2009年11月30日

橘市郎先生からお葉書をいただいた(CLACLA日記)

 今日で11月も終わり。
 2009年も、残すところあと一ヶ月ということになる。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 個人創作誌『赤い猫』第3号をお送りした、京都造形芸術大学舞台芸術研究センターの橘市郎先生からお葉書をいただいた。
 本当にありがとうございます。
(橘先生には、京都芸術劇場の開館直前に、一度インタビューをさせていただいたことがあるのである。適うことならば、再び橘先生のお話をいろいろとうかがいたいものだ)


 11月の創作活動に関して総括を行う。
 11月は、『赤い猫』第3号を発行させたほか、『不在証明』の第一稿を完成させることができたが、まだまだ努力が足りないとも思う。
 研鑚あるのみだ。

 『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読をする。


 15時台に外出し、下京図書館へ。
 『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>と『西園寺公と政局』第一巻<岩波書店>を返却し、予約しておいた『西園寺公と政局』第二巻<岩波書店>と『岸田國士全集』4<同>を新たに借りる。

 その後、大垣書店四条店で調べものをし、京都芸術センターで用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(京都芸術センターの情報コーナーには、すでに『赤い猫』第3号が置かれていて、1冊だけはけていた。一番下の段なので、見つけにくいかもしれない…)


 どんよりとした感じはありつつも、一応青空の一日。

 日中はそこそこ穏やだったが、夕方以降の冷え込みは厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 帰宅後、『岸田國士全集』4を読み始め、『牛山ホテル』の第二場まで読み終えた。

 『西園寺公と政局』第二巻も読み始め、第一章の「軍縮問題と陸軍の動向」を読み終えた。
 三月事件(陸軍の若手将校が右翼らと結びつき、宇垣一成朝鮮総督を担ごうとしたクーデター計画)が発生するなど、実にきな臭い状況となっている。

 夕飯後、『岸田國士全集』4を読み進め、『牛山ホテル』を読み終えた。
 『牛山ホテル』は、仏領インドシナのある港にある日本人経営のホテルを舞台にした五場の作品で、植民地のけだるい雰囲気の中、先行きのはっきりとしない出口の見えにくい人間関係が描かれている。
 フランスの映画の影響が感じられる点や、方言が効果的に使われている点も興味深い。

 余談だけれど、岸田國士を読み終えたあとは、久保田万太郎や岩田豊雄、秋田雨雀、村山知義、三好十郎、真船豊(『中橋公館』など)らの作品を読んでいければと思う。

 『西園寺公と政局』第二巻を読み進め、第二章の「満洲事変の勃発より十月事件まで」を読み終えた。
 ついに満洲事変が勃発してしまった…。
 それにしても、陸軍上層部(南次郎陸軍大臣ら)の無責任ぶりや若手将校の無軌道ぶりには呆れかえる。

 今日も、日清シスコのひとくちビスケット・ほんのり塩味を食す。
 昨日の残りなり。
 ごちそうさま!

 肝炎対策基本法案や返済猶予法案などが参議院本会議で可決され、成立した。

 日本共産党のビラを配布していた僧侶の有罪が、最高裁によって確定された。
 この問題に関しては、いろいろと考えるところがある。
 例えば、これが別の政党や団体のものであったら、果たして同様の判決が下ったろうかなどと。

 映画監督の斎藤耕一が亡くなった。80歳。
 代表作は、『約束』や『津軽じょんがら節』ということになるか。
 深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『うまや火事』(妄想映画館)

『うまや火事』

 1956年・東宝、千葉泰樹監督


 『うまや火事』は、その名の通り、落語の『厩火事』を下敷きに、前年の『夫婦善哉』で絶賛を博した森繁久彌淡島千景コンビを再起用して撮影された作品である。

 *あらすじ
 髪結いのおさき(淡島千景)は、亭主の伊三郎(森繁久彌)と喧嘩の毎日。
 およね(沢村貞子)の代わりに伊勢屋の娘(中北千枝子)の髪を結いに行ったところが、帰りが遅いと怒鳴られ、今日も今日とて大喧嘩。
 腹が立つやら悔しいやら、思い余って仲人の源兵衛(小堀誠)を訪ねるが、源兵衛が伊三郎の悪口を言うと、おさきは大いに怒り出す。
 なんのことはない、おさきは伊三郎のことを好きで好きでたまらないのだ。
 そんなおさきの想いを察した源兵衛は、孔子と麹町の旗本松平玄蕃の二つの逸話をおさきにし、伊三郎の気持ちを試してみるのが一番だとおさきをそそのかす…。

 *みどころ
 なんと言っても、森繁久彌と淡島千景の丁々発止のやりとりが作品のきもだが、二つの劇中劇で、森繁久彌が孔子と松平玄蕃の二人を演じ分けるあたりもみどころだ。
(孔子の厩火事の場面では、山茶花究や田中春男、三木のり平、沢村いき雄、谷晃といった連中がここぞとばかり悪乗りをやっている)
 また、満洲訪問時に森繁久彌を高く評価した古今亭志ん生が前口上を務めているのも貴重だろう。


 ☆3・5
posted by figarok492na at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

研鑚あるのみ(CLACLA日記)

 いかなるジャンルであれ、自分自身の創作したものを表わすということは、たとえ自分自身が納得するところであろうがなかろうが、様々な批判や非難にさらされる可能性を持っている。
 批判や非難を恐れるのであれば、はなから表に出さなければいい。
 まして、他人のことや他人のものをああだこうだと好き勝手に難癖つけてはばからないような人間だもの、批判や非難を受けるのは当然、言われてなんぼと心得なければなるまい。
(ただし、批判や非難に反論することはあるかもしれないが)
 とはいえ、こちらも血の通った生身の人間だから、自分自身のものしたものを誉められればやっぱり嬉しい。
 だから、今日、お送りしておいた個人創作誌『赤い猫』第3号掲載の拙作『これから』を、小暮宣雄さんが面白いと書かれているのを読んだときは、ほっとするとともに、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
 小暮さん、本当にありがとうございます。

 むろん、もっともっと研鑚を積まなければならないことも当たり前の事実。
 と、言うことで、2002年に一度書き終えた、『Kiss for Two』(二人でキスを)という一幕物の二人芝居をワープロから打ち出して、筆入れを始める。
 1950年代前半のアメリカが舞台の、スクリューボール・コメディ(のつもり)だ。


 午前10時台に、近くのスギ薬局まで行って、セールのお米を買う。

 『西園寺公と政局』第一巻<岩波書店>を読了した。
 軍部と結びついて濱口内閣倒閣を企てる、政友会や枢密院(平沼騏一郎ら)の暗躍策謀が克明に綴られていて、実に興味深い。
 また、酒席における岡田啓介海軍大将(のちに首相)に対する濱口内閣の閣僚の面々の冷淡ぶりを、吉田茂(当時外務次官)が人情味に欠けると批判している点など、個々の人柄をよく表わすエピソードが数多く記されていて、これまた実に興味深い。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もする。
 真実はかく佯るの『「枢」「密」「院」』は、まさしくロンドン海軍条約時の枢密院の策謀ぶりを皮肉ったものだろう。

 寒さが厳しい上に、どんよりとしたお天気だったこともあって、今日は18時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。

 夕飯後、飯沢匡さんの『夜の笑い』と『続・夜の笑い』の影響もあって、短篇小説の劇化(脚本化)を思いつく。
 著作権の関係もあって公にはできないが、自分自身の文章執筆の訓練にはなるはずなので。
 本当はチェーホフあたりがぴったりなのだけれど、これはすでに二ール・サイモンが『名医先生』で見事な手腕を発揮しているのでパス。
 自分の好みもあって、山本周五郎の『女は同じ物語』(『ひとごろし』<新潮文庫>所収)や佐藤亜紀の『フリードリヒ・Sのドナウへの旅』(『激しく、速やかな死』<文藝春秋>所収)などどうかと考えている。

 坪内祐三の『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』<新潮文庫>のつまみ再読をする。

>子供にむかって、お子さまランチではなく、いきなり、ただのランチを食べさせることもまた、一つの見識<
(『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』で引用されている、花田清輝の言葉)

 今日は日清シスコのひとくちビスケット・ほんのり塩味を食す。
 近くの100円ショップ・ダイソーで購入したもの。
 「ほんのり塩味」のきいた甘さ控えめの小ぶりなビスケットで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月28日

反省しきり(CLACLA日記)

 明け方近くまでかかって、たまった仕事を片づける。

 それでも、午前のうちに毎週恒例の洗濯をすませる。
 ついでに、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除もすませる。

 14時台には、浴室とトイレの掃除もすませる。

 『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>を読み進め、『続・夜の笑い』の第二部「鍋の中」を読み終えた。
 「鍋の中」は、村田喜代子の同名小説を劇化したものである。
 なお、飯沢さんが作品メモランダムで、「後に、黒沢明氏が八月の何とかいう映画にして」云々と記しているとおり、村田喜代子の『鍋の中』は黒澤明監督の『八月の狂詩曲』の原作にあたる。
(ただし、『八月の狂詩曲』では大きな変更が加えられているようだ。また、『八月の狂詩曲』での村瀬幸子の起用は、飯沢さんの「鍋の中」に村瀬さんが出演したことによるものと思われる)

 『西園寺公と政局』第一巻<岩波書店>も読み進め、第六章の「枢密院会議より無条件批准奏請まで」を読み終えた。
 旧字旧かなの書物だが、内容が面白いため、全く気にならない。


 15時過ぎに外出し、まずは京都芸術センターへ。
 個人創作誌『赤い猫』第3号を情報コーナーに置いてもらうよう依頼する。

 その後、歩いて河原町まで出、仕事関係の用件や買い物をすませ、BALのジュンク堂で調べものをする。

 河原町からの帰りがけ、烏丸蛸薬師の交差点で徐行中の自動車に傘をぶつける。
 で、相手の男性に謝罪せず、口論となってしまったため、結果警察の人を煩わせることとなってしまった。
 全くもって大人げない。
 反省しきりである。

 それから、京都芸術センターで別の用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『限りなく透明に近い男』を読み終えて、『飯沢匡喜劇全集』6を読了した。
 さあ、岸田國士だ!
(昨日、岩波書店の『岸田国士全集』の第一巻を予約しようと思ったら、なんと第三巻まで貸出中…。仕方がないので、第四巻から先に予約をする)

 『西園寺公と政局』を読み進め、第七章の「枢密院情勢の急転より条約批准まで」を読み終えた。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

『西園寺公と政局』を読み始めた(CLACLA日記)

 読みたい本は山ほどあるが、経済的な状況を考えれば、そうそう本ばかり買っているわけにもいかない。
 特に、高額の専門書となればなおさらそうだ。
 で、そういう人間にとって、図書館の存在は実にありがたい。
 中でも、ネットで検索した他館の書籍を予約しておいて、自分の身近な図書館で受け取ることができるというシステムは、すこぶるありがたい。
 飯沢匡さんの喜劇全集や佐藤亜紀の一連の著書を読み進めることができたのも、ひとえにこのシステムのおかげである。
 そして、今日下京図書館で受け取ったのが、『西園寺公と政局』<岩波書店>の第一巻だ。
 『西園寺公と政局』は、最後の元老西園寺公望の私設秘書的な役割を務めていた原田熊雄が、昭和3年から15年にいたる時期の諸々の事象を近衛泰子(指揮者近衛秀麿の夫人)に口述した内容を、作家の里見トン(文字化けするため。彼の実兄有島生馬の妻信子は、原田熊雄の妹)が校正し直したもので、戦前日本の軍国主義化について研究する上で貴重な資料となっている。
(なお、岩波書店からの刊行に際しては、丸山真男もその作業に深く関わっていたとのこと)
 僕自身、いろいろと思うところあって前々から気になっていた本で、これから読み進めていくのが非常に愉しみだ。


 『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>を読み進め、『お茶と刀』(当然、菊と刀のもじりだろう)を読み終えた。
 『お茶と刀』は、千利休と豊臣秀吉らに託して、戦前日本の軍国主義化や戦後日本の経済大国化を鋭く諷刺した作品である。

 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第5番<ARTE NOVA>を聴く。


 15時台に外出する。

 まず近くの郵便局で用件を片づけたのち、下京図書館へ行って、佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>を返却し、上述した如く、予約しておいた『西園寺公と政局』の第一巻を新たに借りる。

 その後、京都芸術センターで用件を片づけ、昨日に続いて業務用スーパーのタカギとグルメシティで夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、『西園寺公と政局』第一巻を読み始め、里見トンによる緒言と、第一篇「満洲某重大事件」を読み終えた。
 関東軍による張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)より前、大正四年の大隈重信内閣当時、張作霖の暗殺が企てられていたことを、僕は知らなかった。
 この事件には、『坂の上の雲』の秋山真之も関係していたとのことだ。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』6を読み進め、『続・夜の笑い』の第一部「ファイヤガン」を読み終えた。
 「ファイヤガン」は徳田秋声の小説を劇化したもので、関東大震災直後の東京が舞台。
 学者の知ったかぶりを馬鹿にしつつ、在日朝鮮人の問題などについてもしっかりと触れられている。
(『飯沢匡喜劇全集』6が残り少なくなってきたこともあり、京都市の図書館のインターネットサービスで、『岸田国士全集』<岩波書店>の第一巻を予約しておいた)

 『西園寺公と政局』も読み進め、『第二篇 ロンドン条約問題』の第二章「帷幄上奏より特別議会まで」を読み終えた。
 第二篇では、いわゆるロンドン海軍条約の批准にからむ、海軍軍令部(加藤寛治部長、末次信正次長ら)、さらには右翼、枢密院、野党政友会らの策謀が詳述されている。

 余談だが、太平洋戦争中の末次信正の死に際して清沢洌は、
>かれは日米戦争論者の巨頭である。
(中略)末次だけに対しては、この戦争が、日本にどういう結果をもたらすかという事実を見せてやりたかった。
 国民の喝采裡に死なすのは、ある意味で惜しい。
 新聞を見て僕は「惜しい」と自語した<
と、その日記に記している。
(清沢洌『暗黒日記』<岩波文庫>より)

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、サンエスのつな揚げあられ・黒こしょう味を食す。
 タカギで、税込み63円だったもの。
 黒こしょうがぴりぴりぴりぴりときいていて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日開催予定の京都市交響楽団の定期演奏会は、チケットを買いそびれて完売となってしまいパスせざるをえず。
 残念だが、仕方ない。
 てか、広上淳一が指揮する定期演奏会だけは、同一公演二回ずつにしてもらえないものか。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

業務用スーパー・タカギで買い物をした(CLACLA日記)

 個人創作誌『赤い猫』第3号の発行作業を終了させて、なんだかタガが緩んでしまったような。
 いや、一応新しい作品について考えたり、仕事・雑件を片づけたりはしているし、それより何より、『赤い猫』を置いてもらうための交渉が残ってはいるのだが。
 ついつい一息ついてしまったような一日だった。


 昨夜、寝る前に『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>を読み進め、『続・二号』を読み終えた。

 新しい作品について考える。
 考えあぐねる、と言ったほうがより適切か…。

 『飯沢匡喜劇全集』6を読み進め、『春名家の同居人』を読み終えた。

 大阪音楽大学のコンサートセンターに電話をかけ、来年2月に予定されている学生オペラの出し物がモーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』であることを教えてもらう。
 学生院生による公演とはいえ、客席数756という小ぶりなザ・カレッジ・オペラハウスでモーツァルトのオペラに接することができるというのは、やはり嬉しいことだ。
 なんとか観聴きしに行きたいものだ。
(以前何度か接した体験からいえば、関西二期会や関西歌劇団が公演を行っている尼崎のアルカイックホールは、モーツァルトのオペラにはだだ広い感じがする)

 15時台に外出し、京都芸術センターへ。
 今日最終日の現代演劇ポスター展を観、いくつか用件を片づけた。

 その後、千本三条の業務用スーパー・タカギまで行き、夕飯用の買い物をすませる。
 タカギの存在は前々から知っていたが、今まで一度も入ったことはなかった。
 非常にお買い得な商品が並んでいて、今後はたびたび利用することにしたいと思う。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』6を読み進め、『面倒なお客』を読み終えた。
 『面倒なお客』は、前進座の河原崎国太郎のために書かれた作品で、731部隊やミドリ十字、薬害(エイズ)の問題などが題材となっている。
(作品の展開から、天藤真の『大誘拐』を思い出した)

 今日の甘いものは、ネスレのボノチョコレートビスケット。
 上述したタカギで、税込み80円だったもの。
 チョコレートクリームを挟んだココア地のビスケットで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

『赤い猫』第3号に関する作業継続中(CLACLA日記)

 今日の日中は、正午過ぎに郵便局に出かけた以外は、送付準備など個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を集中して行う。

 途中息抜きがわりに『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>を読み進め、『そこを右へ曲がって』と『続・二号』の第二幕まで読み終えた。
 なお、『続・二号』は、第一巻所収の『二号』の続篇にあたる。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もした。

 浴室とトイレの掃除をすませてから、17時台に再度外出し、『赤い猫』をメール便で送付する。

 19時台に『赤い猫』の支援会員である松田裕一郎さんとおち合い、第3号を手渡したのち、近くのタリーズコーヒーでしばらく話をする。
 お芝居に関することもそうだけれど、格差社会の問題についていろいろと話を聴くことができたのも収穫だった。
 多謝。

 帰宅後、親友から無事女の子を出産したとのメールが届く。
 本当におめでとう!

 今日は、甘いものは食さず。

 タレントの亀山房代が亡くなった。まだ42歳。
 突然の訃報に驚くとともに、なぜか非常階段のミヤコのことを思い出した。
 深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

『赤い猫』第3号を完成させた!(CLACLA日記)

 三連休明け。

 朝早めに起きていくつか雑件を片づけ、午前9時過ぎに外出し、近くの郵便局でお金をおろしたあと、烏丸松原のハン六まで行って、個人創作誌『赤い猫』第3号の版元のコピーを決行する。
 白黒コピーは5円だし、両面コピーはとても簡単だし、通崎睦美さん(マリンバ奏者)が推奨するだけはある。
 予想していたよりも早くコピーを終えることができた。
 大満足なり。

 で、支払いをする段階で9枚分コピーし忘れていることに気づいたが、どの頁の分か判断がつかず、いったん帰宅することにする。

 帰宅して、朝昼兼用の食事をとったのち、製本作業にとりかかり、3時間ちょっとで101冊分の製本を終える。

 作業をしながら、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮バーゼル室内管弦楽団の演奏したベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<OEHMS>と、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏したベートーヴェンの交響曲第7番&第8番<ARTE NOVA>、ケヴィン・マロン指揮アレイディア・アンサンブルの演奏したヘンデルの水上の音楽&王宮の花火の音楽<NAXOS>を聴く。

 一段落着き、佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を読み進める。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 17時過ぎ、支援会員の方々などへの『赤い猫』第3号の送付準備を終えてから外出し、西洞院高辻のクロネコヤマトでメール便として送る。

 その後、再びハン六に向かい不足分のコピーをすませ、ストアデポ、京都芸術センターに寄り、ついでに夕飯用の買い物もすませてから帰宅した。
(京都芸術センターでは、二口大学さんとあいさつをする)

 天気予報通り、どんどんどんよりしたお天気となって夕方ぐらいから雨降りとなる。
 やれやれ。

 夕飯後、残り9部の製本をすませ、『赤い猫』第3号を完成させる。
 なお、第3号は支援会員の方々への送付がひとまず終了した段階で、京都芸術センターなどに置いてもらうことにしようと思っている。

 『飯沢匡喜劇全集』6<未来社>を読み進め、『そこを右に曲がって』の第二幕まで読み終えた。

 『検察側の論告』を読了する。
 まさしく、圧倒されたという言葉がぴったり。
 よき書き手はよき読み手である、とついつい口にしてしまいたくなるほどだ。

 続いて、『西園寺公と政局』<岩波書店>を読み進めていこうと思い、その一巻目を京都市の図書館のインターネットサービスで予約した。

 今日は、甘いものは食さず。

 動物行動学者の日高敏隆が亡くなった。79歳。
 深く、深く、深く黙祷。

 作詞家の丘灯至夫も亡くなった。92歳。
 数多くのヒット曲で知られた丘さんだったが、『ハクション大魔王』まで手掛けていたとは知らなかった。
 深く、深く、深く黙祷。

 俳優の千原しのぶも亡くなった。78歳。
 東映時代劇のお姫様役で知られた。
 深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

三連休最終日、河原町まで出た(CLACLA日記)

 世は、三連休の最終日。
 どんよりとした感じもほとんど消えて、いいお天気、いい青空になったこともあり、15時過ぎに外出する。

 まず、下京図書館で『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を返却し、予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』6<同>を新たに借りる。
 飯沢さんの喜劇全集もこれが最後。
 さあ、読むぞ!

 そこから松原通、烏丸通、六角通と歩いて河原町まで出たのだが、烏丸松原のハン六でコピーサービスをやっていることを今頃になって気づく。
 実は、パソコン相手の派遣仕事の行き帰り、ずっとこのハン六の前を通っていたのに…。
 で、このハン六、なんと白黒コピーが1枚5円!
 京都こぴいは1枚6円だから、1円安いじゃないか!!
 たかが1円と笑うことなかれ。
 1円を笑う者は1円に泣く。
 個人創作誌『赤い猫』の第3号は110部の発行を予定しているわけだから、880円も安いことになるのだ。
 決めた決めた、明日はハン六でコピーすることに決めた!!!
(帰宅後、ネットで調べてみたら、マリンバ奏者の通崎睦美さんがこのお店のことを誉めていた。ますますよろし)

 河原町では、Avisをのぞいたあと、ライフカードのぴあステーションで、12月4日のフォーレ4重奏団の大阪公演(ザ・フェニックスホール)のチケットを購入する。
 大好きなブラームスのピアノ4重奏曲第1番を聴くことができるんだもの、3500円はやっぱり安い。
(ところで、12月29日でライフカードのぴあステーションがなくなってしまうとのこと。うむむ…)

 それから、河原町通を歩いてポケットティッシュをいくつか入手する。
 『赤い猫』の製本(ホチキスとめ)に欠かせないのだ、ポケットティッシュが。

 その後、JEUGIA三条本店にも寄る。
 おやおや、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を誰かがクラリネットで吹いている。
 慌てて5階まで駆け上がったのだが、ありゃ残念。
 クラリネット奏者の稲本響のミニコンサートはちょうど終わったところだった。
 まあ、仕方ないか。

 歩き疲れたので、今日はバスで帰る。
 徐々に陽が沈み、空が青橙色から薄暗くなっていくのを見ながら、自分の死について考える。
 為すべきことをしっかり為していかなければ。
 そして、もっと一日一日を大切にしていかなければ。


 明け方、午前5時少し前まで、ネットラジオでアンドリュー・マンゼ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートのライヴ録音(ピリオド奏法を援用したヘンデルの水上の音楽組曲と、ブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエムまで)を聴きながら、雑件を片づける。
 ところで、アンドリュー・マンゼあたり、大阪センチュリー交響楽団にはぴったりだと思うんだけどなあ。
 あと、アイヴァー・ボルトンとか、ハリー・ビケットとか。

 佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を読み進める。
 ああ、『ゼンダ城の虜』を読みたい。
 てか、読まなきゃ。

 今日は、気温もそれほど下がらず穏やかな感じが強かった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』6を読み始め、『ブーフーウー殺人事件』を読み終えた。
 飯沢匡さんが深く関係したNHKの人気番組『ブーフーウー』を冠しているが、まあそれには大きな意味はない。
 いわゆる推理劇だが、ロッキード事件(おなじみ棚岡格兵衛)がとり入れられているあたり、やはり飯沢さんらしい。

 『検察側の論告』も読み進める。
 タイタニック号の楽士たちを題材にした『旅の終わりの音楽』を語るに際して、フェデリコ・フェリーニの『そして船は行く』を押さえておくあたり、やはり佐藤亜紀の趣味のよさがわかる…。
 って、自分が『そして船は行く』が大好きだから、嬉しいだけなんだけど。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 『赤い猫』第3号の版元のコピー作業の準備をすませておく。

 マティアス・バーメルト指揮ロンドン・フィルの演奏したパリーの交響曲第5番他<CHANDOS>と、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響的幻想曲『イタリアより』&交響詩『マクベス』<ARTE NOVA>を続けて聴く。

 今日の甘いものは、東ハト・キャラメルコーンのスイートポテト味。
 近くのフレスコのセールで、税込み98円だったもの。
 スイートポテトの風味のするキャラメルコーンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

ついついだらだらとしてしまった一日(CLACLA日記)

 世は、三連休の二日目。
 こちらも中だるみというか、『赤い猫』第3号の発行に関する作業や『不在証明』が一段落着いたこともあり、ついついだらだらとしてしまった。
 それでも、今後の創作活動などについてあれこれ考えてはいたが。


 昨夜、実家から電話があり、母と30分ほど話をする。
 多謝。

 佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を読み進める。
 佐藤さんの書評で、高校時代に流し読みしただけのトーマス・マンの『魔の山』を読み直したくなった。
 それに、イヴリン・ウォーの『黒いいたずら』やヨーゼフ・ロートの小説集も読んでみたい。
(ロートの作品は、岩波文庫から出ている『果てしなき逃走』を読んだことがあるだけだ)

 そういえば、高校から大学院のころまでは、筒井康隆など一部を除けば、岩波文庫から出ている海外の小説や戯曲ばかり読んでたんだった。
 隔世の感あり?

 ふとしたことから、youtubeで『犬神家の一族』の愛のテーマを何度も何度も繰り返し聴いた。
 『ルパン三世』でも有名な大野雄二さんの手によるこの曲が、僕は好きで好きでたまらないんだよなあ。
 映画(1976年版)そのものも、もちろん大好きだけど。
(ただし、『犬神家の一族』を日本映画史上屈指の大傑作と呼ぶつもりはない。それとこれとは別な話だ)

 ほかに、ヨエル・レヴィ指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏した、シベリウスの交響曲第2番&交響詩『フィンランディア』<TELARC>も聴く。

 雨が降り出しじめ寒さが厳しくなったこともあって、今日は17時台に夕飯用の買い物のために外出しただけ。
 まあ、仕方ない。

 夕飯後、『検察側の論告』を読み進める。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

『赤い猫』第3号の版組を終えた(CLACLA日記)

 発行予定日の11月30日まで残すところ10日を切ってしまったこともあり、個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を必死で進める。
 今日は『これから』の最終確認をし、キンコーズで原本のプリントアウト、並びに版元用のコピーをすませることができた。
 三連休明けには、京都こぴいで版元をコピーして、製本作業を始めるつもりだ。
 どんどん作業を進めていかなければ。


 昨夜寝る前、『赤い猫』に関する作業を進めながら、ネットラジオでポール・ルイス指揮ブリテン・シンフォニアのコンサートのライヴ録音を聴く。
 ルイスの弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲第12番と第27番のほか、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『カプリッチョ』の前奏曲と13管楽器のためのセレナードが放送されていた。
 いくぶんウェットな感じもしたが、深夜にイヤホンを通して接するにはぴったりの演奏だったとも思う。

 一応いいお天気、いい青空だったため、午前10時台に毎週恒例の洗濯をすませる。
 ついでに、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除もすませる。

 正午過ぎには、浴室とトイレの掃除もすませる。

 『喜劇 おお! トラ右ヱ門』を読み終え、『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を読了した。
 『喜劇 おお! トラ右ヱ門』は教育問題を扱った作品で、タイトル通り、ドラえもんの世界観と設定を巧く咀嚼している点が僕には興味深かった。
 さあ、『飯沢匡喜劇全集』も残すは第6巻のみだ!
(今のところ、飯沢さんのあとは、岸田國士の作品を読み進めていこうと考えている)

 佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を読み進める。
 知的刺激に満ちた書評集なり。
 そして、佐藤さんが取り上げた本を読みたくなること読みたくなること。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進め、ようやく第一稿を完成させる。
 原稿用紙49枚分になった。
 が、これから筆入れ地獄が待っているのだ。
 ああ…。

 16時台に外出し、上述した如くキンコーズで『赤い猫』に関する作業を行ったほか、『不在証明』の第一稿のプリントアウトもすませる。

 その後、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、図書室で『音楽の友』の12月号を読む。
 梶本音楽事務所の広告で、2010−11シーズンにニコラウス・アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが来日することを知ったが、このコンビのコンサートはぜひとも聴いておきたい。
 関西にも来てくれますように!

 いったん帰宅したのち、再度夕飯用の買い物に出かける。
 夕方以降の冷え込みが非常に厳しいなあ。

 夕飯後、『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。
 版元の修正、並びに版組と、支援会員の方々をはじめとした送付先への封筒の宛名書きをすませる。

 『検察側の論告』を読み進める。

 ターキーの愛称で知られた水の江瀧子が亡くなった。94歳。
 戦前の松竹少女歌劇団での活躍(一ヶ月におよぶ大ストライキの争議委員長を務めたのも、水の江さんだった)はもちろんのこと、石原裕次郎を発見した日活でのプロデューサーぶりや、NHKの『ジェスチャー』における柳家金語楼との掛け合いに関しても同時代的には知らず、僕の知る水の江さんといえばワイドショーやバラエティ番組でのざっくばらんな物言いと、『オールスター家族対抗歌合戦』の審査員程度ということになる。
(立川清登、東八郎、古関裕而、近江俊郎、木原光知子、塚田茂、そして水の江さんと、『オールスター家族対抗歌合戦』の審査員は全て鬼籍に入られてしまった…)
 それでも、深く、深く、深く、深く黙祷。
 それにしても、森繁翁に続く水の江さんの死で、ほぼ一つの時代に終止符が打たれてしまったのではないか?

 そういえば、『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>の中で、今は亡き色川武大が「あこがれのターキー」と題し、水の江瀧子に一章を割いていた。
 ちょうどロス疑惑のころに書かれたのか、先頃亡くなった三浦和義と水の江さんとの関係についても少しだけ触れられている。

 今日の甘いものは、ヤマザキのミルクブッセ。
 近くのフレスコのセールで、税込み59円になっていたもの。
 牛乳クリーム入りのブッセで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進めた一日(CLACLA日記)

 なんだかどんよりとした感じは増したが、喉の腫れぼったさがとれたこともあり、昨日に続いて今日も烏丸あたりまで出かけた。

 14時台に外出し、まずは下京図書館へ。
 『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>と佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>を返却し、予約しておいた佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を新たに借りる。

 万寿寺通から烏丸通、五条通を歩き、五条高倉の100円ショップ・meetsで書きつぶし用のダイアリーを購入する。

 続いて、烏丸通の文具ショップ・TAGに行き、個人創作誌『赤い猫』第3号の発行のための修正テープなどを購入する。

 そこから烏丸通を歩いてCOCON烏丸へ入り、1階のお香のお店(あまり好みの香りのお香はなかった)とACTUSをのぞく。

 さらに、大垣書店四条店で『レコード芸術』12月号を座り読みし、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ(今日は、現代演劇ポスター展は観なかった)、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 外出前、『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を読み進め、『喜劇 二階の女』の第二幕まで読み終えた。

 帰宅後、『赤い猫』第3号の発行に関する作業(送付先の確認と、表紙裏表紙の準備)を進める。
 発行予定日まで10日を切ってしまった。
 どんどん進めていかなければ。

 夕飯前、『検察側の論告』を読み始める。
 佐藤亜紀の書評を集めた一冊で、読み応え(と、言うよりも歯応えといったほうが、よりしっくりくるような気がする)充分である。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み進め、『喜劇 二階の女』を読み終えた。
 『喜劇 二階の女』は、獅子文六(岩田豊雄。文学座の創立者の一人)の同名小説を脚色した作品で、飯沢さんらしく反戦の姿勢が明確に示されている。
 なお、登場人物の一人で、リベラルな思想の持ち主の星川侯爵は、「藩祖、藤孝公」云々のくだりや、近衛文麿と親しい関係にあるという台詞から、細川護貞をモデルにした人物であることがわかる。

>いくら開いた目の人々が後世のことを考えぬいたつもりでも、あとからくる凡くらどもは、また世の中を後へ引きずっちまうもんなんだ。
 世界の歴史はそのくり返しさ。
 そんな阿呆どものために何も考えてやることはない。
 道をつけておいてやってもその道は通らないんだ。
 そして破滅の道をえらぶんだよ<
(『飯沢匡喜劇全集』5所収、『喜劇 二階の女』より)

 『検察側の論告』も読み進める。
 厭味でもお世辞でもなく、佐藤亜紀は、本当に親切な作家だと強く思う。

 ほかに、許光俊の『問答無用のクラシック』<青弓社>のつまみ再読もする。

 『赤い猫』第3号の発行に関する大まかな予算組みを行う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 今日の甘いものは、和菓子の万寿やの一口さわ餅。
 こしあんをくるんだ一口大の餅で、なかなか美味しうございました。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み49円だったもの。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

プチ芸術の秋(CLACLA日記)

 寝冷えしてしまったのか、少し喉が腫れぼったい感じはしたが、せっかく青空が見えていたこともあり、14時台に外出した。

 まず、近くの郵便局で、個人創作誌『赤い猫』第3号の支援会員の方からの入金を確認する。
 多謝。

 で、仏光寺通の双葉文庫2階の文具コーナーをのぞいてから烏丸通へ出、COCON烏丸に入り、3階・Shin−biのギャラリーでタイの漫画家ウィスット・ポンニミットのアニメ作品展を観る。
 中央に間仕切りがあって、右か左かどちらかを選ぶと、全く違った展開になるというアニメ作品で、淡いタッチの絵柄ともよく合っているように思った。

 大垣書店四条店で『音楽の友』12月号の「座り読み」したのち、今度は三条通の文椿ビルヂングに入り、2階のギャラリー・ニュートロンで林勇気展「overlap」を観る。
 いわゆるデジタル映像による作品だが、ミニアチュア的な世界観が僕の好みにぴったりだ。
 これは観ておいて正解だった。

 さらに、京都芸術センターで現代演劇ポスター展を今日も観る。
 何度観ても観飽きない。
 繰り返しになるけれど、これは本当にお薦めですよ!

 その後、いくつか用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 昨日に比べて、穏やかな一日だったよう。

 『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を読み進め、『欲望の庫』を読み終えた。

 ほかに、許光俊の『問答無用のクラシック』<青弓社>のつまみ再読もする。

 帰宅後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙47枚分になった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み進め、『毒きのこ』を読み終えた。
 『毒きのこ』は、青年劇場のファンクラブの余興のために書かれた短い作品だけれど、飯沢さんが古典の骨法をよくおさめた作家であることがよくわかる。
 学ぶところ、大だ。

 ほかに、『問答無用のクラシック』のつまみ再読をする。

 今日も、甘いものは食さず。

 いずこも同じ秋の夕暮れ。
 そして、驕る平家は久しからず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

ダイアリーを買うのも一苦労(CLACLA日記)

 小津安二郎の向こうをはったわけではないが、僕にはやたらと日記類をつけるくせがある。
 まず、普通のリングノートに日記をつけるほか、その日の行動を細かく記した日誌(アピカ・インテレクト D−16)をつけているし、一週間の予定や外出時の行動、電話・メールのやりとりを記入したウィークリーダイアリー(コレクト D−52)と、長めの予定を記入するためのミニ・ウィークリーダイアリー(生産性出版 ニューエグゼクティブ)、さらには汚く書き記し、書きつぶすための100円ショップで買ったスケジュールブックまで持っている。
 我ながら、何かにとらわれた人間であることよとあきれもするのだけれど、一度身についた習慣というものはそうそう変えられるものではなく、この15年近く大量の日記類を記し続ける毎日である。
 今日は、あと一ヶ月とちょっとで2010年を迎えるということもあり、ダイアリーとミニ・ダイアリーを買うため烏丸まで足を運んだ。
 で、ダイアリーのほうは烏丸通の文具ショップ・TAGですぐに購入できたのだが、ミニのほうは手に入れるまでけっこう骨が折れた。
 いや、もの自体は、阪急烏丸駅近くのくまざわ書店にも、大垣書店四条店にもあったのだ。
 けれど、5冊ずつぐらい店頭に並べられている全部が全部、頁の上のはじがねぎょっとねじ折れているのである。
 そんな欠陥品に、金を払うのはごめんだもの。
 それで、あちこち歩き回り、ようやく大垣書店烏丸三条店で美品を見つけて買うことができた。
 ただし、ここでも毎年使っている黒のはねぎょっとねじ折れていて、仕方なく茶色のものを買うことにしたのだけれど。
 生産性出版さん、商品の出荷には本当に気をつけて下さいや!

 ダイアリー類を入手したのち、京都芸術センターへ行き、2階講堂で今日から開催されている現代演劇ポスター展を愉しむ。
 いちいち詳しくは語らないけれど(だって、語り始めたらとまらないから)、日本の現代演劇を代表する劇団集団の公演のポスターが講堂一面にずらりと展示されている様は、やはり壮観と呼ぶほかない。
 個々の公演の時代状況に思いをはせるもよし、ポスターを一個の美術品として鑑賞するもよし、お芝居好きはもちろんのこと、あまりそうでない人にもお薦めできる企画である。
 26日まで開催中ゆえ、ぜひご一見のほど。
(情報コーナーでたまたま会った辻井直幸君にも薦めておいた)

 ほかに、JEUGIA四条店で『ぶらあぼ』12月号を入手したり、夕飯用の買い物をすませたりもした。


 爆笑問題カーボーイを聴いたあと、昨夜もラジオ深夜便の森繁久彌翁の特集を途中まで聴く。

 佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>を読了した。
 大いに満足なり。

 『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を読み進め、『クイズ婆さんの敵』を読み終えた。
 昨日記した金大中事件に加え、岸信介への怒りも前面に押し出された作品だった。

 許光俊の『問答無用のクラシック』<青弓社>のつまみ再読もする。

 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏した、シューマンの交響曲第3番「ライン」&第4番他<ARCHIV>を聴く。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み進め、『欲望の庫』の第一幕まで読み終える。
 『欲望の庫』は、KDD事件や浜田幸一のラスベガス賭博疑惑を下敷きとした作品である。
(たぶん、こういう種類の作品を平田オリザは批判するのだろうけど、逆に飯沢匡さんが存命なら、平田さんの内閣官房参与就任を題材にした喜劇を書き上げるんじゃないだろうか)

 ほかに、『ぶらあぼ』12月号のつまみ読みをする。

 かつてニュースキャスターとして活躍し、長らく参議院議員の職にあった田英夫が亡くなった。86歳。
 僕は、田さんの平和に対する強い意志には共感を覚えつつも、その政治的姿勢には、しばしば疑問を抱いていた。
 深く、黙祷。
(なお、大臣や台湾総督を歴任した山県有朋閥の官僚政治家田健治郎は、彼の祖父にあたる)

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

森繁久彌翁のインタビューを聴いた(CLACLA日記)

 昨夜、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら雑件を片づけたのち、うとうとしつつラジオ深夜便の森繁久彌翁の特集を途中まで聴く。
 中西龍アナウンサー(『鬼平犯科帳』のナレーションでおなじみだったが、実はこの人も森繁翁より先に亡くなっている。若き日役者を志し、森繁翁からやめておいたほうがよいと諄々と諭されたというエピソードは初耳だった)によるインタビューで、満洲のアナウンサー時代を振り返り、「自分は戦犯である。放送で嘘を流し続けていた」旨の発言を行っていたのがまず印象に残った。
 ほかにも、演技者としてのコンプレックスと自負とが率直に語られていた点も忘れられない。
(小林信彦の『日本の喜劇人』<新潮文庫>の「第十二章 日本の喜劇人・再説」の1・森繁久彌の場合に、小林さんと森繁翁が小料理屋で話をした際のことが詳しく綴られているのだけれど、そこで森繁翁は「俳優というものは、たとえば、新劇の養成所みたいなところで、教育を受けないといけないものでしょうか?」と小林さんに問いかけている)


 『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>を読み進め、『夜の笑い』を読み終えた。
 『夜の笑い』は、小松左京原作による『春の軍隊』(東京郊外のある住宅で、突然国籍不明の外国の兵隊たちが戦闘を開始するという話)と、島尾敏雄原作による『接触』(明治19年の熊本のある尋常高等小学校で、授業中あんぱんを食べた生徒5人が、校則に違反するがゆえに「自主的に」切腹を申し出なければならなくなるという話)による、二部構成の作品だが、飯沢さんの思考と嗜好と志向がよく示されていると思う。
(なお、『接触』では夏目漱石の『坊っちゃん』がうまく取り入れられている)

 佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>も読み進める。
 ラース・フォン・トリアー監督の『ヨーロッパ』に関し好意的な評価がなされているのが、僕には嬉しい。
 この作品、内容はもちろんのこと、個人的な想い出もあって、非常に印象に残っているのだ。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 『不在証明』を下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙45枚分になった。

 終日雨降り、おまけに気温がぐっと下がって寒さが厳しいこともあり、今日も17時台の夕飯用の買い物以外は外出せず。
 まあ、仕方ない。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み進め、『クイズ婆さんの敵』の第一幕まで読み終えた。
 『クイズ婆さんの敵』は、いわゆる金大中事件(1973年8月、当時韓国野党の代表的政治家金大中が、東京都内のホテルでKCIA要員によって拉致された事件)を搦め手から描いた作品である。

 『ブーイングの作法』も読み進める。
 面白い面白い。
(残りが少なくなってきたため、京都市図書館のインターネットサービスで、同じ佐藤亜紀の『検察側の論告』<四谷ラウンド>を予約しておいた)

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 今日の甘いものは、神戸屋のサンミー。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み70円だったもの。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

僕は断然寒さをとる(CLACLA日記)

 寒さと暑さとどちらをとるかと問われれば、僕は断然寒さをとる。
 むろん、寒さが高じて都市壊滅なんて極端な寒さはまっぴらごめんだし、寒い季節には風邪やインフルエンザが流行するから用心は肝心だけど、それはそれとして、やっぱり僕は寒さのほうがいい。
 なぜなら、寒さの中では身も心も引き締まるというか、凛とした感じで物事に向き合うことができる、ような気持ちになれるからだ。
 と、言っても寒さの不意打ちは困る。
 たとえば、今日みたいに急にぐぐっと気温が下がったりするのは。
 なんて、そんな自分の身勝手な物言いにうんざりするのも、寒さで頭が明晰になっているからだろう。
(「寒さで頭がおかしうなっとるんとちゃいますのん」、と呼ぶ声あり。そないなことはあらしません!)
 いずれにしても、皆さんくれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さいませ。


 佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>を読み進める。
 映画レビューを集めた「エンパイア劇場のプリマドンナ」に突入したが、『仕立て屋の恋』や『デリカテッセン』といった好みの作品がしっかりとり上げられているのが嬉しい。
 そして、レビューのあり様に関して、深く反省させられもする。

 『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>も読み進める。
 『二人で嘘を』と、『日本少年ドン・キホーテに遇う』の第一幕まで読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みも進める。
 原稿用紙44枚分になった。
 なんとか山場を越えたか…、いや、これからまだ筆入れという大きな山が待っているのだ。
 うむむ。

 寒さが厳しいこともあり、今日は17時台に夕飯用の買い物のために外出しただけ。
 まあ、仕方ない。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み進める。
 『日本少年ドン・キホーテに遇う』を読み終えたが、これは非常に重層的というか複眼的というか、思考的な仕掛けがたっぷりと詰まった作品で読み応えがあった。
 そして、その設定や作品の持つ世界観から、ブレヒトとの関係性を強く感じたりもした。
(たとえば、旧教と新教の対立という時代背景には『ガリレイの生涯』を、サンチョが裁判官をつとめる場面には『コーカサスの白墨の輪』を)
 それと、この『日本少年ドン・キホーテに遇う』の初演では、三津田健がドン・キホーテを演じていたが、別役実が最晩年の中村伸郎と三津田健のために書いた『諸国を遍歴する二人の騎士』はこのことを踏まえたものではなかったろうか。
(ただし、別役作品では、中村伸郎も三津田健もドン・キホーテを演じている)

 『ブーイングの作法』も読み進める。
 面白い面白い。

 以前にも記したことがあるが、夏目漱石から長谷川如是閑、林達夫、花田清輝、飯沢匡さん、林光さん、筒井康隆、小林信彦、井上ひさし、佐藤亜紀、許光俊、片山杜秀、斎藤美奈子らにいたる知の系譜に関してまとまった文章が書けたらなあと思う。

 今日の甘いものは、神戸屋のおいしいぶどうのパン。
 近くのフレスコで、税込み53円だったもの。
 レーズンがたっぷりと入ったミニロールパン(2個)で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

佐藤亜紀の『ブーイングの作法』を読み、ウテ・レンパーの歌を聴く(CLACLA日記)

 結局、昨夜は角田龍平のオールナイトニッポンを聴きながら、午前5時近くまで雑件を片づける。

 それでも、10時台には起きて、毎週恒例の洗濯をすませる。
 昨日と比べてどんよりとした感じはしていたが、これはまあ仕方ない。
 ついでに、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除もすませておいた。

 佐藤亜紀の『陽気な黙示録』<岩波書店>を読了した。
 逆説でもいやみでもなんでもなく、佐藤亜紀という人は本当に親切な文章の書き手だと強く思う。
 かつて彼女の作品を一読もせず、筒井康隆の断筆に関して積極的に発言を続けている彼女に得手勝手自分勝手な偏見を抱いていた自分自身の不明を恥じる。
(佐藤さんに感服し自らを反省したのは、『バルタザールの遍歴』を読み始めてすぐ。これは格が違うと痛感したので)

 『京都かよ!』の観劇記録をアップする。

 『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>を読み進め、『9階の42号室』の第二幕までを読み終えた。

 あることがあって、つい声をあらげてしまう。
 我ことながら度し難い。


 16時過ぎに外出し、下京図書館へ。
 『陽気な黙示録』を返却し、予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』5<未来社>と佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>を受け取る。

 そこから京都芸術センターへ移動していくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 気温は低め。
 肌寒い感じの強い一日だった。

 帰宅後、『9階の42号室』の第三幕と第四幕、あとがき、作品メモランダムを読み終えて、『飯沢匡喜劇全集』4を読了した。
 そういえば、昨夜藤本隆志さんから耳にしたが三遊亭はら生=ハラダリャンも以前飯沢匡の作品を藤本さんに勧めていたという。
 さすがなり。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』5を読み始め、『二人で嘘を』の第一幕「決定的な夜」を読み終えた。

 『ブーイングの作法』も読み始め、『富籤の胴元の歌』まで読み終えた。
 『富籤の胴元の歌』(クルト・ヴァイルの『銀の湖』の中の一曲)では、佐藤亜紀がウテ・レンパーの歌うヴァイルを誉めているが、JEUGIA四条店でバイトをしているときにレンパーの歌にはまった人間としてはとても嬉しい。

 と、言うことで、ア・ポーレイト・オブ・レンパー<London>の中から、ヴァイルのビルバオ・ソング、アラバマ・ソング、マイ・シップ、おまけにパダン…パダンを聴く。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都かよ!

 CoRichという演劇関係のサイトでチケットのプレゼントに当たったこともあり、昨日京都市交響楽団のモーツァルト・ツィクルスNr.21を聴いたあと、アトリエ劇研まで歩いて移動し、Pan_offIceプロデュース公演『京都かよ!』の夜の回を観た。

 『京都かよ!』は、これまで大阪を中心に活動してきたFrance_panの伊藤拓さんが、京都の劇作家四人の短編戯曲を演出する、しかも、その登場人物が一人、二人、三人、五人と、一篇ごとに変わっていくという意欲的な企画だったが、残念ながら意到りて筆随うということなく、僕には満足のいかない内容となってしまっていた。

 一篇目、田辺剛さんの『旅する娼婦のエチュード』は三人芝居。
 下鴨車窓をはじめとした田辺さんの一連の作品に接し続けてきた人間にとってはなじみ深い設定とモティーフを持った作品だったのだけれど、伊藤さんは斜め45度あたりからそのテキストに切り込んでいたような感じがした。
 むろん、そうした切り口自体は納得がいくし、伊藤さんの意図も理解できないものではない。
 けれど、意欲が先行して、作品のうま味を巧く引き出しきれていないように思えて、僕には仕方なかった。
 特に、筒井潤さん演じる男が偽外国人風の台詞づかいをしていた点は、アイデアとしては面白いものの、彼が言葉を発するたびに「それがどうしたお前さん」とついつい口にしたくなっていったことも事実である。
(もし、このスタイルで作品全体を通したいのであれば、それこそかつて藤村有弘や小沢昭一が演じた偽三国人ぐらいの力業が必要だろう。それとて、長丁場の出ずっぱりというわけではなかったけれど)

 二篇目は、山崎彬さんによる一人芝居『マラソロ』。
 『マラソロ』は、マラソンとマラのソロとのかけ言葉。
 マスターベーション、オナニー、性欲に没頭する青年の姿を通して描きたかったものは…、と作者の意図をくみ取ることはできないわけではないし、四十男には四十男なりの様々な悩みもあるわけだから、こんなもんそれこそてめえらのオナニーじゃんか! と一刀両断するつもりは毛頭ない。
 だがしかし、なんで今さらこういうものを舞台で見せられなあかんのかいな、と思ってしまったのも確かなことだ。
(だったら、由利徹が小林信彦にアイデアだけ語ったことのある『ウタマラをめぐる五十人の女』を観てみたいし、森繁久彌翁の猥談を二人きりでたっぷり聴かせてもらいたいな。今やどっちも無理だけど)
 それと、劇の途中でいくつか「安全弁」が設けられていたのにも、僕は萎えてしまった。
 「機智害の真似をすると公言して路上で機智害の真似をする奴は機智害」というエピソードがあるが、この作品ではそれとは反対に、機智害の真似をしているとは一言も口にせず機智害を最後までやり切らなければだめだ。
 もしそこまでやり切れないというのであれば、ベトナムからの笑い声のように、もう少し手前、もっとぎりぎりの線で勝負するべきだろう。
 あと、僕が気になったのは、演者の加藤智之さんの人柄のよさあまりにも透けて見えてしまった点である。
 たぶんこの作品を本気で観せようと思うのであれば、全て安全弁をとっぱらった上で『LIAR GAME』の鈴木浩介ぐらいのテンションとエネルギーで演じ切ってしまわなければならないのではないか。
(山崎彬さんと悪い芝居に対する意地悪な視点の表われととれないこともないんだけど、普通そこまでは考えないもんなあ)

 休憩明けの三篇目は二人芝居で、司辻有香さんの『ホワイトライ』。
 これは、テキストに伊藤さんが攻めあぐね、結果司辻さんの世界観に近づき過ぎてしまったという感が僕には強い。
 演者陣も、相当苦戦を強いられていたのではないか。
 ならば、あえてタイトルのホワイトライ(悪意のない嘘)を逆手にとってもよかったのではないかと、僕は思った。
 ところで、司辻さんが今回のテキストで描いたものは彼女の切実さの表われであり、なおかつ劇的効果を踏まえたものであることはよくわかる。
 ただ、だからこそ、果たして演劇が、司辻さんの想いを十全に伝えるためにもっとも適した手段なのかと疑問に感じたことも事実だ。
 映画のシナリオや、小説という手段ではだめなのか?
 もしも演劇という手段にこだわり続けるのであれば、小劇場界の現状と折り合いをつける努力を一層重ねるか、逆に小劇場界という枠を超えるだけの精度を今以上に身につけていくか、そのいずれかを戦略的に選び取る必要があるのではないだろうか。
(司辻さんの世界観にそいながら、テキストと充分な距離をとって、しかも細やかなニュアンスの変化を伝えることができる演者は、京都小劇場界では安部聡子さんか内田淳子さんぐらいなんじゃないかな、もしかしたら)

 五人芝居の四篇目、村上慎太郎さんの『単身デストロイ』は、今回上演された四つの作品の中では、舞台上から発せられるエネルギーという意味でも、メタシアター的な要素が上手に盛り込まれているという意味でも、なかなか観応えのあるものとなっていた。
 てか、四人の男たちが声をあらげ、足音立てつつ舞台上狭しと動き回るんだもの、何が主題か否かをこねくり考える以前に、心が動かされますわいな。
 かてて加えて、どこからお芝居でどこから素なのかわからない(ように見せる)ラストも、今回の企画のしめにはぴったりだったしね。

 いずれにしても、伊藤拓さんの演出家としての才能やセンス(それも確信犯的な)や演者陣の魅力の一端は感じ取りつつ、一つの公演、一つの企画としては、結局中途半端に終わっていたようなもどかしさを払しょくすることは僕にはできなかった。
 テキストや演者の選定、さらには情報宣伝その他、しっかりと細部を詰めた上で、伊藤さんたちには次回の公演にのぞんでもらいたい。
 伊藤拓さんの、今後の京都での活躍を心より期待する。

 *追記
 伊藤拓さんのことだから、『京都かよ!』という企画のネーミングはもちろんのこと、あの安上がりなチラシにいたるまで、丸ごと計算づくという裏読みをやろうと思えばやれないことはない。
 ただ、それにしては穴が多いし(計算づくというのは、完璧に決まるからこそ意味があるものだ)、だいいちそんなことをやったって、伊藤さんら一握りの人間にしか面白くない。
 もう一つ言えば、伊藤さんは確信犯ではあるけれど、底意地が悪い人ではなさそうだからなあ。
 「あはは、中瀬宏之までひっかかってるよ」と伊藤さんが笑うんだったら、それはそれで個人的には面白いことなんだけど。
posted by figarok492na at 15:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンサートとお芝居の合い間、公園でブランコをこいだ(深夜のCLACLA)

 京都コンサートホールの京都市交響楽団モーツァルト・ツィクルスNr.21終了後、マクドナルドに入ってブログのコンサート記録の下書きをしてからアトリエ劇研に向かう途中、ノートルダム女子大学近くの公園で、20分ほどブランコをこぐ。
 誰もいない土曜の夕刻の公園。
 空も青と黒の間の微妙な色合い。
 少しは肌寒いけれど、寒すぎもせず。
 と、一人ブランコにたたずむにはぴったりのシチュエーションだったため。
 で、ブランコをこぎながらモーツァルトのことや死のことなどについて考えた。
 そして、江國香織の『ねぎを刻む』(『つめたいよるに』<新潮文庫>所収)の一節ではないけれど、私の孤独は私だけのものだ、と思った。


 前回の記事、コンサート記録にも記したけれど、明け方近くまで雑件を片づけていたため、午前11時過ぎまで朝寝坊してしまう。
 ほんま、あきまへんなあ。

 佐藤亜紀の『陽気な黙示録』<岩波書店>を読み進める。

 午後1時過ぎに外出し、金券ショップで切符を買ってから地下鉄で北山まで行き、京都コンサートホール小ホール(アンサンブルホールムラタ)で京都市交響楽団モーツァルト・ツィクルスNr.21を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 上述の如くブランコをしばらく愉しんだのち、アトリエ劇研まで移動し、Pan_offIceプロデュースの『京都かよ!』(田辺剛さん、山崎彬君、司辻有香さん、村上慎太郎さん作、伊藤拓さん演出)を観る。
 詳しくは、次回アップ予定の観劇記録をご参照のほど。
 しばしお待ちを。

 開演前終演後、伊藤さん、田辺さん、司辻さん、児玉菜摘さん、上田千尋さん、山口春美さんなどと立ち話やあいさつをしたほか、出演者の一人である松田裕一郎さん(第2号に続いて、個人創作誌『赤い猫』第3号の支援会員になってもらう。多謝)とお好み焼きを食べに行き、今回の公演の感想を率直に語る。
 その後、藤本隆志さんも交えしばらく話をした。

 ああ、やるべきことをどんどんやっていかないと!

 今日がいい日でありますように!
posted by figarok492na at 03:26| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都市交響楽団モーツァルト・ツィクルスNr.21

 ☆京都市交響楽団モーツァルト・ツィクルスNr.21

  指揮:鈴木 雅明
  独唱:松井 亜希(ソプラノ)

  座席:1階 2列16番


 先日三遊亭圓楽師匠が亡くなったからではないけれど、日本のプロのオーケストラの定期演奏会やそれに準ずるコンサートに登場する指揮者の顔触れと、『笑点』の大喜利メンバーの顔触れにはなんだか共通するものがあるように思う。
 むろん、オーケストラのほうは、『笑点』の大喜利メンバーよろしく、何かがなければ不変不動ということはなくて、このオーケストラならこの人、あのオーケストラならあの人と、それ相応の違いというものはあるのだが。
 それでも、少なく見積もっても200人以上はいるはずの日本人の指揮者のうち、ほんの一握りの面々だけがプロのオーケストラの定期演奏会に登場できるという構図(闇カルテルでもあるんかいな?)は、やっぱり『笑点』の大喜利メンバーとつながる性質が潜んでいるんじゃなかろうか。
 と、言っても、『笑点』の大喜利メンバーに林家たい平や春風亭昇太が新たに加入したように、日本のプロのオーケストラと指揮者の関係にも時代の波はそれなりに押し寄せているわけで、今回のモーツァルト・ツィクルスNr.21(11月14日、京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタ)で鈴木雅明が初めて(ようやく)京都市交響楽団を指揮したのも、さしずめそんな時代の変化の表われと呼んでも過言ではあるまい。
 なあんてことを、演奏を聴きながら考えたり考えなかったり。
(「君はね、言ってることがまどろっこしいんだよ、山田君全部座布団とっちゃいなさい」、とよぶ圓楽師匠の声あり)

 で、このコンサート、朝寝坊したこともあって(午前11時過ぎに起きてしまった…)、直前まで行こうか行くまいか悩んだが、気づいたときには部屋を飛び出し、地下鉄に乗って北山の京都コンサートホールへ向かっていた。
 まさしく心の声に従ったということだが、こういう声には従うにかぎるね。
 従って大正解、実に愉しい時間を過ごすことができた。

 第一にその大きな理由は、休憩あけ一曲目のモテット『エクスルターテ・イウビラーテ』でソプラノの松井亜希の歌声に接することができたこと。
 若き日のバーバラ・ボニーを彷彿とさせる、クリアで伸びがあってコケティッシュな声質が、ずばり僕の声の好みのストライクゾーンだったのだ。
 加えて、バロックや古典派の様式をしっかり踏まえた歌いぶりにも好感が持てる。
 第二部の聴かせどころで一瞬天にも昇る心地、になりかけてほんの僅かな声の変化に惜しいと思ったりするなど、細かいことを言い出せば言えないことはないが、全てのプログラムが終了し、アンコールで彼女が再登場したとき「待ってましたあ!」と声がかかったのもさもありなんの一語。
(なお、アンコールはドイツ語のコンサート・アリア「私の感謝をお受け下さい、慈悲の人よ」。輪をかけてコケティッシュ!)
 今後もぜひ、彼女の歌唱に親しく接していきたいと思う。

 一方、ピリオド楽器の演奏で著名な鈴木雅明の指揮だけに、今回の京都市交響楽団は両翼配置、レガートやヴィヴラートを抑制し、音楽の強弱のコントラストをはっきりつけるなど、いわゆるピリオド奏法を援用した演奏を行っていた。
 こちらも細かいことを言い出せば言えないことはないし、2列目なんて真ん前の席に座ったものだから直接音(特にファースト・ヴァイオリン)中心の少しきつめの音響で、二曲目の交響曲第20番の第1楽章など、躁病親爺大噴火的な騒々しさだったが(おまけに繰り返しをきっちりやっていた…)、ラストの交響曲第34番ともども、その第2楽章は、音楽における「対話」の重要さが的確に示された演奏に仕上がっていたように感じた。
 また、一曲目の歌劇『ドン・ジョヴァンニ』序曲では、コーダ近くの長めの休止にもはっとさせられた。
 京都市交響楽団も、限られた時間で指揮者の意図をくみ取る努力を充分に行っていたのではないか。
 中でも、フルートやオーボエといった木管楽器のソロが美しく、強く印象に残った。

 適うことなら、今度は鈴木さんと京都市交響楽団の組み合わせで、バッハやヘンデルを聴いてみたいものだ。
(あと、鈴木秀美と京都市交響楽団の組み合わせでハイドンを聴いてみたいなあ)

 いずれにしても、本当に愉しかった。
posted by figarok492na at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

『陽気な黙示録』を読み進めている(CLACLA日記)

 絶望とは虚妄である、希望がそうであるように。


 佐藤亜紀の『陽気な黙示録』<岩波書店>を読み進める。
 美しい文章、という言い方があまりにも感覚的に過ぎるなら、確固とした美的感覚に貫かれた文章と言い換えてもよい。
 小説であれ、それ以外であれ、佐藤亜紀の文章を読んでいると、本当にほれぼれとしてしまう。

>(前略)まかり間違っても、趣旨を纏められるような小説など読んではいけない<
(『陽気な黙示録』所収、「正しい本の読み方」より)

 『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>も読み進め、『気丈な運転手を求む』を読み終えた。
 『気丈な運転手を求む』は、『多すぎた札束』の続篇にあたり、ロッキード事件に絡んで田中角栄の運転手が自殺したことを題材としている。

 で、『飯沢匡喜劇全集』4が『9階の42号室』一篇を残すだけとなったこともあり、インターネットサービスを利用して第5巻を予約しておく。
 また、ついでに佐藤亜紀の『ブーイングの作法』<四谷ラウンド>も予約しておく。

 個人創作誌『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みも進める。
 原稿用紙43枚分になった。

 お天気がそれほどよくなく、気温が低めだったこともあり、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』4を読み進め、『9階の42号室』の第一幕まで読み終えた。

 『陽気な黙示録』も読み進めている。

>(前略)本人にもわかっているのかわかっていないのかわからないインデックスを、作品なり現象なりにぺたっと貼り付けて殺している手合いのいかに多いことか。
 残念なことに、私自身も時としてその一人である<
(『陽気な黙示録』所収、「リアリティ殺し」より)

 アメリカのオバマ大統領が来日し、鳩山総理大臣と首脳会談を行ったとのこと。

 いわゆる事業仕分けが進んでいるが、その報道に接すれば接するほど、ますます茶番臭を強く感じてしまう。
 と、言ってもこうした作業自体を否定するつもりは毛頭ないんだけどね、そのプロセスというか思惑というか、それがどうにもきな臭くうさん臭いのだ。
 それにしても、蓮舫はこういう役まわりにぴったりだな。
 自分が責められたときは、相当弱そうな気がしないでもないけど。

 今日は、甘いものは食さず。
 その代わり、カールのチーズ味を食す。
 近くのフレスコのセールで、税込み88円になっていたもの。
 これはもう安定した味わいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

やっぱり腹立たしいなあ(CLACLA日記)

 昨夜、シャワーから出るとき勢い余って洗面台に右膝をしたたか打ちつけ、今日も痛みが残る。
 さらには、午前中ベランダの掃除をしていて右手の甲を擦り剥いたり、外出時に自転車からひっかけかけられたりと、腹立たしいことが続く。
 まあ、腹を立てようが何しようが、どうせいずれは死んでしまうとはいえ。
 自業自得自己責任のこともあるとはいえ。
 それでもなんでも、やっぱり腹立たしいなあ。


 昨夜、CDでバーバラ・ボニーの歌ったモーツァルトの歌曲『春へのあこがれ』を、youtubeで坂本明佳が歌った中田章の『早春賦』と森繁久彌翁の歌った『知床旅情』を続けて聴いた。
 どうして続けて聴いたかは…。
 考えてみそ。

 『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>を読み進め、『円空遁走曲』と『多すぎた札束』の第一幕まで読み終えた。
 『多すぎた札束』は、ロッキード事件と田中角栄(なにせ、主人公の名は棚岡格兵衛!)を皮肉りおちょくり鋭く諷刺したサタイアである。

 ほかに、『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>と金原左門の『昭和の歴史1 昭和への胎動』<小学館文庫>のつまみ再読もする。

 15時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 17時少し前に外出し、下京図書館へ行って予約しておいた佐藤亜紀の『陽気な黙示録』<岩波書店>を受け取る。
 で、それから京都芸術センターまで移動していくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』4を読み進め、『多すぎた札束』を読み終えた。
 単に諷刺劇としての出来上がりだけでなく、スラプスティック(どたばた劇)の骨法がきちんと押さえられている点に僕は感心した。

 『陽気な黙示録』を読み始める。
 一部は『外人術』<ちくま文庫>にも収められているが、いずれも佐藤亜紀のぶれのなさがよく表われた文章だと思う。
(肯定否定、好き嫌いは別にしても、そのぶれのなさと確固とした文章の組み立ては、許光俊と相通ずるものがあるのではないか)

 事業仕分け。
 なんだか茶番臭いなあ。
 少なくとも、「削ってもよいところ」だけ俎上にあげたような感じがするんだけど。

 今日の甘いものは、神戸屋のリッチチョコデニッシュ。
 チョコクリームのたっぷりと入ったチョコ生地のデニッシュパンで、まあまあ美味しうございました。
 近くのフレスコで、3割引、税込み76円だったもの。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

小林信彦の「演じ切った舞台人」を読んだ(CLACLA日記)

 朝日新聞夕刊に、「演じ切った舞台人」と題された、森繁久彌翁を追悼する小林信彦の談話が掲載されていた。
 『日本の喜劇人』<新潮文庫>やその後のエッセイでも度々触れられた、森繁翁との小料理屋でのエピソードを皮切りに、ムーラン・ルージュ新宿座や『腰抜け二丁拳銃』、『夫婦善哉』、早稲田大学や満洲時代のこと、成島柳北との関係(成島柳北は森繁翁の大叔父にあたる)をきっちり押さえつつ、森繁久彌という人物の偉大さ、特異性が語られており、さすがは小林信彦だと思う。
 特に、社長シリーズではなく、『三等重役』(河村黎吉が好演)こそがサラリーマン物の始まりであると指摘したり、声の良さ、声の魅力を強調したり、さらには「(森繁久彌は)根っこは、舞台人だったと思う」という判断を下したりしている点は、小林さんならではのものだろう。

 重ねて、森繁久彌翁に深く、深く、深く、深く、深く黙祷。


 午前3時頃まで、爆笑問題カーボーイ(ずっとカウボーイと思っていた!)を聴きながら、個人創作誌『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。

 『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>を読み進め、『沈氏の日本夫人』と『騒がしい子守唄』を読み終えた。
 『沈氏の日本夫人』では、登場人物の一人である落語家が『地獄八景』をさらっているうちに、自分が中国大陸での従軍時代に犯した罪を思い起こし狂気にいたるというあたりの劇的効果の強さが特に印象に残った。
(初演時、この落語家を演じたのは加藤武だが、『地獄八景』といえば同じ吉岡容門下の桂米朝の十八番だから、飯沢さんはそういったことも充分に意識していたのではないか)

 『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。
 『これから』の筆入れと打ち直しをようやく終えた。
 で、これをもう一度プリントアウトして、最終的な版元を完成させなければならないのだ。
 まだまだ、道半ばである。

 『赤い猫』の作業を進めていたことに加え、昨日に続いてお天気が芳しくなかったこともあり、今日も17時台に夕飯用の買い物に出かけた以外は外出せず。
 まあ、仕方ない。

 じめじめじめじめとじめ寒く、あまり快ならず。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』4を読み進める。
 1973年に民藝が初演した『円空遁走曲』を読み始めたが、冒頭、滝沢修が演じた滝野という人物の言い回しから、林達夫と久野収の対談集『思想のドラマトゥルギー』<平凡社ライブラリー>でも触れられている『レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯』の影響を受けているんじゃないかなあと思っていたら、なんのこたない、滝野の台詞の中に、
>この間「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」というテレビ映画にもこんなのが出てきましたがね<
と、きちんと出てきた。
 ところでこの『円空遁走曲』、永六輔によってコテンパンにやっつけられたそうで、飯沢さん自身、滝沢修のコチコチの雰囲気(ユーモアセンスのなさ)を厳しく指摘している。
 確かに、滝沢修に喜劇はむいてないような気がするもんな。
(『思想のドラマトゥルギー』の中に、飯沢匡さんの名が一箇所だけ出てくる。林達夫が岩波書店の『文学』で「今日の笑い」という特集の編集プランを組んだ際、その執筆者陣の一人に飯沢さんも含まれていたというのだ)

 行政刷新会議による事業仕分けが始まったとのこと。

 今日の甘いものは、Pascoのサクふわっメロンパン。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み80円だったもの。
 いわゆるさっくり系のメロンパンで、バターの風味がしっかりときいてなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

さらばモリシゲ!  森繁久彌翁を悼む

 日本を代表する役者の一人であり、芸能人の一人だった森繁久彌翁がついに亡くなってしまった。
 だが、まだ96歳。
 翁には100歳、いや150歳まで生きていていただきたかった。
 舞台人としてスタートし、戦中は満洲でアナウンサーとして過ごし、戦後は軽演劇の世界で鳴らし、藤山一郎とのラジオ番組『愉快な仲間』で一躍脚光を浴び、映画界でも、マキノ雅弘監督の『次郎長三国志』での森の石松、そして豊田四郎監督の『夫婦善哉』、さらには社長シリーズ等々大活躍、その後もテレビドラマをはじめ、森繁劇団や『屋根の上のヴァイオリン弾き』、『知床旅情』、向田邦子や久世光彦との仕事、加藤道子との『日曜名作座』と様々な分野で森繁翁ここにありの活動を続けた。
 また、芸能人の地位向上にもつとめ、日本の芸能界のゴッドファーザーと呼んでも過言ではない人脈を築いた人でもあった。
(親しみをこめて、森繁翁とその仲間、例えば、竹脇無我や今は亡き松山英太郎、藤岡琢也といった人々をまとめて、僕は「森繁一派」と呼んでいた)
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 上述した作品以外にも、森繁翁はたくさんの名作佳作を遺しているが、TBS系で放映されていた『おやじのヒゲ』を久しぶりに観てみたい。
 正直、竹脇無我その他、森繁一派が総出演の感あるドラマで、森繁翁はじめ台詞も演技もぐだぐだというか、相当むちゃがある内容だったのだけれど、今となってはそれが懐かしい。
おもらししたのか汗をかいたのか、起きて「濡れちゃった」とつぶやくあたりなど、森繁翁ならではの演技満載のドラマでもあったし。

 それにしても、先日の三遊亭圓楽、南田洋子、浜田寅彦、さかのぼれば牟田悌三、渥美國泰、佐竹明夫、大木実、山城新伍、若杉弘、金田龍之介、中丸忠雄、忌野清志郎、加藤和彦、山田辰夫、川村カオリ…、と本当にこたえる。
posted by figarok492na at 23:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本当におめでとう(CLACLA日記)

 日付けが変わって、旧い友だちからメールがあり、彼女が今月中に出産の予定であることを知る。
 まずは、本当におめでとう。
 そして、新しい生命が無事生まれ出ずることを心より祈る。


 午前4時過ぎまで、伊集院光の深夜の馬鹿力や、ヴァイオリンのワディム・レーピンとクルト・マズア指揮フランス国立管弦楽団の演奏したブラームスのヴァイオリン協奏曲のライヴ録音(ネットラジオ)を聴きながら、個人創作誌『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。
 主に、『これから』の筆入れと打ち直しを行った。

 ほかに、京都市図書館のネットサービスで、佐藤亜紀の『陽気な黙示録』<岩波書店>の予約をしておいた。
 図書館の蔵書では、『飯沢匡喜劇全集』<未来社>、『西園寺公と政局』<岩波書店>、『花田清輝全集』<講談社>に加え、『宇垣一成日記』<みすず書房>、『石射猪太郎日記』<中央公論社>、そして佐藤亜紀の一連の著書を借りていこうと思っている。
 しっかり読書ノートを作っていかないと。
(なお、石射猪太郎は戦前戦中の外交官だ)

 『飯沢匡喜劇全集』4を読み進め、『天保の戯れ歌』を読み終えた。
 第三幕第一場の歌川国芳の長台詞、翫右衛門丈で観聴きしたかったなあ。
(それと、中村梅之助が遠山金四郎を演じているのは、当然テレビドラマを意識してのことだろう)

 清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。
 さらに、『これから』の筆入れと打ち直しを行った。

 ところで、支援会員を申し出てくれる方々が徐々に増えているが、今号は経済的に相当厳しい状態になりそうだ。
 と、言うことで、残念ながら遊劇体の『演劇×世界』は諦めることにする。
 たとえ梅田心斎橋間を歩いて往復したとしても、やっぱり無理だもの。
 いずれにしても、今後大阪や伊丹でお芝居を観ることは原則的になくなると思う。
(『京都かよ!』は、CoRichという演劇関係のサイトでチケットプレゼントが当たったので、金曜か土曜の晩に観に行くことができる。あと、京都市交響楽団のモーツァルト・ツィクルスも聴きに行くかもしれない)

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙42枚分になった。

 終日雨降りということもあり、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。

 じめじめじめじめとして、あまり快ならぬ一日。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』4を読み進め、『沈氏の日本夫人』の第四幕まで読み終えた。
 『沈氏の日本夫人』は、中国の革命家(郭沫若をモデルとする)と結婚した、日本人の夫人の置かれた苦しく厳しい立場を描いた作品だが、作者あとがきによると、>杉村春子が中国に行って中国べったりになったのに腹立たしくなり、杉村春子の頭を冷やす意味<で書いたものだという。
 あと、この作者のあとがきには、今は亡き芥川比呂志に関しても、>芥川の老け役の如きは歌舞伎劇の型を色濃く残していて少しも新味が感じられないのであった。新国劇あたりの腐(臭か)い演技が残っていると考えていた<と厳しく記されている。
 黒澤明監督の『どですかでん』での芥川比呂志の演技(表情)を知っているだけに、即飯沢さんの意見に従うことはしないけれど、その言い切り方、実に痛快ではある。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。

 『赤い猫』第3号の発行に関する作業を進める。
 さらにさらに、『これから』の筆入れと打ち直しを行った。

 今日の甘いものは、ロッテのクランキー<和栗>。
 実は、昨日もう一枚買っておいたのだ。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 森繁久彌翁が亡くなってしまった。96歳。
 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

『赤い猫』第3号の発行作業を進める(CLACLA日記)

 なんとか予定の11月末までに発行せねばと、個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を進める。
 まず、掲載予定の『これから』(版元稿)の細かい打ち直しを行ったのち、15時少し前に外出して、烏丸通のキンコーズでそれをプリントアウトし、プリントアウトしたものを京都こぴいでコピーする。
 で、帰宅後、プリントアウトした版元稿を参考に、版を組み直し、『これから』の細かい打ち直しを行う。
 ほかに、スケジュールの組み直しや、第2号の支援会員の方々へ第3号の支援会員募集のメールを送ったりもした。
 どんどん、作業を進めていかなければ。

 なお、キンコーズに向かう前、郵便局でお金をおろし、下京図書館で予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』4<未来社>を受け取り、京都こぴいでコピーをすませたあとは、京都芸術センターでいくつか用件を片づけた。


 午前4時過ぎまで、雑件を片づけながら、ネットラジオでベルトラン・ド・ビリー指揮ウィーン放送交響楽団他のコンサートのライヴ録音を聴く。
 2008年12月12日、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場における録音で、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」、ピアノ協奏曲第4番(ボリス・ベレゾフスキー独奏)、交響曲第5番、合唱幻想曲(ベレゾフスキー独奏)という200年前の同じ日、同じ場所で行われたコンサートを再現したプログラムが組まれていた。
 ド・ビリーはいわゆるオーソドックスな解釈で、清新さ鮮烈さには若干欠けていたが、耳なじみのよい演奏ではあったと思う。

 清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 17時台になって、夕飯用の買い物のために再び外出する。

 一応青空は見えていたものの、どんよりとした感じも増す。
 明日以降、雨降りになるようだ。

 日中は気温が上昇し、長袖のシャツ1枚で充分な暖かさだった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』4を読み始め、『釘』と『天保の戯れ絵』の第一幕まで読み終えた。
 『釘』は、東海林さだおの漫画『トントコトントン物語』(これって太宰治の『トカトントン』を意識しているのでは?)を下敷きにした作品で、シュールでナンセンスな味わいが強い。
 現代流に相当台詞や設定をいじる必要はあるだろうが、辻井直幸君あたり演出してみたら面白いんじゃないかな。
 一方、『天保の戯れ絵』は前進座のために書かれた作品。
 江戸時代後期に活躍した浮世絵師歌川国芳を主人公としているが、処女作『画家への志望』以来、そのタイトルの如き画業への想いを明らかにしてきた飯沢さんだけに、反骨反権力の姿勢ともども歌川国芳と自分とを重ね合わせているのではないか?

 ついでに、津田秀夫の『日本の歴史22 天保改革』<小学館>のつまみ再読をする。
 『天保の戯れ絵』のプロローグでも触れられている、歌川国芳の『源頼光公館土蜘作妖怪図(みなもとらいこうやかたつちぐもようかいをなすのず)』を確認するためなり。
 なお、『源頼光以下省略』は、源頼光や化物たちのあり様に託して、ときの将軍家慶や水野忠邦らによる天保の改革を鋭く諷刺したものといわれている。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。

 『赤い猫』第3号の版元稿に関する作業を進める。

 今日の甘いものは、ロッテクランチ<和栗>。
 栗風味のクランチチョコで、なかなか美味しうございました。
 近くのグルメシティで、税込み70円に値下げになっていたもの。
 ごちそうさま!

 ベルリンの壁崩壊から、20年が経った。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

セレクトショップ四条店開店1周年を記念し、ルイボスティーなどを買った(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続き、穏やかな感じがしていたこともあり、14時半過ぎに外出する。

 まず、京都芸術センターまで行って用件を片づけたほか、下鴨車窓の田辺剛さんが明倫ワークショップをやっていることを知り、会場をちらとのぞく。
 ちょうど田辺さんが熱心に説明をしているところだった。

 それから、京都文化博物館に寄ったのち、三条通を歩いて河原町まで出、JEUGIA三条本店、Avis、ライフカードのぴあステーション、BALのジュンク堂書店をまわる。
 ジュンク堂では、岩波新書の新刊、喜安朗の『パリ』が気になった。

 帰りがけ、蛸薬師通の紅茶専門店セレクトショップ四条店でキャラメルチャイの小袋が開店1周年セールで100円になっているのを見つけて早速購入する。
 さらに、ルイボスティーとハーブティーを試飲させてもらい、夕飯時等夜用のお茶としてルイボスティーも購入する。
(ハーブティーのほうも、いやなクセがなく、すっとして実に美味しかった)

 その後、京都芸術センターに再度寄り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(京都芸術センターでは、藤本隆志さんと金乃梨子さんと遭遇し、少し立ち話をした)


 外出前、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進め、個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行い、13時台には浴室とトイレの掃除をすませる。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 夕食時、早速ルイボスティーを飲む。
 美味しい美味しい。

 夕飯後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。

 今日の甘いものは、穀物バー。
 ついに食べ終えた。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

こそ泥めが!(CLACLA日記)

 世の中には、どうしようもない人間がいるものだ。
 いいお天気、いい青空だったこともあり、毎週恒例の洗濯を午前のうちにやっつけたのだが、なんとマンションのコインランドリーの乾燥機の小銭の投入口の周囲が何かで切り開かれていたのである。
 で、すぐさま管理人さんに伝えておいたのだけれど、どこのどいつがやりやがったのか。
 本当に度し難い。

 洗濯の間に、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除をすませる。


 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を進める。

 『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進め、『もう一人のヒト』の第二幕第一場まで読み終えた。
 もう一人のヒト=もう一人の「仁」。
 つまるところ、天皇(とその戦争責任)を問うた作品である。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をする。

 せっかくのお天気だったが、結局今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。

 帰宅後、『これから』(『赤い猫』第3号の版元)の打ち直しを少し行う。
 登場人物を一人増やしたのだ。
(と、言っても黙役、台詞のない役だけど)

 夕飯後、『もう一人のヒト』を読み終えて、『飯沢匡喜劇全集』3を読了した。
 『もう一人のヒト』は、1970年に民藝によって初演された作品で、滝沢修、宇野重吉両巨頭をはじめ、佐野浅夫、山内明、細川ちか子、小夜福子、下條正巳、内藤武敏、嵯峨善兵、樫山文枝、米倉斉加年といった面々のほか、前進座から中村翫右衛門も出演していた。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。

 『不在証明』の打ち直しを行う。

 日本シリーズ第6戦。
 巨人が2対1で日本ハムに勝って、日本一の座を手に入れた。

 連日、怪しげな事件に関する報道が続いている。
 なんともかとも。

 今日の甘いものは、穀物バーの残り。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

メメントモリ!(CLACLA日記)

 日々死の恐怖を強く感じながら、一方で怠惰な時を過ごしてしまっている自分自身のなんと愚かなことか。
 与えられた人生は一回きりなのだ。
 一日一日を本当に大切にしていかなければ。


 版元の打ち直しなど、個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を進める。
 来週の月曜には、キンコーズまで版元をプリントアウトしに行く予定だ。

 『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進める。
 『握手・握手・握手』を読み終えた。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙41枚分になった。

 ネットラジオで、ロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィルの演奏したシベリウスの交響曲第2番のライヴ録音を聴く。
 実に堂に入った演奏で、そこがマゼールらしからぬというか、マゼールらしいというか。

 続けて、山田一雄指揮新日本フィルの演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」&セレナード第6番「セレナータ・ノットゥルナ」ほか<Fontec>と、大友直人指揮日本フィルの演奏したロータの交響曲第3番<KING>を聴く。

 16時台に外出し、京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたのち、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 いいお天気、いい青空の一日。
 日中は気温もけっこう上昇し、穏やかな感じだった。

 途中夕飯を挟んで、ネットラジオでウラディーミル・アシュケナージさん指揮シドニー交響楽団のコンサートの実況中継を聴く。
 プロコフィエフ・フェスティヴァルと銘打ったコンサートで、彼のヴァイオリン協奏曲第1番(ボリス・ベルキンの独奏)、ピアノ協奏曲第1番(アレクサンダー・ガブリリュクの独奏)、『3つのオレンジへの恋』組曲、交響曲第7番が放送されていた。
 そういえば、プロコフィエフの交響曲を聴くと、どうしても芥川也寸志の交響曲第1番を思い出してしまうんだよなあ。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進める。
 『赤・白・黒・黄』を読み終えた。
 これで残すところ『もう一人のヒト』一篇となったわけで、第4巻を予約しておかないと。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。
>日本で最大の不自由は、国際問題において、対手(あいて)の立場を説明することができない一事だ。
 日本には自分の立場しかない。
 この心的態度をかえる教育をしなければ、日本は断じて世界一等国となることはできぬ。
 総ての問題はここから出発しなくてはならぬ<
(『暗黒日記』所収、清沢洌の1945年1月1日の日記より)

 今日の甘いものは、COOPの穀物バー。
 実家から送ってきた荷物に入っていたもの。
 大麦、もちきび、もちあわ、アマランザス、ごま入りのスティックタイプのビスケットで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

ケースバイケース?(CLACLA日記)

 朝日新聞朝刊一面によると、平野内閣官房長官が記者会見で、憲法解釈に関し、これまでの内閣法制局長官の答弁には縛られない、今後は憲法解釈を内閣が行っていく旨の発言をしたという。
 その際、またぞろ「政治主導だから」という言葉が使われたそうだが、なんだかしっくりこない話だ。
 今までの自民党政権もたいがいだったし、内閣法制局長官とて政府の一員であることに違いはなかったのだけれど。
 それにしても、都合のよいときは「政治主導」を盾にとり、日本郵政社長や人事院総裁の人事では…。
 まあ、こういうやり口もまた自民党だってやってきたことだけどね。


 『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進め、『五人のモヨノ』を読み終えた。
 戦争責任の問題を厳しく問うた作品である。

 ほかに、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読もする。

 『不在証明』の下書きとノート書きを進める。

 16時台に外出し、下京図書館へ。
 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を返却する。
(本当は何か小説を借りたかったのだが、これはという作品を見つけることはできなかった)

 その後、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(ついでに、近くのファミリーマートで週刊文春の小林信彦の連載エッセイを立ち読みする。今回は、再び新型インフルエンザがとり上げられていた)

 どんよりとした感じはありつつも、一応いいお天気、いい青空が続く。
 日中は気温も上昇し、穏やかな感じの一日だった。

 帰宅後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙40枚分になった。

 途中夕飯を挟んで、ネットラジオでラインハルト・ゲーベル指揮メルボルン交響楽団のコンサートの実況中継を聴く。
 モーツァルトの交響曲第31番「パリ」と2台のピアノのための協奏曲、ハイドンの交響曲第85番、ケルビーニのシャコンヌが放送されていたが、ピリオド楽器奏者として有名なゲーベルの指揮だけに、ピリオド奏法を演奏した強弱のコントラストの激しい演奏だったと思う。
 ケルビーニの珍しい作品が聴けたのも収穫だった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』3を読み進め、『握手・握手・握手』の第二幕まで読み終えた。
 『握手・握手・握手』は、医療用の強力接着剤によって敵対する二つの国家「コンムニア」の副首相と「カリメア(ひっくり返せば…)」の大使の手が握手したままはなれなくなる奇怪な騒動に、アフリカ出身のシャム双生児の姉妹がからむという、冷戦構造と医学の進歩を皮肉った展開となっている。

 ほかに、『暗黒日記』のつまみ再読もする。

 アメリカ大リーグ・ワールドシリーズは、ヤンキースが7対3でフィリーズを下し、チャンピオンとなる。
 で、この試合6打点をたたき出した松井秀喜がMVPに選ばれた。

 一方、日本シリーズは、3対2で巨人が勝った。
 巨人の3勝2敗で、札幌に舞台が移るということだ。

 今日の甘いものは、山崎製パン・スマイルオーブンのシナモンデニッシュドーナツ。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み68円になっていたもの。
 シナモンシュガーをまぶしたデニッシュドーナツで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

町田康の『宿屋めぐり』を読み終えた(CLACLA日記)

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>をついに読み終えた。
 約7年の歳月をかけて書き上げられた作品で、表現のやたけた感にさらに磨きがかかった点にも当然留意しておくべきなのだろうが、それより何より、僕自身が悩み惑い恐れ歯噛みしているものと真正面から向き合っていることに、僕は強く心を動かされた。
 読んでおいて本当によかったと思う。


 朝方の冷え込みが非常に厳しい。
 日中は昨日よりもいくぶん穏やかだったように感じるも。

 『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進め、『無害な毒薬』を読み終えた。
 なお、作品メモランダムで、
>映画で出演できないが、人気者として出さないわけには行かず、写真出演として大写真にし、舞台に飾った<
という文章の主語が抜けているが、これは巻末の上演記録から北村和夫について語られたものであることがわかる。

 ほかに、金原左門の『昭和の胎動』<小学館文庫/昭和の歴史1>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 ネットラジオで、オスモ・ヴァンスカ指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏した、ドヴォルザークの交響曲第7番のライヴ録音を聴く。
 いつものことながら、サンフランシスコ交響楽団の機能性の高さを感じる。

 京都芸術センターまで出かけようかと16時台に外出したが、結局夕飯用の買い物をすませただけで帰宅した。
 その代わり、遠回りはしたが。

 帰宅後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙38枚分になった。

 ネットラジオで、ジョルディ・サヴァール指揮ル・コンセール・デ・ナシオンのコンサートのライヴ録音を聴く。
 ヘンデルの水上の音楽組曲、王宮の花火の音楽などが放送されていたが、壮麗鮮烈な演奏だったと思う。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』3を読み進め、『信天翁(あほうどり)』を読み終えた。
 『信天翁』は、三島由紀夫を中心とした浪漫劇場のために書かれた作品で、途中どうしても台詞が七五調になってしまうあたりスラプスティックなのりがあり、筒井康隆を想起する。
 また、藤田嗣治や北村西望(?)らをモデルにしつつ戦争・原爆の傷を描いたり、天皇制や自衛隊を茶化したりするあたりも飯沢匡さんらしい。
 もし京都で上演する機会があるのなら、筒井加寿子さんの演出で観てみたい。
(彼女が演出すれば、「テーマ」ばかりが先に来ることはないような気がするので)

 ほかに、『昭和の胎動』のつまみ再読をする。

 文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが亡くなった。100歳。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 広島カープの元監督、三村敏之も亡くなった。61歳。
 深く、深く黙祷。

 農水大臣、通産大臣、外務大臣などを歴任した元衆議院議員の武藤嘉文も亡くなった。82歳。
 黙祷。

 日本シリーズ第4戦は、日本ハムが8対4で勝った。
 両チーム、これで2勝2敗なり。

 今日の甘いものは、メグミルクのクリーム&マンゴプリン。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み35円になっていたもの。
 ほどよい酸味のマンゴプリンでまあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

文化の日、とは言うけれど(CLACLA日記)

 文化の日。
 って、勲章をばらまくことが文化なのか?
 と、ついつい突っ込みたくなってしまう。
 津島雄二、森山真弓、臼井日出男、瓦力、張富士夫…。


 それにしても、寒い!
 昨日も寒かったけれど、今日はそれに輪をかけて寒い。
 寒い寒い寒い。
 電源は入れてはいないけど、ついにこたつセットをセットした。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 伊集院光の深夜の馬鹿力を聴き終えたあと、雑件を片づけながら、ネットラジオでニコラス・ズナイダー指揮サンパウロ室内管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第7番のライヴ録音を聴く。
 とりたてて名演というわけではなかったのだけれど、音楽がいきいきとしていて途中下車できなかったのだ。
 結局、午前4時頃まで起きることになってしまった。

 『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進める。
 『王女の買物』を読み終えた。

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>も読み進める。
 514頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙36枚分になった。

 ネットラジオで、トン・コープマン指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ヘンデルの王宮の花火の音楽、ハイドンの協奏交響曲と交響曲第97番などが放送されていたが、いずれもピリオド奏法を援用した演奏で、メリハリのよくきいた小気味よい音楽を愉しむことができた。

 続けて、ヤープ・テル・リンデン指揮モーツァルト・アカデミー・アムステルダムの演奏した、モーツァルトの交響曲第20番〜第23番のCD<BRILLIANT>を聴く。
(記し忘れていたが、昨夜夕飯後、同じ演奏者たちによるモーツァルトの交響曲第27番、第28番、第30番<同>を聴いたんだった)

 16時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 寒さに加え、どんよりとしたお天気だったこともあって、今日は17時台に夕飯用の買い物のために外出しただけ。
 まあ、仕方ない。
(ほかに、近くの100円ショップ・ダイソーで、プラチナの万年筆のインクを買っておく)

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み進める。
 『無害な毒薬』の第二幕まで読み終えた。
 なお、この作品は分裂後の文学座のために書かれた作品で、1965年の初演には、杉村春子や長岡輝子、竜岡晋、加藤武に加え、江守徹、細川俊之、岸田森、草野大悟、川辺久造、菅野忠之(現菅野菜保之)、浜田晃、小川真由美、悠木千帆(現樹木希林)、松下砂稚子、八木昌子らも出演している。

 『宿屋めぐり』も読み進める。
 552頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙37枚分になった。

 ネットラジオで、サカリ・オラモ指揮hr交響楽団の演奏した、シベリウスの交響曲第5番のライヴ録音を聴く。
 非常にシンフォニックでドラマティックな音楽づくりで、爽快な演奏に仕上がっていたのではないか。

 続けて、グスターヴォ・ドゥダメル指揮エーテボリ交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ワーグナーのヴェーゼンドンク歌曲集(アンナ・ラーションのメゾ・ソプラノ独唱)とブルックナーの交響曲第9番が放送されていたが、ブルックナーは若干大づくりで力任せの感がなくもなかった。

 日本シリーズ第3戦で、戦争犯罪人ブッシュの●●息子が始球式を行ったという。
 小泉純一郎も観戦していたそうだけれど、この二人だけに超局地××を仕掛ける人間はいなかったのか?
 少なくとも、靴を投げつける人間がいてもおかしくないと思うのだが。
(ゲーム自体は、7対4で巨人が勝ったとのこと)

 今日の甘いものは、昨日と同じくメグミルクのとろける杏仁豆腐。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

それにしても、寒い!(CLACLA日記)

 急に気温が下がり、寒さを強く感じる一日となる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。
 それにしても、寒い!


 昨夜寝る前、雑件を片づけながら、youtubeでセルジュ・チェリビダッケ指揮ベルリン・フィルの演奏したブルックナーの交響曲第7番の第1楽章やオイゲン・ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏した同じ曲の第4楽章(来日公演のライヴ録画で、演奏終了後すぐに拍手が鳴ったものだから、指揮者のヨッフムがぺろりと舌を出す)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏したブラームスの交響曲第2番の第1楽章を観聴きする。
 で、やっぱり生で観聴きしたい、というのが正直な感想だ。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。
 スケジュールを組み直し、版組みなどについて考える。
 どんどん進めていかなければ!

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を読み進める。
 391頁まで読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 雨は降っていたし、それほど体調も芳しくはなかったが、17時近くになって下京図書館まで足を運ぶ。
 で、予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を借りる。

 その後、室町通の文具ショップ・ストアデポでノートとボールペンの換え芯(赤)を購入し、京都芸術センターでちょっとした用件を片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 帰りがけも小雨はぱらついていたが、雲間から月が見えていた。
 その美しかったこと!

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』3<未来社>を読み始め、『王女の買物』の第二幕まで読み終えた。
 なお、『王女の買物』は、NHK東京放送劇団の舞台公演のために書かれた作品で、黒柳徹子も出演している。
(主演は、森繁久彌との『日曜名作座』で知られた加藤道子)

 『宿屋めぐり』を読み進める。
 434頁まで読み終えた。

 『不在証明』の今後の展開について考える。

 今日の甘いものは、メグミルクのとろける杏仁豆腐。
 近くのグルメシティで、半額引き、3個1パック税込み79円になっていたもの。
 少し薬臭い感じはしたものの、つるっとした食感でまあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

今日から11月(CLACLA日記)

 今日から11月。
 気を引き締め、頑張っていきまっしょい!


 が、お天気は雨。
 雨、雨、雨。
 午前中は青空が見えていたのに、正午頃から雨が降り出し、ついには本降りとなる。
 外出中、けっこう濡れてしまったわい。
 やれやれ。

 昨夜(日付けは今日に変わってから)、雑件を片づけながら、ネットラジオでバイエルン州立歌劇場におけるモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』公演(ケント・ナガノ指揮他)の実況中継を第一幕の終わりまで聴く。
 本当はきりのいいところで途中下車するつもりだったが、大好きな作品だけに、ついつい一幕の終わりまで聴いてしまったのだ。
 歌手の中では、ドン・オッターヴィオの美しい声が強く印象に残った。

 午前10時台、近くのスギ薬局までセールのお米を買いに行く。
 晴れているうちに行っておいて、よかったよかった。

 朝日新聞日曜日読書欄の筒井康隆の連載『漂流 本から本へ』、その30回目の今日は、飯沢匡さんの『北京の幽霊』が取り上げられていた。
 おお、『北京の幽霊』といえば僕も最近読んだばっかりじゃないか!
 と、驚いてみせたのは嘘。
 実は、筒井康隆のネット上の日記で、今度『北京の幽霊』を取り上げるということを知ったこともあって、『飯沢匡喜劇全集』<未来社>を読み始めたのだ。
 それにしても、筒井康隆は青猫座時代、『北京の幽霊』の羅青年役を演じていたのか。
 初演で「羅青年役を演った」中村伸郎と話をしたことがあることも含めて、とてもうらやましい。

 そうそう、僕の個人創作誌『赤い猫』は、青猫座からきているのではないので、その点お間違いなく。

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を読み進める。
 275頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読を今日もする。

 11月の創作活動に関して考える。
 やるべきことをしっかりやっていかないと。

 午後12時半過ぎに外出し、阪急で河原町まで出、そこから歩いて東山青少年活動センターへ。
 創造活動室で、ヤマコジ朗読実験室round3『〜神様〜』を観聴きする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 出演者の山方由美さんや、音響の児玉菜摘さん、受付の上田千尋さんとあいさつをしたほか、偶然同じ回を観に来ていた藤本隆志さんと、開演前終演後、しばらく話をする。

 で、藤本さんと別れたあと河原町まで出たが、雨がひどいこともあり、寺町通の100円ショップ、ダイソーでセーラーの万年筆インクとシェイビングジェルを回、Avisをのぞいただけで帰宅した。

 夕飯後、『宿屋めぐり』を読み進める。
 335頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 日本シリーズ第2戦は、日本ハムが4対2で巨人を破った。
 これで、どちらも1勝1敗か。
(日ハムというと、どうしても高橋直樹や高橋一三を思い出してしまうんだよね。あと、ロッテだと、村田、八木沢、成田、木樽。古すぎる…)

 今日は、ヤマコジの公演終了後、「RICO」のマフィン(ラムレーズン)を食す。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヤマコジ朗読実験室round3『〜神様〜』

 辻仁成と組んで『冷静と情熱のあいだ』を書いたのが影響したのか、最近では城山三郎もびっくりというようなものものしいタイトルの作品をものしている江國香織だけれど、はじめのころはあんな風じゃなかったのになあ、特に二十年以上も前に刊行された『つめたいよるに』や、文庫本ではそれといっしょに収められている『温かなお皿』(中でも『ねぎを刻む』や『冬の日、防衛庁にて』)なんて、タイトルもシンプルならば文章もシンプル、ダイヤモンドは小粒できらきらひかる、てな具合で見事だったよなあ、そういえばNHK・FMで以前やってた石田ゆり子の『つめたいよるに』の朗読は声の柔らかさと淡々とした語り口で作品の持つ世界観にぴったりだったなあ、などということを、ヤマコジ朗読実験室round3『〜神様〜』(東山青少年活動センター創造活動室)を観聴きしながら、ふと思った。

 と、言っても、ヤマガタユミさんとコジマキョウコさんによるヴォイス・パフォーマンス・ユニット、ヤマコジが今回とり上げたのは、江國香織の作品ではなく、川上弘美の『神様』と、その後日譚である『草上の昼食』(ともに、『神様』<中公文庫>所収)だった。
 ただ、今や「ちょっとは似た感じもあるんじゃないのかな?」程度になってしまった川上弘美と江國香織だけれど、かつては「似て非なるもの」と呼べるほどの親しい雰囲気が二人の作品にはあったのである。
(そういや、川上さんと江國さんの対談した記事を読んだことがあったんだ。川上さん、ほんと背が高いんだよね)

 で、『神様』は、江國香織にとっての『つめたいよるに』と同じような意味合いを持った作品、どころか、現在朝日新聞に連載中の『七夜物語』も含めて、川上弘美の全ての作品はこの『神様』の変奏と呼んでも言い過ぎではないくらい、川上弘美ファンにとってはマストの作品なのではないか?
 なにせ、同じマンションに引越してきた「くま」(純然たる動物の!)に誘われて、「わたし」が「散歩のようなハイキングに出かける」というどこか不可思議で、しかしなんともほのぼのとした展開と、「くま」と「わたし」の微妙でやるせない関係は、その後の川上さんの作品世界を単適に示しているからだ。

 そしてそんな『神様』(と『草上の昼食』)を、ヤマコジの二人は、「くま」と「わたし」をほぼ交互に読み分ける形で朗読していたのだけれど、個人的には、そうした趣向が巧く活かされていたとは言えないのではないかと感じてしまった。
 確かに、ヤマガタさんとコジマさんが朗読の基礎をきっちりと押さえていることは充分にわかったし、今日の回は万全ではなかったかもしれないが声質という意味でも二人には魅力がある。
 けれど、「くま」と「わたし」の性質や感情が、ヤマガタさんとコジマさんとで大きく変わってしまっているように感じられるのは、たとえそれが個々の特性の表われだとしても、やはり大きな問題だろう。
 「くま」と「わたし」というキャラクターがはっきり分かれる作品だけに、ヤマガタさんとコジマさんで各々の役を演じ分けるか、今回のような構成をとるならば、登場人物のキャラクターの把握を一層綿密にすり合わせる必要があるのではないかと思う。
(これは個人的な好みだけれど、朗読中の音楽はもっと無機的というか、家具的なものでもよかったのではないか)

 あと、冒頭、並びに『神様』と『草上の昼食』の間に、ダイカイカズコさんとフクイサチヨさんがダンスを演じたが、技術に関する云々かんぬんはひとまず置くとして、公演全体のコンセプトを考えた際、朗読の部分との共通性があまり感じ取れないもどかしさを覚えた。
(ダイカイさんとフクイさんのダンスが、『神様』と『草上の昼食』を踏まえたものであろうことが全く想像できなかったわけではないとはいえ)
 次回の公演では、朗読とダンスのコラボレーションという企画の狙いがよりはっきりとしたものになることを期待したい。

 なお、公演終了後、手作り焼き菓子「RICO」のマフィン(ラムレーズン)とピーチティーをいただいたが、このマフィンは柔らい甘さに加え、マフィン自体の食感とラムレーズン、くるみの食感のバランスもよく、実に美味しうございました。
 ごちそうさま!
(時期が時期だけに、かぼちゃのマフィンも食べたかったな)
posted by figarok492na at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月のエンタメ情報

 日付けが変わって、2009年もついに11月。
 今年も残すところあと二ヶ月を切ってしまって、これではあかんと気の引き締めにやっきな中瀬宏之だが、はたして毎月一日恒例のエンタメ情報も引き締まって記していけるだろうか?

 と、言うことで、いつもの如く演劇お芝居の類いから。
 まず、10月31日から公演が始まっている、1日のヤマコジ朗読実験室round3『〜神様〜』(東山青少年活動センター創造活動室)は当選確実。
 ほかに気になっているのが、12〜18日の遊劇体♯48『演劇×世界』(キタモトマサヤさん台本、演出/ウィングスフィールド)と13〜15日のPan_officeプロデュース『京都かよ!』(伊藤拓さん演出/アトリエ劇研)の二つ。
 前者は、キタモトマサヤさん渾身の一作となっているのではないか?
 正直、評価は大きく分かれるような気もするけれど、だからこそ観ておきたい気がする。
 梅田心斎橋間を歩いて往復する覚悟ができたら、ぜひ。
 一方後者は、France_panの伊藤拓さんが、山崎彬さん(悪い芝居)、司辻有香さん(辻企画)、田辺剛さん、村上慎太郎さん(夕暮れ社弱男ユニット)という京都の劇作家の書いた台本を演出するという企画。
 順に、一人芝居、二人芝居、三人芝居、五人芝居と、出演者が増えていく趣向も興味深い。
 それにしても、『京都かよ!』って、なんとも伊藤さんらしいネーミングだなあ。

 続いて、コンサートでは、14日の京都市交響楽団モーツァルトツィクルスNr.21(京都コンサートホール小ホール)と、28日の京都市交響楽団の第530回定期演奏会(京都コンサートホール大ホール)が気になる。
 14日は、ピリオド楽器の演奏で名高い鈴木雅明の指揮で、交響曲第20番と第34番といった比較的有名ではないモーツァルトの作品が演奏されるのが面白い。
 加えて、ソプラノの松井亜希が歌うモテット『エクスルターテ・イウビラーテ』も興味をそそる。
 また、28日の定期演奏会は、なんと言っても広上淳一が指揮するお得意のサン=サーンスの交響曲第3番「オルガンつき」が目玉だろう。
 この二つは、できれば落としたくない。

 映画では、いずれも京都シネマで上映される『湖のほとりで』(10月31日〜)、『パンドラの匣』(同)、そして『母なる証明』(同)の三本。
 『湖のほとりで』と『パンドラの匣』は先月のエンタメ情報で記したので、ここではパス。
 『母なる証明』は、『殺人の追憶』の感動と興奮が未だに鮮明に記憶に残るポン・ジュノ監督の作品ということで、期待大だ。
(「てか、あんたも京都シネマの会員なんやから、もちょっと映画を観に行きなはれ!」、と呼ぶ声あり。わかってまんがな、そないに言わんでも…)

 あと、文庫本の新刊では、13日発売予定の川上未映子の『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』<講談社文庫>、25日発売予定の矢作俊彦の『あ・じゃ・ぱん』<角川文庫>、28日発売予定の伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』<新潮文庫>ぐらいは買っておきたいものだけれど。
 ああ、どうにかならないもの金!

 って、よくよく考えたなら、11月末には個人創作誌の『赤い猫』の第3号の発行も控えてるんだった。
 ほんと、エンタメってる場合じゃないって!!
posted by figarok492na at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする