2009年10月31日

10月末日、『飯沢匡喜劇全集』2を読了した(CLACLA日記)

 今日で10月も終わり。
 2009年も、残すところ二ヶ月となってしまった。
 一日一日を大切にしていかなければ。
 メメントモリ!


 いいお天気、いい青空が続いていたこともあって、毎週恒例の洗濯をすませる。
 ついでに、キッチンまわりの拭き掃除もすませる。

 午前11時台に、実家からの荷物が届く。
 いつものことながら申し訳ない。
 多謝。

 『見せられた手帖』を読み終えて、『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読了した。
 飯沢さんのよく出来た作品(まさしくウェルメイド)を読むことはいろいろと刺激になるし、それより何より本当に愉しい。
(少し気になるのは、第1巻同様に誤字脱字が散見されること。例えば、『塔』の出演者は本来芥川比呂志なのだけれど、作品メモランダムでは、なぜだかそれが芥川也寸志となっている。まあ、わかっている人にとっては単なる凡ミスですむのだろうが。だが、しかし…)

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を読み進める。
 ようやく167頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 10月分の創作活動に関し総括を行う。
 いったい俺は何をやっているんだ…。

 16時台に外出し、下京図書館へ。
 『飯沢匡喜劇全集』2を返却し、新たに第3巻を予約する。

 で、ウィングス京都と中京青少年活動センター、京都芸術センターで用件をいくつか片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『宿屋めぐり』を読み進める。
 222頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読も行う。

 巨人対日本ハムによる日本シリーズの第一戦は、4対3で巨人のほうが勝ったとのこと。
 なるほどねえ。

 今日も、甘いものは食さず。
 胃腸の調子があまり芳しくないこともあって。
 暴飲暴食少なし仁、ってわかっているから、あんまり無茶はしてないはずなんだけどなあ。
 やれやれ。

 日中は穏やかな感じだったが、夕方以降気温がぐっと下がる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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三遊亭圓楽と立川文都が亡くなった(深夜のCLACLA)

 10月も残すところあと一日のみ。
 ああ、時よお前は美しい!


 落語家の三遊亭圓楽が亡くなった。76歳。
 圓楽さんといえば、どうしても『笑点』ということになってしまうのか。
 かつて、志ん朝、談志、柳朝とともに「四天王」と呼ばれた噺家だったのだが…。
 深く、深く、深く黙祷。

 同じく落語家の立川文都も亡くなった。49歳。
 癌で闘病中であることを公表していた。
 深く、深く、深く黙祷。


 いいお天気、いい青空が続く。
 日中は穏やかな感じの一日だった。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進め、『危ない季節』を読み終えた。
 『危ない季節』は、東宝プロデュースで森光子主演によって初演された作品で、飯沢さん自身は、「私は森の持ち味を知らなかったので、成功作とはいい難い」と作品メモランダムに記しているが、個人的には、台本自体はウェルメイドプレイとしてよくできているように思う。
 いずれにしても、いろいろと学ぶところ大だ。
(1962年初演ということや、劇の設定、劇中の台詞などからも、『危ない季節』は1961〜64年にNHKで放映された『若い季節』を意識したものではないか?)

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>も読み進める。
 こちらは、やたけたなウェルメイドプレイというか。
 好き勝手をやらかし通しているように見えるが、町田康の作家としての計算と勘の鋭さはやはりなまなかなものではあるまい。
 読み進めていくのが、ますます愉しみである。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙35枚分になった。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 18時過ぎに外出し、近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから烏丸まで出、地下鉄で北山へ。
 で、京都コンサートホールで、京都市交響楽団第529回定期演奏会を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 休憩中と終演後、本保弘人さんと少し立ち話をする。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月30日

結局聴きに行った、京都市交響楽団第529回定期演奏会

 ☆京都市交響楽団第529回定期演奏会

  指揮:井上 道義
  座席:3階 RA−1列4番(休憩前、勘違いで)、同5番(休憩後)


 P席を買いそびれ、好みの席もないということで、一度はパスすることに決めた京都市交響楽団第529回定期演奏会だったが、オーケストラ好きの血が騒ぎ、結局聴きに行って来た。
 ただし、いくつか用件を片づけているうちに外出が遅れ、北山の京都コンサートホールに着いたのは開演の3分ほど前。
 一瞬後半だけでもいいかと思ったが(そのほうが断然安いし)、ぎりぎりなんとか間に合いそうなので、コンサート全部聴くことにした。
(で、慌てて走ったおかげで、休憩途中までおなかが痛くて仕方がなかった。お出かけは計画的に…)

 前半は、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」。
 思い切り編成を刈り込んで両翼配置(第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右対称に配置)、ヴィヴラートやレガートも控えめだしテンポもスピーディーと、予想通り最近の井上道義らしくピリオド奏法を援用した音楽づくりとなっていた。
 第1楽章など、ところどころ長調の中に潜む音の翳りがもっと出てくればなあと感じたこともなくはなかったが、すっきりとしてスポーティー、実に爽快で聴き心地のよい演奏だったと思う。

 一方、休憩を挟んだメインのブルックナーの交響曲第9番は、非常にゆっくりとしたテンポで第1楽章が始まったのだけど、ううん、これは個人的にはあまりしっくりとはこなかった。
 先日、クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の演奏した同じ曲のライヴ録音をネットラジオで耳にして、「地に足はついてないけれど、天にも昇れない」と記したのだが、今回の井上道義と京響の演奏もそれとどこか似たような感じ。
 大づくりに過ぎるというか、ねばっこさがあり過ぎるというか、何かやってるやってる感がつきまとうというか。
 同じ第9番の交響曲でも、マーラーならばしっくりくるのだろうになあ、と思ってしまう。
 続く第2楽章は、期待していたほどのやたけた感はなかったものの、計算づくの民族大移動(なんじゃそりゃ?)といった具合で、この楽章の持つ新しさと旧さの両面が巧く表されていたように感じた。
 終楽章も、入魂の指揮ぶりとでも呼びたくなるような真摯な音楽づくりを井上道義は行っていて、弦や、木管のソロなどの美しさに惹き込まれる箇所がたびたびあった。
 また、これは全楽章に共通するが、全ての楽器が強奏する部分での迫力は、やはり生ならではのものという感も新たにした。
 ただ、時折ライブ特有の傷が観(聴き)受けられたことも事実で、特にホルンの不調が気になってしまったことは付記しておきたい。
posted by figarok492na at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

下京図書館に行って、町田康の『宿屋めぐり』を借りた(CLACLA日記)

 昨夜、実家から電話があり、荷物を送ってくれるとのこと。
 申し訳ないかぎり。
 多謝。

 雑件を片づけながら、午前4時頃までダニエル・ハーディング指揮ロンドン交響楽団のコンサートのライヴ録音をネットラジオで聴く。
 シューマンの『マンフレッド』序曲、ルノー・カプソン独奏によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は全曲聴き、ブラームスの交響曲第2番は第3楽章の冒頭部分で途中下車した。
 演奏がどうこうというより、眠たくなってしまったため。
 他意はない。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『騒がしい屍』、『塔』の第一幕を読み終えた。
 『騒がしい屍』には、ヒッチコックの『ハリーの災難』を想起する。
 一方、『塔』は重い喜劇というか、シリアスなテーマの作品だ。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙34枚分になった。

 16時台に外出し、下京図書館へ。
 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を返却し、新たに町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を借りる。

 その後、京都芸術センターまで移動していくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物もすませて帰宅した。

 いいお天気、いい青空が続く。
 概して穏やかな感じの一日だった。

 夕飯前に、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みをさらに進める。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2を読み進め、『塔』を読み終えた。
 『塔』は、いわゆる新興宗教が大きなテーマとなっているほか、1960年初演ということからもわかるように60年安保の影響が如実に示されてもいるが、ただそれだけに留まらず、より普遍的な問題と向き合った作品だと思う。
 できれば、実演に触れてみたいのだが。
(余談だけれど、60年安保の影響は、その頃撮影された東映時代劇の群衆シーンにも如実に示されているのではないか?)

 『宿屋めぐり』を読み始める。
 これもまた、普遍的な問題と向き合った作品だと思う。
 じっくりと読んでいきたい。

 今日の甘いものは、ヤマザキの豆入りロールパン。
 松原通のキムラで、半額びき、税込み52円だったもの。
 小豆甘納豆入りのコッペパンで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月28日

筒井康隆を想起させる、飯沢匡さんの『物体嬢』(CLACLA日記)

 体調があまり芳しくないこともあって、今日の外出は、14時台に郵便局まで足を運んだのと、17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 いいお天気、いい青空が続いていたが、まあ仕方ない。


 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進め、『物体嬢』を読み終えた。
 作品メモランダムで、飯沢さん自ら「一種のショートショート」と記しているが、『物体嬢』はまさしく筒井康隆の初期のショートショートを想起させるスラプスティックぶりが実に面白い。
 特に第三幕、ある「物体」に接して、別荘番の老婆が、
>ああ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、頓生菩提…<
と、狂喜して飛び出して来るあたり、まんま筒井だ。
 まあ、1958年に名古屋放送劇団が初演したこの作品に筒井康隆が触れた可能性はほとんどないだろうけど。
(筒井康隆の『腹立半分日記』<角川文庫>中の「サラリーマン時代」によると、この1958年頃は彼にとって芝居狂時代末期にあたっており、テキストを目にしたことがないとまでは言い切れないのだ。なにせ、飯沢匡は筒井康隆の心の師の一人なのだから)

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙32枚分になった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2を読み進め、『私の秘密』を読み終えた。
 同名のNHKの名物番組を題材にしているが、新派のために書かれた作品らしく「心温まる」人情譚となっている。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みをさらに進める。
 原稿用紙33枚分になった。

 桂米朝、坂田藤十郎らが文化勲章を受章し、岩谷時子、宮尾登美子、草間彌生、吉田蓑助、川田順造らが文化功労者に選ばれた。
 そういえば、先日接した月亭可朝やんは米朝の弟子だったのだ。

 国会。
 「野党」自民党の谷垣総裁らが代表質問を行ったとのこと。

 関門海峡で、海上自衛隊の護衛艦くらまと韓国のコンテナ船が衝突し、双方が炎上したという。

 評論家の室伏哲郎が亡くなった。78歳。
 深く黙祷。

 中国研究者の安藤彦太郎も亡くなった。92歳。
 黙祷。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月27日

村木与四郎が亡くなった(CLACLA日記)

 映画の美術監督、村木与四郎が亡くなった。85歳。
 いわゆる黒澤組の一人で、『生きものの記録』以降、ほぼ全ての黒澤作品で美術監督を務めた。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 帰宅後、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら雑件を片づけていて、結局眠ったのは午前3時をだいぶん過ぎてから。
 それでも朝早めに起きて、仕事がらみの雑件をいくつか片づける。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読了した。
 バランスのとれた記述で、イスラエル史入門としては非常に適切な一冊だと思う。
 これは読んで正解だった。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『陽気妃』を読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。
 そろそろ版元用の原稿をプリントアウトしに行かなければ。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙31枚分になった。

 ネットラジオで、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮クリーヴランド管弦楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が放送されていたが、ブロムシュテット老いてなお盛んの感をさらに強めた。

 続けて、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団他の演奏した、スメタナの管弦楽曲集のCD<Decca>を聴く。

 16時台に外出し、ウィングス京都へ。
 図書情報室で、『イプセン戯曲選集』<東海大学出版会>を返却する。
(本当は、全巻じっくり読みたいところだが、飯沢さんの喜劇全集とバッティングしているので、返却しておくことにしたのだ)

 で、中京青少年活動センターと京都芸術センターに寄り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『遠くの花扇』、『怖ろしい子供たち』を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 ホルンのラース・ミヒャエル・ストランスキーとアンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏した、リヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 続けて、ネットラジオで、クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の演奏した、ブルックナーの交響曲第9番のライヴ録音を聴く。
 エッシェンバッハらしい、一筋縄ではいかないテンポ設定の演奏だったと思う。

 そういえば、LP時代、最初に買ったブルックナーの交響曲がこの第9番だったように記憶している。
 オットー・クレンペラー指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団による演奏<EMI>で、特に第2楽章のまがまがしさにびっくりしたものだ。

 今日の甘いものは、Pascoのデニッシュエクレール。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み87円だったもの。
 ホイップクリームを挟んだデニッシュをチョコレートでコーティングした菓子パンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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ほんまにほんま可朝やんでっせ!(深夜のCLACLA)

 何も知らなければ、好き勝手なことが言える。
 知れば知るほど、言葉は少なくなる。
 ふと、そんなことを思う。


 雨降りの一日。
 じめじめじめじめとしてじめ寒く、あまり快ならず。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第6章の「和平への道」と第7章の「テロと和平のはざまで」を読み終えた。
 残すところ、終章のみだ。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>も読み進める。
 『陽気妃』の第二幕まで読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 ようやく原稿用紙30枚分になった。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 オーボエのアルブレヒト・マイアーとクラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバーオーケストラの演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲他<ドイツ・グラモフォン>と、クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏したロッシーニの序曲集<同>を聴く。

 18時少し前に外出し、京都芸術センターで用件を片づけたのち、堺町通錦小路下ルの錦湯まで足を運び、第24回湯快寄席を愉しむ。
 旧知の松田裕一郎さんの誘いでチケットをとってもらっていたもので、桂さん都、桂三風、ジャグリングのTASUKU、笑福亭円笑の面々の噺、出し物もそれなりに面白かったのだが、今回の目玉はなんと言っても月亭可朝やん。
 人生全てをさらけ出すというか、全身全霊をかけてというか、自分自身の「例の話題」を笑いにするなど、可朝やんの姿に生で接することができただけでも大満足だった。
(おなじみの「ほんまにほんま」のフレーズがちゃんと出てきたのも嬉しかったけど、まさか『坊主茶屋』をやるとは思ってもみなかった。あとで松田さんとも話をしたが、これにはびっくり)

 寄席が終わったあと、近くの居酒屋に移動し、3時間ほど松田さんと談論風発、いろいろと刺激を受ける。
 てか、ちょっと飲み過ぎたかな?

 帰りがけ、偶然、田辺剛さん、藤本隆志さん、豊島由香さん、小早川保隆さん、森衣里さんの下鴨車窓の面々と遭遇し、あいさつをする。
(酔っていて、破れ傘刀舟悪人狩りの真似をしてしまった。バカが!)

 参議院の二つの補欠選挙(神奈川選挙区と静岡選挙区)で、ともに民主党候補が勝利したという。
 過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉を思い出す。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

お芝居を観たあと、河原町まで出た(CLACLA日記)

 明け方、地震の揺れで目が覚める。
 阪神淡路大震災のことを思い出した。

 どんよりとしたお天気だったが、午前のうちに毎週恒例の洗濯を決行する。
 ついでに、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除もすませておく。

 昼食に、インスタントみそラーメンをつくったが、その際昨日の晩購入した野菜ジュースをけっこう多めに入れてみた。
 で、これが大正解。
トマトベースのジュースということもあって、酸味のきいた美味しいスープになったのだ。
 麻阿吾のトマトラーメンと比べるのは失礼かもしれないけど、でもこの野菜ジュース入りのインスタントみそラーメンは今後も試していきたいな。
 まずは、明日のお昼から?

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第5章の「占領と変容」を読み終えた。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>も読み進める。
 『2対1』を読み終えた。


 12時半過ぎに外出し、市バスで下鴨東本町へ。
 アトリエ劇研でshelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、大熊ねこさん、大木湖南さん、伊藤真希さんと立ち話やあいさつをしたほか、本保弘人さんとは終演後場所を変えて、今日の公演やオーケストラのことに関ししばらく話をする。

 その後河原町まで出、Avisや紀伊國屋書店、ライフカードのぴあステーションなどを回り、帰宅した。


 今日の甘いものは、寺町通の100円ショップ、ルプリュで買った、タンゴ・クッキーチョコ。
 食べ応えのあるチョコレートで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

shelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』

 shelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』(イプセン原作、矢野靖人構成・演出、アトリエ劇研)を観て、登場人物の一人イレーネ(川渕優子。イプセンということもあって、佐藤オリエを思い出す。あとなぜだか松本留美も)が老いた芸術家ルーベック(阿部一徳)に向けたナイフは、作者のイプセンその人ばかりではなく、僕らにもまた向けられたものだと痛感した。
 少なくとも、なんらかの形で表現活動に携わっている者にとって、イプセンが最後に遺したこの『私たち死んだものが目覚めたら』という作品は、とうてい他人事とは思えない、重くて容易に答えを出すことのできない問いを投げかけてくる。
(だから、矢野さんの「意匠」に納得がいかないのならまだしも、イプセンの原作そのものに一切共感を持てないと断言できる表現者は、よほど自らの才能に自信があるか、あるいはただの…)

 アンケートにも記したのだけれど、下野竜也が指揮した紀尾井シンフォニエッタ東京でセヴェルーの管弦楽作品やシベリウスの交響曲第4番か第5番を聴いたような気持ちになった、というのが公演そのものに対する僕の正直な感想だ。
 それではわかりにくいというのであれば、能力のある若手中堅の指揮者が腕扱きの演奏者を集めたアンサンブルで優れた作品を適切に演奏しきった、と言い換えてもよい。

 地主ウルハイム(山田宏平)にト書きを読ませたり、ベンチ一脚と床に敷かれた布以外はほぼ素舞台といってもよい簡素な舞台美術(だからこそ、第二幕でイレーネが野バラの花びらを小川に流す情景が美しく映える)を用いるなど、古式ゆかしき演出スタイルとは一線を画すものの、基本的には、いわゆる新劇的なイプセンに慣れ親しんだ人たちにとっても全く違和感を覚えることのないだろう演出を矢野さんは行っていた。
 テキストを事前に読み直したこともあってか(公演と同様、毛利三彌の訳した『イプセン戯曲選集』<東海大学出版会>所収のもの。学生時代に原千代海の訳で読んで以来だから、約20年ぶり)、台詞感情の強弱が若干単調というか、「そろそろフォルテッシモが炸裂しそうだな」と予測のしやすい点に時折不満を感じたが、作品の持つ世界観や作品の核となるものはしっかりと示されていたのではないだろうか。

 役者陣(先述以外に、片岡佐知子、櫻井晋、秋葉洋志、大川みな子が出演。余談だけど、片岡さんの声は声優の誰かにそっくりだ。小山茉美? 勝生真沙子?)も、楽日にありがちな意識の抜けが観受けられたり、ライヴ特有の傷があったり、演技のスタイルとして個人的な好みに合わない人がいたりもしたが、総じて高い水準にあったと思う。
(こういう言い方はあまりしたくないけど、残念ながら京都の小劇場界の大半の演者陣とは、やっぱり格が違う)
 また、音響(荒木まや)や照明(則武鶴代)、衣装(竹内陽子)も、作品並びに演出とよく沿っていて好感が持てた。

 いずれにしても、今回shelfの公演に足を運んだのは正解だった。
 十八番の『ちいさなエイヨルフ』(これまたイプセン)をはじめ、shelfの公演に今後も継続的に接していきたい。


*追記
 開演前に流れていた音楽のセンスがよくて、終演後音響の荒木さん(?)に尋ねたところ、スケンプトンのクラリネット作品と、ジャン・ギアン・ケラスの現代音楽の無伴奏作品の録音を使用していたとのこと。
 で、帰宅後調べたが、スケンプトンのほうはバーミンガム現代音楽グループの演奏した作品集の中のクラリネット5重奏曲<NMC>、ケラスのほうはコダーイやクルターク、ヴァレーズなどを集めた現代音楽作品集<HMC>ではないか?
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2009年10月24日

依頼された仕事の打ち合わせをする(CLACLA日記)

>おのれの力の限界をみつめながら、精一杯の仕事をしているときには、誰だって絶望するだろう。
(中略)絶望にたえながら生きていくのが人生である<
『花田清輝評論集』<岩波文庫>所収、「人生論の流行の意味」より。


 どんよりとしたお天気だったこともあり、毎週恒例の洗濯は明日以降に延期することにする。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第3章の「ユダヤ国家の誕生」を読み終えた。

 14時過ぎに外出し、まず下京図書館で『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>と黒岩比佐子の『歴史のかげにグルメあり』<文春新書>を返却し、予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を借りる。

 それから京都芸術センターで用件を片づけたのち、依頼されていた仕事に関する打ち合わせを3時間以上行う。

 で、その後1時間ほど打ち合わせ以外の立ち話をし、再び京都芸術センターに寄ってから、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 遅めの夕飯後、今日の打ち合わせの総括(メモ書き)をすませる。

 『イスラエル』を読み進める。
 第4章の「建国の光と影」を読み終えた。
 イスラエルの誕生のあらましや、アイヒマン裁判の政治的利用など、学ぶところ大である。

 『飯沢匡喜劇全集』2を読み始める。
 越路吹雪出演の新派用に書かれた『2対1』の第一幕を読み終えた。

 今日は、打ち合わせ時にスイートポテトを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月23日

厚顔無恥の極み(CLACLA日記)

 JR福知山線の脱線事故に関し、神戸第一検察審査会が井手正敬、南谷昌二郎、垣内剛のJR西日本歴代三社長を「起訴相当」とする議決を行った。
 ここのところ改めて明らかになっているJR西日本の腐敗体質を考えても、今回の起訴相当の議決は当然のことだと思う。
 それにしても、井手正敬は現在横綱審議委員会の委員を務めているというが、いったいどの面さげて審議の席に加わることができるのだろう。
 厚顔無恥の極み、どうしようもない恥知らずだ。
(まあ、海老沢某が委員長を務めていた委員会だからな…)


 『駄々っ子母さん』を読み終え、『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読了した。
 飯沢さんの作品には、まだまだ学ぶところ大である。
(そうそう、この巻だけかもしれないけれど、けっこう誤字があったのが気になった。例えば、内務省を「門務省」になっているとか)

 黒岩比佐子の『歴史のかげにグルメあり』<文春新書>も読了した。

 ネットラジオで、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」やベートーヴェンの交響曲第7番などが放送されていた。
 ジュピター、ベートーヴェン、ギルバートはいずれも速めのテンポをとっていたが、ピリオド奏法の影響よりも、僕はトスカニーニやセルらのノイエ・ザッハリヒカイト(新即物主義)的な演奏のことを思い起こす。
 これは、演奏会場のドライな音響があってのことかもしれない。

 11時台に郵便局まで足を運び、用件を片づける。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み始める。
 イスラエルという国家に関する知識が乏しいことを前々から自覚していたための選択である。
 まだまだ知らないことばかりだ。

 依頼されていた仕事に関する作業を行う。

 個人創作誌『赤い猫』第3号のために、掲載予定の戯曲『これから』の作品メモランダムの下書きとノート書きをすませる。

 クラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバー・オーケストラの演奏した、ブラームスのセレナード第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 16時台に再び外出し、ウィングス京都へ。
 図書情報室で、『イプセン戯曲選集』<東海大学出版会>を借りる。
 日曜日のshelfの『私たち死んだものが目覚めたら』(イプセン作)の予習のためなり。
(他に未来社の全集、原千代海の訳もあったが、こちらの毛利三彌の訳のほうがこなれている感じがしたので。って、帰宅後確認してみたら、shelfの公演でも毛利さんの訳したテキストを使っていた。重畳重畳)

 その後、中京青少年活動センターに寄り、京都芸術センターの図書室で『音楽の友』と『テアトロ』の11月号を読み、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『イスラエル』を読み進める。
 第2章の「シオニズムの遺産」まで読み終えた。

 『イプセン戯曲選集』所収、『私たち死んだものが目覚めたら』を読む。
 どんな作品でもそうだけれど、特にこの作品は、やりようによって面白くもなればつまらなくもなる作品のような気がする。
 あと、その展開から、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの歌劇『若い恋人たちへのエレジー』を思い出した。

 『これから』の作品メモランダムのPCへの打ち込みをすませる。

 チャールズ・マッケラス指揮プラハ室内管弦楽団の演奏した、モーツァルトの交響曲第25番、第28番、第29番のCD<TELARC>を聴く。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月22日

風邪ひいたかな?(CLACLA日記)

 昨夜来、時折くしゃみが出る。
 喉もなんだか腫れぼったい感じだし。
 風邪をひいてしまったか…。
 やれやれ。

 ここのところ、夕方以降の冷え込みが厳しいわけで、皆さんくれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。


 寝る前に、黒岩比佐子の『歴史のかげにグルメあり』<文春新書>を読み進め、第四章まで読み終えた。

 ネットラジオで、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送交響楽団のコンサートの実況中継を聴く。
 シェーンベルクのナポレオンへの頌歌(オード)やベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」などが放送されていた。
 個人的には、それほど好みではないのだけれど、よく考え抜かれた演奏だなとは思う。

 『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読み進める。
 『ヤシと女』、『トッコはどこに』、『皺と鼻』第一幕を読み終えた。
 そういえば、『ヤシと女』を映画化した川島雄三監督の『グラマ島の誘惑』は、基本的には原作に忠実だが(ラストをのぞけば)、よりスラプスティックな感じが増しているようにも思う。

 『歴史のかげにグルメあり』も読み進める。
 第八章まで読み終えた。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 依頼された仕事に関する作業を行う。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。

 『不在証明』の今後の展開について考える。

 マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団他の演奏した、ショスタコーヴィチの交響曲第2番「十月革命に捧げる」&第12番「1917年」<EMI>、ウラディーミル・アシュケナージさん指揮ロイヤル・フィルの演奏した、ショスタコーヴィチの祝典序曲&交響詩『十月革命』<Decca>、東京カルテットの演奏した、ヤナーチェクの弦楽4重奏曲第1番&第2番、バルトークの弦楽4重奏曲第1番〜第4番<RCA>、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団他の演奏した、ベートーヴェンの3重協奏曲<Arte Nova>を断続的に聴く。

 一応いいお天気、いい青空が続いていたが、体調があまり芳しくないこともあり、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 その代わり、近所のファミリーマートで週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、今は亡き脚本家笠原和夫の思い出が詳しく記されていた。

 夕飯前、ネットラジオでヴァレリー・ゲルギエフ指揮ウィーン・フィルの演奏した、シベリウスの交響曲第1番のライヴ録音を聴き始めたが、すぐに途中下車する。
 ねっとりとした感じが、どうにもしっくりとこなかったため。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』1を読み進める。
 『皺と鼻』を読み終えた。
(第一巻が残り一篇となったので、ネットで第二巻を予約しておいた)

 『歴史のかげにグルメあり』も読み進める。
 第十一章まで読み終えた。

 残念ながらMONOとマレビトの会の公演はパスすることとし、Shelfの京都公演『私たち死んだものが目覚めたら』の楽日のチケットを予約した。
 愉しみなり。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月21日

二日続けて遠出した(CLACLA日記)

 15時過ぎに外出し、下京図書館へ。
 黒岩比佐子の『歴史のかげにグルメあり』<文春新書>と臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を借りる。
(京都市の図書館からは、『飯沢匡喜劇全集』の残りの巻、『西園寺公と政局』<岩波書店>、『花田清輝全集』<講談社>の順で借りていきたいと思っている)

 その後、京都文化博物館に寄ってから歩いて河原町まで出、大切な用件をすませる。

 で、帰宅が19時半を過ぎた。


 いいお天気、いい青空の一日。

 夕方以降の冷え込みが、今日も厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにお気をつけ下さい。

 『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読み進める。
 『二号』、並びに『ヤシと女』の第一幕を読み終えた。
 上演記録によると、『二号』の文学座初演(1954年)には、杉村春子を皮切りに、長岡輝子、中村伸郎、賀原夏子、芥川比呂志、南美江、宮口精二、荒木道子、北村和夫、丹阿弥谷津子、小瀬格、加藤和夫、文野朋子、仲谷昇、加藤治子、小池朝雄、本山可久子、岸田今日子、高木均、稲垣昭三、新村礼子、北見治一、竜岡晋、加藤武、神山繁、内田稔、有馬昌彦、さらには松浦竹夫、戌井市郎という面々が出演している。
 『ヤシと女』の作品メモランダムで飯沢さんが記しているとおり、>このころの文学座は分裂直前で役者も揃っていて今考えると最盛期だった<のではないか。
(余談だけれど、加藤和夫の演技は、中村伸郎のそれに大きな影響を受けているんじゃないかと、ふと思った)

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 依頼された仕事に関する作業を行う。

 ネットラジオで、デヴィッド・ロバートソン指揮サンフランシスコ交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ハイドンの交響曲第94番「驚愕」やブラームスのピアノ協奏曲第2番(イェフィム・ブロンフマンの独奏)などが放送されていた。

 遅めの夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』1を読み進める。
 『ヤシと女』の第三幕までを読み終えた。
 なお、『ヤシと女』は、川島雄三監督の『グラマ島の誘惑』の原作にあたる。

 『歴史のかげにグルメあり』を読み始める。
 「本膳料理に不満を抱いた米国海軍提督 マシュー・C・ペリー」(第一章)を読み終えた。
 知識の穴を埋める、興味深い内容の一冊だ。

 日本郵政の次期社長に斎藤次郎元大蔵事務次官が内定したというが、細川内閣下のあの国民福祉税騒動(そして、小沢一郎)と密接な関係にある斎藤氏の起用は、単なる論功行賞以上の意味合いがあるように僕には思われてならない。
 なんだか雲行きが怪しくなってきた…。

 宇都宮地裁で、足利事件の再審が始まったという。
 他人事ではないと、強く思う。

 元俳優の南田洋子が亡くなった。76歳。
 『太陽の季節』や『幕末太陽傳』でのその美しさ!
 そして…。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月20日

遠出の帰り、足を軽く捻った(CLACLA日記)

 15時過ぎに外出し、いろいろと用件があって、結局帰宅が19時半を過ぎる。
 まあ、仕方ない。

 帰りがけ、バスの乗り換えで走っていて右足を軽く捻ってしまう。
 どうにもこうにも。
 痛くならなければいいが。


 昨夜(日付けは今日に変わって)、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながらいくつか雑件を片づける。

 いいお天気、いい青空の一日。
 日中はわりと穏やかな感じだったが、夕方以降の冷え込みは厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読み進める。
 『還魂記』と『二号』の第一幕までを読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙29枚分になった。

 依頼された仕事に関する作業を行う。

 レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏した、ブラームスの交響曲第2番&大学祝典序曲のCD<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 少し遅めの夕飯後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 『飯沢匡喜劇全集』1を読み進める。
 『二号』の第三幕までを読み終えた。
 実に面白し。

 ウラディーミル・アシュケナージさん指揮ロイヤル・フィルの演奏した、ショスタコーヴィチの交響曲第1番&第6番のCD<Decca>を聴く。

 日本郵政の西川善文社長が辞意を表明したとのこと。
 鳩山内閣による郵政民営化の見直し路線の中では、これも当然の帰結といえるだろう。
 それにしても、小泉純一郎の郵政民営化騒ぎとはいったいなんだったんだろうか?

 そういえば、大仁田厚が長崎県知事選出馬を云々かんぬんしているらしい。
 まったくもって、厚顔無恥の極みと呼ぶほかない。
 長崎県民の多数はそれほど馬鹿ではないと思いたいが…。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月19日

今日こそ簡易カレー(CLACLA日記)

 今日の夕飯は、またぞろ簡易カレー。
 実は昨日簡易カレーにしようと買い物はすませておいたのだが、急な用件が入って今夜に延期となったものだ。
 で、マサラベジタブルカレー(最後の1缶)に、レトルトカレー1袋、カットトマトのジュース煮1缶、冷凍野菜、ヨーグルト、そしてカレールーを投入し、隠し味に一味としょう油を混ぜたが、辛味と酸味がきいて、なかなかの美味しさだった。
 ごちそうさま!


 昨夜寝る前に、ネットラジオで、アンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノ・リサイタルのライヴ録音を途中まで聴く。

 『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読み進める。
 『鳥獣合戦』を読み終えたが、太平洋戦争中の1944年にこの反戦的で反権力的な戯曲が上演されたことに驚く。
 なお、初演時の出演者は、中村伸郎、森雅之、宮口精二、三津田健、竜岡晋、賀原夏子、そして杉村春子という錚々たる顔ぶれだ。
(初演に携わった人々の中で、僕が存命なのを知っているのは、演出の戌井市郎、南美江、丹阿弥谷津子の三人。ただし、飯沢さんが『武器としての笑い』<岩波新書>の中で記しているように、本来の演出は高田保だったが、高田氏が演出家の鑑札を警視庁に請願していなかったため、戌井さんの名が使われたそうだ)

 11時台に、ちょっとした買い物に出かける。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏したリヒャルト・シュトラウスの組曲『町人貴族』&クープランによる舞踊組曲<PHILIPS>と、ウラディーミル・アシュケナージさん指揮ロイヤル・フィルの演奏したショスタコーヴィチの交響曲第9番&第15番<Decca>を聴く。

 18時を過ぎて外出し、いろいろと回って室町通のストアデポまで足を伸ばしたが、あいにくすでに閉店したあと。
 仕方がないので、西洞院通のショップ99でノートを買い、近くのダイソーで筆記具を買って帰宅した。
(後述、依頼された仕事のための買い物なり)

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』1を読み進める。
 『崑崙山の人々』を読み終えたが、こちらは長岡輝子と飯沢さんの共同演出による文学座のアトリエ公演が初演(1951年)で、北見治一、内田稔、稲垣昭三、本山可久子、小池朝雄、北村和夫といった人々が出演していたと上演記録にはある。

 知人から依頼されたある仕事の準備を始める。

 ベルリン・フィル8重奏団の演奏したブラームスの弦楽5重奏曲第1番&第2番<PHILIPS>を聴く。

 八ツ場ダムを「攻めどころ」と考えてだろう、嵐を呼ぶ都知事ら6知事が現状視察を行ったらしい。
 さらば涙と言おう県知事の臭い演技が目に見える。
 やれやれ。

 今日の甘いものは、阪神製菓のふわどら。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み44円だったもの。
 粒あんたっぷりのどら焼きで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 夕方以降、今日も冷え込みが厳しくなる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都市交響楽団の事務局に電話をかけてみたが…

 昨日河原町通のライフカード京都店のぴあステーションで、京都市交響楽団の第529回定期演奏会(10月30日)のチケットを調べてみたのだが、あいにく希望の3階左側LBブロックのチケットは扱っていなかった。
 実は、以前ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクスの『メサイア』をここで聴いて以来、僕はこのLBブロックがとても気に入っているのである。
 と、言うことで、今日思い切って(これは大げさだけど)京都市交響楽団の事務局まで電話をかけてみた。
 で、結果は、LBブロックは定期会員のためにとってあるとのこと。
(ただし、来季からは変更するかもしれないのでこれからずっとということではないとの言葉もあったが)
 まあ、これは予想の通りで仕方ない。
 事務局の人は、丁寧にLCや反対側のRBなら手に入ると教えてくれたのだが、RBのほうは大野和士の回で金管群の強い響きにいくぶん辟易したし、LCのほうも3500円を出してまで聴きたいとは思えない。
 結局、これもP席を買いそびれた自分自身が悪いのだ。
 10月、並びに11月ともに京都市交響楽団の定期演奏会を聴きに行くのは諦めることにした。

 ちなみに、第529回定期演奏会の目玉、井上ミッチーの振るブルックナーの交響曲第9番では、暴力性全開になるだろう第2楽章がまずもって面白いんじゃないかな。
 あと、第3楽章はマーラーの第9番ばりの祈りの音楽になるような気がするなあ。
 いずれにしても、僕のように席にあまりこだわりがない人、そして財布の中身に余裕がある人は、ぜひとも京都市交響楽団の定期演奏会に足を運んで下さいませ!
posted by figarok492na at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二度、河原町に出た(深夜のCLACLA)

 いいお天気、いい青空が続いていたこともあり、当然の如く、毎週恒例の洗濯を午前のうちにやっつける。
 ついでに、キッチンまわりの拭き掃除もやっつける。
 ああ、すっきりした。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを少しだけ進める。
 苦戦中なり。

 メゾソプラノのマグダレーナ・コジェナーとサイモン・ラトル指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の演奏した、モーツァルトのアリア集のCD<ARCHIV>を聴く。

 13時頃に外出し、阪急で河原町まで出、歩いて東山青少年活動センターへ。
 で、その創造活動室で、黒川猛さんの一人公演、THE GO AND MO’S『黒煙』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前と終演後、公演の手伝いをしていた丸井重樹さんや山方由美さん、音響の小早川保隆さん、お客さんとして来ていた山口浩章さん、清水陽子さん、延命聡子さんらと立ち話やあいさつをしたりした。

 公演終了後、歩いて河原町まで戻り、ダイソー河原町店でシェイビングジェルを買い、ライフカード京都店のぴあステーションで京都市交響楽団の10月の定期演奏会のチケットを調べ(LBの席を探したが、取り扱っていなかった。楽団預かりか?)、『ぶらあぼ』11月号を入手し、BALのジュンク堂で『黒澤明という時代』を「座り読み」したあと、毎日新聞社の新刊・出版案内の冊子『本の時間』11月号を入手し、Avis、LoFtに寄り、さらに京都芸術センターで用件をすませて帰宅する。

 18時台になって急な用件が入り、再び阪急で河原町まで。
 で、帰宅が22時半を過ぎる。

 今日の甘いものは、寺町通の100円ショップ、ルプリュで買ったタンゴ・ティラミスチョコ。
 ライス・シリアルが入ってティラミス風味のチョコで食べ応えあり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!
(でも、個人的には、クッキーのほうが好きかな)

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月18日

THE GO AND MO'S『黒煙』

 「<観る人を幸せにできる>かどうかが、芸人の基準だと考えるようになった」というのは、小林信彦の言葉だが、その伝でいけば、黒川猛さんも立派な芸人の一人だなあと、彼の一人公演、THE GO AND MO’S『黒煙』(企画、構成、脚本、出演ともに黒川さん/東山青少年活動センター創造活動室)を観終えて強くそう感じた。

 黒川猛さんといえば、ベトナムからの笑い声の書き手兼演じ手として、毎回興味深く刺激的な舞台を創り続けてきたが、やるぞやるぞの声を聴きながら長らく延期されていた彼の一人公演『黒煙』は、そんな黒川さんの核となるもの、エッセンスがはっきりと示された公演になっていたのではないだろうか?
 てか、「ACT1 監督!スピルバーグ」、「ACT2 ナニレンジャー」、「ACT3 落語」、「おまけ 奇跡の瞬間」というラインナップからして、それって『一人ベトナムからの笑い声』やんと突っ込みを入れたくなってしまう。
(ACT1〜3まで、ちゃあんと「通底」するものがあることもベトナムからの笑い声と同じだしね)

 で、黒川さんの言語感覚の鋭さが発揮されたACT1、「大仕掛け」(黒川さんにとっては)で激しいACT2、ともに面白かったが、僕が特に感心したのはACT3の落語だった。
 いわゆる新作落語の骨法をきちんと踏まえていた点も見事だし、これは全篇共通することではあるけれど、黒川さんの考え方の真っ当さも存分に表わされていた。
 それに、桂三枝と中田カウスを掛け合わせたようで、なおかつ黒川さんの個性が巧く出た語り口も悪くなかった。

 どうしても一人での勝負ということで、必要以上にだれる部分があったことも事実だが、個人的には1200円でこれだけ幸せな気分(と、言っても、いつもの如く下ネタや時事ネタも飛び出したので、誰もが幸せになるとはかぎらないが。でも、黒川さんは、誰もの幸せを願ってるんじゃないかな、たぶん)になれれば、大いに満足というほかない。
 黒川さん自身は、もうごめんと口にするかもしれないけど、ぜひとも今後も黒川さんの一人公演も愉しみにしたい。
 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

大切な用件があって、河原町まで出た(CLACLA日記)

 17時頃、河原町まで出、大切な用件をすませる。
 で、結局22時少し前に帰宅した。


 午前3時過ぎまで、ネットラジオでヴァイオリンのジョシュア・ベル、マリン・オーソップ指揮スウェーデン放送交響楽団の演奏によるバーバーのヴァイオリン協奏曲を聴きながら、雑件を片づける。

 どんよりとしたお天気だったこともあり、毎週恒例の洗濯は明日以降やっつけることにした。
 夕方頃からいいお天気、いい青空になってきたけど、まあいいか。

 『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を読み進める。
 『北京の幽霊』を読み終えたが、この戦時下に書かれ文学座の面々によって初演された喜劇には、飯沢さんの抵抗精神と諧謔精神がふんだんに盛り込まれていると痛感した。
 学ぶところ、未だに非常に大である。
(最近、水戸芸術館でこの『北京の幽霊』が再演されたが、どうやら抵抗精神の部分はだいぶん薄められていたようだ…)

 ところで、平田オリザの才能と日本の演劇(界)において果たした役割を十二分に評価した上で記すのだけれど、平田オリザという人は、例えば飯沢匡さんが『武器としての笑い』<岩波新書>で示したような演劇全体の持つ「武器」性(ただし、これは単なる政治性やイデオロギー性のみをいうものではない)をよくも悪くも溶解して、それを結局のところ自らの表現活動の武器へと仕立て直そうとした人物なのではないだろうか?
 それにしても、平田さんは、演劇ではない他の分野でも大きく成功した人なんじゃないかとつくづく思う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏したベートーヴェンの交響曲第1番&第2番<ARTE NOVA>と、ダニエル・ハーディング指揮ドイツ・カンマー・フィルの演奏したベートーヴェンの序曲集<Virgin>を聴く。

 今日の甘いものは、外出中に食したドーナツ。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 加藤和彦が自殺してしまったという。62歳。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

浜田寅彦が亡くなった(CLACLA日記)

 昨夜、実家から電話があり、母と一時間近く話をした。
 この間、長く帰省していないわけで、こうやって話をすることの大事さを痛感する。
 父も元気とのことで、何よりだ。

 いろいろと片づけておかなければならないこともあって、結局午前4時頃になって眠る。

 それでも8時過ぎには起きて、雑件を片づける。

 『飯沢匡喜劇全集』<未来社>を読み始める。
 『画家への志望』と『藤原閣下の燕尾服』を読み終えた。

 ネットラジオで、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 アイヴズの交響曲第2番と『答えのない質問』、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(エマニュエル・アックスの独奏)などが放送されていたが、個人的にはアイヴズの交響曲が聴きものだった。
 これはぜひとも生で聴いてみたい。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 何本か電話がかかってきたりして、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 いいお天気、いい青空の一日だったのだが、まあ仕方ない。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』を読み進める。
 『北京の幽霊』の第一幕を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙28枚分になった。

 ネットラジオで、タカーチュ・カルテットによるハイドンの弦楽4重奏曲第81番とバルトークの弦楽4重奏曲第4番、クリスティアン・ツァハリスの独奏と指揮、ローザンヌ室内管弦楽団によるモーツァルトのピアノ協奏曲第13番のライヴ録音を続けて聴く。

 さらに、今は亡きフォルテピアの小島芳子によるベートーヴェンのピアノ・ソナタ第1番のCD録音<DENON>も聴く。
 その実演には触れられぬまま、小島さんは亡くなってしまった。
 僕にとって、悔やんでも悔やみきれないことの一つだ。

 俳優で、劇団俳優座の代表、浜田寅彦が亡くなった。90歳。
 浜田さんは、舞台をはじめ、映画やテレビドラマでも活躍した。
 特に、『水戸黄門』などの時代劇では、善悪双方の役柄を巧く演じていて、強く印象に残る役者さんの一人だった。
 それにしても、渥美國泰、佐竹明夫についで、浜田さんまで亡くなるとは。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 平田オリザが内閣官房参与に就任した。
 が、個人的には「ああ、そうですか」というのが正直な感想だ。
 『演劇入門』や『芸術立国論』といった一連の書物もそうだし、ワイドショーのコメンテーターとしての発言もそうだけど、平田さんの「賢しさ」と「政治性(広義の)」を考えれば、そういった役職に就任してもなんの不思議もないもの。
 その思想信条や立ち位置は大きく異なるだろうけれど(コインの裏表?)、今回のことに関しては平田オリザは浅利慶太の焼き直しとでも呼べばよいのではないか。
 もし野田秀樹や永井愛が内閣官房参与になったのであれば、僕は大きな驚きと関心を覚えるけどね。

 今日は、甘いものは食さず。

 ああ、何はなくとも精度が高く、質が高いものを観聴きしたい。
 どうにかならないもの金…。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月15日

結局、帰宅が遅くなった(CLACLA日記)

 絶対、という言葉を使うことが本当に許されるのは、生あるものは必ず死ぬ、ということだけに限られるのではないか?
 いずれにしても、メメントモリ!
 一日一日を悔いなく生きていかなければ。


 いろいろと大切な用件があって、午前4時過ぎまで起きている。

 その分、激しく朝寝坊し、気がつけば11時。
 ああ…。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 書き急がないこと書き焦らないこと。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 14時過ぎに外出し、まずは下京図書館へ。
 予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>を借りる。
 飯沢匡(いいざわただす)さんは、僕が敬してやまない日本の劇作家の一人だ。
(今は亡き飯沢さんとは、昔々、新星日本交響楽団がらみの何かでごあいさつした記憶がある)
 ほかに一冊本を借りたが、これはかつて読んだことがある本だった。
 焦っていて、間違えて借りてしまったのである。
 残念。

 それからウィングス京都へ移動し、図書情報室で川上弘美の『風花』<集英社>を返却する。

 さらに河原町まで歩いて出、大事な用件をすませる。

 で、結局帰宅が遅れてしまった。

 いいお天気、いい青空の一日で、日中はけっこう気温が上がっていたようだが、夕方以降はぐっと冷え込んだ。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにお気をつけ下さい。

 今日の甘いものは、帰りがけ寺町通の100円ショップ・ルプリュで買ったタンゴ・クッキーチョコ。
 食べ応え充分で、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月14日

何ゆえ今なのか? どうして今なのか?(CLACLA日記)

 何事に対してもそうだけれど、「何ゆえ今なのか? どうして今なのか?」という視点を僕(ら)は持ち続けなければならないと思う。
 なぜなら、そうした視点を持ち続けることが、流されないための一つの有効な手段であるからだ。


 昨夜寝る前に、川上弘美の『風花』<集英社>を読み進め、「松の内」を読み終える。

 さらに、午前のうちに「冬の庭」と「下萌」を読み終えて、『風花』を読了した。

 ネットラジオで、マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 シェルシのhymnosとマーラーの交響曲第5番が放送されていたが、オーケストラの機能性を十二分に活かした、マイケル・ティルソン・トーマスらしいシンフォニックでクリアでスポーティーな演奏だったと思う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙26枚分になった。

 体調はまだ万全とは言えなかったものの、いいお天気、いい青空だったこともあり、15時過ぎに外出する。
 で、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、大垣書店四条店で調べものをして帰宅した。

 17時台に再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 夕飯後、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙27枚分になった。

 今日も、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。
(できることなら、原田熊雄の『西園寺公と政局』<岩波書店>を読みたいと思っているのだが、もっと手軽な形で出版されることはないのだろうか? 例えば、岩波現代文庫とかで)

 今日の甘いものは、田口食品の大納言なまどら。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み62円だったもの。
 つぶあん入りのクリームを挟んだどら焼きで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月13日

三連休明け、腰と右腕が重たい(CLACLA日記)

 世は三連休明け。

 昨夜寝る前に、雑件を片づけながら伊集院光の深夜の馬鹿力を聴く。
 こういう番組は、一度聴き始めるとはまってしまうなあ。

 腰と右腕がなんとも重たい。
 痛い痛いと泣き喚くほどではないが、やはりうっとうしい。
 これも年齢ゆえか?
 やれやれ。

 川上弘美の『風花』<集英社>を読み進める。
 「夏至南風(カーチーベー)」、「阿檀」、「文月」を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進め、原稿用紙25枚分になる。
 途中、いい文章を思いつかず、相当書きあぐねた。

 ネットラジオで、マルク・ミンコフスキ指揮クリーヴランド管弦楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ハイドンの交響曲第100番「軍隊」、アダムズの『こぶだらけのボタン』、ルーセルの交響曲第4番が放送されていたが、よくも悪くもミンコフスキの熱血質、威勢のよさが前面に押し出された演奏だったと思う。
 なお、アダムズの『こぶだらけのボタン』はいわゆる現代音楽だが、フランクリン・コーエンのソロも巧みで、実に聴き馴染みのよい作品だった。

 続けて、ファジル・サイの弾いたハイドンのピアノ・ソナタ集のCD<naïve>を聴く。
 才気に満ちあふれた演奏で、聴いていてとても愉しい。
 モーツァルトのピアノ作品集もそうだけど、何度聴いても聴き飽きないCDだ。

 体調もあって、今日も17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 ただし、これはというものがなくて、結局一時間半ほど外出していた。

 どんよりとした感じは増したものの、一応青空の見えるお天気の一日。

 途中夕飯を挟んで、ネットラジオで、ヒュー・ウルフ指揮フィンランド放送交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 カーターの3つのイリュージョンズ、ショスタコーヴィチのユダヤの民俗詩から、シューマンの交響曲第2番が放送されていた。
 ショスタコーヴィチは、ヘレナ・ユントゥネン(ソプラノ)、ナタリー・シュトゥッツマン(アルト)、ヨルマ・シルヴァスティ(テノール)の独唱で、歌の巧さ、格からいえばシュトゥッツマンを第一に挙げるべきだろうが、個人的には透明感があって艶やかなユントゥネンの歌声に強く魅かれた。

 続けて、同じくネットラジオで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ベートーヴェンの『静かな海と楽しい航海』、トゥールの交響曲第7番、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』が放送されていたのだけれど、いずれもパーヴォ・ヤルヴィのオーケストラの統率力の確かさを示す演奏だったと思う。
(それにしても、『春の祭典』を聴くと、どうしても『古畑任三郎』を思い出してしまうんだよなあ…。あっ、あと『ガッチャマン』も)

 夕飯後、『風花』を読み進める。
 「夕凪」、「小春」を読み終えた。

 『不在証明』の今後の展開について、少し考える。

 今日の甘いものは、山一パンのリングドーナツ。
 近くのスーパー・フレスコで、3割引き、税込み59円になっていたもの。
 まさしく、オーソドックスな味のリングドーナツなり。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月12日

三連休最終日(CLACLA日記)

 世は三連休の最終日。

 昨夜寝る前に、川上弘美の『風花』<集英社>を読み始め、「風花」を読み終える。

 ネットラジオで、ロジャーノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏したハイドンの交響曲第101番「時計」のライヴ録音を聴く。
 ノリントンらしい、ピリオド奏法を援用したクリアで刺激的な内容の演奏で、大いに満足した。
 前回同様、ロバート・レヴィンの解説も愉快なり。

 少し朝寝坊をしたが、午前のうちに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。
 ここのところはっきりとは記していないが、毎日のキッチンまわりの拭き掃除、一日おきの掃除機かけはきちんと継続中である。

 『風花』を読み進める。
 「夏の雨」、「大寒」を読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>を今日もつまみ再読する。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。
 またぞろ浴槽用洗剤がなくなりかけている。
 忘れないうちに買っておかなくちゃ。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙22枚分になった。

 シャーンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・ザルツブルクの演奏したモーツァルトのカッサシオン第1番&第2番他<Capriccio>とディヴェルティメント集<同>、ラルキブデッリの演奏したブラームスのセレナード第1番&第2番<Sony>を聴く。

 体育の日にぴったりのいいお天気、いい青空だったのだけれど、昨日遅くまで外出していたこともあり、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方ない。

 日中はそこそこの陽気。
 ただし、夕方以降の冷え込みはやはり厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯前に、ネットラジオでイラン・ヴォルコフ指揮メルボルン交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 マーラーの交響曲第9番が放送されていたが、予想以上に聴き応えのある演奏だった。

 夕飯後、『風花』を読み進める。
 「立春」と「春昼」を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙23枚分になった。

 今日の甘いものは、名糖のぷくぷくたいやき。
 近くのグルメシティで、40パーセント引き、税込み36円だったもの。
 その名のとおりたいやき型のエア・イン・チョコで、いわゆる駄菓子の類いではあるが、あっさりとした甘さでまあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 軍事評論家の江畑謙介が亡くなったという。60歳。
 独特なヘアスタイルともども、湾岸戦争で一躍脚光を浴びた人物だった。
 個人的には、江畑さんのような職業の人々が大きく注目されるような事態が発生しないことを強く願っている。
 黙祷。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月11日

三連休二日目、河原町まで出た(CLACLA日記)

 三連休の二日目。

 午前4時過ぎまで、角田龍平のオールナイトニッポンを聴きながら、雑件を片づける。

 いいお天気、いい青空が続いていたこともあって、正午過ぎに毎週恒例の洗濯をやっつける。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙20枚分になった。

 ファジル・サイの弾いた、モーツァルトのピアノ作品集<WARNER>を聴く。


 15時過ぎに外出し、まずはウィングス京都へ。
 図書情報室で、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』<新潮文庫>と西川美和の『きのうの神さま』<ポプラ社>を返却し、新たに川上弘美の『風花』<集英社>を借りる。

 それから三条通を歩いて寺町まで出、ストアデポでボールペンの換え芯を購入する。

 その後、JEUGIA三条本店、ライフカードのぴあステーション、Avisをまわる。
 ぴあステーションでは、11月28日の京都市交響楽団の定期演奏会のチケットを調べてもらったが、すでにP席は売り切れてしまっていた。
 また、やってしまった…。

 で、急な用件が入り、いろいろとあって、結局22時を過ぎてから帰宅した。


 夕方以降の冷え込みがけっこう厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月10日

それにしても、寒い日が続いている(CLACLA日記)

 昨夜遅く、急用があってしばらく外出する。
 外出中に、シュークリームを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 帰宅後、用件をいくつか片づけているうちに、午前4時過ぎになってしまう。

 その間、ネットラジオでロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏した、ハイドンの交響曲第93番と第94番「驚愕」のライヴ録音を聴く。
 ピリオド奏法を援用した歯切れのよい演奏に加え、ロバート・レヴィンのレクチャーも非常に面白かった。


 『ディア・ドクター』(ただし、映画の原作にはあらず)と『満月の代弁者』を読み終え、西川美和の『きのうの神さま』<ポプラ社>を読了した。
 読んでおいて正解の一冊だったと思う。

 ネットラジオで、デヴィッド・ロバートソン指揮BBC交響楽団他による今年のプロムスのラストナイトのライヴ録音を聴く。
 エルガーの『威風堂々』第1番の歌つきヴァージョンや『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』といったおなじみの作品が演奏されていた。

 13時過ぎ、ちょっとした買い物に出かける。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙19枚分になった。

 パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィルの演奏した、ベートーヴェンの交響曲第4番&第7番<RCA>を聴く。


 18時過ぎに外出し、烏丸五条の壱坪シアタースワンへ。
 で、からこのえだの第一回公演『熊』(チェーホフ原作、辻井直幸君演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 辻井君や公演の受付を手伝いに来ていた藤本隆志さん、沢田幸嗣君らと話をしたり、あいさつをしたりする。

 終演後、COCON烏丸や大垣書店四条店、京都芸術センターに寄り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 どんよりとした感じは強かったものの、今日もいいお天気、いい青空の一日。
 それにしても、ここのところ寒い日が続いている。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

からこのえだ・第一回公演『熊』

 てんこもり堂など、演技者として積極的に活動中の辻井直幸君があらたに「からこのえだ」というユニットを立ち上げ、演出に取り組むというので、その第一回公演『熊』(チェーホフ原作)を壱坪シアタースワンまで観に行って来た。

 『熊』は、いわゆるファルスと呼ぶべき一幕物で、人の心の動きのおかかなしさが巧みに描かれたチェーホフらしい作品だが、辻井君の演出では、どちらかと言えばそのシリアスな側面が強調されているように感じた。
 そして、公演会場の制約もあってだろうが、極力身体の動きを抑え、演技者の台詞を中心に登場人物の意識やコミュニケーションのあり様の変化を表そうとしているようにも観受けられた。
 ただ、後述するような演技者の課題もあって、どうしても作品が本来持つ躍動感や感情の流れの滑稽さが失われていたことも否定できないのではないか。

 また、浦島史生君の動かし方や舞台美術からも、辻井君がシュールでナンセンスな舞台づくりの志向(と嗜好)を強く持っていることがうかがえたのだけれど、そうしたセンスをさらによりよく活かすためにも、次回以降は思い切ってベケットやイヨネスコといった不条理劇に挑戦してみてもいいのではないかと思った。
(『熊』のチョイスは、もしかしたら、辻井君たちがてんこもり堂で如月小春の『MOON』を演じたからかもしれないな)

 コメディリリーフ的でトリックスター的な位置づけの浦島君は置くとして、よこえとも子さんと勝二繁君の二人は、演出に沿った真摯な演技を行っていたが、劇中の登場人物というよりも、どうしてもよこえさん、勝二君という演技者自身の素の姿が前面に出て来てしまっているように感じられて、僕には仕方なかった。
 加えて、感情表現という意味でも、マイナスからプラスへの変化が不自然というか、しっくりとこない部分が僕にはあった。

 非常に狭いスペースでもあり、音楽も使用しないなど、演者陣にとっては厳しい環境での公演だったと思うが、だからこそ、演出の辻井君、そして演技者陣ともども、今回の公演で明らかになった課題を少しずつクリアしていってもらえればと考える。
 次回の公演を愉しみにしたい。
posted by figarok492na at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

オーギュスタン・デュメイの関西フィル音楽監督就任に関して(CLACLA日記)

 朝日新聞夕刊に、2011年から関西フィルの音楽監督に就任する世界的なヴァイオリニスト、オーギュスタン・デュメイの記事が掲載されていた。
 2000年に初共演というから、デュメイと関西フィルの関係もすでに10年近くになるわけで、「衝撃の」とまでは言えまいが、やはり関西フィルの置かれた状況を考えれば、大きな意味を持つデュメイの音楽監督就任だとも、僕は考える。
 特に、「オーケストラを本気で育てようと思う」ゆえに、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマンに取り組むというデュメイの姿勢には、それ(だけ)が彼の指揮者としての主たるレパートリーだろうとはいえ、強く共感を覚える。
 今後のデュメイと関西フィルの共同作業に注目したい。


 京都市交響楽団のコンサートマスターを長らく務めた工藤千博が亡くなった。62歳。
 工藤さんがコンマスの京響の定期演奏会を、僕も何度も聴いたのだった。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 音楽学者の服部幸三も亡くなった。85歳。
 特に、バロック音楽の研究で知られた。
 深く、深く黙祷。


 第二部を読み終えて、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』<新潮文庫>を読了した。
 実に面白かったのだけれど、だからこそ生の舞台で観てみたいとも痛感した。
 誰か上演してくれないものか。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙16枚分になった。

 西川美和の『きのうの神さま』<ポプラ社>を読み進める。
 『ありの行列』を読み終えたが、つくづく巧いなと思う。
 こういう小説が書けたなら。

 チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団の演奏したブラームスのセレナード第1番<TELARC>と、サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団のハイドンの交響曲第86番<EMI>を聴く。

 体調があまり芳しくないこともあり、今日は18時少し前に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 少しどんよりとはしたものの、いいお天気、いい青空が続いていたのだが。
 まあ、仕方ない。

 気温はあまり上昇せず、肌寒い感じが増す。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 夕飯後、『きのうの神さま』を読み進める。
 『ノミの愛情』を読み終えた。

 ほかに、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙17枚分になった。

 アメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したという。
 ならば、予定を変更して、ぜひとも広島、長崎を訪れてもらいたいものだ、オバマ大統領には。

 今日の甘いものは、神戸屋のサンミー。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み70円だったもの。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大阪センチュリー交響楽団の来季の定期演奏会のプログラムを知って

 来季(2010−11)の大阪センチュリー交響楽団の定期演奏会のラインナップが、楽団ホームページに発表された。
 先日来、民間への身売り説も取り沙汰されているだけに、その内容は非常に気になるところだが、小泉和裕主導の大曲路線に変化はなく、個人的にはがっくりきたというのが正直な感想である。

 と、言っても、小泉和裕が指揮する4回の定期演奏会を含め、個々のコンサートのプログラム自体に大きな不満があるわけではない。
 まずもって、レオシュ・スワロフスキーの指揮するマルティヌーの交響曲第3番(10年12月、第157回)は大きな目玉だろうし、アレクサンドル・ドミトリエフの登場、並びに王道チャイコフスキーの「悲愴」(10年9月、第154回)も、通には嬉しいコンサートになるだろう。
 また、アラン・ブリバエフによるフランス物(11年2月、第158回)も面白そうだし、沼尻竜典指揮のシューマンの交響曲第2番(10年11月、第156回)や、小泉さんの振るニールセンの「不滅」(10年4月、第150回)、ショスタコーヴィチの交響曲第5番(10年7月、第153回)、ルトスワフスキとバルトークの両オケコン(10年10月、第155回と11年3月、第159回)だって、たぶんそれなりの仕上がりになるはずだ。
 僕自身、物理的な事情が許すならば、上述した全てのコンサートに足を運べればと思っている。

 けれど、こういった大曲先行のプログラムを、どうして今の大阪センチュリー交響楽団が組まなければならないかという点に関しては、全くもって理解ができない。
 かつて小泉さんは大阪センチュリー交響楽団の三管編成化=拡大を口にしていたようだが、もともと大阪センチュリー交響楽団は大編成化を目的として創立されたオーケストラではないのだし(そもそも、本来の売りは、室内オケ編成で密度の濃いアンサンブルという部分にあったのではないか?)、いわゆる橋下路線を肯定するつもりは毛頭ないとはいえ、この期に及んで八八艦隊、じゃない三管編成もへったくれもないだろう。

 結局、何はなくとも(オケはなくなっても)、小泉さんの意向(と、言うよりも一部の音楽事務所の意向か? 定期演奏会10回のうち、小泉さん4回、沼尻さん2回、ドミトリエフさん1回と、同一事務所所属の指揮者が7回も登場している)が優先されるように見えるオーケストラ運営が継続されるかぎり、状況の変化は全く期待ができない。
 まあ、いずれ大阪センチュリー交響楽団の四管編成化に諸手を挙げて賛成してくれるような物わかりのよい民間大企業が現れないともかぎらないけれど。
 いずれにしても、なんだかなあ、である。
posted by figarok492na at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

台風一過、外出した(CLACLA日記)

 今日未明、台風18号が近畿地方を通過する。
 そして台風一過、少しどんよりとしたものの、いいお天気、いい青空の一日となる。
(台風18号は、首都圏の交通網に大きな混乱を与えたようだ)


 昨夜(日付は今日)、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙13枚分になる。

 ネットラジオで、ソプラノのソイレ・イソコスキとオッコ・カム指揮フィンランド放送交響楽団の演奏による、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『カプリッチョ』の序奏と終曲の実況中継を聴くも、あまりしっくりとこず。
 たがが緩いというか、しまりに欠ける感じが強かったため。
 特に、オーケストラが。

 続けて、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィルの演奏したベートーヴェンの交響曲第1番のライヴ録音の第1楽章だけを聴く。
 とても聴き応えのある演奏だったのだけれど、このまま聴いていたら明け方になってしまうと思ったので。
(第1番のあと、第2番、第3番「英雄」が放送される予定だったのだ)
 あと、音質が少し悪かったこともあって。

 服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>のつまみ再読をする。
 いろいろと考えることあり。

 『不在証明』の下書きとノート書きを進める。
 ようやくワンブロック分を書き終えた。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 15時過ぎに外出し、ウィングス京都へ。
 図書情報室で、ベン・ジョンソンの『エピシーン またの名無口な妻』<早稲田大学出版部>と石井美樹子の『イギリス・ルネサンスの女たち』<中公新書>を返却し、新たにテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』<新潮文庫>と西川美和の『きのうの神さま』<ポプラ社>を借りる。
 ほかに、京都芸術センターで用件をすませ、帰宅した。

 帰宅後、湯浅卓雄指揮アイルランド国立交響楽団の演奏した別宮貞雄の交響曲第1番<NAXOS>を聴きながら、『不在証明』のノート書き分のPCへの打ち込みを行う。
 原稿用紙15枚分になる。

 17時台に再び外出し、近くのグルメシティで夕飯用の買い物をすませる。

 夕飯後、『ガラスの動物園』を読み始め、第一部を読み終えた。
 面白し。

 で、ついでに『ガラスの動物園』の翻訳者である小田島雄志の『舞台人スナップショット』<朝日文庫>から、奈良岡朋子の項をつまみ再読する。
 ここで、若き日の奈良岡さんがローラを演じた、民藝の『ガラスの動物園』(1959年)のことが記されているからだ。
(なお、この公演では、宇野重吉がトムを、信欣三がジムを演じていたとのこと。観てみたかったなあ)

 そういえば、2000年9月12日の青年団+「月の岬」プロデュースによる松田正隆さんの『月の岬』公演(平田オリザ演出)の紀伊國屋ホールのロビーで、小田島さんを見かけたことがあったっけ。
 お得意の駄洒落を口にしながらか、小田島さんは誰かを相手ににこにこと愉しそうにしていた。

 『きのうの神さま』も読み始める。
 『1983年のほたる』を読み終えたが、やはりストーリーテリングの妙に感心する。
 『三年身籠る』でもそう感じたけれど、西川美和は映画監督としてだけではなく、小説家としても押さえておくべき人物ではないか?

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

台風接近中(CLACLA日記)

 台風18号の接近で、終日雨降りのどんよりとしたお天気。
 明日未明には、近畿地方を通過するとの予想もある。
 今度の台風18号は、かつての伊勢湾台風と比較されるなど強い勢力の台風ということもあり、まずは大規模な被害が発生しないよう祈るばかりだ。

 ただ、個人的には台風そのものは嫌いではない。
(もちろん、大きな被害がないかぎりだけれど)
 心が躍るというか、心があらぶるというか、自然の躍動に、生を実感することができるからだ。

 そういえば、今は亡き相米慎二監督に『台風クラブ』という作品があった。
 非常に表層的なまとめ方をすれば、思春期の生・性の危機(クライシス)と台風とをストレートに重ね合わせた内容の作品だったと思う。
 この年になると、子供たちが裸になって踊り騒ぐシーンよりも、不甲斐ない教師役の三浦友和や用務員役の伊達三郎の演技のほうにどうしても関心が向かってしまうことも事実だが。


 朝日新聞夕刊に、契約更新を巡るミュンヘン市とクリスティアン・ティーレマンの対立に関する音楽学者野村三郎の一文が掲載されていた。
 ティーレマンのミュンヘン・フィルの音楽監督の契約更新において、「客演指揮者と曲目の決定権を、音楽監督から市直属の総裁へ」移すことをミュンヘン市の担当者が主張し、それをティーレマンが拒否したため、市側が任期延長を更新しない旨公表したことから対立が表面化したというのが、今回の対立のあらましで、野村氏の論調は明らかにティーレマン側に立ったものとなっている。
 僕自身も、建て前の部分では野村氏の意見に賛成だが、例えば『音楽の友』誌などで、ティーレマンの問題(音楽監督として、充分に職責を果たしているか?)についても情報を得ているので、一概にミュンヘン市の方針を否定する気にはならない。
 加えて、「時間をかけて培われた伝統の響きは、一度失われれば取り戻すのは難しい」という野村氏の言葉には、それを言うなら、チェリビダッケ時代の響きは前任者のジェイムズ・レヴァインの時代に失われてしまったのではないか? と突っ込みたくもなる。
(野村氏は意図的かどうか、チェリビダッケについては記しても、レヴァインについては一切記していない)
 まあ、ティーレマンとミュンヘン・フィルの来日公演を強力にバックアップしているのは朝日新聞というわけで、そこらあたりも十二分に踏まえておいたほうがよい記事ではなかろうか。

 昨夜(日付けは今日)、雑件を片づけながら、マルティン・ヘルムヒェンの独奏、マルクス・シュテンツ指揮hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)の伴奏による、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番をネットラジオで聴く。
 本当は早く眠りたかったのだが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番が大好きなことと、ヘルムヒェンのクリアで軽快なピアノ・ソロが愉しかったので、ついつい最後まで聴いてしまったのだ。

 第六章の「イギリス・ルネサンスの華」を読み終えて、石井美樹子の『イギリス・ルネサンスの女たち』<中公新書>を読了した。

 第五幕などを読み終えて、ベン・ジョンソンの『エピシーン またの名無口な妻』<早稲田大学出版部>も読了した。
 以前記したことがあるけれど、この『エピシーン…』は、筒井加寿子さんの演出(並びにエピシーン役も彼女)で一度観てみたい気がする。
 あと、モローズ役には水沼健さんがぴったりなんじゃないだろうか。
 ところで、翻訳者の岡崎凉子による『ベン・ジョンソンという人』と『「エピシーン」について』は、ともに詳細かつ明晰な文章で、ベン・ジョンソンや作品を識る上で大いに参考となるのだけれど、リヒャルト・シュトラウス&シュテファン・ツヴァイクに関し全く触れられていないのは残念だった。
 こういうところがきちんと押さえられているかどうかで、解題解説の価値が大きく分かれるはずだから。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏したエルガーの交響曲第1番<PHILIPS>と、ベルナルト・ハイティンク指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏したエルガーの交響曲第2番<EMI>を続けて聴く。

 17時台に夕飯用の買い物に出かける。
 ついでに、近くのファミリーマートで、週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みする。
 今回は、小林さんと松本清張とのエピソードが詳しく語られていた。
(『夢の砦』などにも登場する、小林信彦の長い愛読者ならある程度承知しているエピソードである)

 兵庫県立芸術文化センターから、公演案内のメール便が届く。
 いろいろと興味深いコンサート、公演があるが、中でも来年2月27日に予定されている、クリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタルはぜひとも聴きに行きたいと思う。

 夕飯後、服部龍二の『広田弘毅』<中公新書>と許光俊の『問答無用のクラシック』<青弓社)のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙12枚分になった。

 今日の甘いものは、ほっとぶれーくのメロンクッキー。
 近くのグルメシティで、40パーセント引き、税込み58円だったもの。
 メロン味のクッキーで、思っていた以上に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月06日

ティーレマンってそんなにありがたがるべき指揮者なのかなあ(CLACLA日記)

 クリスティアン・ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルの来日公演が、朝日新聞朝刊に大きく取り上げられているが、正直ティーレマンという指揮者に対して僕はいまひとつ好感が持てない。
 ライヴ録音やCD録音を聴いたかぎりの印象による個人的な判断だから、自分の考えを他の人たちに押しつけるつもりは毛頭ないけれど。
 でも、やっぱりなんだかしっくりこないものがあるんだよなあ、ティーレマンには。


 朝早めに起きて、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏したモーツァルトの交響曲第33番<PHILIPS>を聴きながら、仕事関係の雑件を片づける。

 『イギリス・ルネサンスの女たち』を読み進める。
 第四章の「王と女王を育てた慈愛の王妃」までを読み終えた。

 『エピシーン…』も読み進める。
 第三幕までを読み終えた。

 ほかに、岩城宏之の『オーケストラの職人たち』<文春文庫>のつまみ再読をする。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙11枚分になった。

 個人創作誌『赤い猫』第3号の内容について考える。
 戯曲(戯作)特集にする予定に変わりはないのだが、どの作品を掲載するか、二つの編集案のどちらにするかで迷っているのだ。

 ネットラジオで、クリストフ・ポッペン指揮ドイツ放送フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 アンジェリカ・キルヒシュラーガーを独唱者に迎え、モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」、コンサート・アリア『大いなる魂と高貴な心は』、歌劇『皇帝ティートの慈悲』序曲とアリア、マーラーのリュッケルト歌曲集が放送されていたが、ポッペンのピリオド奏法を意識した清新な演奏は聴き心地よく思ったものの、キルヒシュラーガーの歌にはあまり感心せず。
 美声は美声なのだけれど、それに頼って歌い流している感じがますます強くなったような気がしたため。
 中では、マーラーが彼女の特性によく合っていたのではないか。
(なお、ドイツ放送フィルは、ザールブリュッケン放送交響楽団とカイザースラウテルン南西ドイツ放送管弦楽団が合併してできた、ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルのことだろう)

 台風18号の影響で、終日どんよりとしたお天気となる。
 気温も下がり、じめじめとじめ寒い一日だった。

 天候に加え、あまり体調が芳しくないこともあって、今日は17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 まあ、仕方がない。

 夕飯後、『エピシーン…』を読み進める。
 第四幕までを読み終えた。

 『イギリス・ルネサンスの女たち』も読み進める。
 第五章の「人文主義教育を受けたイギリス初の女王」までを読み終えた。

 アンソニー・ハルステッド指揮ザ・ハノーヴァー・バンドの演奏した、ヨハン・クリスティアン・バッハの交響曲集作品番号の第1番〜第3番<CPO>を聴く。

 行政刷新会議のメンバーに、稲盛和夫(京セラ)や片山善博(元鳥取県知事)らの起用が確実となったという。
 刷新、という言葉にあまりそぐわぬ顔ぶれだと感じるのは僕だけだろうか。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月05日

憶測や邪推の必要性(CLACLA日記)

 中川昭一元財務・金融大臣の死を知って、すぐに彼の父親である中川一郎の自殺を思い起こした人も少なくないだろう。
 僕自身、件の朦朧会見での辞任や先の総選挙での落選という彼にまつわる一連の流れを見て(たとえそれが自己責任の範疇にあったとしても、また僕が彼の思想信条に与する人間ではないにしても)、「この人大丈夫かな」と危惧の念を抱いていただけに、どうしても26年前のあの出来事を思い出さざるをえなかった。
(加えて、古くは新井将敬や最近では松岡利勝のことも)
 実際、ネット上では中川昭一の死に関し、様々な憶測邪推の類いが飛び交っているが、今のところ、中川氏の死は病死(もしくは、睡眠薬の摂取による事故死?)として処理されそうだ。
 まあ、いくら中川氏がこの国の保守派を代表する一人だったからといって、今回の彼の死そのものを左翼の陰謀だなどとなんの根拠もなく言い切ってしまうような人々は論外としても、中川氏が公人中の公人であったことは事実であり、たとえ興味本位であろうと、その死の背景についてあれこれと憶測や邪推が飛び交うことに僕は反対ではない。
 例えば、朧谷寿の『藤原氏千年』<講談社現代新書)を読んでいてもわかるように、飛鳥時代の昔から、この国においても、陰謀策謀謀略は権力闘争の常套手段であった。
 少なくとも、ときの権力者が自らの地位を安定し強固にするために、もしくは、ある勢力がときの権力者を追い落とすために、水面下でありとあらゆる手段を講じてきたことは想像に難くない。
 そしてそれが、権力闘争の枠外にある人間(一般の民びと、国民、市民…)にとって様々な損益を与えてきたことも否定できまい。
 むろん、全ての陰謀策謀謀略が公になることはありえないだろうし、個人的には、全てが公にされないほうがよい場合もあると考えているのだけれど、だからこそ、憶測邪推の類いが必要不可欠であるとも思う。
 いずれにしても、与えられた情報を鵜呑みにするのではなく、距離を置いて物事を観る力、判断する力を、僕(ら)はもっと鍛えていかなかればならないのではないか。
 最後に、重ねて故中川氏に黙祷。


 昨夜、ネットラジオで、ドミトリー・キタエンコ指揮ベルリン放送交響楽団の演奏した、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のライヴ録音を聴く。
 演奏自体にはそれほど興味を覚えなかったが、第3楽章終了後、けっこう盛大な拍手が起こったのは面白かった。
 やっぱり、本場でもこうなるんだ。

 『太鼓とらっぱ(鳴り物入り)』を読み終えて、『ブレヒト戯曲全集別刊』<未来社>を読了した。
 これで、ついにブレヒト戯曲全集を全て読み終えたことになる。
 学ぶところ大。

 岩城宏之の『指揮のおけいこ』<文春文庫>のつまみ再読を行う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 15時過ぎに外出し、ウィングス京都へ。
 図書情報室で、『ブレヒト戯曲全集別刊』と『藤原氏千年』を返却し、新たにベン・ジョンソンの『エピシーン またの名無口な妻』<早稲田大学出版部>と石井美樹子の『イギリス・ルネサンスの女たち』<中公新書>を借りる。
 それから、中京青少年活動センターと京都芸術センターで用件を片づけ帰宅した。

 帰宅後、『イギリス・ルネサンスの女たち』を読み始める。
 第一章の「大学を創立した王妃」を読み終えた。

 『エピシーン…』も読み始める。
 第一幕を読み終えた。
 なお、この『エピシーン…』こそ、リヒャルト・シュトラウス&シュテファン・ツヴァイクによる歌劇『無口な女』の原作である。

 ネットラジオで、ロジャー・ノリントン指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団のコンサート(プロムスにおける)のライヴ録音を聴く。
 パーセルの『アブデラザール』組曲(終曲・ロンドーは、ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』の主題となっている)、ヘンデルの水上の音楽第2組曲、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」というノリントンの十八番のほかに、メゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートが歌ったヘンデルの『セルセ』から「オンブラ・マイフ」(ラルゴ)とハイドンのべレニーチェのシェーナなども放送されていた。
 こういったプログラムを持って来日してくれればいいのになあ、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団も。

 18時少し前に再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。

 どんよりとしたお天気の一日。
 気温は上昇しなかったものの、湿度が高かったこともあり、あまり快ならず。

 夕飯後、『エピシーン…』を読み進める。
 第二幕までを読み終えた。

 『イギリス・ルネサンスの女たち』も読み進める。
 第二章の「二つの大学を創立した国母」までを読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙10枚分になった。

 今日の甘いものは、日清のバターココナツ・サンドチョコレート。
 近くの100円ショップ・ダイソーで購入したもの。
 これはすでに何度も食べたことがあるビスケットだが、ココナッツの風味とチョコレートの甘さのバランスがよく、サクサクとした食感もあって、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月04日

晴れた日には洗濯をしなくては(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空だったので、当然の如く午前のうちに毎週恒例の洗濯をすませてしまう。
 やっぱり、晴れた日には洗濯をしなくては。
 ついでに、掃除機かけ、キッチンまわりの拭き掃除もすませてしまう。

 喉の腫れは治まったが、なんだか身体が重たい。
 目の疲れ、喉の異物感、首、肩、背中のこり、はり、痛みもひどい。
 やれやれ。

 『ブレヒト戯曲全集別刊』<未来社>を読み進める。
 シェイクスピアの改作『コリオラーヌス』を読み終え、ファーカーの喜劇『募兵将校』の改作『太鼓とらっぱ(鳴り物入り)』の7までを読み終えた。

 レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏した、ベートーヴェンの劇音楽『エグモント』序曲をyoutubeで観聴きする。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 15時過ぎに外出し、京都芸術センターでいくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 帰宅後、外出中に思いついた『山師クイント・オハラの素敵なショウ売』という三文レビューのプロットをノートにメモする。
 田舎者のクイント・オハラという青年が役者を夢見て都会に出るも挫折、それがひょんなことからさびれた掘っ立て小屋を手にしたのが成功のはじまり、ついには都会の演劇界を牛耳る興行(山)師となる…、といった内容である。

 ネットラジオで、ウィーン国立歌劇場におけるリヒャルト・シュトラウスの歌劇『無口な女』公演のライヴ録音を聴く。
 指揮はペーター・シュナイダーで、クルト・リドル(モロズス)、アドリアン・エレーデ(理髪師)、ミヒャエル・シャーデ(ヘンリー)、ジェーン・アーチボールド(アミンタ)、ジャニーナ・ベレーチェ(家政婦)らが出演している。
 『無口な男』を思いついた直後だけに、これはとても嬉しい聴きものだった。

 で、ついでに『無口な女』に関して詳しい記述のある、山田由美子の『第三帝国のR・シュトラウス  音楽家の<喜劇的>闘争』<世界思想社>のつまみ再読をしておく。
>「私にとって人間は二種類、つまり才能のある者とない者しか存在しません」とツヴァイク宛の手紙の中で断言したとき、ナチスのユダヤ人政策の本質が「才能のある者」に対する「才能のない者」の嫉妬にほかならないことをシュトラウスは看破していた<

 夕飯後、『ブレヒト戯曲全集別刊』を読み進める。
 『太鼓とらっぱ』の9までを読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号について考える。
 経済的な事情もあって、今号は少し部数を減らさなければならないか。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙9枚分になった。

 夜になって気温が下がり、ちょっとだけ肌寒い感じもする。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 中川昭一元財務・金融大臣が亡くなった。56歳。
 黙祷。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月03日

独裁者を許すな!(CLACLA日記)

 己の失政を覆い隠すために無謀な争いを巻き起こし、己の治める場所に大きな嵐を呼び込む独裁者を許すな。
 それこそが、ブレヒトが改作した『ソポクレスのアンティーゴネ』から学びとるべき教訓だろう。

 2016年の夏季オリンピックの開催都市として、ブラジルのリオデジャネイロが選ばれた。
 心よりお喜び申し上げます!


 睡眠不足もあって本当は早く眠りたかったのだけれど、どうしても片づけておかなければならない雑件があり、結局3時過ぎまで起きてしまう。
 で、雑件を片づけつつ、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮スウェーデン放送交響楽団の演奏によるベルワルドの交響曲第1番「セリウーズ(厳粛な)」の実況中継をネットラジオで聴いたが、かつてサンフランシスコ交響楽団と録音したこともある自家薬籠中の作品だけあって、実に聴き応えがあった。
 加えて、ブロムシュテットのインタビューを聴くことができたのも収穫だった。
(スウェーデン語によるインタビューなので言葉の意味はわからないものの、清新な演奏ともどもブロムシュテットの矍鑠とした様子はよくわかった)

 寝冷えしてしまったのか、喉が少し腫れぼったい。
 やれやれ。

 朧谷寿の『藤原氏千年』<講談社現代新書>を読了した。
>いくらか読み易くなったのではないだろうか(これで?と言われそうだが、初稿から見ればかなり違う)<
 と、エピローグで著者は記しているが、なんのなんのとても読み易い一冊だった。

 『ブレヒト戯曲全集別刊』<未来社>を読み進める。
 『家庭教師』(レンツ原作)を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 エマニュエル・クリヴィヌ指揮リヨン国立管弦楽団の演奏したグリンカの歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲、ミラン・ホルヴァート指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団の演奏したシューマンの序曲『ヘルマンとドロテーア』、ヘルマン・プライの歌った歌劇『セビリャの理髪師』の「私は町の何でも屋」、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」、エリーナ・ガランチャが歌い、マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の伴奏したモーツァルトのコンサート・アリア『大いなる魂と高貴な心』、カルロス・クライバー指揮バイエルン州立管弦楽団の演奏したベートーヴェンの序曲『コリオラン』、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルの演奏したウェーバーの歌劇『オベロン』序曲を、youtubuで断続的に観聴きする。
 いやあ、愉しいなあ。

 体調もあって、今日も17時台に夕飯用の買い物に出かけた程度。
 それにしても、帰りがけに観た月の美しかったこと!
 今日は仲秋の名月だもんね。
(日中は、一応青空は見えつつも、どんよりとした感じもけっこうしていた)

 夕飯後、『ブレヒト戯曲全集別刊』を読み進める。
 『コリオラーヌス』(シェイクスピア原作)を読み始め、第三幕までを読み終えた。

 東京地検が、鳩山総理大臣の虚偽献金問題の捜査に着手したという。
 相手が総理だろうとなんだろうと、追及すべきはしっかり追及するべき、やれやれどんどんやれ!
 と、思う反面、だったら、西松建設がらみの二階前経済産業大臣をはじめ、自民党の政治家に対してはその姿勢が及び腰なのはどうしてなんだろうと思わなくもない。
 なんでだろうなんでだろう、なぜだなんでだろう?
(平沼騏一郎の頃の美風を受け継いだんだろうね、きっと)

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月02日

朝早めに病院に行って、採血をした(CLACLA日記)、

 午前1時台に帰宅したあと、仕事がらみの雑件を片づけていて、結局眠ったのは4時過ぎ。
(ネットラジオで、ポール・マクリーシュ指揮ベルゲン・フィルの演奏によるメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」の実況中継を、第2楽章まで聴いた)
 それでも、8時には起きて雑件をいくつか片づけ、9時頃近くの整形外科まで足を運ぶ。
 で、検査のための採血を行い、処方箋をもらったあと、今度は四条通のスギ薬局に移動し、痛風用の薬を受け取り、ついでに買い物をすませて帰宅する。


 朧谷寿の『藤原氏千年』<講談社現代新書>を読み始める。
 第三章の「栄華への道」までを読み終えた。
 書名通り、藤原氏の千年の歴史を概観した一冊。
 くだけた語り口で、実に読みやすい。

 『ブレヒト戯曲全集別刊』<未来社>も読み始める。
 ヘルダーリンの翻訳を底本とした『ソポクレスのアンティーゴネ』を読み終えたが、ブレヒトの改作の意図は非常に明確だと思う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙8枚分になる。

 ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンの演奏したハイドンの交響曲第92番「オックスフォード」、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィルの演奏したシューベルトの交響曲第6番の第1楽章、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏したハイドンの交響曲第86番の第1、第4楽章をyoutubeで観聴きする。
 特に、アーノンクールの指揮した「オックスフォード」面白い。
 一音一音が疎かにされない綿密な解釈に感嘆するが、それより何より活き活きとした音楽が魅力的だ。

 そういえば、朝日新聞の朝刊に、大阪センチュリー交響楽団が「約4億円を負担してくれる民間企業を探」しており、「スポンサー名を冠することも視野に入れた事実上の
「身売り宣言」」であるとの記事が掲載されていた。
 「身売り」云々かんぬんはひとまず置くとして、何度も繰り返すが、小泉和裕沼尻竜典の大曲虚放路線の大幅な修正が求められていると僕は考える。
 例えば、あまり集客力のないと言われるハイドンだって、売り方と演奏次第ではどうにかなりそうな気もするが。
 金曜20時、土曜14時開演の同一プログラムによる1時間コンサートで、ハイドンの交響曲シリーズをやってみたら面白いと思うんだけど。
 金聖響の指揮で、スポンサーつきのチケット料金は2000円均一とか。

 終日ほぼ雨降り。
 と、言うこともあって今日は遠出はせず、17時台に夕飯用の買い物に出かけた程度。
 湿度も高く、じめじめじめじめとしてあまり快ならず。

 夕飯後、『ブレヒト戯曲全集別刊』を読み進める。
 『家庭教師』(ヤーコプ・ミヒャエル・ラインホルト・レンツ原作)の第二幕までを読み終えた。

 『藤原千年』も読み進める。
 藤原道長を中心に記した第四章の「望月の人」までを読み終えた。

 フランス・ブリュッヘン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の演奏した、モーツァルトの交響曲第25番をyoutubeで観聴きする。

 今日も、甘いものは食さず。

 兵庫県明石市の歩道橋事故に関し、神戸地検は明石署の元副署長を不起訴処分にしたという。
 これで四度目。
 なんと麗しい協調関係か!
 福知山線脱線事故の事故調査委員会の元国鉄出身委員とJR西日本の幹部たちとのそれのように。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月1日の日記(深夜のCLACLA)

 今日から10月。
 2009年も残すところ三ヶ月を切ってしまった。
 一日一日しっかりとスケジュールを組んで、為すべきことを為していかなければと強く思う。


 昨夜(日付けは今日)寝る前に、youtubeで、カルロス・クライバーの指揮したモーツァルトの交響曲第33番の第1、第4楽章(バイエルン州立管弦楽団)、ビゼーの歌劇『カルメン』第1幕前奏曲(ウィーン国立歌劇場管弦楽団)、ヨハン・シュトラウスのポルカ『雷鳴と電光』(ウィーン・フィル)などを観聴きする。
 カルロス・クライバーの実演に接することができなかったのは、僕にとって本当に悔やんでも悔やみきれないことだ。

 10月の創作活動について考え、個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業をいくつか行う。
 また、『ある晴れた日に』や『いたしたい』のちょっとした打ち直しも行う。

 林光さんの『私の戦後音楽史 楽士の席から』<平凡社ライブラリー>のつまみ再読をする。

 ネットラジオで、ターリヒ・カルテットのコンサートのライヴ録音を途中から聴く。
 ヤナーチェクの弦楽4重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」やドヴォルザークのピアノ5重奏曲第2番(ヴィタリー・サモシュコのピアノ)が放送されていた。
 ほかに、ホルツバウアーのミサ曲のCD録音も放送されていたが、これも聴きものだった。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。


 体調はあまり芳しくなかったのだけれど、片づけておきたい用件があったため、15時過ぎに外出する。
 で、ウィングス京都に行って、図書情報室で『ブレヒト戯曲全集第3巻』<未来社>と猿谷要の『ハワイ王朝最後の女王』<文春新書>を返却し、新たに『ブレヒト戯曲全集別刊』<未来社>と朧谷寿の『藤原氏千年』<講談社現代新書>を借りる。
 なお、『ブレヒト戯曲全集別刊』には、ブレヒトによる他の劇作家の戯曲の改作が収められている。

 それから中京青少年活動センターと京都芸術センターで用件を片づけて帰宅した。


 時折青空は見えたものの、概してどんよりとした感じの強い一日。
 気温がそこそこ上昇したことに加え、湿度も高く、あまり快ならず。

 鳩山内閣の閣僚や民主党議員に関するスキャンダルが徐々に明らかになりつつある。
 ただし、これは予測のうち。

 そういえば、小林信彦が今週の週刊文春の連載エッセイで、「マスコミが鳩山内閣を不安だ不安だと煽り立てるのは、自公べったりだった自分たちの今後が不安だから」といった趣旨の言葉を記していたが、僕もそれに同感だ。
 もちろん、小林さん同様、いやそれ以上に、僕は鳩山内閣や民主党を熱心に支持する人間ではないのだけれど、八ツ場ダム問題の報道の在り方などを観るに、前の与党(自民公明両党)やそれと同調して様々な政策を推し進めてきた官僚連の意向が少なからず影響しているような気がすることも事実である。
 いずれにしても、短絡的なものの観方考え方捉え方とならないよう注意しておかなければなるまい。

 バリトン歌手で、二期会の創設者、中山悌一が亡くなった。89歳。
 日本のオペラのあり様を大きく変えた人物、と言い切ってしまっていいものか?
 確かに、日本のオペラにとって中山さんや二期会の果たした役割は大きいものだけれど、林光さんの『日本オペラの夢』<岩波新書>や『私の戦後音楽史 楽士の席から』と親しんでいる人間には、そう言いきってしまうことにどうしてもためらいが生まれてしまうのだ。
 いずれにしても、深く、深く、深く、深く黙祷。

 以上、10月1日の日記。


 夕飯後、急用があって再度外出し、帰宅が非常に遅くなり、シャワーを浴びてようやく一段落着いたところ。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2009年10月01日

2009年10月のエンタメ

 今日から10月。
 2009年も残すところ三ヶ月を切って、どうにもこうにも焦燥感にとらわれている中瀬宏之だが、なんてったって食欲の秋。
 ではない、芸術の秋、エンタメの秋。
 張り切って今月のエンタメについて書き散らしていきまっしょい!
(「なあんか、いとうおますなあ」、と呼ぶ声あり。いやはや、なんともはや…)


 まずは、いつもの如くお芝居演劇の類いだが、さすがはシーズン到来、あるわあるわの乱れ打ち。
 10〜12日は、てんこもり堂の番外公演ともいえる、からこのえだの『熊』(チェーホフ作、辻井直幸君演出/壱坪シアター・スワン、1000円)。
 勝二繁君、よこえとも子さん、柳川の浦島史生君とともに、辻井君があの『熊』をどう料理するかが愉しみだ。
 17日と18日は、ベトナムからの笑い声の黒川猛さんによる、THE GO AND MO’S『黒煙』(黒川さん企画、構成、演出、出演/東山青少年活動センター創造活動室、1200円)。
 やるぞやるぞという声だけはありながら、長らく延ばし延ばしになっていた黒川さんの一人公演がついに実現。
 チラシからして、不穏な空気感満載である。
 21〜25日は、MONOの特別企画Vol.4『チェーホフを待ちながら』(土田英生さん作・演出/AI・HALL、3000円)。
 チェーホフの短篇戯曲を下敷きにした作品を、土田さん以下、MONOの正統メンバー男性5人が演じ切るという企画だから、これは観物も観物だろう。
 期待大。
(余談だけれど、土田さんの『土田頁』は、その人となりがよく表われたウェルメイドなブログだ。文は人なり、土田さんファン、MONOファンには「マスト」なんじゃないかな)
 23日〜25日は、東京の劇団SelfのVol.10『私たち死んだものが 目覚めたら』(イプセン作、矢野靖人構成・演出/アトリエ劇研、2500円)。
 6月のC.T.T.公演、並びにワークショップはパスしてしまったが、これは非常に気になる公演。
 この週は、MONOや後述マレビトの会の公演もあって大いに悩むところだけれど、できることなら落としたくない。
 24日と25日は、マレビトの会の新作『PARK CITY』(松田正隆さん作・演出/びわ湖ホール大ホール舞台上舞台、3000円)。
 笹岡啓子の写真とのコラボレーションも興味深いが、個人的には、松田さんがどこまでブレヒトを意識した造形(作劇というより、こちらの言葉のほうがより適切なのではないか)を行っているかが鍵のような気がする。
 10月末日と11月1日は、ヤマコジの朗読実験室round3『〜神様〜』(東山青少年活動センター創造活動室、1000円、ただし黒川さんの公演の半券を持っていけば200円の割引)。
 タイトルからもわかるように、川上弘美の『神様』を中心にした内容で、前回同様ダンスも加わるらしい。
 現在朝日新聞連載中の『七夜物語』も含めて、全ての川上さんの作品が『神様』の変奏と言っても過言ではないだけに、そうした点も含めて愉しみだ。


 続いて、コンサート。
 こちらも行きたい聴きたい公演が目白押し。
 9日は、相沢吏江子のピアノ・リサイタル(ザ・フェニックス・ホール、2500円)。
 相沢さんが神童的な扱いで鮮烈なデビューを飾ってからもう20年が経つのか。
 グリーグのホルベルク組曲、ドビュッシーの子供の領分、ブラームスのヘンデル変奏曲というプログラムで、現在の彼女の美質が十二分に発揮されるのではないか。
 14時からのティータイムコンサートということもあり、手の届きやすいチケット料金というのも嬉しい。
 10日は、いずみホールのウィーン音楽祭in OSAKAのトップバッター、バリトンのマティアス・ゲルネとピアノのピエール=ロラン・エマールによるリサイタル(いずみホール、9000円〜7000円)。
 ドイツを代表するバリトン歌手ゲルネが、本来女性用の歌曲集、シューマンの『女の愛と生涯』を歌うというのがこのリサイタルの大きな目玉。
 エマールとのコンビネーションにも注目したい。
 13日は、そのエマールのソロ・リサイタル(いずみホール、6000円〜5000円)。
 現代音楽の演奏で評価が高いエマールだが、モーツァルトのピアノ・ソナタ第6番、ドビュッシーのベルガマスク組曲、ベートーヴェンのエロイカ変奏曲といった今回のリサイタルでは、彼の別の一面を堪能することができるのではないか。
 15日は、アンサンブル・ノマドのコンサート(同志社大学寒梅館ハーディーホール、2000円)。
 ヴァレーズ関連の企画の一環として行われるコンサートで、ヴァレーズのほか武満徹の作品も取り上げられる。
 現代音楽好きには、お薦め。
 17日は、岩村力指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団の室内オーケストラシリーズ1(兵庫県立芸術文化センター小ホール、3000円)。
 兵庫芸文センター管弦楽団が、小ホールで室内オーケストラ編成の演奏を行うという新たな企画の初回で、ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者ベンツェル・フックスをソロに迎えたモーツァルトとウェーバーのコンチェルトが聴きものではないか。
 個人的には、ストラヴィンスキーの『プルチネッラ』組曲が気になるんだけど。
 18日は、フォルテピアノの小倉貴久子を中心としたピリオド楽器のアンサンブルによる室内楽コンサート(いずみホール、4000円)。
 ベートーヴェンの交響曲第2番のピアノ3重奏版に、シューベルトの『ます』と、その筋の愛好家(どんな筋やねん)には垂涎のプログラム。
 その筋の愛好家(だからどんな筋やねん)の一人としては、外したくないなあ。
 23日は、通崎睦美さんの木琴とマリンバのリサイタル(京都府立府民ホール・アルティ、3500円)とヴェルターヴォ・カルテットの来日公演(大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス、3000円)がバッティングしている。
 旧知の通崎さんのリサイタルはすでに何度か足を運んでいるので、その魅力は充分承知之助。
 一方、女性4人組のヴェルターヴォ・カルテットも、お国もののグリーグのカルテットをはじめ、なんとも気になる存在。
 ああ、悩むなあ。
 30日は、井上道義指揮京都市交響楽団の第529回定期演奏会(京都コンサートホール大ホール)。
 井上ミッチーがモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」とブルックナーの交響曲第9番を振るというだけで、興味津津だが、P席1500円を買いそびれたのが痛恨の一事である。


 映画は、24日〜の『パンドラの匣』と31日〜の『湖のほとりで』(いずれも京都シネマ)。
 前者は太宰治原作云々かんぬんより、川上未映子の出演が気になって。
 ただしこの映画、もしかしたら仲里依紗を観る映画かも。
 後者は、作品本位のチョイス。
 あと、京都シネマでは24日〜30日のぴあフィルムフェスティバルin京都期間中に、大島渚の『日本の夜と霧』、『絞死刑』、『儀式』、『愛のコリーダ』、『御法度』が上映されるのもお忘れなく。
 万国の大島渚ファンよ、団結せよ!
(そういえば、結局『幸せはシャンソニア劇場から』も観に行けてないんだよなあ…)


 あと、旧知の松田裕一郎さんから誘われて、月亭可朝やんが出演する26日の錦湯寄席も観に行くんだった。
 ああ、お金があれば、お金さえあれば。
 どうにかならないもの金!
posted by figarok492na at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 今月のエンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする