再読をする。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月29日

映画のシナリオに関する打ち合わせをした(CLACLA日記)

 昨夜、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 山崎浩太郎の『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』<洋泉社>を読み進め、第七章の「ショルティ登場」と第八章の「その指環に近づくな!」を読み終えた。

 ヨゼフ・カイルベルト指揮NHK交響楽団の演奏した、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲のライヴ録音をyoutubeで聴く。


 13時台に外出し、近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから、阪急で河原町へ。

 AvisでCDを売却し、ダイソー河原町店でシェービングジェルを2本購入し、今日でなくなってしまうライフカードのぴあステーションをのぞき、郵便局で用件を片づけてから、歩いて烏丸へ。

 で、カフェベローチェ前で昔なじみとおち合い、近くのカフェに移動し、3時間ほど映画のシナリオに関する打ち合わせを行う。
 非常に気になっていた部分を確認ができた点を含め、有意義な打ち合わせになったと思う。

 その後、歩いて再び河原町まで出、紀伊國屋書店をのぞき(幸せそうなカップルに遭遇し、あいさつをする。おめでとうございます!)、かつくらで食事をし。四条通のジュンク堂をのぞき、阪急の烏丸駅で昔なじみと別れ、歩いて帰宅した。


 いいお天気、いい青空の一日だった。

 夕方以降の冷え込みがとても厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 今日も、ココアリングを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 さあ、今年も残すところあとわずか。
 やるべきことをしっかりやっておかなくちゃ!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月28日

マレビトの会に刺激されて、『ユビュ王の晩餐のための音楽』を聴いた(CLACLA日記)

 昨夜、たまたまマレビトの会のホームページで、来年3月に松田正隆さんの演出でアルフレッド・ジャリの『ユビュ王』が上演されることを知り、youtubeでベルント・アロイス・ツィンマーマンの『ユビュ王の晩餐のための音楽』を繰り返し聴く。
 ミヒャエル・ギーレン指揮ケルン放送交響楽団の演奏による録音だが、まさかこのマニアックな作品がアップされているとは思っていなかっただけに、見つけたときはとても驚いた。
 で、うろ覚えの記憶を頼りにするならば(何せ、学生時代に一度目を通したきりなので)、原作自体とんでもはっぷん歩いて15分的な内容の代物なのだけれど、ツィンマーマンの音楽がまた相当いっちゃってるものなのだ。
 まさしく、コラージュごった煮の極みというか、例えばベートーヴェンの田園シンフォニー第1楽章のおなじみのテーマの引用なんかもそうだが、なんと言っても聴きものは、シュトックハウゼンとワーグナーのワルキューレの騎行とベルリオーズの幻想交響曲の断頭台への行進がしっちゃかめっちゃかはっちゃきやっちゃき大騒動を繰り広げる終盤だろう。
 できればこれは生で聴いてみたいが、京都市交響楽団あたりいつかとり上げてくれないものか。
(興味がおありの方は、youtubeでMusique pour les soupers du Roi Ubuと検索してみて下さい。なお、youtubeでは二つのパートに分かれてアップされています)

 ところで、マレビトの会の『ユビュ王』は、ファック・ジャパンさんやごまのはえさんが出演することもあって、当たりなんじゃないだろうか?
 そうそう、ツィンマーマンの音楽は、最近の松田さんの傾向にとてもぴったりだと思う。
 なんてったって、コラージュだし。


 第7章の「米内内閣倒壊」、並びに結論を読み終え、筒井清忠の『昭和十年代の陸軍と政治』<岩波書店>を読了した。
 第7章では、巷間、軍部大臣現役武官制によって陸軍大臣が得られず「毒殺」されたと伝えられる米内光政内閣が、実際は、「(ナチス・ドイツの快進撃という)ヨーロッパの情勢の激変とそれを背景にした近衛文麿の新体制運動」を本質的な原因として倒壊したことが明らかにされ、結論では、昭和十年代の陸軍の政治責任が最も重いものであることはゆるがないとしつつも、(軍部大臣現役武官制の存在を過大に評価することなく)その実態を吟味することの必要性や、他の勢力の政治責任を曖昧化することがあってはならない、と説かれている。
 いずれにしても、日中戦争以降、太平洋戦争の開戦へと向かう日本の歴史の流れを再確認する意味でも、現在の諸状況を考える意味でも、非常に刺激を受ける一冊だった。

 依頼された映画のシナリオ関係の仕事を進める。

 14時台に外出し、近くの郵便局で用件を片づける。

 帰宅後、さらに映画のシナリオ関係の仕事を進める。

 山崎浩太郎の『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』<洋泉社>を読み始め、第三章の「コヴェント・ガーデンの人々」まで読み終えた。
 イギリスを代表するワーグナー指揮者で、近年ようやく脚光を浴びるようになったレジナルド・グッドールの生涯を描いた一冊だが、彼がドイツを尊崇するあまり、英国ファシスト連盟に入党していたとは知らなかった。

 16時台に、キッチンの換気口、浴室とトイレの掃除をすませる。

 ネットラジオで、エドワード・ガードナー指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ハイドンの交響曲第7番「昼」、第64番、第90番のほか、リーザ・ベズノシウクのソロによるモーツァルトのフルート協奏曲第2番が放送されていた。
 ハイドンの交響曲第90番は、やっぱり生(少なくともライヴ録音)じゃないとその面白さが伝わらないと思う。

 18時台に再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 夕方以降気温がぐっと下がり、寒さが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』を読み進め、第四章の「インディアン・サマー」、第五章の「無手の指揮者」、第六章の「クーベリックの災難」を読み終えた。
 当時の歴史状況を絡めながら音楽家たちの姿を克明に描いていくという、山崎浩太郎の「演奏史譚」家ぶりが十二分に発揮されていて、実に面白い。
 平明でありながら、俗に堕さない文章にも好感が持てる。

 『不在証明』の筆入れを行う。

 映画のシナリオ関係の仕事を進める。

 大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)の現在のビルでの存続を、橋下大阪府知事が決定したとのこと。
 なるほど、ね。

 今日は、実家から送ってきたリングココア(クッキー)を食す。
 ココアの風味がたっぷりときいた甘さ控えめのクッキーで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 われというひとのこころはただひとりわれよりほかにしるひとはなし。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月27日

近きより(CLACLA日記)

 作品そのものの面白さはもちろんだけれど、僕が伊坂幸太郎の小説にひかれるのは、彼が「近きより」という姿勢をはっきりと表わしているからだ。
 そう、近きより。
 結局、近きところより始めるしかないのである。


 昨夜、筒井清忠の『昭和十年代の陸軍と政治』<岩波書店>を読み進め、第4章の「林内閣の組閣」を読み終えた。

 その後、角田龍平のオールナイトニッポンの最終回を聴き始めたのだが、ついつい途中で眠ってしまい、気づいたら説教師が説教をやっていた…。
 ああ。

 午前のうちに四条通のスギ薬局まで行って、セールのお米を購入する。

 『昭和十年代の陸軍と政治』を読み進め、第5章の「第一次近衛内閣における首相指名制陸相の実現」を読み終えた。
 ここでは、近衛文麿による杉山元から板垣征四郎への陸軍大臣の交代の経緯を明らかにすることで、軍部大臣現役武官制の「過大評価」に対する反証としている。
 それにしても、近衛文麿と鳩山由紀夫がどうしてもだぶってしまうんだよなあ…。

 依頼された映画のシナリオに関する仕事を進める。

 イーヴォ・ポゴレリチの弾いた、ドメニコ・スカルラッティのソナタ集<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 17時台に再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 夕飯後、『昭和十年代の陸軍と政治』を読み進め、第6章の「阿部内閣における天皇指名制陸相の登場」を読み終えた。
 ここでは、陸軍部内で多田駿(もしくは、磯谷廉介)を決定していた阿部内閣の陸軍大臣が、昭和天皇の強い意向によって畑俊六となった経緯について詳しく触れられている。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の筆入れを行う。

 映画のシナリオに関する仕事を進める。

 今日の甘いものは、日清シスコのチョコフレーク。
 近くのスーパー・フレスコで、税込み88円になっていたもの。
 さくさくとした食感にチョコレートがよく合って、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 ちょっとずつでも、自分自身が納得いく方向に向かって変化する。
 そのことを、強く願う。

 明日が本当にいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月26日

下京図書館で本を四冊借りた(CLACLA日記)

 クリスマスも終わり、今年も残すところあと一週間を切った。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。
 為すべきことをしっかり為していかなければ。


 実家からの荷物が届く。
 多謝。

 青空が見えていたこともあり、午前のうちに毎週恒例の洗濯をすませる。
 2009年最後の洗濯である。
(お昼過ぎぐらいから、徐々にどんよりとしたお天気になってしまったが…)

 金原左門の『昭和の歴史1 昭和の胎動』<小学館文庫>のつまみ再読をする。

 ピアノのレイフ・オヴェ・アンスネスとアルテミス・カルテットの演奏した、シューマンのピアノ5重奏曲<Virgin>を聴く。


 13時台に外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>と柄本明(小田豊二の聞き書き)の『東京の俳優』<集英社>を返却し、予約しておいた『植草甚一日記』<晶文社>、筒井清忠の『昭和十年代の陸軍と政治』<岩波書店>、斎藤美奈子の『本の本』<筑摩書房>、山崎浩太郎の『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』<洋泉社>を新たに借りる。

 で、本の量が多かったこともあり、そのまま帰宅した。


 帰宅後、『昭和十年代の陸軍と政治』を読み始め、第1章の「広田内閣組閣における陸軍の政治介入」と第2章の「軍部大臣現役武官制の復活」を読み終えた。
 『昭和十年代の陸軍と政治』は、「軍部大臣現役武官制の虚像と実像」と副題にある如く、二・二六事件後の広田弘毅内閣下に復活された軍部大臣現役武官制(陸軍海軍大臣は、現役の大将中将に限るという精度)が軍部による政治支配の「伝家の宝刀」となった、という通説を、個々の事例にあたりながら批判した一冊。
 『西園寺公と政局』の復習という意味合いもあっての選択だ。

 カール・ベーム指揮バイエルン放送交響楽団他の演奏した、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『カプリッチョ』<ドイツ・グラモフォン>を途中まで聴く。

 17時台に再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 夕飯後、『昭和十年代の陸軍と政治』を読み進め、第3章の「宇垣内閣の流産」を読み終えた。
 通常、軍部大臣現役武官制のために流産したとされる宇垣内閣(広田弘毅の後継首班として宇垣一成に大命が降下したが、陸軍の抵抗によって大臣を得られず結局組閣できなかったのだ)だが、筒井清忠は、制度の問題よりも陸軍の「総意」による「反対」そのものが流産の主たる原因であると指摘している。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、実家から送ってきた日の出屋製菓のざらめ煎を食す。
 てか、ざらめのついた煎餅だから甘いものか?
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月25日

メリー・クリスマス!!(CLACLA日記)

 今日はクリスマス。
 メリー・クリスマス!!


 昨夜、実家から電話がある。
 多謝。

 柄本明(小田豊二の聞き書き)の『東京の俳優』<集英社>を読み進め、第五話の「小さな家と五人の紳士」を読み終えた。
 およそなんらかの形で演劇に関わる人間であるならば、この一章だけでもよいからぜひとも読んでもらいたいと思う。
 刺激を受けるところ大なり。

 第八章の「日独伊三国同盟の成立」と第九章の「対米危機の切迫と野村大使の派遣」を読み終え、『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>を読了した。
 これで、『西園寺公と政局』全八巻(別巻を除く)を読み終えたことになるが、全てを読み終えた抱いたものは、西園寺公望の危惧や原田熊雄の焦燥にも関わらず、この日本という国がどんどんどんどん泥沼にはまり込んでいくその過程に対するなんとも言えない胸苦しい気持ちであり、現在の諸状況に対する強い危機意識であった。
 つまるところ、未だ歴史は歴史ではなく、未だ過去は過去ではない。
 本当に他人事ではすまされない。


 いいお天気、いい青空だったことに加え、気温が上昇しあまり寒さを感じなかったこともあり、14時過ぎに外出する。

 まず四条通の金券ショップ・トーカイで年賀状を購入したのち、銀行や郵便局をまわったが、非常に混雑していたため、用件を片づけることは諦める。

 で、三条通を歩いて河原町まで出、ライフカードのぴあステーションで、今日発売が開始された京都市交響楽団の来年3月の定期演奏会のチケット(P席)を購入する。
 P席は残り僅かとなっていたが、なんとか購入することができてほっとした。

 それから、BALのジュンク堂で調べものをし、LoFtをのぞき、再び歩いて烏丸まで戻り、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。

 その後、新町通の郵便局で用件を片づけ、いったん帰宅した。


 帰宅後、追加の年賀状書きをすませる。

 17時台になって再び外出し、年賀状を投函してから、近くの銀行で用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅する。

 夕飯後、第六話の「愉快なチェーホフ」を読み終え、『東京の俳優』を読了した。
 いやあ、面白かった。
 この本は、本当に読んでおいてよかった。
 と、言うより、もっと柄本明の話を読みたいほどだ。
(終盤、小林正樹監督の『人間の條件』を紹介するにあたり、演技陣の一人として中村伸郎の名前が出てきたことが、個人的には嬉しかった)

>俳優ってね、人間ってね、やっぱり馬鹿なんですよ。
 俳優って、人に見られますからね、見られりゃ何かやっちゃいますからね<
 そういえば、以前京都シネマにケネス・ブラナー監督の『魔笛』を観に行ったとき、ちょうど前の回から柄本さんが出てきて、どうしても気になったからそれとなく目で追っていると、急に挙動不審な行動を取り始めたことがあったんだ。
 あれ、たぶんこちらの視線に気づいていたんだろうな。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 プラシド・ドミンゴ、シセル・セルシェブー、シャルル・アズナブールの歌ったクリスマス・ソング<SONY>を聴く。
 ウィーンでのクリスマス・コンサートのライヴ録音なり。

 今日の甘いものは、ロッテのチョコレート、スペシャリテ・マロングラッセ。
 近くのグルメシティで、税込み70円に値下げされていたもの。
 マロンとラム酒の風味がたっぷりときいたチョコレートで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 今年のOMS戯曲賞に、大竹野正典さんの『山の声』が選ばれたことを知る。
 いろいろと思うところがあって事前予想は公開していなかったが、今回の結果は僕自身の予想していたとおりであった。
 当然異論もあるとは思うが、僕はこの結果を様々な意味で妥当であると考える。
 そして、再び深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月24日

今宵はクリスマス・イヴ(CLACLA日記)

 今宵はクリスマス・イヴ!
 って、とりたてて何かがあるってわけじゃないけどね。


 昨夜は、仕事や雑件を片づけながら、ネットラジオで、ジョルディ・サヴァール指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン・フィルの演奏したハイドンの交響曲第78番、第76番、第77番のライヴ録音を聴く。
 オーストリア・ハンガリー・ハイドン・フィルの精度には若干問題があったし、サヴァールの意図が十全に汲み取られていたかどうかにも少し疑問が残るが、それより何より、ハイドンの交響曲そのものの愉しさに、僕は魅了された。
 やっぱり、ハイドンは面白いや。

 それにしても、今年はハイドンのメモリアル・イヤー(没後200年)だったというのに、関西ではほとんどと言っていいほど、ハイドンに特化したコンサートがなかった。
 全くもって、つまらない話だ。

 『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>を読み進め、第六章の「新党運動と陸軍の倒閣策動」を読み終えた。
 近衛文麿のふらふらぶりが、どうにも際立つ。

 柄本明(小田豊二聞き書き)の『東京の俳優』<集英社>も読み進め、第三話の「青春の誤解」を読み終えた。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。
 年の暮、ということで、今日は換気扇と排水溝の掃除をしっかりとした。
 ああ、すっきり!
(ただし、掃除中にシャワーのボルトが外れて水が噴きこぼれたり、左手の中指を強打したりと、多難ではあったが…)

 16時台に外出し、西洞院四条のお菓子工房ファヴリットでケーキを購入する。

 いったん帰宅し、ケーキを冷蔵庫に入れたのち、再び外出。
 年賀状を投函し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第八巻を読み進め、第七章の「第二次近衛内閣の成立より海相更迭まで」を読み終えた。

 『東京の俳優』も読み進め、第四話の「東京乾電池誕生」を読み終えた。
 東京乾電池のジァン・ジァンでの公演が連日超満員になるにいたり、柄本明は、
>観客に対して不信感と言うか、「なんなんだ、これは?」<
という感じを抱くようになったという。
 なぜなら、東京乾電池の面々が舞台に出てくるだけで、お客さんがキャーキャーし、何をやっても笑うようになった、つまり、
>僕らの作品なんてどうでもいい感じで<>一種のファッションになってしまっていた<からである。
(柄本明はこうなったら東京乾電池も終わりだと思い、岩松了とあえてつまらない芝居をつくるよう考え合ったともいう)
 そうしたこともあって、柄本さんは、観客というものをあまり信用していないと語るのであるが、それはこの『東京の俳優』の第四話「東京乾電池の誕生」の中の『観客は「敵」』に直接あたってもらいたい。
 ところで、現在人気沸騰中のヨーロッパ企画の面々は、柄本さんのような感情を抱くにいたっているのだろうか?

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 今日は、ファヴリットの和栗のモンブランとノワゼットを食す。
 ノワゼットではヘーゼルナッツの風味と独特の口当たりを、モンブランでは栗の風味と土台のさくさくとした食感をたっぷりと堪能する。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 鳩山首相の元秘書が起訴された。
 罪は罪、罰は罰、その責は軽くないと思う。
 が、一方で、自民党の政治家連中にはこういう問題は一切ないのかと思ったりもするが。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月23日

天皇誕生日 いやさかいやさか(CLACLA日記)

 今日は、天皇誕生日。
 いやさかいやさか。

 あいにくの雨降り。
 じめじめとじめ寒い一日。
 すっきり晴れてくれないものか。


 昨夜は、爆笑問題カーボーイを聴きながら、午前2時半ごろまで仕事や雑件を片づける。

 『西園寺公と政局』第八巻を読み進め、第四章の「米内内閣の成立をめぐる諸情勢」を読み終えた。
 斎藤隆夫(民政党所属)の反軍演説による衆議院の除名問題が政府の側から語られているのが、実に興味深い。

 中村伸郎の『おれのことなら放つといて』<早川書房>を読了した。
>四月馬鹿気侭の果の役者馬鹿<
>欺されぬ一人ぼつちや四月馬鹿<
>秋ゆくや永くもがなの酒びたり<
>女房は昔じやじや馬くつわ虫<
>風邪気味のせりふを張りて喜劇かな<
>除夜の鐘おれのことなら放つといて<
(中村伸郎の句から)

 余談だけど、飯沢匡さんが、中村伸郎に句をつくる政治家の役をしばしばあてているのは、やはり中村さんが句をつくる人だからだろうな。

 続けて、小田豊二による柄本明の聞き書き、『東京の俳優』<集英社>を読み始め、第一話の「銀座の少年」まで読み終えた。
 柄本明の父親が、あの殿山泰司と泰明小学校の同級生だったとは知らなかった。
 それと、柄本さんの母親は箱屋(芸者の身支度から、送り迎え、玉代の集金をするマネージャーみたいな仕事をする男性)の娘で、子供のころの柄本さんを歌舞伎や新派によく連れていっていたともある。
 この親にしてこの子あり?

 カルロス・クライバー指揮バイエルン州立管弦楽団の演奏したモーツァルトの交響曲第33番の第1楽章と第4楽章をyoutubeで観聴きする。


 14時台に外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第七巻<岩波書店>と『おれのことなら放つといて』を返却する。

 それから、四条通のTAGをのぞくも、やはり「これは!」と思えるノートはなし。

 その後、COCON烏丸に入って、京都シネマとShin−biをのぞき、京都芸術センターでいくつか用件をかたづける。
 京都シネマと京都芸術センターともに、個人創作誌『赤い猫』第3号が全冊はけていた。
 ありがたいかぎり。

 四条通のスギ薬局でセールになっていた目薬、ねり歯磨き、歯ブラシを購入し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、年賀状書きをすませる。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第八巻を読み進め、第五章の「阿部特派大使の任命より湯浅内大臣の辞任まで」を読み終えた。

 『東京の俳優』も読み進め、第二話の「メキシコに行きたい」を読み終えた。
 中村伸郎の次に柄本明の本を選んだのは、やっぱり正解だったと思う。
 ちなみに、柄本さんもまた。僕の敬愛する役者の一人だ。

 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、三幸製菓の海老せんを食す。
 近くのグルメシティで、税込み98円になっていたもの。
 あっさりさくさくとした海老風味の塩せんべいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月22日

自省あるのみ(CLACLA日記)

 いくら偉そうな言葉を口にしても、内実がしっかり伴わなければ、全く意味はない。
 自省あるのみ。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>を読み進め、第二章の「阿部内閣の成立と貿易省問題」を読み終えた。
 日本は、ますますどうにもこうにもな状況に陥っている。
 全くもって、救いがない。

 ところで、西田幾多郎が東京に大きな立派な完備した図書館が欲しい旨の話を近衛文麿や木戸幸一、原田熊雄らにしたことに対し、
>自分はビブリオテークを作るのは非常に賛成だけれど、ただ民衆の公徳心がこれに伴って調節されて行くだろうか。
 たとえば本のいい所を切抜いて持って行ったり、小さな本なら盗んで持って行ったり、いろんなそういう民衆の道徳がこれに伴わないと、非常に思わぬ不幸を生ずる<
と、西園寺公望は応えている。
 京都市の図書館の蔵書に接しているかぎり、西園寺公望の懸念は当たっているような…。
(『西園寺公と政局』からも、西田幾多郎が国家の上層部の人々と交流を重ねていたことがわかる)

 中村伸郎の『おれのことなら放つといて』<早川書房>も読み進める。
 この本を読んでいると、中村伸郎という役者が、どうしてイヨネスコの『授業』に挑んだり、三島由紀夫や別役実との共同作業を好んだかがわかるような気がする。

 『不在証明』の読み直しと筆入れを始める。
 ようやく、だ。


 体調はあまり芳しくなかったが、いいお天気が続いていることや、若干寒さがやわらいだこともあり、14時台に外出する。

 で、近くの郵便局に寄ったのち、ストアデポやTAGを回るも、これは骨折り損のくたびれ儲け。
 日記用のリングノートを買うつもりだったのだが、これはと思うノートのどれもこれものはじっこだのなんだのが、ぐにゃごりと折れ曲がっていて、どうにも買う気になれなかったのである。
 こんな不良品、売り物にすな!

 その後、COCON烏丸1FのACTUSをのぞき、大垣書店四条店で調べものをし、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 夕方以降、冷え込みが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第八巻を読み進め、第三章の「日米会談と国内政情の不安」を読み終えた。

 『おれのことなら放つといて』も読み進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月21日

大阪フィルの来シーズンの定期演奏会のプログラムを知って(CLACLA日記)

 さてどんじりにひけえしは、というわけではないだろうが、大阪シンフォニカー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、そして京都市交響楽団に続いて、大阪フィルハーモニー交響楽団の来シーズン(2010−11)の定期演奏会のプログラムが発表された。
 が、残念ながら、個人的にはいまいち食指の動かないラインナップとなっている。
 2010年に限っての話だが、どうしても聴きに行きたいと思えるのは、オリヴァー・ナッセンが指揮する10月の定期だけ。
 ナッセンの自作自演のほか、ピーター・ゼルキンがバルトークのピアノ協奏曲第3番を弾くというのも、非常に興味深い。
 ほかに強いて挙げれば、大植英次が指揮するコープランドの交響曲第3番(4月)、バルトークのオケコン&シューマンの交響曲第2番(7月)、リヒャルト・シュトラウスの『ドン・キホーテ』&『ツァラトゥストラはかく語りき』、ヘルムート・ヴィンシャーマンが指揮するバッハのロ短調ミサ曲(9月)か?
 いずみホールでの特別演奏会に期待したい。

 それにしても、ムソルグスキーの『展覧会の絵』やシューマンの交響曲第2番、フランクの交響曲と、やっぱりだぶりは避けられないのか?


 昨夜、『西園寺公と政局』第七巻<岩波書店>を読み進め、第七章の「汪兆銘脱出問題と内閣総辞職の経緯」を読み終えた。

 依頼された、シナリオ関係の仕事を進める。

 『西園寺公と政局』第七巻を読み進め、第七章の「平沼内閣成立とその後の情勢」と第九章の「防共強化問題をめぐる閣内の対立」を読み終えた。

 中村伸郎の『おれのことなら放つといて』<早川書房>も読み進める。

 ところで、筒井康隆の『瀕死の舞台』(『最後の伝令』<新潮文庫>所収)の主人公・中原伊助のモデルは、もしかしたら中村伸郎ではないのか?
(筒井康隆の少し前の朝日新聞の連載で、中村伸郎とのエピソードが記してあったこともあってだが)

 概していいお天気、いい青空だったが、体調があまり芳しくないこともあって、今日は16時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 ただし、業務用スーパー・タカギまで足を伸ばしたので、結局40分以上外出していたことにはなったが。

 夕方以降、さらに厳しさが増す。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、第十章の「ガウス私案の提示より天津事件の勃発」を読み終え、『西園寺公と政局』第七巻を読了する。

 続けて、『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>を読み始め、第一章の「日英会談と三国同盟問題の紛糾」を読み終えた。
 『西園寺公と政局』も、残すところこの一巻のみだ。

 『おれのことなら放つといて』を読み進める。
 ひとかどの人とひとかどぶる人との違いを識る思いがする。
 乾いて淡々とした文体もしっくりくる。

 今日は、菓道のクリスマスチョコ棒を食す。
 タカギで、10本入りが税込み62円になっていたもの。
 ピーナッツ入りのチョコレートでコーティングしたパフ菓子で、予想していた以上に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 鳩山内閣の支持率が急落しているとのこと。
 内閣や与党自身の問題ももちろんだが、あれだけネガティヴキャンペーンをはられりゃさもありなんだ。

 いくら大義名分を振りかざしても、結局自分が一番自分が大事ということに違いはない。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月20日

有言実行も悪くない(CLACLA日記)

 不言実行ももちろん悪くはないけれど、自分はこうやると公言してその通りにことを為す有言実行も悪くはないと思う今日この頃だ。


 昨夜、『西園寺公と政局』第七巻<岩波書店>を読み進め、第三章の「右翼対策と事変終結問題」と第四章の「宇垣外相の辞職」を読み終えた。

 その後、残すところあと僅かとなった角田龍平のオールナイトニッポンを寝床に入って聴いていたが、途中でついつい眠ってしまった。
 まあ、仕方ない。

 『西園寺公と政局』第七巻を読み進め、第五章の「外相後任問題と新党運動」を読み終えた。
 相変わらず、近衛文麿は総理を辞めたい総理を辞めたいとこぼしている。
 それは置くとして、近衛文麿という人物に関して、僕は前々から興味を持ち続けている。
 いずれ、集中的に彼に関する文献にあたっていきたいと思う。

 リカルド・シャイー指揮ミラノ・スカラ・フィルの演奏したロッシーニの歌劇『どろぼうかささぎ』序曲<DECCA>、リカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ・フィルの演奏したヴェルディの歌劇『運命の力』序曲<SONY>、リカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏したワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲&歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲<DECCA>を続けて聴く。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 15時台に外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第六巻<岩波書店>と坪内祐三の『古本的』<毎日新聞社>を返却し、予約しておいた『西園寺公と政局』第八巻<岩波書店>と中村伸郎の『おれのことなら放つといて』<早川書房>、柄本明の『東京の俳優』<集英社>を新たに借りる。

 それから京都芸術センターまで行っていくつか用件を片づけ、いったん帰宅した。

 いいお天気、いい青空は続いていたものの、それより寒さが厳しくて厳しくて。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、『おれのことなら放つといて』を読み始める。
 僕が敬愛する役者の一人、今は亡き中村伸郎の随筆集。
 続巻にあたる『永くもがなの酒びたり』<早川書房>は手元にあるのだが、こちらのほうは未読のままだったのだ。

 ラルキブデッリの演奏した、ブラームスの弦楽6重奏曲第1番<SONY>を聴く。

 17時半過ぎ、夕飯用の買い物のため再び外出する。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第七巻を読み進め、第六章の「有田の外相就任より近衛の辞意再燃まで」を読み終えた。
 またぞろ、近衛文麿は辞意を口にしている…。

 『おれのことなら放つといて』も読み進める。
>除夜の鐘おれのことなら放つといて<
(「反省なき男の」から、中村伸郎の句)

 僕がこれまで生きてきて、どうにも悔しくてたまらないことの一つが、中村伸郎の演じるイヨネスコの『授業』を観られなかったことだ。

 余談だけど、来年の6月に予定されているルドルフの公演、筒井加寿子さん演出の『授業』はなんだか当たりのような気がする。
 まだ『熊』も終わっていないというのに、気の早い話だが。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

峻別する力の必要性

 2009年も間もなく終わろうとしている。
 今年一年を振り返って痛感することは、自らの持つ物事を峻別する力の明らかな不足ということである。

 峻別する力。
 それは、自らの好みに合わずとも、自らが触れた対象、もの・ことの持つ魅力や水準、成果を高く評価する力と言い換えることができるかもしれない。
 逆にそれは、自らが親しいものであったとしても、つまらないものはつまらない、面白くないものは面白くない、水準が低いものは水準が低いと断じて憚らぬ力と言い換えることができるかもしれない。
 またそれは、何が自らにとって必要であり、何が自らにとって必要ではないか、何を付け加え、何を殺ぎ落とすかを見抜く力と言い換えることができるかもしれない。

 もちろん、他者を峻別するというのであれば、自らが峻別されることに対しても真摯であり、謙虚でなければならないということは、言うまでもない。
 そしてそれは、個人創作誌『赤い猫』をはじめとした自らの創作活動に止まらず、中瀬宏之という一個の人格に対する評価や批判、好悪の念を含んだものでなければ全く意味があるまい。
(当然、誰がどのような判断を自らに下したかについては、しっかり記憶しておかなければならないだろう)

 いずれにしても、与えられた人生は一回きりなのだ。
 惰性に流され、妥協を重ね、結果あれよあれよという間に一年を終えてしまうことほど虚しく馬鹿馬鹿しいこともない。
 来年こそは、もっと峻別する力を身につけていきたいと、心の底から強く思う。
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2009年12月19日

どんどんいいものに触れていかなきゃね(CLACLA日記)

 今日、『森は生きている』を観て、やっぱりいいものに触れると心がほわっと豊かな気持ちになるなあと強く思う。
 どんどんいいものに触れていかなきゃね。


 昨夜、『西園寺公と政局』第七巻<岩波書店>を読み進め、第二章の「張鼓峰事件」を読み終えた。

 朝早めに起きて、午前のうちに毎週恒例の洗濯をすませる。
 概ねいいお天気、いい青空だったからでもあるが、気温が低かったせいで、あまり乾きはよくなかった。
 まあ、仕方ない。

 『西園寺公と政局』第七巻を読み進め、第三章の「右翼対策と事変終結問題」の途中まで読み終えた。


 正午過ぎに外出し、JRの二条駅から嵯峨野線で京都駅まで出、そこから琵琶湖線で大津駅まで向かう。
 雪のため少し遅れがあったが、大禍なく無事大津駅に着くことができた。
(JRに乗ると、ほんの短い距離でも旅をしている気分になってしまう。通勤通学の人みたいにJRに乗り慣れてないからだろうけど)

 で、びわ湖ホールまで歩き、中ホールで、びわ湖ホール青少年オペラ劇場『森は生きている』(林光さん作曲、中村敬一演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前に、舞台上を見学できるサービスがあって、迷わずたっぷり見学させてもらった。
 ああ、こんな舞台に立てたら!

 帰りがけ、ちょうど京都駅を通ることもあり、ひさしぶりにお茶でもと藤本隆志さんに電話をかけたが、残念、今からアトリエ劇研までナントカ世代の公演を観に行くとのこと。
 まあ、いいや。
 それにしても、藤本さんは、いろいろと貪欲に吸収しているみたいだなあ。
 次回のてんこもり堂の公演が、実に愉しみである。

 再び、京都駅経由で二条駅まで戻り、業務用スーパー・タカギなどで夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 夕方以降、さらに寒さが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、林光さんの『私の戦後音楽史 楽士の席から』<平凡社ライブラリー>のつまみ再読をする。

 今日は、サンクスのまろやかチョコクリームクッキーを食す。
 タカギで、税込み62円になっていたもの。
 しっとりとした口どけのチョコクリーム入りのクッキーで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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森は生きている

 ☆びわ湖ホール青少年オペラ劇場『森は生きている』

  作曲:林光
  演出:中村敬一

  指揮:林光
 管弦楽:いずみシンフォニエッタ大阪
 ピアノ:寺嶋陸也
  歌唱:びわ湖ホール声楽アンサンブルの面々

  会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホール
  座席:2階2B列33番


 作曲家の林光さんが若き日の自らや友人知己、そして時代状況について綴った『私の戦後音楽史 楽士の席から』<平凡社ライブラリー>は、折に触れてつまみ再読を繰り返す僕の愛読書のうちの一冊だが、その「26 燃えろ 燃えろ あざやかに」に、『森は生きている』初演時(俳優座のこどもの劇場における)の思い出が記されている。
 で、その中に、
>(前略)子供たちが、≪燃えろ 燃えろ≫と劇中歌『十二月の歌』をもう覚えて歌いながら、帰って行く。
 こんな直接的で、しかもすばやい手ごたえは、はじめてで、私はうれしいよりドギマギしてしまう<
とあるが、開演前の稽古のかいと、劇中、さらにはアンコールでも歌ったかいあってか、僕もびわ湖ホールをあとにしながら、
>燃えろ 燃えろ あざやかに、夏はカッカと 照るだろう<
と、十二月(つき)の歌を口ずさんでいた。

 と、言っても、今回びわ湖ホール青少年オペラ劇場で上演された『森は生きている』は、サムイル・マルシャークの原作をもとに林光さんが1992年に作曲したオペラだが、それでも作品の肝となる部分、精神の核たるものは、当然1954年に俳優座のために書かれた劇中音楽から脈々と流れ続けているのではないかとも思う。
(マルシャークの原作は相当昔に読んだだけだから、オペラの台本との違いは正確にはわからない。ただし、魯迅の『故郷』のラストの一文の引用、だと思う、あたりは、林さんが書き加えた部分ではないか。あと、オペラを観ながら僕は、原作が書かれた1943年頃のソ連の状況についても考えたりした)

 年の暮れにもかかわらず、春に咲くマツユキ草を見つけ出せ、さすれば金貨をさずけよう、という女王陛下の無理無体なおふれに目がくらんだおっ母さんともう一人の娘に森へと追いやられてしまったむすめは、そこで1月から12月までの月の精と出会って…。
 という、非常にわかりやすい、でも、実はいろいろと考えるためのきっかけが仕掛けに仕掛けられた展開(台本)に、林光さんの耳馴染みがよくて、でも、これまた仕掛けに仕掛けられた音楽があいまって、僕は終幕までたっぷりと舞台を愉しむことができた。
 加えて、隣に座った子供たちが、あんまり興味のない場面では退屈そうなしぐさをしたり、おしゃべりをしたりしているのに、愉しい音楽が始まると、いっしょになって口ずさむという鋭い「批評眼」を発揮していた点が、僕にはとても面白かった。
(昨日の変なおっさんとは大違い!)

 中村敬一は、作品の持つ多様な性格を巧く整理して舞台化していたのではないか。
 ただ、こんにゃく座の公演だったら、もっと「お芝居」の線に寄ってシャープでテンポのよい舞台を生み出すのではないかとも感じたが。

 ときに、いわゆるオペラティックな歌唱(てか、台詞づかい)が気になるところもあったけれど、びわ湖ホール声楽アンサンブルの面々も、声楽アンサンブルという名に恥じない、優れた歌いぶりだったと思う。

 また、吉川和夫によるオーケストレーションは、林光さんの世界観を巧く室内オーケストラに写しとっていたし、林さん自身が指揮したいずみシンフォニエッタ大阪とピアノの寺嶋陸也も、適切的確な演奏を行っていた。

 二階席ということもあって、舞台との距離をどうしても感じてしまったことは事実だし、場転その他、劇の流れとして気になる部分もありはしたが(こんにゃく座での公演では、どう処理しているのだろう)、やっぱり観に行ってよかったと、本当に思う。
 ああ、愉しかった!

 そして、
>燃えろ 燃えろ あざやかに<
と、今も口ずさんでしまう我。
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2009年12月18日

コンサートで思わぬ人に遇った(CLACLA日記)

 昨夜、母から電話があり、30分ほど話をする。

 寝床に入り、ナイナイのオールナイトニッポンを聴きながら雑件をいくつか片づけたのち、『西園寺公と政局』第六巻<岩波書店>を読み進め、第六章の「国家総動員法案と政党合同運動」を読み終えた。
 スペシャルウィークということで、ナイナイのオールナイトには東野幸治がゲストに来ていたが、普通ゲストが出るとしらけるというか、ナイナイの二人のいい空気が壊されてどうにもいたたまれない気持ちになるのだけれど、今回の東野幸治にはそうした違和感をあまり覚えることがなく、聴いていてほっとした。

 正午過ぎ、びわ湖ホールに電話をかけ、明日の『森は生きている』のチケットを予約しておく。
 ぎりぎりでの予約のため、あまりいい席は残っておらず。
 まあ、仕方ない。

 第七章の「近衛総理の辞意」、第八章の「陸相辞職並に内閣改造問題」を読み終え、『西園寺公と政局』第六巻を読了した。

 続けて、『西園寺公と政局』第七巻<岩波書店>を読み始め、第一章の「内閣改造後の諸問題」を読み終えた。
 得手勝手、無責任、責任転嫁、跳梁跋扈…、といった言葉を次々と思い浮かべる。

 坪内祐三の『古本的』<毎日新聞社>も読了した。

 エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの演奏したショスタコーヴィチの交響曲第6番<MELODIYA>のうち、第2楽章と第3楽章を聴く。


 17半過ぎに外出する。

 まず四条通の金券ショップ・トーカイで地下鉄の切符を買ってから、JEUGIA四条店へ。
 『ぶらあぼ』2010年1月号を入手したほか、クラシック音楽担当の福田さん(アルバイト時代にお世話になった)と少しだけ話をする。

 地下鉄の四条から北山まで行き、マクドナルドで軽めの夕食をとったのち、京都コンサートホールへ。
 チケットコーナーで今日発表になったはずの来シーズン(2010−2011)の京都市交響楽団の定期演奏会・自主演奏会の予定表を分けてもらったあと、大ホールに入り、京都ミューズ12月の音楽会、「第九」コンサートを聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、大学院時代にお世話になった、京都大学、並びに京都橘大学の名誉教授で、現在、文化政策・まちづくり大学院大学設立準備委員会の代表者でもある池上惇先生と遭遇し、少しお話をうかがう。
 また、終演後、一列後ろの席からどこかで聞いたことのある朗らかな声がするなと振り返ったところ、日本共産党所属の参議院議員だった西山とき子さんがいたのであいさつをする。
 実は、西山さんのお嬢さんと立命館大学時代同学年で、面識があったこともあって。
 ほかに、パソコン相手の短期派遣のときにいっしょだった女性も会場にいて、あいさつがてら声をかけたが、彼女がいたことが僕には一番驚きだった。
(京都ミューズ=旧労音のコンサートだから、池上先生や西山さんがいることは、それほど不思議なことではない)

 ところで、来シーズンの京都市交響楽団の定期演奏会に関しては、P席が2000円に値上がりになっていることが、何にも増してショック!
 それでも、そこいらのお芝居のチケットと比較すれば、充分安いことに代わりはないのだけれど。
 あと、シェフ広上淳一さんの定期演奏会登場は、2010年5月、7月、2011年3月の3回で、他に秋山和慶(カバレフスキーの交響曲第4番!と展覧会の絵)、高関健(ヴェーベルンとマーラーの「夜の歌」)、ファンホ・メナ(スペイン物)、尾高忠明(オール・シベリウス)、マティアス・バーメルト(フランクの交響曲がメインで、村治佳織がカステルヌオーヴォ=テデスコの第1番のコンチェルトを弾く。バーメルトだったらパリーの交響曲を振ってくれりゃいいのに!)、飯森範親(西村朗にブラームスの交響曲第2番。ブラームスは広上さんで聴きたいなあ)、沼尻竜典(リストのファウスト交響曲)、井上道義さん*(オール・モーツァルト)が各1回ずつ。
 大友直人はニューイヤーコンサートに登場し、第九は小林研一郎が指揮をする。
 ううん、悪くはないけど、ちょっと微妙?

 *注
 これを書いていて思い出した。井上みっちーとは一度だけあいさつしたことがあったんだ。東京の日本音楽家ユニオンのフォーラムのあとのレセプションで。ほかに、京都市交響楽団のクラリネット奏者だった石橋耕三さんや日本オペレッタ協会の寺崎裕則さんなどともここであいさつをしたりお話したりしたんだった。
(確か、この前の回のフォーラムには、池上先生が招かれていたと思う)


 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、SHOP99で買った三幸製菓の小魚元気を食す。
 小魚や小海老入りの薄焼せんべいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都ミューズ12月の音楽会  齊藤一郎指揮京都市交響楽団の「第九」

 ☆京都ミューズ12月の音楽会 「第九」コンサート

  指揮:齊藤一郎
 管弦楽:京都市交響楽団
  独唱:畑田弘美、福原寿美枝、竹田昌弘、三原剛
  合唱:京都「第九」をうたう会

  座席:1階16列6番


 応募していた招待券が送られてきたこともあり、北山の京都コンサートホールまで、京都ミューズ12月の音楽会、齊藤一郎指揮京都市交響楽団他の演奏による「第九」コンサートを聴きに行って来た。

 クラシック音楽にのめり込むきっかけが、中学校1年生の冬にNHKの教育テレビで観聴きしたベートーヴェンの交響曲第9番だったというのに、生で第九を聴くのは、1998年11月30日のフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団の来日公演(京都コンサートホール大ホール)以来だから11年ぶり、年末の「第九」にいたっては、1994年12月16日のトーマス・ザンデルリンク指揮大阪シンフォニカー交響楽団のコンサート(ザ・シンフォニー・ホール)以来だから、15年ぶりということになる。
(もちろん、CDやラジオ、テレビでは、何度も聴いてはきたけれど。何がどうしたか、生では10年以上も聴くことがなかったんだよなあ。年末にやられ過ぎててありがたみが薄れたからか? でも、ケルンで聴いたダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン他による年末の「第九」も、なんだかフルトヴェングラーっぽさが僕には鼻に、じゃない耳について、あんまりしっくりこなかったんだよなあ…)

 で、演奏では、京都「第九」をうたう会による合唱に一番好感を抱くことができた。
 当然、プロの合唱団ではないから、細かく言い出せばきりがないし、指揮者の解釈もあってか、陰影に欠けるというか陽性一本槍的な歌唱ではあったのだけれど、やはり人が集まって歌うことの力、声の力を実感することができたし、「第九」と向き合う真摯さや喜びが全面に表われていたと思う。

 一方、齊藤一郎指揮の京都市交響楽団には、一曲目の『エグモント』序曲を聴いたところで、これはあかんな、それが言い過ぎなら、自分の好みには合わんな、とついつい思ってしまった。
 と、言うのも、一応表側はめらめらと炎が立っているように見えるものの、その実内側はちっとも燃えていないというか、表面的にはエネルギッシュでスタイリッシュな造りなのだけれど、心にぐんと迫ってくるものをほとんど感じることができなかったからである。
 一つには、1階平土間の席だったことや、右隣りの席にやたらとおかしなおっさん(途中、指揮の真似までしていたし)が座っていたことも災いしたのかもしれないが。
 メインの第九に及んでも、音楽がただただ通り過ぎていくというもどかしさを払拭することはできなかった。
(そのおかげで、ベートーヴェンの交響曲第9番がブルックナーの交響曲第9番に及ぼした影響を再確認することができたりはしたけど。例えば、第2楽章とか)
 あくまでも個人的な好みと断った上で、僕が齊藤さんの指揮するコンサートを率先して聴くことは、これからないと思う。

 また、独唱陣についても、僕にはそれほどしっくりこなかった。
 バリトンの三原さんが、立派な歌唱だったと思った程度か。

 いずれにしても、音楽と向き合うということの意味を大きく考えさせられるコンサートだったと思う。
posted by figarok492na at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

寒いのなんの(CLACLA日記)

 いやあ、今日は寒かった。
 特に、外出時は風もけっこう吹いて寒いのなんの。
 ただし、青空が見えていたこともあって、あんまりいやな感じはしなかったけどね。
 とはいえ、寒いことには違いがない。
 しかも、明日は雪まで降るらしい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい!


 昨夜、寝る前に『西園寺公と政局』第六巻<岩波書店>を読み進め、第三章の「大赦問題の台頭より木戸の文相就任まで」を読み終えた。

 朝早めに起きて、いくつか雑件を片づける。

 『西園寺公と政局』第六巻を読み進め、第四章の「大本営設置と内閣改造案」を読み終えた。
 近衛文麿の姿に、どうしても鳩山総理の姿を重ね合わせてしまう自分がいる、
 メディアの力って、やっぱり凄いや!

 坪内祐三の『古本的』<毎日新聞社>を読み進め、第1部の「古本的」を読み終えた。

 大友直人指揮日本フィルの演奏した、ニーノ・ロータの交響曲第2番<KING>を聴く。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。


 15時台に外出し、近くの郵便局で個人創作誌『赤い猫』第3号の支援会員の方からの入金を確認し、京都芸術センターへ。

 いくつか用件を片づけたのち、今度は京都文化博物館へ。
 ちょうど、今夜予定されているコンサート「20世紀の歩みと地域の拡大 バルトーク<第二夜>土着音楽の魅力」(ピアノ:田淵千代子)の練習をやっていたので、しばらく聴かせてもらう。

 その後、再び京都芸術センターに寄って、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 夕飯前、『古本的』を読み進め、第2部の「ミステリは嫌いだが古本は好きだからミステリも読んでみた」を読み始める。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第六巻を読み進め、第五章の「パネー号事件と参謀本部の和平論」を読み終えた。

 ファン・ディエゴ・フローレスのアリア集<DECCA>の中から、ヴェルディの歌劇『リゴレット』の女心の唄と、プッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』のアリアを聴く。
(カルロ・リッツィ指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の伴奏)
 フローレスも一度生で聴いてみたい歌い手の一人だ。

 そういえば、昨夜youtubeで、さだまさしの『道化師のソネット』と『長崎小夜曲』、今井美樹の『瞳がほほえむから』、薬師丸ひろ子の『時代』と『あなたを・もっと・知りたくて』を聴いたが、ヌリア・ヌリア・リアルやフローレス、そしてこのラインナップというあたりから、僕の声の好みがわかるんじゃないだろうか。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、サッポロポテトバーベQ味を食す。
 近くのグルメシティで、税込み78円になっていたもの。
 久しぶりのサッポロポテトバーベQ味だったが、さすがはスタンダード、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 来年は、真の友人を大切にする一年にしたい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月16日

辛く苦しい夢を見た(CLACLA日記)

 明け方、とても辛く苦しい夢を見た。
 何ゆえそのような夢を見たのかについては、だいたい想像がつく。
 それにしても、たぶん死とは、心身両面の痛みや苦しみから解き放たれることなのだろう。
 だがしかし、それでも僕は死を強く恐れる。
 結局、死を恐れつつ、僕は最期のときまで生き続けるしかないのだ。


 昨夜、爆笑問題カーボーイを聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>を読了した。
 いつもの如く、小説そのものとして面白いことはもちろんだが、伊坂幸太郎の作家としての姿勢や伝えようとすることの真っ当さに好感を抱く。
 大いに満足なり。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルの演奏したマーラーの交響曲第5番<ドイツ・グラモフォン>と、ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィルの演奏したラヴェルの『ラ・ヴァルス』<同>を続けて聴く。
 ちなみに、『ラ・ヴァルス』はアンコールのつもりである。

 15時半過ぎに外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第四巻と第五巻<岩波書店>を返却し、予約しておいた『西園寺公と政局』第六巻と第七巻<同>、並びに坪内祐三の『古本的』<毎日新聞社>を新たに借りる。
 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 一応青空は見えていたものの、けっこうどんよりとした感じもあり。

 気温は今日も下がり、厳しい寒さが続く。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにお気をつけ下さい。

 帰宅後、『西園寺公と政局』第六巻を読み始め、第一章の「近衛内閣の成立と盧溝橋事件」を読み終えた。
 ついに盧溝橋事件が勃発した。
 まさしく泥沼だ。

 『古本的』も読み始める。
 『古本的』は、『毎日グラフ・アミューズ』に連載された「古本情熱世界」と、『GIALLO』に連載されたミステリ関係の文章を一冊にまとめたものだ。
 坪内さんらしい、読みやすく、それでいて情報がしっかり詰まった文章で、なかなか面白い。
(ところで、シャープペンで丸印だのなんだのをつけている馬鹿がいる。やるなら自分の買った本でやれってんだ、このうすらとんかちめ!)

 ネットラジオで、ポール・グッドウィン指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックのコンサートのライヴ録音を聴く。
 ソプラノのヌリア・リアルとメゾ・ソプラノのソーニャ・プリーナを迎えた、オール・ヘンデル・プログラムで、特にリアルの清澄で美しい歌声を聴けたのが嬉しかった。
 大いに満足なり。

 続けて、同じくネット・ラジオで、ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団のコンサートのライヴ録音を途中から聴く。
 ショスタコーヴィチの交響曲第6番などが放送されていた。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第六巻を読み進め、第二章の「対華工作と事変の拡大」まで読み終えた。

 『古本的』も読み進める。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>と『暗黒日記』のつまみ再読もする。
 そういえば、今日の朝日新聞朝刊の天声人語に『暗黒日記』が引用されてたんだった。

 今日は、甘いものは食さず。

 夕方、大学院時代からの友だちより、個人創作誌『赤い猫』第3号の支援会員の振込みをすませた旨のメールが届く。
 やはり、持つべきものは友人である。
 多謝。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月15日

善悪なんて、見る角度次第(CLACLA日記)

 僕は、行動の是非を決断するまでに相当時間がかかる。
 まさしく優柔不断というやつだ。
 が、しかし、一度決断してしまうと、あとはなんの迷いもなく行動に移る。
 そして、後悔もしない。
 いや、反省はするけれど。
 実は、今日もそういうことが一つあった。
 ああ、すっきりした!


 昨夜、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>を読み進め、35まで読み終えた。
>善悪なんて、見る角度次第<
 とは、ある登場人物の言葉だ。

 『西園寺公と政局』第五巻<岩波書店>も読み進め、第六章の「軍部政党の対立と広田内閣総辞職」、第七章の「林内閣の成立より議会解散まで」を読み終えた。
 浜田国松と寺内寿一陸軍大臣によるいわゆる「腹切り問答」と広田内閣の総辞職、林内閣による衆議院解散(いわゆる「食い逃げ解散」)には、巷間語られがちな議会政治の擁護云々かんぬんといった言葉だけでは語り切れない部分があると痛感する。
 善悪なんて、見る角度次第…。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団他の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱つき」<TELDEC>を聴く。


 15時台に外出し、郵便局で個人創作誌『赤い猫』第3号の支援会員の方からの入金を確認し、西洞院高辻のクロネコヤマトで『赤い猫』第3号をメール便で送付する。

 その後、COCON烏丸の京都シネマで『赤い猫』第3号の確認をし(10冊ほどになっていた)、大垣書店四条店に寄り、京都芸術センターでいくつか用件を片づける。

 で、帰りがけ急に思い立って、市バスで西院まで行き、ジョーシン京都1ばん館で蛍光灯を購入する。

 それから、あおい書店に寄り、市バスで壬生寺道まで戻り、グルメシティなどで夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 青空のままかと思ったら、なんだかどんよりとした感じが強し。
 気温もぐっと下がり、寒さがとても厳しい一日になる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。
(ついに、コタツの電源を入れてしまった。まあ、いいか)

 ピアノのマルタ・アルゲリッチ、トランペットのセルゲイ・ナカリャコフ、アレクサンデル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア管弦楽団他の演奏した、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番<EMI>を聴く。
 これはやっぱり生で聴きたかったなあ。

 夕飯後、第八章の「解散後の情勢と林内閣の総辞職」を読み終え、『西園寺公と政局』第五巻を読了した。

 『モダンタイムス』を読み進め、44まで読み終えた。
 いやあ、心が動くなあ。
 その意味でも、非常に面白い。

 民主党、特に小沢一郎幹事長のやり口には、やっぱりなんだかなあと思ってしまう反面、羽毛田宮内庁長官の発言に便乗して、なんだかんだとはしゃぎまくる自民党の連中にも、やっぱりなんだかなあと思ってしまう。
 だいいち、天皇陛下を「政治的に利用」してきたのは、それこそ歴代の自民党政権ではないか?
 それと、羽毛田宮内庁長官が旧厚生省の出身で、どうやら年金問題にも少なからず関係していたらしいというあたりにも、やっぱりなんだかなあと思ってしまう。
 善悪なんて、見る角度次第?

 今日は、昨日のプリンの残りを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月14日

僕は僕自身の庭を耕していかなければ(CLACLA日記)

 今年も残すところ、あと二週間とちょっと。
 やるべきことをしっかりやっていかなければ。
 そして、ヴォルテールの『カンディード』(バーンスタインの『キャンディード』)の幕切れではないけれど、僕は僕自身の庭を耕していかなければ。


 『西園寺公と政局』第五巻<岩波書店>を読み進め、第四章の「「庶政一新」と粛軍工作」まで読み終えた。

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>も読み進め、20まで読み終えた。
 いやあ、面白い面白い。
 どんどん読み進めてしまうなあ。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>と清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 16時台に外出し、京都芸術センターへ。
 で、いくつか用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 少しどんよりとした感じもしてきたが、概ねいいお天気、いい青空だった。

 夕方以降の冷え込みが厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、個人創作誌『赤い猫』第3号の送付作業をすませる。
 本当は諸々の事情があって、二口大学さん、岡嶋秀昭さん、大熊ねこさん、筒井加寿子さんにも『赤い猫』第3号をお渡ししなければならないのだが…。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第五巻を読み進め、第五章の「防共協定締結前後の内外情勢」を読み終えた。
 ここで書かれていることが、どうしても他人事とは思えない。
 未だ、過去は過去ではない。

 『モダンタイムス』も読み進め、24まで読み終えた。
 『モダンタイムス』は、『魔王』の続篇にあたる作品だが、一個の完結した作品として読んでも面白い。
 けれどやはり『魔王』、だけではなくその他の伊坂幸太郎の作品を読んでいれば、なおのこと面白いとも思う。
(そうした点は田辺剛さんの一連の作品とも共通しているのではないか。昨夜観た『人魚』はもちろん一個の作品として優れたものではあるけれど、田辺さんのその他の作品に触れることでより思考や想像の幅が広がると思うので)

 余談だけれど、僕は、その人なりの確固とした世界観や歴史観を持った創作者の作品に惹かれる。

 湯浅卓雄の指揮した山田耕筰の序曲(ニュージーランド交響楽団)と交響曲『かちどきと平和』(アルスター管弦楽団)のCD<NAXOS>を聴く。

 今日の甘いものは、メグミルクの北海道のかぼちゃのカスタードプリン。
 近くのグルメシティで、3個一パック、税込み80円に値下げされていたもの。
 かぼちゃの風味のする甘さ控えめのプリンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 アメリカの経済学者、ポール・サミュエルソンが亡くなった。94歳。
 近代経済学を代表する人物で、ノーベル経済学賞の受賞者でもあった。
 深く、深く、深く黙祷。

 イタリアのベルルスコーニ首相が男に石膏模型を投げつけられて負傷したということを朝日新聞の夕刊で知り、ふと、安保改訂直後に岸信介が右翼に刺されたことを思い出した。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お芝居を観に行って、帰宅が遅れた(深夜のCLACLA)

 結局、いくら動物の解剖学大全を振りかざしてみたところで、美味い料理をつくることなんてできゃしないということだ。


 昨夜、あと数回で放送が終わってしまう角田龍平のオールナイトニッポンを聴きながら、午前4時ごろまで仕事や雑件を片づける。
 それにしても、角田龍平のオールナイトニッポンの終了は非常に残念だなあ。
 角田さんの根っこの部分での真っ当さが伝わってきたりもして、なかなか面白かったんだけど。

 どんよりとした感じは強かったが、午前のうちに毎週恒例の洗濯を決行する。
 本当は晴れ空がいいんだけど、まあ仕方ないや。

 ついでに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 『西園寺公と政局』第五巻<岩波書店>を読み進め、第二章の「有田外相の就任より特別議会まで」と第三章の「北支問題と二・二六事件公判」を読み終えた。
(京都市図書館のインターネットサービスで、第六巻と第七巻の予約をすませておく。これは、火曜日が休館というのを見越してのこと)

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>も読み進め、14まで読み終えた。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 15時台に外出し、近くの金券ショップ・トーカイで地下鉄の切符を購入し、四条通のスギ薬局でセールのトイレットペーパーを購入する。

 帰宅後、浴室とトイレの掃除をすませる。

 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏したロッシーニの序曲集<ドイツ・グラモフォン>のうち、『セビリャの理髪師』、『ラ・チェネレントラ(シンデレラ)』、『どろぼうかささぎ』の序曲を聴く。


 17時半過ぎに外出し、地下鉄で四条から松ヶ崎まで行き、歩いてアトリエ劇研へ。
 で、下鴨車窓♯6『人魚』(田辺剛さん脚本・演出、藤本隆志さん演出助手)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前終演後に、田辺剛さん、藤本隆志さん、音響操作の児玉菜摘さん、制作の上田千尋さん、出演者の豊島由香さん、森衣里さん、照明の魚森理恵さん、杉山準さん、広田ゆうみさん、山口浩章さん、辻井直幸君、西山真来さん、本保弘人さんと立ち話をしたりあいさつをしたりする。

 また、藤本さん、豊島さん、田辺さん、杉山さん、本保さんに個人創作誌『赤い猫』第3号を手渡したほか、アトリエ劇研に5冊ほど置いてもらう。
 多謝。

 終演後、本保さんと近くの吉野家に入り、食事をしながらしばらく話をする。


 日中もそうだったが、夜になって一層冷え込みが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、パスコのおき太君のみみパン(練乳)を食す。
 近くのフレスコで、半額引き、税込み54円になっていたもの。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨車窓♯6『人魚』

 田辺剛という作家が寓話性の強い作品の書き手であることは、彼が主宰する下鴨車窓(やその前のt3heater)の一連の公演を観てきた者には明らかだし、僕自身、田辺さん本人からそうしたスタイルを重視しているという趣旨の言葉を聴いたこともある。
 そして、今回の下鴨車窓♯6『人魚』(田辺剛さん脚本・演出、藤本隆志さん演出助手/アトリエ劇研)は、そのような寓話性という意味でも、非常に完成度の高い充実したテキストになっていたと思う。
 と、言うのも、捕えられた人魚(宮部純子さん)、捕えた漁師(平岡秀幸さん)とその娘(森衣里さん)、占い師(豊島由香さん)という僅か四人の人間関係の中に、現在の我々が直面している諸問題や、さらには普遍的な葛藤(コンフリクト)が凝縮されており、様々なイメージや思考が呼び起こされたからだ。
 むろん、下鴨車窓で上演された『旅行者』、『農夫』、『書庫』といった作品でも、そうしたイメージや思考の仕掛けはふんだんに施されていたが、若干むき出しというか、表現がストレートな分、その対象が狭められているように感じられたことも否定できない。
 それが、今回の『人魚』では、作品に一層多様性がもたらされ、観る側の想像力をより幅広く喚起させる内容となっていた。
(この社会の中で、個が「悪意」とどう対峙していくのかという問いかけは、この作品でも鮮明に表わされていたけれど)
 加えて、今回の『人魚』は、その舞台設定(僕は、ブリテンの歌劇『ピーター・グライムズ』を想起した)やストーリー展開、劇的効果の巧みさから、一個の物語としても、観応えのあるものに仕上がっていたように感じた。

 また、演者陣も、僕が観た回は日曜の夜ということもあって、少し粗さや抜けが目立ったが、概して作品の世界観に沿った演技を行っていたのではないだろうか。
 演者陣の要、人物造形という点では、平岡秀幸さんや豊島由香さんに当然何日もの長があるけれど、宮部純子さん、森衣里さんも十二分に健闘していたと思う。
 これはあて書きということも大きいはずだが、宮部純子さんは、彼女本人の持つ多面性、表面的ながさつさややたけたさ、鈍感さ、強さと、内面的な繊細さ、真摯さ、弱さ、コケティッシュさが、人魚という存在とよく合っていたように感じた。
(前回の『書庫』と比べて、台詞の持つ音楽性に関しても留意する努力がよく為されていたし)

 ただ、そうした個々の演技の力量や魅力、アンサンブルとしての成果を認めながらも、だからこそ、テキストの完成度と演者陣との間に小さからぬ距離を感じたことも、残念ながら事実である。
 それは、この店で一番材質がよく、一番幅も深さもあるお皿を用意したにもかかわらず、結局料理がもりこぼれてしまった、とでも喩えられるかもしれない。
 そこには、田辺さんの演出家としての力量と作家としての力量との現段階での差もあるだろうし、京都だけではなく、例えば東京や名古屋で公演を重ねていけば舞台が練れていくだろうことも想像に難くないが。
 が、しかし、田辺さんの作家としての技量が、現在の京都の小劇場界の枠を超えてしまっているということも、やはり指摘しておかなければなるまい。

 最後に、川上明子さんの舞台美術、魚森理恵さんの照明、小早川保隆さんの音響(児玉菜摘さんの音響操作)も、作品の再現という意味で適切で、好感が持てたということを付け加えておきたい。
posted by figarok492na at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

いやさかいやさか(CLACLA日記)

 『西園寺公と政局』を読み進めているのでなおさらだが、正論や大義名分が口にされるとき、その背景にはいったい何があるのかということに充分注意しておかなければなるまいと強く思う。
 少なくとも、何ゆえ今なのか? どうして今なのか? という問いだけは絶対に忘れてはなるまい。

 そのうち、君側の奸だとかなんだとか、なんの考えもなく口にする馬鹿が出てくるんじゃないか?
 いや、言葉は違えどすでに似たような言葉を口にする馬鹿は出ているか。


 『西園寺公と政局』第四巻<岩波書店>を読み進め、第七章の「陸相更迭と国体明徴運動」まで読み終えた。

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>も読み進め、8まで読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もする。


 14時過ぎに外出し、京都シネマで『ある官僚の死』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
(って、それほど詳しくなかったかも。本当は細かく語りたい部分がたくさんある作品なんだけど、それは観て愉しんでもらえたらなあ、と思うので)

 入場券を買ってから、個人創作誌『赤い猫』第3号を京都シネマの係の人に手渡すと、すぐに情報コーナーに置いてもらえた。
 ありがたいかぎり。

 上映開始まで少し時間があったので、Shin−biのギャラリーで中島佳秀の作品展を観る。

 上映終了後、今回のキューバ映画祭2009のプログラムディレクターの比嘉世津子さんのトークを聴いたのち、大丸へ。
 7階のガス展の抽選で、うどん(乾麺)もらう。

 その後、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 どんよりとした感じが強い一日。
 途中雨も降ったりする。

 夕飯後、第八章の「北支自治宣言と一木枢密院議長辞職問題」を読み終え、『西園寺公と政局』第四巻を読了した。

 続けて、『西園寺公と政局』第五巻<岩波書店>を読み始め、第一章の「二・二六事件と広田内閣の成立」を読み終えた。
 ついに、二・二六事件が起こってしまった。

 『モダンタイムス』を読み進め、10まで読み終えた。

 ほかに、『広田弘毅』のつまみ再読もする。

 今日は、山崎製パンのスマイルオーブン・ふんわりサンドはちみつを食す。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み75円だったもの。
 はちみつフィリングをサンドしたパンで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ある官僚の死

 京都シネマで、今日からキューバ映画祭2009が始まるということで、いろいろ思案した末、結局当初のチョイス通り、キューバを代表する映画監督、トーマス・グティエレス・アレアの1966年の作品、『ある官僚の死』(La Muerte de Un Brocrata)を観に行くことにした。

 『ある官僚の死』が、ついつい叔父の亡骸とともに棺の中に入れてしまった故人の労働証を、甥が年金取得のために取り戻そうとするが、墓地に戻れば剣もほろろの対応で、役所に行ったらたらい回し、と疲弊に疲弊を重ねるばかり、思い余ってついには…、という展開で、官僚主義の弊害をときにスラプスティックな笑いを交えつつ痛烈に批判した作品である。
 冒頭、ルイス・ブニュエルやイングマール・ベルイマン、黒澤明やオーソン・ウェルズ、ローレル&ハーディ、バスター・キートンらに敬意が表されているように、過去の先達たちの成果が巧みに取り込まれていて、映像的な実験という意味でも、また細部へのこだわりという意味でも非常に面白かったが、いくぶんテンポ感が緩いというか、あともうちょっとだけテンポよく運んでもらえれば、一層すとんすとんと腑に落ちるような気がしないでもなかった。
(例えば、多分にこの作品に影響を与えただろう、黒澤明の『生きる』の、特に前半部分のテンポのよさとどうしても比較してしまう)
 とはいえ、アレアの強い想いと意匠とがうまく結びついた作品であることも事実で、やはり映画好きなら観て損はないと思う。

 なお、上映終了後、今回のキューバ映画祭2009のプログラムディレクター、比嘉世津子さんのトークがあったが、その情熱的な話っぷりも含めて、なかなかの聴き(観)ものだった。
posted by figarok492na at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

雨の日、読書と創作に集中する(CLACLA日記)

 雨降りの一日。
 どんよりじめじめとして、あまり快ならず。
 同じ寒いのでも、やっぱりからっと晴れた日のすっきりとした寒さがいいなあ。

 お天気もあって、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。


 『西園寺公と政局』第四巻<岩波書店>を断続的に進め、第三章の「警視総監更迭よえいワシントン条約廃棄通告まで」、第四章の「予算案通過をめぐる政友会の動向」、第五章の「機関説の政治問題化と内閣審議会の成立」を読み終えた。
 大義を口にしつつ、その実自らの勢力拡大権力獲得に暗躍する連中の愚劣さ下劣さにうんざりしてしまう。
 それにしても、この時代と現代と、いったい何がどれほど変わったというのだろうか?

>正しい道を行く者は、正しいからというのでお互いに連絡をとっていないが、しかし非合理、いわゆる正しからざる道を行く者は非常に結束が固い。
 そのために、ややもすれば正しからざる者がかえって目的を達する場合がある<
(『西園寺公と政局』第四巻・第四章より、原田熊雄自身の言葉から)

 『ポテチ』を読み終え、伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』<新潮社>を読了した。
 ああ、面白かった!
 そして、心もしっかり動いた!

 『うまやかじ』の大まかなプロットについて考え直し、ノート書きしておく。

 夕飯後、伊坂幸太郎の『モダンタイムス』<講談社>を読み始め、5まで読み終えた。
 面白し面白し。

 『西園寺公と政局』第四巻を読み進め、第六章の「北支事件より永田少将の遭難まで」まで読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もする。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、三幸の海老せんを食す。
 海老の風味がしっかりきいた塩せんべいで、なかなか美味しうございました。
 近くのグルメシティで、税込み99円だったもの。
 ごちそうさま!

 世の中、茶番以下の猿芝居が横行している。
 度し難い。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月10日

胃腸の調子、芳しからず(CLACLA日記)

 昨夜、食べ過ぎたせいか、胃腸の調子があまり芳しからず。
 暴飲暴食には、本当に気をつけていかないと。


 伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』<新潮社>を読み進め、『サクリファイス』を読み終えた。
 伊坂作品ではおなじみの泥棒探偵黒澤が登場するが、伊坂幸太郎は「絶望とは虚妄だ、希望がそうであるように」という言葉のうち、より絶望の虚妄性を強調する作家のように思う。


 15時過ぎに外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第三巻<岩波書店>と『岸田國士全集』1<同>を返却し、予約しておいた『西園寺公と政局』第四巻と第五巻を新たに借りる。

 その後、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(下京図書館から京都芸術センターへの移動途中、烏丸通の小さな書店で週刊文春の小林信彦の連載エッセイを立ち読みする。今号では、先頃亡くなった森繁久彌翁に関して詳しく語られていたが、森繁翁が社長シリーズなどだけで語られることの偏りを実例をもって丁寧に指摘している点が小林さんらしい)


 どんよりとしたお天気の一日。
 夜になって、雨も降り出した。

 帰宅後、『西園寺公と政局』第四巻を読み始め、第一章の「岡田内閣の成立と軍縮問題の経過」を読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もする。

 夕飯前に、リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集<naïve>のうち、『フィガロの結婚』、『後宮からの逃走』、『劇場支配人』、『ドン・ジョヴァンニ』、『レ・プティ・リアン』、『バスティアンとバスティエンヌ』、『コジ・ファン・トゥッテ』、『魔法の笛』の序曲を聴く。
 そういえば、大阪センチュリー交響楽団は、アレッサンドリーニを招聘したらいいのになあ。
 まあ、小泉和裕沼尻竜典体制じゃ、まずもって無理か…。

 夕飯後、『西園寺公と政局』第四巻を読み進め、第二章の「在満機構改革と陸軍パンフレット」を読み終えた。
 なお、第二章に登場する、元内務官僚で民政党系のフィクサーとしても知られた伊沢多喜男の子息こそ、飯沢匡さんである。

 『フィッシュストーリー』も読み進め、表題作『フィッシュストーリー』を読み終えた。
 いやあ、伊坂幸太郎の作品は本当に面白いなあ。

 ほかに、『広田弘毅』のつまみ再読もする。

 今日の甘いものは、昨日の残りのケーキ。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 日米関係についてかまびすしく報じられているが、どうしても「なんだかなあ」という気持ちになってしまう。
 いわゆる大本営発表のころと、何が違っているのか?

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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二度、外出した(深夜のCLACLA)

 正午過ぎ、大切な用件があって外出する。

 帰りがけ、アトリエ劇研に寄って、杉山準さんから、伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』<新潮社>と『モダンタイムス』<講談社>を受け取る。
 旧知の板倉真弓さんから貸してもらったもので、直接会う機会がないこともあり、このような形になったのである。
 板倉さん、杉山さん、本当にありがとうございました。
(今日から公演の始まる、下鴨車窓の♯6『人魚』は、日曜日の晩に観に行く旨、すでに演出助手の藤本隆志さんに伝えてある)

 河原町に向かうバスの車中で、立命館大学の西洋史学専攻時代の恩師瀬原義生先生に遭遇し、先生が翻訳されたC・ヴェロニカ・ウェッジウッドの『オラニエ公ウィレム』<文理閣>などについて少しお話をうかがう。
 来年2月には、プリンツ・オイゲンに関する書籍の発行も予定されているそうで、ご活躍ご健筆何よりだ。

 で、河原町で用事を一つ片づけ、いったん帰宅する。

 『ゼンマイの戯れ』と『恋愛恐怖病』を読み終え、『岸田國士全集』1<岩波書店>を読了した。
 大いに満足する。
(余談だけど、附随されている月報の文章中にルノルマンの『落伍者の群』とあるのは、高校時代の放送部の発声訓練の中にあった、アンリ・ルネ・ルノルマンの『流浪者のむれ』のことだろう。そういえば、発声時、誰もがアンリ、ルネ、ルノルマンとしっかり区切って読んでいるのに違和感を覚えたものだ。だって、続けて早口みたいに読むから意味があるだろうから。それで、確かそのことを一度口にしたはずなのだけれど、そのあと、皆がどういう風に発声していたかは記憶にない)

 17時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 『フィッシュストーリー』を読み始め、デビュー第一短篇の『動物園のエンジン』を読み終えた。
 伊坂幸太郎らしい、あざやかではあるがあざとくない展開で、『ラッシュライフ』の河原崎(父)や『オーデュボンの祈り』の伊藤が登場するのも嬉しい(し、切ない)。

 ほかに、今日も服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィルの演奏した、ベートーヴェンの交響曲第7番<RCA>を聴く。

 19時過ぎに再び外出し、いろいろとあって帰宅が遅くなる。

 帰宅後、個人創作誌『赤い猫』第3号を送らせていただいた『上方芸能』誌編集部の広瀬依子さんからお葉書が届いていた。
 多謝。

 外出中にプリンを食し、帰宅後ケーキを食す。
 特にケーキは、甘さ控えめのあっさりとした味わいで、実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 西松建設がらみで二階前経済産業大臣の秘書が略式起訴されたというが、何を今さらだ。
 嗤うほかない。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月08日

タカギまで買い物に行った(CLACLA日記)

 太平洋戦争の開戦から、68年が経った。


 昨日に続いて、今日も寒さが厳しい一日となる。
 で、『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みに集中していたこともあり、結局今日は、17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 ただし、千本三条の業務用スーパー・タカギまで足を伸ばしたので、1時間近く外出していたことにはなる。
 いずれにしても、皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。


 昨夜は、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 『岸田國士全集』1<岩波書店>を読み進め、『麺麭屋文六の思案』と『葉桜』を読み終えた。
 『麺麭屋文六の思案』は、家庭的な問題をじぐじぐと描いているところに大彗星の出現で突然地球が滅亡するというSF的な展開の作品で、はっとさせられた。
 それにしても、岸田國士は本当に面白いなあ。

 『西園寺公と政局』第三巻<同>も読み進め、第八章の「陸相辞職問題と枢密院議長の更迭」を読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進め、なんとか最後まですませる。
 これで即完成というわけではないけれど、ひとまずほっとした。

 ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第7番<TELDEC>を聴く。

 夕飯後、第九章の「斎藤内閣総辞職と岡田大将奏請の経緯」を読み終え、『西園寺公と政局』第三巻を読了した。
 時局は、全く好転しない。
 軍部や平沼騏一郎らは飽きもせず策謀暗躍を続けているし。
(京都市図書館のインターネットで、第四巻と第五巻の予約をしておいた。自転車があれば、中央図書館まではすぐなんだけどなあ…)

 『岸田國士全集』1を読み進め、『ゼンマイの戯れ』の第三巻までを読み終えた。
 『ゼンマイの戯れ』は映画用のシナリオである。

 今日も、甘いものは食さず。
 その代わり、サンエスのシンプル&バリュー、つな揚げあられ・黒こしょう味を食す。
 タカギで、税込み63円だったもの。
 スパイシーな味わいのつな揚げあられで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月07日

寒さ厳しい一日(CLACLA日記)

 気温が急激に下がり、寒さの厳しい一日となった。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。


 午前8時台に、隣の部屋で水回りの修理か工事が始まり、ががががぎぎぎぎぎりごりぎ、とやたらにうるさい。

 正午過ぎに、先日のトラブルで迷惑をかけた方から電話がある。
 大禍なかったとのことで、まずは何よりだ。

 『岸田國士全集』1<岩波書店>を読み進め、『命を弄ぶ男ふたり』、『灯ともし頃』、『ぶらんこ』を読み終えた。
 岸田國士未だ死なず、の想いをさらに強める。

 『西園寺公と政局』第三巻<同>も読み進め、第六章の「内政会議より商相更迭まで」を読み終えた。
 現在の鳩山内閣に関する報道のあり様を考えるに、斎藤実内閣当時のそれとどれほどの違いがあるのかとついつい思ってしまう。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もした。

 お昼過ぎ、久しぶりに榎雪子さんから電話があり、2時間ほど話しをする。
 榎さんからは四人芝居の『バースデーケーキ』に関する詳しい感想を聴いて大いに納得し、こちらは三浦基さん演出による『追伸  A・アルトーによるテクストから』の話をしたりした。
(その際、京都芸術センターに芸術監督のポストができるとしたら、松田正隆さんや鈴江俊郎さんではなく、三浦基さんこそが適任ではないかとも話す。宗旨替えでもなんでもないことや、個人の好みか否かとは別の判断であるということも含めて、榎さんはよく理解してくれたようだ。ただこれは榎さんには話さなかったことだが、三浦さんが芸術センターの芸術監督になるのであれば、森山直人のような程度の低い人は容喙させてはならないとも思う)

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 17時台に外出し、個人創作誌『赤い猫』第3号を支援会員の方にメール便で送付し、四条通の金券ショップ・トーカイで年賀状を買い、ドラッグストアで綿棒を買ったあと、京都芸術センターへ行く。
 本当は今晩ワークショップを予定している遊劇体の大熊ねこさんとキタモトマサヤさんに『赤い猫』をお渡ししようと思ったのだが、残念ながら芸術センターに着くのが少し早かった。
 いろいろと都合もあったため、結局いくつか用件を片づけて、18時半少し前に芸術センターをあとにする。
 まあ、仕方がない。

 遅めの夕飯後、『岸田國士全集』1<岩波書店>を読み進め、『紙風船』を読み終えた。

 『西園寺公と政局』第三巻も読み進め、第七章の「倒閣運動と政友会の内情」を読み終えた。

 ほかに、『広田弘毅』のつまみ再読もした。

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月06日

髪を切って、すっきりした(CLACLA日記)

 髪が伸びてどうにもこうにもうっとうしい。
 仕事や雑件を片づけながら、ついつい髪に手をやってしまうほど。
 と、言うことで、思い立ったが吉日、今日髪を切りに行くことにした。

 で、15時台に外出し、まず近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから阪急で河原町まで出、いつもの錦小路のプラージュでささっと髪を切ってもらう。
 ああ、すっきりした!
 そういえばこのプラージュ、顔そりこみの料金が1575円に値下げになっていた。
 確かに安くなるのは嬉しいが、デフレスパイラル…。

 LoFtでノートを買ったのち、JEUGIA三条本店へ。
 JEUGIA四条店でクラシック音楽担当のアルバイトをしていたときに非常にお世話になった山本恭士さんからいろいろ話をうかがう。
 クラシックのCD販売をとりまく状況はあまり芳しいものとは言えないそうだが、それでもJEUGIA三条本店の3階でも様々なイベントを企画して、新しいお客さんの拡大につとめているとのことだ。
 次の日曜日、13日の15時からは、宇治出身で最近とみに注目されているギタリスト國松竜次のインストアイベントが行われるそうだし、毎週金曜日の19時から20時にかけては、Kyoto Composers Jazz Orchestraメンバーによるミニライヴも予定されているという。
 ほかに、毎月最終木曜日の19時からは、ジャズ・レーベルの澤野工房代表、澤野由明さんのトークセッションも企画されていて、実に興味深い。
 詳細については、JEUGIAのホームページでご確認いただくとして、ご興味ご関心がおありの方は、一度ぜひ!

 それと、JEUGIA三条本店では、昨日青山音楽記念館バロックザールでのピアノ・リサイタルを終えたばかりの、イリーナ・メジュエーワ一行と遭遇した。
 最近岸田國士を呼んでいるからかもしれないが、メジュエーワさんはあの頃の日本の女性を思わせる人だった。

 その後、ストアデポでノートを買い、寺町通の100円ショップ・ルプリュで個人創作誌『赤い猫』のためのルーズリーフ用ファイルを買い、minaのユニクロでくつ下を買い(6足で980円。デフレスパイラル…)、ライフカードのぴあステーションで来年1月21日の大阪フィルの定期のチケットを買い(1500円のD席のチケットが残っていたので。あまりいい席ではないが、そこはそれ、あとでなんとでも…)、トーカイで切符を買い、錦天満宮でご神水をいただき、阪急で戻る。


 昨夜は、角田龍平のオールナイトニッポンを聴きながら、午前4時ごろまで仕事を片づける。
(なんと、角田龍平のオールナイトニッポンは年内で終わってしまうとのこと…)

 それでも早めに起きていくつか雑件を片づけ、午前10時台には毎週恒例の洗濯をすませる。
 お昼過ぎ頃から少しどんよりとしてきたが、概して青空だったので、まあよしとしよう。

 ついでに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 『西園寺公と政局』第三巻<岩波書店>を読み進め、第三章の「外務次官の更迭より神兵隊事件まで」を読み終えた。
 ついに、日本は国際連盟を脱退してしまった。

 『岸田國士全集』1<同>も読み進め、『古い玩具』を読み終えた。
 『古い玩具』は、パリ滞在中に書かれた岸田國士最初の戯曲だけれど、文化論的な意味でも、人間関係の描写という意味でも、なかなか面白かった。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読もする。
(ただし、『西園寺公と政局』の中では、まだ広田外務大臣は誕生していない)

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 帰宅後、いろいろと雑件を片づけていて、夕飯が少し遅くなる。

 夕飯後、『西園寺公と政局』を読み進め、第四章の「五・一五事件公判と軍部の動向」を読み終えた。

 『岸田國士全集』1も読み進め、『チロルの秋』と『軌道(レール)』を読み終えた。
 黙劇である『軌道』には、映画(無声)の影響があるのではないか?

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 昨日から、肩こりがいつもに増してひどい。
 やれやれ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

リーディング公演を観て、帰宅が遅くなった(CLACLA日記)

 前回の記事で詳しく記されたけれど、京都芸術センターに行って演劇計画2009のリーディング公演『追伸  A・アルトーによるテクストから』(三浦基さん演出、宇野邦一さん翻訳・ドラマトゥルク)を観ることになり、結局帰宅が遅くなった。
 まあ、たまにはこういうこともある。
 前回の記事で詳しく記されたけれど、京都芸術センターに行って演劇計画2009のリ

 午前中、どんよりとしたお天気だったので、毎週恒例の洗濯は明日以降に延期する。
 が、お昼過ぎにはいいお天気、いい青空に変わり、今日決行すればよかったかと少し悔やむ。
 まあ、仕方ない。

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。


 14時台に外出し、下京図書館へ。
 『西園寺公と政局』第二巻<岩波書店>と『岸田國士全集』4<同>を返却し、予約しておいた『西園寺公と政局』第三巻<同>と『岸田國士全集』1<同>を借りる。

 ストアデポで個人創作誌『赤い猫』第3号関係の買い物をすませ、京都芸術センターに行き、いくつか用件を片づけ、上述したとおり、『追伸  A・アルトーによるテクストから』を観た。

 開演前終演後に丸井重樹さん、田嶋結菜さん、新田あけみさんとあいさつをしたり話をしたほか、別件で芸術センターに来ていた杉山準さんとも少し話をする。

 で、終演後、大垣書店四条店で調べものをし、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 今日は、ダイエーのおいしくたべたい・エクレアを2個食す。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み49円になっていたもの。
(遅めの夕飯の量があまり多くなかったこともあり、2個食すことにしたのである。1個の値段がけっこう安かったしね)
 あっさりとした甘さのエクレアで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 昨日も記したけれど、髪が伸びて本当にうっとうしい。
 明日、切りに行こうかな?

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

追伸  A・アルトーによるテクストから

 用事があって京都芸術センターまで足を運んだところ、入口のところに受付が出ていて、今日と明日、アントナン・アルトーのテクストによる三浦基さん演出のリーディング公演『追伸  A・アルトーよるテクストから』があることを思い出す。
 全く予定がないわけでもなかったので、しばらくどうしようかと迷ったが、丸井重樹さんに少し話を聴いて、せっかくだからと観ておくことにした。
 三浦基さんの演出に関してはもちろんだけど、前々からアルトーという人物に興味があったし、三浦さんと翻訳・ドラマトゥルクの宇野邦一さんのポスト・パフォーマンス・トークも気になったのだ。

 で、今回の公演は二部構成で(と、言っても第一部と第二部は続けて上演される)で、第一部ではアルトーの手紙が、第二部ではラジオ放送用に書かれた『神の裁きと決別する』(を中心としたテクスト)がとり上げられていた。

 まず、アルトーのテクストは確かにわかりやすいものとは言い難いが、宇野さんの翻訳と選択もあって、その本質というか、筋道は明確に示されていたように思う。
 ただし、観聴きする側が能動的にテクストと向かい合う必要性があるという意味で、極めて緊張を強いる内容であったことも事実である。
(言い換えれば、受け身で公演に接していると、テクストが頭を素通りしていく危険性が非常に強いということだ)
 加えて、宇野さんの翻訳や構成から察することのできるアルトー自身の切実さや切迫感と、実際に舞台上で行われていることやものとの間に、三浦さんが意図した以上の距離を感じ、ときにもどかしさを覚えたことも否めない。

 しかしながら一方で、三浦さんがアルトーのテクスト(宇野さんを通した)とどのように対峙したかを識ることができたのはやはり興味深かったし、安部聡子さんをはじめとした地点メンバーの技術的な水準を確認することができたのも小さからぬ収穫だった。
 また、ポスト・パフォーマンス・トークでは、三浦さんの思考や志向、嗜好の一端が明らかにされていて、これも個人的には面白かった。

 正直に言って心が強く動くということはなかったが(三浦さん自身、そうしたことに主眼を置いているのではないだろうし。それに、あくまでも今回の公演は本公演に向けてのワークインプログレスだ)、はっとさせられる瞬間がいくつかあり、少なくとも、なんらかの形で演劇と関わり合いを持っている人間にとっては、観て損のない公演だと思う。
posted by figarok492na at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

髪が伸びて本当にうっとうしい(CLACLA日記)

 髪が伸びて、本当にうっとうしい。
 若い頃に比べて髪の量は相当減ってしまったが、それでも伸びればやっぱりうっとうしい。
 早く切りに行きたいのだけれど、この寒さがなあ。


 『ここに弟あり』を読み終え、『岸田國士全集』4<岩波書店>を読了した。

 『西園寺公と政局』第二巻<同>も読み終えた。

 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」<ARTE NOVA>を聴く。


 正午過ぎに外出し、近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから、阪急で梅田へ。
 ザ・フェニックスホールで、フォーレ4重奏団のコンサートを聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 繰り返しになるけれど、このコンサートは足を運んで本当に大正解だった。
(コンサート記録にはあえて記さなかったが、自分が個人創作誌『赤い猫』の支援会員を募ることや、身近なお芝居のチケット代についてどうしても考えてしまう。彼女彼らと我の大きな差…)

 行き帰り、曽根崎警察署近くの旭屋書店の前を通りながら、先月女の子を出産した親しい友だちのことを思い出す。
 時の流れは、速い。

 特急で烏丸まで戻り、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(京都芸術センターの『赤い猫』第3号は、8冊はけていた)


 青空は見えつつも、時折小雨がぱらつくなど、概してどんよりとしたお天気の一日。
 気温も低めで、寒さが厳しい。

 夕飯後、粟屋憲太郎の『昭和の歴史6 昭和の政党』<小学館ライブラリー>のつまみ再読をする。
(『西園寺公と政局』やこの本はもちろんのこと、僕がブレヒトや飯沢匡さん、岸田國士を読むのも、僕の危機意識の表われだと思ってもらってかまわない)

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日は、フォーレ4重奏団のコンサートの休憩中に、オレンジジュースといっしょにモロゾフの「ガトー オ マロン」を食す。
 マロンとアーモンドの風味の豊かな貝殻型のお菓子で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大当たりだったフォーレ4重奏団のティータイムコンサート

 ☆ザ・フェニックスホール ティータイムコンサート74

  演奏:フォーレ4重奏団
  座席:2階AA列12番


 ぶらりひょうたん的な生き方をしている人間には、ぶらりひょうたん的な生き方をしている人間なりの葛藤というものがあって、その最たるものが、年がら年中一日たりとて休むことなく何かを考え続けているということである。
 むろん、考え続けている何かが世のため人のため、どころか自分自身のためにも有意義なものであるかはいたって疑わしいし、ぶらりひょうたん的な生き方を自ら選んだのだもの、我が命尽きるそのときまで何かを考え続けていければ本望だとは思うけれど。
 それに、かっちり定時で仕事をしている方たちと比べてぶらりひょうたん的な生き方をしている人間は、表面的には時間の融通がたっぷりときく。
 特に、平日のお昼過ぎに、人生の春を謳歌する若者たち(これは思ったほどいなかった)や、人生の秋、ではない人生の新たな春を迎えた先達たちに交じって上質な音楽を愉しむことができるのは、ぶらりひょうたん的な生き方をしている人間なればこそだろう。

 で、ドイツ・グラモフォンへのCD録音でも評判の高い、ドイツ出身の若手ピアノ・カルテット、フォーレ4重奏団が、金曜14時開演のザ・フェニックスホールのティータイムコンサートに出演するというので迷わず聴きに行ってきたが、これは当たりも当たり大当たり、足を運んで大正解のコンサートだった。

 まず、ティータイムコンサートだからといって、よくありがちな細切れ名曲プログラムを組むのではなく、マーラーのピアノ4重奏曲断章イ短調、メンデルスゾーンのピアノ4重奏曲第2番ヘ短調、そしてブラームスのピアノ4重奏曲第1番ト短調という至極真っ当で聴き応え充分なプログラミングが嬉しい。

 一曲目のマーラーは、彼がウィーン音楽院在学中、16歳のときに作曲した作品だと公演パンフレットにはあるが、ロマン派の影響が濃厚な、それでいて音型などにのちのマーラーらしさを感じる音楽となっている。
 フォーレ4重奏団は表現のふり幅の大きい演奏で、作品の持つ劇的な性格を巧みに表していたのではないか。
 特に、ラスト近くのヴァイオリン・ソロのあたりには、強く惹きつけられた。

 続く、二曲目のメンデルスゾーンのピアノ4重奏曲第2番も、作曲者の10代半ばに作曲されたものだというが、擬古典的というか、古典派の作曲家たちの強い影響を感じる音楽である。
 この曲では、フォーレ4重奏団は、いわゆるピリオド奏法を意識したレガートやヴィヴラートを抑制したクリアで歯切れのよい演奏を行うとともに、音楽の遊び、というか、作品の持つディヴェルティメント的な性格をよく再現していたように感じた。
 また、ピアノのデュルク・モメルツをはじめとしたアンサンブルのインティメートな雰囲気にも好感が持てた。

 休憩を挟んだ三曲目、お目当てのブラームスのピアノ4重奏曲第1番であるが、これも非常に魅力にあふれた演奏。
 第一に、フォーレ4重奏団のテキストの読み込みの深さ、鋭さを挙げておかねばなるまい。
 例えば、第2楽章の中間部を軽い感じで流したり、逆に第3楽章の行進曲調の部分では、それを強調してみたり。
 そしてなんと言っても圧倒的だったのが、終楽章。
 ジプシー風ロンドという言葉を十二分に意識した激しさと歌いぶり、さらにはパトリス・ルコント監督の『仕立て屋の恋』で有名になった哀感たっぷりのメロディを登場するごとに歌い分けるなど、驚嘆させられた。
 と、言っても、フォーレ4重奏団が頭でっかちがちがちごちごちの団体などではないことは、言わずもがなのこと。
 劇的な部分は劇的に、優しく甘やかな部分は優しく甘やかに、結果、僕の心を躍らし僕の心を動かす演奏となっていた。
 大満足。

 満場の拍手に応えて、アンコールはシューマンとフーベルトの『フリー・タンゴ』の二曲。
 前者ではフォーレ4重奏団のアンサンブルの親密さが、後者ではのりのよさが発揮されていたと思う。

 いずれにしても、これにお菓子と飲み物がついて3500円(学生券なら1000円)とは安過ぎる。
 やっぱり、ぶらりひょうたん的な生き方も悪くない!
posted by figarok492na at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

体調快復(CLACLA日記)

 昨夜、早く寝床に入ったのがよかったのか、喉の腫れぼったい感じと身体の重だるい感じがとれた。
 まずは、ほっとする。
 ただし、油断は禁物。
 と、言うことで、今日は雨降りでじめ寒い一日だったこともあり、15時台に郵便局へ出かけたのと、17時台に夕飯用の買い物に出かけたの以外は、部屋で過ごす。
 なにせ、明日はフォーレ4重奏団のコンサートですからね。


 『岸田國士全集』4を読み進め、『ママ先生とその夫』を読み終えた。

 『西園寺公と政局』第二巻も読み進め、第七章の「宮中某重大事件よりリットン報告書の発表」までを読み終えた。
(第二巻も第八章を残すだけとなったため、京都市図書館のインターネットサービスで、第三巻を予約しておく)

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 瓢箪から駒、ではないけれど、先日アップした妄想映画『うまや火事』(落語『厩火事』による)を利用した、『うまやかじ』という戯作の下書きとノート書きを始める。
 前進座などでの上演をあてこんだ狂言で、前口上の粗書きを終え、本当に大まかなプロットを組み立てたところ。

 ドーマスの演奏した、ブラームスのピアノ4重奏曲第1番<Virgin>を聴く。
 明日のコンサートの予習である。
(この曲の第4楽章を聴くと、どうしてもパトリス・ルコント監督の『仕立て屋の恋』を思い出してしまうなあ)

 夕飯後、『岸田國士全集』4を読み進め、『昨今横浜異聞』を読み終えた。

 『西園寺公と政局』も読み進め、第八章の「政友会の動向と熱河問題の勃発」を途中まで読み終えた。

 ほかに、粟屋憲太郎の『昭和の歴史6 昭和の政党』<小学館ライブラリー>のつまみ再読もする。

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日の甘いものは、三黒製菓の牛乳鈴カステラ。
 近くのグルメシティで、税込み98円だったもの。
 小ぶりの食べやすい鈴カステラで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 髪が伸びてうっとうしい。
 できるだけ早く切りに行きたい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

なんだか喉が腫れぼったい(CLACLA日記)

 昨夜、寝冷えしてしまったのか、なんだか喉が腫れぼったい。
 と、言うことで、せっかくのいいお天気、いい青空、加えて穏やかな感じだったが、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。
 明後日のお昼には、大阪までフォーレ4重奏団のコンサートを聴きに行かなくちゃいけないしね。

 それにしても、夕方の外出時に観た満月の美しいこと。
 大いに満足なり。


 昨夜も午前3時ごろまで、爆笑問題カーボーイを聴きながら仕事や雑件を片づける。
(「だから寝冷えなんかするんだよ!」、と呼ぶ声あり。はい…)

 『岸田國士全集』4<岩波書店>を読み進め、『犬は鎖に繋ぐべからず』を読み終えた。
 ありきたりの言葉だが、戯曲もまた世相の反映だと痛感する。

 『西園寺公と政局』第二巻<岩波書店>も読み進め、第五章の「上海事変の勃発より停戦協定調印まで」を読み終えた。
 こうやって読み進めれば読み進めるほど、刊行に深く関わった丸山真男が戦前日本の天皇制・権力システムを「無責任の体系」と断じたくなった気持ちがよくわかる。
 それと、その思想信条は置くとして、元老西園寺公望の意向を受けつつ右へ左へ政界の周旋に動く原田熊雄の交際関係の広さには、シンパシーを覚える。

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 夕飯後、『岸田國士全集』4を読み進め、『頼母しき求縁』と『桔梗の別れ』を読み終えた。

 『西園寺公と政局』第二巻も読み進め、第六章の「五・一五事件と斎藤内閣の成立」の途中まで読み終えた。

 ほかに、粟屋憲太郎の『昭和の歴史6 昭和の政党』<小学館ライブラリー>のつまみ再読もする。
 これは、『西園寺公と政局』を補完する目的で。

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日は、あわしま堂の酒饅頭(小豆粒あん)を食す。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み40円だったもの。
 粒あんがたっぷり入ったオーソドックスな酒饅頭で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 日本画家の平山郁夫が亡くなった。79歳。
 深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年12月01日

今日から師走(CLACLA日記)

 今日から師走。
 2009年も残すところ一ヶ月を切った。
 時の流れの速さに驚いている暇なんてないわけで、一日一日を本当に大切にしていかなければと強く思う。


 伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら、午前3時ごろまで仕事や雑件を片づける。

 それでも、8時台には起きて、近くの整形外科へ。
 二ヶ月前の血液検査の結果を聴き(好転していて、ほっとする)、処方箋をもらってから四条通のスギ薬局まで行って、薬を受け取り帰宅する。

 『岸田國士全集』4<岩波書店>を読み進め、『長閑なる反目』と『是名優哉』(入れ子細工が施された作品)を読み終えた。
 いずれも、「世の中ままならぬもの」という言葉が口をついて出そうになる内容だ。

 『西園寺公と政局』第二巻<同>も読み進め、第三章の「協力内閣運動と若槻内閣総辞職」を読み終えた。
 協力内閣運動とは、安達謙蔵内務大臣が内閣の強化のために政友会との連立を画策した運動で、結局それが入れられず安達は硬化、結果内閣不一致で第二次若槻内閣は総辞職に追い込まれてしまう。
 いずれにしても、日中関係はこのあとますます泥沼化していく。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 『Kiss for Two(二人でキスを)』の筆入れとPCへの打ち込みを始める。

 12月になったということで、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団他の演奏したベートーヴェンの交響曲第9番「合唱つき」<ARTE NOVA>を聴く。
 やっぱり12月になったって気がするなあ、第九を聴くと。

 16時台に再び外出し、京都芸術センターや烏丸三条店と四条店の両大垣書店で用件を片づけたほか、文椿ビルヂングのneutron kyoto galleryで武内咲子の絵画展『入口は出口』を観た。

 いいお天気、いい青空の一日。
 夕方、外出時に観た月がとても美しかった。

 日中は穏やかな感じ。
 ただし、夕方以降はぐっと冷え込む。

 夕飯後、『岸田國士全集』4を読み進め、『取引にあらず』を読み終えた。
 青年が煙草のかたに尺八を煙草屋に預けたところ、あとからやって来た老紳士がそれを高値で買いたいと申し出る、欲にかられた煙草屋の親父は戻って来た青年から尺八を買う、ところがどっこい青年と老紳士はぐるで…。
 それだけ聴けば、なんだただの詐欺の話か、ということになるが、そこになんとも言えない「おかかなしい」気分がつきまとうのが岸田國士らしい。

 『西園寺公と政局』第二巻も読み進め、第四章の「犬養内閣の成立と桜田門事件」を読み終えた。

 『Kiss for Two』の筆入れとPCへの打ち込みを進める。

 今日は、甘いものは食さず。

 衆議院本会議で原爆症救済法案が可決され、成立した。
 が、はっきり言って、遅すぎるの一語。
 こうした法律が成立するまでに、何ゆえこれだけの時間がかかってしまったのか?

 そういえば、大仁田厚が長崎県知事選に立候補するらしい。
 厚顔無恥の極み、恥知らずもよいところだ。
 長崎県民の賢慮を信じたい。

 自分が都合のよいときばかり相手を利用しようとする態度ほど忌むべきものはない。
 新聞を読みながら、ふとそんなことを思う。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月のエンタメ情報

 2009年も、とうとう今日から12月。
 今年も残すところ一ヶ月を切ってしまったが、今さらじたばたしたって仕方がない。
 どーんと構えて一年をしめましょう!

 と、言うことで、毎月一日恒例のエンタメ情報。
 まずは、演劇お芝居の類いから。
 ここでは、9〜14日の下鴨車窓♯6『人魚』(田辺剛さん脚本・演出/アトリエ劇研)が当選確実。
 田辺さんのテキストはもちろんのこと、平岡秀幸さん、豊島由香さん、宮部純子さん、森衣里さんの四人によるアンサンブルも興味深く、これはやっぱり観ておかないと。
 19、20日両日のびわ湖ホール青少年オペラ劇場『森は生きている』(林光さん作曲、中村敬一演出、林さん指揮いずみシンフォニエッタ大阪他/滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホール)もぜひ観に行きたい。
 林さん自身の指揮による室内オーケストラの伴奏で『森は生きている』を観聴きできるというんだから、外しちゃだめでしょう。
 ほかに、22〜24日の燐光群『ハシムラ東郷』(坂手洋二作・演出/AI・HALL)も気になるところ。
 経済的事情さえクリアできれば。

 続いて、コンサートでは当選確実が二つ。
 4日のフォーレ4重奏団(ザ・フェニックスホール)はすでにチケットを購入ずみ。
 なんと言っても、ブラームスのピアノ4重奏曲第1番を生で聴けるってだけで嬉しい。
 フォーレ4重奏団の演奏も、実に愉しみだ。
 一方、18日の齊藤一郎指揮京都市交響楽団他による第九コンサート(京都コンサートホール大ホール)は、京都民報系のポータブルサイトで招待券を手に入れたもの。
 「ただただ」ありがたい。

 映画は、京都シネマで上映の作品ばかり。
 現在上映中の『母なる証明』はすでに記した作品だから、ここではパス。
 てか、「早く観に行けよ!」、と呼ぶ声あり。
 何がなんでも観ておきたいのは、キューバ映画祭2009in京都シネマのうちの一本、『ある官僚の死』だ。
 なぜなら、これは、映画好きにはこたえられない作品になってそうだから。
 加えて、12日から上映予定の『台湾人生』、19日から上映予定の『戦場でワルツを』も気になるなあ。
 観ておきたいなあ。

 いずれにしても、いいものをたっぷり観、いいものをたっぷり聴いて、新しい年を迎えたいものである。
 なんとかしていかなきゃね。
posted by figarok492na at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする